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2016年6月の22件の記事

2016年6月30日 (木)

これまでに観た映画より(80) 「悪人」

DVDで、日本映画「悪人」を観る。吉田修一のベストセラー小説の映画化。脚本・監督:李相日、脚本:吉田修一。出演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、塩見三省、池内万作、光石研、余貴美子、井川比佐志、松尾スズキ、宮崎美子、樹木希林、柄本明ほか。音楽:久石譲。

長崎県、佐賀県、福岡県という北九州地方が舞台となっており、台詞の大半で九州弁が用いられている(長崎弁、佐賀弁、博多弁に分かれているようだが、私は九州の人間ではないので判別できない)。

博多で保険の外交員をしている石橋佳乃(満島ひかり)は、出会い系サイトで知り合った、福岡市内の大学に通う増尾圭吾(岡田将生)と遊びの恋をしているが、増尾にとって佳乃は遊びの女以外の何者でもない。一方、佳乃はやはり出会い系サイトで出会った解体作業員の清水祐一(妻夫木聡)とも連絡を取っており、待ち合わせの約束をしていたが、祐一が肉体労働系ということで最初から見下していた。待ち合わせの場所で待っていた祐一だが、佳乃はたまたま通りかかった増尾の車に乗り込み、デートすることに決める。車で待っていた祐一には侮蔑の言葉を吐きかけて。

その後、佳乃が遺体となって発見される。警察は殺害現場まで佳乃と増尾が一緒だったことを突き止めていた。そして増尾が名古屋市内のカプセルホテルで発見されるのだが、増尾はシロであった。佳乃を殺害したのは清水祐一であった。祐一は増尾と佳乃が乗った車を尾行し、増尾に足蹴にされ、車から突き落とされた佳乃に近づくも、「レイプされたって言ってやる」などと脅迫された上、またも侮蔑の言葉を浴びせられ、扼殺してしまったのだ。

その後、祐一のケータイに馬込光代という女性(深津絵里)からのメールが入る。やはり出会い系サイトで出会ったのだが、祐一がしていた「灯台の話が忘れられず」メールしたのだった。光代は佐賀県の紳士服販売店で働く女性。佐賀駅前で待ち合わせた二人はドライブに出掛けるが、まずホテルに入り、情事に及ぶ。みな出会い系サイトに遊びの恋を求めているのだが、光代は祐一は本気の出会いを求めているのだと感じた。だが、祐一は光代に「人を殺した」と打ち明ける。
警察署の前に車を停め、出頭しようとした祐一だが、光代は呼び止め、一緒に逃避行することを選ぶ……。

祐一は母親(余貴美子)に捨てられ、祖母の房江(樹木希林)に育てられた。その房江は健康食品の販売員の手口に引っかかり、大量の健康食品を強引に売りつけられてしまう。

一方、佳乃の父親である石橋佳男(柄本明)は、祐一よりも増尾により憎しみを感じ……。

深津絵里がモントリオール世界映画祭で、最優秀女優賞を受賞した作品である。

人を殺害したら悪人であることは間違いないが、人を使っておもちゃのように遊ぶ大人になりきれない若者もまた悪であるし、自社スクープ第一のマスコミもまた悪であり、悪人と逃げようとした光代もまた悪なのである。「悪人」と断言できないほどの「悪」が瀰漫している現代を上手く描いた映画である。

最後の方に出てくる灯台は長崎・五島列島の福江島・大瀬崎のもの。「ロケみつ」の通過ポイントにもなっている。

演出であるが、映像のセンスが今一つの場面が見られたのは残念である。

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2016年6月25日 (土)

コンサートの記(245) 西本智実指揮 モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団来日公演2016大阪

2016年5月29日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

昨日に引き続き今日も大阪・中之島のフェスティバルホールへ。西本智実指揮モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を聴く。

モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団は前身のモンテカルロ国立歌劇場管弦楽団時代にスヴャトスラフ・リヒテルのピアノ、ロヴロ・フォンマタチッチの指揮でレコーディングされたグリーグとシューマンのピアノ協奏曲の名盤で伴奏を担当していたオーケストラとしてクラシックファンの中では知られている。というよりクラシックファンの間でもそれぐらいしか知られていない。

その名の通り、モナコ公国のリゾート地・モンテカルロに本拠地を置くオーケストラであり、コンサートとオペラの両方で活躍している。
歴代指揮者の中には、先程も名前を出したロヴロ・フォン・マタチッチ(元NHK交響楽団名誉指揮者)やジェイムズ・デプリースト(元・東京都交響楽団常任指揮者)など、日本とゆかりの深い人物がおり、また今年の9月からは日本を代表する若手指揮者である山田和樹がモンテカルロ・フィルの音楽監督に就任する予定である。

というわけで、山田和樹とのコンビとの来日でも良かったのだが、山田がバーミンガム市交響楽団と日本ツアーを行うということもあってかどうかはわからないが、モンテカルロ・フィルの日本ツアーの指揮者は西本智実が務めることになった。

大阪市出身の西本智実。凱旋公演ということになる。

曲目は、ビゼーの「カルメン」組曲、スメタナの連作交響詩『わが祖国』より「モルダウ」、チャイコフスキーの交響曲第5番。

ロシアや東欧で指揮者活動をスタートさせ、幻想交響曲などフランスものも得意にしている西本に相応しいプログラムである。

アメリカ式の現代配置での演奏。ただし、ティンパニは指揮者の正面ではなく、舞台下手奥に陣取る。

実は当初の発表では1曲目がスメタナ、2曲目がビゼーであったが、本番では入れ替えてきた。有料パンフレットにはその旨、記してあったのかも知れないが、私はパンフレットを買わなかったため、1曲目が「モルダウ」だと思っていたら「カルメン」が鳴り始めたのでちょっと驚いた。
入れ替えた意図だが、「モルダウ」はモンテカルロ・フィルのスタイルに合わず、演奏の出来に関しては他のものより落ちるため、まず出来が良いと感じられた「カルメン」を冒頭に持ってきたかったのかも知れない。

モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団を生で聴くのは初めてだが、シックなオーケストラである。モナコ公国は南仏に面しており、南仏のオーケストラは楽器の音色が濃いのであるが、モンテカルロ・フィルの音色は洗練されており、南仏よりもパリのオーケストラに近い。西本はモンテカルロ・フィルから鋭い和音を引き出し、これは全曲でプラスに作用する。

「カルメン」組曲は、勢いの良い「闘牛士」の前奏曲と悲劇的なアンダンテ・モデラートの前奏曲の二つを持ち、アタッカで入ると効果的であるため、西本とモンテカルロ・フィルもアタッカで入ろうとしたが、拍手が起こってしまったため、西本は拍手が鳴り止むのを待ってからアンダンテ・モデラートの前奏曲を振り始めた。いずれもドラマティックな出来である。
面白かったのは3曲目として置かれた「ハバネラ」の演奏。旋律の歌わせ方が極めて蠱惑的であり、妖しげだ。ハバネラの旋律をオーケストラがこれほど艶やかに奏でるのを聴くのは初めて。やはり指揮者が女性の西本智実であるというのは大きいだろう。クラシックの世界では「指揮台に立てば性別は関係ない」といわれており、私もそう思ってきたのだが、どうやらそうではないようだ。「ハバネラ」の旋律をオーケストラでこれほど妖艶に歌うという発想自体が男性の指揮者にはないはずである。
「間奏曲」のリリカルで優しげな雰囲気も素晴らしい。
ラストの「ジプシーの踊り」では西本はモンテカルロ・フィルを煽り、興奮度満点の演奏に仕上げる。

西本の指揮スタイルは基本的には端正なものだが、今日は特に「カルメン」組曲においては左手を効果的に用いていた。

スメタナの連作交響詩『わが祖国』より「モルダウ」。先に書いたとおり出来は今一つ。冒頭のフルート二人の指が十全に動かない上に音が大きめ。ということでイメージ喚起力が不十分である。
主題が弦に移ってからは体勢を立て直すが、どうもモンテカルロ・フィルの音色にスメタナ作品は合わないようで、不思議な「モルダウ」になってしまう。
それでも村の踊りの場面や月夜の描写などには優れたものがあった。

メインであるチャイコフスキーの交響曲第5番。
西本智実はロシアもの、現代音楽、フランスもの、マーラーなどを得意としている一方で、古典派以前の音楽では余り成功していない。兄弟子であるヴァレリー・ゲルギエフも古典を避けているから、ロシアで指揮教育を受けた指揮者の特徴なのかも知れないが、西本の指揮スタイルを見ていると古典派以前を苦手としている理由がなんとなくわかる。
西本はとにかく情熱の人で、情熱が矢と化して体から溢れてホール中に飛び散っていくような激しさが感じられる。チャイコフスキーでもフォルムよりも内容重視で熱い音楽を作る。こういうタイプの指揮者には形式が重要視される古典派以前の音楽には向いていないのである。また西本は典型的なライヴの人であり、スタジオ録音では燃焼度不足に陥っているものの方が多いため、レコーディングアーティストとしては現在までの姿勢では不利である。

冒頭、クラリネットが奏でる「運命の主題」を西本は遅めのテンポで展開。ゲネラルパウゼもかなり長く取り、この主題が特別なものであることを聴く者に印象づけさせる。
その後、弦に比べて管の音の方が大きいという状態が続くのだが、西本が「管は運命、弦はそれに身もだえするチャイコフスキー」という解釈を行っているのではないかということに気づく。そう考えれば効果的でわかりやすく、残酷な音楽と演奏になる。先に書いたとおり西本はフォルムを整えることよりも内容重視。多少外観が崩れようともチャイコフスキーの魂をえぐることを優先させる。

第2楽章のホルンソロも抜群というほどではなかったが上手く、モンテカルロ・フィルの性能の良さが感じられる。

第3楽章は典雅ではあるが、やはり噴き出るような情熱がやがて全てを呑み込む。

第4楽章。西本はこの楽章を凱歌とは捉えない。旋律の歌い方は朗らかではなく、怯えながら手探りで進んでいるかのようである。管に主旋律が移ると西本が弦の音を強め、管が奏でる明るいはずの歌がぼやけるような処理をする。
そして擬似ラスト。今日は残念なことにここで拍手と「ブラボー!」が起こってしまう。せめて「ブラボー!」は止めて貰いたかった。こちらの集中も切れてしまう。
ただ演奏は勿論続く。再度の凱歌調の旋律も西本は「希望はあるかも知れない、希望があったなら」程度のメッセージに留めていたように思う。他の指揮者もそうだが、最近ではこうしたペシミスティックな解釈は流行である。

全ての演奏が終わり、今度は本物の「ブラボー!」が起こる。

アンコールはチャイコフスキーの「花のワルツ」。華やかで愛らしい演奏。モンテカルロ・フィルの音色もこの曲に合っている。

演奏を終えた西本は「感慨無量」という面持ちで客席を長い間見つめていた。

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2016年6月24日 (金)

「夢二」のテーマ 「花様年華」より

沢田研二が竹久夢二を演じた映画「夢二」(鈴木清順監督作品)。その「夢二」のテーマ音楽を王家衛監督が香港映画「花様年華」で再度使用。全編に渡って流れる「夢二」のテーマが作るミステリアスな雰囲気が映画に奥行きを与えています。作曲は梅林茂です。

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2016年6月22日 (水)

コンサートの記(244) 広上淳一指揮京都市交響楽団第7回名古屋公演(2016)

2016年6月16日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて
 

午後6時45分から、名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールで、京都市交響楽団の第7回名古屋公演を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
京響の名古屋公演は、京都では演奏されない演目を取り上げるため、興味深いプログラムで聴いてみたい場合は名古屋まで出向く必要がある。
なお、名古屋では開場から開演までの時間が大体45分ほど。6時開場なので、開演は6時45分になる。中途半端な時間に始まるような気がするがこれが名古屋流である。

曲目は、サン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」(ピアノ独奏:萩原麻未)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。


ドイツ式の現代配置での演奏。サン=サーンスの伴奏は「悲愴」交響曲の演奏よりも弦楽が一回り小さいサイズで行われた。
今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーに泉原隆志。オーボエ首席奏者の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子は全編に登場(サン=サーンスでオーボエやクラリネットはかなり活躍する)。一方、サン=サーンスの伴奏では金管は出番が比較的少ないため、トランペット首席のハラルド・ナエス、トロンボーン首席の岡本哲、ホルン首席の垣本昌芳などはチャイコフスキーのみの参加となった。


サン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」。
関西で聴く機会も多い若手ピアニストの萩原麻未。容姿もチャーミングで人気上昇中である。ピアノを弾いている時と入退場の時の姿にかなりのギャップのある人でもある。
白いドレスを着た萩原は今日も「おずおず」といった感じて登場。弾き終えて袖に下がる時も腰は低めである。だが、弾いている時は高度なメカニックを生かしてバリバリ弾く。

萩原の奏でるピアノの音色は透明感に溢れ、良い意味で繊細。音色の転換も自在である。そして盛り上げるべき場所に来ると、情熱を鍵盤に向かってぶつけるような激しい演奏スタイルを採り、それに見合った高揚感のある音楽を生む。
時折、トイピアノやプリペアド・ピアノような音を出していたが、あの音はどうやったら生まれるのだろう? 見ていてもわからなかった。

今日は蝶ネクタイを結んで登場した広上淳一。京都市交響楽団から予想を遙かに上回る洒落た音色を引き出したことにまず驚かされる。音の細部までエスプリ・クルトワが宿っている。日本人指揮者と日本のオーケストラでここまでフランス的な演奏が出来るとは思いもしなかった。

サン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」はタイトルこそ「エジプト風」であるが、実際はエジプトの国の音楽的要素も取り入れたアマルガム的音楽である。明らかにアジアを意識した旋律も聴かれる。


萩原麻未のアンコール演奏は、ドビュッシーの前奏曲集より「亜麻色の髪の乙女」。サン=サーンスも見事であったが、ドビュッシーはきめ細やかで更に良い出来。まだ若いピアニストだが、彼女の弾くドビュッシーは「絶品」と評してもおかしくない出来。以前も「アラベスク第1番」を演奏したことがあるがドビュッシーの真髄を突いた演奏だった。おそらくドビュッシーに向いているのだろう。



後半、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。今年の1月に広上は京都市ジュニアオーケストラを指揮してチャイコフスキーの交響曲第5番を演奏しているが、最終楽章を凱歌と解釈しない演奏であった。ということで、「悲愴」交響曲も「甘い悲しみ」などという従来の耽美的傾向とは一線を画した演奏になると予想されたが、果たしてその通りだった。

第1楽章ではゼネラルパウゼを長く取り、敢えて分断することでチャイコフスキーの揺れる心理を強調する。第2主題が登場する前にも比較的長い間を置く。特徴的だったのはテンポの変化。フォルムが崩れる直前まで行くほどの激しい加速を敢行したりする。第1楽章から苦悩との激しい戦いの音楽だ。

第2楽章。広上は指揮棒を逆手に持って指揮することも多い。優美な演奏であるが、ラストの孤独さが引き立つように計算されている。

第3楽章はテンポを上げることで敢えて皮相に聞こえるようにしている。京響自慢の金管軍が燦々と輝く音色で鳴り渡るが、それは行く手を何度も遮る「ジャジャジャジャン」というベートーヴェンの「運命動機」でもある。今日の演奏では「ジャジャジャジャン」の運命動機が各所で鳴っているのを聞き取ることが出来る。
ティンパニの強打も今日の「悲愴」の演奏の特徴であるが、第3楽章のラストであるティンパニの「ジャジャジャジャン」は空気をかき分けるのが見えるかのように強く響いた。
なお、この楽章ではシンバルが4回鳴るのだが、2回目と4回目はジャストだったものの、テンポが速かったということもあって1回目と3回目はちょっとずれたように聞こえた。

そして第4楽章。広上は唸り声を上げながらチャイコフスキーの苦悩を「これでもか」とばかりに暴き出してみせる。第1ヴァイオリンの歌に溜を作るのも効果的。綺麗事でない「悲愴」が聴く者の心を揺さぶる。広上が全身全霊を捧げた「悲愴」である。終演後、客席からは大きな拍手が広上と京響に送られた。


広上は「ありがとうございました。また大好きな名古屋に来ることが出来ました」と言い、愛知県芸術劇場コンサートホールの音響を褒めたのだが、「日本のホールの中でベスト10に入る」という微妙な数字。確かにトップ3や「五本の指に入る」とまではいかないので素直な表現ではある。
広上が、「重い曲でしたので、軽やかな曲を」と言って、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」(弦楽四重奏曲第1番第2楽章の弦楽合奏編曲版)がアンコール曲として演奏される。「麗しい」という言葉が最も似合う演奏であった。

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名など

名などいらないのかも知れない。私は機関であり、現象に過ぎない。

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2016年6月21日 (火)

村上春樹 「パン屋最襲撃」に関する覚え書き

戦中はナチス・ドイツ的なるもの(ワーグナーの音楽に象徴される)を受け入れ、戦後はアメリカ文化のそのもの(マクドナルドとコカ・コーラ)に染まってしまい、そのことに無意識もしくは無関心なまま(眠り続ける男女がそれだ)でいる民衆。そんな寓話。

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マイノリティーとしての「知」

現代社会においては「知」と「無知」の戦いでは圧倒的に無知が勝つ。知者であり続けるには絶えざる努力が必要だが、無知には存在しているだけでなれる。無知は圧倒的マジョリティーなのさ。

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「愛」から外れて

「愛」の危険性は、「愛」から外れたものを異端と断定してしまうところにあるのだろう。

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2016年6月20日 (月)

死を招く病

「無知」という病気の最悪の症状は「自分を疑わない」ことである。

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2016年6月19日 (日)

ユッカ=ペッカ・サラステ指揮ラハティ交響楽団 シベリウス 交響曲第5番

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2016年6月18日 (土)

観劇感想精選(185) 「琉球舞踊と組踊」春秋座特別公演2016

2016年6月5日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から京都芸術劇場春秋座で、「琉球舞踊と組踊」春秋座特別公演を観る。国立劇場おきなわとの共催公演である。

大和でも親しまれるようになっている琉球舞踊と、沖縄(琉球、ウチナー、うるま)版音楽劇である組踊が上演される。

私の出身地である千葉、現在住んでいる京都、良く行く大阪、いずれも沖縄とは縁の深い場所である。沖縄出身者が多い土地でもある。特に大阪市大正区は住民の4分の1が沖縄からの移住者という場所でもある。
京都でも元・立誠小学校で沖縄からの移住者による演舞が行われたりしており、沖縄料理専門店もいくつかあって私もたまに行く。

それはともかくとして沖縄の芸術。私は高校1年生の時に坂本龍一の沖縄音楽もフィーチャーしたアルバム「Beauty」を聴いたのが沖縄文化に興味を持ったきっかけである。その後、沖縄を舞台にした映画(「ナビィの恋」など)を観たり、演劇に接したりなどしてきた。沖縄の伝統音楽のCDなども聴いている。
ただ、琉球舞踊を本格的に観たことはなかったので、出掛けてみた。


演目は、琉球の古典舞踊である老人踊「かぎやで風(かじゃでぃふう)」、古典舞踊の女踊「天川(あまかー)」、廃藩置県後に生まれた比較的新しい舞踊である雑踊(ぞうおどり)の「加那よー」、成人男性が舞う演劇の舞踊である二才踊(にーせーおどり)「高平良万歳(たかでーらまんざい)」、雑踊「谷茶前(たんちゃめー)」、組踊(沖縄版音楽劇)「銘苅子(めかるしー)」


まず、国立劇場おきなわ芸術監督の嘉数道彦(かかず・みちひこ)による解説とお話がある。嘉数はウチナーグチで挨拶して、「沖縄の言葉だし、字幕も出ないしちんぷんかんぷんだと思いますが」と言った後で、ヤマトグチで再び同じ意味の挨拶をする。
国立劇場おきなわには、東京の国立劇場や新国立劇場と同様に研修所が設けられており、今日の出演者の中にも国立劇場おきなわ組踊研修所出身の若手がいる。
近畿地方が梅雨入りしたが(ただ今日の京都は午後から晴れ)、嘉数によると沖縄はもうすぐ梅雨明けで、今日もかんかん照りだそうである。
嘉数による沖縄舞踊の解説。まず琉球の宮廷時代に生まれた古典踊、廃藩置県後に生まれた雑踊、戦後に生まれた創作舞踊の三種類からなると説明する。古典踊は貴族階級が楽しんだものであるが、雑踊は庶民階級が中心になって生み出されたものであり、創作舞踊になると現代の芸術家が創造の担い手になっているという。
なお、嘉数は沖縄県立芸術大学と同大学院の出身であるが、沖縄県立芸大には音楽学部に琉球芸術専攻が設けられており、沖縄舞踊や組踊を学ぶことが出来る。

「かぎやで風」であるが、これは沖縄ではお祝いの時に歌って踊られるものだそうで(老人踊とは老人が踊るのではなく祝儀舞のことだという)、沖縄では親戚の中に誰かしら「かぎやで風」を踊れる人がいて、誰かしら伴奏を弾ける人がいるそうである。嘉数は「いつか『秘密のケンミンSHOW』で取り上げられるものだと待っておりますが」と冗談を交える。ちなみに琉球舞踊は琉球王朝時代は士族階級の男性のみが舞うもので、女踊も日本でいう女形の踊りであったのだが、今は女性の琉球舞踊家も沢山おり、今日は「天川」と「加那よー」は女性の舞踊家が舞う。
ちなみに音楽劇である組踊は全員、男性の演じ手であったが、組踊は基本的に男性のみで演じられるもので、これは洋の東西を問わず、古典舞台の原則であり、今でもそれを守っているという。西洋演劇はいち早く女優制度を取り入れ、中国の京劇も今は女の役は女優が歌って演じているが、日本は歌舞伎でも組踊でも歴史を大切にしている(歌舞伎でも一部は女優の出演可のものがあり、2000年に生まれた現代版組踊は従来の組踊とは一線を画して女優でも演じられるようだが)。


老人踊「かぎやで風(かじゃでぃふう)」。謡いはウチナーグチによって行われるのだが、話し言葉であるウチナーグチでもなく、ヤマトグチでもなく、日本の古文調でもないという独特の歌詞である。無料パンフレットに歌詞と大和言葉訳が書いてあるのだが、日本語と沖縄の言葉がごっちゃになったもので、聞いただけでは内容がわからないだろう。またタイトルからもわかる通り、漢字もそして平仮名ですら標準語とは異なった読み方をする。なお、組踊では舞台の上手下手両側に電光の現代日本語訳字幕が出たのだが、琉球舞踊では字幕は用いられなかった。
「かぎやで風」を踊るのは嘉手苅林一(かでかる・りんいち)と儀保政彦(ぎぼ・まさひこ)の二人。男女の出会いの喜びを舞うもので、儀保政彦は女形として舞う(「かぎやで風」は一人踊ることもあるが、基本的には男女二人で踊られるものらしい。男と女形、本当の男女、男装した女性ともう一人の女性などというパターンがあるようだ)。二人とも団扇を手にゆったりと舞う。

女踊「天川(あまかー)」を踊るのは嘉手苅幸代(かでかる・さちよ)。かなりゆっくりとした舞であり、「スローモーション」と書いても良いほどの動きである。「手踊り」というジャンルに含まれ、何も持たずに踊る。歌詞は内地でいう「鴛鴦の契り」を謡ったものである。

雑踊「加那よー」。廃藩置県後(琉球処分という言葉は余り使いたくないようだ)に庶民が生んだ踊りである雑踊であるが、古典踊に比べると何倍も動きが速い。いわゆる琉球舞踊と聞いて思い浮かべる踊りに近く、「仲間由紀恵が踊ってそうな」と書くとわかりやすいだろうか。歌詞はこれもまた恋の喜びをテーマにしたものである。踊るのは山城亜矢乃。

二才踊(にーせーおどり)「高平良万歳(たかでーらまんざい)。組踊「万歳敵討」の名場面を琉球舞踊に仕立てたものである。「万歳敵討」のあらすじは、父を殺された兄弟の敵討ちだそうで、「曾我兄弟」のようなものであるようだ。踊るのは佐辺良和(さなべ・よしかず。国立劇場おきなわ組踊研修修了生)。4部構成であり、歌と踊りのスタイルが変化する。

雑踊「谷茶前(たんちゃめー)」。沖縄民謡の中でもかなり有名な部類に入る「谷茶前」に合わせて踊られる、軽快な演目。踊るのは新垣悟(あらかき・さとる)と山城亜矢乃。芝居の中で踊られるもので、嘉数道彦は「高平良万歳」と「谷茶前」が演じられる前に、「手拍子、足踏みなど、強制するわけではありませんが」と語っていたが、「谷茶前」では自然な形で手拍子が起こる。


組踊「銘苅子(めかるしー)」。玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)により、18世紀に作られた組踊である(初演の年は不明だが、1756年に上演されたという記録がある)。組踊とあるが、音楽に合わせて動くシーンはあるものの、踊りらしい踊りがあるわけではなく、音楽劇のことを組踊と呼んでいるようだ。
上演前に嘉数道彦の解説がある。琉球王朝は長い間、中国の王朝と冊封体制を結んでおり(一方で薩摩の島津氏に下り、江戸幕府にも従うという二重朝貢が続いた)、琉球王が変わるたびに明や清の皇帝から新国王と認めて貰うために冊封使というものを中国から招き、歓待したという。ただ当時の沖縄には資源も観光名所もなく(嘉数は「今なら美ら海水族館に案内したりするのですが」と冗談を言う)、海外交通が発達していなかった時代なので冊封使の滞在が半年にも及ぶことがあったため、何とか無聊を慰められないかということで生み出されたのが組踊であるという。創始者は「銘苅使」の作者でもある玉城朝薫(1684-1737)とされる。玉城朝薫らは芸術でおもてなしをしようという発想をしたのである。玉城朝薫が踊奉行というものに任じられたのが1718年のこと。現在でも沖縄県は芸能が盛んなところとして知られるが、300年ほど前に芸能興隆の芽吹きがあったということになる。
「銘苅子」は日本全国のみならず世界中にある羽衣伝説を題材にしたものである。銘苅子という農民の男が、天女が水浴びをしている隙に羽衣を奪い取り、天女と結婚。天女は子供を産むも結局は天へと帰るという話である。組踊の特徴は、「必ずハッピーエンドである」というところにあり、「銘苅子」でも、銘苅子と二人の子供を哀れに思った琉球王が銘苅子のもとに使者を送り、娘を首里城内に住まわせ、息子を将来出世させると約束、農民であった銘苅子も士族に取り上げられる。
「銘苅子」の出演は、嘉手苅林一(銘苅子)、宮城能鳳(みやぎ・のうほう。人間国宝指定者。天女)、眞境名正憲(まじきな・せいけん。首里城からの使者)、古堅聖尚(ふるげん・せな。銘苅子と天女の娘。子役)、宮城隆海(みやぎ・るあ。銘苅子と天女の息子。子役)、佐辺良和、新垣悟、儀保政彦。

背後には天女が羽衣を掛ける松の木。能や歌舞伎とは違って左右に枝を拡げておらず、岩に沿って真っ直ぐに生えているが、これは背後に階段があり、天女が天へと帰る時に階段を昇っていくという仕掛けがあるためでもある。

地謡は、西江喜春(にしえ・きしゅん。人間国宝指定者。歌三線)、玉城和樹(たましろ・かずき。歌三線。国立劇場おきなわ組踊研修修了生)、大城貴幸(おおしろ・たかゆき。歌三線国立劇場おきなわ組踊研修修了生)、池間北斗(箏。国立劇場おきなわ組踊研修修了生)、宮城英夫(笛)、又吉真也(胡弓。いわゆる二胡ではなく小型のものである)、比嘉聰(ひが・さとし。太鼓)


ダイアローグよりもモノローグの方が多く、思ったことを全て語るというスタイル。銘苅子は登場して自分で名乗り、能と同じスタイルである。歌も旋律が同じものが何回も繰り返される。
清国からの使者をもてなすために作られた作品であるが、清国からの冊封使はウチナーグチはわからない。ということで、言葉がわからなくてもなんとなく伝わりそうなスタイルが取られているのだと思われる。先に書いたとおり、今日は大和言葉訳が上手下手両方に電光字幕で表示される。

嘉数の解説によると、中国の人は儒教を大切にするということで、「忠孝」が内容に盛り込まれており、また琉球王室の寛大さなどが冊封使にわかるようアピールされているという。

演者の動きやセリフはゆっくりなのだが、展開は異様に速い。銘苅子は羽衣を取り上げるとすぐに天女に結婚を迫るし、二人が退場してしばらくすると、天女が9歳の娘と5歳の娘を連れて出てきてしまう。あっという間に10年ほどが経っているのである。
その代わり、「情」を前面に出す場面では徹底して時間を掛け、丁寧に描く。天女と子供の別れの場面はじっくりと描かれる。情が勝ちすぎていて理が後退しているようにも感じられるが、それは現代人の感覚なのかも知れない。
首里城(この作品では「しゅりぐすく」と呼ばれる。ヤマトグチの「じょう」に読み替えるということはされていない)からの使者がやって来て、銘苅子の娘を首里城内で育て、銘苅子の息子の将来の出世を約束し、銘苅子は士族に取り立てられるという突然のハッピーエンドになって、首里城からの使者が「機械仕掛けの神」と同様の役割を担っていることがわかる。洋の東西を問わず、考えることは大体同じらしい。ただ冷静に考えると、母をなくした子供の寂しさは解消されることはないので、「? ハッピーエンド???」なわけなのだが、そのへんは「てーげーやさ」なのだろうか。冊封使に「琉球というのはこんなにも慈悲深い王朝なのですよ」とアピールするのが第一だったので、現代の観客は深く考えない方が良いのかも知れない。

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2016年6月16日 (木)

村上春樹の「象の消滅」についてのメモ

 この世には言葉では整序出来ない部分がある。「それら」を無理やり整序しようとすれば、人々は見当はずれな愚行を犯す。
 整序出来ない部分とは何だろうか。それはあるいは「愛」に近いものかも知れないし、逆に「呪い」のようなものかも知れない。とにかく「それら」は混沌として掴めないものかも知れないが「ある」のだ。
 世界は情報に押し流され、実態とかけ離れているかも知れない「便宜的」なものとしてある。だが、そこから外れた部分、意識に上らないものも世界は包括している。
 外れた部分はあるいは「プライヴェート」で「完結しすぎている」ものなのかも知れない。しかし言葉で整序された社会にあって、外れた部分を忘れることは、ある潮流を生みやすく、危険なことだとも感じるのだ。
 
 
 

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2016年6月13日 (月)

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番第2楽章

ピアノ独奏:イェネ・ヤンドー
アンドラーシュ・リゲティ指揮コンツェントゥス・フンガリクス

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2016年6月11日 (土)

あなたに似た人

若いというより幼い。だがその幼いがゆえの無鉄砲なパワーに我々は押し流されている。
押し流しているのは特定の誰かではない。敢えて書くなら「あなたに似た人」だ。

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2016年6月10日 (金)

「イメージ」の勝利、「事実」の敗北

「認識」がまず先にある。「事実」はあとでねじ曲げられる。実際に何があったのか、客観的な評価などまず下されることはない。そしてイメージだけが精巧な彫刻のように形作られ、それがまた「認識」を生み、存在しないものが確たる輪郭を得る。

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2016年6月 9日 (木)

観劇感想精選(184) 「イニシュマン島のビリー」

2016年4月23日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後5時30分から梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、「イニシュマン島のビリー」を観る。15分の途中休憩を含んで上演時間2時間55分。ポストトークも含めると約3時間半の大作である。

作は、「ウィー・トーマス」、「ビューティー・クィーン・オブ・リナーン」のマーティン・マクドナー(テキスト日本語訳:目黒条)、演出は演劇集団円の森新太郎。
出演は、古川雄輝、鈴木杏、柄本時生、山西惇(やまにし・あつし)、峯村リエ、平田敦子、小林正寛、藤木孝、江波杏子。

祖国アイルランドを舞台に、重厚な作風による演劇を展開しているマーティン・マクドナー(マクドナーはイギリスとアイルランドの二重国籍である)。今回も重苦しいが、ただ暗いだけの舞台にはなっていない。

ガーシュウィンのプレリュード第2番が流れ、溶暗してスタート。

1934年、アイルランド・アラン諸島、イニシュマン島が舞台。雑貨店を営むアイリーン(平田敦子)とケイト(峯村リエ)は、孤児のビリー(古川雄輝)を育てている。ビリーは生まれつき体が不自由であり、舞台上では放送禁止用語である「びっこ」のビリーという言葉が用いられている。

ビリーの外出中、ケイトとアイリーンはビリーについて話している。ビリーは体が不自由だが、牛をずっと見つめていたり本を読んだりするのが好きだという。

町の情報屋であるジョニーパティーンマイク(山西惇)は雑貨屋にニュースを届けに来る。大抵はどうでもいいニュースなのだが、アメリカの映画会社がイニシュモア島に撮影に来るというニュースはビッグニュースである。ちなみにイニシュマン島の住人はアイルランドは世界から相手にされていないと感じているようで、「フランスからの移民がいるということはアイルランドも大したもんなんじゃない」、「アメリカの映画会社が撮影に来るなんてアイルランドも大したものなんじゃない」というようなことを言っている。

ビリーの幼なじみであるヘレン(鈴木杏)とヘレンの弟で発達障害を抱えているバートリー(柄本時生)は、イニシュモア島で行われる映画のロケに参加する気満々である。
ちょっとはすっぱで男っぽいところのあるヘレンは漁師のバビーボビー(小林正寛)に「キスしてあげる」と嘘をついて、イニシュマン島からイニシュモア島まで渡ろうとしていた。弟のバートリーも同乗。だが、ビリーもまたイニシュモア島での映画撮影に参加したいという希望を持っていた。そして自分は結核で、島を出る機会はこれが最後だから」とバビーボビーを説き伏せ、イニシュモア島への渡海に成功する。

3ヶ月後、ヘレンもバートリーもオーディションに落ちて、イニシュマン島に戻っているが、ビリーは戻ってきていない。アイリーンとケイトの姉妹は心配し(ケイトは石に語りかけるという妙な趣味がある)ているのだが、実はビリーはオーディションに合格し、スクリーンテストを受けるためにハリウッドに渡っていたのだ。
結核の発作に悩まされながら、ホテルの一室で懊悩を語るビリーのシーン。だが実はこれはビリーがオーディションに備えて行っていた一人稽古だということが後にわかる。

ビリーの両親はビリーが生まれてすぐに亡くなっていた。自殺したという話だったが詳しいことは誰も語らない。

ジョニーパティーンマイクは、アヒルと猫が行方不明になっているという話をし、実は両方ともヘレンが殺したのではないかという疑惑を抱いている。
一方、ジョニーパティーンマイクの母親であるミセス・オドゥガール(江波杏子)は病床にあったが至って元気。ただアル中である。ミセス・オドゥガールに「面白い話はないか」と聞かれたジョニーパティーンマイクは、「ドイツでちょび髭の男(劇中で名前が出てくることはないがアドルフ・ヒトラーである)が躍進中だそうだ。しかし、このちょび髭が気に入らん。きちんと剃るか増やすかはっきりしろ」などと言う。

ビリーがハリウッドから戻ってくる。オーディションでは結局、びっこの演技の出来る健常者が通り、演技の出来ない本物びっこのビリーは落ちたのだ。

ビリーはヘレンに気があるのだが、ヘレンは乗ろうとしない。一方、バートリーは望遠鏡に異様なほどの執着心を持っていた(一つのことに執着するのは発達障害者の特徴の一つである)。

ヘレンは、「イギリスとアイルランドの関係を示してみせる」と言って、弟のバートリーの頭を卵まみれにする。なお、ヘレンは卵屋で働いていたのだが、遅刻、卵の割りすぎ、卵焼きの蹴りすぎなどで首になっている。

ヘレンにフラれたビリーを見て、ケイトとアイリーンは、「ヘレンよりももっとレベルの低い女性を探さないと」というゴシップに夢中。「顔はブタみたいなので構わない」などと、もう無茶苦茶である。

イニシュモア島で撮影された映画「アラン(アラン諸島の人々)」が上映される。この映画は島民達には余り受けが良くないようだ。特にヘレンは頭にきてスクリーンに卵を投げつける。

結核ということが嘘だとばれ、バビーボビーにリンチに遭うビリー。もう希望も何もなくなった。と思ったが、なんとヘレンがビリーのことを好きになってくれた。最初は「キスとか触ったりとかは駄目だぞ」と言ったヘレンだったが、すぐに「キスとか触ったりとかはあんまり駄目だぞ」と緩くなり、ビリーが油断している間に唇を奪う(鈴木杏のキスの仕方が余りに巧みだったので、客席から「はっ」と息を飲む音が聞こえる)。

ヘレンとの未来に希望を見いだしたビリーであったが、実は本当に結核に体を冒されていた。この先ビリーを待ち受けるのは何なのか、はっきりとは描かれないまま劇は終わる。
「びっこ」であるという劣等感を徐々に乗り越え(「『びっこのビリー』ではなく普通にビリーと呼んでくれ」というセリフがある)、障害者であったとしても別嬪のヘレンと恋仲になれそうである。だが結核という新たな障害が横たわっている。ラストシーンは明るくはない。


回転舞台を使うなど、比較的大がかりなセットを用いている。場面転換も多い。

今でこそ独立国で、独自の文化の発信地としても知られるアイルランドであるが、長い間イギリスの植民地となっており、1934年当時もまだ対等な連盟国扱いであった。

「ビューティー・クィーン・オブ・リナーン」では、イギリス人によるアイルランド人差別が描かれていたが、「イニシュマン島のビリー」では英愛間での葛藤は前面に出ていない(ヘレンの卵かけのいたずらで示されるだけである)。一方で、ビリーが持つ障害が前面に出てきている。

人々が語るところによると、ビリーの両親はビリーが障害者であることを知って自殺した、だが何のためにかは明らかにしてくれなかった。ジョニーパティーンマイクは、ビリーに「君たちの両親は、砂袋に石を積めて船に乗せて乗り込んだ。自分たちに100ポンドの生命保険を掛けて。そして二人の生命保険により君は育つことが出来た」というような話をする。だがこれは嘘であった。ビリーを傷つけまいと思ってついた嘘だ。真実はもって冷酷だった。ビリーの両親は障害者であるビリーに石の入った袋をくくりつけて沈めようとして、誤って二人の方が海中に転落したのだ。ビリーは両親に殺されるところだったのである。

殺されるはずが生き延びたこの命。ビリーは呪いめいたものを感じながら立ちすくむしかなかった。

惨敗に終わった昨年の大河ドラマ「花燃ゆ」で、唯一、女優としての確固とした成長を見せるという明るい話題を提供した鈴木杏ががさつなところのあるヘレンを好演。
エキセントリックなキャラクターであるバートリーを演じた柄本時生は彼自身もエキセントリックということもあって様になっていた。繊細な演技をみせた古川雄輝も健闘していた。

終演後、古川雄輝、鈴木杏、柄本時生によるポストトークがある。
演出の森新太郎が、とにかく細かな指示を出す演出家だそうで、腕の組み方までも一々指示するそうである。ただ動きが制限されることで逆に他の部分が自由に表現出来るようになったりすることがあるそうだ。
鈴木杏が、大阪初日(つまり今朝であるが)に楽屋に入ったときに、森から手紙が届いていたので「なんだろう?」と思ったら東京公演千秋楽の駄目出しが書き連ねてあったという。
ちなみに、今日は1日2回公演であるが、まず1回目の前に稽古をし、次の公演までの合間にも稽古を行ったそうで、明日も大阪公演はあるが、朝から稽古が入っているという。
ヘレンがビリーの唇を奪うシーンでは、今日は女性が息を飲むのが聞こえたが、息を飲む音が聞こえたのは東京初日以来だそうである。だが、鈴木杏によると、「あ!」と声が上がった日があったそうで、その日は、「私、舞台終わってから(古川のファンに)刺されたらどうしよう」と思ったそうである。

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2016年6月 8日 (水)

レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト 交響曲第25番第1楽章

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2016年6月 7日 (火)

坂本龍一 「The Revenant」メインテーマ

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2016年6月 5日 (日)

セルジュ・チェリビダッケ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ブルックナー 交響曲第7番第2楽章

モノクロームですが、1992年の映像です。

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2016年6月 4日 (土)

柴田淳 「光」

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2016年6月 3日 (金)

コンサートの記(243) サッシャ・ゲッツェル指揮 京都市交響楽団第601回定期演奏会

2016年5月22日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第601回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はオーストリア出身のサッシャ・ゲッツェル。
サッシャ・ゲッツェルはウィーン・フィルのヴァイオリン奏者としてキャリアをスタートさせ、その後指揮者に転向。ズービン・メータ、リッカルド・ムーティ、小澤征爾らの薫陶を受ける。
現在はボルサン・イスタンブール・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督であり、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者でもある。今後、東京二期会の歌劇「フィガロの結婚」でタクトを執る予定である。


曲目は、ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲、モーツァルトのフルート協奏曲第1番(フルート独奏:ワルター・アウアー)、バルトークのバレエ組曲「中国の不思議な役人」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。


開演20分前から指揮者のゲッツェルによるプレトークがある(英語でのスピーチ。通訳:尾池博子)。
ゲッツェルはまず、京都の自然の美しさを褒め、ウィーンとの共通点であるとする(もっとも京都の街中は「公園」という概念のなかった昔ながら街なので自然は少ないが)。
そしてプログラムにもウィーンという縦糸を通していると語る。歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲を書いたオットー・ニコライはウィーン・フィル創設に尽力した一人である。

ウィーンで作曲活動を行ったモーツァルトのフルート協奏曲第1番のソリストはウィーン・フィルのソロ・フルート奏者であるワルター・アウアー。

一端、脇道に逸れ、20世紀に入って、自分の出自を探るような音楽を作った人物としてバルトークの作品が演奏される。そして、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。ラヴェルはフランス人だが、「ラ・ヴァルス」はウィンナワルツへのオマージュということで、再びウィーンへの回帰となるとゲッツェルは説明する。


前半のニコライとモーツァルトは変わった編成での演奏。弦楽器の並びが下手手前から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンとなっている。コントラバスはチェロの後ろにいる。丁度、ドイツ式の現代配置の第2ヴァイオリンとヴィオラを入れ替えた編成である。なおホルンはニコライでは舞台上手で、モーツァルトでは舞台下手に移動して演奏した。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに渡邊穣。オーボエ首席奏者の髙山郁子は全編に出演。フルート首席には今日は客演首席奏者としてザビエル・ラックが入る(バルトークからの出演)。クラリネット首席の小谷口直子(元々ショートカットだったが更に短くしてボーイッシュな髪型になっている)もバルトークからの出演である。


ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲。ゲッツェルの指揮スタイルであるが、指揮棒の振り幅は小さく、全体的にエレガントな雰囲気が漂う。また指示はとてもわかりやすい。
京響の丁寧なアンサンブルを生かし、盛り上げるところでは思いっきり盛り上げるというスタイルである。見通しが良く、五月の風の薫るような演奏であった。


モーツァルトのフルート協奏曲第1番。ワルター・アウアーは、音の輝きや技巧の面では先日聴いたエマニュエル・パユには敵わないが、上品で自然体な演奏を披露する。
アウアーもゲッツェルもウィーン・フィルという共通項を持っており、おそらく共演も多いのだろう。アウアーが第1ヴァイオリンに指示し、その間にゲッツェルが第2ヴァイオリンやチェロを指揮するという共同作業も見られた。
派手さはないが実力派であるアウアー。アンコールとしてパガニーニの「24のカプリース」より第11番(フルート編曲版)を吹いた。


バルトークのバレエ組曲「中国の不思議な役人」。大編成での演奏。編成時代はドイツ式の現代配置に変わっている。ヴァイオリンのコルレーニョ奏法、ミュートを付けたチューバ、ピアノ、チェレスト、パイプオルガンの導入など、20世紀音楽ならではの斬新さがある。
京響は抜群の鳴り。ゲッツェルと京響の変拍子の処理も巧みであり、力強い演奏となる。京響は弦も管も打楽器も全てが絶好調だ。この曲ではクラリネットが大活躍するのだが、演奏を終えてからクラリネット首席の小谷口直子がゲッツェルに立つよう指示され、喝采を浴びた。


ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。フランス系の指揮者に比べると冒頭からくっきりしており、ワルツの旋律が鮮明になってからの弦楽器の歌なども華やかというよりもリアルだ。結果としてパリ風でもウィーン風でもないラヴェルが意図した「概念としてのワルツ」を楽しむことが出来た。

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2016年6月 1日 (水)

コンサートの記(242) 「エマニュエル・パユ with フレンズ・オブ・ベルリン・フィル」2016京都

2016年5月10日 京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール・ムラタ」にて

午後7時から京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホールムラタ」で、「エマニュエル・パユ with フレンズ・オブ・ベルリン・フィル」という室内楽のコンサートを聴く。

かつて「フルートの貴公子」と呼ばれたエマニュエル・パユ(「フルートの貴公子」と呼ばれた人は実は何人もいるのだが)。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者であり、ベルリン・フィルの現役メンバーの中でもおそらく一番有名、ということで「ベルリン・フィルの顔」と呼んでも大袈裟でないほどの演奏家である。ソロ・フルーティストとしても高い評価を得ている。

メンバーはパユの他に、マヤ・アヴラモヴィチ(ヴァイオリン)、ホアキン・メケルメ・ガルシア(ヴィオラ)、シュテファン・コンツ(チェロ)。全員、ベルリン・フィルの団員である。
パユはスイス・ロマンド圏の出身。マヤ・アヴラモヴィチはセルビア、ホアキン・メケルメ・ガルシアはスペイン、シュテファン・コンツはオーストリアのそれぞれ出身である。全員、名前がいかにもそれらしい。


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は東京のサントリーホールでで「ベートーヴェン交響曲チクルス」を行っており、別働隊の形で、ベルリン・フィル団員による室内楽や合奏のコンサートも行われる。


曲目は、モーツァルトのフルート四重奏曲第3番、モーツァルトのフルート四重奏曲第2番、ロッシーニのフルート四重奏曲第2番、モーツァルトのフルート四重奏曲第4番、武満徹の「エア」(エマニュエル・パユの独奏)、モーツァルトのフルート四重奏曲第1番。

モーツァルトが残したフルート四重奏曲全曲と、ロッシーニが若い頃に書いた「4声のソナタ」からのフルート四重奏曲編曲版、武満徹の遺作である「エア」という豪華なプログラムである。


「フルートの貴公子」と呼ばれたパユも恰幅が良くなり(まあわかりやすく書くと少し太ったわけです)、貴公子然とはもうしていない。
ただ、フルートの技巧は流石で、特に弱音が美しい。どんなパッセージでも軽々吹いてしまう技術も凄い。

弦楽担当の3人であるが、安定感のある合奏を聴かせる。最初はビブラートも控えめで、「ピリオドかな?」と思ったが、その後はビブラートもそこそこ掛けられるようになり、ボウイングもピリオド的ではない。音には古雅な響きも含まれているので、「ピリオドの要素も取り入れた折衷的な演奏」と見るのが一番適当であるように思う。

モーツァルトのフルート四重奏曲は第1番が飛び抜けて有名であり、他の3曲については「他の作曲家が手を加えた可能性」が指摘されている。ちなみに全てマンハイムで書かれたものであり、当時モーツァルトは当地に住むアロイジア・ウェーバーに熱を上げていたがフラれてしまい、ウェーバー家の策略によりアロイジアの妹であるコンスタンツェと結婚させられることになる。

フルート四重奏曲第1番は確かに親しみやすいメロディーと才気が特徴的であり、モーツァルトの真作に間違いないであろう。


ロッシーニのフルート四重奏第2番は、先に書いたとおり、「4声のソナタ」を第三者がフルート四重奏曲に編曲したものである。オペラ作曲家として一時代を築いたロッシーニらしいドラマティックな作品であるが、実は原曲である「4声のソナタ」を書いたときにロッシーニはまだ12歳の子供であり、早熟ぶりに驚かされる。


武満徹の「エア」。武満の遺作である。オーレル・ニコレの依頼によって書かれたものだが、そのニコレも先日他界した。1996年に武満の訃報を知ったときには驚いたがそれからもう20年が経過してしまった。今回の演奏も「武満徹没後20年メモリアル」として行われる。
武満の没後に追悼盤として出されたCDに入っていたニコレ演奏の「エア」を初めて聴いた時には正直ピンとこなかった。良い曲なのかどうかすらわからなかったほどだ。だが、今ではこの曲の良さがわかる。「幽玄」「寂」「無常」「空」「墨絵のような」という日本的な要素を込めて作曲しつつ、そうした「日本的なるもの」に封じ込められることなく、その「外」へと飛び出していく力がこの曲にはある。極めて優れたフルート独奏曲である。
ニコレの弟子であるパユの演奏は、渋さと仄暗さを兼ね備え、「流れ」を聴く者に伝えてくる。「美」を乗り越えた「美」がそこには感じられる。


アンコール。パユは「おおきに」と関西弁でお礼を言い、「アンコールはドヴォルザークのアメリカン・カルテット、フィナーレです」と日本語で言って、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」より第4楽章のフルート四重奏版(チェロのシュテファン・コンツが編曲したもの)が演奏される。楽しい演奏であった。

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