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2016年1月19日 (火)

観劇感想精選(173) 「熱海殺人事件」2015-2016

2016年1月9日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後4時から西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「熱海殺人事件」を観る。つかこうへいの出世作にしてアンダーグラウンド演劇第二世代の代表的戯曲の上演である。

「熱海殺人事件」はバージョンを変えながら上演を重ねてきたが、演出も兼ねていたつかこうへいが逝去したということもあり、今回は最初の版での上演となる。
作:つかこうへい、演出:いのうえひでのり。出演は、風間杜夫、平田満、愛原実花(つかこうへいの実子)、中尾明慶。

つかこうへいに育てられた俳優といっても過言でもない風間杜夫と平田満の揃い踏みという豪華な顔合わせである。平田満は1975年に初めて熊田留吉新任刑事役で「熱海殺人事件」に出演。風間杜夫は1980年に初めて木村伝兵衛部長刑事役で「熱海殺人事件」の舞台を踏んでおり、この時の熊田新任刑事役は平田満であった。風間杜夫の木村伝兵衛部長刑事、平田満の熊田留吉刑事による上演は、1981年、1982年にも行われ、この黄金コンビは映画「蒲田行進曲」へと繋がっていく。だが、風間と平田による「熱海殺人事件」の上演は実に33年ぶり(昨年12月から公演は始まっている)となる。34年前には中尾明慶は勿論、愛原実花もまだ生まれていない。

つかこうへいの演劇は丁度私の両親やその少し下の世代を魅了した。高度経済成長が終わり、さまざまな軋みが出始める日本という国を描いているのが特徴である。在日韓国人二世であったつかこうへいは、結局、帰化することなく韓国人としてその生涯を終えている。対象を少し突き放したような作風はそのことと無縁ではないように思える。

「熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン」ではスポーツ界の元ヒロイン達の悲哀を、「熱海殺人事件 売春捜査官」では売春でしか生きられない女の哀感を描いたつかこうへいであるが、初期の「熱海殺人事件」で描かれているのはもっと素朴で、それ故により普遍性を持った物語である。

かつて「東洋のナポリ」と呼ばれ新婚旅行のメッカであった熱海の斜陽化が始まる1970年代初頭、熱海の海岸で殺人事件が起こる。被害者は女工の山口アイ子。
しかし、アイ子の写真を見た木村伝兵衛部長刑事(風間杜夫)は激怒する。アイ子は醜女であり、殺人事件として絵にならないのだ。伝兵衛は部下の片桐ハナ子婦人警官(愛原実花)に、モデルでも何でもいいからもっと綺麗な写真を使えと文句を言っている。そこに訪ねてきたのは富山県警からやってきた熊田留吉新任刑事(平田満)。熊田は木村に熱海の殺人事件について語るが、木村はやはりもっと華のある事件にするよう求める。遺体の発見者は消防士の山田太郎であるが、名前が冴えないので木村は文句を言う。「山田なんてのは牛や馬が進化したような苗字」とケチョンケチョンである(ちなみにつかこうへいは福岡県立山田高校の出身である)。第一発見者であるならその辺にいそうな冴えない消防士ではなく、元放火魔で死姦をするよう猟奇的人物でないとと木村。

犯人である大山金太郎(中尾明慶)が上手客席から歌って踊りながら現れる。「アイちゃんは『海が見たい』と言ったのさ」と言う大山。しかし、熊田は「ブスの女工風情で『海が見たい』だと!」と激怒。更に大山とアイ子が新宿の「マイアミ」という喫茶店で待ち合わせとしていたことを知ると、木村も熊田も場所を強引に喫茶店からバーに変えようとする。大山の見た目は熊田曰く「磯野カツオ」なのだが、理想とする犯人像はクラーク・ゲーブルのような男。ピグマリオンが始まる……

「イメージが優先する時代の作品」などと評される「熱海殺人事件」。確かに、木村伝兵衛や熊田留吉の求めるものは「格好いい」大事件である。熱海事件の実像は彼らにとっては取るに足らない殺人事件であった。事実が矮小なものならイメージで壮大に。

だが、どうだろう。大山金太郎の姿は木村伝兵衛や熊田留吉が求める最低限のイメージよりも更に下なのである。大山は醜女であるアイ子にさえフラれたのだ。
東京に出る前。九州・長崎五島列島の田舎町で金太郎は相撲のヒーローだった。しかし東京でありつけたのはしがない職工。アイ子をデートに誘っても行けるのは熱海がせいぜい。
光を求めて東京に出た大山は都会の陰でささやかに暮らすしかない。都会と田舎の背中合わせの光と影。
木村伝兵衛、熊田留吉、片桐ハナ子が描いていた最低ラインよりも更に下の世界で生きている人々の哀感。登場人物が全員エキセントリックなだけに却ってその憂いがよりリアルに伝わってくる。
そしての感嘆は熱海という街、二分化が進む都会と田舎にまで通ずると捉えても決して大袈裟ではないように感じる。否、熱海ブランドの凋落、都市の農村の格差、貧富の二極化などは、つかが「熱海殺人事件」を書いた1970年代よりも更に進んでおり、2016年現在の方が70年代よりも作品の主題がリアルに響くところがある。

木村伝兵衛部長刑事(自称40歳)を演じる風間杜夫は流石に年を取った感じで、声の威力が減退し、滑舌も十分とはいえなかったが(意識に体が追いつかないのだ)、存在感はまだまだ健在である。忌野清志郎のようなメイクも似合っている。
映像に主舞台を移した風間と違って舞台に出続けている平田満は流石の安定感。「顔がどう見ても菊池寛」という木村伝兵衛の台詞はおそらく以前に平田に合わせて書かれたもの(つまり以前に行われた当て書き)だろうと思われる。
元宝塚の愛原実花も演技スタイルは風間や平田と異なるがなかなか良い味を出している。
大山金太郎役の中尾明慶は軽すぎる気もするが、健闘したとも思える。

劇団☆新感線の旗揚げ公演が「熱海殺人事件」だったといういのうえひでのりの演出であるが、照明や映像の使い方はやはり上手である。いのうえ歌舞伎と呼ばれる独特の演出で知られるいのうえであるが、この「熱海殺人事件」では、実際に歌舞伎の調子で演じられるシーンを作るなど、持ち味である外連を発揮していた。ちなみ演劇界のみならずどこでも流行っている五郎丸ポーズはこの劇でも採用されていた。

会場には30年以上前の風間の木村伝兵衛、平田の熊田留吉を観たことのある客層もおそらくいたはずで、終演後、客席は大いに盛り上がった。

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