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2017年2月 8日 (水)

コンサートの記(271) 垣内悠希指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪フィル×ザ・シンフォニーホール「ソワレ・シンフォニー Vol.5」

2015年5月22日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪フィル×ザ・シンフォニーホール「ソワレ・シンフォニー Vol.5」を聴く。昨シーズンから大阪フィルが始めた午後7時30分開演という通常より遅い時間のコンサート。昨年は休憩なしで小品一つと交響曲1曲(全て交響曲第1番であった)という内容で、指揮者もベテランが多かったが、今期は若手指揮者を登用。比較的演奏時間は短いが、有名曲を取り上げる、協奏曲をプログラムにいれ、途中休憩もあるというスタイルに変わった。「ソワレ・シンフォニー」というタイトルだが、今日と次回は共に交響曲(シンフォニー)はプログラムに取り上げられておらず、シンフォニーは「ザ・シンフォニーホールのこと」程度の意味になってしまっている。

今日の指揮者は垣内悠希。今年(2015年)の京都市交響楽団ニューイヤーコンサートの指揮台にも立った指揮者である。1978年、東京生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科を首席で卒業後、ウィーン国立音楽大学指揮科をやはり首席で卒業。その後、ウィーン国立音楽大学の劇場音楽科特別課程(オペラ課程)を終了。6歳でピアノを始め、14歳から指揮の勉強を始めており、小澤征爾、ヨルマ・パヌラ、佐藤功太郎、レオポルド・ハーガー等に指揮を師事している。2011年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。2001年から現在までウィーン在住である。

曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:山本貴志)、ムソルグスキー作曲(ラヴェル編曲)の組曲「展覧会の絵」

午後7時20分頃から、垣内によるプレトークがある。今日のプログラムは「ロシア」というテーマで統一したものであり、グリンカは「近代ロシア音楽の父」と呼ばれる人物であり、「ロシア人は西欧の真似をするのではなく、ロシア人の音楽を書くべきだ」と考えたとされる人で、こうした考えがムソルグスキーを含むロシア五人組に代表されるロシアの「国民楽派」へと繋がっていく。

垣内が住んでいるウィーンからみるとロシアは遥か遠く、ずっと東にあるという感覚だそうで(ウィーンのあるオーストリアも、オーストは英語のEAST」に当たり、「東の国」という意味ではある。実際、ウィーンは東欧とされるチェコのプラハより東に位置する)、ロシア人はそんな東の国から西欧まで出てきて、西欧の音楽を真似したり取り入れようとしたりしたが、結論としては「真似ではなく、ロシアの土壌に根ざした音楽を書こう」ということになった。
垣内は、「個人的には、オペラなどの序曲は大好きです。何時間も掛かるオペラのエッセンスを数分にまとめたもので、美味しいところがつまっています」と述べる。

ショパンはフランス系ポーランド人の作曲家であるが、ポーランドはショパンがワルシャワを去った直後にロシアに併合されている。
垣内がソリストの山本貴志に聞いたところによると、「協奏曲というのは、普通は外へ外へと音楽が向かっていくものだが、ショパンの協奏曲第2番は逆に内へと向かっていく」そうで、内省的な作風が独特だそうである。ショパンの性格のナイーブさ出ているのだと解釈することも出来る。

組曲「展覧会の絵」だが、ラストの「キエフの大門」の、キエフという言葉を聞くとロシア人はロシアで最初に建国された国であるキエフ大公国を連想するそうで、「我々のルーツはキエフにある」と思っている人が多いそうである。キエフというと今はウクライナの首都であり、ロシアとは別の国の都市になっているが、ロシア人は国情はともかくとしてキエフという場所には好感を持っているようである。なお、同じ古くからある都という縁もあり、キエフは京都市の姉妹都市となっている。

今日の大フィルのコンサートマスターは、かつて読売日本交響楽団首席コンサートマスターを務めたベテランの藤原浜雄。桐朋学園大学の教授でもある。これまで大フィルのコンサートマスターは若い人が務めることが多かったが、藤原は白髪である。首席コンサートマスターの田野倉雅秋と首席客演コンサートマスターの崔文洙は共に兼任しているポストがあるためか都合が付かず、コンサートマスターの肩書きを持っていた渡辺美穂が昨年(2014年)暮れに退団したため、藤原が今日のコンサートマスターを務めることになった。

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。快速テンポの曲であり、「ここぞ」とばかりに新幹線のようなスピードで技量を見せつける楽団も多いが、垣内のテンポは「ルスランとリュドミラ」序曲としては中庸。
大フィルは音に張りがあり、今日も好調のようである。木管が僅かに引っかけたが、気になるほどではない。

ショパンのピアノ協奏曲第2番。ソリストのの山本貴志は猫背になり、鍵盤に顔を近づけて弾く場面が多い。おそらく、グレン・グールドの影響を受けているのであろう。輝きを放ちながら、その奥に影を感じさせる音色が特徴。優れたショパン弾きである。
第2楽章は、遅めのテンポを採り、ロマンティックな演奏を展開する。ただ、この楽章はもっと速いテンポで客観的に弾いた方が聴き手にショパンのメッセージが伝わりやすいと思う。過度にロマンティクになるとショパンの姿がぼやけて見える。

オーケストレーションは、19歳だったショパンが行ったものであり、ショパンはワルシャワ音楽院で管弦楽法を少し囓っただけであった。そのため鳴りが悪く、20世紀初頭までは、「ショパンのオーケストレーションは拙いので私が代わりに」ということで、ショパンのオーケストレーションをいじって演奏する慣例があった。一方で、「ショパンは友人にベルリオーズなどのオーケストレーションの名手がいながら、編曲を依頼した形跡はない」ということ、また、「ショパンは自身のイメージした音をオーケストレーションしたはず」ということで、現在ではショパンの書いたオーケストラの部分を改変することは基本的にない。響かないのは確かであるが、それは「主役はあくまでピアノとするため」という解釈もある。

ムソルグスキー作曲、ラヴェル編曲の組曲「展覧会の絵」。トランペットが意気揚々とプロムナードの主題を奏でる。自信漲るムソルグスキーという解釈なのだろうが、威勢が良すぎる気がしないでもない。
「小人」では、低弦と大太鼓のタイミングがずれた。垣内の指揮にミスがあったのかも知れない。その後の2度めのプロムナードではホルンソロがよちよち歩きになってしまうなど、最初の方は上手くいかない。

その後は立体感に溢れる好演を展開。今日はトランペットが明るすぎる嫌いがあるものの、その他の部分は上々である。ラストの「キエフの大門」の色彩感は独特であり、見事であった。

私が本格的にオーケストラのコンサートに通い始めたのは、今から丁度20年前の1995年の9月。東京・渋谷のNHKホールでのヘルベルト・ブロムシュテット指揮するNHK交響楽団の定期演奏会からであり、その時のメインの曲目も「展覧会の絵」であったのだが、あの頃は、日本のオーケストラがこれほどの高い水準まで成長するとは予想していなかった。

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