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2016年1月29日 (金)

コンサートの記(226) 高関健指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2015 ~こどものためのオーケストラ入門~ 「オーケストラ大発見!」第3回“主役はだぁれ?”

2015年11月8日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2015 ~こどものためのオーケストラ入門~ 「オーケストラ大発見!」第3回“主役はだぁれ?”を聴く。

~こどものためのオーケストラ入門~とあるが、曲目は本格的、というよりむしろ玄人好みとも思えるものが並ぶことが多い。「親子で楽しめるクラシックコンサートを」という意図があり、親も納得させられるような演目をセレクトしているのである。勿論、親子でなくても子供でなくても演奏を聴くことは出来る。

今日の指揮は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の高関健。ナビゲーターはロザンの二人である。

曲目は、ヴィヴァルディの「四季」より“秋”(ヴァイオリン独奏:渡辺穣、チェンバロ:高関健)、ブラームスの交響曲第1番より第2楽章、ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:児玉桃)、バルトークの「舞踏組曲」から第2舞曲、第3舞曲、第5舞曲、終曲、チャイコフスキーの交響曲第4番から第1楽章。

定期演奏会でもないのに児玉桃クラスのピアニストがソリストとして出演するというのは結構凄いことである。

まずはヴィヴァルディの「四季」より“秋”。高関は正面客席の方を見るようにしてチェンバロに向かい、開始の合図だけを左手で行って、後はチェンバロ演奏に専念する。京都市交響楽団のコンサートマスターである渡邊穣のソロであるが、渡邊は今日は「四季」より“秋”のヴァイオリン独奏を担うだけで仕事は終わりであり、コンサート全体のコンサートマスターは泉原隆志が務める。

小編成での演奏。当然ながらピリオド・アプローチは意識しているが、「頭の中にはある」といった程度で、ピリオドを前面に押し出すことはない。少なくとも数年前にイ・ムジチ合奏団が行ったような「先鋭的」とも思えるピリオドではなかった。渡邊穣の本職はあくまで「京都市交響楽団のコンサートマスター」なので、ソロ活動をしているヴァイオリニストの演奏に比べると音色面でもメカニックでも物足りないのは確かである。ただ、高関のチェンバロも含めて温かみのある演奏にはなっていた。

演奏終了後に、ロザンの二人が登場し、宇治原史規が高関と渡邊を紹介する。2曲目であるブラームスの交響曲第1番第2楽章から管楽器が加わるのであるが、首席フルート奏者の清水信貴、首席オーボエの高山郁子、首席クラリネットの小谷口直子、首席トランペットのハラルド・ナエスが今日は勢揃いする。後半の演目が大曲ではないということも関係しているのであろうか。

ロザンの二人は、京響のコンサートマスターが二人いるということを確認する。宇治原が「二人同時に演奏するということもあるんですか?」と高関に聞き、高関は「定期演奏会という一番重要な演奏会では二人並んで演奏することもあります」と答える。

高関が「今日のコンサートマスターは彼です」と泉原を指し、ロザンの二人は、「ああ、お馴染みのイケメンの」と泉原を評する。菅広文が、「イケメンだから一番前ということではないですよね?」と泉原に聞き、「そんなこと言ったら、一番後ろの人達どうすんねん?!」と宇治原に突っ込まれる。菅ちゃんは今日も泉原に「お給料はどれくらい貰っているんですか?」と聞いていた。

ヴィヴァルディの演奏スタイルが指揮なしだったことにロザンの二人は触れ、高関が「指揮者が登場するのはもっと後(の時代のこと)です」と答えた。ちなみに、ヴィヴァルディでは渡邊穣が最前列にいてリードしていたため、菅ちゃんが、渡邊に「指揮者のような気分になるんですか?」と渡邊に聞いたが、渡邊によると「そんなことは全くない」そうである。出だしを示す高関がいる上に、編成もあって室内楽の延長といった気分なのだろう。

チェンバロの紹介も行ったが、菅ちゃんはチェンバロで「ドレミの歌」の冒頭を右手で弾いて、宇治原から「よくその曲弾こうと思えたな。ここのホールでその曲弾いたの多分、お前が初めてや。心が強いわ」と言われる。

今回のタイトルが「主役はだぁれ?」ということで、ヴィヴァルディではヴァイオリン独奏が主役であったが、ブラームスの交響曲第1番第2楽章にはコンサートマスターによるヴァイオリンソロがあり、コンサートマスターが主役になる。

実は高関指揮京響の演奏によるブラームスの交響曲第1番は全曲の演奏を9月に聴いたばかりである。その時も高関はこの曲をノンタクトで指揮したが、今日も同様である。

高関の指揮であるが、拍をきっちりと刻む端正なもの。ブラームスでは完全に弦楽主体の指揮であり、管楽器のソロは出だしを示すだけで、その他はベースを築く弦楽器に丁寧に表情を付けていく。京響の管楽器奏者は名手が多いので、ある程度任せても大丈夫という思いもあるのだろう。
泉原によるヴァイオリンソロも美しかった。

続いてはピアノコンチェルト。ピアノ独奏者が主役である。ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲ニ長調が演奏される。菅ちゃんが「右手だけならわかりますが」と言うと高関が、「ヴィトゲンシュタイン(パウル・ヴィトゲンシュタイン。著名な哲学者であるルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄である。ちなみにヴィトゲンシュタイン兄弟は男ばかりの5人兄弟であったが、パウルとルートヴィヒを除く3人は全員自殺している)というピアニストが戦争で右手を負傷したため、左手だけで弾けるピアノ曲を沢山依頼して、その中の1曲がラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲」と説明する。菅ちゃんが「利き腕で有利不利があるんでしょうね」と聞くが高関は「どうなんでしょう。余りないんじゃないでしょうか。今日のソリストの児玉桃さんは右利きですが。さっき楽屋で聞いたところ、『私は右利き』と仰ってました」と利き腕による有利不利については否定気味ではあったが明言はしなかった。

人種に関わらず、人類は約9割が右利き、残りの約1割が左利きである。右利きが圧倒的に多いことと左利きの人も存在する理由については詳しいことはまだわかっていない。ただ「適者生存」であるため、ある程度は左手を利き腕とする人がいた方が不測の事態が起こったときに人類として子孫を残しやすいのではないか、とはいわれている。
「生存」などというご大層なことまで話を進めなくても、スポーツの世界、例えば野球などでは左利きの選手は必要不可欠であるし、サッカーなどでも良いレフティーの選手がいるチームは強い。

真っ赤なドレスで登場した児玉桃。お馴染みとなった結晶度の高い音色を生かしたリリカルなラヴェルを奏でていく。児玉姉妹の妹の方である児玉桃は大阪府出身であるが、1歳の時に一家で渡欧し、ドイツで初等教育を受けた後で13歳の時にフランスに行き、パリ国立音楽院に入学、16歳で卒業している。現在もパリ在住であり、フランスものは得意としている。日本国籍を持つ日本人ピアニストであるが、物心ついたときからヨーロッパにいたので、内面も日本人なのかどうかはわからない。

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調はジャズの要素なども取り入れた明るくて分かりやすいものだが、左手のためのピアノ協奏曲ニ長調は逆にミステリアス。何かが蠢くような出だし、オリエンタルな要素を取り入れた旋律など、実験的要素が濃い。高関指揮の京響はラヴェル音楽の奥深さを緻密な演奏で描き出していく。

後半。今度は指揮者が主役の曲を演奏したいということで、変拍子だらけという、バルトークの「舞踏組曲」より第2舞曲、第3舞曲、第5舞曲、終曲が演奏される。4分の2拍子から始まって、4分の5拍子、8分の12拍子などと目まぐるしく拍子が変わる。拍子によってテンポも変化する。
バルトークが祖国であるハンガリー民謡を採集して回り、それらを題材にした曲であり、アジア系のフン族を祖とするというハンガリーの旋律はどこか東洋的な要素を宿している。高関の指揮棒は切れ味抜群である。

拍子やテンポが次々に変わるため、演奏終了後に宇治原は、「メドレーを聴いてるみたいでした」と語る。

ラストはオーケストラメンバー全員が主役になるような曲をということで、チャイコフスキーの交響曲第4番より第1楽章が演奏される。精緻なアンサンブルとパワフルなサウンドを特徴とする演奏。チャイコフスキーの焦燥感などは余り伝わってこなかったが(高関はチャイコフスキーの音楽に共感しているようだったが、チャイコフスキーの楽曲というのは共感すると逆に本質から遠ざかるような難しさがあるように思われる)、音楽的には充実した出来映えであった。

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