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2016年2月 5日 (金)

観劇感想精選(176) 劇団民藝 「真夜中の太陽」

2016年1月13日 京都府立文化芸術会館にて観劇

午後6時30分から京都府立文化芸術会館(通称:京都文芸)で、劇団民藝の公演「真夜中の太陽」を観る。NHK「みんなのうた」の人気曲である「まっくら森の歌」や「恋するニワトリ」で知られるシンガーソングライターの谷山浩子の同名曲にインスパイアを受けて書かれた工藤千夏の本の上演。2009年に初演され、2013年に劇団民藝バージョンとして上演、今回が民藝による再演となる。

原案・音楽:谷山浩子、脚本:工藤千夏、演出:武田弘一郎(劇団民藝演出部)、出演:日色ともゑ、森田咲子、八木橋里紗、藤巻るも、長木彩(ちょうき・あや)、野田香保里、水野明子、加塩まり亜(かしお・まりあ)、金井由妃、平山晴加(ひらやま・はるか)、高木理加、神保有輝美、平松敬綱(ひらまつ・たかつな)、神敏将(じん・としゆき)、石巻美香。

戦時下の高等女学院を舞台とした青春劇となるため、日色ともゑ以外は若手のキャストで固められている。まだ民藝の正劇団員にはなっていない準劇団員人や研究生の人も多い。

文学座、俳優座と並び三大新劇劇団の一つに数えられる劇団民藝。しかし新劇という存在自体が現在では日本演劇の王道とは考えられなくなってきており、今日の公演も客の入りは悪く、中規模劇場の京都文芸であっても客席が何とか半分は埋まったという程度である。若手女性劇団員が多く登場するが「美形」と断言出来そうな人が一人もいないということは、「別嬪さんはもう新劇女優を目指さない」ということなのかも知れない。日色ともゑは若い頃は美人だっただろうと想像出来るのであるが。今日は最前列での観劇であるが、最前列で観ることが出来たのも公演に人気がなかったからである。客層であるがお年の方が目立つ。私より若そうな人は客席に3人ほどしかいない。それもおそらく三十代である。青春を描いた作品なのに、客席が「青春卒業生」ばかりという公演はちょっといただけない。

なお、京都府立文化芸術会館は、劇団民藝の創設メンバーの一人である宇野重吉が「日本一の劇場」と評したこともあるのだが、何分、古い話なので、今現在も京都府立文化芸術会館が日本一の劇場だと思っている人は皆無だと思われる。


ミッション系である私立白鶴高等女学院が舞台。元々はセント・マイケルズ高等女学院という校名だったのだが、日米開戦により英語が敵性言語として禁止され、校名変更せざるを得なかったそうである。なぜ白鶴という「お酒みたいな名前」になったのかは不明だそうだ。

劇場が溶暗し、照明が明るくなると日色ともゑが一人、舞台の中央に立っているのがわかる。谷山浩子の「真夜中の太陽」が流れてくる。ここは白鶴高等女学院の音楽室。舞台上手には木目のアップライトピアノがある。白鶴高等女学院の女学生が三々五々、音楽室に集まってくる。登場の仕方や台詞は同時多発で、おそらく意図的にであるが平田オリザの「転校生」の手法を取り入れている。
日色ともゑはお婆さんの格好をしているが、他の女学生の目には同学年の女の子に見えるようである。だが実は日色ともゑ演じるハツエ(偶然だが私の母方の祖母と同じ名前である)は未来からタイムスリップして来たのであり、白鶴高等女学院の他の生徒が防空壕に向かったがために空襲の直撃を受け、自身を除く全員が亡くなったのを知っており、皆が防空壕に向かうのを阻止するために未来からやって来たのだった。ハツエもいったんは防空壕に向かったものの楽譜を忘れたのに気づいて教室に引き返し、難を逃れたのであった。
しかし、何度皆が防空壕に向かうのを止めようとしても上手くはいかない。やはり歴史は変えられないようである。

女学生が話すのは昔も今も芸能の話、長谷川一夫や灰田勝彦という往年のスターの名前が飛び出し、満映映画「支那の夜」(戦後は編集されて「蘇州夜曲」という映画になる)の李香蘭や「蘇州夜曲」の歌の話になる。そんな中でハツエはハリウッド映画「スミス都へ行く」のジェームス・スチュワートが好きだという。ハリウッド映画は今は上映禁止であるが、ハツエは上映禁止になる前に観たのだという。そしてハツエはジェームス・スチュワートと同じファーストネームを持つ日英ハーフの英語教師・ジェームス矢島(神敏将)に恋心を抱いていた。だが、矢島は数年前、敵性外国人として特別高等警察(特高)に逮捕され、強制収容所送りとなっていた(ジェームス矢島は最初はハツエにだけ見える存在として登場。その後、他の女学生達の前にも姿を現すが、正体は更に後になってから明かされる)。今の白鶴高等女学院の教師は軍国主義者の数学教師・小河原和臣(あだ名は「鬼瓦」。平松敬綱)と、女学生達を実の妹や娘のように見守る古典教師の山岸タカコ(石巻美香)らによって運営されている。

英語はこの地域ではまだ禁止になっていないが、勤労奉仕との選択制になっており、英語の教師がいないということもあって全員が勤労奉仕に励んでいる。小河原は「愛知県の一宮商業の柴田リョウヘイという学生が空襲で右手を失ったが、『僕はまだ勤労奉仕出来ます。勤労奉仕させて下さい』と願い出た」ことを美談として語っている。その後の歴史を知っているハツエは小河原に異を唱えようとするが出来ない。小河原も体が弱く、徴兵検査で丙種合格(健常者としては最下位合格。現役の軍役は基本不可で日本男児として失格相当)しか出来ず、この戦時下にあっては一人前の「男」と見なされないというコンプレックスを抱えており、その反動でより厳格な性格になったようでもある(津山三十人殺しの犯人も丙種合格という結果により女から相手にされなくなったというコンプレックスが犯行の一因になったといわれている)。

女学生達の一番の楽しみは、英語詞から翻訳し、自分たちで作曲した「真夜中の太陽」(谷山浩子の作品であるが、劇中では別の設定になっている)を歌うこと。だが、「真夜中の太陽」を歌っている最中に空襲警報が鳴り、女学生達はハツエが止めるのも聞かず、防空壕へと向かってしまう……


観ていて心躍るだとか、面白くて目が釘付けになるというタイプの演劇ではない。淡々と進み、終わる。だが見終わった後で、心の底がほんのり温かくなっているのが感じられる。谷山浩子の「真夜中の太陽」は比較的シンプルな歌だが、こうした用い方をされると、「良い曲だ」と思えてくる。

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