« 幸せ | トップページ | これまでに観た映画より(78) 「未来世紀ブラジル」 »

2016年1月14日 (木)

楽興の時(7) 「テラの音」vol.12 “New Year JAZZ Night”

2016年1月8日 京都市中京区御幸町通竹屋町下ル真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、中京区御幸町通竹屋町下ルにある真宗大谷派浄慶寺で、「テラの音」vol.12 “New Year JAZZ Night”を聴く。
寺院で音楽を聴くという企画である「テラの音」。これまでも何回かFacebookを通してお誘いがあったのだが、いずれも先約があって行けなかった。そのため、「テラの音」を聴くのは今回が初めてになる。無料コンサートであるが、志納はある。

クラシックの演奏が多い「テラの音」だが、今回はジャズのコンサート。秦乃里子のヴォーカルと鷲尾一夫のアコースティックギターによるデュオである。

浄慶寺に行くのは初めてなので、早めに家を出るが、例によって開演よりも1時間以上早く着いてしまったために、周囲を散歩して回る。京都御苑の南側に当たる場所であり、町割りが碁盤の目(正確に書くとこの辺りは豊臣秀吉による京都改造が行われており、縦の通りが増えたため短冊状の町割りになっている)になっているが、観光名所になりそうなところは革堂ぐらいしかないため、どこにもよらずにただひたすら散歩する。京都の中心部は町を歩いているだけでも楽しい。

門が開いているのを確認したので、一番乗りで入るが、念珠を手にしていたため、住職から「ひょっとしてお寺さんですか?(お坊さんですか? という意味)」と聞かれる(浄土真宗の僧侶は有髪といって、一般人と変わらない髪型をしているため、一目見て僧侶なのかそうでないのかはわからない。浄慶寺のご住職は剃髪されていたが)。

浄慶寺の本堂でコンサートは行われる。なお、「テラの音」の主催者の一人である牧野貴佐栄(まきの・きさえ。ヤマハ音楽教室講師)がオープニングの挨拶を行い、「ダニー・ボーイ」と「You raize me up」ではヴァイオリン演奏として加わった。
曲目は、「私の青空」、「リンゴの木の下で」、「On the Sunny side of the Street」、「ステラ・バイ・スターライト(星影のステラ)」(鷲尾一夫によるギターソロ)、「サマー・サンバ」、「But Beautiful」、「ダニー・ボーイ」、「You raise me up」、「I Can't Give You Anythihg But Love,Baby」ほか。アンコールとして「テネシーワルツ」が歌われた。

秦乃里子は、普段はピアノの弾き語りをしているようだが、お寺にはピアノがないため今日はヴォーカルとマラカスのみを担当する。

ジャズは良く聴いてはいるが、クラシックほどには詳しくないため、判断したり発見したりすることは難しいのだが、しっかりした歌とギターであったように思う。ヴァイオリンはやはり残響のある場所でないとかさついて聞こえるようだ。


二部構成であり、一部と二部の間に、浄慶寺の中島住職による法話がある。住職はテレビ番組「ぶっちゃけ寺」の初期の頃に出演したことがあるそうで、「ぶっちゃけ寺」が深夜放送であった頃は、テレビ局側もまだ僧侶の話を良く聞いて放送してくれたそうだが、ゴールデン枠に移ってからはバラエティ色重視で肝心の仏教的内容は受けの良いところしか放送してくれなくなったそうである。
また「愛」について語り、仏教では「愛」は「貪愛(とんあい)」といって余り良いものとはされておらず(このことは私がアトリエ劇研で上演した「生まれ変わるとしたら」にも出てくる。仏教の初歩的な知識として知られていることである)、執着心として見なされるのだが、釈迦が愛を持っていなかったかというとそういうわけでもないという。
 
仏教というと葬式仏教のイメージが現代では強いのだが、インドでは葬式を行うのはそれ専門の職の人であり、僧侶が葬式に携わることはないという。インドにおける輪廻転生は人間は死んだらすぐ別のものに生まれ変わるのだそうで、仏陀はそういう輪廻転生から逃れるための浄土をお作りになったのだが、仏陀自身は浄土が死後の世界のことだとは語っていないそうで、死んだらすぐ生まれ変わるという思想の強いインドで仏教が廃れた理由は浄土といわれても上手くイメージ出来なかったかららしい。一方で、日本では浄土の思想は日本人の考え方にマッチしたため、よく広まり、死への旅立ちが仏教と繋がって、葬式といえば仏教というようになっていったようである。ただ仏教の本質は「死」ではなく「どうすれば良く生きられるのか」を問うことにある。
 
仏教には自力と他力があり、密教系が自力、念仏系が他力である。往生するよう努力するのが自力であるが、みんながイチローのような名選手になれるわけではない。プロ野球には入れたがそれだけの人、プロ野球に入ることが出来なかった人、野球自体が得意でなかった人もいる。そういう人は自力では救われないが、他力という考えがあってちゃんと救われるのだという。

|

« 幸せ | トップページ | これまでに観た映画より(78) 「未来世紀ブラジル」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40048/63063305

この記事へのトラックバック一覧です: 楽興の時(7) 「テラの音」vol.12 “New Year JAZZ Night”:

« 幸せ | トップページ | これまでに観た映画より(78) 「未来世紀ブラジル」 »