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2016年4月の12件の記事

2016年4月20日 (水)

大植英次指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 外山雄三 「管弦楽のためのラプソディ」

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2016年4月19日 (火)

森高千里 「この街」(リメイク)

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2016年4月17日 (日)

坂本龍一 「シェルタリング・スカイ」(「/05」ピアノ・バージョン)

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2016年4月16日 (土)

八代亜紀 「Sweet Home Kumamoto」

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2016年4月15日 (金)

コンサートの記(237) 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2015(年度) ~こどものためのオーケストラ入門~ 「オーケストラ大発見!」第4回「天才はどっち?モーツァルトVSベートーヴェン」

2016年3月27日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2015(年度) ~こどものためのオーケストラ入門~ 「オーケストラ大発見!」第4回「天才はどっち?モーツァルトVSベートーヴェン」を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。ナビゲーターはガレッジセールの二人。

こどものためのオーケストラ入門とあるが、曲目は本格的。親子で楽しめるプログラムとなっている(基本的には親の方が楽しめると思うが)。

曲目は、前半がオール・モーツァルトで、歌劇「フィガロの結婚」序曲、歌劇「魔笛」から「夜の女王のアリア(復讐の心は炎と燃え)」(ソプラノ独唱:安井陽子)、歌劇「ドン・ジョバンニ」から「恋人をなぐさめて」(テノール独唱:錦織健)、ピアノ・ソナタ第11番から第3楽章「トルコ行進曲」(ピアノ独奏:佐竹裕介)、交響曲第41番「ジュピター」より第1楽章。
後半がベートーヴェンの「エリーゼのために」(宮川彬良編曲。ピアノ独奏:佐竹裕介)と交響曲第9番「合唱付き」より第4楽章(ソプラノ独唱:安井陽子、メゾソプラノ独唱:福原寿美枝、テノール独唱:錦織健、バリトン独唱:三原剛。合唱:京響コーラス)。


開演前にロビーコンサートがあり、渡邊穣(ヴァイオリン)、田村安祐美(ヴァイオリン)、小峰航一(ヴィオラ)、佐藤禎(さとう・ただし。チェロ)、清水信貴(フルート)、鈴木祐子(クラリネット)、松村衣里(まつむら・えり。ハープ)の七重奏により、ラヴェルの「序奏とアレグロ」が演奏される。エスプリ・クルトワの結晶のような音楽であり、京響の奏者達も雅やかな演奏を繰り広げた。
演奏終了後、清水信貴が京響で演奏するのは今日が最後ということで、松村衣里から清水に花束が渡される。


今日のコンサートマスターは渡邊穣。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。フルート首席奏者の清水信貴、オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子は今日は全編に渡って出演(「ジュピター」などはそもそもクラリネットのパートがないためクラリネット奏者の出演もなかったが)。トランペット首席のハラルド・ナエスは後半のみの出演。前半は首席の位置に早坂宏明が入り、後半は早坂に代わって稲垣路子が出演した。

ドイツ式の現代配置による演奏。


まずはモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。この曲ではピリオドは余り意識しない演奏。伸びやかで勢いのあるモーツァルトである。

演奏を終えて、ナビゲーターであるガレッジセールの二人が呼ばれる。ゴリは「広上さん、進行上手いから俺らいらないんじゃないか」と言う。広上は「フィガロの結婚」について、「3時間以上掛かるオペラの序曲です。例えると前菜。突き出し、それからえーと、お通しのような」と語るが、ゴリに「そこまで説明しなくていいです」と言われる。
広上は、「オペラの本番ではオーケストラピットというものがありまして、わかりやすく言うとモグラ。我々は、下に入っちゃう」と語る。「じゃあ昔は歌手が主役だったんですね」とガレッジセールの二人は語るが、広上は「ねえ、ゴリちゃん、川ちゃん、カラオケ好き?」と聞き、ゴリが「大好きです」と応えると、広上は「私も大好きで、昨日も歌ってきました」と言う。ゴリが「何を歌うんですか?」と聞くと、広上は「演歌」、ゴリ「演歌?」、広上「そう、『長崎は今日も雨だった』、『そして神戸』、『街の明かり』。ねえ、今度、是非一緒に」と言って、ゴリに「広上さん、そういう話は楽屋でしましょうよ」と突っ込まれる。これからオペラのアリアが続くので、歌の話になったのである。
その後、安井陽子と錦織健が呼ばれるが、ゴリは「安井さんに歌って頂くのがテレサ・テンの『つぐない』」とボケる。ゴリは「(安井の)髪型がテレサ・テンぽかったので」と言い訳する。
安井陽子は夜の女王アリアに出てくるコロラトゥーラに説明し、ドレミファソラシドドシラソファミレドの音階でコロラトゥーラをやって見せる。
錦織健が歌う曲についてもゴリは「吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』」とボケる。錦織はドン・ジョバンニについて、「色男。最近、プレーボーイが話題になっていますがその先駆けのような存在と語り」、「乙武さんじゃ敵わない」と言う。川田が「狩野英孝は?」と聞くが、「全然敵わない。2000人ですから」と応える。「女とみれば誰でも」と錦織は言うが、広上は「お婆さんだろうが、若い女性だろうが、金持ちだろうが貧しかろうが差別しない」というドン・ジョバンニのあり方を「女性全般への愛」の象徴でもあると評価した。「恋人をなぐさめて」はロングブレスであり、一つ一つの旋律が長いので息継ぎが難しいそうである。
錦織は声域によって役が違うと言い、「ソプラノはお姫様。アルトはおばはん(ゴリが「急に口が悪くなりましたね」と突っ込む)。テノールが僕を見てもわかる通り王子様。バリトンが悪役」と語る。

安井の独唱による歌劇「魔笛」より「夜の女王のアリア」と、錦織健による歌劇「ドン・ジョバンニ」より「恋人をなぐさめて」。
広上指揮の京響は一転して、はっきりとピリオドとわかる演奏を展開。弦楽はビブラートを抑え、ボウイングも旋律の歌わせ方もモダンスタイルとは異なる。
安井の歌声は華にはやや欠けるが堅実。錦織もちょっと怪しいところがあったが全般的には優れた歌声を聴かせる。

安井も錦織もスリムな体型であるため、ガレッジセールの二人が袖で錦織に、「昔のオペラ歌手は太っているイメージでしたけどなんででしょうね?」と聞いたところ、錦織は「単に食欲に負けただけ」と答えたそうである。広上は、「以前は音が体中に共鳴するので、体が大きい方が良いといわれていましたが、実際は余り関係なかったようです」と述べる。


モーツァルトというと、「音が空から降りてきて、自分は書くだけ」というイメージが知られているが、広上によるとかなり勉強した作曲家だそうである。


今度は佐竹裕介のピアノ独奏で、ピアノ・ソナタ第11番より第3楽章「トルコ行進曲」。広上は「昔はサロンコンサートといいまして、サロンでの演奏を近くで見ていましたので、そのつもりで」ということで、広上とガレッジセールの二人は上手に並べられた椅子に腰掛けて佐竹の演奏を聴く。
佐竹は比較的ゆっくりとしたテンポを採用。左手を強調する。前半にミスタッチがあったが、後半はルバートを用い、音を足した演奏を行った。
演奏終了後、ガレッジセールの二人が佐竹に「みんなの見ている中で一人で演奏して緊張しないんですか?」と聞くと、佐竹は「滅茶苦茶緊張します」と答える。
広上が音を足したことについて聴くと、「いつも同じ演奏をしていると飽きるので」と佐竹。ちなみはガレッジセールの二人は「トルコ行進曲」についてよく知らなかったため、音を足して演奏したことに気づかなかったそうである。


交響曲第41番「ジュピター」第1楽章。広上はゴリに「交響曲というと、どんなイメージを持ちますか?」と聞く。ゴリは「(ステージ)いっぱい(の大人数)で演奏するようなイメージです」と答える。広上は「オーケストラピットで演奏していたオーケストラを舞台に上げて演奏させるために書かれたのが交響曲」と語り、ゴリは「あー、俺たちやっと明るいところで演奏出来るよ、と思ったでしょうね」と話す。
広上によると、モーツァルトは最初は交響曲に余り興味を持たなかったそうであるが、晩年、といっても本人は若くして亡くなるとは思っていなかったわけだが、依頼もないのに交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」を書いた。その頃、父親であるレオポルト・モーツァルトに、「お父さん、僕はこれからは交響曲作曲家として生きていきます」という手紙を送っていたそうである。

「ジュピター」は広上の得意曲目。日本フィルハーモニー交響曲を指揮したライブ録音もCDで出ている(録音は余り良くないが)。「光輝満つ」といった堂々とした部分も見事だが、密かに込められた影の表出も巧みである。


後半はベートーヴェンの2曲。
宮川彬良編曲による「エリーゼのために」。ピアノとオーケストラのための編曲である。まず幻想的な序奏があり、そのスタイルを保ちつつ続くが、途中で曲調がスペイン風になり、タンバリンやカスタネットなども鳴る。そしてラストはグリーグのピアノ協奏曲イ短調を模した編曲で彩られる。ワールドワイドな編曲である。


交響曲第9番「合唱付き」より第4楽章。京響コーラスが並ぶ間に広上とガレッジセールがトークを行う。
ゴリが「耳が聞こえなくても作曲出来るものなんですか?」と聞くと、広上は「普通は無理」と答える。ゴリは「そうですよね。佐村河内さんも結局、聞こえてましたもんね」と言う。広上は「今、言おうと思ってたのに」と言い、「私は彼のドキュメンタリーを見て号泣してしまった口なので」と続けた。ベートーヴェンの耳が聞こえなくなった理由について広上は、「ベートーヴェンのお父さんは大変優れたテノール歌手だったのですが、上がり症だったため演奏会がいつも上手くいかず、息子に八つ当たりで暴力を振るった。あるいはベートーヴェンは酒好きだったのですが、当時の酒が良くなかったのではないかと言われています。ただ本当の理由はわかっていません」とした。
広上によると、ベートーヴェンは沢山のスケッチを重ねて作曲したそうだが、モーツァルトも実はそうだったという。ただ、ベートーヴェンは部屋の掃除が嫌いで、スケッチをそこら中に放り投げておいたため、弟子などがそれを拾ってスケッチが残ったが、モーツァルトの場合はスケッチを破り捨てたり燃やしてしまったそうで、これまで発見がされなかったため、天才伝説が生まれたのであるが、最近になって妻であったコンスタンツェが「後世、何かあった時ために」と密かに手元に留めておいたモーツァルトの作曲のスケッチが60ほど見つかったという。
というわけで、天才であっても努力したし勉強したのだということになり、モーツァルトがいなかったらベートーヴェンはいなかった、ベートーヴェンがいなかったら後世の作曲家が出てこなかった可能性もあると結論づけ、どちらが優れているという考えはナンセンスとした。
ゴリが、「モーツァルトがテストの前に『昨日、全然勉強していない』」という子で、ベートーヴェンが「バリバリにやったという子」と例えると、広上は、「CMでもあるでしょ。クララが『全然勉強してない』と言って、ハイジが『絶対勉強してるな』と言う」と真似を入れて語り、ゴリに、「広上さん、クララとハイジの物真似も出来るんですね!」と感心されていた。

第九についてであるが、広上は「ベートーヴェンは破壊と創造の作曲家」とし、「まず合唱を交響曲に入れ、独唱も入れた。第3楽章はメヌエットという舞曲が普通だったが、ベートーヴェンはスケルツォという速い音楽に置き換えた。またベートーヴェンは民主社会主義者で、封建的貴族主義にNOを突きつけるためにシラーの詩を用いた」と例を挙げて述べる。ちなみに広上は「『老若男女』の平等をですね、私は最初これを『ろうじゃくだんじょ』と読んでしまっていたわけですが、願ってですね」と相変わらずのボケッぶりである。

第九を得意としている広上。今日の演奏もスケール豊かなものになった。両手だけでなく首を使った指揮が個性的である。この演奏は、ガレッジセールの二人もステージを降りて客席で聴いた。


合唱と独唱者4人がいるということで、アンコールはモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。清明な演奏であった。

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2016年4月14日 (木)

「談ス」京都公演

2016年3月24日 京都市左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、大植真太郎、森山未來、平原慎太郎の3人によるダンス公演「談ス」を観る。
アクロバティックなダンスとセリフとまでは呼べず「談じている」と書いた方が適当な言葉によって生み出される公演。

ロームシアター京都サウスホールに入るのは初めて。ロームシアター京都メインホールは京都会館第1ホールを完全に取り壊してから新しく建てたが、ロームシアター京都サウスホールは京都会館第2ホールの内部改修である。ホワイエなどには一部、京都会館第2ホールの面影を残しているところがあるが、ホール内は別物。メインホール同様ステージが広くなった。京都会館第2ホールのステージは昔の公会堂同様に少し高かったのだが、サウスホールのものは程良い高さ。客席数は1階席はかなり減らしたようである。面白いのは両サイドにあるテラス席で、普通のテラス席はホワイエから続く階段を昇り、扉を開けてホール内に入るのであるが、サウスホールはホール内に階段があり、テラス席に向かって階段を昇っているお客さんの姿がホール内から見えるのである。
1階席であるが、席を前後列とずらして頭と頭の間からステージが見えるように工夫されている。ただ傾斜の問題で、少し猫背の人や座高の高い人がいるとステージが見えにくくなるのが残念である。
リノリウムカーペットに白くて大きな円が書かれただけの舞台。舞台サークル内上手奥に小さくて丸いものが置かれているのが確認出来る。下手上方にはモニターが設置されている。

影アナは、「こんばんは、私です。『談ス』京都場所へようこそお越し下さいました。開演の前に3つほどご注意がございます。108あるうちの3つだけです。ホール内は飲食厳禁となっております。それは私も人間ですから上演中に小腹が空いてしまうことはあります。だからといって八つ橋を取り出して……、京都の人は八つ橋は食べない。奈良には行かない」と言った風な洒落だらけのものである。しかも大切なところで噛んでしまったり、ラストでは舌が回らず、「やっぱ駄目だ」と尻切れトンボで終わってしまった。

まず、森山未來が客席後方上手の出入り口から姿を現し、通路を通って前側の空いている席に座る。それからまた立ち上がり、ステージのそばまで来て客席の方を振り向き(女性が「格好いい!」と声を上げる)、ゆっくりとステージに上がる。
それから森山は腹痛を抱えた人の仕草を続け、やがて洋式トイレの便座に腰掛けるポーズをし、それから力む仕草をする。
その後、口から小さな人型を取り出し、小さくて丸いものの上に置く。小型カメラが置かれていて人型がモニターに映る。

「うあー!」と声を挙げながら、平原慎太郎が舞台下手から歩いてくるが、白い円の中に入ろうとして何故か入ることが出来ず、下手に退場。そして再び現れ、今度は何とか円の中に入る。そしてこれまた小さな人型を取り出し、小さくて丸いものの上に置く。

森山未來は平原慎太郎に「何か持っているだろう?」と持っているものを取り上げようとするが、平原は何も持っていない。そして、森山未來が「1」、平原慎太郎が「2」となる。バレエや組み体操などの要素も踏まえたアクロバティックなダンスで円の内側を反時計回りに回る。「1」、「2」は、「アイン」、「ツヴァイ」とドイツ語になったり、「水」、「油」、「男」、「女」などの対比になったりする。

突然、「3」という大声がホール内に響き渡る。大植真太郎が下手側2階テラス席にいて声を発したのである。階段を降り、ステージに上がる。無理矢理「3」として森山と平原の二人に加わろうとする大植だったが最初は拒否される。それでも何とか「3」として加わることに成功。アクロバットは難度を増す。

人型二つとチョークがモニターに映り、それと同じポーズを3人が取るようになる。その後、3人はステージ上にチョークで文字を書き始める。「LOVE」、「勇気」、「HOPE」、「勇気だ愛だと騒ぎ立てずにその気になればいい」。
「勇気」では3人が前に倒れて顎を肩に載せて三角バランスを作る。「カレッジ」という言葉を森山と大植は使うのだが、平原は「ユニバーシティー」といって、そのゲームを打ち切る。
「HOPE」では、組み体操で良くやった、一人の肩の上にもう一人が立って2人で立つというもの。わざとであるが成功しない。チャゲ&飛鳥の「YA-YA-YA」の歌詞である「勇気だ愛だと騒ぎ立てずにその気になればいい」では3人でもつれながらバランスを作っていくアクロバット技が展開される。

その後、上の方から巨大なチョーク上のものが降りてくる。森山未來がそれをもてあそんで傾け、大植真太郎がその傾きや回転に合わせたポーズを取る。
平原慎太郎は怒りをぶちまけながら円の端を反時計回りに回る。巨大チョークは上へと去るが、中に入っていた数多くのチョークは残される。後にこのチョークの山がぶちまけられ、ステージ上はチョークで一杯になってしまう。3人はその後、チョークでステージ上に幾何学的な絵を描いていく。巨大チョークを下ろしてきたワイヤーに小型カメラが付けられ、ステージ上方からの映像がモニターに映る。

大植真太郎が森山未來と平原慎太郎の体を使って、セリフを一人で話すという、文楽のようなことをやったり、森山が再び洋式便座に座って踏ん張る仕草をし、「自分の中から何が生まれるのかわからない。わけのわからないものが生まれてしまったどうしよう」と不安を述べたりする。

大植が中学生でもわかるシンプルな英語を話し、平原慎太郎が日本語に訳す。二人はステージの上を時計回りに歩いて行く。

それから大植が歌を唄ったり、大植のタイツやシャツに森山が首を突っ込んだりする。

大植はその後、激しいダンスを踊ったため、ステージ上手に寝転がって、「I cannot continue.」と言う。それから「Close Your      Eyes.」と客席に話しかけ、「Imagine」、「I am dancing.」と言って笑わせたりする。

ラストは前半にもやった3人による三角バランス。三度目の時に照明が落ち、公演が終わる。
ダンスというべきか、アクロバットというべきか、難度はとても高く、運動神経がかなり高くないと行えない公演である。ダンスの中には運動神経とは余り関係のない種類のものもあるが、「談ス」は並みの運動神経では無理だ。

森山未來は俳優として有名だが、まずダンサーとしての才能を買われ、その後、俳優業へも活動を拡げており、ダンスは得意中の得意であり、大植真太郎と平原慎太郎はプロのダンサーである。


ダンスというものの限界や枠組みを破るための公演であり、特別に意味深い内容が語られるわけではないが、3人の優れたダンサーの妙技を見るだけで楽しめる公演になっていた。

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2016年4月 9日 (土)

コンサートの記(236) 山下達郎 「TATSURO YAMASHITA PERFORMANCE 2015-2016 40th ANNIVERSARY」京都公演

2016年3月2日 京都市左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、山下達郎のコンサート「TATSURO YAMASHITA PERFORMANCE      2015-2016 40TH ANNIVERSARY」を聴く。1975年にデビューした山下達郎のミュージシャン活動40周年を記念して、北は北海道北見から南は沖縄県沖縄市まで計64回行われる全国ツアーの50回目の公演が京都で行われる。
ロームシアター京都メインホールは、京都会館第1ホールの跡に建てられ、今年1月オープンしたばかり。ポピュラー音楽のコンサートとしては、今日の山下達郎のライブが杮落としとなるそうである。

ロームシアター京都まではバスを使えばすぐなのだが、歩いても行ける距離なので行き帰りは歩く。「歩いても行ける距離にコンサートホールがある幸せ」を実感したいという自己満足ではあるのだが。

「久しぶり、帰ってきたよ京都」と挨拶した山下達郎であるが、山下によると「京都でライブを行うのは32年半ぶり」になるという。山下達郎のコンサートは必ずセットを組み、今日も舞台下手には三階建てのホテル(後にライトが付き、「OPUS INN」という宿であることがわかる)があり、山下達郎はホテルのセットの玄関から登場した。背後には水平線と桟橋が描かれている。実は京都会館では色々と制約があり、舞台上にセットが建てられなかったので「やろうにもやれなかった」らしい。「ユーミンとか、セットを組む人は(京都会館では)やっていないはずです」と山下はいう。京都会館第1ホールは音響も最低レベル、内装はボロボロでトイレに至っては公衆便所より汚いという有り様で、「とてもじゃないが一流のミュージシャンを呼べるような施設じゃない」と思っていたが、それ以上に京都の文化的鎖国化に貢献してしまっていたようである。山下は「まともなホールがずっとなかったというのもおかしな話なのですが」と言っていたが、京都の文化的鎖国感は根が深い。文化庁の京都移転は決まったが、どうなることやら。
今回のツアーでは、「とにかく明るい曲を」ということで、セットリストにも明るめの曲やノリノリの曲が並ぶ。もっとも明るいナンバーだけではなく、「エンドレス・ゲーム」のような短調の曲も歌われたし、「シリアやガザ地区では酷いことになっている。隣の国なんかでは水素爆弾や核弾頭やら飛ばしている」ということで、1曲だけシリアスな曲をとして「DANCER」が歌われた。

山下達郎はホールの音響にうるさいことでも知られるが、「敷地がないところに建てたのにステージを広めにしたので、客席が狭くなる。そこで縦にした」と表現。ロームシアター京都メインホールは1階席の面積は比較的狭く、特に奥行きはないが、客席は4階まである。「リハーサルの時に客席で確認したのですが、ブロードウェーのミュージカルシアターに近い音です」と山下は述べた。

知らない人はいないというほどの有名曲である「クリスマス・イブ」は歌われる。山下によると「リピーターの方がいて、このツアー7回目なんていう方は『“クリスマス・イブ”はもういい』と言われるのですが、ミュージシャンの中には敢えてコンサートで有名曲を歌わなかったり、一番売れた曲は『こんなの本当の俺じゃない』とかいって歌わない人もいます。ですが私は今日1回来る人のために『クリスマス・イブ』は必ず歌います」と宣言した。

詳しいセットリストは書かないが、「土曜日の恋人」は実は人前で歌うのは初めてになるとのこと。「DOWN TOWN」も歌われたが、これはサビの部分が女声パート(シュガー・ベイブでは大貫妙子)で、山下達郎はファルセットでの歌声となるため、普段は私はこの曲は坂本真綾がカバーしたバージョンで良く聴いている。

カバーのコーナーでは、「最近、カバーブームでみんなカバーやっている。しかもみんなベタな選曲ばっかでみんな同じ歌うたってる状態」と言いながら、「今回は思いっきりベタな歌をやります」ということで、「君の瞳に恋している」を歌う。「君の瞳に恋している」を歌うにあたり、山下は「フランキー・ヴァリの歌は森進一ばりのコブシやヒキ、タメがある」として縦のラインを揃えた歌い方とフランキー・ヴァリ風の歌い方の両方でサビを歌う。ちなみに「君の瞳に恋してる」はかなり有名なナンバーであるがビルボードヒットチャートでは2位が最高だそうである。

またアカペラのコーナーでは、ドゥーワップで「チャペル・オブ・ドリームス」、山下達郎の自作である「おやすみ、ロージー」、「エンジェル」が歌われた。「おやすみ、ロージー」は鈴木雅之も歌っており、鈴木雅之は山下達郎が作った音源を使ってカラオケで歌っていたのだが、鈴木の持っているテープが老朽化してきたというので、この間、山下がリミックスした音源を渡したそうである。鈴木は「すげー音良かったよ!」と驚いていたそうだ。「当たり前なんですけどね」と山下。

ちなみに、山下が初めて京都でライブを行ったのは1974年の5月。今も上京区にあるライブハウス「拾得(山下は「じゅっとく」と読んでいたが「じっとく」が正式な名称である)」においてであったそうだが、最前列に一升瓶抱えて寝ているおじさんがおり、30分か40分演奏したところでそのおじさんが起き上がって、「おい、もう止め! 二度と京都来んな!」と悪態をついたそうで、山下はそれがトラウマになっているという。数年後に、「拾得」のオーナーが「あの時は済みませんでした」と謝りに来たそうだが、「オーナーに謝られても」と山下は複雑な心境になったそうだ。
以前から関西ではそうでもなかったのだが、東京などでは業界人が多いということもあり、最前列で偉そうにふんぞり返り、「聴いてやるよ。やってみな」という態度の客がよくいたそうで、「蹴っ飛ばしてやろうかと思いました」と山下は語る。

ちなみに山下は大貫妙子らと組んだシュガー・ベイブというバンドでデビューしているが、シュガー・ベイブのファーストアルバム「SONGS」が発売された頃にはちょうと京都におり、JEUGIAの三条本店で「SONGS」が売られているか調べに行ったのだが売っていなかったそうである。「SONGS」は昨年リマスタリング盤が出たのだが、リミックス盤と二枚組にして発売したところ何とオリコンチャートトップ10に入ってしまったという。シュガー・ベイブ時代の楽曲としては「シュガー」が「今回のツアーで歌い納め」として歌われた。また最近では嵐の新曲「復活LOVE」の作曲と編曲を担当(作詞は夫人である竹内まりや)。これまでもジャニーズ系の楽曲を手掛けている山下であるが、普通はジャニーズ系の楽曲は専門のアレンジャーがいるため、編曲はジャニーズ側に任せるのだが、デモテープを聴いた嵐のメンバーが山下の編曲を気に入ってしまい、「編曲もお願いします」ということになったそうである。山下は「(自分の編曲は)オールディーズだよ」と言ったものの、嵐は「その編曲が良い」と譲らなかったそうである。編曲を手掛けた場合は演奏も行うというので、山下は「復活LOVE」でギターを弾いているという。ここで、「イントロ聴かせて!」と客席から声が掛かる。「今、やろうとしてたのに!」と山下。そしてイントロを奏でる。拍手喝采。ただ山下は「40、50の人に嵐のCDを買ってとは言えないなあ」とこぼす。「でも40代50代の人にも人気あるんですよ、大野君とか。ああ、余りフォローになっていないか」と自分で言う。

本編のラストは「アトムの子」。山下は途中で「アンパンマン・マーチ」を挟みながら歌った。


アンコールで出てきた山下は、「このホールは上から見るとカーネギーホールに似てるんです。敢えて似せてるのかも知れませんが」と言うが、「せや、せや」と言う人がいたので、「人が話している時にそういうこと言わない」と顔をしかめる。
アンコールは、「HAPPY HAPPY GREETING」、「RIDE ON TIME」(親交のあった大瀧詠一の「幸せな結末」「熱き心に」などを途中でメドレーで挟む)など。今回は比較的初期のナンバーが多かったように思う。

そして先日亡くなった村田和人(亡くなる数日前に村田から山下にメールがあり、「体が良くなってきたので来年はライブ200本やりたいです」と書いてあったそうだ。それが最後のメールになったという)のために村田の作品である「一本の音楽」をギターで弾き語りする。
最後の曲は、「YOUR EYES」。32年半ぶりの京都で喝采を浴びた山下達郎は感慨深げな様子であった。

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2016年4月 8日 (金)

コンサートの記(235) 三ツ橋敬子指揮 いずみシンフォニエッタ大阪第36回定期演奏会

2016年2月6日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後4時から大阪・京橋のいずみホールで、いずみシンフォニエッタ大阪の第36回定期演奏会を聴く。「魅惑のイタリアン&誕生《第5》!」というタイトルで、イタリアの20世紀音楽、そしていずみシンフォニエッタ大阪の音楽監督である西村朗の室内交響曲第5番〈リンカネイション(転生)〉が初演される。

指揮はイタリア・ヴェネチア在住の若手、三ツ橋敬子。


曲目は、レスピーギの組曲「鳥」、ベリオの「フォークソングス」より第1、2、3、5、6、7、11曲(ソプラノ独唱:太田真紀)、シャリーノの「電話の考古学」、西村朗の室内交響曲第5番〈リンカネイション(転生)〉(ソプラノ独唱:太田真紀)


いずみシンフォニエッタ大阪は非常設の団体であり、普段は他の団体やソリストとして活動している人が基本的には年2回の定期演奏会のために集結してアンサンブルを繰り広げる。
ちなみに今日は全曲コンサートマスターが違い、レスピーギでは小栗まち絵が、ベリオでは釋伸司が、西村朗の新作では高木和弘がコンサートマスターを務め、シャリーノは弦楽が各楽器一人の編成であったが中島慎子(なかじま・ちかこ)がヴァイオリン代表としてコンミスの位置に座った。

メンバーはいずれも関西出身か関西に拠点を持っている演奏家によって構成されている。古部賢一(日本フィルハーモニー交響楽団首席オーボエ奏者。相愛大学非常勤講師)、内田奈織(ハープ。映画「夕凪の街 桜の国」で音楽担当。京都府出身)、そして京都市交響楽団のトランペット奏者である稲垣路子もレスピーギのみではあるが参加している。


演奏会の前にロビーコンサートがあり、オーボエの古部賢一、クラリネットの上田希(大阪音楽大学卒。現在は大阪音楽大学ならびに京都市立芸術大学非常勤講師)、ファゴットの東口泰之(京都市交響楽団副首席奏者、大阪芸術大学大学院非常勤講師)によって、ミヨーの「コレット」組曲が演奏された。


ステージ上ではハープの内田奈織がチューニングをしていたが(ハープは自力では持ち運べないのでステージ上でチューニングを行う必要があるのである)、それが済んでから西村朗が登場。続いて指揮者の三ツ橋敬子も呼ばれてプレトークが始まる。なお、西村と三ツ橋は東京芸術大学卒業および同大学院修了で先輩後輩に当たるのだが、西村がプロフィールに「東京芸術大学」と新字体を採用しているのに対して三ツ橋は「東京藝術大学」と旧字体を用いている。西村と三ツ橋の出会いは、三ツ橋が「情熱大陸」に出演した際に、西村のクラリネット協奏曲をカール・ライスターのクラリネットソロ、三ツ橋の指揮で初演する模様を収めるというので挨拶を交わしたのが最初だという。三ツ橋は2ヶ月に1度の割合で関西での仕事が入るのだが、大阪ついて「イタリア人というのはお喋りで賑やかなんですけれど、大阪はイタリア人が目立たない街」という表現をする。西村朗によると大阪というのはイタリアンレストランのレベルが高く、本場のイタリア料理よりも美味しい店が沢山あるそうである。

ちなみに三ツ橋敬子は身長151cmと、女性としてもかなり小柄な方であるが、そのためもあってかフォルテの時に思い切って伸び上がった指揮をするなど、身振り手振りが大きくなるため、たまに指揮台から転げ落ちることがあるそうである。

西村によると三ツ橋は幼少期にピアノをバリバリ弾きこなし、作曲もこなして「天才少女」と呼ばれたこともあったそうだが、将来は音楽家ではなく弁護士になりたいとも考えていたそうだ。だが、十代の頃、イスラエルを訪れて、当時のイツハク・ラビン首相の前でピアノの御前演奏を行った際、ラビン首相から与えられた主題によるピアノの変奏曲を即興演奏して大いに褒められたのだが、その後、ラビン首相が暗殺され、「国境や人種を越えて人々を繋ぎ合わせることが出来るのは法律ではなくて音楽だろう」と思うようになり、高校入学と共に指揮の勉強を始めたそうである。ピアニストなどのソリストではなく指揮者を選んだのは「他の人と一緒に音楽を作り上げる作業をしたかったから」だそうである。
曲目解説であるが、レスピーギの「鳥」はバロック以前の楽曲を再構成したものであり、ベリオの「フォークソングス」も既製の楽曲にベリオ独特の特殊奏法を多用した伴奏を付けたもので、いずれも作曲家のオリジナルのものではないそうである。
シャリーノの「電話の考古学」は置き電話や携帯電話などのベルを模した音を楽器が奏でるという作品。13の楽器による小編成の作品である。西村は「シャリーノは途轍もない天才ですが、間違いなく病気ですね。知り合いになりたくないタイプ」と話す。

今日は世界初演となる西村朗の室内交響曲第5番〈リンカネイション(転生)〉は、2015年の9月から12月にかけて作曲されたもので、2楽章からなり、第2楽章にはソプラノの太田真紀による独唱が入る。晩秋に始まり、冬を経て春の描写で音楽は終わる。


レスピーギの組曲「鳥」。バロック以前の旋律を取り入れているだけあって、端正な旋律が奏でられるが、ベルリオーズ、リムスキー=コルサコフと並んで「三大オーケストレーションの達人」に数えられるレスピーギの巧みな管弦楽法により、煌びやかな音がそれに加わる。20世紀の音楽に比べると形式的だったはずの旋律がブラッシュアップされて聞こえる。
三ツ橋の指揮は端正にして明快。指揮棒を持たない左手の指示が相変わらず上手い。


ベリオの「フォークソングス」より。ソプラノ独唱の太田真紀は大阪府堺市出身。同志社女子大学学芸学部声楽専攻を経て大阪音楽大学大学院歌曲研究室修了。東京混声合唱団のソプラノ団員として活動後、文化庁新進芸術家海外研修生としてローマに留学。平山美智子に師事する。ちなみに太田によると平山美智子は若い頃に植木等の声楽の先生だったこともあったそうで、平山曰く「植木等の『スーダラ節』は私の指導の成果が出ている。発音がはっきりしている」のだそうである。

後半のプレトークの時には西村朗と太田真紀がベリオについても語ったのだが、太田によると「(ベリオに)お会いすることは出来なかったんですけれど、噂に聞くと『凄く嫌な奴』だったそうですね」と言い、西村は「私以外の作曲家は大抵嫌な奴です」と応えていた。
ちなみに太田真紀は現在は大阪府富田林市在住だそうだが、富田林は覚醒剤で逮捕された清原和博の出身校であるPL学園の所在地ということで、西村も「今、大変なことに」などと触れていた。

歌自体は20世紀音楽の常道から大きくはみ出たものではないが、やはりベリオらしい特殊奏法満載の伴奏が特徴的である。
太田の声は澄んでいて耳に心地よい。


後半、シャリーノの「電話の考古学」。ステージ下手に陣取った沓野勢津子(くつの・せつこ。京都市立芸術大学卒。メインはマリンバだが打楽器全般を演奏する)が奏でる鉄琴が電話のベルを模し、その後ファゴットが携帯電話のバイブレーションの音を真似た単調な響きを生み出す。最後は金管が着信音のメロディーを奏でる。その間、ヴァイオリンが弓で弦を擦ったり、フルートが穴を一切押さえずにスカスカの音を生んだりと特殊な奏法が次々と繰り出される。
面白い曲であるが、西村の言うとおり神経症的な印象は受ける。


新作である西村朗の室内交響曲第5番〈リンカネイション(転生)〉。第1楽章ではトランペットなどが典雅な旋律を吹く場面もあるが、基本的には旋律よりも響きの美しさで聴かせるという西村らしい作品である。
第2楽章では太田真紀がまず春の息吹を表す吐息を2度発した後で、『新古今和歌集』に収められた2首の和歌、「浅緑 花もひとつに 霞みつつ おぼろに見ゆる      春の夜の月(菅原孝標女)」と「今桜 咲きぬと見えて 薄ぐもり 春に霞める 世のけしきかな(式子内親王)」が断片的にちりばめられる。はっきりと美しく歌われることはないが、これはおそらく人間というよりも精霊が歌うようなイメージを企図しているのだと思える。
私は現代音楽に関しては即断を下すことはまずないのだが、この曲は楽曲としては間違いなく成功作である。

三ツ橋のオーケストラコントロールも優秀であり、いずみシンフォニエッタ大阪の合奏力も高かった。
演奏終了後、三ツ橋と太田によってステージに呼ばれた西村は聴衆の喝采を浴びた。

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2016年4月 4日 (月)

RCサクセション 「つ・き・あ・い・た・い」

「アレを持って」るのは女の人だけですね。

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2016年4月 2日 (土)

滋賀県制作 石田三成CM第二弾

もはやなんでもあり、カオス状態の石田三成CM集。

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滋賀県制作 石田三成CM

かなりシュールな石田三成のCM。

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2016年4月 1日 (金)

コンサートの記(234) 河村尚子ピアノリサイタル2016神戸

2016年2月19日 神戸新聞松方ホールにて

午後7時から神戸新聞松方ホールで、河村尚子のピアノリサイタルを聴く。オール・ショパン・プログラム。
神戸新聞松方ホール友の会ニュース「wave」が発券所の近くに置かれていたので、読んでみる。表紙に河村尚子リサイタルの案内と、河村からのメッセージが書かれている。
河村は松方ホールは勿論、神戸市内で演奏するのも実は今日が初めてなのだという。松方ホールにはミュージカルの観客として来たり、他のピアニストのリサイタルに聴衆として来たりと、客としては何度か来ているが、ステージに立ったことは今までなかったという。今回は「マヨルカ島のショパン」をイメージした選曲にしてみたとのこと。

河村尚子は、1981年、兵庫県西宮市生まれ。5歳で渡独し、以後は音楽教育も含めて全てドイツで学んだという河村。現在もドイツ在住でエッセンにあるフォルクバング芸術大学ピアノ科の教授を務めている。

私が河村尚子のピアノを初めて聴いたのはもう10年ほど前になる。小林研一郎指揮京都市交響楽団の演奏会でモーツァルトのピアノ協奏曲のソリストとして登場したのだ。その時はミュンヘン国際コンクール・ピアノ部門で2位になったばかりであり、楽しそうにピアノを弾くのが印象的だった。翌2007年にはクララ・ハスキル国際コンクールで優勝を果たしている。
出身地である西宮の兵庫県立芸術文化センターでは「凱旋」ともいえるリサイタルを何度も行っており、京都でも京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール・ムラタ」という小さなところではあるが、ソロリサイタルを行った。一昨年は東京・大手町の、よみうり大手町ホールオープニングシリーズのトリを務め、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」で圧倒的名演を繰り広げている。

CDもいくつか出ているが、いずれも特筆すべき出来であり、日本の若手ピアニストの中でもトップを争う逸材であることに間違いはない(ドイツ育ちではあるが)。


曲目は、ショパンの4つのマズルカOp.41、ピアノ・ソナタ第2番(「葬送」のタイトルで知られるが今日のプログラムには記載されていない)、24の前奏曲。
聴き応えのあるプログラムである。

西宮では地元が生んだスターということで大ホールでも大入りだった河村のリサイタルであるが、神戸ではまだ彼女の名声が行き届いていないのか、中規模ホールである松方ホールでも入りは半分程度であった。


鮮やかな翡翠色のドレスで登場した河村。4つのマズルカでは、多彩な音のパレットを生かしたファンタジックな演奏を繰り広げる。

ピアノ・ソナタ第2番。有名な「葬送行進曲」が第3楽章に組み込まれ、ソナタにまで発展させた曲である。だがとても短くて意図の判然としない第4楽章が続き、ショパンの真意は今もよくわかっていない。

河村はやや速めのテンポを採用。毒のある左手と煌びやかな響きを生み出す右手の対比が鮮やかである。第1楽章、第2楽章ともに力強く、スケールは雄大。得体の知れない不気味さのようなものもよく出ている。
打鍵の力強さは男性ピアニストにも負けておらず、これは特筆に値する。またペダリングも独特で上手いが、松方ホールはペダリングの時の足踏みが良く響くようで、少々耳障りであったことも確かである。
「葬送行進曲」も速めのテンポであるが、速めのテンポを採ったことにより、哀しみがより自然に出ている。途中で出てくる甘美なメロディーは天国への架け橋を描いているかのようだ(これが短調の響きに変わり、再び憂いが戻るのであるが)。
第4楽章はやはりミステリアスなのであるが、送られた者に対する何らかの語りであるようには思える。そうでないと葬送行進曲の後ろに置かれた意味がない。死者に対する評判なのか、噂話なのか、弔いの言葉なのか。

以前は楽しそうにピアノを弾いていた河村であるが、今ではその表情は深遠を見通す芸術家のそれへと変わっている。


後半、24の前奏曲。ショパンが24の異なる調で1つずつ作曲した小品を24纏めたものである。後世の作曲家にも影響を与え、ドビュッシーやラフマニノフがピアノのための「24の前奏曲」を書いている。ドビュッシーは全曲にタイトルを付けたが、ショパンは自作が物語り的にとらわれるのを嫌ったため、題名は一切付けていない。「雨だれ」のようにタイトルが付いているものもあるが、後世の人が勝手につけたもので、ショパンの命名ではない。
ちなみに雨だれを描いた作品は現行では前奏曲第15番となっているが、ショパンの愛人であったジョルジュ・サンドによると前奏曲第6番が実は雨だれを描いたものだという。ショパン自身は前述の通りタイトルを付けることを嫌ったため、実際に雨だれは描かれたのか、描かれているとしたらどちらなのかは、はっきりしていない。

曲の長さも難易度も曲調も全てバラバラという24曲が組になっている。ただ、比較的難度の低い曲には不気味な曲調のものが多いような気がする。

河村は強靱な打鍵と抜群のメカニック、優れた叙情性と譜読みの深さで聴く者を圧倒するピアノを奏でる。おそらく日本人の若手でこれだけのショパンを弾ける人は他のほとんどいないだろう。
特に激しい曲、前奏曲第8番や第16番、第24番などでは情熱の迸りが目に見えるかのよう。女性が弾いたショパンとは思えないほど力強い演奏であるが、同時に女性ならではの情念の激しさも感じられるというハイレベルはショパン演奏であった。


カーテンコールに応えた河村はマイクを手に登場。神戸で演奏するのが初めてだということ、マヨルカ島でのショパンをイメージした選曲であること、ショパンの24の前奏曲にはタイトルがないが、独自の解釈でタイトルを付けて演奏していることなどを明かした(タイトル名は明かさなかったが)。河村の母方の祖父は厳格は人だったそうで、教員であり、最後は校長まで務めた人だったのだが、河村が子供の頃に甘えさせてはくれないようなお爺ちゃんだったという。そんな河村の祖父であるが、ある日、河村が祖父の字で「砂漠の決闘」と書かれたVHSを発見する。映画を録画したものらしいのだが、祖父によると「まだ見ていない」そうで、本当のタイトルも「知らない」で、最初が砂漠のシーンだったので勝手にタイトルを付けたらしい。
河村は、「皆さん、おうちに帰ってから、この曲のタイトルを付けるとしたらどんなものがいいか、想像して楽しんで下さい」と言い、ショパンの前奏曲第26番変イ長調(遺作)を弾く。河村は先に前奏曲第26番(遺作)の楽曲の解説を行い、「最初は24の前奏曲に入っていたのかも知れませんが、その後、変イ長調のもっと良い曲が出来たので入れ替えたのかも知れません」と語る。
最後は、入れ替わった可能性のある前奏曲第17番変イ長調をもう一度演奏して、コンサートはお開きとなった。

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