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2015年11月17日 (火)

楽興の時(6) 「琵琶の音楽鑑賞会~肥後座頭琵琶~」

2014年8月22日 京都市山科区の音楽サロンYOSHIKAWAにて

山科にある音楽サロンYOSHIKAWAで、「琵琶の音楽鑑賞会~肥後座頭琵琶~」を聴く。京都橘大学文化政策・現代ビジネス学部学会と弦楽ふるさとの会の主催である。演奏会のアンケートは京都橘大学大学院生の修士論文の資料としても用いられるそうだ。もう大分以前になるが、まだ関東にいた頃に渋谷のオーチャードホールで、文教大学の学生の卒業論文のためのアンケートに答えたことはあるが、学生の論文のためのアンケートに答えるのはそれ以来である。

音楽サロンYOSHIKAWAは、隠れ家的なスポットなのか、サイトを設けておらず、訪問した人が書いたブログの情報から、京都市営地下鉄東西線椥辻(なぎつじ)駅から北へ徒歩3分のところにある町屋を改造した音楽サロンということしかわからない。大通りは現在ではビルが建ち並んでいるため、「少し北上して脇道に入って少し行ったところかな?」と思い、適当に曲がったところ、町屋風の建物が見え、果たしてそこが音楽サロンYOSHIKAWAであった。

琵琶の音楽鑑賞会は、座敷を使って行われる。本当に座敷のまんまの座敷である。

肥後座頭琵琶であるが、本物の座頭による琵琶の伝統は絶えており、今日演奏する玉川教海は健常者である。師である山鹿良之が肥後座頭琵琶最後の琵琶法師だそうだ。

玉川教海は、筑前琵琶も弾き、筑前琵琶を弾くときは片山旭星を名乗り、本名はまた別にあるそうで、玉川曰く「ややこしい」そうである。

 

筑前琵琶は、明治に入ってから完成した比較的歴史の浅い琵琶である。

琵琶は雅楽の楽器として日本に入り、その後、「平家物語」など語り物の伴奏楽器として人気になるが、江戸時代になるとその座を三味線に譲り渡し、日陰の楽器的扱いになってしまう。

薩摩では健常者である武士が琵琶を趣味で奏でることが流行し、維新後に新政府の代表的立場となった鹿児島藩で流行っていた薩摩琵琶が東京でも流行し、薩摩琵琶による琵琶の再興がなされる。それを聴いた博多の商人達が始めたのが筑前琵琶なのだという。

一方、肥後では熊本城主の細川氏が、京都との縁の深い家であったため、京都から座頭琵琶法師(「盲僧」と読んだそうだ)を招いて演奏させ、それが継承されたため、琵琶法師による演奏の歴史は薩摩琵琶や筑前琵琶よりもずっと長い。

楽器も筑前琵琶は新しく(月章が二つ刻まれている)、肥後座頭琵琶は古びている(日章と月章の飾りがある)。筑前琵琶の弦は5本であるが、肥後座頭琵琶の弦は4本である。

まず、筑前琵琶による『平家物語』の冒頭、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す 奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し 猛き者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ」と、『源氏物語い』「葵上」より、六条御息所の嘆きが演奏される。

その後、肥後座頭琵琶による、「道成寺」、「四季」、「餅酒合戦」が演奏されたが、肥後座頭琵琶の音色は筑前琵琶に比べると硬質で、音がダイレクトに飛んでくる。筑前琵琶の音はもっと横に拡がる感じである。琵琶を打楽器に例えることがいいことなのかどうかはわからないが、筑前琵琶を普通のティンパニとすると、肥後座頭琵琶は最近流行のピリオド・アプローチで用いられるバロックティンパニに当たる。歴史的にも筑前琵琶の方が新しく、楽器も大きめなので、これもティンパニと共通しており、小型できつめに張ったものからは硬めの音が出るようだ。これはどちらが良くてどちらが悪いということではなく、楽器そのものが持つ性質である。どちらの音色が好みかは人それぞれだ。

「道成寺」は、様々なパターンがあるが、今回上演されるのは、道成寺に伝わる絵巻物をそのまま語りにしたものである。安珍に「道成寺に参拝したら戻るから」と言われた清姫であるが、待てど暮らせど戻って来ない。安珍に騙されたと悟った清姫は道成寺へと向かう。日高川を渡ろうとした清姫であるが、渡し守に断られる。僧侶から「十五六の娘がやって来たら絶対に渡してはいけない」と言われたことを渡し守は告げる。その僧侶が安珍だと気付いた清姫は怒りの余り「ならば泳いで渡ろう」と日高川に飛び込むが、情念の余りの強さに、額からは角が生え、体は蛇という化け物になる。道成寺の門は閉ざされていたが、清姫は松の蔦を登って侵入。僧侶達は安珍を鐘の下に隠すが、清姫の化け物は鐘の下に安珍がいることを瞬時に見抜き、鐘に七重八重に巻き付く。安珍は鐘もろとも溶けて跡形も無くなってしまうのだった。

先に上演された筑前琵琶の「葵上」同様、女の怨念を描いた作品であった。

「四季」は、竜田川の紅葉、北野天満宮の梅、吉野の桜など、四季の名所が語られた後で、いずれもすぐに散ってしまうと無常が告げられる。その後、四季折々の楽しみが語られた後で、「明日こそ知れぬ身なれども、今日の楽しさ目出たけれ」で終わる。

「餅酒合戦」は、酒が餅を哀れな存在であるとなじり、それに反発した餅は種類の多さで、酒は名所の数で合戦をするというコメディである。結局は、尾張国の大根の登場によって、餅も酒も退却を余儀なくされる。
「道成寺」などは、師匠は喜んで教えてくれたが、「餅酒合戦」などはなかなか教えてくれなかったという。理由は「やってもお金にならないから」だそうだ。ちなみに一番受けるのは、仏の種類を上げていった後に般若心経を唱えて終わるという演目だそうである。

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