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2016年7月 2日 (土)

観劇感想精選(186) 「猟銃」(再演)京都公演

2016年5月7日 京都市左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時から、左京区岡崎にあるロームシアター京都サウスホールで舞台「猟銃」を観る。2011年に初演された中谷美紀主演舞台の再演。
原作:井上靖、翻案:セルジュ・ラモット、日本語台本監修:鴨下信一、演出:フランソワ・ジラール。出演:中谷美紀、ロドリーグ・プロトー。

初演時の京都公演は京都芸術劇場春秋座で行われ、それが全国ツアーの千秋楽であったが、今回の京都公演は出来たばかりのロームシアター京都サウスホールで、「ロームシアター京都オープニングシリーズ」の一つとして上演される。

「レッドバイオリン」などの映画監督として知られるカナダ人のフランソワ・ジラールが演出を手掛けた舞台。初演時にはまずモントリオールで上演され、客席をオールスタンディングにしてから、日本ツアーを行い、絶賛された。
ジラールの演出も優れているが、それ以上に凄いのが中谷美紀の演技。ロドリーグ・プロトーのとの二人芝居であるが、プロトーはマイムの演技だけで、中谷美紀が1時間40分セリフを話し続ける、しかも三人の女性を演じ分けるという高度な演技を披露し、観る者を圧倒した。

さて、5年ぶりに再演となる「猟銃」。クオリティは前回と変わらない。劇場の関係で、冒頭のナレーション(池田成志が担当)が多少聞き取りにくいところがあったが、こちらの耳もすぐ対応出来て問題なく観ることが出来た。

出てくる女性は3人。三杉譲介という男の妻であるみどり、三杉と不倫している彩子(さいこ)、彩子の娘の薔子(しょうこ)である。

中谷美紀は、薔子、みどり、彩子の順に演じるのだが、役が切り替わる時には驚くほどの速さと見事なまでの鮮やかさを見せる。

彩子の娘である薔子は二十歳。眼鏡をかけており、ちょっと気弱で潔癖なところがある。
三杉譲介の妻であるみどりは、情念の塊で妖女のような一面を持つ。
三杉の愛人にして薔子の母親である彩子は「大和撫子」という言葉がよく似合う女性だ(中谷美紀は彩子を着物姿で演じる)。

作品はまず作者(井上靖本人なのかどうかはわからないがおそらく違う)が、ある手紙を受け取ったことから始まる。作者は伊豆・天城で前を行く猟師の猟銃に魅せられ、ハンターのための雑誌に「猟銃」という詩を投稿する。詩「猟銃」は世間からは黙殺もしくは無視されるが、三杉譲介という男から作者に手紙が届く。三杉は「あなたが書いた猟師は私のことではありませんか」と書き、三人の女性の手紙を同封していた。手紙は彩子、みどり、薔子という3人の女性が書いたもので、いずれも三杉宛に書かれたものだった。舞台は3人の手紙を中谷美紀が演じながら読み上げるというスタイルで進む。一種の語りものである。

薔子は彩子の娘。父親の門田は他の女性と不倫をし、薔子が5歳の時に彩子と離婚して、今は兵庫で病院を経営している。彩子が自殺する前に、彩子から日記を手渡され、焼却するよう命令される。しかし、薔子は彩子の日記をこっそり読み、彩子がおじである三杉と不倫していたことを知ってしまう。薔子は線香を火を付けて立てては、「おじさま、譲介おじさま」と語りかけ、彩子が三杉との不倫に死にたいほど苦しんでいたことが日記に綴られていたことを告げる。

三杉譲介の妻であるみどりは、昭和9年2月に三杉と熱海に行ったとき、ホテルの窓から熱海の海岸を三杉と散歩する御納戸色で結城紬、紫の薊の刺繍が入った着物の女性を見てしまう。彩子だった。みどりは三杉と彩子が不倫の関係にあると瞬時に気づく。だが、全ての面において彩子に劣ると感じているみどりは耐えるしかなかった。
そして我慢すること13年、みどりは彩子に「三杉との不倫に気づいていた」と告げる。

しかし、薔子もみどりも勘違いしていた。最後の彩子の遺書でそれは知らされる。彩子の自殺の理由は三杉との不倫とは全く関係ないものだった。
自分ですら知らない自分。彩子がした仕草は薔子やみどりが勘違いしたのみならず、彩子にとっても意外なものであった。彩子の日記もエクリチュールと感情(愛されているという実感)との差違は真逆といっても良いものだったのだ。みどり本人は最後通牒を突きつけたと思っていた行為も、彩子は「解放」や「陶酔感」としか受け取っていなかった。

ラスト近くで、彩子は女学校時代の思い出を語る。ActiveとPassiveを問う英語のテストの時間であった。いたずらな同級生が、「愛したい 愛されたい」と書かれた紙を回してきたのだ。同級生のほぼ全ては「愛されたい」に丸をしていた。彩子も「愛されたい」に丸をつけたのだが、紙を回した子が「愛したい」に丸を入れるのを目にする。そして彩子は今、自分が自分でも意識していないところで愛することにも愛されることにも敗れたのを知ったのだった。

薔子とみどりの勘違いが彩子によって明かされる心理劇である。関西が主な舞台になっており、芦屋、明石、宝塚、三宮(いずれも兵庫県)、八瀬(京都市左京区。比叡山の麓である)や天王山と麓の妙喜庵(京都府大山崎町)など京都府内の地名も登場する。そのため、関西の人は地理的な把握がしやすいと思う。

5年前に35歳で初舞台と、舞台女優としては遅めのスタートとなった中谷美紀だが、これまで見てきた数多くの舞台俳優の中でやはりナンバーワンである。若い頃の大竹しのぶや白石加代子、田中裕子も中谷美紀には敵わないだろう。大竹しのぶや田中裕子は15歳前後の女の子を本当にそう見えるように演技出来るのだが、それほどの女優であっても中谷美紀ほどのレベルでの演技は不可能であろう。男優に関しても中谷美紀に匹敵しうるほどの舞台俳優は存在しないと思われる。

薔子、みどり、彩子の3人を演じ分けているわけだが、感覚としては「薔子、みどり、彩子の3人になる」と書いた方が的確に思える。架空の人物その人になってしまうのだ。怖ろしいほどの才能を持った女優である。

ロドリーグ・プロトーはカナダ・モントリオールの出身、オタワ大学でコミュニケーション学を学んでおり、日本語の読み書きは出来ないが、中谷美紀のセリフに合わせた動きをしており、日本語の訓練を相当積んだことが窺える。

終演後、今回はスタンディングオベーションをする人が多くいた。私も「ブラーヴァ、ブラーヴォ、ブラーヴィー」の三段活用で二人を讃えた。

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