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2016年8月の6件の記事

2016年8月22日 (月)

コンサートの記(249) 井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第500回定期演奏会

2016年7月21日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第500回定期演奏会を聴く。記念すべき500回目の定期演奏会のタクトを執るのは、勿論、大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者の井上道義。

大阪フィルハーモニー交響楽団は、1947年に関西交響楽団として誕生。「楽団員が関西中から集まっている」ということで常任指揮者の朝比奈隆の意向を受けてのネーミングだった。関西交響楽団としては125回の定期演奏会を行ったが、1960年に大阪フィルハーモニー交響楽団に改称。「大阪フィルハーモニー」のネーミングはNHK大阪放送局が所持していたが、朝比奈隆の自伝などを読むと、朝比奈がNHK大阪から名前を買い取ったらしいことがわかる。その際、定期演奏会も第1回から数え直しになり、大阪フィルとしては500回、関西交響楽団時代を加えると625回の定期演奏会をこなすことになる。


曲目は、バカロフの「ミサ・タンゴ」とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」

ルイス・バカロフは1933年生まれの現役の作曲家。映画音楽を多く手掛けており、特にアカデミー賞音楽賞を受賞した「イル・ポスティーノ」の音楽で知られる。クラシック音楽の作曲家としても活躍しており、イ・ムジチ合奏団のための新曲、「合奏協奏曲」を書き下ろしたりしている(2011年にザ・シンフォニーホールでイ・ムジチ合奏団が演奏。私も聴いている。ちなみにそのコンサートではエンリオ・モリコーネと坂本龍一の新作も演奏された)。アルゼンチンのブエノスアイレスの生まれ、その後イタリアに移住してマカロニウエスタンの映画音楽作曲家として活躍。現在もイタリア在住でイタリア国籍を取得している。ルーツはブルガリア・ユダヤ系だという。


ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」であるが、井上道義の指揮なのでピリオド・アプローチなのかどうか事前に大フィル事務局次長の福山修氏に確認したところ、「実はモダン(アプローチ)なんです」と教えられる。現在ではモダン楽器によるピリオド・アプローチによる演奏が大流行で、どれもこれもピリオド・アプローチという状態だが、久しぶりにピリオドを前面に出さない「英雄」を聴くことになった。実はもっと聞きたいことがあったのだが、それは実演に接してからのお楽しみとして敢えて聞かないでおく。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。前半のバカロフはドイツ式の現代配置。後半のベートーヴェンはヴァイオリン両翼配置だが、ドイツ式の現代配置の第2ヴァイオリンとヴィオラを入れ替えた独特の配置。またコントラバスは「ミサ・タンゴ」で合唱が使ったひな壇を利用して上手最後列に計8台、前列に2台、後列に6台という形で登る。


バカロフの「ミサ・タンゴ」。スペイン語による歌唱である。ということで、スペイン人メゾ・ソプラノのサンドラ・フェランデスと、アメリカ生まれだがベネズエラ系でカラカス音楽院で学んでいるバリトンのガスパール・コロンというスペイン語ネイティブの歌手二人が独唱者として招かれている。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団。この曲の特徴としてパイプオルガンの代わりにバンドネオンが加わるのだが、日本を代表するバンドネオン奏者である三浦一馬が参加する。

ステージ後方上部に横長のスクリーンが下がり、日本語字幕が投影される。スペイン語では、「主よ」は普通の人に話しかけるのと同じ「セニョール」になるようだ。また「栄」「光」と「栄光」を二文字に分けて一字ずつ交代で立て続けて投影された後、ラストで「栄光」の二文字になるなど字幕にも外連が見られる。

井上はこの曲はノンタクトでの指揮。

「キリエ」「グローリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5曲からなる演奏時間35分ほどの作品。最初のうちは歌詞がラテン語でなくスペイン語だという以外は普通の宗教音楽のようだったが、その後、ラテン色が急激に濃くなり、明るい音と旋律による音楽が展開する。その後またシリアスに戻るが、今度はコンガ、ギロ、スネアドラム、大太鼓などが打ち鳴らされ、タンゴというよりサルサに近いノリノリの音楽となる。その後、いかにもタンゴ的なリズムの部分を経て、バンドネオンとチェロソロによる哀切な掛け合いがあり、ラストの「アニュス・デイ」では再び敬虔なムードに帰って終わる。

サンドラ・フェランデスとガスパール・コロンの二人の独唱者はまあまあの出来だったが(特に目立った独唱曲がないということもあるが)、大阪フィルハーモニー合唱団はかなり健闘したと思う。もっとも、発音については私はスペイン語を学んだことがないのでどのレベルにあるのかはわからない。

三浦一馬のバンドネオンは高度な技巧とシリアスな音色を合わせ持ち、聴き応えがあった。


ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。井上は譜面台に総譜を置いたが、結局ページを開くことはなかった。暗譜による指揮である。
モダン・アプローチとはいえピリオドの影響皆無というわけではなく、ピリオド・アプローチが盛んなる前のモダンスタイル比べるとビブラートもやや少なめであるし、第1楽章などはテンポも速い(テンポに関してはピリオドの影響とは一概にいえないところがある)。ただボウイングはピリオドのそれとは異なる。フェスティバルホールの音響もあってか、明るめの音色による演奏であり、楽器も抜けの良い音を出している。
井上は金管の内声部を表に出したり、チェロの音を浮かぶ上がらせたりと自在な指揮。盛り上げ方も上手い。
そしてクライマックス。トランペットが旋律を……最後まで……吹き切った。実はベートーヴェンの時代にはトランペットは今ほど発達しておらず、クライマックスのトランペットでは高音が出ないという理由で、途中で主旋律担当が木管楽器に変更になるのである。ところが木管楽器はトランペットに比べると音が弱いので他の楽器の演奏に埋もれてしまい、主題が行方不明になることで有名である。1990年代までは、「ベートーヴェンもトランペットが当時もっと発達していたら当然最後までトランペットに吹かせただろう」という理由で、編曲して演奏するのが主流だったのだが、その後、「ベートーヴェンが書いた通りにやろう」ということで、主題行方不明を採用する演奏が増えた。木管がベルアップして吹いて主旋律が聞こえるよう工夫した演奏もある。
だが、やはりトランペットが最後まで旋律を吹いた方がずっと興奮度が高い。実は「トランペットを最後まで吹かせるのか」というのが福山さんに本当は聞きたかったことなのである。第500回定期演奏会というハレの場にふさわしい演出である。流石、井上ミッキー!

第2楽章はテンポを落としてじっくりとした演奏に変わる。第2楽章でのクライマックスでもそれほど熱くならない格調の高い演奏である。
ベートーヴェンの「運命動機」というと交響曲第5番で初登場と思われがちだが、「英雄」でも「ジャジャジャジャン」の音は全編を通して用いられている。井上の作る「英雄」は運命動機の把握がしやすい。

第3楽章はトリオのトリオホルン(駄洒落ではない)が有名なのだが、かつての大フィルはホルンに弱点があった。だが、メンバーが入れ替わるなどして腕は上がり、今日も1カ所だけ軽いミスがあったが、その他は輝かしい吹奏を聴かせる。

第4楽章も美しく、パワフルな演奏。井上は第1ヴァイオリンへの指示から素早く第2ヴァイオリンへの指示に切り替えたり、音型通りに指揮棒を左右に激しく振ったりと外連味もたっぷりな指揮。楽しい「英雄」となった。ヒロイズムも十分だ。


演奏終了後、井上は、「500回続けるのは大変なことです」と客席に語り、「明日は満席だそうです。フェスティバルホール万歳! 大フィルありがとう! みなさん、おやすみなさい!」で締めた。

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2016年8月18日 (木)

観劇感想精選(189) 松井玲奈主演 つかこうへい七回忌特別公演「新・幕末純情伝」2016大阪

2016年7月23日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後7時から、梅田芸術劇場メインホールで、つかこうへい7回忌特別公演「新・幕末純情伝」を観る。作:つかこうへい、台本構成&演出:岡村俊一。
新撰組(新選組)不動の一番隊組長・沖田総司(史実では読みは「おきた・そうじ」であるが、つかの演劇では「おきた・そうし」の読みを今も採用)が実は女であり、坂本龍馬が沖田に恋をするという異色の幕末劇の上演。つか自身が発表した「幕末純情伝」とは坂本が沖田に恋をするという主筋以外はかなり異なるが、つか自身が生前に認めた台本である(つか本人は「新・幕末純情伝」の演出は行っていない)。「幕末純情伝」の出版された戯曲に比べると硬派な内容になっている。

大阪では、2011年に鈴木杏の沖田総司で上演されているが、今回は元SKE48の松井玲奈が女沖田を演じる。
今回、坂本龍馬を演じるのは漫才コンビNON STYLEの石田明。やはり異色のキャストである。その他の出演者は、細貝圭、早乙女友貴、味方良介、荒井敦史、伊達暁、永田彬、黒川恭佑、久保田創、須藤公一、大石敦士、吉成将、高橋邦治。

早いもので、つかが亡くなってから6年が経ってしまった。つかこうへいに直接指導を受けたという俳優も若手では少なくなってきている。

「新・幕末純情伝」は殺陣が売りのアクション活劇でもあり、前回、大阪で沖田を演じた鈴木杏はすでに殺陣の上手さに定評があった女優である。スピーディーな殺陣をやるには当然、運動神経が優れていた方が良い。特に女優さん相手に殺陣を行う場合、竹光とはいえ顔に傷を付けてそれが残るものだった場合は訴訟に発展しかねないので、運動神経に優れた女優相手の方が男優も臆さず殺陣を行える。だが、松井玲奈は実は運動音痴だそうである。ただ、中学時代は剣道部に所属し、市の大会で3位になったこともあるという腕前ということで起用されたのだと思われる。


今日は最前列での観劇。梅田芸術劇場メインホールで最前列とは記憶がない。多分、初めてだと思われる。特に松井玲奈のことが好きなわけではないのだが(そもそも松井玲奈についてはSKE48のツートップの一人で、商業高校出身であるため実用資格を多く持っており、OLとしても即戦力らしいということしか知らない)。熱心な松井玲奈のファンがいたら席を替わってあげたいくらいだ。ただ最前列だと役者を間近で見られるが、梅田芸術劇場メインホールのようなステージの広い劇場の場合、役者が離れているケースが多く、二人ないし複数の顔を同時に見られないので、首を何度も動かす必要もあり、プラス面ばかりではない。

マイクとPAを使った上演。梅田芸術劇場は3階席まであるが、今日は3階席は立ち入り禁止である。入りであるが、1階席も後ろの方は開いており、苦戦と思われる。有名キャストが松井玲奈だけ。そして相手役がお笑い芸人のノンスタ・石田では食指が動かない人もいるだろう。客層であるが、やはり松井玲奈のファンが多いようで男性客が大半。早口の演劇を見慣れていないためか、終演後、奥さんに「何を言っているのか一言も聞き取れなかった」と話している中年男性がいたりした。

開場時からはステージ前方中央には沖田の愛刀・菊一文字宗春が刺してある(物語上の嘘である。沖田の愛刀が菊一文字というのは後世の創作である。そもそも菊一文字は鎌倉時代に打たれた太刀であり鑑賞用としては国宝級だが幕末の実戦では役に立たない)。

今回の上演では着物を着て出演する俳優は一人もいない。松井玲奈は真っ赤なトレーニングウェア姿であるし、他の出演者もジャージや普段着風であったり、トレンチコート風だったりと、基本的に洋服での演技となる。岩倉具視を演じる伊達暁だけが打掛を羽織っての登場となるがちゃんとした着物姿ではない。


明治2年、箱館(現在の函館)。号砲が鳴り響き、新政府側総大将・桂小五郎(味方良介。史実では箱館戦争の新政府側総大将は黒田了介のちの黒田清隆である)が蝦夷共和国の大鳥圭介軍を攻めているところから物語は始める。今回は桂はタキシード姿である。桂に斬りかかる男が一人。(元)新選組副長の土方歳三(細貝圭)である。土方は「なぜ坂本(龍馬)を斬った」と桂をなじる。だが、坂本龍馬を斬るよう命じたのは桂以外に何人もいることが後にわかる。土方はデモクラシーを目指しているが、三権分立の三権を言えなかったりと政治には疎い。

時は遡り、幕末。労咳(肺結核)の温床である二つ川の河原で河原者の岡田以蔵(早乙女友貴)が赤子を拾う。そばには見事な刀(菊一文字)が。赤子を拾って育てようとする以蔵であったが、そこに海軍奉行・勝安房守海舟(荒井敦史)が現れ、赤子を自分のものとしてしまう。勝は菊一文字がそばに刺してあったことで赤子の正体を見抜いていた。

赤子は女の子であった。成長したその子は沖田総司(松井玲奈)となった。時に文久3年。菊一文字を引き抜き、両側から掛かってきた敵を次々に切り捨てる沖田。
女としての生き方に憧れる沖田であったが、生まれた時から労咳を発症しており、男は労咳を恐れて近づいて来ず、3歳から剣の特訓を課され、男のように育てられたことを恨めしく思っていた。
沖田の成長を実の兄のように見守っていた勝は、「千葉周作の北進一刀流の使い手もそなたには敵うまい」と沖田を褒めるが、沖田は不満を述べる。そこへ勝の父親が屋内牢から飛び出してくる。勝の父は精神を病んだので閉じ込められていたのだ。勝の父親は勝を「片金玉」となじり、「こいつは子供の頃、片方の金玉を犬に食いちぎられたのさ(史実である)。本当の男ではない」と沖田に教える。うなだれる勝。しかしその後もなじり続ける父親に激昂した勝は父親と揉み合いになる。沖田は騒ぎを収めようとして咄嗟に勝の父親を斬り殺してしまう。殺人者となった沖田に勝は中山道を通って京へと落ち延びるよう告げ、「これからは男として生きよ」と命じる。勝は実家に火を放ち、殺人の証拠を隠滅する。

京にたどり着いた沖田。だが、沖田を女と見抜いた男がいる。新撰組副長の土方歳三である。土方は沖田に「土方歳三。『どかた』と書いて『ひじかた』です」と名乗り、百姓身分出身であることを告げる。咳をした沖田に土方は「労咳か?」と聞き、沖田はそれを認めて、病気を理由に土方を遠ざけようとするが、土方は「百姓は労咳にはならん」と断言。沖田を自分の女にして、新撰組に入れることにする。新撰組は「歌って踊って人を斬る」集団だと土方は沖田に説明し、「君、歌の方はどうだ?」と聞く。沖田は、というよりこの場合は松井玲奈はだが「大阪城ホールでコンサートをしたことがあります」と答え、「それは凄い」と新撰組の一員になることを認められ、入隊のお祝いに(?)皆で「ポケットモンスター」の主題歌を振り付きで歌う。松井玲奈は演技している時よりも歌って踊っている時の方が様になっているように感じた。

新撰組に入った沖田は薩摩藩士、長州藩士を次々に殺害。殺しに快感を覚えていた。


一方、次の元号を「自由」とし、身分制度一切廃止、男女分け隔てなく投票権を与える完全普通選挙構想を持っている坂本龍馬。龍馬を演じる石田明は最初は以蔵役の早乙女と共にギャグを延々とやるがサッパリ受けないので、「本拠地(大阪)でこれはまずいぞ」とアドリブのセリフを言う。
龍馬も沖田に惚れる。龍馬に斬りかかろうとする沖田だったが、龍馬は沖田にピストルを向ける。沖田は「卑怯な!」と言って下がる。「国のために働く男」を理想とする龍馬を沖田は「重い男」と感じる。「国のために働く男がもてるべきだ。週に5回も6回も女をUSJ連れて行くような男がもてる世の中じゃ駄目だ!」と決然と言い放つが、沖田は「えー、だって行きたい!」と無邪気に対応。ちなみに後にわかるのだが、土方は週に5~6回のペースで沖田をUSJに連れて行っていた。

再び沖田に会いたくなった龍馬は寿司屋に化けて新撰組の屯所に忍び込む。そして按摩と称して沖田に近づき、マッサージをする。そして沖田にいきなり「やりたい」と申し込む。正体がばれると「別名は坂本按摩」と嘘をつく。あっさりと袖にされた龍馬だが、沖田が去った後に、「池乃めだか師匠直伝のカニバサミ」と沖田を捕まえる演技を一人でする。しかし、思いっきり滑り、以蔵役の早乙女に「流石に今のは見ていられないです」と言われてしまう。

京から赤ふんどしを締めた岩倉具視(伊達暁)が江戸にやって来る。岩倉は大政奉還論を聞き、江戸に本当かどうか問いただしに来たのだ。勝は本当であると告げるが、岩倉は「大政奉還をして京に政が移った時に異国が攻め込んできたらどうするのじゃ? 公家が戦えるはずがないではないか!」と怒りをあらわにする。岩倉は同性愛者であり、勝に尻を貸すよう迫る。

実は龍馬を殺すよう新撰組に依頼していた男がいる。桂小五郎だ。新撰組は幕府からも長州からを金を受け取っていたが、その金を全部キャバクラ遊びに使ってしまって動こうとしない。桂は新撰組に龍馬暗殺を約束させ、その代わりに長州の秘密を漏らす。「薩長連合の連中が三条小橋の池田屋で倒幕の密議を行っている」という情報だった(実際にはまだ薩摩と長州は盟約を結んでおらず、池田屋には薩摩藩士はいなかった)。実は新撰組の隊士で刀を持っているのは沖田一人だけである。というわけで沖田は単騎池田屋に乗り込み、大勢の志士相手に大立ち回りを演じる。ここでなぜか龍馬が沖田の助太刀に入る。なぜ龍馬がここにいるのか不審がる沖田であったが、二人で敵をなぎ倒していく。激戦の真っ只中だというのに、龍馬は手紙を読み始める。沖田は「戦いの最中に!」と怒るが、それは沖田ではなく龍馬の母に宛てた手紙。沖田のことを母に伝える手紙で「とても素敵な女性に出会った。運命の相手だと思う」といったような熱烈な内容の手紙。沖田はそれを聞いて気分が高揚するが、気が付くと龍馬も池田屋の志士達も姿を消していた。「折角、人がその気になったってえのに、どこ行きやがった」と毒づく。その時、沖田は喀血。だが吐血した血を口紅代わりに唇に塗り(顔のアップの映像が後方のスクリーンに映る)、後ろで纏めていた髪(今でいうポニーテール。というより劇中でなければポニーテール以外の何ものでもない)をほどいてざんばら髪になる。沖田が本当の意味で女に目覚めた瞬間だった。
だが、そこに土方が現れ、沖田に平手打ちを食らわせて、「俺という男がありながら、坂本に惚れるとはどういうことだ!」と沖田を問い詰める。


龍馬が考える来たるべき日本の姿。それは身分や性別の差を撤廃した平等社会である。しかし、桂は幼帝を利用し、華族階級を作ってその中で出世しようと企んでいた。そのため平等社会を目指し、幼帝利用にも反対している龍馬は目障りな存在であり、新しい世に生かしておいてはいけないのだった。将軍・徳川慶喜公とも懇意であった龍馬(史実ではない)であるが、慶喜もまた次の世まで龍馬を生かしておく気はなかった。そして龍馬の師であった勝海舟もまた次の時代での出世を望んでいた。

ちなみに、「龍馬は『はやい』という言葉を聞くと顔面蒼白になるらしい」と聞いた桂は、「足が速い」、「頭の回転が速い」、「出世が早い」など「はやいのは良いことばかりではないか」と訝しむ。

龍馬がまだ生きていると知った桂は再び新撰組の屯所へ。そこで「龍馬は『たいしょう』という言葉を聞くと顔面蒼白になるらしい」という情報を得る。「『乃木大将』、『レコード大賞』、『あんたが大将』。また良いことばかりではないか」と言う桂だったが、ここで桂役の味方良介が、「T.M.さん、西川さん。いらっしゃっていると伺っております。お立ち頂いて結構ですか?」と客席に語る。実は松井玲奈と共演経験のあるT.M.Revolution      西川貴教がお忍びで観劇に来ていたのだ。西川は立ち上がり、他の観客からの拍手を受ける。味方は「他に『たいしょう』で何かありますか?」と聞く。西川は、「えーっと……」、「うーん、一通りでちゃったからなあ」と苦戦。味方に「余り時間を取らないように」と言われたため、「じゃあ、進行しちゃって……」と返し、良い答えは出ずに終わった。座るときにも西川は観客から拍手を受けるが、新撰組隊士で力士・須藤役の須藤公一は「何も言ってないよ」と観客に突っ込む。ちなみにアドリブだらけの芝居であるが、須藤が後ろから松井玲奈に軽く抱きついてすぐ後ろに戻るというアドリブは今日が初めてだったようで、松井は左手で口を押さえて「えーっ!」という驚いた表情で振り返った後で苦笑を浮かべる。持ち場に戻った須藤に隣の俳優が「あれはやり過ぎじゃないの?」という仕草をし、須藤も「いや、つい」という表情でばつが悪そうだった。

龍馬が現れる。龍馬というより石田は桂に「お前は俺より百倍は主役の顔だ。だが、アドリブが下手だ!」と駄目出しする。更に「西川さんに余り迷惑を掛けるな! ただでさえ相方(NON      STYLE・井上)が西川さんの真似をして迷惑を掛けているのに」とアドリブを続ける。龍馬は長州に行くと言って去る。

新撰組隊士で将来、教師になることと歴史の教科書を作ることを夢見ている二宮(架空の新撰組隊士。演じるのは黒川恭佑)は桂に「歴史の教科書に名前が残るのは坂本さんだ。あなたではない!」と言い、桂に斬りかかる。だがその場に残っていた沖田は二宮を斬る。「なぜ斬った」と不審がる桂に沖田は「坂本さんがあなたを守れと言ったからですよ」と告げる。実はこのセリフが「新・幕末純情伝」の中で最もインパクトのあるセリフだと思うのだが、松井玲奈は涙声で語るという解釈を採ったため、ビシッとは決まらなかった。もっと書くと「絵になり損ねた」。惜しいと思う。


史実とは違う3月15日に大政奉還が勅定を持って決定する。だが、次の世になるためには新撰組は全員処刑となることが決まる。新撰組の隊士達に「命惜しければ坂本龍馬を斬れ」という命令が下る。沖田が「大老・勝安房守海舟(勝海舟は大老には勿論なっていないし、なる資格もない。芝居の嘘である)の御意志ですか?」と聞くと勝は「将軍・徳川慶喜公の御意志だ」と告げる。
龍馬に惚れている沖田であったが、物心ついた時から労咳病みと蔑まれ、避けられてきた自分を初めて受け入れてくれたのが新撰組であり、彼らを救いたいという気持ちの方が強かった。

沖田は龍馬を斬りに向かう……。


松井玲奈の初舞台である。つか芝居のセリフは早口ということもあって滑舌にやや問題があり、板に付いた感じもしなかったが、初舞台なのでこんなものだろうとも思う。凜々しさは出ていたし、ラストシーンは特に格好良かった。
NON STYLE・石田は上手い演技ではないが味がある。あの味は男前の俳優では出せないだろう。
二人とも上手さより熱さを感じさせる演技であったが、ある意味若さの特権である迸るような情熱を持った演技は技術だけ達者な演技よりも説得力があった。

カーテンコールで一列に並ぶ出演者達。松井玲奈が意外に小柄であることに驚く(後で調べたところ、公称の身長は162cmで平均的な成人女性より3cmほど高く、小柄ではない。ただ長身でもないのは確かである)。芝居をしている最中はもっと大きく見えていた。演じている時に大きく見えるというのは才能を持った俳優である証である。舞台俳優として今は駆け出しだが、将来化ける可能性もある。SKE48で長くセンターを張っていた実力は伊達ではないようだ。


百姓だから、実はやんごとなき身分の出ある沖田とは結婚出来ないと語る土方に、「ボクはあなたと田んぼを耕す気でいました。百姓の出だろうが高貴な身分だろうが関係ない世の中になる。それが新しい世なのではないでしょうか」と沖田は語る。
新しい世はまだ来ていない。

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2016年8月15日 (月)

日本語・規定・閉鎖

日本語で思考する限り、日本語的な発想からは逃れることは出来ない。日本語でよくわからない観念を英語や北京語に置き換えると途端によくわかるということはあるが、それは所詮は「還元された日本語」による理解である。
日本語で考えるとまるで正反対に思えることでも、実は「日本」という中にあるごく至近距離の思考の果実でしかないということはよくある。
我々は限られた材料で考えるしかないのである。悲しいことなのかどうかはわからないが。

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2016年8月 6日 (土)

ポール・マッカートニー&クロノス・カルテット 「Yesterday」

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2016年8月 3日 (水)

ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調第3楽章

「ゴジラのテーマ」の元ネタともされる旋律が出てくるラヴェルのピアノ協奏曲より第3楽章。
本当に元ネタなのかははっきりしませんが、「ゴジラ」シリーズの作曲家である伊福部昭がモーリス・ラヴェルの大ファンだったことは周知の事実(フランスの作曲コンクールの伊福部が応募したのもラヴェルが審査員の一人だったため、「ラヴェルに自作のスコアを見て貰いたい」という一心からでした)であるため、オマージュとして捧げた可能性は高いと思われます。
 
圧倒的な技巧とチャーミングな容姿で人気上昇中のピアニスト、萩原麻未が世に出るきっかけとなったジュネーブ国際音楽コンクール・ピアノ部門の映像です。

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伊福部昭 「SF交響ファンタジー第1番」

遠藤浩史指揮六甲フィルハーモニー管弦楽団(アマチュアオーケストラ)の演奏です。指揮を務めた遠藤浩史がWeb上にアップした動画です。

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