« 尊敬と狂気 | トップページ | 笑いの林(55) 「EVEMON TKF!」2015年8月10日 »

2015年12月14日 (月)

観劇感想精選(170) 「敦 山月記・名人伝」再々演

2015年7月8日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「敦 山月記・名人伝」を観る。33歳で夭逝した天才作家、中島敦の小説の中から野村萬斎が言葉を選び、構成・演出・主演の舞台として上演するというもの。2005年に東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターにて初演が行われ、野村萬斎は朝日舞台芸術賞・舞台芸術賞と紀伊國屋演劇賞・個人賞を受賞。翌2006年に東京のみならず日本各地で再演が行われ、私も兵庫県立芸術文化センターのまだ阪急はネーミングライツを得ていなかった頃の中ホールで観劇し、強い感銘を受けている。伝統芸能と現代劇の両方で活躍する野村萬斎らではの天才っぷりが味わえる名舞台であった。今回は再々演となるが、再演から早いもので9年が経過している。9年前には中島敦より年下であった私も今は中島敦が手の届かなかった四十代である。

なお、「敦 山月記・名人伝」の初演時は収録が行われてDVDとして発売されており、私も持っているが、現在は廃盤中のようである。演劇のDVDほど売れないものはない。

今回は、注釈付きの台本を収めたパンフレットを1000円で発売するというサービス付き。公共の劇場である世田谷パブリックシアター(野村萬斎が芸術監督を務めている)の制作だからこそ値段を抑えられたのだと思う。

主演の野村萬斎、萬斎の父の野村万作を始め、出演者は全員、狂言方である。今日出演する役者の誰よりも男前だと思われる藤原道山の尺八と、太鼓の亀井広忠が鳴り物を務める。重要な役割を果たす映像プログラミングは真鍋大度と登木悠介が受け持つ。

舞台正面には中島敦の写真が映されている。その前の馬蹄形の細長い台(後半には回転する橋がかりとして活躍)の上には棺と中島敦の位牌が置かれている。

モーツァルトの「レクイエム」より“ラクリモーサ”が流れる中、野村萬斎の影アナ(録音されたもの)があり、中島敦の人生が手短に語られる。続いて藤原道山の尺八と亀井広忠の太鼓が鳴り、中島敦の扮装(七三分けに丸眼鏡)をした野村萬斎が馬蹄形の台の上に現れ、語りを行うのだが、その背後からやはり中島敦に扮した深田博治、高野和憲、月崎晴夫が現れ、それぞれの中島敦が他の中島敦に問いかけを行う。中島敦というとまず思い浮かぶのが「自意識」とういう言葉だが、自意識の葛藤を複数の俳優を使って表現しているのである。あたかも合わせ鏡の手法のように。

そして、話は「山月記」へと移っていく。地の文も語る語り物であり、演劇公演というより朗読公演の延長に近いが、今回は李徴も演じる野村萬斎が狂言方であることを生かした能舞などを行うため、「朗読」と聞いて思い浮かべるものよりはずっと派手でアクロバティックである。

「山月記」には中島敦を語る上でのキーワードである「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉が登場する。中島敦は東京帝国大学在学中に英才を讃えられた人物であるが、自身が志した小説家としては生前には評価されることはなかった。中島敦の名声が高まるのは彼の死後である。生前も『宝島』『ジキル博士とハイド氏』のスティーヴンソンを主人公にした南国情緒溢れる「光と風と夢」が芥川賞(今とは違ってそれほど権威ある賞ではなかったが)候補になるも受賞はならず。「中島敦」という名が世間に知れ渡ることにはならなかった。ただ芥川賞選考委員の川端康成は「光と風と夢」に対して、「なぜ受賞に値しないのかわからない」と高い評価を与えている。

秀才の李徴に中島敦は自身を投影させているのは間違いないが、李徴というのは秀才ながらセンシティブな人間であり、「お前には才能がない」と言われるのが怖くて、高名な詩人に師事したり、詩友と語り合ったりすることを避けてきた人物である。詩人になりたいと望みつつなれなかった李徴の詩は一編だけ作中に登場するが、自己憐憫に終始し、視野狭窄が感じられる。李徴は己の名を詩人として後世に残すことを第一に生きてきた。「虎は死して皮を残す」というが、そうした名声を求めつつ己を高めきれなかった李徴の業が虎への変身として表れている。

李徴が化けた虎を野村萬斎は白虎の扮装と能舞で表現。高くジャンプするなど迫力がある。

李徴は「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」の間で何も出来なくなってしまう人間であるが、何も出来なくなるという点においては、「名人伝」の紀昌(きしょう。演じるのは前半が野村萬斎、後半が野村万作)もまた、結局は「無為」へと帰してしまう人物である。飛衛(演じるのは石田幸雄)に師事したあの修練は何のためだったのか? 「名人伝」はコメディであるがある種のニヒリズムを宿している。ハムレット型の李徴に対して紀昌は行動力抜群のドン・キホーテ型だが、転石の転び付いた先が「無」なのである

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」のようなものは多くの人が抱えている問題であり(「尊大な自尊心」や「臆病な羞恥心」のみの人も中にはいるだろうが)、中島敦の名が死後に急速に高まった理由はそこにあると思う。絶対などあり得ないとわかっている世界で絶対を求めて人は傷ついていく。それでも求めざるを得ない。

「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すに余りに短い」。その「何事」とは何なのか、人間は各個がそれを、その答えを求めて、ある意味全員が史上初の哲学者として生きるべきであるのかも知れない。だが、それがある程度可能になった今でも多くの人間は「何事」をも為さないことを選ぶ、あるいは選ばざるを得なくなる。ただ、どんな形になろうと人は重層化した自我の中で生きていくことになる。それだけは間違いがないことのような気がする。

|

« 尊敬と狂気 | トップページ | 笑いの林(55) 「EVEMON TKF!」2015年8月10日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40048/62865267

この記事へのトラックバック一覧です: 観劇感想精選(170) 「敦 山月記・名人伝」再々演:

« 尊敬と狂気 | トップページ | 笑いの林(55) 「EVEMON TKF!」2015年8月10日 »