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2017年2月23日 (木)

コンサートの記(277) 井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第505回定期演奏会

2017年2月18日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第505回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィル首席指揮者の井上道義。井上は今年の3月一杯をもって、大フィルの首席指揮者を離任するため、首席指揮者として大阪で大フィルを指揮するのは今日が最後となる。暗黙の了解として関東でも関西でも、その地域のオーケストラのシェフを引き受けた場合は、同一地区にある他のオーケストラに客演は出来ないのだが、井上は早くも今年中に京都市交響楽団への客演復帰が決まっている。

井上の十八番であるショスタコーヴィチの交響曲が2曲並ぶという大重量プログラム。いずれも革命を題材にしたとされる交響曲第11番「1905年」と第12番「1917年」である。

交響曲第11番「1905年」は、「血の日曜日事件」として知られる発砲事件を題材にした交響詩的交響曲とされている。当時、ロシアは日本と戦争中だったのだが(日露戦争なのに戦場は中国という変な戦いでもあった)、血の日曜日事件とそれに対する民衆の反発により、ロシアは極東に力を割く余裕がなくなり、撤退決定で、日露戦争は日本の勝利ということになっている。

ショスタコーヴィチは、「ベートーヴェンの第九のような大作」になることを期待された交響曲第9番を、おちゃらけた調子の中規模の交響曲として発表してソビエト当局の顰蹙を買った。続く交響曲第10番は大作となり、好評だったが、スターリン時代の暗澹たる雰囲気を思わせる曲調が睨まれたりもした。そんなショスタコーヴィチが革命を賛美するメロディアスな交響曲第11番「1905年」を書いたことで、西側からは「ショスタコーヴィチはソビエト当局に屈した」などと言われた。当時のソ連では暗殺や粛正が日常茶飯事ということは西側ではそれほど知られていなかった。


今日のコンサートマスターは、崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏。今日は1階席2列目上手端での鑑賞。
 
交響曲第11番「1905年」の実演に接するのは3回目だが、過去2回はいずれも不思議な光景を目の当たりにしている。この曲は各楽章にタイトルが付けられており、第4楽章(最終楽章)のタイトルは「警鐘」だが、ラストで警鐘を鳴らすチューブラーベルズが、全力で演奏している他のパートに埋もれてほとんど聞き取れないのだ。特に最初に聴いた、ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラの演奏では、チューブラーベルズが思いっきり鳴らされているのは見えるのに、音がほとんど飛んでこないということでかなり異様な光景となった。モーツァルト以来の天才であり、作曲家としての才能は史上最高レベルと目されるショスタコーヴィチが、鳴らされているのが見えるのにほとんど聞こえない曲を書くなどという凡ミスを犯すはずもなく、「意図的にそうしている」と捉えるのが筋だろう。
録音では、ライブ収録も含めて鐘がよく聞こえるよう調整されているため、この「視覚的オーケストレーション」ともいえる不可思議な場面を確認出来るのは実演のみである。

1階席2列目上手端席での音であるが、音はクリアなものの、反響板がなく音が上に行ってしまうため、弦に浮遊感が出る一方でいつもよりも薄く感じる。管はよく聞こえるが、金管のちょっとしたミスもすぐにわかってしまうところがある。音楽を聴く上で良い席とは言えないだろう。またチューブラーベルズは舞台下手奥にあるため、今日の私の席からだと存在そのものが他の楽団員の陰になって見えない。

今日の井上は全編ノンタクトでの指揮である。

第1楽章の仄暗い響き。井上指揮の大阪フィルはヒンヤリとした音色を奏でる。夜明け前とされる部分であるが、第4楽章でこの部分が帰ってくるということと第2楽章で大量殺戮が描かれているということを考えると、より暗い何か、或いは「死に近いもの」が描かれている可能性がある。やがて革命歌が聞こえ、デモの行進が始まり、強烈で巨大なうねりとなる。この曲は切れ目なく演奏されるのだが、先に書いたとおり第2楽章では目に見えるかのように描写された一斉射撃のシーンがある。音による旋律の妨害はラストだけではない。ピッコロが悲鳴のような旋律を吹く部分で、他のパートが寄ってたかってピッコロの叫びを覆い隠そうとする場面がある。人々を蹂躙する巨大な権力が描かれているかのようだ。ピッコロと他の楽器の旋律がユニゾンになることでやっとピッコロ本来の鋭い音がクリアに聞こえるようになる。

今回のラストでの鐘は、弦の響きが薄かったということもあり、前2回よりはよく聞こえたが、井上がチューブラーベルズ奏者に指示したために「おそらく鳴ったのだろう」と思えた部分も2度ほどあった。ラストの響きでは、鐘の直接音は聞こえず、残響が他の楽器より長かったため余韻だけが伝わるという独特のものとなった。
本当に警鐘だとしたら誰が誰に向かって鳴らしているのか? 「ロマノフ王朝への警鐘」ということになっているが本当ではないだろう。聞こえないということは人々がそれに気づいていないということなのか、あるいは伝わる人にだけ伝わるということなのか。ソビエト当局へのおおっぴらに出来ない警鐘と取ることも可能だが、ショスタコーヴィチが西側に向けて、「ソビエトではものが言いたくても言えない」という状況を密かに伝えようとしたという解釈も可能であるように思う。また鐘というと弔いの鐘という連想が真っ先に来るのは世の東西を問わないのだが、当時のソ連では当局によって粛正された人を悼もうにもそうしたこと自体が許されなかった。「哀悼の意を示すことさえ出来ない」という状況を物語っているのだろか。
少なくとも、ソ連の現状を肯定した作品とは思えないことがわかる。第1楽章冒頭や第3楽章はメロディー的には哀歌やレクイエムそのものなのだが(第3楽章のタイトルは「イン・メモリアム」で血の日曜日事件に犠牲者への哀悼であることが示されてもいる)革命側の犠牲者ではなく、権力者によって粛正された人々を音楽で正面切って悼むことは出来なかったために別のストーリーへのミスリードが行われたとも捉えられる。


交響曲第12番「1917年」を生で聴くのは初めてである。こちらもロシア革命を描いた交響詩的交響曲とされているものであるが、その後にも交響曲第13番「バビ・ヤール」、交響曲第14番「死者の歌」、交響曲第15番などを書いたショスタコーヴィチが簡単にソビエト当局に阿ったとは思えず、この曲にも暗号が仕掛けられているように感じられる。
この曲はCDでも何度か聴いているし、井上が客演したNHK交響楽団の定期演奏会でこの曲が取り上げられた時の模様もEテレ「クラシック音楽館」で確認しているが、「今ひとつよくわからない」というのが本音であった。
だが実演では、「おそらくこういうことなのではないか」ということに気づく。堂々と始まり、皮相な凱歌が奏でられた後で、低弦がブラームスの交響曲第1番第4楽章の凱歌とオッフェンバックの「天国と地獄」を合わせたような妙な旋律を奏で始め、それがヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンに受け継がれていく。これはベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」、いわゆる第九の「歓喜の歌」の歌い継ぎと同じパターンである。またブラームスの交響曲第1番の凱歌の旋律は第九へのオマージュとして知られる。ということは、これは第九の「歓喜の歌」のカリカチュアということになるのではないか。そしてこの旋律は全編に渡って現れるのである。
交響曲第12番「1917年」は「ロシア革命」を題材にしている。必然的にソビエト連邦の成立に結びつく。第九の「歓喜の歌」でさりげなく示されたのは「万人平等という理想」である。ロシア革命とソ連成立、貴族制度の廃止でこの「万人平等」は世界で初めて成し遂げられた。だが訪れたのは楽園どころかとんでもない惨状であった。これでは「歓喜の歌」などは歌えず、「喜べない歌」「裏切られた理想の歌」しか歌えない。
メロディーに魅力がないため駄作ともされる交響曲第12番「1917年」であるが、あるいは意図的に理想の崩壊を描いた曲という側面がそうさせているのかも知れない。

井上のリードは力強く、大フィルから威力ある響きを引き出す。弦も管も重低音がしっかりと築かれており、抜群の迫力を生み出していた。
 
喝采に応える井上。「いくつになってもいたずら小僧」というイメージの井上であるが、シェフとしては最後のフェスティバルホールということで、感慨深げな表情や仕草も見せていた。

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