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2016年11月28日 (月)

観劇感想精選(194) パルコ・プロデュース公演「星回帰線」

2016年11月17日 ロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後7時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、パルコ・プロディース公演「星回帰線」を観る。作・演出:蓬莱竜太。出演:向井理、奥貫薫、野波真帆、高橋努、岩瀬亮、生越千晴(おごし・ちはる)、平田満。

向井理が、蓬莱竜太を口説き落として書き下ろさせたという新作公演である。


北海道苫小牧市にあるグループ施設、白樺ハウスとその周辺が舞台である。そのため、語尾が「~っしょ」になる北海道方言が用いられている。

紗幕が上がると、上手から向井理が、下手から平田満が台を持って現れて、台を降ろして、それに腰掛ける。舞台からはハンドルが伸びており、車の中が舞台だと分かる。

藤原克史(平田満)と三島雄一(向井理)が、苫小牧の由来について話している。藤原が苫小牧の最初の「ト」という音はアイヌ語で「沼」という意味だと教えるが、三島は苫小牧の漢字が変わらないことを不思議に思っている。苫小牧は元々は「苫細」で「とまこまい」と書くはずだったのが、測量者が小牧さんだったため、誤って書き慣れた小牧を書いてしまい、苫小牧になったのだという。

三島は産婦人科医。やはり産婦人科医である父親の後を継いで、群馬県にある産婦人科クリニックで共に働いている。三島が行っているのは診察だけで、分娩に立ち会うのは父の役目だ。
藤原は三島の中学校時代の恩師である。理科の教師で、三島に天体について教えたのも藤原だ。現在は教師を辞めて北海道に渡り、妻の久子(奥貫薫)と二人で白樺ハウスを経営し、元引きこもりの奥井(岩瀬亮)、飲み屋を経営していたが傷害事件を起こして行き場所をなくした木田(高橋努)、藤原の姪で、誰の子なのかもわからない子を宿している灯子(生越千晴)らと共に「スローライフ」を掲げて暮らしている。「生を感じて生きる」という目標を掲げ、農場を営み、ビールを醸造し、トランプや謎かけなどのグループワークをして過ごす日々だ。その白樺ハウスに三島はやって来た。

白樺ハウスを手伝ってくれる伊勢崎紗江(野波麻帆)は、やんちゃ系の女性であり、自分から積極的に三島にアプローチする。

皆から「イケメン!」と言われる三島。三島本人は否定するが、木田から、「それでイケメンじゃないっていうなら俺どうしたらいいの? 死ぬしかないの?」と言われる。モテるだろうということも否定するが、木田はから、「それでモテないっていうなら俺どうしたらいいの? 死ぬしかないの?」
と、いうわけで、自由なスタンスは取れない。三島は優れた観察力を生かして人々に寄り添おうとする。

三島は、男前で優しく、他人にも心配りの出来る人間なのだが、それが徐々に徒になっていく。紗江だけでなく、久子も灯子も三島に惹かれていき……。

もともと虚像であった白樺ハウスが軋み始める。


俳優にも様々なタイプがあるが、向井理は流れで演技を行うタイプであり、平田満はブロックを積み上げるような演技を行う。二人での演技である冒頭の部分などは、その対比がよくわかる。舞台経験豊富で構築タイプの平田満の方が安定感があるが、向井理の演技にもまた別の魅力がある。少なくとも今日の役にはピッタリだった。
「イケメン」というと今は絶対的な褒め言葉であるが、「実在感が希薄になるほど小綺麗」な印象を受けるため、向井理本人がイケメンキャラであることに満足しているのかどうかは不明である。

薄幸顔女優の一人として知られる、奥貫薫の繊細な演技も魅力的である。この舞台では、平田満と奥貫薫がデュエットで「居酒屋」を歌うシーンがある。奥貫薫は元々は歌手として芸能界に入ってきた人なのだが、最近では歌声を聴く機会はほとんどなかったので嬉しい。それにしても46歳であんなに可愛いって反則だな。
平田さんは意図的に下手に歌っていたが、それでも味わいがある。

どんな役でもそつなくこなす野波麻帆。今日のやんちゃ系女子も実にはまっている。本当に器用な女優さんである。


全ては、三島と藤原が出会った中学時代から始まっていた。三島も藤原も自分を偽って互いに接していた。師弟関係からして脆いものだったのだ。
藤原はその後、とある理由で北海道に渡り、悠々と過ごしていた。北海道に渡る前に藤原は性格が変わっていた。「分に過ぎたる報酬」を受け取ってしまったからである。
藤原と久子、そして白樺ハウスに集う面々は、自分達がバラバラのピースを持っていると知りながら、遠くから見ると綺麗な絵に見えるよう「歪んだジグソーパズル」をこしらえていたのだ。三島はそれを水面に浮かべたわけだが、波立たせたのは三島一人ではない。
「分に戻る」三島と藤原。最初から偽っていたため、本音の悪口を言い合って客席から笑いが起こる。

蓬莱竜太の本は、緻密にして味わい深い心理劇に仕上がっている。もっとも、藤原が受け取る「分に過ぎたる報酬」の内容はありきたりだし、若い頃の久子のキャラクターも案外浅い。どこかで何度も見たことがあるような設定なのは惜しい。
ともあれ、優れたアンサンブルによる良い芝居であった。

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