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2015年12月11日 (金)

コンサートの記(217) オッコ・カム指揮フィンランド・ラハティ交響楽団「シベリウス交響曲サイクル(チクルス)」最終日

2015年11月29日 東京・初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”にて

オッコ・カム指揮フィンランド・ラハティ交響楽団による「シベリウス交響曲サイクル(チクルス)」最終日。今日は交響曲第5番、交響曲第6番、交響曲第7番が一挙に演奏される。東京・初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”にて午後3時開演。

東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”の三角屋根の正面には明かり取りの窓があるのだが、開演直前に下の方から三角形の蓋がせり出してきて、窓は閉じられ、外からの光も入ってこなくなった。

交響曲第5番。冒頭の管が揃わないなど、いささか雑然としたスタート。尻上がりに調子を上げるかと思っていたが、アンサンブルの雑さは結局全曲を通して改善されることはなかった。弦楽器は比較的好調であるが、管楽器は音が濁るなど十全とはいえない。この曲の演奏に関しては残念ながら合格点は与えられないであろう。

交響曲第6番は、一転して超名演が展開される。藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴いたばかりだが、出来は流石にカムとラハティ交響楽団の方がずっと上だ。神秘的で温かさにも溢れた弦の音色がノスタルジアを呼び起こし、管の響きが心の傷を癒やしてくれる。
これだけの演奏が可能なのに交響曲第5番で失速したのは不思議だが、やはり曲によって向き不向きがあるのであろう。

交響曲第7番もスケールが適度に保たれ、響きが洗練された優れた演奏。カムは強弱の付け方が独特である。
      単一楽章でありながら、4つの表情を持ち、実質的な交響曲となっているシベリウスの交響曲第7番。カムとラハティは楽曲の把握がしやすい演奏を行った。


今日もアンコールは3曲である。まずはシベリウス生誕150年に相応しい「アンダンテ・フェスティーヴォ」。ラハティ交響楽団の聴いてきて胸が痛くなるほどヒンヤリとした透明な響きが印象的な佳演である。

続いて、「ある情景のための音楽」。悲劇的な曲調で始まるが、ラストに向けて明るくなっていく。カムの指揮は盛り上げ方が上手い。

ラストは勿論、といっていいのかどうかはわからないが交響詩「フィンランディア」。ラハティ響のブラスの威力が今ひとつであったが、全般的には整った演奏である。フィンランド第2の国歌と言われる部分の歌い方はやはり堂に入っていた。

今日は満員となった客席からはカムとラハティ響を讃える拍手が鳴り止むことがなかった。

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