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2017年1月18日 (水)

遠くへ来た

遠くへ来た「はずだ」。おそらく誰よりも。
幼き頃の私と今の私は連続性さえ見られないほどに断絶されている。
般若心経に云う。「色即是空 空即是色」。一切は空であり、瞬間瞬間の幻だと。
遠くへ来たのかあるいは元々遠く隔たれていたのか。

だが、それとはまた別の記憶が私に宿っている。私の中にかつての子供がいる。
子供の私は戸惑い、社会との間にある透明にして越えがたい膜を感じている。その被膜の中で、私はどこにも行けないまま今もうずくまり続けている。私は遠くへなど行けずにそのままなのだ。

遠くへ来た私と行けなかった私。二つの隔絶された私が混濁し、私そのものの像を私から遠ざけている。

写真の中の私に今の私は何を語ろうか。「来られた」と云うべきか「行けなかったよ」と告げるべきか。

私の片方の目は昔を彷徨い、片方の目は今にある。ある部分は若い頃のまま止まり、別の部分は未来に達している。そうした継ぎ接ぎだらけのセルフポートレートを前に、「本当の私はどの部分に宿るのか」と私は戸惑っている。あるいは全てが「本当の私」なのかも知れないのに。

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