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2017年2月28日 (火)

これまでに観た映画より(89) ヒッチコック9「下宿人」

2017年2月23日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時からMOVIX京都で、ヒッチコック9「下宿人」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督初のスリラー映画としてとても有名な作品である。英国での封切りは1926年(日本の年号に直すと大正15年=昭和元年)。近衛秀麿と山田耕筰がNHK交響楽団の前身である新交響楽団(アマチュアオーケストラの新交響楽団とは別)を立ち上げたのがこの年である。
2階の部屋をうろつき回る下宿人(演じるのはアイヴァ・ノヴェロ)を下から捉えたカット(ノヴェロにガラス板の上を歩かせて撮影した)はよく知られている。

切り裂きジャックをモデルにした映画とされるが、マリー・ベロック・ロウデンスによる原作小説があり、ヒッチコック本人は、切り裂きジャックにインスパイアされた映画を作ろうという気持ちは薄かったといわれる。
なお、「霧のロンドンの物語」という副題がついているが、ヴィクトリア朝のロンドンというと枕詞のように「霧の」という形容詞がつく。だが、当時のロンドンが特に霧が発生しやすい街だったというわけではなく、その霧の正体は実は工場から出る煤煙だったということで人工的な現象だったわけである。

女性が断末魔の声を上げる映像でスタート。舞台はロンドン。毎週火曜日に金髪の巻き毛の女性が殺害されるという事件が続いている。遺体には「復讐者」と書かれたカードが必ず添えられていた。
目撃者の証言によると、犯人は顔の下半分をマフラーで覆った背の高い男だったという。モデルをしているデイジー(ジューン・トリップ)は金髪の巻き毛であるため、同僚に「用心しなくちゃね」などと語っている。
デイジーには恋人がいる。スコットランドヤードの刑事であるジョー(マルコム・キーン)である。ジョーがデイジーの実家に上がり込んで殺人事件の話をしている。仕草から見て、ジョーの方が一方的に惚れているようだ。
その時、デイジーの家をノックする男がいた。デイジーの実家では下宿人を募集しており、下宿を希望して来たのだ。男は背が高く、マフラーで顔の下半分を隠している。背後には霧が立ちこめ、バックライトも当たっていて、いかにも怪しそうである。男はデイジーを見ると興味を引かれたような目つきをする。
2階の下宿人用の部屋に案内された男は、そこにブロンドの女性の肖像画がいくつも掛かっているのを見て眉をひそめ、絵を取り替えるよう注文する。
火曜日の夜。男は密かに家を抜け出して表に出る。デイジーの母親(マリー・オールト)は男が出て行ったことに気づく。男は30分後に足音を潜めて帰ってきたのだが、その間にまたも金髪の女性が殺害されていた。デイジーの母親は男を怪しいとにらむ。


娯楽映画であるが、実験的要素を取り込んでおり、後に「ヒッチコック・シャドー」と呼ばれることになる長く不気味な影もすでに登場している。実はそのために配給側から「この映画は酷すぎる」と難癖を付けられてお蔵入りになりかけたそうである。当時はまだ映画には芸術的要素はお呼びでなかったことが窺える。
ヒッチコック映画ではお馴染みのヒッチコックのカメオ出演もこの映画から始まっているが、理由は遊び心からではなく、「エキストラが足りなかったため」監督本人も出る必要があったとされている。

サイレント映画ということで、俳優は表情豊かに演じている。「目は口ほどにものを言う」という諺通り、就中、目の表情が重要ということで、ギョロ目の演技も目立つ。今の映画であんな演技をしたら「大根」のレッテルが貼られるだろうが、当時はそうした演技のようが良しとされたのだろう。今の演技で重要なのは表情よりもセリフ回しの上手さで、いくら美男美女でもセリフが喋れなければお声は掛からないが、当時はセリフが録音出来ないので、見た目重視だった。トーキーの時代になり、見た目は良いがセリフの喋れない俳優が淘汰される様を描いた映画が「雨に唄えば」である。

サー・アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズを読むと、ブランデーを気付け薬代わりに飲ませるシーンがたびたび出てくるが、同じ対処法がこの映画でも見られる。

今回の音楽はアシッド・ジャズの大家であるニティン・ソーニーが新たに手掛けたものを使用し、ロンドン交響楽団が演奏している。とてもお洒落な音楽である。
「リング」では字幕によるセリフは余り出てこなかったのだが、「下宿人」はセリフが比較的多く、「リング」同様、劇団とっても便利の大野裕之が日本語訳を読み上げた。
1コマ1コマデジタル修正を行ったというだけあって、映像はかなり綺麗になっている。映像はモノクロであるがセピア色に染められたものとブルー系に染められたものの二種類があり効果的に用いられている。

「下宿人」を映画館で観ることなどないのだろなと思っていたが、幸運にしてその機会を得た。ありがたいことである。

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