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2016年7月13日 (水)

美術回廊(2) 姫路市立美術館 「アンドリュー・ワイエス素描画展」

2004年5月21日 姫路市立美術館にて

姫路に行く。

今回は姫路城に来たのではなく、姫路市立美術館で開催されている、「アンドリュー・ワイエス素描画展」を見に来たのだ。絵を見る前に美術館の入り口脇にある軽喫茶でレモンケーキとレモンティーを注文する。レモンは私の誕生花である(11月12日の花)。

今回の「アンドリュー・ワイエス素描画展」は彼が関わりを持ったオルソン家をテーマに描いた素描画の特集である。最初の画から早くも不吉な印象を受ける。オルソン家の外観を描いた美しい画なのだが、病的な青が施されている。廃墟となった病院が佇んでいるように見える。ほとんどの画に描かれているのは圧倒的な孤独感、絶望感である。

「幽霊」という画がある。いつもは閉まっている部屋のドアの鍵が開いていた。ワイエスはドアを開けて中に入った。中には一人の痩身の男がいた。ワイエスは驚く。実はこれは姿見に映った彼自身の姿だったのだが、ワイエスはこれを幽霊に例えて描写した。不吉な青がここかしこに塗られている。有名な「クリスティーナの世界」の習作が飾られている。クリスティーナは足が不自由だったそれでも懸命に生きようとする意志が伝わってくる。這って帰ろうとする。だが家が遠い。
「カモメの案山子」。オルソン家ではブルーベリーを栽培していた。それを海カモメが狙いに来る。そこで一羽の海カモメの死骸を柱からつるし、見せしめとして海カモメを遠ざけようとした。残酷なまでにリアリスティクな筆致でワイエスはこの画を描ききっている。

今回展示されたワイエスの画には複数の人物が描かれていることは少ない。描かれていてもそのうちの一人だけくっきりとしていて後の人物は輪郭がぼやけていたりする。無人の部屋や建物を描いた画も多い。全体的に画のトーンが暗いが、その中で青だけが死神の流した血のように鮮やかである。クリスティーナが亡くなる。ワイエスはクリスティーナの墓標を描く。荒涼とした平野に小さくポツンとクリスティーナの墓碑が建っている。身も凍るような寂寞感。最後の画、「オルソン家の終焉」はオルソン家の煙突を描いた画だ。かってオルソン家の人々の声がこの煙突から木霊した。今は静寂があるだけ。

アンドリュー・ワイエスは予言者ではない。全ての人間はいずれ死を迎える。人間の死亡率は100%である。だからいずれ来る死をワイエスが描いたとしてもそれはおかしなことではない。

生きることの悲しさが激しく胸に突き刺さる。背筋の震えが止まらない。人は必ず死ぬ、でも生きて行かなくてはならない。展示会場を一周する。出口と入り口は一緒だ。出口を出たらもうお終いではない。そこでもう一周する。驚くほど素晴らしい画の数々。最後まで行き着く。今度は逆走する。本当はこんなことをしてはいけません。ただ今回は遡行する意味があるのだ。不幸な結末。圧倒的な死のイメージから幸福だった時代へと。
最初から2枚目の画、「小舟のそばの二人」だけがこの上ない幸福感に包まれているように見える。この画には、この画だけには救いがある。最後にこの画を見て会場を後にする。ワイエスは絵筆の詩人だ。世界史上最高の画の詩人だ。リアリスティクで象徴主義の残酷で優しい天才詩人だ。

アンドリュー・ワイエス。1917年、ペンシルバニア州に生まれる。小学校に入学するも虚弱体質と神経衰弱(この歳で!)のため半年で退学。以後16歳まで家庭教師につく。経歴には書かれていないが相当孤独な少年時代を送ったことは間違いない。19歳で本格的にデビュー。第二次世界大戦の徴兵検査を受けるが身体虚弱のため不合格。当時、徴兵検査に落ちることは屈辱以外の何ものでもなかった。体の弱い彼であるが、長寿の運命にあり、86歳になる現在も創作意欲は衰えていない(2004年当時。その後、2009年に逝去)。私は中学校の美術の教科書で初めて彼の絵を見た。「遠雷」と「1946年の冬」。画からほとばしるような霊感に圧倒されたのを昨日のことのように憶えている。彼は私に取って永遠に特別な画家であり続けることだろう。

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