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2016年4月 1日 (金)

コンサートの記(234) 河村尚子ピアノリサイタル2016神戸

2016年2月19日 神戸新聞松方ホールにて

午後7時から神戸新聞松方ホールで、河村尚子のピアノリサイタルを聴く。オール・ショパン・プログラム。
神戸新聞松方ホール友の会ニュース「wave」が発券所の近くに置かれていたので、読んでみる。表紙に河村尚子リサイタルの案内と、河村からのメッセージが書かれている。
河村は松方ホールは勿論、神戸市内で演奏するのも実は今日が初めてなのだという。松方ホールにはミュージカルの観客として来たり、他のピアニストのリサイタルに聴衆として来たりと、客としては何度か来ているが、ステージに立ったことは今までなかったという。今回は「マヨルカ島のショパン」をイメージした選曲にしてみたとのこと。

河村尚子は、1981年、兵庫県西宮市生まれ。5歳で渡独し、以後は音楽教育も含めて全てドイツで学んだという河村。現在もドイツ在住でエッセンにあるフォルクバング芸術大学ピアノ科の教授を務めている。

私が河村尚子のピアノを初めて聴いたのはもう10年ほど前になる。小林研一郎指揮京都市交響楽団の演奏会でモーツァルトのピアノ協奏曲のソリストとして登場したのだ。その時はミュンヘン国際コンクール・ピアノ部門で2位になったばかりであり、楽しそうにピアノを弾くのが印象的だった。翌2007年にはクララ・ハスキル国際コンクールで優勝を果たしている。
出身地である西宮の兵庫県立芸術文化センターでは「凱旋」ともいえるリサイタルを何度も行っており、京都でも京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール・ムラタ」という小さなところではあるが、ソロリサイタルを行った。一昨年は東京・大手町の、よみうり大手町ホールオープニングシリーズのトリを務め、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」で圧倒的名演を繰り広げている。

CDもいくつか出ているが、いずれも特筆すべき出来であり、日本の若手ピアニストの中でもトップを争う逸材であることに間違いはない(ドイツ育ちではあるが)。


曲目は、ショパンの4つのマズルカOp.41、ピアノ・ソナタ第2番(「葬送」のタイトルで知られるが今日のプログラムには記載されていない)、24の前奏曲。
聴き応えのあるプログラムである。

西宮では地元が生んだスターということで大ホールでも大入りだった河村のリサイタルであるが、神戸ではまだ彼女の名声が行き届いていないのか、中規模ホールである松方ホールでも入りは半分程度であった。


鮮やかな翡翠色のドレスで登場した河村。4つのマズルカでは、多彩な音のパレットを生かしたファンタジックな演奏を繰り広げる。

ピアノ・ソナタ第2番。有名な「葬送行進曲」が第3楽章に組み込まれ、ソナタにまで発展させた曲である。だがとても短くて意図の判然としない第4楽章が続き、ショパンの真意は今もよくわかっていない。

河村はやや速めのテンポを採用。毒のある左手と煌びやかな響きを生み出す右手の対比が鮮やかである。第1楽章、第2楽章ともに力強く、スケールは雄大。得体の知れない不気味さのようなものもよく出ている。
打鍵の力強さは男性ピアニストにも負けておらず、これは特筆に値する。またペダリングも独特で上手いが、松方ホールはペダリングの時の足踏みが良く響くようで、少々耳障りであったことも確かである。
「葬送行進曲」も速めのテンポであるが、速めのテンポを採ったことにより、哀しみがより自然に出ている。途中で出てくる甘美なメロディーは天国への架け橋を描いているかのようだ(これが短調の響きに変わり、再び憂いが戻るのであるが)。
第4楽章はやはりミステリアスなのであるが、送られた者に対する何らかの語りであるようには思える。そうでないと葬送行進曲の後ろに置かれた意味がない。死者に対する評判なのか、噂話なのか、弔いの言葉なのか。

以前は楽しそうにピアノを弾いていた河村であるが、今ではその表情は深遠を見通す芸術家のそれへと変わっている。


後半、24の前奏曲。ショパンが24の異なる調で1つずつ作曲した小品を24纏めたものである。後世の作曲家にも影響を与え、ドビュッシーやラフマニノフがピアノのための「24の前奏曲」を書いている。ドビュッシーは全曲にタイトルを付けたが、ショパンは自作が物語り的にとらわれるのを嫌ったため、題名は一切付けていない。「雨だれ」のようにタイトルが付いているものもあるが、後世の人が勝手につけたもので、ショパンの命名ではない。
ちなみに雨だれを描いた作品は現行では前奏曲第15番となっているが、ショパンの愛人であったジョルジュ・サンドによると前奏曲第6番が実は雨だれを描いたものだという。ショパン自身は前述の通りタイトルを付けることを嫌ったため、実際に雨だれは描かれたのか、描かれているとしたらどちらなのかは、はっきりしていない。

曲の長さも難易度も曲調も全てバラバラという24曲が組になっている。ただ、比較的難度の低い曲には不気味な曲調のものが多いような気がする。

河村は強靱な打鍵と抜群のメカニック、優れた叙情性と譜読みの深さで聴く者を圧倒するピアノを奏でる。おそらく日本人の若手でこれだけのショパンを弾ける人は他のほとんどいないだろう。
特に激しい曲、前奏曲第8番や第16番、第24番などでは情熱の迸りが目に見えるかのよう。女性が弾いたショパンとは思えないほど力強い演奏であるが、同時に女性ならではの情念の激しさも感じられるというハイレベルはショパン演奏であった。


カーテンコールに応えた河村はマイクを手に登場。神戸で演奏するのが初めてだということ、マヨルカ島でのショパンをイメージした選曲であること、ショパンの24の前奏曲にはタイトルがないが、独自の解釈でタイトルを付けて演奏していることなどを明かした(タイトル名は明かさなかったが)。河村の母方の祖父は厳格は人だったそうで、教員であり、最後は校長まで務めた人だったのだが、河村が子供の頃に甘えさせてはくれないようなお爺ちゃんだったという。そんな河村の祖父であるが、ある日、河村が祖父の字で「砂漠の決闘」と書かれたVHSを発見する。映画を録画したものらしいのだが、祖父によると「まだ見ていない」そうで、本当のタイトルも「知らない」で、最初が砂漠のシーンだったので勝手にタイトルを付けたらしい。
河村は、「皆さん、おうちに帰ってから、この曲のタイトルを付けるとしたらどんなものがいいか、想像して楽しんで下さい」と言い、ショパンの前奏曲第26番変イ長調(遺作)を弾く。河村は先に前奏曲第26番(遺作)の楽曲の解説を行い、「最初は24の前奏曲に入っていたのかも知れませんが、その後、変イ長調のもっと良い曲が出来たので入れ替えたのかも知れません」と語る。
最後は、入れ替わった可能性のある前奏曲第17番変イ長調をもう一度演奏して、コンサートはお開きとなった。

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