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2017年2月の27件の記事

2017年2月28日 (火)

これまでに観た映画より(89) ヒッチコック9「下宿人」

2017年2月23日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時からMOVIX京都で、ヒッチコック9「下宿人」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督初のスリラー映画としてとても有名な作品である。英国での封切りは1926年(日本の年号に直すと大正15年=昭和元年)。近衛秀麿と山田耕筰がNHK交響楽団の前身である新交響楽団(アマチュアオーケストラの新交響楽団とは別)を立ち上げたのがこの年である。
2階の部屋をうろつき回る下宿人(演じるのはアイヴァ・ノヴェロ)を下から捉えたカット(ノヴェロにガラス板の上を歩かせて撮影した)はよく知られている。

切り裂きジャックをモデルにした映画とされるが、マリー・ベロック・ロウデンスによる原作小説があり、ヒッチコック本人は、切り裂きジャックにインスパイアされた映画を作ろうという気持ちは薄かったといわれる。
なお、「霧のロンドンの物語」という副題がついているが、ヴィクトリア朝のロンドンというと枕詞のように「霧の」という形容詞がつく。だが、当時のロンドンが特に霧が発生しやすい街だったというわけではなく、その霧の正体は実は工場から出る煤煙だったということで人工的な現象だったわけである。

女性が断末魔の声を上げる映像でスタート。舞台はロンドン。毎週火曜日に金髪の巻き毛の女性が殺害されるという事件が続いている。遺体には「復讐者」と書かれたカードが必ず添えられていた。
目撃者の証言によると、犯人は顔の下半分をマフラーで覆った背の高い男だったという。モデルをしているデイジー(ジューン・トリップ)は金髪の巻き毛であるため、同僚に「用心しなくちゃね」などと語っている。
デイジーには恋人がいる。スコットランドヤードの刑事であるジョー(マルコム・キーン)である。ジョーがデイジーの実家に上がり込んで殺人事件の話をしている。仕草から見て、ジョーの方が一方的に惚れているようだ。
その時、デイジーの家をノックする男がいた。デイジーの実家では下宿人を募集しており、下宿を希望して来たのだ。男は背が高く、マフラーで顔の下半分を隠している。背後には霧が立ちこめ、バックライトも当たっていて、いかにも怪しそうである。男はデイジーを見ると興味を引かれたような目つきをする。
2階の下宿人用の部屋に案内された男は、そこにブロンドの女性の肖像画がいくつも掛かっているのを見て眉をひそめ、絵を取り替えるよう注文する。
火曜日の夜。男は密かに家を抜け出して表に出る。デイジーの母親(マリー・オールト)は男が出て行ったことに気づく。男は30分後に足音を潜めて帰ってきたのだが、その間にまたも金髪の女性が殺害されていた。デイジーの母親は男を怪しいとにらむ。


娯楽映画であるが、実験的要素を取り込んでおり、後に「ヒッチコック・シャドー」と呼ばれることになる長く不気味な影もすでに登場している。実はそのために配給側から「この映画は酷すぎる」と難癖を付けられてお蔵入りになりかけたそうである。当時はまだ映画には芸術的要素はお呼びでなかったことが窺える。
ヒッチコック映画ではお馴染みのヒッチコックのカメオ出演もこの映画から始まっているが、理由は遊び心からではなく、「エキストラが足りなかったため」監督本人も出る必要があったとされている。

サイレント映画ということで、俳優は表情豊かに演じている。「目は口ほどにものを言う」という諺通り、就中、目の表情が重要ということで、ギョロ目の演技も目立つ。今の映画であんな演技をしたら「大根」のレッテルが貼られるだろうが、当時はそうした演技のようが良しとされたのだろう。今の演技で重要なのは表情よりもセリフ回しの上手さで、いくら美男美女でもセリフが喋れなければお声は掛からないが、当時はセリフが録音出来ないので、見た目重視だった。トーキーの時代になり、見た目は良いがセリフの喋れない俳優が淘汰される様を描いた映画が「雨に唄えば」である。

サー・アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズを読むと、ブランデーを気付け薬代わりに飲ませるシーンがたびたび出てくるが、同じ対処法がこの映画でも見られる。

今回の音楽はアシッド・ジャズの大家であるニティン・ソーニーが新たに手掛けたものを使用し、ロンドン交響楽団が演奏している。とてもお洒落な音楽である。
「リング」では字幕によるセリフは余り出てこなかったのだが、「下宿人」はセリフが比較的多く、「リング」同様、劇団とっても便利の大野裕之が日本語訳を読み上げた。
1コマ1コマデジタル修正を行ったというだけあって、映像はかなり綺麗になっている。映像はモノクロであるがセピア色に染められたものとブルー系に染められたものの二種類があり効果的に用いられている。

「下宿人」を映画館で観ることなどないのだろなと思っていたが、幸運にしてその機会を得た。ありがたいことである。

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2017年2月27日 (月)

これまでに観た映画より(88) ヒッチコック9「リング」

2017年2月19日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で午後5時からヒッチコック9「リング」を観る。ヒッチコックが唯一、自身でオリジナル原案とオリジナル脚本の両方を手掛けた映画である。
ヒッチコック9は、アルフレッド・ヒッチコックがイギリス時代に監督したサイレント映画全9作を最新修正デジタルリマスターによって上映するという企画。京都での上映が昨日から始まっており、この京都での上映がジャパン・プレミアになるという(京都のミュージカル劇団である劇団とっても便利代表格で日本チャップリン協会会長の大野裕之がディレクターとして協力しているため)。

ヒッチコックのサイレント映画というと、サスペンス映画である「下宿人」が有名だが、それ以外の作品は余り知られてはおらず、観る機会にも乏しい。
今回上演される「リング」は、「下宿人」の翌年である1927年に制作されたもの。日本の年号に直すと昭和2年。世界初のトーキー映画である「ジャズ・シンガー」がアメリカで公開された年でもある。
新たに作曲された映画音楽付き。時折出る英語の字幕は弁士というほどではないが、大野裕之がその日本語訳を読み上げる。

ヒッチコック映画というと、サスペンス・ミステリーのイメージがあるが、「リング」は恋愛を描いた映画である。日本ではこれまで上映されたことはないため、今日が日本初上映となる。
 
舞台はロンドン。遊園地では、様々なアトラクションがあるが(その中には黒人の道化をもてあそぶという人種差別そのもののコーナーもある)、ロブ・コービー(イアン・ハンター)はボクシングの興業小屋の切符売り場の女性・メイベル(リリアン・ホール=デイヴィス)を見初める。ボクシング小屋にはワン・ラウンド・ジャックという通称を持つ看板ボクサー、ジャック・サンダー(カール・ブリッソン)がいて、メイベルとジャックは恋人である。ロブは「どんな相手でもワンラウンドで倒す」と豪語しているジャックに勝負を挑むことになる。ボクシング小屋では、素人がボクサーに挑めるのだが、屈強に見える海兵も瞬く間にKOされてしまうなど、ボクサーは手強い。だが、ロブはあっさりとジャックに勝利。それもそのはず、ロブは実はプロボクシングのチャンピオンだったのだ。ファイトマネーでロブはメイベルに腕輪を贈る。そしてロブからのキスもメイベルは受け入れた。だがメイベルはやはり約束通りジャックと結婚。結婚式にはロブも出席する。
ロブに見込まれたジャックは次のボクシングの試合で勝利し、ロブのスパーリングの相手に採用される。だが、自分と結婚しているにも関わらずロブと睦まじそうにしているメイベルを見てジャックは嫉妬を覚えた。
その後も対戦を重ねてようやくプロボクサーの仲間入りを話したジャック。ロブのいる頂点までは遠かったが、徐々に頭角を現し……。

サイレント映画であり、元々音がないという前提で撮られた映画である。そのため、出演者達の演技は表情や仕草が大仰になりがちで、これは音がない分をなんとか他の部分で伝わりやすいようにと工夫した結果であると思われる。
ストーリー的には比較的単純な恋愛ものなのであるが、ラストに向かって行く過程は予想は出来ていても引き込まれるものがある。

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2017年2月26日 (日)

楽興の時(14) 「テラの音 冬のクラシックコンサート」2017

2017年2月16日 京都市北区の真宗大谷派 唯明寺にて

午後7時から大徳寺の東にある真宗大谷派 唯明寺(ゆいみょうじ)で、「テラの音(ね) 冬のクラシックコンサート」を聴く。寺院の場合、神社と違って気軽に入れる施設の方が少ないということもあり(拝殿の前で参拝を終える神社と違って、寺院は建物の中に入らないとお参りも礼拝も出来ないということでセキュリティの問題もある)、普段は檀家しか入れない本堂の中に入れるのも「テラの音」の魅力である。

    
真宗大谷派 唯明寺は現在の住職である亀田晃巖(かめだ・こうがん)のお祖父さんが説法の名手であり、お祖父さんのファンが説法を聴くためのお堂が欲しいというので、80年前に建立した寺院だという。それまではお祖父さんは他の寺院の住職をしていたようだ。亀田晃巖も子供の頃は説法が好きではなかったのだが、今では落語のルーツとされる「節談(ふしだん)説教」に取り組んでおり、私も真宗大谷派岡崎別院で亀田の「節談説教」を聴いたことがある。

コンサートの前に亀田住職のお話。話し好きの人なので、どうしても挨拶や話が長くなってしまう。80年前は北大路から北は全面畑だったそうで、大宮通が北大路通から北に延びて新大宮通が開通し、街が出来ていく過程と唯明寺の歴史は重なっているそうだ。

「テラの音」は出演者はノーギャラだが、開催寺院のために「お志」を頂戴する。お志を投げ入れるための籠を亀田が動かして、その際にキーボードの前に置かれた譜面台が倒れてしまうというアクシデントがあった。

亀田住職は、「喋りすぎたし司会の人はカンカンなんちゃうか」と言って挨拶を終える。ちなみに司会といっても最初と最後に挨拶をするだけの人なのだが、唯明寺の檀家の代表さんで、実は立命館小学校の校長先生という「お偉いさん」だそうである。亀田は「お偉いさんをこき使ってまんねん」と冗談を言う。


今日はソプラノ歌手の加治屋菜美子、「テラの音」企画担当のヴァイオリニスト・牧野貴佐栄、ピアノの山口日向子の3人によるコンサート。
加治屋と牧野は共に同志社女子大学音楽学科の出身。また山口日向子は牧野貴佐栄の名古屋市立菊里高校音楽科時代の同級生だそうである。山口は菊里高校卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学。同大学院音楽研究科修士課程器楽専攻修了。同大学院在学中に渡独してマンハイム音楽大学大学院を満点の成績で修了している。イタリアの第15回ロケッタ市国際音楽コンクールで第1位獲得。ロータリークラブ賞も受賞している。これもイタリアで行われた第23回イブラ国際音楽コンクールでは優秀賞とリスト特別賞を受けている。


今日はピアノはないので、ローランドのキーボードで代用する。
曲目は、第1部が、ヴェルディの「椿姫」から“乾杯の歌”、プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」より“ねえ私のお父さん”、ショパンの前奏曲第7番、ヴィヴァルディの協奏曲「四季」から“冬”第2楽章、鈴木鎮一編曲による「キラキラ星変奏曲」、ヨハン・シュトラウスⅠ世「ラデツキー行進曲」、イタリア民謡「オーソレ・ミーオ」。第2部が、中田章の「早春賦」、冬の歌メドレー(「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」、「スキーの歌」)、宮沢賢治作曲・林光の伴奏編曲による「星めぐりの歌」、金子みすゞの詩に石若雅弥が曲をつけた「わたしと小鳥とすずと」、小椋佳作詞・作曲の「愛燦燦」、永六輔作詞・いずみたく作曲の「見上げてごらん夜の星を」

「テラの音」企画者である牧野貴佐栄がマイクを手にトークを行うが、「乾杯の歌」が含まれているオペラのタイトルが浮かんで来なかったり、「ねえ私の父さん」の歌詞に出てくる川の名前を「ヴェッキオ川」と言ったり(ヴェッキオは橋=ポンテの名前。下を流れるのはアルノ川である)、3曲目はショパンの前奏曲第7番なのに、「続いてヴァイオリンの曲をお聴き頂きたいと思います」と言ってしまったりと、板についた感じがしない。

お寺の本堂ということで、音響がプラスに働くということは余りない。加治屋菜美子のソプラノも細く聞こえてしまうが、会場が音楽用の場所ではないため仕方ないだろう。

ショパンの前奏曲第7番。「太田胃散」のCM曲として知られている曲である。山口日向子は、「ある胃腸薬のコマーシャルで使われています」と話してから演奏。聴衆から笑いが起こった。
ちなみに、この曲のラスト近くには、手がかなり大きくないと弾けない和音があり、普通はアルペジオで処理するのだが、山口は音を抜くことで対処したようだ。


スズキメソッドの鈴木鎮一の編曲による「キラキラ星変奏曲」。ヴァイオリンとピアノのための編曲である。モーツァルトが作曲したピアノのための「キラキラ星変奏曲」の編曲。
牧野貴佐栄は、「キラキラ星」を「モーツァルトの作曲」と語ったが、これは間違いで、「キラキラ星」はフランス民謡で作者不詳である。
牧野はヴィオラよりもヴァイオリンの方がやはり合っていると思うが、ハスキーな音色を出したり、音程が上ずったりという難点がある。リハーサルの時間も十分に取れるわけではないので、仕方ないといえば仕方ないのかも知れないが。


ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートの掉尾を飾る曲として知られる、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。聴衆も手拍子を入れながら音楽を楽しんだ。

第1部最後の曲は、イタリア民謡「オーソレ・ミーオ」。牧野が、「イタリアの恰幅の良い歌手が歌っているようなイメージがありますが」と語るが、そうしたイメージを作り出したのはおそらくルチアーノ・パヴァロッティだろう。パバロッティは「オーソレ・ミーオ」を十八番としていた。
女声による「オーソレ・ミーオ」は男声による同曲歌唱とは異なる。男声歌手が歌うと、「朗らかな情熱の響き」がするのだが、女声歌手が歌うとどことなく寂しそうだ。歌詞自体が女性が歌うようなものではないということも影響しているだろう。
山口が弾いた「ハバネラ」のリズムを強調した伴奏は面白い。


第2部の第1曲は「早春賦」。加治屋がマイクを手に、「今の季節のピッタリ」として選んだことを語ったのだが、第3番の歌詞では「恋への憧れ」という解釈で歌ったのでそれを意識して欲しいと予め述べる。会場が会場だけに不利だが、伸びやかな声は楽しめる。

冬の歌メドレーでは、「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」、「スキーの歌」の4曲が歌われる。加治屋が、「皆さんも歌って下さい」と言うので、「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」は私も含めて多くの人が口ずさんだが、「スキーの歌」は聴いたことはあってもよく知らないでの歌えない。他の人も同様のようで、「スキーの歌」に入った途端に歌声が止んだ。日本においてフランス音楽の影響を受けた最初期の作曲家である橋本國彦作曲の「スキーの歌」は、おそらく雪国の小学校では教えられているのだろうが、私のように千葉県というスキー場皆無(湾岸スキーヤーと称した「ららぽーとスキードーム」などはあったが)の場所ではまず歌われないだろう。


宮沢賢治作詞・作曲の「星めぐりの歌」。CMでも用いられたことがあり、東北出身の歌手などもこの曲をよく取り上げている。宮沢賢治は、チェロやオルガンが弾けたため、譜面も読めるし、メロディーを作ることも難しくはなかったと思われるが、詞とメロディーだけは作ったものの、伴奏を作曲していないという。武満徹のように「歌い手に任せるために敢えて伴奏を書かなかった」ケースもあるが宮沢賢治は音楽の専門家ではないため、対位法などには通じておらず、伴奏を作曲するだけの技能を持ち合わせていなかったということだと思われる。
今日は、現代音楽の作曲家としては平易な楽曲を多く書いたことで知られる林光作曲の伴奏による演奏。細かなピアノの粒立ちが星々の煌めきを表現しているかのようだ。


金子みすゞの詩「わたしと小鳥とすずと」に石若雅弥がメロディーをつけた楽曲。実は、金子みすゞの童謡にメロディーをつけた作品はとても多い。だが、どれも金子みすゞの言葉に音楽が負けてしまい、「これは」と言った楽曲は生まれていないというのが現状である。そもそも金子みすゞの童謡は読んでこそ魅力が味わえれというもので、音楽に向いていないとも思える。
石若雅弥がメロディーをつけた「わたしと小鳥とすず」も、作品自体が持つ「静謐さ」を音楽は破らざるを得ないため、「悪くはないんだけど」という印象にとどまる。


「愛燦燦」。小椋佳の作詞・作曲で、美空ひばりの歌唱でも知られている。加治屋がこの曲を知ったのは美空ひばりバージョンでも小椋佳バージョンでもなく、美空ひばりの歌真似をしている青木隆治の映像で見て引き込まれたのだという。
「クラシックの歌手が『愛燦燦』を歌うとどうなるか」ということだったが、クラシックの歌唱法は整いすぎて、この曲が持つ良い意味での素朴さを消してしまうように聞こえた。


「見上げてごらん夜の星を」。永六輔作詞・いずみたく作曲、坂本九歌唱による作品である。唯明寺住職の亀田晃巖によると、永六輔は小沢昭一と共に唯明寺に来たことがあるそうである。
この曲はヴァイオリンとピアノの伴奏、ソプラノの独唱にとてもよく合っているように感じた。


アンコールは、「蛍の光」もメロディーを取り入れた歌曲「空より高く」。前半はオリジナルメロディーだが後半「蛍の光」の旋律が挿入されている。

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2017年2月25日 (土)

観劇感想精選(200) 中谷美紀&神野三鈴二人芝居「メアリー・ステュアート」

2015年7月11日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後7時から梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、パルコ・プロデュース公演「メアリー・ステュアート」を観る。中谷美紀と神野三鈴による二人芝居。作:ダーチャ・マライーニ(フリードリヒ・シラー作『メアリー・ステュワート』の自由な翻案)、テキスト日本語訳:望月紀子、演出:マックス・ウェブスター。リュート演奏:久野幹史/笠原雅仁。音楽監督:辻康介。衣装デザイン:ワダエミ。

数奇な運命を辿ったスコットランド女王メアリー・ステュアートの主に後半生を女優二人のみで演じるという舞台である。作者のダーチャ・マライーニはフィレンツェ生まれだが幼少期の7年間を日本で過ごしているという。父母がイタリアのファシスト党を支持していなかったために敵性外国人と見なされ、最後の2年間は名古屋の強制収容所で暮らした。46年にイタリアに帰国。25歳で小説家としてデビューし、フェミニズムの立場から積極的に社会活動にも参加し、「怒れる女」という異名も取っているという。

今回が3度目の舞台となる中谷美紀。初舞台「猟銃」でも、2度目の舞台となる「ロスト・イン・ヨンカーズ」でも圧倒的な演技を披露し、私が生で演技を観たことのある舞台俳優の中では迷うことなくナンバーワンに挙げたい天才女優である。今回も役作りのためにスコットランドを旅して回ったとのこと。

中谷美紀の演技を受けて立つのは、いつの間にかベテラン女優の領域に達した神野三鈴。新劇から小演劇まで幅広く演じてきた女優である。彼女も役作りのためイングランドまで行ったらしい。

中谷も神野も数役を演じる。基本は中谷はメアリー・ステュアート、神野がエリザベス女王(エリザベスⅠ世)であるが、中谷はメアリーを演じている時には神野はメアリーの乳母であるエリザベス・ケネディを演じ、神野がエリザベス女王を演じている時には中谷が侍女のナニーに扮する。いずれも気位の高いメアリー・ステュアートとエリザベス女王に対し、ナニーとケネディはどちらかというと気弱であり、二人の女優が正反対の女性を交互に演じることになる。二人は男性の役も声のみで演じ、また中谷美紀はレティス・ノールズという女性も演じる。

メアリー・ステュアートとエリザベス女王、更にその周囲の関係はかなり込み入っている。イギリスがまだU.K.ではなく、イングランドとスコットランドとに分裂していた時代の話である。メアリー・ステュアートとエリザベス女王は従姉妹に当たる(正確には更に遠い血縁である)。ヘンリーⅦ世がエリザベス女王の祖父であり、メアリー・ステュアートの曾祖父になる。ヘンリーⅦ世は娘をスコットランド王室に送り込み、ジェームズⅣ世と結婚させる。ジェームズⅣ世の息子であるジェームズⅤ世がメアリー・ステュアートの父親である。またヘンリーⅦ世の後を継いてイングランド王となったヘンリーⅧ世の娘がエリザベス女王である。

メアリー・ステュアートは生後6日でスコットランド女王として即位するが、その後イングランドとスコットランドの争乱から逃れるためにフランスに渡り、スコットランド女王であり続けながらフランス王妃にもなっている。フランス王フランソワⅡ世と結婚したメアリーであるが、病弱なフランソワは若くして亡くなり、メアリーもスコットランドに戻る。グレートブリテン島内はプロテスタントとカトリックの間で争いが起きていた。イングランド領内はプロテスタントが、スコットランドではカトリックが優勢であり、メアリーは一貫してカトリックの信仰を続けた。エリザベス女王はイングランドとスコットランド統合のためにレスター卿ロバート・ダドリーとメアリー・ステュワートとの結婚を画策するも上手くいかなかった。
その後も、アン・ブーリンが殺害されてエリザベスは庶子扱いとなってため、血筋の上ではメアリー・ステュアートの方が上であり、エリザベス女王の悩みの種となっていた。

中谷演じるメアリー・ステュアートも、神野演じるエリザベス女王も芯の強い女性であるが、メアリー・ステュアートの方がどちらからというとスマートで色恋も多いのに対し、エリザベス女王は石頭という印象を受ける。またメアリーが「お世辞は嫌い」と言い切るのに対して、エリザベスはアメリカでの黒人の扱いを美辞麗句で飾ることに腐心しており、好対照である。メアリーにとっては取り繕わないのが正義であるが、エリザベスはいかに上手く取り繕うかが国家運営のためには大事だと思っている節がある。

舞台後方は鏡張りになっており、かなり効果的に使われる。特にメアリー・ステュワートの裁判シーンの手法は鮮やかだ。セットは比較的簡素であり、テーブルに椅子、いくつかの木の箱などが置かれているだけである。

イングランド国内で軟禁生活を送っているメアリー・ステュアート。国内統治のためにはメアリーを処刑した方がいいのだが、エリザベスは処刑の話をするナニーに、「王の首が跳べば、民衆は王の首を刎ねても良いのだと思って次は自分の首を狙う」と話す。このように、中谷美紀演じるナニーが中谷美紀演じるメアリーを追い込むセリフが幾つかあり、鏡に映ったような転倒が見て取れる。「シンメトリーの鏡」という言葉もセリフの中に登場する。メアリーはある意味自滅した女性であるため、こうした手法は効果的である。

メアリーはこれまでの人生や自分を巡る男達についてケネディに語る。音楽家のダヴィッド・リッチョ暗殺の場面では狂乱の場も用意されており、中谷美紀の見せ場である。ヘンリー・ダーンリーの子を身籠もった時は、破水から出産に至るまでも演技と語りで表現される。ヘンリー・ダーンリーとメアリー・ステュアートの間に生まれたジェームズⅥ世が後にスコットランド王からイングランド王ジェームズⅠ世になり、ブリテン統一が果たされるのである。
ちなみにエリザベス女王の命令で無理矢理結婚させられそうになったレスター卿ロバート・ダドリーに対してはメアリーは一貫して冷たい。メアリーは命令されるのが嫌いな女なのだ。これに対してやはり中谷が演じるエリザベス女王の侍女ナニーは命令されるのが大好きであり、余りに素直すぎるのでエリザベスに怒られたりする。一方で、エリザベスは自分に無断でレスター卿ロバート・ダドリーと結婚した若いレティス・ノールズ(中谷美紀)をたしなめたりもする(レスター卿ロバート・ダドリーとエリザベス女王は恋仲だったという説がある。このシーンではレティスとエリザベスのシーンでは女性の方が喜びそうなことも行われる)。このレティス・ノールズは自らの意思に忠実という、ある意味自立した理想的な女性像として特別に登場している節がある。

大英帝国の礎を築いたエリザベスも自立した強い女性であるが、一国の君主であることのくびきからは逃れることが出来ない。人々はエリザベスに皇太子を生むことを求める。
 

基本的にスリリングでタイトな心理劇であるが、途中でロバート・ダドリーを「豚」とおちょくるユーモラスな歌が用意されており、中谷と神野の二人がマイクを手に歌う。アイドルグループ出身であり、坂本龍一のプロデュースでヒット曲も生んでいる中谷と、音楽劇などにも多数出演している神野は二人とも歌がかなり上手であった。ちなみに「豚」はイケメンだったらしい。

「イギリスと結婚した」として生涯独身だったエリザベス女王と、何人もの男性と付き合いイングランド王を生んだメアリー・ステュアート。メアリーの子がイングランド王室を継いだ(ステュアート朝)ということを思えば、U.K.はエリザベスとメアリーの共作ということにもなるだろう。劇中ではメアリーがエリザベスに向けた手紙で「わたしたちのいずれかが男であったなら」という手紙を読み上げるシーンがあり、もっと直接的な共作の夢が語られている。

メアリー・ステュアートとエリザベスⅠ世は、手紙のやり取りは頻繁に行っていたが、実際に会ったことはないそうである。だが、この舞台「メアリー・ステュアート」では夢の中でエリザベスとメアリーが出会う場面がある。その時のメアリーを演じる中谷は急に愛らしい女性へと変身。流石の演技力を見せる。

構造自体は歴史的背景もあって複雑であり、かなり巧みに出来ている。そのためイギリスの歴史のグチャグチャさに呆れることにもなるのだが、中谷も神野も別の女性へと一瞬で、それも自然にチェンジしているため、二人の演技力を存分に楽しめる公演になっている。

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2017年2月24日 (金)

史の流れに(2) 「大関ヶ原展」

2015年7月5日 京都文化博物館にて

三条高倉にある京都文化博物館で「大関ヶ原展」を観る。徳川家康公没後400年を記念した特別展示である。「大関ヶ原展」はまず東京都江戸東京博物館で春から行われ、夏には京都で、更には秋に福岡市博物館で展示が行われる。

1600年に起こった関ヶ原の戦いと、その前哨戦にまつわる史料や絵画、武具や鎧が展示されている。

関ヶ原の戦いを描いた絵巻物や合戦図屏風は複数ある。基本的に関ヶ原の戦いからかなりの年月が経ってから描かれたものなので、正確性は微妙と言わざるを得ないのだが、画としては面白く、絵巻物は関ヶ原の戦いに至るまでの過程がわかりやすくなっている。ちなみに、赤色の鎧を着た「赤備え」は甲斐武田氏に始まり、甲斐武田氏本流滅亡後は、武田氏を織田信長と組んで滅ぼした徳川家康の家臣で徳川四天王の一人、井伊直政に受け継がれたということが知られている。今年(2015年)は大阪の陣400年の記念年でもあるが、豊臣方についた真田信繁(幸村)も武田の遺臣ということで赤備えを用いている。
だが、徳川四天王の一人である榊原康政も赤い鎧を着ていたようで、赤い鎧を着ること自体は決して珍しいものではなかったようだ。石田方に付くも東軍に寝返った脇坂安治(京都市伏見区の中書島の語源を生んだ人)も赤い旗を使っており、鎧も赤だった可能性は高い。

石田三成というと、「大一大万大吉」という言葉が紋として知られているが、あれは正式には家紋ではない。石田三成の家紋は実は不明である。寺の小僧から出世した身であり、元々家紋を持っていなかったのかも知れない。ただ、秀吉から家紋は授かったはずであり、家紋は間違いなくあったはずだが、逆臣であったためか記録には残っていない。

家康を怒らせたという直江兼続の通称「直江状」も展示されている。織豊時代の文字は幕末の頃の文字よりも更に崩れており、専門家でないと解読不可能と断言できるほどのものである。他の文書には専門家でも文字が解読出来ず、□(四角形)で飛ばされているものも存在する。

石田三成を始めとする五奉行の内4人(長束正家、増田長盛、前田玄以)は全員、家康の奢った態度に怒りを覚えていたようで、特に「内府ちがいの条々」(内府とは内大臣のことで、当時、内大臣の地位にあった徳川家康を指す)では、豊臣氏への挑発行為を咎めた罪奸状となっている。おそらく一番頭に来たのは、家康が大坂城の西の丸に、秀吉が本丸に建てた天守と同規模の天守を建て、西の丸を本拠地として城主のように振る舞ったことだと思われる。また、秀吉が築いた名城・伏見城を勝手に居城としていることも面白くなかったようだ。

家康の罪奸状を発した三成らは、諸大名に文を送っている。そして、大坂城下の屋敷で過ごしてた大名の妻子を大坂城内へと入れて人質に取る作戦に出る。ただ、明智光秀の娘で、玉こと細川ガラシャ夫人はこれを拒否して死を選ぶ。細川ガラシャが信じていたキリスト教では自殺は罪とされているため(仏教や神道では必ずしも自殺が罪になるとは限らないため、日本では自殺の美徳が生まれた)、家来に命じて胸を槍で貫かせ、一応は他殺という形で死を遂げている。文字に「細川」の文字が見られ、胸を突かせて亡くなるところが描かれているのが細川ガラシャ夫人であると思われるのだが、案内には何も書かれていない。

織豊時代においては、お家全てが取りつぶされることのないよう、親子や兄弟で敵同士となることも多かった。負けた側についていた者は死亡するが、勝った側にも血を分けた者がいれば家自体は存続する。徳川秀忠を信濃・上田で足止めにした真田昌幸とその子・信繁(幸村の名で知られる。真田家の当代の子孫の方によると「名前は信繁。幸村は大坂入城後に名乗った」としているようで、大坂入城後に信繁自身が名を変えたのか、後世の創作によって幸村という名前が生まれたのかまでは把握出来ていないとのことである)は西軍に付いたが、信繁の兄である信之(信幸)は東軍に味方している。
吉川広家が寝返ったのも「西軍が戦に敗れても自分が東軍に味方しておけば、西軍の総大将である毛利輝元は助かるだろう」という計算があったためである。石田三成と徳川家康の大将として器を比べれば、地形的に有利であっても西軍が不利であることはわかったはずである。

石田三成は丹後田辺城にいる細川藤孝(幽斎)に味方に付くよう迫るのだが、幽斎は言うことを聞かず、田辺城での籠城戦を始めてしまったため西軍の1万5000人の兵が釘付けとなってしまい、関ヶ原での西軍の数が足りないという結果を招来する。本来は西軍の総大将になるはずだった毛利輝元は「大坂城内に裏切り者がいる」という情報を受け、真偽は定かではないものの大坂城を離れられなくなってしまう(史料には裏切り者として片桐且元らの名前が挙がっている。片桐且元は豊臣家の重臣として大坂冬の陣までは豊臣に忠義を尽くしたが、冬の陣の和睦工作の際に淀殿から「裏切り者」呼ばわりされて城を追い出され、夏の陣では逆に徳川方として大坂城を攻めている)。そこで兵だけ送ろうとしたのだが、今度はそれまで中立の立場を取っていた大津城主の京極高次が突然、徳川方に付き、大津城攻めで足止めをくらい、西軍は関ヶ原で戦う兵士を減らした。一方、東軍も有名な徳川秀忠の遅参などがあり、顔が揃ったというわけでもなかった(現在では秀忠の役目は専ら上田城攻略であり、遅参というわけではなかったという説が有力になっている)。

西軍が東征。まず家康の居城である伏見城を攻める。指月に造られた伏見城は隠居所の居館であったが、慶長の大地震で倒壊後、秀吉は少し離れた木幡山に難攻不落の新たな伏見城を築城する。伏見城の縄張り図も展示されているが、本当にこの通りなのかどうかはわかっていない。ただ東からも西からも攻めにくく、北は東山連峰が連なっているので、攻めるのに時間が掛かる。南方に広がるのは巨椋池であるが、伏見城の大手は南にあり、巨椋池に土橋として掛けられた太閤堤と呼ばれる狭い道を進むしかない。太閤堤の幅はかなり狭かったようであり、進軍中に伏見城の支城である向島城から鉄砲で狙い打ちされたらひとたまりもない。流石は築城の名手・豊臣秀吉の最高傑作である。
結果、西軍は、伏見城に留守居役として残された鳥居元忠の1800騎に対して4万の兵で挑みかかるが、落城まで10日以上を費やし、その間に徳川方に西に戻る余裕を与えてしまう。伏見城の堅固さは三成も熟知していたはずであるが、攻め落とすのにどれほどの時間が掛かるのか計算しきれていなかったようである。三成はあくまで有能な官僚であり、武人ではない。優れた武人だったら伏見城の戦いの最中か終わった後で、「何かおかしいのではないか」と思うはずだが、残念ながら三成は見抜けなかったようである。

大津城の絵図面もある。これも正確なのかどうかわからない。大津城は捕らえられた石田三成、小西行長、安国寺恵瓊の三人が徳川方の武将と対面した場所であるが、その後に廃城となっている。現在の京阪浜大津駅付近に大津城はあったのだが、その北の埋め立て地に現在の大津港があることからもわかるように、琵琶湖を利用した湖上交通の要衝にあり、物資の輸送など経済的な理由で建てられた城であるため、元々戦には向いていなかったのだが、城内が西の長等山からの砲撃射程距離にあったことで、実戦に耐え得ないとして廃された。代わりに近江国内には膳所城と彦根城という二つの名城が築かれた(日本一美しい城といわれた膳所城は明治維新により廃城)。

関ヶ原の戦いというのは妙な戦であり、どちらも敵軍の大将が憎いという理由で味方になった武将が多い。そして、西軍には島津義弘などもいたが、島津義弘は最初は東軍に付いて、鳥居元忠と共に伏見城を守る予定であったが、連絡不行き届き(ということになっている)で鳥居元忠から入城を拒否されたため、成り行きで西軍に付いており、戦意は低かった。西軍の中で本当に戦意があったのは石田三成と島左近を始めとするその家来、宇喜多秀家、小西行長、大谷吉継ぐらいであり、他の武将は積極的に戦おうとはしなかった。大谷吉継は松尾山の下にいたが、本来なら宇喜多秀家の横に並んで福島正則らと戦っているはずの武将が松尾山の下にいて小競り合いをしている。つまり、石田三成も大谷吉継も松尾山山頂という一等地に陣取った小早川秀秋はすでに東軍に寝返っている可能性が高いと気付いており、大谷吉継は三成から「小早川が攻めてきたら防いでくれ」と頼まれていたのであろう。

関ヶ原の戦いの様子をCGで再現された映像があり、島津義弘が一人取り残されて強引に中央突破を図り、成功させたということになっている。ただ、東軍は総大将である徳川家康も含めてどんどん西に進み、最後は笹尾山の三成を追い詰めるために北上している。つまり、正面突破とはいえ、家康もすでに北に向かってしまった戦終盤では島津義弘の前にいた敵は思ったよりも少なかったと思える。本多忠勝も普通に考えれば北上して徳川家康の背後を突かれないような布陣に変えていたはずで、現実的に考えると島津軍が最も生き残りやすいのが敵軍手薄な関ヶ原の南側を正面突破することだったとも思われる。勿論、側面から本多忠勝らの攻撃を受けるとあやうく、実際に多くの将兵が討ち死にしたが、島津義弘が一番南に来るような編成で駆け抜ければ主君である島津義弘の命が助かる可能性は高い。

戦場に総大将である自分が行けないまま敗れた毛利輝元。当初は改易のはずであったが、吉川広家が「自分に与えられる長門国と周防国を毛利家に与え、自身は岩国で分家となりたい」という願いが聞き入れられ、中国地方一帯を領地とする112万石の大大名から、防長二州37万石の中大名への格下げとされ、居城も山陰の僻地である萩にしか認められなかったが毛利氏は存続した。

そんな毛利氏関連の展示であるが、二種類の旗が目を引く。一つは五七桐の入った旗、もう一つは「一文字三つ星」の毛利氏の家紋の上に「伊勢大神宮」「八幡大菩薩」という二つの文字が縦に入った旗である。

展示数には満足であったが、関ヶ原の戦いに関しては実際に関ヶ原に行ってみないとわからないこともある。私も4年前に実際に関ヶ原に行って、レンタサイクルで回るまでは、関ヶ原がかなりの急勾配であることを知らなかった。西から東の下りは一度もペダルを踏むことなく目的地に着けてしまい、東から西の上りは急すぎてペダルを漕ぐことが出来ず、仕方なく降りて自転車を押しながら歩いたりもした。実はこの急勾配こそが家康が三成を関ヶ原におびき出す罠だったのかも知れない。三成も「関ヶ原なら西に陣した者が圧倒的に有利」と思っただろう。家康が野戦を得意としていることは当然知っていたと思われるが、地の利が逆に三成に油断を与えてしまったようである。

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2017年2月23日 (木)

コンサートの記(277) 井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第505回定期演奏会

2017年2月18日 大阪・中之島のフェスティバルにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第505回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィル首席指揮者の井上道義。井上は今年の3月一杯をもって、大フィルの首席指揮者を離任するため、首席指揮者として大阪で大フィルを指揮するのは今日が最後となる。暗黙の了解として関東でも関西でも、その地域のオーケストラのシェフを引き受けた場合は、同一地区にある他のオーケストラに客演は出来ないのだが、井上は早くも今年中に京都市交響楽団への客演復帰が決まっている。

井上の十八番であるショスタコーヴィチの交響曲が2曲並ぶという大重量プログラム。いずれも革命を題材にしたとされる交響曲第11番「1905年」と第12番「1917年」である。

交響曲第11番「1905年」は、「血の日曜日事件」として知られる発砲事件を題材にした交響詩的交響曲とされている。当時、ロシアは日本と戦争中だったのだが(日露戦争なのに戦場は中国という変な戦いでもあった)、血の日曜日事件とそれに対する民衆の反発により、ロシアは極東に力を割く余裕がなくなり、撤退決定で、日露戦争は日本の勝利ということになっている。

ショスタコーヴィチは、「ベートーヴェンの第九のような大作」になることを期待された交響曲第9番を、おちゃらけた調子の中規模の交響曲として発表してソビエト当局の顰蹙を買った。続く交響曲第10番は大作となり、好評だったが、スターリン時代の暗澹たる雰囲気を思わせる曲調が睨まれたりもした。そんなショスタコーヴィチが革命を賛美するメロディアスな交響曲第11番「1905年」を書いたことで、西側からは「ショスタコーヴィチはソビエト当局に屈した」などと言われた。当時のソ連では暗殺や粛正が日常茶飯事ということは西側ではそれほど知られていなかった。


今日のコンサートマスターは、崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏。今日は1階席2列目上手端での鑑賞。
 
交響曲第11番「1905年」の実演に接するのは3回目だが、過去2回はいずれも不思議な光景を目の当たりにしている。この曲は各楽章にタイトルが付けられており、第4楽章(最終楽章)のタイトルは「警鐘」だが、ラストで警鐘を鳴らすチューブラーベルズが、全力で演奏している他のパートに埋もれてほとんど聞き取れないのだ。特に最初に聴いた、ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラの演奏では、チューブラーベルズが思いっきり鳴らされているのは見えるのに、音がほとんど飛んでこないということでかなり異様な光景となった。モーツァルト以来の天才であり、作曲家としての才能は史上最高レベルと目されるショスタコーヴィチが、鳴らされているのが見えるのにほとんど聞こえない曲を書くなどという凡ミスを犯すはずもなく、「意図的にそうしている」と捉えるのが筋だろう。
録音では、ライブ収録も含めて鐘がよく聞こえるよう調整されているため、この「視覚的オーケストレーション」ともいえる不可思議な場面を確認出来るのは実演のみである。

1階席2列目上手端席での音であるが、音はクリアなものの、反響板がなく音が上に行ってしまうため、弦に浮遊感が出る一方でいつもよりも薄く感じる。管はよく聞こえるが、金管のちょっとしたミスもすぐにわかってしまうところがある。音楽を聴く上で良い席とは言えないだろう。またチューブラーベルズは舞台下手奥にあるため、今日の私の席からだと存在そのものが他の楽団員の陰になって見えない。

今日の井上は全編ノンタクトでの指揮である。

第1楽章の仄暗い響き。井上指揮の大阪フィルはヒンヤリとした音色を奏でる。夜明け前とされる部分であるが、第4楽章でこの部分が帰ってくるということと第2楽章で大量殺戮が描かれているということを考えると、より暗い何か、或いは「死に近いもの」が描かれている可能性がある。やがて革命歌が聞こえ、デモの行進が始まり、強烈で巨大なうねりとなる。この曲は切れ目なく演奏されるのだが、先に書いたとおり第2楽章では目に見えるかのように描写された一斉射撃のシーンがある。音による旋律の妨害はラストだけではない。ピッコロが悲鳴のような旋律を吹く部分で、他のパートが寄ってたかってピッコロの叫びを覆い隠そうとする場面がある。人々を蹂躙する巨大な権力が描かれているかのようだ。ピッコロと他の楽器の旋律がユニゾンになることでやっとピッコロ本来の鋭い音がクリアに聞こえるようになる。

今回のラストでの鐘は、弦の響きが薄かったということもあり、前2回よりはよく聞こえたが、井上がチューブラーベルズ奏者に指示したために「おそらく鳴ったのだろう」と思えた部分も2度ほどあった。ラストの響きでは、鐘の直接音は聞こえず、残響が他の楽器より長かったため余韻だけが伝わるという独特のものとなった。
本当に警鐘だとしたら誰が誰に向かって鳴らしているのか? 「ロマノフ王朝への警鐘」ということになっているが本当ではないだろう。聞こえないということは人々がそれに気づいていないということなのか、あるいは伝わる人にだけ伝わるということなのか。ソビエト当局へのおおっぴらに出来ない警鐘と取ることも可能だが、ショスタコーヴィチが西側に向けて、「ソビエトではものが言いたくても言えない」という状況を密かに伝えようとしたという解釈も可能であるように思う。また鐘というと弔いの鐘という連想が真っ先に来るのは世の東西を問わないのだが、当時のソ連では当局によって粛正された人を悼もうにもそうしたこと自体が許されなかった。「哀悼の意を示すことさえ出来ない」という状況を物語っているのだろか。
少なくとも、ソ連の現状を肯定した作品とは思えないことがわかる。第1楽章冒頭や第3楽章はメロディー的には哀歌やレクイエムそのものなのだが(第3楽章のタイトルは「イン・メモリアム」で血の日曜日事件に犠牲者への哀悼であることが示されてもいる)革命側の犠牲者ではなく、権力者によって粛正された人々を音楽で正面切って悼むことは出来なかったために別のストーリーへのミスリードが行われたとも捉えられる。


交響曲第12番「1917年」を生で聴くのは初めてである。こちらもロシア革命を描いた交響詩的交響曲とされているものであるが、その後にも交響曲第13番「バビ・ヤール」、交響曲第14番「死者の歌」、交響曲第15番などを書いたショスタコーヴィチが簡単にソビエト当局に阿ったとは思えず、この曲にも暗号が仕掛けられているように感じられる。
この曲はCDでも何度か聴いているし、井上が客演したNHK交響楽団の定期演奏会でこの曲が取り上げられた時の模様もEテレ「クラシック音楽館」で確認しているが、「今ひとつよくわからない」というのが本音であった。
だが実演では、「おそらくこういうことなのではないか」ということに気づく。堂々と始まり、皮相な凱歌が奏でられた後で、低弦がブラームスの交響曲第1番第4楽章の凱歌とオッフェンバックの「天国と地獄」を合わせたような妙な旋律を奏で始め、それがヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンに受け継がれていく。これはベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」、いわゆる第九の「歓喜の歌」の歌い継ぎと同じパターンである。またブラームスの交響曲第1番の凱歌の旋律は第九へのオマージュとして知られる。ということは、これは第九の「歓喜の歌」のカリカチュアということになるのではないか。そしてこの旋律は全編に渡って現れるのである。
交響曲第12番「1917年」は「ロシア革命」を題材にしている。必然的にソビエト連邦の成立に結びつく。第九の「歓喜の歌」でさりげなく示されたのは「万人平等という理想」である。ロシア革命とソ連成立、貴族制度の廃止でこの「万人平等」は世界で初めて成し遂げられた。だが訪れたのは楽園どころかとんでもない惨状であった。これでは「歓喜の歌」などは歌えず、「喜べない歌」「裏切られた理想の歌」しか歌えない。
メロディーに魅力がないため駄作ともされる交響曲第12番「1917年」であるが、あるいは意図的に理想の崩壊を描いた曲という側面がそうさせているのかも知れない。

井上のリードは力強く、大フィルから威力ある響きを引き出す。弦も管も重低音がしっかりと築かれており、抜群の迫力を生み出していた。
 
喝采に応える井上。「いくつになってもいたずら小僧」というイメージの井上であるが、シェフとしては最後のフェスティバルホールということで、感慨深げな表情や仕草も見せていた。

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2017年2月22日 (水)

さよならミスターS

現役の主要指揮者としては世界最長老であったスタニスラフ・スクロヴァチェフスキが死去。93歳であった。名前が長いため、ミスターSの愛称でも親しまれた。
1923年(日本の年号では大正12年。関東大震災のあった年である)、ポーランドのルヴフ(現在はウクライナ領)生まれ。
若い頃はピアニストを志していたが、第二次大戦中に手を負傷し、指揮者に転向する。指揮は同じくポーランド出身であったパウル・クレツキに師事した。
作曲家としても活動しており、自作自演盤もリリースされている。
 
アメリカのミネアポリス交響楽団(現・ミネソタ管弦楽団)の音楽監督として活躍。この時期にアメリカ国籍を得ている。
録音も行ったが、マーキュリーというマイナー・レーベルが主だったため、日本にまでは評判が伝わってこなかった。
状況が変わるのは1990年代に入ってからである。マーキュリー・レーベルのCDが国内盤としてもリリースされ、筋骨隆々としたフォルムと怒濤のようなエネルギー放射による演奏が一部で評判になる。
 
そしてスクロヴァチェフスキは、1996年にNHK交響楽団の定期演奏会に客演する。私も土曜日のマチネー公演で聴いた。メインはチャイコフスキーの交響曲第5番。
「ムラヴィンスキーもかくや」と思われる厳格にして力感溢れる演奏であり、終演後、客席が大いに沸いたのが思い出される。これが日本におけるスクロヴァチェフスキ・リバイバルの始まりであった。
その後もスクロヴァチェフスキはN響への客演を続け、2004年には京都コンサートホールでN響を指揮したコンサートも行っているが、その後は読売日本交響楽団に招かれて指揮する機会が増え、2007年から2010年まで読響の第8代常任指揮者を務め、その後は同楽団の桂冠名誉指揮者に就任していた。
 
廉価盤レーベルであるアルテ・ノヴァにザールブリュッケン放送交響楽団を指揮していれた「ブルックナー交響曲全集」が世界的な話題になり(その後、同全集はエームス・クラシックスに移管)、やはりザールブリュッケン放送交響楽団を指揮した「ベートーヴェン交響曲全集」もリリースした。21世紀に入ってからのスクロヴァチェフスキは演奏スタイルを変えており、兵庫県立芸術文化センター大ホールで聴いた、ザールブリュッケン放送交響楽団とのベートーヴェン交響曲第6番「田園」と交響曲第5番(スクロヴァチェフスキ指揮の第5を聴くのは3度目だった)でも強靱な構築感ではなく、内容の新規さで勝負しており、「ああ枯れたのか」と聴いていて悲しくなった。だが、スクロヴァチェフスキの凄いところはそこから更に体制を立て直して若い頃のようなスタイルへと再変貌を遂げたことにある。
 
読売日本交響楽団といれた最近のライブ録音では楽曲の新たな発見とともに高齢の指揮者とは思えないほどの瑞々しさで聴かせる演奏が展開されていた。

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2017年2月21日 (火)

コンサートの記(276) ゲヴァントハウス弦楽四重奏団来日演奏会2014京都

2014年11月7日 京都府立府民ホールALTIにて

午後7時から、京都府立府民ホールアルティで、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の来日演奏会を聴く。

ゲヴァントハウス弦楽四重奏団は、その名からもわかる通り、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーから成る弦楽四重奏団であり、1809年結成という世界最古の弦楽四重奏団とされる(当然ながらメンバーは入れ替わっている)。メンバーはいずれも首席奏者から選ばれるようだ。

現在のゲヴァントハウス弦楽四重奏団のメンバーは、コンラート・ズスケ(第2ヴァイオリン。苗字からも分かるとおり、カール・ズスケの息子である)、ユルンヤーコブ・ティム(チェロ)、フランク=ミヒャエル・エルベン(第1ヴァイオリン)、オラフ・ハルマン(ヴィオラ)。

曲目は、モーツァルトの弦楽四重奏曲第15番、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」。

アルティは、残響可動システムを導入しているが、天井が高いということもあって、弦楽四重奏曲を演奏するには余り向いていないように感じた。響かないのでどうしてもスケールが小さく感じられてしまう。

東ドイツであった時代から、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は渋い響きを出すといわれ、一部では「東ドイツはお金がないので安い楽器しか買えないためだ」などといわれたりもしたが、今日もゲヴァントハウス弦楽四重奏曲のメンバーは渋めの音を出しており、伝統的にこうした音を守り抜いてきたのだと思われる。

モーツァルトの弦楽四重奏曲第15番は、第1楽章の哀切な旋律が特徴。アルバン・ベルク・カルテットのCDで愛聴してきたが、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の音色はアルベン・ベルク・カルテットほどウエットではない。

メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番も悲哀に満ちた作風。メンデルスゾーンの姉であるファニーがなくなってから2ヶ月後に着手され、2ヶ月で完成。「ファニーへのレクイエム」となっている。
ゲヴァントハウス弦楽四重奏団も真摯な演奏で、自分達の大先輩であるメンデルスゾーンの音楽を歌い上げる。

モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」。第1楽章の冒頭で、調性が定まらないため「不協和音」というタイトルが付いた。今現在「不協和音」と聞いて思い浮かべるようなものではなく、「不安定な音楽だ」程度の感じなのだが、モーツァルトの生前は斬新な作品であったといわれる。

調性が安定してからはいかにもモーツァルトらしいチャーミングな音楽となり、ゲヴァントハウス弦楽四重奏団も格調の高い演奏を示した。

アンコールは2曲。

まず、ハイドンの弦楽四重奏曲第81番「ロプコヴィッツ四重奏曲」より第2楽章。たおやかな曲と演奏である。

そして最後はモーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」第1楽章・弦楽四重奏版。颯爽とした演奏であった。

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2017年2月20日 (月)

これまでに観た映画より(87) 「竜馬暗殺」

大分前に録画しておいた日本映画「竜馬暗殺」を観る。黒木和雄監督作品。1974年の映画である。脚本:清水邦夫&田辺泰志、音楽:松村禎三。出演:原田芳雄、石橋蓮司、松田優作、中川梨絵、桃井かおり、田村亮ほか。
16ミリモノクロ映像であり、トーキーであるが黒バックに白抜き文字で字幕が入るなど、活動写真を意識した作りになっている。

慶応三年十一月十三日から竜馬が暗殺される十一月十五日までの三日間を描くフィクション。

坂本竜馬(原田芳雄)が、近江屋の土蔵に移る場面から始まる。
中岡慎太郎(石橋蓮司)は、近江屋の娘の妙(桃井かおり)を寝取られた恨みから竜馬を斬ろうとしている。近江屋の土蔵に竜馬が潜伏先を移すように仕向けたのも土佐藩邸から遠ざけるためであった(これは事実とは異なり近江屋は土佐藩邸の目の前である)。
竜馬は寺田屋で幕吏二人を殺害したかどで指名手配されているのだが、人相書きを竜馬は「真情あふるる軽薄な顔をしちょる」と言う。「真情あふるる軽薄」というのは脚本を手がけた清水邦夫の出世作「真情あふるる軽薄さ」(蜷川幸雄演出の舞台)から取られた遊びである。

近江屋の土蔵に入るとき、竜馬は向かいの家の女、幡(中川梨絵)を見て惹かれる。その後、男と女の関係になる竜馬と幡だったが、幡は新撰組隊士の情婦であった。

幡の弟である右太(うた。松田優作)は薩摩藩士に頼まれて竜馬を暗殺するべく狙っている。

かくて、中岡慎太郎、右太、薩摩藩に狙われている竜馬は微妙なバランスの上で生きている。中岡慎太郎とも右太とも時には味方、時には敵だ。

「ええじゃないか」の喧噪が溢れるなか。竜馬は変装して中岡慎太郎を探しに出かける。途中で右太を捕まえ、変装させて、陸援隊士から迫られて窮地に陥っている中岡を連れ出し、中岡も変装させる。

そして運命の十一月十五日。風邪を引いた竜馬は土蔵から近江屋の母屋の2階に移る。竜馬は中岡に「幕府を倒すのは薩長に任せちょけ」と言った上で、「その上で薩長を討つ」と真意を打ち明けるのだった……。


原田芳雄の色気ある竜馬だけが語られることの多い映画だが、確かに原田芳雄の男くさくも色気満点の竜馬は魅力的である。ただ、薩長に幕府を討たせた上で薩長を討つと語る竜馬像はありそうでなかなかなかったものであり、新鮮に映る(史実ではないと思われるが)。

墓地でのロケが多いが、近江屋の裏手は寺町で墓地がたくさんあったという事実もあるが、生と死の近しさが暗示されているようでもある。

坂本竜馬は近眼という設定であるが、これは司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で語られたフィクションである。竜馬の視力についてはわかっていないが、目が悪かったという証言はなく、庶民でも眼鏡を掛けることがさほど珍しくなかった時代だが、竜馬が眼鏡を持っていた形跡もない。また船を操る海援隊の隊長であったことから視力に問題はなかったのではないかと思われる。
また竜馬が二年前から革靴(ブーツ)を履いているという設定になっているが、有名な写真は写真館にあったブーツをたまたま履いて撮影したもので、日頃からブーツを愛用していたという事実はない。そもそも、身長が170cm以上はあった大男(当時の成人男性の平均身長は150cmちょっと)で目立つため、更に目立つブーツを履くような愚行はしない。

この映画では、刺客は中村半次郎(外波山文明)ら薩摩藩の手のものという設定になっている。薩摩を討つ計画が露見していたということである。

松村禎三のギターなどを中心としたジゴロな雰囲気の音楽も実に良い。

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2017年2月19日 (日)

これまでに観た映画より(86) 「渇き。」

DVDで日本映画「渇き。」を観る。中島哲也監督作品。原作:深町秋生(『果てしなき渇き』)。脚本には中島哲也の他に、自主制作映画の女王といわれた唯野未歩子(ただの・みあこ)が参加している。出演:役所広司、小松菜奈、妻夫木聡、清水尋也、黒沢あすか、二階堂ふみ、橋本愛、青木崇高、森川葵、高杉真宙、星野仁、派谷恵美(はたちや・めぐみ)、國村隼、オダギリジョー、中谷美紀ほか。2014年の作品。

2012年のクリスマスイブ。さいたま市内のコンビニで三人が刺殺される事件が起こる。元大宮北署の刑事で、今は警備会社に勤める藤島昭和(役所広司)は、たまたま現場の近くにいて現場の警備をしたため、取り調べを受ける。一方、今は別居している藤島の妻・桐子(黒沢あすか)から藤島に電話があり、娘の加奈子(小松菜奈)が行方不明だと知らされる。加奈子は成績優秀で誰にでも愛される子だったが、裏には別の顔を持っており……。

麻薬、売買春、児童ポルノなど過激な内容が盛り込まれているため、R-15指定となっている。

妻夫木聡が演じる藤島の後輩刑事・浅井はいつもヘラヘラとにやけており、あめ玉をしゃぶるという「サイコ」でアンソニー・パーキンスが演じていたノーマン・ベイツを想起させるようなところがある。

短いカットが矢継ぎ早に続くことで展開される作り。中島監督の「告白」を想起させるような狂騒シーンもある。

3年前の話と2012年の8月が何の脈略もなく絡み合って出てくる。加奈子は好きだった緒方(星野仁)が自殺したことで、喪失感を抱くのだが、葬儀の時に緒方に口づけするなど、異様な行動を起こしていた。その後、ボク(という役名。清水尋也)は加奈子を好きになって野球部を退部するが、そのことでいじめられるようになる。それでも加奈子はボクをかばってくれるが、実はそれは罠だった。

薬の幻覚の中のように、シャッフリングされた展開が続く。悪魔のような加奈子という女の子に翻弄される人々。彼女の行方は中学時代の担任である東理恵(あずま・りえ。中谷美紀)が握っていた。

バイオレンス映画であるが、狂気を抱えた藤島を演じる役所広司の怪演と、可憐な悪魔を演じる小松菜奈の演技が魅力的である。

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2017年2月14日 (火)

コンサートの記(275) 広上淳一指揮 第12回・京都市ジュニアオーケストラコンサート

2017年2月5日 京都コンサートホールにて

午後2時から第12回京都市ジュニアオーケストラコンサートを聴く。指揮は、京都市ジュニアオーケストラ・スーパーヴァイザーの広上淳一。

2016年4月1日時点で満10歳以上22歳以下の京都市在住・通学の青少年を対象に、オーディションで選ばれたメンバーから構成される京都市ジュニアオーケストラ。誕生日を迎えて、23歳になったメンバーも何人もいる。最年少は誕生日を迎えて11歳である。京都市交響楽団のメンバーが演奏指導を行い、若手指揮者の喜古恵理香(きこ・えりか)と鈴木衛(すずき・まもる)が合奏指導を行った。

オール・フランス・プログラムで、ビゼーの「アルルの女」第1組曲と第2組曲(エルネスト・ギロー編曲)、ベルリオーズの幻想交響曲が演奏される。


開演30分前からロビーコンサートがある。ヘルマンの「3つのヴァイオリンのためのカプリッチョ」、ルクレールの「2つのヴァイオリンのためのソナタ」、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」から第1楽章と第2楽章が演奏された。
井伊さんという苗字の女の子が出ていたが、あの彦根井伊氏の家系なのだろか。


ビゼーの「アルルの女」第1組曲、第2組曲。広上は「行きまーす!」というような言葉を発しながらステージに登場(実際になんと言っていたのか聞き取れなかった)。
京都市ジュニアオーケストラは毎年メンバーが異なる。今年は、弦は厚みはないものの輝きがあり、木管も整っているが、金管はちょっと粗めである。
広上は生き生きとした音楽を京都市ジュニアオーケストラから引き出す。自在な指揮をする広上だが、今日は「カリオン」の冒頭を3つにきっちり振るなど、青少年オーケストラ相手ということで、普段よりはわかりやすい指揮をしていたようだ。
「ファランドール」では、広上はラストに向けて金管を煽り、興奮度満点の演奏を生み出していた。


ベルリオーズの幻想交響曲。弦が燦々と輝き、怪しい響きも生む。ただ、厚みは十分ではないため、第1楽章のクライマックス、第4楽章、第5楽章などでは管の勢いに負けてバランスは悪くなっていた。
第1楽章では、コントラバスのピッチカートの後にパウゼを長く取ったのが印象的。第2楽章はコルネット入りの編成で華やかである。

第3楽章のコーラングレ(イングリッシュホルン)とオーボエの掛け合いでは、オーボエはポディウムの後方、パイプオルガンの横に立って吹いた。

第4楽章と第5楽章では、ティンパニが独特の響きを出す。おそらく皮の張り方を変えているのだろ。広上はジャンプを繰り出すなどダイナミックな指揮。第5楽章でクラリネットとフルートがグロテスクに変わった「恋人の主題」を吹く際に、頭の上で両手を広げ、頭頂部に耳のある化け物の姿を真似ているようなおどけた指揮をしていた。打楽器の強打とと金管の強烈な咆哮もあり、迫力満点の演奏である。青少年オーケストラの演奏としてはかなりの上出来だと思う。
なお、第5楽章の鐘は、舞台袖ではなく、舞台上下手奥寄りで叩かれた。


カーテンコールでは、広上は合奏指導の鈴木衛と喜古恵理香(二人とも東京音楽大学指揮科卒で、広上の弟子である)を連れて登場。広上は「セコムちゃん、喜古ちゃん」と呼ぶ。鈴木は名前が衛(まもる)なので、「衛=守る=セコム」というあだ名になったと広上は語る。更に「キコというのは下の名前ではなくて苗字です。喜古恵理香」と喜古を紹介する。

鈴木は、「客席で聴いていたのですが、感動しました」と語り、喜古は、「8月から練習していて、上手くいく日もいかない日もあって。でも今日演奏する姿を見たら涙が止まりませんでした。隣の席の方、すみません」と語った。

広上は、「プロ顔負けの演奏で、『まいったな』と思いながら指揮してました。元々は聴衆を増やそうという目的で始めたのですが、10年ぐらいやれば演奏していた子が音楽好きになって京都市交響楽団の定期会員が増えるんじゃないかと思って」と鮭の稚魚放流のような話をしていた。
更に、「ヨーロッパでは、きちんとした都市には必ずオーケストラがあるわけです。オーケストラは文化都市の顔。日本で今、一番それに近いのが京都だと思います」と広上は述べる。


アンコールは、アンダーソンの「フィドルファドル」。前半を鈴木が、後半を喜古が指揮する。広上は舞台下手でピアニカを演奏していた。
管楽奏者は全員起立しての演奏。鈴木の指揮も喜古の指揮も拍を刻む端正なもの(リハーサルの時間が取れなかった可能性もある)。広上の吹くピアニカの音もよく聞こえた。

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2017年2月13日 (月)

観劇感想精選(199) 「シェイクスピア物語 ~真実の愛~」

2017年1月22日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後12時30分から、梅田芸術劇場メインホールで、「シェイクスピア物語 ~真実の愛~」を観る。昨年(2016年)が没後400年に当たったウィリアム・シェイクスピアが、「ロミオとジュリエット」や「十二夜」などを生み出す過程を描いたフィクションである。昨年暮れに東京で上演され、今日が大阪公演二日目にして楽日となる。上演台本:元生茂樹&福山桜子、演出:佐藤幹夫。出演は、上川隆也、観月ありさ、五関晃一、藤本隆宏、小川菜摘、秋野太作、十朱幸代ほか。

元々は観る予定はなかったのだが、「上川隆也がシェイクスピア役ならなんとかなるだろう。演技の勉強にもなるし(私は演じないけれど)」ということで、先日チケットを取ったのだ。
「真実の愛」という副題からも想像される通り、内容は通俗的である。正直、本当に上川隆也が主演だからなんとかなったという部分があるのは否めないだろう。

開演15分前から、赤いマントと頭巾を被った女性出演者達(アンサンブル陣)が客席に3人ほど現れて、「シェイクスピア物語」のチラシを配り始める(今日は客席にはチラシの束もアンケート用紙も置かれていなかった)。また黒頭巾に黒マントの男優がジャグリングをするなどして観客を楽しませる。

舞台は二段になっており、素の舞台より高いところに、上から見ると「八」の字の上が繋がった形になる細長い舞台が渡してある。上の繋がった部分に当たる、真ん中の舞台正面と平行になった場所はバルコニーという設定であり、背後にカーテンが閉めてあって奥が寝室ということになっている。バルコニーの上手下手両方に下の舞台へと下りる階段が伸びており、下手階段の横には木製の梯子も掛けてある。バルコニーの下の部分にはカーテンが閉まっており、ここが1階の入り口に見立てられて使われる。

風音が響き、雷鳴と電光が走ると、舞台上手下手両方から、赤い頭巾とマントの女優陣、黒い頭巾とマントの男優陣が、小学校の図工室などにあったような背もたれのない木組みの椅子を手に現れ、車座になって座る。丁度、椅子取りゲームが終わった時のような感じである。上の舞台の上手では女性がヴァイオリンを弾き、男性がスネアドラムを叩いている。この二人は全編に渡って音楽を担当する。スネアドラムは歌舞伎におけるツケのような効果を担うこともある。

音楽がグリーンスリーブスを主題にしたものに変わると、背後のカーテンが開き、ウィリアム・シェイクスピア(愛称の「ウィル」と呼ばれることが多い。演じるのは上川隆也)が、「書けない! 書けない!」と焦りながら登場。アンサンブルキャスト陣をかき分けて椅子の上に上がり、反時計回りに歩く。「お気に召すまま」にある、「この世は全て舞台。人は役者に過ぎぬ」というセリフが上川の口から語られるが、その後で、「役者は皆、自分の役を持っている。人は皆、自分の役割を全うせねばならない」というオリジナルの言葉が加わっている。「人生には物語が必要だ」として、シェイクスピアは何とかストーリーを捻りだそうとしている。舞台上手にあるテーブルに向かい、羽根ペンで何かを書こうとするが何も浮かんでこず、「書けない!」と自分に怒りをぶつける。

アンサンブルの出演陣は、シェイクスピアが生んだ名ゼリフの場面を演じ始める。「リチャード三世」の「馬をくれ! 馬をくれたら国をやろう!」、「ハムレット」の「生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ」。更に「ヘンリー四世」よりフォールスタッフのセリフ、「ハムレット」よりオフィーリアのセリフ、そして「十二夜」よりヴァイオラ(男装してシザーリオを名乗る)のセリフ。ヴァイオラに関しては他の出演者から説明が入る。

時は1593年、ロンドン。これまで数々の戯曲を手掛けていたシェイクスピアだが、スランプに陥って何も書けなくなってしまっている。タイトルは「イタリア紳士と海賊ドレイクの娘」に決まっているのだが、内容が出てこない。シェイクスピアはローズ座の劇場主であるヘンズロー(秋野太作)に、「物語は頭の中にある」と見得を切るシェイクスピアだったが、頭の中の物語を開ける鍵を今は持っていない。
一方で、彼が書いた「ソネット集」が巷で評判になっていた(シェイクスピアの「ソネット集」は彼の恋心と共に同性愛の告白とも取れる内容を含むことでも知られている)。

取り敢えず、居酒屋兼売春宿(娼婦達が、「あそこは硬く、頭は柔らかく。硬いは柔らかい、柔らかいは硬い」という「マクベス」の魔女達セリフの下ネタパロディを歌う場面がある)のバラ邸で、ヘンズローとシェイクスピアはオーディションを行うことにするが、応募してきた全員が、シェイクスピア以外の本から取ったセリフを言う上に、吃音(劇中では「どもり」という言葉が使われる)であったり、その時代にはないはずのラップを歌う人がいたりと滅茶苦茶である。シェイクスピアはラップを知らないため、「なんだあの股間を押さえてクネクネする動きは?」と言ったりする。
そして、シェイクスピアは、バルコニーの奥にダンカンという人物が現れるのを見る(この時のダンカンの出現は赤い光のみで表される)。だがヘンズローにはダンカンの姿は見えない。ダンカンはすでに故人なのだ。やがて、ダンカンの幽霊が現れる。ダンカンと名乗ってはいるが、それは芸名であり、実際は女性である。本名はオリヴィア。性別を偽って舞台に立ち続け、名優と賞賛されていた。ダンカンの元ネタは「ハムレット」の先王ハムレットである。

一騒動が起こる。カーテン座の座付き作家であるクリストファー・マーロウ(実在の人物である)に劇中で間抜けな貴族として描かれたエセックス伯爵(藤本隆宏)が部下と共にマーロウを成敗しに来たのだ。やり取りを聞いて埒があかないと判断したシェイクスピアは、「俺がクリストファー・マーロウだ」と嘘をついて何とかことを収めようとする。エセックス伯爵は、「芝居は真実の敵」というが、マーロウを騙るシェイクスピアは、「ならば、その真実とやらは現実の敵」と返す。
その後、本物のクリストファー・マーロウは殺され、その葬儀ではサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」の合唱版である「アニュス・デイ」が流れた。

一方、貴族であるキュープレット家の令嬢であるヴァイオラ(観月ありさ)は、家同士が結婚を決める通例に疑問を持っており、「真実の愛」を求めていた。一方で、「舞台の上に女が立てない」ことに不満を抱いており(シェイクスピアの時代にはまだ女優はおらず、女性役は女形や少年が演じていた。オフィーリアやコーディリアといったヒロインが14歳前後という幼い設定なのは、少年が彼女達を演じていたということによるところも大きい)、トマス・ケントという偽名を用いて男装し、ローズ座のオーディションに参加(オーディションが終わった後でバラ邸に着いたが、シェイクスピアに特別に目の前で演技を行うことを認められる)。「ヴェローナの二紳士」のセリフを奏でて、シェイクスピアに絶賛される。トマス・ケントと名乗ったヴァイオラは、「キュープレット家の者」とだけ伝えて帰る。

トマスの才能に惚れ込んだシェイクスピアはキュープレット家までトマスに会いに行く。キュープレット家ではヴァイオラがリュートを奏でながら女性達と歌っていたが、シェイクスピアはヴァイオラとトマスが同一人物だと気がつかず、ヴァイオラに一目惚れしてしまう。ヴァイオラとシェイクスピアはバルコニーの上と下で出会う。これが「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンの元ネタになるという設定である。
シェイクスピアの第一印象をヴァイオラがバルコニーで一人語りする場面で、シェイクスピアを演じる上川隆也は舞台を下りて、最前列の前のスペースを上手から下手に向かい、身をかがめながら歩く。だが、ヴァイオラがシェイクスピアを「ハンサムで」と評したときに、上川演じるシェイクスピアがのぼせ上がって、客席の方を向きながら立ち上がってしまうという演出がなされており、笑いが起こる。

ダンカンの幽霊が現れ、シェイクスピアに「お前は真実の愛というものをまだ知らないだろう」と問う。シェイクスピアはすでに結婚しており、ストラットフォード・アポン・エイボンに妻がいたが、恋愛結婚ではなかったため、恋の感情を抱いたことはなかった。シェイクスピアはヴァイオラへの「苦しいが心地よい感情」こそが「真実の愛」だと悟る。そして自分の感情に素直になったことで後に「ロミオとジュリエット」となる物語が泉のように浮かんでくる。ジュリエットのキャピュレットという苗字はキュープレット家をもじったものである。

シェイクスピアは、トマス・ケントがヴァイオラだと気がつかないままヴァイオラへのラブレターを託す。元々、観劇が好きでシェイクスピアにも気があったヴァイオラだが、シェイクスピアの書いた、「あなたを夏の日に喩えましょう。いや、あなたの方が美しくて穏やかだ」という内容の恋文(シェイクスピアの「ソネット」からの引用である)に、一気に恋に落ちてしまう。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の稽古が始まる。アドミラル座のスター俳優・ネッド(五関晃一)も加わり、体勢は万全だ。トマスはロミオ役を貰う。ロミオ役を貰ったトマス=ヴァイオラがバルコニーでロミオのセリフを読み、シェイクスピアが別の場所にいるという設定で(実際は、上川隆也は観月ありさのすぐ下にいる)ジュリエットのセリフを朗読するという逆転のシーンもある。


ヴァイオラに求婚した男がいる。他ならぬエセックス伯爵である。当時は家の取り決めは絶対。ヴァイオラの母親であるマーガレット(小川菜摘)はヴァイオラに無断で求婚を受け入れてしまう。

ヴァイオラは、エセックス伯爵からエリザベス女王(十朱幸代)の「吟味」を受けるように言われる。結婚に相応しい女性かどうかは女王陛下が決めるのだという。

トマスの正体がヴァイオラだとシェイクスピアにばれる日が来た。キュープレット家の下僕であるアダムが告白してしまったのだ。そしてヴァイオラがエセックス伯爵と婚約しており、アメリカのヴァージニアに渡る予定だということも知る。シェイクスピアはヴァイオラの下女に化けて(顔に白頭巾を被る)、ヴァイオラと共に宮廷に向かい、ヴァイオラとエリザベス女王との謁見に立ち会う。

エリザベスに謁見したヴァイオラ。ヴァイオラが劇場でよく見かける娘だと気づいたエリザベスは、演劇の話を二人で始める。エリザベスは、「戯作者の書くことにまことの愛など出てこない。全て絵空事」と言うが、ヴァイオラは、「真実の愛を描ける詩人が一人だけいます。シェイクスピアです」と意見した。

ローズ座が女を雇っているという噂が出回る。女優というものが認められていない時代であり、舞台上に女を立たせたとあれば重罪である。もはや隠しきれないと悟ったヴァイオラは自分が本当は女であると告白し、ロミオ役を降りることになる……。


よく知られているとおり、シェイクスピアの時代には、戯曲を書くという行為はオリジナルの物語を生むことではなく、有名な物語をいかに膨らませて脚色するかという作業であった。「ロミオとジュリエット」も「十二夜」も元からあったお話をシェイクスピアが潤色したものであり、一から生み出したとするのは史実的には正しくない。ただ、これはあくまでもエンターテインメントであり、史実を語るのは野暮だろう。
「言葉、言葉、言葉」というシェイクスピアを評する比較的知られた言葉が劇中にも登場するが、シェイクスピアの弱点ともされる「語りすぎ」の部分を真似た、修飾語だらけのワンセンテンスの長いセリフも登場する。

演技は下手だったとされるシェイクスピアがカーテン座でロミオを演じることになり、ヴァイオラがジュリエットとして出演というのも無理はあるのだが、物語を膨らませるためには必要でもある。シェイクスピアとヴァイオラが別れを悟るシーン、「ロミオとジュリエット」のバルコニーでの別れのセリフをそのまま二重映しで交わすのも、冷静に見れば「なんだこのバカップルは?」であるが、絵になっている。並の俳優同士だったら客席から笑いが起こってしまうかも知れないが、そうならないのが二人の実力を物語っている。


上川隆也の演技は、最初のうちは珍しく板に馴染んでいないように思えたのだが、これは意図的なもので、「真実の愛」を知った後でギアが変わり、ロミオを演じる場面で更にという仕掛けである。演技の質だけでなく、発せられる「気」が変わるのも興味深い。観月ありさも上川と同じ意図の演技を行う。上川ほど上手くいかないのは舞台経験の差であり、比較しなければ観月の演技も上出来である。ロミオを演じて以降の上川とジュリエットを演じてからの観月がやはり一番、格好良かった。

エリザベス女王が「機械仕掛けの神」の役割を担っているのも演劇の歴史を考えれば納得のいく話である。

大きな問題があるとすれば、「名家」を常に「めいけ」と読んでいたこと。「名家」は基本的には「めいか」としか読まない。IMEでも「めいけ」では「名家」と変換されないはずである。基本的にはと書いたのは、「名家」と書いて「めいけ」と読む場合が例外的にあるためである。公家の階級を表す「名家」だ。公家の階級は上から摂家、清華(せいが)家、大臣家、羽林(うりん)家と来て、次に来る名家は「めいけ」と読む場合があるのである。公家の名家には、親鸞聖人や日野富子を生んだ日野氏が含まれている。


終演後はオールスタンディングオベーション。私は「立つほどではないな」と思ったのだが、舞台が見えなくなったので立つだけは立つ。上川隆也の挨拶。「2017年1月21日に幕を開けたこの大阪での舞台も、今日、1月22日に無事、千秋楽を迎えることが出来ました。これもひとえに我々の努力の賜物です」とボケた後で、「皆様のご支援のお陰です」と再度挨拶する。上川はセリフならいくらでも喋れるがフリートークは苦手というタイプなので、「他の出演者の皆さんにご挨拶頂きましょう」と話を振っていた。

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2017年2月12日 (日)

コンサートの記(274) チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテット@京都2017 「これが聴きたい~アンコール“超名曲”ベスト20!」

2017年2月3日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで、チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテット(チェコ・フィル・ストリングカルテット)の来日演奏会を聴く。

今回は、「これが聴きたい~アンコール“超名曲”ベスト20!」と題した名曲コンサートである。
テレビCMでも使われるような名曲、通俗名曲と呼ばれたりもするが、そうした誰もが耳にしたことのあるクラシック曲というものは、実は実演に接する機会は稀である。
通俗名曲と呼ばれることからも分かるとおり、一段低いものと思われる傾向があるのだ。それでも、ヘルベルト・フォン・カラヤンなどは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、通俗名曲のアルバムを多く作っているが、マーラーやブルックナーなどの大曲路線が顕著になると、一流の指揮者が通俗名曲を録音することすら皆無に等しくなる。

EMIが、まだ東芝EMIだった頃(東芝も最近、危なくなってきたが)、名曲アルバムが少なくなったのを嘆いて、アンドルー・デイヴィスやウォルフガング・サヴァリッシュを起用して、名曲小品だけのアルバムを作ったことがあったが、それももう30年以上前のことだ。

ポピュラーの名曲は競ってカバーされ、最近ではカバーアルバム供給過多の傾向があるが、クラシックは真逆である。
大阪のザ・シンフォニーホールでは、ブルガリアのソフィア・ゾリステンを招いて名曲コンサートをやっていたり、関西フィルハーモニー管弦楽団が真夏にポップスコンサートをやっていたりするが、京都では京都フィルハーモニー室内合奏団がたまにやるぐらいで、聴く機会は少ない。


曲目は、前半が、モーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第1楽章、J・S・バッハの「G線上のアリア」、モーツァルトの「トルコ行進曲」、ベートーヴェンの「エリーゼのために」、シューマンの「トロイメライ」、ブラームスの「ワルツ」、ショパンの「子犬のワルツ」、ドヴォルザークの「ユモレスク」、ハチャトゥリアンの「剣の舞」。後半が、オッフェンバック(オッフェンバッハ)の歌劇「天国と地獄」序曲より、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」、バダジェフスカの「乙女の祈り」、レハールの「メリー・ウィドゥ・ワルツ」、モンティの「チャールダーシュ」、ピラソラの「リベルタンゴ」、ビートルズの「イエスタデイ」、グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」、ロドリゲスの「ラ・グランパルシータ」、デューク・エリントンの「A列車で行こう」

チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテットは、その名の通り、東欧随一の名門オーケストラであるチェコ・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによって組織された弦楽四重奏団。1992年結成され、チェコ・フィルの本拠地であるルドルフィヌムでの室内楽シリーズを行っている。2007年に初来日し、今回が9度目の来日というから、ほぼ毎年来日演奏会を行っていることになる(同じく、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の楽団員からなるチェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団という団体があるがそれとは別の団体である。チェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団の英語表記は、チェコ・フィルハーモニック・カルテットだ)。

メンバーは、マグダレーナ・マシュラニョヴァー(第1ヴァイオリン。チェコ・フィル第2アシスタント・コンサートマスター)、ミラン・ヴァヴジーネク(第2ヴァイオリン。チェコ・フィル第1ヴァイオリン奏者)、ヨゼフ・シュパチェク(チェロ。チェコ・フィル首席代理チェロ奏者)、ヤン・シモン(ヴィオラ。チェコ・フィル・ヴィオラ奏者。プロ・アルテ・アンティクア・プラハのリーダー)。


今日は、前から2列目、真ん真ん中の席である。京都コンサートホールは前の方の席は音が余りよくないのだが、今日は問題なく聴くことが出来た。
京都コンサートホール(大ホール)は、オーケストラ演奏用なので、室内楽向きではない。チェコ・フィルハーモニー・ストリング・カルテットのメンバーが最初の音を出した時には、「音、ちっちゃ!」と思ったのだが、すぐに慣れる。

第1ヴァイオリンのマグダレーナ・マシュラニョヴァーが、マイクを手に、テキストを横目で見ながら、「皆さん、こんにちは(ソワレなので「こんばんは」だが、外国人だからわからなくてもいいだろう)。本日はようこそいらっしゃいました。最後までゆっくりお楽しみ下さい」と日本語で挨拶してから演奏スタート。
名曲が並ぶということもあり、室内楽のコンサートにも関わらず、京都コンサートホールには結構、人が入っている(ポディウム席、ステージサイド席などは販売されていない)。

チェコ人は、ビロードという言葉が好きで、民主化も「ビロード革命」と呼ばれているが、チェコ・フィルの弦の音色も「ビロード」と称される。正直、技術面ではいくつか怪しいところもあったのだが、音色は温かで心地よく、上品でもある。


ブラームスの「ワルツ」の演奏前に、メンバー紹介がある。第2ヴァイオリンのミラン・ヴァヴジーネクが、「日本の食べ物美味しいです」と日本語で言い、ヴィオラのヤン・シモンは、「味噌ラーメン、餃子、寿司、刺身、チャーハン」などと好きな日本食を挙げていく。チェロのヨゼフ・シュパチェクは、「豚骨ラーメン最高!」。マグダレーナ・マシュラニョヴァーは、「やっぱりお酒が美味しいです」と言っていた。

チェコの国民的作曲家であるドヴォルザークの「ユモレスク」の演奏前にもマグダレーナ・マシュラニョヴァーは、「日本語、とっても難しいです」と言い、「Japanese is so difficult for me.」と英語で言って、英語で、「プラハや我が国(our country)へお越し下さい」と述べた後で、日本語で「プラハへお越し下さい」と語る。
チェコ語も日本人が学習するには相当難しいのだろう。そもそもメンバーの名前も舌を噛みそうなものばかりだ。


名曲ばかりなので、演奏について書いてもさほど意味があるとも思えないので、エピソードを連ねていく。

日本では人気のバダジェフスカの「乙女の祈り」。だが、ヨーロッパでは余り知られていない曲である。ということで日本人向けにプログラミングされたもののようだ。

1990年代に、ギドン・クレーメルやヨーヨー・マが演奏してブームになったピアソラ。ブーム沈静後はそれほど演奏されなくなっているが、ヨーヨー・マがCMで弾いていた「リベルタンゴ」は今でもよく取り上げられている。

「イエスタデイ」。ビートルズナンバーというのはやっかいな問題を抱えていて、訳詞をすることがほぼ不可能である。村上春樹がその名も「イエスタデイ」という短編小説で、「イエスタデイ」のパロディ関西弁訳を作り、雑誌に掲載されたが、これも駄目で、短編集『女のいない男たちに』に収録された「イエスタデイ」では、「イエスタデイ」の関西弁訳の冒頭しか載せられていない。「イエスタデイ」は物語のキーになる曲なので残念なのだが。
メロディー自体は、ポール・マッカートニーが、朝、ベッドから転げ落ちた際に、瞬時に出来上がったもので、朝飯前に出来たということから、正式な歌詞がつくまでは「スクランブルエッグ」という仮タイトルがついていた。


グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」はビッグバンドのためのジャズナンバーで落ち着いた曲調であるため、弦楽四重奏でもさほど違和感はないが、デューク・エリントンの「A列車で行こう」はノリノリのナンバーであるため、チェコ人の演奏ということもあってスウィング出来ないムード・ミュージックのようになっていた。スウィング感は黒人のジャズマンでないと上手く出せないのだろう。もともとがクラシックのコンサートであるし、「スウィングしなけりゃ意味がない」ということもない。
アンコール。まずは、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲より“スイスの行進曲”。推進力のある演奏である。
2曲目は、イタリア繋がりで、ニーノ・ロータの「ロミオとジュリエット」。ロマンティックな仕上がりである。

カーテンコールで、マグダレーナ・マシュラニョヴァーは、お辞儀をしてから帰ろうとするのだが、ミラン・ヴァヴジーネクがそれを引き留めてもう1曲。
マグダレーナは、マイクを手に、「ありがとうございました。楽しかったですか?」と日本語で客席に聞き、「最後の曲。これは皆さんもよく知っていると思います」と言って、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」が演奏される。ヨゼフ・シュパチェクがホイッスルを吹いて、聴衆の拍手を促す。楽しい演奏であった。


アンコール曲目が、ホワイトボードに書かれて発表されていたのであるが、今日も誤記あり。「ラデツキー行進曲」の作曲者がヨハン・シュトラウスⅡ世になっている。ワルツ王(ヨハン・シュトラウスⅡ世)の作品ではなく、ワルツの父(ヨハン・シュトラウスⅠ世)が書いたものというのはクラシックファンにとっては常識に近いものなのに。

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これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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2017年2月11日 (土)

R-1ぐらんぷり2017 大阪準々決勝

2017年2月9日 なんばグランド花月(NGK)にて

午後7時から、なんばグランド花月(NGK)で、R-1ぐらんぷり2017大阪準決勝を観る。R-1ぐらんぷりは、東京と大阪で3回戦まであり、次が準決勝で、大阪と東京と同時中継で行っていたが、今回は3回戦の上に東京と大阪で準々決勝があり、準決勝は東京のみで行われる。

MCはテンダラーの二人。審査員は放送作家二人とテレビ局のプロデューサー一人の計三人が務める。



大阪準々決勝に進出したピン芸人は計36人。9人ずつABCDの4グループに分かれて演目を披露し、グループの合間にテンダラーがMCを入れる。

「目がほとんど見えない」という芸人が盲学校の問題点を突っ込んだり、小学3年生の男の子が時事ネタや学校ネタを披露したり、日本語を喋るアメリカ人の芸人(リー5世)がいたりと、出場者がバラエティに富んでいる。

R-1チャンピオンでありながら、その後、仕事に恵まれていない三浦マイルドも登場したが、「同じ言葉でも状況によって違う意味になる」というフリップネタを披露。「高校野球」と「コンパ」では、「ストライク以外も狙っていけよ!」、「幼稚園」と「暴力団」では、「遊びの時間はおしまいだ」「お迎えが来たぞ!」という風に同じ言葉でもニュアンスが変化する。
個人的には、この三浦マイルドのネタが一番面白かった。客席からの受けも良かったように思う。
 
最後から2人目として登場したヒューマン中村は、以前も見たことのある「意訳」というネタ。「I Love You.」を「死んでも君を離さない」と意訳した作家がいて(ちなみに夏目漱石は「月が綺麗ですね」と意訳したのだった)、そのように英文を意訳していくというフリップネタ。「I      go to Tokyo.」は「おら、こんな村嫌だあ!」と吉幾三風に、「I'm walking.」は「自転車盗まれた」となるようである。
「Be quiet(フリップには「puiet」と誤記されていた)」は、「あそこにまだ喋っている人が4人います」になる。
「Oh My God!」は連作で、「この犬噛まないって言ったじゃない」に始まり、「自転車の鍵、溝に落ちた」と来て、「この後、I'm wakingになる訳ですが」と中村は続けた。
個人的には三浦マイルドとヒューマン中村の二人が抜けていて、後は誰が準決勝に進出してもおかしくない状況に思われた。


藤崎マーケットは田崎が「セグウェイに乗ったカリスマ居酒屋店員の斎藤さん」をアナウンス付きのドキュメンタリータッチで描き、トキは「敢えて表彰状」というネタで、本来なら苦情ものや意味不明なことを敢えて表彰するというネタ。小説家の東野圭吾については「ベストセラー書きすぎ」で、「14人ぐらい東野圭吾がいる換算になる」ということでなぜか表彰されていた。
藤崎マーケットの二人は共に準決勝に駒を進めた。


R-1のRは「落語」をローマ字表記した際の頭文字から来ているのだが、落語を行ったのは、2代目京都府住みます芸人である月亭太遊だけ。月亭太遊は、音楽の授業で「ドナドナ」をパンクロック風で歌う小学生のネタを行った。月亭太遊は準決勝進出ならず。


早希ちゃんは、「キスから始めよう」のショートバージョン。「天空の城ラピュタ」のムスカのセリフ「見ろ人がゴミのようだ」が、「見ろ君の美しさの前では人がゴミのようだ」と褒め言葉に変わる。アンパンマンがバタコさんに、「僕の顔を食べてもいいよ」と言い、バタコさんはアンパンマンの顔の餡子の中に婚約指輪が隠されているのを見てアンパンマンとキスという展開となった。
早希ちゃんも準決勝進出は逃した。


ラフ次元・梅村は、アニメ主題歌のオープニング(序奏)をオノマトペで表すというフリップネタ。準決勝進出には至らなかった。


尼神インター・誠子は、「ロングバケーション」での稲森いずみの不自然な演技とバイバイをやるのだが、こっちは「ロンバケ」の時の稲森いずみの演技などとっくに忘れている。「なんとなくそれっぽくはある」のはわかるのだが点のつけようがない。ということもあってか準決勝へは進めなかった。


スマイル・ウーイェイよしたかは、モニターを使っての映像&DJネタであったが、モニターがつかないというハプニングがある。モニターを調整している間はテンダラーが繋いだ。
余計なことばかりをするというネタで、「焼松茸を山に返す」「焼き鳥を空に返す」「焼サンマを海に返す」「焼サンマを海に入って取りに行く」「また焼サンマを産みに返す」「出前を頼んで(店の前まで)取りに行く」などという不可思議ワールドである。準決勝には進めず。


ゆりやんレトリィバァは、お姫様のような格好で、「蒼井優→土屋太鳳→私」などとボケた後で、「ルイヴィトンの価値、ヤンキーが落としてる」「田舎のヤンキー、イオンで満足してる」「ヤンキーの女、肩幅細い」「ヤンキー、誰と電話でずっと喋ってんねん!?」などといじるネタである。


守谷日和は、一青窈の「ハナミズキ」に合わせて、ずっと説明ダンスを続けるというもの。「100年続きますように」は、右手の人差し指で1を作り、左手で輪を作り、口を丸く開けて、「100」を作ってた。


中山功太は、謎のラジオCMネタ。有名企業がダサダサのラジオCMを作っているというネタである。中山功太は、音楽番組内でのチケット先行予約の電話番号が流れるのを待っているのだが、実は東京で先行予約を行った結果、満席となってしたため、大阪での発売がなくなってしまう。


レーザーラモンRGは、ドナルド・トランプ大統領に扮して登場し、「ナガサキ、タクシーの運転手さん、『福山雅治の実家見てく?』。プライバシーナッシング」、「ギフ、車の種類が全部一緒(実際は車種を出していた)」、「コウベ、モースト・デンジャラス・プレイス・イン・ジャパン。六甲マウンテン。イノシシ、イノシシ、イノシシ、エブリータイム、イノシシ」と言い、「ナガサキ、ギフ、コウベ」の頭文字が「NGK」になるというネタである。


祇園・木﨑は、「NSJ」と言い、「ナルシスト・スタジオ・ジャパン」の略として自分で「ナルシスト」と認めてしまっていた。SNSでナルシストを自称しているのに顔を星で隠すような似非ナルシストが嫌いだというので銃撃していくというネタである。準決勝は逃した。


ヘンダーソン・子安は元自衛官であるが、整備士だったため、自衛官と聞いて思い浮かべるイメージとはほど遠いというネタをやるのだが、雷ジャクソン高本(松竹芸能)も元自衛官で自衛官あるあるをやるという自衛官かぶりがあった。二人とも準決勝への切符を手にすることは出来なかった。


ナオユキ(松竹芸能)は、酒焼けした声のママの店に行ったのだが、「ビールでいいわね」とメニューを選ばせてすらくれない。といった風な飲み屋を舞台にした漫談。「あたしこう見えても50だから」と言われて、もっと上かと思った。
高架下の飲み屋では、「やっとわかったで。俺、アホや」→「すぐにわかったわ」。赤提灯の屋台でお爺ちゃんが、「こう見えても俺は若い頃はろくでもない人間やったんや」→「あんまり変わってないな」
ナオユキも準決勝には届かなかった。


トリはヤナギブソンであったが、準決勝に進出する気ははなっからないようで、チェック柄の赤いスカートをはいて登場し、社会人でもある3人組の架空アイドルグループという設定で、謎の歌を流して帰って行った。

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笑いの林(81) 「タナからイケダから学天即」2017年1月28日

2017年1月28日 よしもと祇園花月にて

午後7時から、よしもと祇園花月で、「タナからイケダから学天即」を観る。今回は、ピン芸人が多く出演する。出演は、タナからイケダと学天即の他に、爆ノ介、ZAZY、中山女子短期大学(男性ピン芸人)、守谷日和(もりやびより)、おいでやす小田。

まず、タナからイケダと学天即によるトーク。7年前に東京でタナからイケダと学天即と更に一組の漫才師を含めてシアターDという小さな小屋で新喜劇のような公演を行ったことがあるそうだが、ステージが狭かったため、待機しているだけで見切れていたりしたそうである。学天即・奥田はガンバ大阪の安藤やFC東京の駒野(7年前はジュビロ磐田所属。日本代表メンバーとしてワールドカップに参加した際にPKを外して、日本が敗退となり、「駒野が悪い」と叩かれた時だそうである)のネタをやり、7年前には海老蔵騒動があったため、市川海老蔵に顔が似ているといわれているタナからイケダ・池田は騒動当時の海老蔵の格好をして登場したそうだ。タナからイケダ・田邊は本番中に第1子と第2子(双子である)が生まれたそうである。
「子供だったら生まれた時から7歳まで大分変わるけど、俺ら大して変わらない」という話になり、池田が学天即・四条(よじょう)に「1ミリも変わってない」と言うが、四条は実はすきっ歯の矯正をしたそうで、左右の奥歯の所にボルトを刺し、本番中以外は左右のボルトに引っ掛けて止めるタイプのマウスピースを填めているのだという。マウスピースは44枚で1セットだそうで、今は39枚目を使っているという。


タナからイケダによるネタ。
田邊は、学生時代にヤンキーもののマンガが好きだったという。特にツッパリの二人組が同じ女性に恋しているというストーリーのマンガ(「ビー・バップ・ハイスクール」だろうか?)に憧れたそうで、女性が拉致され、二人で100人組のヤンキー相手に戦いを挑むというシーンをやってみたいというので二人で演じてみる。
大勢のヤンキー相手に戦う田邊と池田。だが、やはり分が悪い。田邊がみぞおちにパンチを入れられた仕草をしたところで、「これでは埒があかない。この場所は俺に任せてお前は先に行ってくれ」と池田に言うのだが、池田は「喜んで!」や「じゃあそうする」、「ラッキー!」などとこの場所から離れられることを喜んでしまう。田邊は池田が「すまない」と言って先に行くことを望んでいるのだが、池田は「ボスと戦う場面に進みたい」と自分の希望を優先させようとする。
池田は、「言わせたいなら30分待つか課金が必要です」と「すまないというアプリ」のような発言をし始める。課金は「一文字180円。全部で720円」という法外なものである。だが、池田は「(EXILEの)MAKIDAI」と別の言葉を言ってしまったり、課金が「一文字720円」に値上がりしたりする。

進まないのでイライラするというネタなのだが、時間がやや長めだったため、イライラが私にも伝染してしまったりもした。


学天即によるネタ。
四条が、「俺ら一発屋芸人のイメージあるやん?」と言うが、奥田に「どこがや?!」と突っ込まれる。奥田によると、「街歩いてても気を利かした男性しか話しかけてくれない。一発屋でも有名になったら女の子からキャーキャーいわれるねんで」とのこと。
四条が、一発屋のネタであるという「エア茶道」をやってみせるのだが、本当に茶室に入るところから茶を点てて出すまでの仕草をエアでやってみせるだけで、奥田に「謎の30秒や。30秒間、お前の靴がキュッとする音しかせんかったわ!」と言われる。
今年はイメージチェンジをしたいと語る四条。奥田が「どんなや?」と聞くが、四条は「お前には関係ない」と返して、奥田に「逆に俺にしか関係ないやろ!」と言われる。
四条は、「緑の帽子被って、クリーム色のズボン穿いて、緑のジャンパー着て」と語るのだが、それはヤマト運輸の配達員のことだったり、奥田には研究員のような格好を薦めるも、「どう考えてもドモホルンリンクルやろ!」と突っ込まれる。
四条は、「金髪にする。それで頭にバンド巻いて」とりゅうちぇるの格好を説明し、奥田にペコになるよういうが、奥田は、「こんなでかいペコがどこにおる?」
四条が、「眼鏡掛けようかと思ってんねん。眼鏡掛けてればインテリに見えるやろ」と言うもインテリを「インテル入ってる」のインテルのようなイントネーションで言う(CMで「インテル入ってる」を言ってたのはショーンKだったんだよな)。「インテリに見えたらクイズのQさまに出られるかも知れんやろ」と続けるも、奥田に「キュウリのきゅうちゃんみたいに言うな」と駄目出しされる。


再びタナからイケダによるネタ。
田邊が、「古今東西ゲームやなぞなぞが楽しい」と言うのだが、池田は「子供はともかくとして大人がやってなにが楽しいねん」と否定する。
古今東西ゲームをを始めようとするのだが、池田が田邊に「この間貸した1万円返してないよな?」という話になる。
田邊は後で返すと言って、古今東西ゲームを始める。お題は池田が「阪神タイガースの歴代監督」に決める。
田邊はまず「金本」と言うのだが、池田は「金?」ということで再び借金の話に戻ってしまう。阪神の歴代監督古今東西は続き、田邊が「和田」と言うのだが、池田は「(返済)まだ?」とボケる。今度は田邊は「星野」と言う。セーフらしい。田邊は、「この間の飲み会でお前が潰れてしまった時、誰が5000円立て替えたと思う? 俺や」と言って、5000円返すように言うが池田は5000円札を持っており、その場で田邊に返す。田邊は池田から借りた1万円をパチンコですってしまったそうである。田邊は、池田が昔、後輩に1万円借りたという話をする。知人と一緒に食事に行った時に5000円しか持ち合わせがなく、たまたま同じ店にいた後輩に1万円借りたそうだ。田邊は、「この出番終わったら(1万円)返す」と言っていたのだが、実は持ち合わせが700円しかないことを打ち明ける。
「700円? そんなんで結婚出来ると思ってるんか?」と言う池田だが、田邊は「もうしてんねん」。池田は、「そんなで子供を」と言うも、田邊は「もう3人おんねん」
池田は、「なんか同情したくなったわ。同情するから何が欲しい? 金か?」と言うも田邊は「それ安達(祐実)や」

なぞなぞが始まるのだが、池田が「A君がB君に1万円貸しました、B君がC君に1万円貸しました。さて、一番惨めなのは誰でしょう?」と出題する。
田邊「C君や」
池田「正解。なんでわかった?」
田邊「C君、俺や。B君、お前や。A君、後輩や」
ということで田邊が不利になる展開が続き、
池田「ほらね。大人がやっても全然面白くない」


学天即による2つ目のネタ。
四条がラグビーを始めたいという話になる。五郎丸歩ではなく、四条丸急ぐになるのだそうだが、奥田に「歩の反対は急ぐやない!」と突っ込まれる。
四条がラグビーの強い大学を挙げるのだが、「青山学院大学に駒澤大学」と言って、奥田に「それ駅伝や。早慶戦やろ」と突っ込まれる。ラグビーの早慶戦も名勝負であるだが、ラグビーの場合は早明戦の方が有名である。そのせいで、「明治(大学)はラグビーだけ」などと言われたりもするのだが(明大関係者が自虐ネタとしても使う)。
奥田が、「(ラグビーの)聖地どこ?」と聞くと、四条は「甲子園」と答えてしまう。奥田はすかさず「花園な」と突っ込む。それでも四条は「甲子園といえば阪神タイガース、高校野球、ラグビー、TUBEや」と言い、奥田に「TUBEをスポーツにすな。確かに毎年夏に甲子園でライブやってたけど」と言われる。
四条は「茶道をやってたからワビサビがわかる」というのだが、奥田は「ラグビーにワビサビ関係ないわ! ワビサビから一番遠いのがラグビーや!」
四条は、「体作りから始めたい。食事を変えたい。朝食はサラダにフルーツ」と言って、奥田に「なんやそのダレノガレ明美みたいな朝食!」と突っ込まれる。
四条は「始めるのに遅いということはない」と主張するが、奥田は「遅いわ。今からラグビー選手になるの無理やと断言する」。四条はマック赤坂やドクター中松が老年になってから都知事選に立候補したことを例えとして出すが、奥田に「二人とも結果出しとらんやないか!」と一蹴された。
ピン芸人達によるネタ。

まずは爆ノ介。最近、コンビを改称してピン芸人になったそうである。
「名言」というフリップネタ。爆ノ介は、色々な名言が好きだそうだが、まず相田みつをの名言「人間だもの」を出した後で、自身が作った名言なども出す。それが誰の名言なのかをクイズ形式にしながら進めていくというネタである。見ている方も頭を使える良いネタだと思うのだが、予想に頭を費やして笑うタイミングを逃してしまったりもする。


ZAZY。紙芝居ネタなのだが、シュール過ぎてよくわからない。


中山女子短期大学。「歌劇第2番『出前』」というネタ。中山女子短期大学が岡持を持ちながら登場し、スメタナの「モルダウ」のメロディー(オリジナルの交響詩ではなく、細部が違う合唱編曲版「モルダウ」の旋律である)に歌詞を載せて歌う。「中華(料理店)でバイトをしてた時。出前を運んでいた時に」というような歌詞であるが、眼鏡をなくしてしまったため、出前を運ぶのに前がよく見えない。眼鏡を探そうとするがよく見えないので見つからない。そこでメモされた出前先を読もうとするが、やはり視力が悪いので読み取れない。岡持を置いて眼鏡を探し始めるのだが……。


守谷日和。守谷日和本人が知らないところで、守谷日和の目撃談があるという話になる。「それってドッペルゲンガー? そんなわけないか」「それって大量生産? 物好きの科学者が自分の技術をひけらかすための俺を大量に生んでるとか。そんなわけないか」。最後は守谷日和に知り合いがどんどん守谷日和になっていくという謎の展開である。


おいでやす小田。彼女(ノリコという名前のようだ)とレストランに食事をしに来たが、彼女というのが話のわからない人で、比喩表現がまるで理解出来ず、小田がキレ続けるという一人芝居ネタである。
「目ん玉、飛び出るわ」というと彼女はその言葉をそのまま受け取ってしまうため、「本当に出るわけないやろ」と否定する必要がある。
「ちゃんとしてくれ頼むわ」→「注文頼むやない」
「頭空っぽやな」→「本当に空っぽやない。脳みそ詰まってる」
「以心伝心。無言で伝わって欲しい」→「(出来るわけない)そんなこと出来たらテレビ出られるわ」
「しばくぞ!」→「こんなところで本当にしばくわけないやろ!」
「永遠に一緒にいたいと思うやん」→「いや、寿命あるから無理やけど」


学天即の二人もピンネタでR-1に参加したのだが、四条は2回戦で敗退し、明日ある3回戦には出られないという。2回戦では客席では「4人しか笑わなかった」という大すべりだったそうで、ピンネタ紹介の前に、池田に「『よじょう』じゃなくて、もう『しじょう』でええやん。京都だけに」と言われていた(上手袖に四条が現れて睨んでいた)。

学天即・四条のピンネタ。スケッチブックを使ったフリップネタである。茶道を10年間習っていて、免状も貰っているのだが、茶道教室が師匠の自宅の家の2階で開かれていたものの、「洋室」だったそうで、最初に「茶せんはバット、茶碗がグローブ。3割目指して頑張りなさい」となぜか茶道が野球に例えられた。茶道は抹茶と和菓子を楽しむのだが、先生が和菓子を忘れたことがあり、和菓子の代わりに出されたのがなぜか「食パン」。そして先生はお茶よりも「コーラの方が好き」だったそうである。というネタをやって「2回戦で落ちました」
更に新ネタ。自分が今なにをしているところかをお客さんに当てて貰うというネタ。手を挙げるお客さんはいなかった。正解は「どうやっても当たらないもの」ばかりである。
四条が眼鏡を取りだして掛け、「誰の真似でしょうか?」と聞く。私にはラーメンズの片桐仁にしか見えないのだが、「松竹芸能の人です」とヒントが出される。正解は「アルミカンの赤阪さん」なのだが知らん。後で調べたら、アルミカンの赤阪侑子と片桐仁はそっくりであった。
奥田が後で「(四条は)緊張でガチガチで噛みまくり。松竹芸能のことを『しょうきちく芸能』と言ってた。鬼畜ってどんな事務所」と突っ込んでいた。


学天即・奥田のピンネタ。奥田は青鬼の格好をしている。「憤怒の鬼」らしい。「ガールズバーのキャッチの女の子」という題で不満を語り始める。基本的にキャッチは条例違反なのだが、道頓堀の戎橋などでは私ですら声を掛けられる。まず「なんでため口なん?」。「お兄さん、どこ行くん?」と聞いてくるのだが、「どう見ても俺の方が10歳ぐらい上やろ」。で、ブスが多いそうで、「『私はブスだけど中には可愛い子いるんで』って逆やん。可愛い子で呼ばんと」。で、ガールズバーの子は頭が残念な子が多いそうで、「人混み嫌い」と言う割りには人だらけの花火大会に出掛けて、花火を肉眼で見ずにスマホで撮影しながらカメラ越しに見る。そして友達3人ぐらいで自撮りで花火を撮る。しかもアプリのスノーを使う。
3人組でスマホをセルフで撮り、SNSにアップするも、後で「私、群れないんで」と言う。「3人いたらもう群れやん?」
ただ、散々悪口を言いつつ奥田はガールズバーが大好きというオチであった。


田邊の司会による、ピン芸人のためのコーナー。「こいつだけには負けたくないというライバルは?」というお題である。
ピン芸人は、ピン芸人同士で会話をする傾向があるそうで、劇場で他のピン芸人が演じているのを舞台袖で見ていることも多いそうだ。おいでやす小田によると、「ピン芸人だけではなく、漫才コンビの人からもアドバイスは貰うが、漫才の人のアドバイスは当てにならない」そうである。
ピン芸って特殊なネタだからね。

守谷日和はテレビ番組のレポーターの仕事を貰ったのだが、制作スタッフから「面白くなかったら降板させる」と告げられており、同じ番組でレポーターに起用されたピン芸人に負けたくないという人もいる。
営業妨害になるので書けないことが多いのだが、ZAZYは「林家ペーパー子師匠」と書き、理由が「自分の勝負服の色であるピンクがかぶるから」というネタを書く。
おいでやす小田がピンクのストライプのネクタイを締めていたので、ZAZYと衣装を交換してみればという話になり、ZAZYのピンクのジャケットを着て登場すると、「似合う」「華が出て良い」などと言われていた。


本番終了後の告知の時間。学天即・奥田はアイドルが大好きなのだが、3月6日にNGKで自分の誕生日パーティーを行い、アイドルが招かれて多数出演するという。名古屋を本拠地とするチームしゃちほこや、新潟のご当地アイドルであるNegiccoなど、メジャーなアイドルが出演するということで、アイドルファンの間で話題になっているのだが、「奥田だけ誰だか知らん」ということになっているそうで、「自分のファンは逆に来にくい」と奥田は言っていた。

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連続ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」について思うこと

連続ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」全11話を見終える。知情意の三位一体で物事をとらえるわけだが、情と意に関しては述べても納得される部分は少ないと思える。なぜなら、それは普遍的なものではなく、私自身も私自身の「情」や「意」に関してはある程度しか知り得ないから。
なので、知で捉えた構造的な部分を書くことにする。
 
以前の日記(「猫町通り通信」)に書いたとおり、この物語は、「共に学歴勝者である、恋愛弱者と経済弱者の寓話」という一面は認められるだろう。バブルの頃なら学歴勝者なら恋愛においても経済においても勝者たり得た。あの頃は、「三高(高学歴、高収入、高身長。高身長についてはある程度和らげた表現で、実際は「高ルックス」である)」という言葉があった。
 
だが、今はどうだろう。頑張りが報われない人の方が多いのではないだろうか。
 
これが、「逃げ恥」が世に受け入れられた要因だと思われるが、別の側面がある。
この話は、「理屈に強い」、「数値化することが好きな」、「頭の良い二人」の話なのだ。実際に「小賢しい」という言葉がキーワードになっている。理屈などなくても幸せな夫婦になれることは森山みくり(新垣結衣)の父親の栃男(宇梶剛)と母親の桜(富田靖子)のなんとなく栃木県ゆかりっぽい名前の二人が好対照として置かれていることでわかる。つまり理屈っぽい人はある程度バカにならなければ人を愛することなど出来ないということでもある。
「賢」が上で「愚」が下などという構図を絶対だと決めつけるほど私は単純ではないつもりだが、ある意味、「逃げ恥」は逆シンデレラストーリーなのだと思う。やはり「Be foolish!」の話なのだ。
 
人が人を愛するのに理屈などいらない。津崎平匡と森山みくり以外のカップルは皆、情によって相手に惹かれていく。理屈などさして必要ではない。

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コンサートの記(273) 下野竜也指揮京都市交響楽団第608回定期演奏会

2017年1月21日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第608回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任客演指揮者の下野竜也。下野はこの4月から、高関健と並んで、京都市交響楽団の常任首席客演指揮者に昇格し、常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーである広上淳一と共にトロイカ体制をより強固なものにさせていくことが決まっている。

曲目は、モーツァルトのピアノ協奏曲第25番(ピアノ独奏:パスカル・ロジェ)とブルックナーの交響曲第0番。
有名とはお世辞にも言えない曲が並び、今日と明日の2日公演なので入りが心配されたが、満員には遠かったものの、案外入りは良い。

モーツァルトのピアノ協奏曲第25番は、モーツァルトの20番台のピアノ協奏曲の中では取り上げられる回数が極端に少ない曲である。下野竜也もプレトークで、20番台のピアノ協奏曲のうちで第25番と第22番は余り取り上げられないと語っていたが、ピアノ協奏曲第22番は第3楽章が、映画「アマデウス」で流れていたため、聴いたことがある人は多いかも知れない。
一方、ピアノ協奏曲第25番は、ライブで聴くのは今日が多分初めてになる。実は、大友直人が京都市交響楽団の常任指揮者を退いてすぐの頃なので大分前になるのだが、大友直人指揮京都市交響楽団の定期演奏会でモーツァルトのピアノ協奏曲第25番がプログラミングされたことがあったのである。しかし、なんとソリストが演奏する曲目を間違えており、演奏会の直前になって大友直人に電話をしてきたそうで、暗譜しているポピュラーなピアノ協奏曲第21番に急遽変更という出来事があった。


開演20分前から下野竜也によるプレトーク。ラフな格好で登場した下野は、「こんにちは」と「遅ればせながら、あけましておめでとうございます」の挨拶を行った後で、曲目の紹介を行う。モーツァルトが好きな人も多いし、ブルックナーが好きな人も多いけれども、今日取り上げる曲は共に演奏される回数が少ないと言って、「だからといって悪い曲ではない」ということを強調する。

モーツァルトのピアノ協奏曲第25番はハ長調で書かれたピアノ協奏曲であるが、「悲しさ」を感じさせる曲だと下野は語る。ティンパニとトランペットが入っており、普通はこうした編成による曲はお祭りの曲なのであるが、モーツァルトは敢えて捻っているという。「人に寄っては」と下野自身の解釈ではないことを示しつつ、「戦後の不況、またモーツァルト自身がフリーメイソンに入れあげて問題になったという背景があるのではないかとも言われています」と下野は述べる。パスカル・ロジェのことを「世界屈指のピアニスト」と褒めたたえ、ロジェの演奏にも乞うご期待の旨を述べる。


ブルックナーの交響曲第0番は、特殊な曲である。普通は交響曲の番号に0などという数字は入らない。実は元々は交響曲第2番として書かれたのだが、後にブルックナーはタイトルをに「無効」と筆を入れ、習作として取り消してしまい、新たな交響曲第2番が書かれた。破棄された方の交響曲第2番であるが、ブルックナーはスコアを捨てずに終生持っていたそうで、死後に交響曲第0番として出版された。ブルックナーにはそれ以前に書かれたとされる交響曲第00番も存在する(プロ野球チームの背番号みたいだ)。下野がこの曲を知ったのは中学生の頃だそうで、テレビを見ていてたまたま知ったのだという。
作曲された時期であるが、当初は交響曲第2番とされていたことから、交響曲第1番より後に書かれたものだというのは確実で、「交響曲第1番より前に書かれたから第0番というわけではありません」と下野も言う。
「ブルックナーというと後期の交響曲が有名です。ドヴォルザークも『新世界』、第8番、第7番。第6番当たりになるとマニアックになります。ベートーヴェンは交響曲第1番から傑作でしたが、他の作曲家の場合、若い頃の交響曲というと未熟な場合が多いです。若い頃は、書きたいことは沢山あっても方法もわからなければ手段もわからない。ただ、若いが故の魅力というのもあるのです」と下野は語り、「ブルックナーの後期の交響曲を演奏するようには今日は演奏しません。ウィーンで学んでいた頃、先生から教わったのですが、後から書かれた曲をイメージしつつ演奏するということは私もしないことにします」と続ける。下野は、「この曲がシューベルトの時代のすぐ後に書かれたということに注目してください」とも語った。


今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに尾﨑平。今日はフルートには首席客演奏者として榎田雅祥(えのきだ・まさよし)が入り、後半のみ出演した。トランペットはモーツァルトが稲垣路子と西馬健史、ブルックナーがハラルド・ナエス(首席トランペット奏者)と早坂宏明である。ホルンに見慣れぬ女性奏者がいたが、客演の中橋慶子のようだ。
第2ヴァイオリンにも今日は首席客演奏者として水鳥路が入る。


モーツァルトのピアノ協奏曲第25番。ピアノ独奏のパスカル・ロジェはフランスを代表するピアニスト。パリ国立音楽院を卒業後、英DECCAの専属アーティストとなり、ラヴェル、サティ、ドビュッシー、プーランク、フォーレなどのフランスものを次々に発表して売れっ子となる。シャルル・デュトワと多くの仕事を行っており、サン=サーンスのピアノ協奏曲全集や、プーランクのピアノ協奏曲などをレコーディングしている。
今世紀に入ってからも「ドビュッシー ピアノ曲全集」をonyxから発表し、話題となった。

モーツァルトのピアノ協奏曲というと、長調の曲にしろ短調の曲(2曲しかないが)にしろ、まろやかなピアノが奏でられるのが王道だが、ロジェはフランスのピアニストということもあってかシャープ且つタイトである。結晶化された美しい音色を奏で、いわゆるモーツァルト弾きといわれる人達とは別の魅力がある。

下野指揮の京響は輝かしい演奏を展開。ピリオド・アプローチを援用しているが、弦のビブラートを掛ける場所が奏者によって異なるなど(ノンビブラートの人もいた)、自然な感じを表に出していたように思う。

この曲は勢いよく始まるが、弦が不吉な印象を受けるメロディーを奏で、それを管楽器が明るい調に変えて演奏する。そのため不安定な印象を受け、モーツァルトの孤独が一瞬よぎるような印象を受ける。
第2楽章でもピアノは明るい音を出しているのに、管楽器が痛烈な音を出す場面がある。
そうした不安定な要素が好悪を分かつ要因なのかも知れない。
ロジェはアンコールとして、サティの「グノシエンヌ第5番」を弾く。実はこの曲は、私が千葉にいた頃、最も好んで良く弾いた曲の一つである(「グノシエンヌ第1番」や第3番もよく弾いた)。技巧的には平易であり、楽譜が読めれば初心者でも弾けるはずである(楽譜が読める時点で初心者ではない気もするが)。
世界で初めて「エリック・サティ ピアノ曲全集」を作成した故アルド・チッコリーニの2種類の演奏を良く聴いたものだが、チッコリーニはフランス国籍になったとはいえ元々はイタリア人であり、そのため甘い旋律を慈しむかのようなカンタービレを聴かせていたのだが、ロジェの弾く「グノシエンヌ第5番」はそれとは異なり、甘さも余り感じさせずスマートである。ロジェの弾く「グノシエンヌ第5番」は録音でも聴いたことがあるのだが、スタイルは全く変わっていない。他のフランス人ピアニストもロジェのようなサティを弾くので、フランスではロジェのようなスタイルが正統派なのかも知れない。

アンコール曲はホワイトボードに手書きで発表されるのだが、何の手違いか、「グノシエンヌ第3番」と発表されている。そこでスタッフさんに言って、正しい番号に訂正して貰った。
サティのグノシエンヌは第1番から第6番まであるのだが、サティの生前に出版されたのは第3番までである。「グノシエンヌ第1番」が最も有名であり、北野武初監督作品である「その男、凶暴につき」で、電子音などに編曲されたものがメインテーマとなっていた。
「グノシエンヌ第5番」も90年代に菊池桃子が出演していたCM(なんのCMかは忘れてしまった)で使われ、最近もまた別のCMで使われている。



ブルックナーの交響曲第0番。
野達也は大阪フィルハーモニー交響楽団とこの曲を録音しており、京都コンサートホールでも同曲を大阪フィルと演奏している。確か、それが下野の京都コンサートホールデビューであったはずである。
下野も大フィルとこの曲を京都コンサートホールで演奏した時は今よりも二回りぐらい巨漢だった。

ブルックナー初期の楽曲とはいえ、ブルックナーらしさは十分に発揮されている。第2楽章の澄み渡る空が目に浮かぶような音楽は、彼の交響曲第8番第3楽章を連想させる。ただブルックナーの後期の交響曲、特に第8番と第9番は「響き」と「音の構築感」に重きが置かれているのに対して、初期はまだメロディーで繋ごうという意図が強いように思う。下野はプレトークでシューベルトの名前を出していたが、旋律や構築感にはシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」や交響曲第5番に相通じるものが感じられる。

大阪フィルを指揮した演奏では渋い独特の演奏を聴かせた下野だが、京都市交響楽団は大フィルに比べて音色が明るいため、趣がかなり異なる演奏となった。大フィルとの演奏はもう詳しくは覚えていないのだが、今日のような見通しの良さが感じられなかったのは確かなので、今日の方がより咀嚼された分かり易い演奏であったように思う。

カーテンコールで、下野は総譜を掲げて、曲への敬意を表した。

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2017年2月 9日 (木)

私立恵比寿中学 「サドンデス」

運命なのか予言なのか暗示なのか。なんというタイトルなのだろう。哀悼の意を表します。

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コンサートの記(272) 平成28年度全国共同制作プロジェクト プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」新演出

2017年1月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、平成28年度全国共同制作プロジェクト プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」を観る。

「蝶々夫人」を観るのは今日で多分4回目。最も多く観ているオペラとなる。

考えてみれば、フェスティバルホールで本格的なオペラ上演を観るのは初めてである。井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるバルトークの歌劇「青ひげ公の城」は観ているが、あれはオーケストラも舞台に上がり、セットなしで行われた上演である(「青ひげ公の城」は抽象的な内容であり、セットなしでも上演が出来る)。


ミヒャエル・バルケ指揮大阪フィルハーモニー交響楽団による演奏。演出:笈田(おいだ)ヨシ。出演は、中島彰子(なかじま・あきこ。蝶々夫人)、鳥木弥生(スズキ)、ロレンツォ・デカーロ(ピンカートン)、サラ・マクドナルド(ケイト・ピンカートン)、牧川修一(ヤマドリ公爵)、清水那由太(しみず・なゆた。ボンゾ)、晴雅彦(はれ・まさひこ。ゴロー)ほか。ダンサー(蝶々夫人の分身):松本響子。合唱はフェスティバル・クワイア。

今月(1月)22日に、金沢で幕を開けた公演で、今日は大阪での上演。この後、高崎、東京で公演を行う。


文学座、劇団四季での活動後、ヨーロッパに渡って俳優・演出家として活躍してきた笈田ヨシによる新演出である。
笈田ヨシは、アメリカ海軍士官に捨てられた可哀想な蝶々さんではなく、より幅を拡げた解釈を行う。

3階席6席目での鑑賞だが、舞台に置かれたものを確認するため、オーケストラピットのそばまで行く。帰りに、上手から、スタッフに誘導されて笈田さんが入ってくるのが見えた。その後、笈田さんは、私の後に続く格好で、1階後方の出入り口からホワイエに出た(笈田さんの席は1階席の一番後方であるようだ)。笈田さんに気づいた人は余りいなかったが、数名が気づいて、話したり記念撮影をしたりしている。


素舞台の上に平台に作った小さな舞台が置かれている。ここが蝶々さんの居住空間となる。平台の上に衝立が真横に6枚。漢字で何か書かれているが、近くにいってもよくはわからなかった。
舞台手前には、上手から松の盆栽(第2幕では笹に変わっている)、赤い花2つ(第1幕で用いられる)、石のオブジェ(蝶々さんとピンカートンの二人のシーンで火がともる)が置かれている。

無料パンフレットに笈田ヨシの挨拶が載っており、「蝶々さんはアメリカの全てを尊敬し愛していました」と定義した後で、自身の体験を話す。進駐軍の兵隊さんからガムを貰うために「ハロー!ハロー!」と叫びながらジープを追った日々、アメリカ兵相手の娼婦(俗にいう「パンパン」)が綺麗な洋服を着てチョコレートを食べているのを見て羨ましく思ったこと、アメリカのものが優れていると思い、日本のものは古くさいといわれて軽蔑された時代など。
笈田は、蝶々さんが絶望して死んだ場所を「ナガサキで!」とカタカナで書き、長崎で被爆した自分の友人達も死んでいったと綴っている。


ゴローが大きめの星条旗を持って現れる。それに続くピンカートン。ゴローは星条旗を平台の上手に差し、アメリカ国歌「星条旗」のメロディーが流れると、星条旗をはためかせて見せる。今回の舞台ではゴローは完全に旗持ちならぬ太鼓持ちである。
ゴローは衝立を移して、蝶々さんとの新居を説明する。
ピンカートンの友人である、領事のシャープレスは、この舞台では、ピンカートンの身勝手さに最初から呆れ気味のようであり、ラストではピンカートンを本気でなじる。

蝶々さんが現れる。背後の紗幕が透け、合唱している人々が見える。蝶々さんは天平時代の貴女のような格好で下手からゆっくりと進んでくる。
蝶々の形の旗を持った人々が数名。そして、折り鶴をつり下げた飾りが現れる。

ちなみに、今回は蝶々さんのキリスト教への改宗を責めるボンゾは、僧侶ではなく山伏(修験者)の格好をしている。

蝶々さんが、武家の出ながら芸者に身をやつしたこと、また父親が亡くなったことを語るシーンで、紗幕の向こうに、薄浅葱の死装束姿の父親(川合ロン)の姿が現れ、父親が切腹したことが示される。

蝶々さんとシャープレス二人の場面では、合唱団のメンバーが灯籠を手に現れる。多くの灯籠が浮かぶシーンは、広島で行われる原爆死者追悼のためのとうろう流しが連想される。また、折り鶴も原爆被害の象徴だ。もう前大統領になるが、バラク・オバマも広島で折り鶴を作って被爆者に捧げている。


第2幕では、蝶々さんもスズキも、戦中そして戦後すぐを思わせる質素な格好の女性として登場する。今回は蝶々さんとケイト(ケイト役のサラ・マクドナルドが今回唯一のアメリカ人キャストである。女優として「花子とアン」にも出ていたというサラは大学時代に、演劇、日本文化、日本語の3つを専攻しているそうだ)が会話を交わす場面のある1904年ブレシア版の楽譜が用いられている。ケイトは「子供は自分が育てる」と蝶々さんに誓う。ある意味、象徴的なセリフである。

第2幕でも、蝶々さんの幼さが強調されており、「ある晴れた日に」は、蝶々さんのピンカートンへの思いと同時にアメリカへの盲信が歌われているようでもある。

紗幕が透け、芸者の頃の可憐な蝶々さんが現れる。それを追う、ボンゾ、ヤマドリ公爵ら。最後にピンカートンが姿を現す。

蝶々さんが、家を花で飾ろうと歌う場面では、合唱団員が着物姿で現れて花びらを撒いていくが、最後に黒子が黒いものを投げていく。焼かれた街に残った炭だろうか。

蝶々さんが新婚時の姿に着替えようというとことで、再び衝立が一直線に横に並ぶ。今度は裏側をこちらに向けて並べる。光を放つ紙が切り貼りされており、ステンドグラスのように見える。どうやら大浦天主堂を仄めかしているようだ(浦上天主堂かも知れないが、ステンドグラスの種類がちょっと違う。いずれにせよナガサキの象徴である)。黒ずくめの合唱団員が現れ、ステンドグラスのように光る衝立の前に並んで歌う(ハミング・コーラス)。彼らの正体は死者だと思われる。
死者達が去った後、間奏曲が流れ、蝶々さんの化身が現れて舞う。下手から上手へと歩みながら。可憐だが、大きく反り返る様などは痛みを表しているようにも見える。


ピンカートンに裏切られたことを知った蝶々さんは、第2幕では平台の下手に場所を移して掲げられていた星条旗を引き抜き、放り投げる。紗幕の後ろに再び蝶々さんの父親が姿を現し、蝶々さんの自殺が仄めかされて終わる(自刃そのもののシーンはない)。


1945年8月6日に広島に、同年8月9日に長崎にアメリカにより原子爆弾が投下された。一瞬の光の下での大量虐殺。自身が虐殺行ったという実感を終生を持たぬままアメリカのパイロットは他界した。そしてアメリカ人の多くは「原爆は正義であった」と今も思っている。日本の国土を蹂躙したアメリカに戦後従い、追わなければならなかった日本人の根源的な哀しみと無念がヒシヒシと感じられる。そして同時に感じるのは強い怒りだ。アメリカに倣うのはある意味では仕方なかった。しかし、今なお徹底した従米路線良しとする一団に憤りを覚えるのだ。

アメリカが描いた自由、民主主義、理想、正義。それらが真っ赤な嘘であったことは今では知られている。戦争をすることで儲けるアメリカ。平和を掲げる日本が最も戦争大国アメリカを支持している国家だという矛盾。


フェスティバルホール3階で聴いた音であるが、オーケストラは美しいが響きが薄く、声は良く通るが、やはり巨大な空間であるため、声があちこちに反響してガタガタ軋むようなところがある。視覚的にも余り良くない。字幕は、上手下手のプロセニアム沿いにあるのだが、下手の字幕は私が座った席からは薄くて見にくい。上手の字幕はステージ中央から遠く、演技と字幕両方を見るには視線を大きく動かす必要がある。上手の字幕もそれほど見やすくはない。蝶々の形の旗が登場した時は上手の字幕が隠される格好になってしまい、難儀した。
ということで、オペラに向いたホールという印象は受けなかった。道理でオペラ上演が思ったよりも少ないわけだ。
そもそも3階席、綿ぼこりが舞ってるし、これあかんやろ。


タイトルロールを歌った中島彰子であるが、声が澄んでいて心地よい。また、一芝居のシーンがあるのだが、声音を変えて上手く演じていたように思う。

スズキを歌った鳥木弥生。衣装がずっと地味なので目立たないような印象を受けるが、しっかりとした歌唱を聴かせてくれる。

ピンカートン役のロレンツォ・デカーロの堂々とした演技も見事だったが、シャープレスを演じたピーター・サヴィッジの演技力が極めて高く、それがこの公演の成功に大きく貢献している。

今回は太鼓持ちであるゴローを歌った晴雅彦は、持ち前の剽軽さも発揮していた。


ミヒャエル・バルケの指揮は、拍を刻むオーソドックスなもの。叙情的な部分も良かったが、「宮さん宮さん」などのリズミカルな旋律の処理の方が達者である。

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2017年2月 8日 (水)

コンサートの記(271) 垣内悠希指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪フィル×ザ・シンフォニーホール「ソワレ・シンフォニー Vol.5」

2015年5月22日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪フィル×ザ・シンフォニーホール「ソワレ・シンフォニー Vol.5」を聴く。昨シーズンから大阪フィルが始めた午後7時30分開演という通常より遅い時間のコンサート。昨年は休憩なしで小品一つと交響曲1曲(全て交響曲第1番であった)という内容で、指揮者もベテランが多かったが、今期は若手指揮者を登用。比較的演奏時間は短いが、有名曲を取り上げる、協奏曲をプログラムにいれ、途中休憩もあるというスタイルに変わった。「ソワレ・シンフォニー」というタイトルだが、今日と次回は共に交響曲(シンフォニー)はプログラムに取り上げられておらず、シンフォニーは「ザ・シンフォニーホールのこと」程度の意味になってしまっている。

今日の指揮者は垣内悠希。今年(2015年)の京都市交響楽団ニューイヤーコンサートの指揮台にも立った指揮者である。1978年、東京生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科を首席で卒業後、ウィーン国立音楽大学指揮科をやはり首席で卒業。その後、ウィーン国立音楽大学の劇場音楽科特別課程(オペラ課程)を終了。6歳でピアノを始め、14歳から指揮の勉強を始めており、小澤征爾、ヨルマ・パヌラ、佐藤功太郎、レオポルド・ハーガー等に指揮を師事している。2011年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。2001年から現在までウィーン在住である。

曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:山本貴志)、ムソルグスキー作曲(ラヴェル編曲)の組曲「展覧会の絵」

午後7時20分頃から、垣内によるプレトークがある。今日のプログラムは「ロシア」というテーマで統一したものであり、グリンカは「近代ロシア音楽の父」と呼ばれる人物であり、「ロシア人は西欧の真似をするのではなく、ロシア人の音楽を書くべきだ」と考えたとされる人で、こうした考えがムソルグスキーを含むロシア五人組に代表されるロシアの「国民楽派」へと繋がっていく。

垣内が住んでいるウィーンからみるとロシアは遥か遠く、ずっと東にあるという感覚だそうで(ウィーンのあるオーストリアも、オーストは英語のEAST」に当たり、「東の国」という意味ではある。実際、ウィーンは東欧とされるチェコのプラハより東に位置する)、ロシア人はそんな東の国から西欧まで出てきて、西欧の音楽を真似したり取り入れようとしたりしたが、結論としては「真似ではなく、ロシアの土壌に根ざした音楽を書こう」ということになった。
垣内は、「個人的には、オペラなどの序曲は大好きです。何時間も掛かるオペラのエッセンスを数分にまとめたもので、美味しいところがつまっています」と述べる。

ショパンはフランス系ポーランド人の作曲家であるが、ポーランドはショパンがワルシャワを去った直後にロシアに併合されている。
垣内がソリストの山本貴志に聞いたところによると、「協奏曲というのは、普通は外へ外へと音楽が向かっていくものだが、ショパンの協奏曲第2番は逆に内へと向かっていく」そうで、内省的な作風が独特だそうである。ショパンの性格のナイーブさ出ているのだと解釈することも出来る。

組曲「展覧会の絵」だが、ラストの「キエフの大門」の、キエフという言葉を聞くとロシア人はロシアで最初に建国された国であるキエフ大公国を連想するそうで、「我々のルーツはキエフにある」と思っている人が多いそうである。キエフというと今はウクライナの首都であり、ロシアとは別の国の都市になっているが、ロシア人は国情はともかくとしてキエフという場所には好感を持っているようである。なお、同じ古くからある都という縁もあり、キエフは京都市の姉妹都市となっている。

今日の大フィルのコンサートマスターは、かつて読売日本交響楽団首席コンサートマスターを務めたベテランの藤原浜雄。桐朋学園大学の教授でもある。これまで大フィルのコンサートマスターは若い人が務めることが多かったが、藤原は白髪である。首席コンサートマスターの田野倉雅秋と首席客演コンサートマスターの崔文洙は共に兼任しているポストがあるためか都合が付かず、コンサートマスターの肩書きを持っていた渡辺美穂が昨年(2014年)暮れに退団したため、藤原が今日のコンサートマスターを務めることになった。

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。快速テンポの曲であり、「ここぞ」とばかりに新幹線のようなスピードで技量を見せつける楽団も多いが、垣内のテンポは「ルスランとリュドミラ」序曲としては中庸。
大フィルは音に張りがあり、今日も好調のようである。木管が僅かに引っかけたが、気になるほどではない。

ショパンのピアノ協奏曲第2番。ソリストのの山本貴志は猫背になり、鍵盤に顔を近づけて弾く場面が多い。おそらく、グレン・グールドの影響を受けているのであろう。輝きを放ちながら、その奥に影を感じさせる音色が特徴。優れたショパン弾きである。
第2楽章は、遅めのテンポを採り、ロマンティックな演奏を展開する。ただ、この楽章はもっと速いテンポで客観的に弾いた方が聴き手にショパンのメッセージが伝わりやすいと思う。過度にロマンティクになるとショパンの姿がぼやけて見える。

オーケストレーションは、19歳だったショパンが行ったものであり、ショパンはワルシャワ音楽院で管弦楽法を少し囓っただけであった。そのため鳴りが悪く、20世紀初頭までは、「ショパンのオーケストレーションは拙いので私が代わりに」ということで、ショパンのオーケストレーションをいじって演奏する慣例があった。一方で、「ショパンは友人にベルリオーズなどのオーケストレーションの名手がいながら、編曲を依頼した形跡はない」ということ、また、「ショパンは自身のイメージした音をオーケストレーションしたはず」ということで、現在ではショパンの書いたオーケストラの部分を改変することは基本的にない。響かないのは確かであるが、それは「主役はあくまでピアノとするため」という解釈もある。

ムソルグスキー作曲、ラヴェル編曲の組曲「展覧会の絵」。トランペットが意気揚々とプロムナードの主題を奏でる。自信漲るムソルグスキーという解釈なのだろうが、威勢が良すぎる気がしないでもない。
「小人」では、低弦と大太鼓のタイミングがずれた。垣内の指揮にミスがあったのかも知れない。その後の2度めのプロムナードではホルンソロがよちよち歩きになってしまうなど、最初の方は上手くいかない。

その後は立体感に溢れる好演を展開。今日はトランペットが明るすぎる嫌いがあるものの、その他の部分は上々である。ラストの「キエフの大門」の色彩感は独特であり、見事であった。

私が本格的にオーケストラのコンサートに通い始めたのは、今から丁度20年前の1995年の9月。東京・渋谷のNHKホールでのヘルベルト・ブロムシュテット指揮するNHK交響楽団の定期演奏会からであり、その時のメインの曲目も「展覧会の絵」であったのだが、あの頃は、日本のオーケストラがこれほどの高い水準まで成長するとは予想していなかった。

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2017年2月 5日 (日)

楽興の時(13) ロームシアター京都オープン1周年記念イベント「Kyoto Gathering」

2017年1月31日 左京区岡崎の京都モダンテラスにて

午後6時から、ロームシアター京都パークパレス2階にある京都モダンテラスで、ロームシアター京都オープン1周年記念イベント「Kyoto Gathering」に参加する。写真、映画、音楽などの芸術を取り上げる催し。映画監督の林海象(京都造形芸術大学時代に見知った関係である)、女優の鶴田真由、DJ・作曲家&プロデューサーの沖野修也(おきの・しゅうや)らが参加する。バンド演奏は、Based on Kyoto.とNAOITO☆.Aの2組。


京都モダンテラスに入るのは初めてである。入ってすぐに林海象とバッタリ出会ったので挨拶。林さんは、「取材?」と聞く。取材ではないが、色々なものに接して取り入れようとしているのは事実である。林監督が「取材?」と聞いたのは、おそらく私が色々聞く性分だったからだと思われる。林監督にお目にかかるのは13年ぶりぐらいである。Facebookで繋がっているので、そう遠い感じはしなかったのだけれど。林監督は少し小さくなられたように見えた。林監督は元田中で「バー探偵」という店も経営されているのだが、私は酒が飲めないので行きようがない。

鶴田真由さんも普通にいる。舞台でお見かけした時には気がつかなかったのだが、小柄な方である。

芸術紹介のイベントなのだが、参加者は多くは賑やかに歓談しており、写真や映像をじっくり見ている人は余りいない。

沖野修也のDJタイムが1時間ほど続く。ジャズセッションの音楽が流れていたので、私もコードに合わせて口笛を吹いたりした。


午後7時過ぎから、まず、写真のイベントが行われる。スクリーンが降りており、そこに写真が投影される。
まずは、志津野雷(しづの・らい)による水の写真集『ON THE WATER』(青幻舎)からの映像。その他にバスク地方(フランスとスペインの境にある地域。著名な出身者にモーリス・ラヴェルなど)の男性などの写真もある。
 
鶴田真由は、「今日、新幹線で来たんですけど、富士山が見えたので、写真を撮ろうと思ったら(撮っている間に)すぐ終わってしまって」と言って、写真を撮る時も「撮るよりまず見る」ことが大切だというようなことを語っていた。
 
アラーキーこと荒木経惟の最新作も投影される。荒木経惟は近年は病気のため、自宅から出ることもままならないそうだが、自宅にオブジェを置いて、それを撮ることで活動を続けているという。


続いて映画のイベント。まず、鶴田真由が監督したドキュメンタリー映画の予告編3本が流される。それぞれ、日本の伝統工芸である染め物、石垣島の女性、アイヌの人々の姿を収めている。
鶴田真由は、「現代に生きることに慣れてしまって、他の部分が弱っているような気がする」と語る。ポール・ボウルズ原作、ベルナルド・ベルトリッチ監督の「シェルタリング・スカイ」にも繋がる考え方である。

林海象監督は、日本映画は京都が発祥の地であることを述べ、牧野省三が日本各地を巡回上映していたと語る。更に京都モダンテラスのある左京区岡崎について、「夜に来るところじゃない」と語る。左京区岡崎は白河上皇の時代に、京・白河と並び称された白河の地である。六勝寺という、6つの「勝」の寺の入る寺院がかつては建ち並んでいた。今でも岡崎は平安神宮を始めとする神道、金戒光明寺や真宗大谷派岡崎別院などの寺院、更には新宗教の施設も多い宗教地域でもある。
林監督によると、「今でも祇園の石塀小路なんかに行くと、新選組の幽霊が出るといわれている」と語る。ただ、「一番会いたい人って、もういない人じゃない」とも言う。野田秀樹の「パンドラの鐘」にも、「(亡くなった知り合いに会ったら、退きながら嫌悪の)おお! ではなくて(手を取って喜びの)おお!」だろうというセリフを書いている。映画の宗教的側面である。村上春樹もエッセイでそうしたことを書いている。なんだか人の意見ばかり引用しているようだけれど。
林監督は、下鴨神社で映写会も行っているという。「神様は映画知らないから(映画が出来たのは100年ちょっと前に過ぎないという意味)」ということで、映画を神事として奉納したのだという。下鴨神社の関係者も喜んで協力してくれたそうだ。

林監督の映画「BOLT」の予告編が流れた後で、同じく林監督による短編映画「GOOD YEAR」が上映される。上映時間は23分である。出演は、永瀬正敏と月船さららの二人。子役二人も登場するが重要な役ではない。2014年12月24日の山形が舞台。永瀬正敏演じる男は零細工場を営んでる。その工場には「幽霊が出る」という噂や「水槽には人魚がいる」などという噂がある。
品川ナンバーの車に乗った女(月船さらら)が、雪道でハンドルを取られ、零細工場のそばに突っ込む。男は女を助け、工場内に運ぶ。シューベルトの「アヴェ・マリア」の音に気づいて女は目覚める。女は自分の名前を「あべ・まりあ」だと告げる……。

林監督が、山形にある東北芸術工科大学(京都造形芸術大学の姉妹校)の教授を務めているということもあって、雪の山形で撮られた映画である。東北ということで東日本大震災にも触れている。

私が、ちょうど今取り組んでいる戯曲に少し重なる部分もある。
ラストはバンドタイム。ノリノリである。Based on Kyoto.もNAOITO☆.Aも変拍子の多い曲を奏でる(4分の4拍子の曲もある)。空いたスペースでは人々が踊り、一昔前のディスコ(クラブよりもディスコだろうな)のようになっていて楽しい。私も拍を取りながら動いた。

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日本科学技術大学教授・上田次郎より

上田次郎 「日本科学技術大学教授の上田次郎だ。東京ヤクルトスワローズの上田はトリプルスリーの山田に大きく水をあけられたようだが、俺は貧乳の山田など相手にしていない。来たる2月17日5時26分から、「トリック」シリーズ全編をWeb配信してやる。感謝しろ。それから今年のノーベル物理学賞はもう俺に内定した。どうだ、羨ましいだろう。ははは」

http://www.yamada-ueda.com/

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2017年2月 4日 (土)

観劇感想精選(198) ミュージカル「わたしは真悟」

2016年12月23日 ロームシアター京都メインホールにて観劇

午後6時から、ロームシアター京都メインホールで、ミュージカル「わたしは真悟」を観る。



ミュージカル「わたしは真悟」は、楳図かずおのマンガをミュージカル化したもの。高畑充希と門脇麦のダブル主演である。演出&振付は、フィリップ・ドゥクフレ。ドゥクフレは、アルベールオリンピックの開会式と閉会式の演出を担当した人物であり、シルク・ドゥ・ソレイユのミュージカルの演出も手掛けている。ということで、アクロバティックな能力が要求されたり、高いところに昇ったり、巨大ブランコを漕いだりと、身体能力も求められる。高所恐怖症だったりしたらまずキャスティングされない。

脚本:谷賢一。出演は、高畑充希と門脇麦の他に、大原櫻子、小関裕太、成河(ソン・ハ)等。作曲:トクマルシューゴ&阿部海太朗。作詞:青葉市子。振付&美術:エリック・マルタン、演出協力:白井晃。白井晃は、来年5月にサウスホールでドイツの劇作家の作品を演出する予定である。


今日は1バルコニー席の下手側で鑑賞。この席はかなり酷い。壁を背にした3列目であり、椅子が高めに置かれていて、足を浮かせて足置きに乗せないといけない。長い時間、この状態では苦しいのだが、更にステージを見るには体を捻る必要がある。完全に設計の失敗である。京都というのはまともな施設を造ろうとすると何かと横槍が入るところである。バルコニー席も本来なら2列で一杯一杯のはずなのだが、2000席に拘ったためにかなり無理矢理押し込められた感じである。



333メートルの鉄塔(東京タワー)のてっぺんに、マリン(本名は山本真鈴。演じるのは高畑充希)とサトル(本名は近藤悟。演じるのは門脇麦)が登っているのが発見され、地上で一騒動起きる。マリンは、「今が人生で一番素敵な瞬間なのかも知れないね」と語り、「大人になったら別の生き物になっちゃうんだよ」という風なことも言う。楳図かずおの原作だけに、こうしたイノセンスの要素がかなり濃い。

産業用アームロボットが暴走する。人々はロボットを「壊せ!」と叫び、ロボットがある女を殺したのを確認すると「死んだ」と口々に言う。ロボットの人格(成河)は、「こうして私は生まれた、といいます」と語り始める。ロボットの人格は、人格のコアな部分は希薄であると同時に、全世界の機械と動植物に働きかける神のような力を持つため、客観性と神の視座を合わせ持つことを意味する、「~といいます」という伝聞系の言葉を多用する。

ロボットの人格は、「初めに言葉ありき」と聖書の言葉を引用した後で、「しかし私は意識を持つ前に言葉を持ってしまったといいます」と言い、なぜそういうことになったのかを探ろうとする。

実は、マリンと町工場の息子であるサトルが、工場の社会科見学を機に小学6年生の夏休みに恋に落ちて、この産業用アームロボットに二人の情報を始めとするあらゆる情報を打ち込んだのだ。ロボットの人格は、マリンとサトルを両親と認識し、それぞれの名前から一時ずつ取って、自らを真悟と名乗る。周囲の人々は真悟を怖れるが、サトルの同級生のしずか(大原櫻子)だけは真悟を守ろうとする。

外交官の娘であるマリンは夏休みが終わったら家族でロンドンに渡ることになっていたのだ。マリンはサトルにそれを言い出せない。二人で結婚するにはどうすればいいのか。子供を作るにはどうしたらいいのか。「333のテッペン」にその答えが隠されているようである。

ロンドンに渡ったマリンは、自身がなぜか病院にいることに気づく。記憶はほぼ失っていた。サトルという名前は覚えていたが、それが誰なのかは思い出せない。
イギリスでは日本人と日本人排斥運動が起こっていた。ロビンという青年(小関裕太)がマリンを連れ出す。ロビンはマリンを連れ出し、地下室に監禁した上、「外では戦争が起こっており、核爆弾が使用された」と嘘をついて、マリンと強引に結婚しようとする。マリンも日本人も見下された存在だった。日本人は「技術はあるが独創性がない」「金はあるが美意識はない」と侮られていた。

一方、サトルも電気店の店頭でパソコン(まだPC98である)をいじっている時に、真悟が暴走していることを懸念した三人の黒服の男取り囲まれていた。真悟には日本人全ての情報が入っている(一瞬だが、モニターに「ウメヅカズオ」という名が映るのを確認することが出来る)。汚れた大人達は真悟を怖れたのだ。
真悟は両親を守ると同時に、二人の間に愛があったことを伝えようとする。


イノセントな愛の物語である。バタイユ的愛と書いてもいいだろうが、12歳の少年少女なので、そこまでには達していないだろう。子供から大人へと移り変わろうとするほんの一瞬に感じる「子供であったことの尊さ」を上手くすくい取ってるように感じた。

高畑充希も門脇麦も微妙な年齢の少女と少年を演じていたが共に好演。歌唱力も万全で、高畑充希はファルセットの多用や、主旋律の後で対旋律に回るという成河とのデュオなど、難しいナンバーを振られていたがそつなくこなした。

予想以上の健闘だったのが大原櫻子。子供子供した子供を演じるのはそう簡単ではないはずだが、上手く少女らしさを出した演技をしていたように思う。彼女は二世タレントなので筋も良いのだろう(二世タレントだから必ずしもセンスを受け継ぐというわけではないのはご承知の通りであるが)。


ドゥクフレの演出は、モニターや背後のスクリーンに投影される映像を多用したもの。ステージを目一杯使っているが、ロームシアター京都メインホールはこの演出をするにはキャパが大きすぎるように感じた。

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2017年2月 3日 (金)

観劇感想精選(197) 春秋座「能と狂言」2017 狂言「節分」&能「鵺」

2017年1月19日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時30分から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座「能と狂言」を観る。狂言「節分」と能「鵺」の上演。

演目上演の前に、企画・監修の渡邊守章と能楽研究家で京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長の天野文雄によるプレトークがある。

狂言「節分」であるが、替と書かれており、新演出で行われるという。鬼を演じる野村万作が、「年なので鬼の面を付けるのが苦しい」ということで鬼の面なしで演じるそうだ。鬼の面は他の能面よりも重いらしい。ただ狂言の場合は衣装を簡略化することは絶対にないそうだ。
節分は季節が冬から春に変わるとき。何かの変わり目には間が現れるという考え方が中国にあり、そのため春節(旧正月)には爆竹を鳴らして魔が入らないようにする。
節分の鬼も中国の考えに由来し、そのため、季節の変わり目には鬼が出るので、豆まきをして追い払う。
能「鵺」。狂言の「節分」では鬼が追い出され、能の「鵺」では源頼政に殺された鵺の怨霊が成仏するという話で、渡邊守章によると、ソフォクレス(ソポクレース)の「オイディプス王(オイディプース王」の背景には「共同体の穢れを担わされた者の追放」があり、「鬼や鵺にもそれに通じるものがあるのではないか」という。
日本でも穢れを払うために、人形(ひとがた・にんぎょう)を流したり、櫛を流したりする風習が昔からある。

世阿弥作の「鵺」であるが、例えば世阿弥による「忠度」では和歌に対する平忠度の執着があったりするが、同じく「実盛」では白髪を黒く染めた斎藤実盛の亡霊が、己の最期がきちんと知られていないために成仏出来なかったりするのだが、鵺は苦しみがあるのはわかるがそれが何なのかはわからないと天野文雄が語る。渡邊によると「実存」のようなものとなるらしいのだが、渡邊は、伝説上では能の創設者とされる秦河勝(秦氏の末裔を名乗る長宗我部氏の記述によると諱は広隆で、秦氏の氏寺である広隆寺は秦河勝の諱を寺院の名前にしているとされる)が現在の赤穂市内にある坂越(さこし)に流刑になり、祟り神となったことと関係があるのではないかと述べた。坂越には秦河勝を祀る大避(おおさけ)神社という社があるそうである。大避神社には船祭りなるものがあるようだ。
「鵺」には、「空舟(うつおぶね)」という船が出てくるのだが、天野は「字の如く空っぽの船」で、普通の船ではないそうである。
渡邊が、「鵺」の最後で和歌が詠まれるのだが、こうした能は珍しいという。
渡邊は以前、観世寿夫がジャン=ルイ・バローと行った「立合い―演劇行為の根拠」という公演を行ったときに「鵺」を取り上げ、鵺をタートル・ネックにズボンという姿で演じたことを覚えているという。

「節分」も「鵺」も、共同体から追い出された者の悲哀が描かれていることは見ていてわかる。


狂言「節分」。出演:野村万作(シテ。鬼)、野村萬斎(アド。女)。地謡:中村修一、高野和憲、内藤連。大鼓:亀井広忠。小鼓:大倉源次郎。笛:藤田六郎兵衛。後見:深田博治。

まず野村萬斎が現れる。女役ということで頭巾を被っている。「この辺りに住まい致すものでござる」と自己紹介した後で、夫が出雲大社に参拝に行っていて留守であることと、今日が節分であることを告げる。
鬼役の野村万作が登場。傘と簑を着けている。毎年、節分の季節になると、鬼は蓬莱から日本にやって来るそうだ。灯が見えたので、女の住む家へと近づく鬼。鬼は節分には門に柊を飾るということを忘れており、目に柊が入ってしまって、「痛や痛や」と言っている。女は「案内するものがいる」と言って、扉を開けるのだが、鬼が目の前にいるにも関わらず、「誰もいない」と言ってまた奥に引っ込んでしまう。鬼の傘と簑は己の姿を隠すという魔力を持っている。そこで傘と簑を取って(今日は後ろに同じ色の毛が伸びた赤の頭巾を被っている)、再び案内を請うのだが、鬼の姿を見た女は、「怖ろしや怖ろしや」とまた鬼に引っ込んでしまう。「何が怖ろしいのか」と聞く鬼だったが、女は「鬼が怖ろしくなくて他に怖ろしいものがありますか」と言う。鬼であるというだけで怖がられるらしい。
鬼は、女のことを「小野小町以来、最も美しい女だ」として、何とか取り入ろうとするのだが、女はすげない。鬼は自分が持つ「杖の先を舐めて欲しい」と懇願する。鬼にも変態願望はあるらしい。
女は、「蓬莱には沢山、宝物があると聞く」と思い出して、鬼に宝物を下さいと頼む。鬼は喜んで宝物を与え、女が自分のものになったと思い込むが女は豆を取り出し、「福は内、福は内」と客席の方向に豆を撒く振りをした後で、鬼に「鬼は外、鬼は外、鬼は外、鬼は外」と執拗に豆をぶつける仕草をして鬼を追い出してしまう。

この作品では鬼は特に悪いことをしていない。それどころか宝物を与えるという福の神のような存在であるにも関わらず、追い出されてしまうのだ。理由は「鬼」だからである。


能「鵺」。出演:観世銕之丞(後シテ=鵺、前シテ=舟人)、森常好(ワキ。旅僧)、石田幸雄(アイ。里人)。大鼓:亀井広忠。小鼓:大倉源次郎。太鼓:前川光範。笛:藤田六郎兵衛。後見:河村博重、青木道喜。地謡:観世淳夫、大江信行、分林道治、味方玄、上野朝義、柴田稔。
無料パンフレットに台本(上演詞章)が載っている。

舞台は、現在でいうところの兵庫県芦屋市。熊野三山に詣でた僧侶が今度は西国巡りをしようと思い立ち、信太、松原、難波を経て芦屋の里に着く。そこで宿を請うのだが、里人は、洲崎の御堂になら誰でも泊まれると答える。だが、御堂には化け物が出るそうだ。僧侶は、「法力で泊まろう」と言い、里人は「ひねくれたお方だ」と呆れる。

春秋座では、橋がかりではなく花道を用いて能の上演を行う。異形の人の面を付けた舟人が現れ、成仏出来ないことを嘆く。この舟人の正体が秦河勝なら、栄華の日々が忘れられないのだろうが、舟人の正体は秦河勝ではなくて鵺である。舟人は僧侶には「自分は海士だ」と語るが、世捨て人のようなものなので、法力を持って弔ってくださいと僧侶に頼む。
舟人は、自分は近衛天皇の御代に、源頼政(源三位頼政。三位頼政の名前でも有名である。源氏の出身でありながら、平治の乱では平家に味方し、従三位まで出世。その後、以仁王に宣旨を依頼して、源氏再興のために以仁王と共に挙兵するが敗れ、宇治平等院にて自刃)により、射殺された鵺であると告げる。近衛天皇の時代、帝が夜な夜なお苦しみになったのだが、高僧らに聞いても原因がわからず、祈祷を行っても苦しみは晴れない。丑の刻になると東三条の森から黒雲が立ちこめ、御所の上をその黒雲が覆った時に帝は震えるという。そこで、源氏平氏の武将達を集めて、その中で兵庫頭であった源頼政が選ばれた。家臣の猪の早太と共に黒雲が御所の上を覆うのを待ち、怪しいものが見えたので「南無八幡大菩薩」と唱えて弓で射た。怪しいものは落ち、猪の早太がそれを九度、刀で刺した。それは頭は猿、尾は蛇(くちなわ)、足と手は虎という鵺であった。
舟人と僧侶が会話を交わし、舟人は去る。

里人が再び現れたので僧侶は話す。化け物の正体は舟人で、それは鵺の怨霊だと。

僧侶が読経していると、鵺の亡霊が現れる(能面はより怖ろしげなものに変わっている)。鵺は、「帝が苦しむのは自分の力だと傲っていたが、頼政の矢に当たって命を落とすことになった。頼政はその功により、獅子王という剣を拝領した。獅子王は藤原頼長によって頼政に手渡されたのだが、その時、郭公が鳴いたので、頼長は「ほととぎす名をも雲居に上ぐるかな」と上の句を読み、頼政が「弓張月の射るにまかせて」と返したという。頼政はそのことで名声を上げたが、鵺である自分は淀川に流され、淀川の芦の名所である鵜殿と同じ芦の名所である芦屋の浦に流れ来て、あの世へと移ってしまったのですと嘆き、山の端の月のように後生を照らして欲しいと言って、消えていく。

源頼政、藤原頼長なども絶頂期を迎えた後に悲惨な末路を辿った人物である。鵺もまた、帝を悩ませたが射られて死んでいる。
秦河勝伝説とも連なるものもあるのだが、鵺が成仏出来ないのは鵺によると鵺だからであり、生まれながらにして悪であり、そのことが悩みのようである。そこが秦河勝や三位頼政、藤原道長とは違うところだ。劇中で語られることはないが、頼政や頼長はおそらく人間だからという理由で成仏出来ているのであろう。

なお、「鵺」には現行五流(観世、金春、宝生、金剛、喜多)にはない部分があり、人間の生への執着と、始皇帝の時代に蓬莱(ここでは日本のこと)を眺めて見たいと空舟に乗った人(徐福のこと)がいたことを思い出すも、今の自分は芦屋に隠れ住んでいるだけで、いつまでこの境遇に耐えなければならないのか、という舟人の嘆きが語られているという。秦河勝は、秦の始皇帝の末裔と称していたので、同じ秦でありながら、始皇帝との差を嘆く秦河勝は繋がっている。

ちなみに、作者である世阿弥も秦河勝の後裔を称しており、世阿弥自身の嘆きが込められていると見ることも出来る。そうした場合、祖である秦河勝が悲惨な末路を辿ったように、この世は苦に満ちているという思いをくみ取ることは可能であるように思う。
また、能楽はもともと猿楽といい、猿楽に携わるものは身分が低いとされていた。そこに世阿弥の悲哀があったのかも知れない。

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2017年2月 2日 (木)

メロディカ・メン レナード・バーンスタイン 「ウエスト・サイド・ストーリー」メドレー

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2017年2月 1日 (水)

コンサートの記(270) ヤクブ・フルシャ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第504回定期演奏会

2016年12月8日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第504回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、チェコ出身のヤクブ・フルシャ。

曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(ピアノ独奏:河村尚子)とショスタコーヴィチの交響曲第10番。


1981年生まれの若手指揮者であるヤクブ・フルシャ。東京都交響楽団首席客演指揮者として日本でもお馴染みである。今季(2016-2017)から名門バンベルク交響楽団の首席指揮者に就任。
プラハ芸術アカデミーで、イルジー・ビエロフラーヴェクとラドミル・エリシュカに師事し、チェコ国内で活躍。プラハ・フィルハーモニアの首席指揮者として知名度を上げ、現在では世界的な活動を行っている。
幸田浩子のアルバムにプラハ・フィルハーモニアと共に参加しており、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団や東京都交響楽団とも録音も行っている。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番でソリストを務める河村尚子(かわむら・ひさこ)はフルシャと同い年である。兵庫県西宮市生まれ。5歳の時に一家で渡独し、教育は全てドイツで受けている。最初のうちは日本人学校に通っていたが、後に自らの意思でドイツ語の学校に編入。ハノーファー国立音楽演劇大学大学院ピアノ・ソリスト課程を修了。エッセンのフォルクバング芸術大学の教授でもある。現在は、東京音楽大学ピアノ科の特任講師でもあり、同大学指揮科教授の広上淳一とも親しいようで、何度も共演しており、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」の広上指揮京都市交響楽団との演奏はCDにもなっている。


今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。ドイツ式の現代配置での演奏。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。赤いドレスで登場したソリストの河村尚子は今日も怖ろしいレベルの演奏を展開する。
高度なメカニックを誇る河村だが、今日の演奏は技術面で優れているだけでは絶対に弾けない類いのものである。曲が進む毎に輝きを増していくピアノの音色にも驚かされるし、右手と左手が別々の生き物のように鍵盤上で疾駆する様には唖然とさせられる。音は立体感を持ち、感情が宿っている。
第2楽章の哀しみの表現も秀逸であり、「とんでもないレベルのピアニストになってしまったな」という印象を受ける。

フルシャ指揮の大阪フィルは、編成を一回り小さくし、ビブラートを抑えめにしたピリオド・アプローチでの演奏。にも関わらず、広いフェスティバルホールでかなり鳴らす。
チェロやコントラバスをしっかりと弾かせるピラミッドバランスの演奏。古楽を意識したティンパニの硬めの音も特徴である。


河村はアンコールとしてスカルラッティのソナタヘ長調K.17を弾く。フルシャもホルン奏者の前に腰掛けて河村の演奏を聴く。
「玲瓏」そのものだ。


ショスタコーヴィチの交響曲第10番。エキストラを多数入れての大編成での演奏。

フルシャの指揮は、指揮棒を持っていない左手の使い方が巧みであり、雄弁でもある。この曲ではジャンプを繰り返すなど、若々しい指揮姿が印象的である。
オーケストラを鳴らす術に長けたフルシャ。今日も大フィルを盛大に鳴らす。フェスティバルホールの音響は、ショスタコーヴィチを演奏するには実は最適である。大阪市北区と福島区の間にあるザ・シンフォニーホールは優れた音響のホールだが、空間が小さく残響が長いため、最強音で鳴らすと音が飽和してしまうだろう。フェスティバルホールはその心配はない。

ラストもジャンプで決めたフルシャ。実は今日は客の入りはそれほどでもなかったのだが(日本では若い指揮者が振る演奏会は入りが余り良くないことが多い)、聴衆は盛んな拍手でフルシャと大フィルを讃えた。

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