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2017年2月11日 (土)

コンサートの記(273) 下野竜也指揮京都市交響楽団第608回定期演奏会

2017年1月21日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第608回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任客演指揮者の下野竜也。下野はこの4月から、高関健と並んで、京都市交響楽団の常任首席客演指揮者に昇格し、常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーである広上淳一と共にトロイカ体制をより強固なものにさせていくことが決まっている。

曲目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第25番(ピアノ独奏:パスカル・ロジェ)とブルックナーの交響曲第0番。
有名とはお世辞にも言えない曲が並び、今日と明日の2日公演なので入りが心配されたが、満員には遠かったものの、案外入りは良い。

モーツァルトのピアノ協奏曲第25番は、モーツァルトの20番台のピアノ協奏曲の中では取り上げられる回数が極端に少ない曲である。下野竜也もプレトークで、20番台のピアノ協奏曲のうちで第25番と第22番は余り取り上げられないと語っていたが、ピアノ協奏曲第22番は第3楽章が、映画「アマデウス」で流れていたため、聴いたことがある人は多いかも知れない。
一方、ピアノ協奏曲第25番は、ライブで聴くのは今日が多分初めてになる。実は、大友直人が京都市交響楽団の常任指揮者を退いてすぐの頃なので大分前になるのだが、大友直人指揮京都市交響楽団の定期演奏会でモーツァルトのピアノ協奏曲第25番がプログラミングされたことがあったのである。しかし、なんとソリストが演奏する曲目を間違えており、演奏会の直前になって大友直人に電話をしてきたそうで、暗譜しているポピュラーなピアノ協奏曲第21番に急遽変更という出来事があった。


開演20分前から下野竜也によるプレトーク。ラフな格好で登場した下野は、「こんにちは」と「遅ればせながら、あけましておめでとうございます」の挨拶を行った後で、曲目の紹介を行う。モーツァルトが好きな人も多いし、ブルックナーが好きな人も多いけれども、今日取り上げる曲は共に演奏される回数が少ないと言って、「だからといって悪い曲ではない」ということを強調する。

モーツァルトのピアノ協奏曲第25番はハ長調で書かれたピアノ協奏曲であるが、「悲しさ」を感じさせる曲だと下野は語る。ティンパニとトランペットが入っており、普通はこうした編成による曲はお祭りの曲なのであるが、モーツァルトは敢えて捻っているという。「人に寄っては」と下野自身の解釈ではないことを示しつつ、「戦後の不況、またモーツァルト自身がフリーメイソンに入れあげて問題になったという背景があるのではないかとも言われています」と下野は述べる。パスカル・ロジェのことを「世界屈指のピアニスト」と褒めたたえ、ロジェの演奏にも乞うご期待の旨を述べる。


ブルックナーの交響曲第0番は、特殊な曲である。普通は交響曲の番号に0などという数字は入らない。実は元々は交響曲第2番として書かれたのだが、後にブルックナーはタイトルをに「無効」と筆を入れ、習作として取り消してしまい、新たな交響曲第2番が書かれた。破棄された方の交響曲第2番であるが、ブルックナーはスコアを捨てずに終生持っていたそうで、死後に交響曲第0番として出版された。ブルックナーにはそれ以前に書かれたとされる交響曲第00番も存在する(プロ野球チームの背番号みたいだ)。下野がこの曲を知ったのは中学生の頃だそうで、テレビを見ていてたまたま知ったのだという。
作曲された時期であるが、当初は交響曲第2番とされていたことから、交響曲第1番より後に書かれたものだというのは確実で、「交響曲第1番より前に書かれたから第0番というわけではありません」と下野も言う。
「ブルックナーというと後期の交響曲が有名です。ドヴォルザークも『新世界』、第8番、第7番。第6番当たりになるとマニアックになります。ベートーヴェンは交響曲第1番から傑作でしたが、他の作曲家の場合、若い頃の交響曲というと未熟な場合が多いです。若い頃は、書きたいことは沢山あっても方法もわからなければ手段もわからない。ただ、若いが故の魅力というのもあるのです」と下野は語り、「ブルックナーの後期の交響曲を演奏するようには今日は演奏しません。ウィーンで学んでいた頃、先生から教わったのですが、後から書かれた曲をイメージしつつ演奏するということは私もしないことにします」と続ける。下野は、「この曲がシューベルトの時代のすぐ後に書かれたということに注目してください」とも語った。


今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに尾﨑平。今日はフルートには首席客演奏者として榎田雅祥(えのきだ・まさよし)が入り、後半のみ出演した。トランペットはモーツァルトが稲垣路子と西馬健史、ブルックナーがハラルド・ナエス(首席トランペット奏者)と早坂宏明である。ホルンに見慣れぬ女性奏者がいたが、客演の中橋慶子のようだ。
第2ヴァイオリンにも今日は首席客演奏者として水鳥路が入る。


モーツァルトのピアノ協奏曲第25番。ピアノ独奏のパスカル・ロジェはフランスを代表するピアニスト。パリ国立音楽院を卒業後、英DECCAの専属アーティストとなり、ラヴェル、サティ、ドビュッシー、プーランク、フォーレなどのフランスものを次々に発表して売れっ子となる。シャルル・デュトワと多くの仕事を行っており、サン=サーンスのピアノ協奏曲全集や、プーランクのピアノ協奏曲などをレコーディングしている。
今世紀に入ってからも「ドビュッシー ピアノ曲全集」をonyxから発表し、話題となった。

モーツァルトのピアノ協奏曲というと、長調の曲にしろ短調の曲(2曲しかないが)にしろ、まろやかなピアノが奏でられるのが王道だが、ロジェはフランスのピアニストということもあってかシャープ且つタイトである。結晶化された美しい音色を奏で、いわゆるモーツァルト弾きといわれる人達とは別の魅力がある。

下野指揮の京響は輝かしい演奏を展開。ピリオド・アプローチを援用しているが、弦のビブラートを掛ける場所が奏者によって異なるなど(ノンビブラートの人もいた)、自然な感じを表に出していたように思う。

この曲は勢いよく始まるが、弦が不吉な印象を受けるメロディーを奏で、それを管楽器が明るい調に変えて演奏する。そのため不安定な印象を受け、モーツァルトの孤独が一瞬よぎるような印象を受ける。
第2楽章でもピアノは明るい音を出しているのに、管楽器が痛烈な音を出す場面がある。
そうした不安定な要素が好悪を分かつ要因なのかも知れない。
ロジェはアンコールとして、サティの「グノシエンヌ第5番」を弾く。実はこの曲は、私が千葉にいた頃、最も好んで良く弾いた曲の一つである(「グノシエンヌ第1番」や第3番もよく弾いた)。技巧的には平易であり、楽譜が読めれば初心者でも弾けるはずである(楽譜が読める時点で初心者ではない気もするが)。
世界で初めて「エリック・サティ ピアノ曲全集」を作成した故アルド・チッコリーニの2種類の演奏を良く聴いたものだが、チッコリーニはフランス国籍になったとはいえ元々はイタリア人であり、そのため甘い旋律を慈しむかのようなカンタービレを聴かせていたのだが、ロジェの弾く「グノシエンヌ第5番」はそれとは異なり、甘さも余り感じさせずスマートである。ロジェの弾く「グノシエンヌ第5番」は録音でも聴いたことがあるのだが、スタイルは全く変わっていない。他のフランス人ピアニストもロジェのようなサティを弾くので、フランスではロジェのようなスタイルが正統派なのかも知れない。

アンコール曲はホワイトボードに手書きで発表されるのだが、何の手違いか、「グノシエンヌ第3番」と発表されている。そこでスタッフさんに言って、正しい番号に訂正して貰った。
サティのグノシエンヌは第1番から第6番まであるのだが、サティの生前に出版されたのは第3番までである。「グノシエンヌ第1番」が最も有名であり、北野武初監督作品である「その男、凶暴につき」で、電子音などに編曲されたものがメインテーマとなっていた。
「グノシエンヌ第5番」も90年代に菊池桃子が出演していたCM(なんのCMかは忘れてしまった)で使われ、最近もまた別のCMで使われている。



ブルックナーの交響曲第0番。
野達也は大阪フィルハーモニー交響楽団とこの曲を録音しており、京都コンサートホールでも同曲を大阪フィルと演奏している。確か、それが下野の京都コンサートホールデビューであったはずである。
下野も大フィルとこの曲を京都コンサートホールで演奏した時は今よりも二回りぐらい巨漢だった。

ブルックナー初期の楽曲とはいえ、ブルックナーらしさは十分に発揮されている。第2楽章の澄み渡る空が目に浮かぶような音楽は、彼の交響曲第8番第3楽章を連想させる。ただブルックナーの後期の交響曲、特に第8番と第9番は「響き」と「音の構築感」に重きが置かれているのに対して、初期はまだメロディーで繋ごうという意図が強いように思う。下野はプレトークでシューベルトの名前を出していたが、旋律や構築感にはシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」や交響曲第5番に相通じるものが感じられる。

大阪フィルを指揮した演奏では渋い独特の演奏を聴かせた下野だが、京都市交響楽団は大フィルに比べて音色が明るいため、趣がかなり異なる演奏となった。大フィルとの演奏はもう詳しくは覚えていないのだが、今日のような見通しの良さが感じられなかったのは確かなので、今日の方がより咀嚼された分かり易い演奏であったように思う。

カーテンコールで、下野は総譜を掲げて、曲への敬意を表した。

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