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2017年5月の17件の記事

2017年5月25日 (木)

ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 ショスタコーヴィチ 交響曲第8番第3楽章

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2017年5月24日 (水)

コンサートの記(301) 「ならピ!」♯5

2017年5月14日 奈良県大和郡山市のDGM MORI やまと郡山城ホールにて

午後4時から、DGM MORI やまと郡山城ホール大ホールで、「ならピ!」♯5を聴く。

「ならピ!」は、「Nara Piano Friends」の略である。奈良県の家庭のピアノ所有率が全国トップクラスであることから、MBS(毎日放送)の主催で始まったピアノをフィーチャーしたコンサート(音楽祭)である。
ちなみに、「オケピ!」ではなく「ならピ!」であるが、「ならピ!」の音楽監修を務めているのは、ミュージカル「オケピ!」の音楽と指揮を担当した服部隆之であるため、名前を借りてきたと考えるのが普通であろう。

MCを務めるのはMBSアナウンサーの西靖と豊崎由里絵の二人。
出演するピアニストは、若林顕、西村由紀江、岡本真夜(ピアニストとしてはmayo名義)、萩原麻未。若林顕夫人であるヴァイオリニストの鈴木理恵子(元読売日本交響楽団客員コンサートミストレス)も出演し、若林と夫婦デュオを演奏した。

曲目は、第1部が、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」より“イゾルデの愛の死”(リスト編曲)、加古隆の「アダイ・アダイ~ブルネイの古謡による」、モンティの「チャルダッシュ」、西村由紀江の自作自演による「素敵にモーニング」、以前に関西で西村由紀江と番組で共演していた宮川泰作曲作品のメドレー、西村由紀江の「Dear ピアノ」、岡本真夜の弾き語りによる「Alone」、mayo名義による「ほうき星」、岡本真夜の弾き語りによる「TOMORROW」
休憩を挟んで第2部が、映像作品「ならね八十八景 ~風に抱かれて~」の上映、ドビュッシーの「月の光」、ドビュッシーの「喜びの島」、奈良県立桜井高校音楽部と、加藤完二指揮ならピ♪オーケストラによる「前へ」、服部隆之の「風に抱かれて ならピ♪Nara Piano friendsテーマ曲」

ワーグナーが若林顕のソロ、加古隆作品と「チャルダッシュ」が若林顕と鈴木理恵子のデュオ、第2部のピアノは全て萩原麻未が受け持つ。


今回が5回目となる「ならピ!」であるが、やまと郡山城ホールが会場となるのは今回が初めてである。やまと郡山城ホールはシューボックスタイプのホールであり、クラシック専用ではないが、響きの良さに定評のあるホールである。
MCの西靖は、「大阪城ホール(通称・城ホール)とは違い、こちらの城ホールは大和郡山の街並みに溶け込んでいる。屋根が瓦屋根で」と、大和郡山城の真ん前にあるため、景観に気を配った外観を褒めていた。
豊崎由里絵が、「優良ホール100選」にやまと郡山城ホールが選ばれているということを伝えるが、西靖は「そういうものがあるということを知りませんでした」と素直に言う。


今日はMBSによる本格的なテレビ収録があるということで、カメラがホール内に11台設置され、ステージ後方にはスクリーンが降りていて、カメラが捉えた映像がそのまま投影される。
カメラはピアノのすぐ脇にもあり、真上からもピアノを捉えている。


日本を代表するヴィルトゥオーゾピアニストとして知られる若林顕が弾く「トリスタンとイゾルデ」より“イゾルデの愛の死”でスタート。
今日はやまと郡山城ホールの響きを確認する意味も込めてやって来たのだが、最前列だったため、音の響き全体を捉えることは出来なかった。ただ優しい音のするホールだということはわかる。
若林のピアノはスケールが大きく、音に芯が通っている。

鈴木理恵子と若林顕のデュオによる、加古隆の「アダイ・アダイ ~ブルネイの古謡による」。ノスタルジックな作風で知られる加古隆。「アダイ・アダイ」は副題にあるとおり、天然資源が豊かな国として知られるブルネイ・ダルサラーム国の古い民謡を用いた曲だが、加古の作風に変化はない。どこか懐かしい感じのする美しい作品であった。

超絶技巧曲として知られる「チャルダッシュ」。鈴木のメカニックは十分であり、味わい深い演奏となった。


MBSアナウンサー二人による、若林顕と鈴木理恵子夫妻へのインタビュー。若林によると、夫婦共演となると日常とは異なり、互いを「さん」付けで呼ぶような関係となるそうで、相手に対する敬意のようなものが生まれるようである。


ポピュラーピアニストとして活躍している西村由紀江。若林が弾いたものと同じピアノを使うわけだが、やはりというかなんというか音色は異なる。
自作の演奏の他に、関西での演奏ということで、特別に「宮川泰メドレー」(編曲は宮川泰の息子である宮川彬良と西村由紀江が共同で担当)も演奏する。「ゲバゲバ90分」、「恋のバカンス」、「ウナ・セラ・ディ東京」、「ズームイン!朝」、「宇宙戦艦ヤマト」などのピアノ編曲版が演奏される。MBSアナウンサー二人とのやり取りで西村は、「宇宙戦艦ヤマトがやまと郡山城ホールから飛び立ちました」と語った。
 
西村は子供の頃は手が小さいためピアノが上手く弾けず、「頭にきた! もう止めてやる!」と思ったことが何度もあるそうだ。

西村は、やまと郡山城ホールの思い出として、2年ほど前にやまと郡山城ホールでコンサートを行ったのだが、大雪の日であり、「コンサートが終わったら大和郡山の美味しいものを食べたい」とと思っていたものの、雪がどんどん積もるため、「新幹線が止まるかも知れない」ということで、コンサートが終わってすぐに郡山駅でカレーを飲み込むように急いで食べて大和郡山を後にしたという。そのため、「もう一度、やまと郡山城ホールに行きたい」と思っていたが、念願叶って再びやまと郡山城ホールのステージに立つことが出来たという。


岡本真夜。ピアノの蓋を閉じたままでの演奏である。まずは、ならピ♪カルテットとの共演で、「Alone」の弾き語り。もう20年ほど前になると思うが、NHKホールでN響の土曜マチネーの定期演奏会を聴いた帰りに、タワーレコード渋谷店に寄ったのだが、タワーレコードの前のラジオ放送ブースに岡本真夜がいるのを見かけたことがある。というわけで、岡本真夜の声は以前にも生で聴いたことがあるのだが、彼女の歌声を生で聴くのは初めてである。

岡本真夜によるトーク。幼い頃の岡本真夜の夢は「クラシックのピアニストになること」で、中学生までは音大に行こうと思っていたのだが、高校生の時にピアノよりも歌に興味が出て、シンガーソングライターへの道を歩むことになった。「弾き語りだし、ピアノを弾けているからいいか」と思っていたものの、幼少時の夢がその後も捨てられず、ピアノのプライベートレッスンを受けて、昨年の3月にayo名義でピアニストとしてのアルバムをリリースしたという。

「ほうき星」は、ハレー彗星を出会いと別れとして描いた本のイメージ曲として作曲を依頼された作品で、演奏時間がポピュラー作品としては長い8分23秒のものになったという。チェロとピアノのための作品で、チェロ独奏は後藤敏子が務めた。

有名な「TOMORROW」。ピアノ編曲は西村由紀江が行ったそうで、この曲は西村がピアノ伴奏を務め、岡本が立って歌うというスタイルを取る。ならピ♪カルテットも伴奏を行う。
まずはミュージカル「アニー」の「TOMORROW」から取られた序奏を経て、岡本真夜の「TOMORROW」本編へと繋げるという編曲である。

西靖は、22年前のアナウンサーデビュー当時に、岡本真夜にサインを貰ったことがあるそうで、その時のサインに金魚の絵が入っていたという話をする。「大和郡山での公演だし」ということで、朝から温めていたネタだったのだが、当の本人の岡本真夜はサインに金魚の絵を描いたことを完全に忘れていた。当時、金魚にはまっていたことは覚えているのだが、金魚の絵を描いたのかどうか記憶が定かでないという。西靖は肩すかしを食らった格好になった。


休憩を挟んで第2部。まず、映像作品「ならね八十八景 ~風に抱かれて~」。服部隆之が「ならピ!」のために書いたピアノ独奏曲「風に抱かれて」が奈良県内の色々な場所で、様々な人々によって演奏される様を収めた映像である。オープンしたばかりの大和郡山城天守台展望施設、明日香村にある甘樫丘、唐招提寺、薬師寺、平城宮跡、東大寺、奈良県立桜井高校、室生寺などで収録が行われている。女性ピアニストが多いのだが、「女人高野」として知られる室生寺では敢えて男性ピアニストが起用するなど捻りが利いている。
「風に抱かれて」は、左手は基本的に「タタタタ」のバイエル風伴奏であり、右手も単音が多いなど、意図的に平易に書かれており、子供からお年寄りまで幅広い年齢層の人が演奏を行っていた。


注目株のピアニスト、萩原麻未が登場。萩原麻未が今年は関西で演奏を行う機会が多い。おずおずと登場してバリバリとピアノを弾き、また腰を低くして去って行くという、自信があるのかないのかよくわからないという不思議な人でもある(「リアルのだめ」と呼ぶ声もあるそうだ)。

まずは、ドビュッシーの「月の光」。輪郭のクッキリとしたピアノを奏でる。続く「喜びの島」では卓越した技巧を披露した。

MBSアナウンサー二人のインタビューを受けた萩原麻未。喋るのには慣れていない様子で、西靖に、「あなた、ピアノは凄いのに、話し始めるとどんどん後ろに下がろうとする」と言われる。豊崎由里絵が、事前に交わしていた会話の様子から「とっても謙虚なんですよね」とフォローした。


1904年創立の奈良県立桜井高校には、40年間眠っていたスタインウェイのピアノがあった。2012年にそのピアノが直され、復活コンサートの依頼を受けたのが萩原麻未だったという。
そこで、ピアノが桜井高校の復活スタインウェイに交換され、桜井高校音楽部(現役の生徒とOG達からなる)の合唱、加藤完二指揮ならピ♪オーケストラの演奏、萩原麻未のピアノ独奏で、東日本大震災復興のために書かれた「前へ」という合唱曲が演奏された。

ラストは、服部隆之の「風に抱かれて」のピアノとオーケストラと合唱のための編曲版が演奏される。合唱はヴォカリーズである。プロピアニストにとっては技巧が平易であるほど演奏が難しかったりするのだが、その点は萩原麻未は万全で、リリシズムに溢れたピアノとなった。

萩原麻未の顔を見ていて、「誰かに似てるなあ」と思ったのだが、「関西」がキーワードになって思い当たった。「ゆいはん」こと横山由依(AKB48総監督)である。そっくりというわけではないのだが、同傾向の顔であることは間違いない。

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2017年5月20日 (土)

観劇感想精選(213) 「エレクトラ」

2017年4月29日 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「エレクトラ」を観る。
女版エディプス(オイディプス)・コンプレックスであるエレクトラ・コンプレックスの語源としても有名な「エレクトラ」。ただギリシャ悲劇に限っても「エレクトラ」という作品はソフォクレス(ソポクレス)とエウリピデスのものがあり、更にアイスキュロスらによるエレクトラを巡るギリシャ悲劇が複数ある。
今回は、アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスらのギリシャ悲劇を中心に、笹部博司が上演台本を制作し、鵜山仁が演出を手掛ける。出演は、高畑充希、村上虹郎、中嶋朋子、横田栄司、仁村紗和、麿赤児、白石加代子。
りゅーとぴあ(新潟市民文化芸術会館)の製作。

舞台下手袖に演奏のための空間があり、チューブラーベルズ、プリペアードピアノなどが生演奏される。

舞台中央にトーテムポールもしくはオベリスクのような柱が一本立っている。トロイア戦争の時代、ミュケナイの王・アガメムノン(麿赤児)の一人語りで物語り始まる。トロイアの王子・パリスがギリシャの王女・ヘレネを掠い、トロイアへと行ってしまったことからトロイア戦争が起こる。トロイアに向かおうとしてギリシャ軍だが風が止んでしまい、船が進まない。ここでアガメムノンはアルテミス神から長女のイピギネイアを生贄として捧げるようお告げを受かる。イピギネイアを生贄として差し出さない場合はギリシャ軍は進退窮まる。そこでアガメムノンは託宣通りイピギネイアを生贄として差し出した。だが、これにアガメムノンの妻でイピギネイアの母であるクリュタイメストラ(白石加代子)が激怒。クリュタイメストラは情夫であるアイギストス(横田栄司)を使ってアガメムノンを暗殺する。
アガメムノンとクリュタイメストラの次女であるエレクトラ(高畑充希)は母であるクリュタイメストラを毛嫌いしている。クリュタイメストラはアイギストスと再婚し、次女・エレクトラと三女のクリュソテミス(仁村紗和)は隠忍自重の日々。エレクトラの憎悪は日毎に増すばかりだ。
使者(麿赤児二役)に連れられて、オレステス(村上虹郎)がミュケナイに戻ってくる。エレクトラとクリュソテミスの実弟であるオレステスは他国に亡命していたのであるが、アポロン神の神託を受け、実父を殺害したクリュタイメストラとアイギストスに復讐しに来たのだ。アポロン神は「オレステスが死んだ」と偽の情報を流すことで王室を油断させるようオレステスに告げていた。

アイギストスの宮殿でエレクトラとクリュタイメストラが言い争いをしている時に、使者がやって来て、オレステスが死んだことを告げ、オレステスの最期をまことしやかに語る。オレステスによる復讐を唯一の生き甲斐にしていたエレクトラは絶望。「もう生きていたくない」とまで語る。
そこへクリュソテミスが、「オレステスが帰ってきた」と言いながらアイギストスの宮殿へ。クリュタイメストラに命じられてアガメムノンの墓を清めに行ったクリュソテミスは墓に髪の毛が手向けられているのを見て、オレステスの帰還を確信したのだ。本気にしないエレクトラだったが、やがて配達夫に扮したオレステスがアイギストスの宮殿に入ってくる。長い間、顔を合わせていなかったため、お互いが実の姉弟だと気づかないエレクトラとオレステスだったがやがて……。

第1幕の上演時間が約1時間40分、休憩を挟んで第2幕の上演時間が約1時間。第1幕がよく知られているソフォクレスの「エレクトラ」の筋書きであり、第2幕はそれとは別の物語が続く。
ギリシャ悲劇が原作であるがラストは悲劇的ではない。エレクトラの「この世に幸福の国を築きたい。それが私の希望、それが私の夢」という一人語りで芝居は終わる。

高畑充希は憑かれたような演技を見せるが、一つ一つの仕草や台詞回しがきちんと計算されたものであり、上手くコントロールされていることがわかる。全ての演技が方程式を解くように解明出来るからである。ということで、彼女は憑依型の女優ではないようだ。「実力派」として知られる高畑だけに、神経の行き届いた迫力のある演技を展開する。
ミュージカル女優として期待されている高畑なので、やはり歌のシーンがある。これはその直後に笑いの要素に変えられる。

白石加代子と麿赤児の存在感も流石。この世代の俳優はただいるだけで、ある意味、異種の空気を作り上げることが出来る。
中嶋朋子の安定感のある演技も優れていたし、村上虹郎と仁村紗和という二人の若手俳優の演技も新鮮だった。横田栄司は二役を演じたがが、いずれも出番は少なめ。アイギストスを演じていた時にはそれをネタにしたセリフもあった。


カーテンコール。高畑充希は、「私は大阪出身なので、親戚一同が、今日、来てます」と言い、これが初舞台でこれまた大阪出身という仁村紗和は、「素敵な観客の皆さんを前に、尊敬する先輩方と舞台に立つことが出来て幸せです」というようなことを述べた。

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2017年5月17日 (水)

コンサートの記(300) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第507回定期演奏会

2017年4月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第507回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィル桂冠指揮者の大植英次。

大フィル定期演奏会プレトーク担当の福山脩氏によると、大フィルは今年が創設70年になるのだが、前身である関西交響楽団が70年前に第1回の定期演奏会を行ったのが1947年の4月26日ということで、今日が大フィルの誕生日に当たるのだという。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第7番と、オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」。関西では今年、「カルミナ・ブラーナ」が立て続けに演奏される。たまたまなのか、「カルミナ・ブラーナ」がブームになりつつあるのかは不明。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。


ベートーヴェンの交響曲第7番。
大植英次はベートーヴェンは不得意であり、交響曲全曲演奏会なども行っているのだが評判は伝わってこない。
ピリオド・アプローチによる演奏。弦楽器はノンビブラートの演奏を行うが、これは第2楽章において効果的に働いていた。
第1楽章はピリオドとしては平均的なテンポだったが、第2楽章以降は比較的速めの演奏を行う。
低弦をきっちりと弾かせた演奏だが、バランス的にはピラミッド型になることはない。第1楽章は音の密度の濃い演奏を行い、第2楽章もあっさりしがちだが好演である。第2楽章ではレガートを多用してスマートで滑らかな演奏に仕上げている。
ただ第3楽章と第4楽章は「軽快」といえばいえるが、余りに軽く、ベートーヴェンらしさは後退してしまっていた。10年以上前に聴いた大植と大フィルの演奏による第7よりは良かったかも知れないが、ベートーヴェンを得意とする他の指揮者のそれに比べると物足りないのは否めない。


オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団、児童合唱は大阪すみよし少年少女合唱団。独唱は、森麻季(ソプラノ)、与那城敬(バリトン)、藤木大地(カウンターテナー)。

「カルミナ・ブラーナ」の音楽性はマーラーの声楽付き交響曲に通じるところがあり、マーラー指揮者である大植には大いに期待が持てる。
大植英次はこの曲も全曲暗譜で指揮する。
オーケストラ約100名、合唱約200人ということで、計約300名で演奏される大曲。広い広いフェスティバルホールのステージが人で埋まる。

大植はテンポを自在に変える演奏。大フィルから鋭い響きを生み出す。大阪フィルハーモニー合唱団も大阪すみよし少年少女合唱団もハイレベルな合唱を聴かせる。一音一音明瞭に発声するのが特徴だが、私はドイツ語を学んでいないので音楽面ではともかくとして言語的にどれほど効果的なのかはよくわからない。
大人数での演奏ということで、フェスティバルホールの音響も有効に働いていたように思う。

ソプラノ独唱の森麻季は、クッキリとした歌声で魅せる。声の質はメゾ・ソプラノに近いかも知れないが高音が良く伸び、技術も高い。
バリトン独唱の与那城敬はドラマティックな歌唱を披露。声が良く通る。

「ローストされる白鳥」の歌は、通常はテノールが裏声で冗談めかして歌うのであるが、今回の演奏はカウンターテナーの藤木大地が裏声ではなくカウンターテナーの発声で歌う。おちゃらけた歌い方であり、藤木も藤木をフォローする与那城も軽い仕草の演技をしているのだが、白鳥の悲哀がそこはかとなく伝わってくる。丸焼きにされる白鳥の悲哀というのもそれはそれで可笑しいものであるのだが。

やはり、「カルミナ・ブラーナ」とマーラー指揮者の相性は良いようで、大植指揮の「カルミナ・ブラーナ」は大成功であった。

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2017年5月16日 (火)

第180回「鴨川をどり」

2017年5月10日 先斗町歌舞練場にて

午後4時10分から、先斗町歌舞練場で、第180回「鴨川をどり」を観る。明治5年に始まった鴨川をどりは、以前は春・秋の年2回公演を行っていたため、五花街の舞踏公演の中でも最多の公演数を誇っている。他の花街の踊りに比べて演劇的要素が濃いのが特徴。

鴨川をどりを観るのは約12年ぶりである。


今回の演目は、「源平女人譚(げんぺいにょにんものがたり)」と「八千代壽先斗町(やちよはなのぽんとちょう)」。作:今井豊茂、振付:尾上菊之丞、作曲:常磐津文字兵衛、作詞:藤舎呂船&藤舎名生。

「源平女人譚」は、木曽義仲(源義仲)と正室の巴御前、側室の山吹、平中三位資盛(織田信長が織田氏の祖とした人物でもある)とその側室である卿の局が中心となる。
まず、丸に揚羽蝶の平氏の家紋の入った部隊で、平資盛(演じるのは市楽)と卿の局(朋佳)の別れと、山吹(久加代)が卿の局を捕らえるまでが描かれる。
第二場は、木曽義仲(豆千佳)の陣。丸に二引きの木曽源氏の家紋が描かれた陣幕が描かれている。資盛が巴御前(もみ蝶)に捕らわれてくる。義仲は猫間中納言こと藤原光隆(市兆)をもてなすのだが、木曽出身の義仲は田舎料理を出し、猫間中納言を驚かせる。巨大なおにぎりを猫間中納言が食べるシーンではある工夫がなされている。

義仲が卿の局に惹かれていることを知った山吹は、貴船神社で卿の局を呪うための五寸釘を打っている。そこへ義仲と卿の局が病の調伏のためにやって来て……。

その後の展開は書かないでおくが、移動を描く際に役者が動くのではなく、大道具が変わっていくという見せ方が面白かった。
「源平女人譚」は、女歌舞伎や邦楽版宝塚歌劇という趣である。


「八千代壽先斗町」は、今年が大政奉還150年ということで、幕末が描かれる。こちらは踊りの方がメインである。
舞妓達の舞(リズムはコンチキチンである。ラストでは「ええじゃないか」が歌われる)が終わった後で、ひな祭りの内裏雛(市乃&あや野)の場となる。その後、鶴ヶ城天守の絵をバックに会津の娘子隊の舞があり、更に西郷吉之助を慕う仲居のお玉の舞(背景の掛け軸には「敬天愛人」の文字がある)、お玉と西郷吉之助((久富美)は、「面白き事もなき世を面白く」という高杉晋作の歌に合わせて踊る。そして二条城では将軍・徳川慶喜(豆千佳)が大政奉還を決意する。
最後は、勢揃いで舞が披露される。静と動の拮抗する見事な空間が目の前に広がった。

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2017年5月15日 (月)

コンサートの記(299) 押尾コータロー 15th Anniveresary Tour “KTR×GTR”京都公演

2017年4月15日 ロームシアター京都サウスホールにて

午後6時からロームシアター京都サウスホールで、押尾コータロー15th Anniversary Tour“KTR×GTR”京都公演を聴く。押尾コータローのメジャーデビュー15周年を記念して47都道府県全てでコンサートを行うというツアーの京都でのコンサートである。

ロームシアターに着くと、いやに人が多いことに気づいたのだが、今日はメインホールでMr.Childrenのコンサートがあるようだ。Mr.Childrenのロームシアター京都でのコンサートは「一般発売なし」となっていたのだが、あるいはファンクラブ会員限定コンサートだったのだろか。ロームシアター京都メインホールのキャパは2000前後であるが、ミスチルならファンクラブ会員だけでそれぐらい埋まりそうである。
ロームシアター京都のノースホールでは、スガダイローとジェイソン・モランによるジャズピアノのジョイントコンサートがあり、今日は3つあるホールがフル稼働である。


押尾コータローは1968年生まれの大阪府出身のギタリスト。大阪生まれの大阪育ちであるが、押尾という苗字は千葉県固有の苗字であるため、先祖が千葉県から移ってきたのだと思われる。
高校卒業後に上京。音楽専門学校でギターを習うほか、プライベートレッスンでもギターを教わる。
その後、大阪に帰り、バンドを組むが当時はベーシストとして参加していた。メジャーデビューは遅く、34歳の時である。
超絶技巧のギタリストとして知られており、右手だけでなく左手でもメロディーを奏でることが可能である。

押尾コータローのアルバムは、2010年に発表されたベストアルバムを持っているだけなのだが、ロームシアターでの公演にはクラシック・ポピュラーを問わずなるべく数多く参加しておきたいということで、出掛けた。チケットを手に入れるのが遅かったため、今日は2階席の一番後ろの列で聴く。サウスホールは空間がそれほど大きくないので、この席でも十分である。

ニューアルバム「KTR×GTR(KoTaRo×GuiTaRの略)」からの曲が中心。1曲弾き終えた後で、押尾は、「ただいま! 京都!」と挨拶する。その後も押尾は軽快なトークを披露。やはりポピュラー系は喋りが上手い方が得である。少なくとも話が面白くて得をすることはあっても損をすることはない。

押尾は、「ロームシアター京都、以前は京都会館の第2ホールだと思うんですか、その面影もなく」「パワーアップして。普通はリニューアルすると『前の方が良かった』という声が上がったりするんですが、そういうこともございませんようで」と語る。あんなオンボロホールが良かったという人がいるとも思えない。音楽関係者が口をそろえてボロクソにいう旧京都会館とはなんだったのだろう。おそらくだが、音楽を気持ちよく聴きたいということで、京都会館があった頃も、大阪やびわ湖ホールでの公演を選んだ人もいたと思われる。

押尾はまだロームシアターの構造を把握していないようで、サウスホールのことを、「ノースホール」と言い、ファンから「サウスホール」と言われた後も、「ノースホールはミスチルですもんね」と言っていた(ミスチルがやっているのはメインホールで、ノースホールはメインホールの地下にある小ホールである)。

オリジナル曲が大半であるが、1曲だけ編曲ものがある。ラヴェルの「ボレロ」をギター1本で弾くというもの。勿論、原曲通り15分全てはやらないが、メロディーだけでなく、弦楽が行うピッチカートや、スネアがやるボレロのリズムなども一人で演奏する。見ていても一体どうなっているのかよくわからない。転調があってラストへ、というところでアクシデントがある。押尾が「手がつってしまった」ということで演奏を中断。もう一度、最初からやり直す。あともう少しで終わるというところだったのだけれど。再度「ボレロ」を弾き、演奏を終えた押尾に温かい拍手が送られる。
押尾は、「ありがとうございます」と言って、「皆様と同じ時代に生まれてこられたということに感謝を込めて」というメッセージも込めて、「Birthday」という曲を演奏した。

トークであるが、ギターを始めた理由について、「『えーっ』と言われちゃうんですけれど、女の子にもてたかったから」と打ち明ける。男子がギターを始める理由は99%が「女の子にもてたかったから」だといわれている。ギターを辞める理由もほぼ「もてなかったから」だというアンケート結果があるようだ。残りの1%は「親がギタリストやギター好きだったから」らしい。
中学時代に、同級生が松山千春を弾いているのを見てギターを始めた押尾であるが、中学時代は下手だったそうで、「押尾君、ギター上手いね」と初めて言われたのは高校1年生の時だそうだ。
高校3年になって進路を決める際に、「僕はギターが得意なので音大に行きたい」と言ったところ、「お前、楽典って知ってるか? お前じゃ絶対に無理」と言われて発奮し、楽典を買ってきて勉強を開始。絶対音感を身につけたいとも思ったものの、いきなりは無理なので、チューニングの「ラ」の音を覚えようと、音叉を耳にして、高校までの通学の30分の間、ずっと自転車に乗って「ラ」を口ずさんでいた「ラ少年」だったそうだ。「すれ違った人は、なんや? あいつ? と思ったでしょうが」。結局、音大に進むにはピアノが弾けないといけないということで、大学進学は諦めたそうだが、その時の勉強は生きているそうだ。
今でも、記譜を行っているときに、「あー、ミュージシャンしてるな」と思うそうで、そのことを書いた「えんぴつと五線譜」という曲を披露した。

最近、映画音楽に初めて取り組んだそうで、「同級生」といライトBLのアニメ映画。原作マンガを読み、最初はメロディアスな音楽を書いていったのだが、番宣用の音楽として披露したところ、「もっと抽象的な音楽で良い」と言われ、和音をアルペジオで弾いたところ、「それで良い」と言われて戸惑ったということも話す。本編ではきちんとした音楽が必要なのだが、最初は「オープニングとエンディングの音楽だけ」で、本編は本職の劇伴音楽作曲家が担当するはずだったのだが、いつの間にか「本編の音楽も」という話になっており、全編、押尾が音楽を手掛けることになったそうだ。
「同級生」から、メインテーマである「Innocent Days」と「風と空のワルツ」が演奏された。


アンコールでは、三菱電機のカーナビのCM曲である「Together!!」の他、「皆さんの人生が美しき人生となりますように」ということで、「美しき人生」が演奏された。

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2017年5月13日 (土)

コンサートの記(298) アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月23日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで東京都交響楽団の大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は日米ハーフのアラン・ギルバート。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督であり、NHK交響楽団へたびたび客演していたことでも知られる。1967年生まれ。現在、ジュリアード音楽院指揮・オーケストラ科ディレクター、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団桂冠指揮者、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者も務めている。

今日のコンサートマスターは矢部達哉。ドイツ式現代配置での演奏である。今日の都響男性団員は大半が燕尾服ではなく背広姿である(全員背広に見えたのだが、全ての男性楽団員を確認出来たわけではない)。

曲目は、ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(ピアノ独奏:イノン・バルナタン)、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」

開演前にステージ上でティンパニ奏者が練習していたのだが、音色が硬かったため、ベートーヴェンではピリオド・アプローチが行われることがわかった。


ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲。ギルバートはベートーヴェンは「エグモント」も「英雄」も暗譜で指揮した。
弦楽器はビブラートを控えめにして、ボウイングもピリオド特有のものである。ピリオドのためか、音色が若干乾き気味である。
ギルバートの指揮は指揮棒を持たない左手を右手と同じぐらい多用するのが特徴。拍を刻むのではなく、音型を指揮棒で示していくタイプである。両手よりも上体の動きで指揮することもある。
バランス感覚も良く、やや地味ながら好演であった。


ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。ピアノ独奏のイノン・バルナタンは、1979年、イスラエルのテルアビブ生まれのピアニスト。ニューヨーク・フィルの初代アーティスト・イン・レジデンスを務めたそうである。
バルナタンはピアノをバリバリ弾くタイプではく、音を丁寧に置いていく感じだが、技巧にはキレがあり、ロマンティシズムの表出も上手い。
ギルバート指揮の都響は十全とは言えないかも知れないが、甘美な音色を生んでいたように思う。


メインであるベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。ギルバートは、第1楽章、第3楽章、第4楽章ではピリオドとしては平均的な速度を採用。第2楽章「葬送行進曲」はピリオドとしてもやや速めである。
弦楽は「エグモント」よりもビブラートを更に抑えた演奏。時折、完全ノンビブラートで生み出される響きが美しい。
ギルバートは管楽器を浮かび上がらせるのが上手く、都響の管楽器も巧者揃いである。特に金管は全員腕利きだ。
今日のギルバートは、残響2秒程度というフェスティバルホールとしては理想的な残響時間を生んでいたが、ゲネラルパウゼを長めに取るのも特徴。今日は私は3階席の4列目、下手端の方で聴いていたが、あるいは指揮台の上ではもっと残響が長く聞こえたのかも知れない。

第1楽章の主題行方不明は原譜通り採用。ギルバートは木管を強調することはせず、本当に行方不明のように聞こえた。意図的にそうしたのかも知れない。

第2楽章には「タタタタン」という、後に交響曲第5番で使用される「運命動機」の原型が聴かれるのだがギルバートはそれを強調することはなく、主題を吹く管楽器の方を優先させていた。

第3楽章と第4楽章の間はアタッカで繋いだギルバート。見通しの良い端正な仕上がりで、ベートーヴェンがモーツァルトから受けた影響なども際立たせて、アポロ芸術的な「英雄」となった。

カーテンコールでは、ギルバートは最後は客席に向かって手を振り、コンサートはお開きとなった。

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2017年5月12日 (金)

観劇感想精選(212) 兵庫県立ピッコロ劇団オフシアターVol.33「長い墓標の列」

2017年4月13日 尼崎市塚口のピッコロシアター中ホールにて観劇

午後6時30分から、尼崎市塚口にあるピッコロシアター中ホールで、兵庫県立ピッコロ劇団オフシアターVol.33「長い墓標の列」を観る。作:福田善之、演出:島守辰明(ピッコロ劇団)。

公立の劇団であるピッコロ劇団。通常の公演はピッコロシアターの大ホールで行うのだが、今回はオフシアターということで中ホールでの上演となる。お客さんの大半は出演者の知り合いであるようだった。

「長い墓標の列」は、今から丁度60年前の1957年に初演された劇である。
作者の福田善之は、1931年生まれの劇作家・脚本家。私の演劇の師の一人である観世榮夫と一緒に芝居作りをしてきた人である。

東京帝国大学をモデルにしたと思われる大学の自治を巡る物語から話は始まり、世相を反映して言論の自由が制限され、権利や生きる意義、戦時下での人のあり方などが描かれていく。
日米開戦が目の前に迫っていた1939年、とある大学の経済学部。教授である山名(森好文)のゼミ室。山名は大学の自治の自由を主張し、学部会議で他の教授達と戦っている。ゼミ室には彼の教え子達の他、助手の城崎(原竹志)と花里(堀江勇気)、山名ゼミのOBで新聞記者の千葉(三坂賢二郎)らが集い、学部会議の行方を見守っている。
山名は自由社会主義の信奉者であり、国家主義者ともマルクス主義者とも対立していた。ゼミ生の林(菅原ゆうき)はマルクス主義者であったが、山名のことは慕っている。
学部会議は山名らの勝利となったのだが、そのことが山名を却って追い込むことになる。

山名の娘である弘子(野秋裕香)は、花里と恋仲である。学部会議を終えた山名は、ゼミ室を訪れてきた弘子と共に映画を観に出掛け、花里も二人についていく。

山名は、経済学部長の村上(今仲ひろし)の説得を受けるなどしたが、結局、大学から追放同然の処分を受ける。城崎と花里もいったんは辞表を出すが、城崎は大学に復職を決め、花崎も大学に残って学問を究めたいという希望を述べる。山名は人間の無限の可能性を信じており、人間は強くあるべきだという主張を持っているのだが、城崎は人間の弱さを認めるべきだという考えを持ち、目の前は暗いが、時代がどう変わっていくかをこの目で見たいと思っていた。城崎は破門同様の形で、山名と決別することになる……。


山名の主張、城崎の生き方、共に首肯できるものはある。少なくとも、二人とも真の善人でもなければ根っからの悪人でもない。ただ、山名の考えは理想に傾きすぎる嫌いがあり、城崎は考えは現実的に過ぎる上にニヒルで、私は彼らのような生き方には共感出来ないと思えたのも事実である。

この時代の戯曲の特徴として、長ゼリフが頻用されており、ピッコロ劇団のメンバーも苦戦気味だったが、今日が初日ということで、善戦した方だと思えた。

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笑いの林(89) 「女芸人大祭り」2017年5月2日

2017年5月2日 大阪・なんばのYES THEATERにて

午後7時30分から、なんばのYES THEATERで「女芸人大祭り」を観る。ハイヒール・リンゴが司会を務め、月1ペースで行われている公演。今回からは道頓堀ZAZA HOUSEを離れ、YES THEATERで上演を行うことになった。
今日は特別ゲストとして、かまいたちの二人が出演する。出演は、桜 稲垣早希、堀川絵美、もみちゃんズ、紅ショウガ、茜チーフ、エトセトラ、ももかんラッシー、みう、有瀨和、爛々、ペガサス、エルフ、天才ピアニスト、蛙亭・岩倉。

まずは、ハイヒール・リンゴが登場し、かまいたち・濱家隆一が結婚することになったというので紹介する。入籍は5月5日の予定で、濱家によると「ぞろ目だと覚えやすいから」だそうである。相方の山内健司も結婚したばかりであるが、入籍をしたのは今年の2月22日。二人とも猫好きということで「ネコの日」に婚姻届を提出したという。


ネタとコーナーからなる公演であるが、出演者が多いので、若手のネタの持ち時間は短めとなっている。

ネタは前半出演者と後半出演者に分かれる。

まだ芸歴の浅い人が大半なので、どこで笑ったら良いのかわからなかったりもする。実は劇場以外では口外不可のネタをした人もいた。


早希ちゃんは今日はアスカのコスプレではなく、オープニングとクロージングは茶色の短パン、ネタはオーバーオール姿で行った。
ロンギヌスという名前のエキゾチックショートヘアを飼っている早希ちゃん。ということで、ロンギヌスを擬人化した「猫、人になる」というフリップ漫談を行う。
ロンギヌスは人間の年齢に直すと現在23歳、色白で鼻が潰れていて釣り目の毛むくじゃらということで、人になったロンギヌスはちょっと不気味である。早希ちゃんは人になったロンギヌスのことを「おじさん」と読んでいたが、23歳だとおじさんではないだろう。早希ちゃんより10歳も若いし。
早希ちゃんが風邪で寝込んでいるとロンギヌスは枕元にじっといるしているそうだが、人になったロンギヌスが枕元で屈んでいる姿はかなりシュールである。猫が好むという隙間に人が潜り込んでいる姿も変だ。
猫が段ボールに入って捨てられていることがたまにあるが、人が段ボールに入っているとただのホームレス。だがホームレス間でも場所の取り合いやらなにやらがあり、最後は警官と関係が出来てスパイのような活動を行い、刑事として奉職。取り調べ担当になるが、万引きで捕まったのはかつての飼い主であり……、という展開であった。


堀川絵美は元バスガイドということで、オープニングの時などはバスガイドの格好をしていたが、ネタではギャル風の格好をして、医師の青年とデートに漕ぎ着けるという話をやる。いわゆる出会い系のサイトで出会ったようであるが、堀川絵美はプロフィール写真をかなり盛っていて、スリムな写真に加工していたようである。当然のように上手くいかないのだが……


コーナー「女芸人赤っ恥トーク」。出演者が「恥をかいた」と思える出来事を話して、かまいたち・山内が「赤っ恥」か「恥ではない」かを決めるというもの。

堀川絵美は警察官の娘なのだが、その父親が定年退職後、コンプライアンス指導担当として吉本興業大阪本社に務めることになったという。ある日、堀川絵美が吉本大阪本社に入ると、すれ違う人がみな、堀川の顔を見ながら笑うような仕草をしたという。何かと思ったら、その日、堀川の父親が「うちの娘は痩せたら深田恭子に似ている」と主張したそうである。

早希ちゃんは、「以前のトラウマ」。その昔、精肉店でアルバイトをしていた時のこと。同じ職場にタイプの男性がいたという。そこで、友人のアドバイスにより、飲み会の時に酔って寝たふりをすることにしたという。早希ちゃんが寝たふりをしている間に友人が早希ちゃんのことを男性に紹介するという設定だったのだが、いざ友人が男性に早希ちゃんのことを話し始めると、「はあ? 稲垣? あいつ話し方ぶりっこだし、バリ嫌いなんだけど!」と男性が早希ちゃんの悪口を延々と話し始めたそうで、それを聞いた早希ちゃんは起きるに起きられず、一気に気持ちが冷めてしまったそうだ。山内は今日唯一となる「恥ではない」を出す。「聞いてて辛くなってきたから」とのことである。

エトセトラ・藤原は、「若井みどりに似ている」と言われる女芸人であるが、「心は乙女だけど体は正直」というタイトルで話し始める。
合コンに行った時のこと。全くモテないのでふてくされて壁の方を向いていて寝ていたという。すると参加男性の中で一番いけていない男性が密かに藤原の胸を揉み出したそうだ。
そして翌日。劇場入りした藤原は皆から、「今日、顔色良いね」と言われたそうで、胸を揉まれたことで女性ホルモンが多く出てしまったらしい。
山内の判定は「赤っ恥」で、総合では断トツで優勝に輝いた。


後半のネタ。
天才ピアニスト。天才ピアニストというコンビ名だがピアノ芸はやらない。その代わり清水が歌芸を行う。ドリカムの「Love Love Love」の替え歌を歌った。


美形電波芸人のもみちゃんズは、チョキの手のかぶり物をして登場。定食屋で注文をしたら同じものが二つ出てきてしまう、お葬式に行ったら「不謹慎だ」と言われる。更に警察に尋問を受ける。最近、パーがチョキに殺される事件が連続しているそうで、疑いを掛けられたのだ。もみちゃんズは、身分証を見せて、「私はチョキではなく『ピース』なんです」と弁明するというシュールな展開であった。


不思議ちゃん系演技派芸人の蛙亭・岩倉。チラシには彼女の名前は載っていなかったが急遽参加することになったらしい。YouTuberネタ。やはり再生回数が稼げておらず30回ほど(サキキンよりはましだが)。そこで「自分で虫歯を抜いてみた」という動画を撮ることにする。ペンチで抜くのだがやはり痛い。ということでアイロンを左手に当ててその痛みに耐えている間に虫歯を抜くことにする。歯を抜くことには成功したのだが、それは虫歯ではなく健康な歯であった。残念だが、左手の火傷の形がハート型になっていて……。


コーナー「女芸人とかまいたちのゲームチャレンジ」。かまいたちと後半のネタに出た女芸人達が様々なゲームに取り組むコーナーである。
まずは「ロシアン激辛シュークリーム」。20個中5個入っている(結構な高確率である)激辛シュークリームを外しながら食べ続けるというゲーム。6人目の蛙亭・岩倉が当ててしまう。

次は「なぞなぞ」。お題は「世界で最も『キャーキャー』言われているスターは?」。正解は「ジェットコースター」なのだが、前から2列目のお客さんがヒントを出してしまったようで、そのヒントを発見した順で正解を出してしまう。

続いては大縄飛び。かまいたちの二人も加えた全16人で行う。最初は「連続5回飛べれば成功」ということだったのだが、余りに飛べないので「2回でOK」ということになり、これはクリアした。

「ガッツだぜ」ゲーム。全員がしゃがみ、ウルフルズの「ガッツだぜ」のサビの部分に合わせて立ち上がる人数がリンゴ姉さんが引き上げたのと同じ数になればクリアである。まずは「12人」。16人中4人が立ち上がらなければ成功である。なんとこれはクリア。「ガッツだぜ」ゲームは吉本の様々な公演でやられているようだがクリアが出るのはかなり珍しいようだ。2度目は「15人」だったが、今度はしゃがんだままの人が多く、クリアはならなかった。

ラストは「足して100歳」。その芸人が何歳なのかを類推し、年齢が足して100になるように調整するゲームである。かまいたちの二人が当てる役を担う。
まずは濱家。最初の一人だけは指名して年齢を聞き出すことが出来る。濱家は、ももかんラッシー・津田を選ぶ。津田は26歳である。濱家は津田と同年代の芸人3人を選ぼうとするが、予想よりも年上の芸人がいるなどして年齢オーバーでクリアならず。
続いて山内の挑戦。おまけして最初の一人ではなく二人に年齢を聞くことが可能になる。二人とも25歳。ということで山内も同年代と予想された二人を指名し、見事100歳ジャストでクリアとなった。

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2017年5月11日 (木)

観劇感想精選(211) フェスティバルシティ・オープン記念「祝祭大狂言会」2017

2017年4月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、フェスティバルシティ・オープン記念「祝祭大狂言会」2017を観る(「だいきょうげんかい」と打ったら、「大凶限界」と変換された。晴れの舞台だというのに変なIMEだ)。先日、フェスティバルタワー・ウエストが竣工したことを記念しての公演である。
「千鳥」、「奈須与一語(なすのよいちのかたり)」、「唐人相撲(とうじんずもう)」の三つの狂言の演目が上演される。

狂言上演前に、野村萬斎による解説がある。野村萬斎は自他共に認める雨男だが、今日の大阪は晴れである。
今日の舞台は一風変わっていて、左右両方に橋掛かりがある。野村萬斎は上手の橋掛かりから登場。野村萬斎はまず左右の橋掛かりのことを語る。

最初の演目である「千鳥」は狂言大蔵流の茂山千五郎家によって上演される。野村萬斎は、「『千鳥』は(野村萬斎のいる)和泉流にも大蔵流にもあるのですが、悔しいことに大蔵流の方が面白いんですね。くそー!」と悔しがる振りをして、「金がないのに酒を買ってこいと命令する。今で言うパワハラ」と解説を行う。
続いては、野村萬斎は一人で演じる「奈須与一語」の解説。萬斎は、「那須与一の人を教科書で習ったという人」、「知っている人」と聞く。そして、「源義経のことを判官と呼びます。プロレスラーじゃないですよ。この話がわかった人はある程度年の行った方だと思いますが」と続けて、屋島の戦いでの那須与一の活躍を説明する。八幡大菩薩が源氏の氏神であるということと、那須与一が那須出身だということで、那須の神様である湯泉大明神が信仰の対象であることを語る。一人で数人を演じ分けるのだが、「早替えをいたします。実基という少し年上の武将になります。脱いだりはしませんよ。仕草だけで変わったということにするのが狂言です。『そこにいるのは誰か?』『実基』が狂言。『そこにいるのは誰か?』『野村萬斎だ』では狂言にはなりません」
「唐人相撲」。大人数が登場する珍しい演目であるが、野村萬斎が上演した「唐人相撲」は以前、びわ湖ホール中ホールで観たことがある。「唐音という偽物の中国語を語るのですが、流派によっては本物の中国語を使う場合がある。なんの意味があるんでしょうか?(一応補足すると、大半の日本人は中国語を解さないため、語られているのが本物の中国語なのか偽物の中国語なのか判別出来ないので本物の中国語を使っても意味がない)」「京劇を意識した本格的なアクロバットを行う上演もあるそうです。だったら京劇を観た方が良い」とユーモアを込めて語る。
ちなみにまだ解説の時間なのに客席ですでに居眠りをしていた人がいたようで、野村萬斎にネタにされていた。


「千鳥」。先に書いたとおり、京都を拠点とする茂山千五郎家(狂言大蔵流)による上演である。出演:茂山千五郎(太郎冠者)、茂山茂(主人)、茂山千作(酒屋の亭主)。

太郎冠者が主人から酒屋に行って酒を買ってくるよう命令される。しかし、主人は酒屋につけを沢山貯めている上に太郎冠者に金を渡してくれない。それでも酒屋にやって来た太郎冠者はなんとか酒をせしめようとする。
「千鳥」というのは、尾張国にある津島神社の津島祭で行われる千鳥流しのことである。太郎冠者は酒樽を千鳥や山車に見立てて、かっさらおうとするのだが、酒屋の亭主に見つかってしまう。そこで、流鏑馬をすると言って……。

以前にも一度観たことがある「千鳥」。太郎冠者と酒屋の亭主の駆け引きが見物である。


野村萬斎独演による「奈須与一語」。一人語りであり、狂言でありながら笑いの要素はない。
上手側の橋掛かりから登場した野村萬斎は、地語り、源九郎判官義経、後藤兵衛実基、奈須与一(那須与一)を演じ分けるほか、平家方で扇を掲げる若い女も仕草で表現する。
フェスティバルホールは多目的ホールであるがクラシック音楽用の音響設計がなされているため、セリフを発するとビリビリと響いてしまうところがあるのだが(ミュージカル「レ・ミゼラブル」が上演される予定があるが、今のところストレートプレーの上演がほとんどなされていないのはおそらくそれが理由だと思われる)、野村萬斎は声が相当奥深いところから発せられるため、発音も明瞭で声に張りがある。
奈須与一が弓を構えて馬で駆ける場面を野村萬斎は立て膝で演じるのだが、本当に馬に乗っているかのように見える。野村萬斎はやはり凄い。
なお、「奈須与一語」はセリフが古文調でわかりにくいため、無料パンフレットには全てのセリフが載っている。


休憩を挟んで後半。まず、守家由訓(もりや・よしのり。大鼓)、中田弘美(大鼓)、成田達志(小鼓)、一噌隆之(いっそう・たかゆき。笛)による能楽囃子がある。

そして最後の演目である「唐人相撲」。出演は、野村萬斎、石田幸雄、野村万作ほか。総勢40人ほどによる大規模演目である。「唐人相撲」では二つある橋掛かりが効果的に用いられる。
ちなみに背後にあった松の木を描いた書き割りは上演中に上にはけ、玉座が現れる。その背後のスクリーンには入退場時の唐人達の影絵が投影される。
唐に滞在していた日本人相撲取り(野村萬斎)が、皇帝(野村万作)に帰国したい旨を告げる。そこで、皇帝は日本人相撲取りに最後の相撲を取るというに命じ、通辞(通訳。演じるのは石田幸雄)の行事により、日本人相撲取りと唐人達の対決が始まる。
唐人役の狂言方は、二人ずつ肩車をして日本人力士に挑んだり、組体操の人間ピラミッドを作ったりする。
出鱈目中国語が使われているのだが、「ワンスイ!(万歳!)」や、「イー、アー、サン、スー」などの基礎的な中国語は案外そのまま使われていたりする。古代から明治時代頃までの日本人の知識階級には実際に漢語が出来た人も多かったので(彼らは漢詩を詠んでいた。今でこそ日本における漢詩文化は廃れてしまっているが、長い間、漢詩は和歌や俳句などよりも上位に置かれた)、部分部分では漢語そのままの発音が用いられているのであろう。
野村萬斎はアクロバットには否定的であったが、とんぼを切ったりという初歩的なアクロバットは用いられている。全く用いないと、唐人役の人々の見せ場が皆無になってしまうので。
野村萬斎演じる日本人相撲取りは気合いや息だけで相手を飛ばしたりするという念力も用いる。リアリズムの芝居ではなく狂言なので何でもありということである。
子役も数名登場し、見せ場を作っていた。

華やかな狂言公演であった。

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観劇感想精選(210) 日中国交正常化45周年記念「中国国家京劇院 愛と正義と報恩の三大傑作選」

2017年4月2日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて観劇

午後6時30分から、ロームシアター京都メインホールで、日中国交正常化45周年記念「中国国家京劇院 愛と正義と報恩の三大傑作選」を観る。
北京の伝統芸能である京劇。その京劇の総本山ともいうべき中国国家京劇院の来日公演である。中国国家京劇院は中国文化部直属の団体であり、京劇の歴史的名女形の梅蘭芳が設立に関与していて初代院長に就任している。

演目は、「西遊記・金銭豹」、「太真外伝」より抜粋、「鎖麟嚢」の3つ。いずれも上演の前に紗幕に内容を説明する映像が投影される。日本語字幕付きでの上演。

京劇を観るのは今回が2度目。前回は、NHK大阪ホールで観ている。

陳凱歌監督の映画「さらば我が愛 覇王別姫」でも知られる京劇。故レスリー・チャンが女形を演じていたため、現在でも歌舞伎同様、女形が存在していると思われることが多いようだが、清朝時代は女は舞台に上がれなかったものの、その後は徐々に状況が変わり、改革開放以降は、女役は基本的に女優が歌い、演じている(男性が老女役を演じることはある)。
ちなみに、中国の地方演劇の中には京劇よりも早い時代に女優制度を取り入れたものも存在する。

今回の公演では、ロームシアター京都メインホールはバルコニー席(サイド席)は用いられていなかった。
今日は4階席最前列の真ん真ん中の席での観劇。手すりが多少目障りになるが、手すりがないと移動する際に命が危ないのでこれは我慢するしかない。

開演前には中国の民謡などがインストゥルメンタルで流れていたのだが、中国初のロックンローラーとして知られる崔健が中国共産党批判のメッセージを込めてカバーしたとされることでも有名な「南泥湾」も流れていた。


「西遊記・金銭豹」。天竺に向かう途中の三蔵法師(演じるのは陳旭之)の一行、紅梅山という山の麓に差し掛かった時の話である。紅梅山に住む妖怪の金銭豹(張志芳)は、地元の住人である鄧洪(馬翔飛)の娘(劉夢姣)に一目惚れして、鄧洪に娘と結婚させるようせまる。そこに三蔵法師の一行が宿を借りに鄧洪の家にやって来る(京劇は庶民のための娯楽として発展したため、かなりご都合主義の筋書きが多い)。鄧洪の悩みを聴いた孫悟空(馬燕超)は、猪八戒(危佳慶)と共に、鄧洪の娘と娘の侍女(戴忠宇)に化けて金銭豹に近づき、退治しようとする。

アクロバットな要素が多く、孫悟空役の馬燕超はバック転にバック宙と身軽であり、如意棒の捌き方も巧みである。金銭豹役の張志芳も武器とする棒を巧みに操る。

孫悟空役の馬燕超と鄧洪の娘役の劉夢姣、猪八戒役の危佳慶と侍女役の戴忠宇は化けたという設定で入れ替わりながら演技をする。

日本でも有名な『西遊記』であるが、内容が通俗的であるため、「子供のうちは『西遊記』は難しくて読めないが、大人になったら『西遊記』は馬鹿馬鹿しくて読めない」という言葉が中国にはあり、実際、どの層が主に読んでいるのか謎の物語であったりする。

京劇は基本的に歌う劇であり、北京オペラ(もしくはチャイニーズ・オペラ)とも呼ばれている。演劇の台本を戯曲というが、中国では戯曲というと、京劇など古典演劇のことを指す。歌があるので曲という字が入っている。わかりやすい。

高いところにある席には高い音色の直接音が飛んで来やすい。「西遊記・金銭豹」は活劇であるため、銅鑼や鐘がやたらと打ち鳴らされて、かまびすしく感じた。


「太真外伝」より抜粋。楊貴妃(本名:楊玉環。演じるのは朱虹)と玄宗皇帝(本名:李隆基。演じるのは劉塁)のロマンス劇である。喧嘩をした玄宗皇帝と楊貴妃。だが、七夕の夜に織姫と彦星のことを祈る楊貴妃を見た玄宗は再び心惹かれ、二人で鵲の橋(西洋の星座でいうはくちょう座のこと)となり、比翼連理の誓いを結ぶ。
抜粋上演なので、短く、少し物足りなかった。


「鎖麟嚢」。これが最も本格的な上演演目である。山東半島にある登州が舞台。富豪の令嬢である薛湘霊(李文穎)が嫁入りする日。侍女の梅香(載忠宇)がまず登場して状況を説明する。この作品は現代京劇であるためか、聞いていてもセリフの内容がわかりやすい。
薛湘霊というのがまた、わがままな女性で、嫁入り道具のデザインが気に入らないというので、執事の薛良(王宝利)に何度も買いに行かせては「買い直してきて」と命令している。
登州には、嫁入りする娘に鎖麟嚢という袋を持たせることになっている。この袋に宝石などを詰め込んで持たせると娘が子宝に恵まれるというのだ。だが薛湘霊は、鎖麟嚢に書かれた麒麟が「豚や犬に見える」と文句を付けている。薛夫人(張静)は、そんな娘にわがままを言わないよう諭す。

婚礼の一行は、雨に降られたため、春秋亭という東屋で雨宿りをする。そこで薛家の人々は、趙守貞(朱虹)というやはり嫁入りする女性の泣き声を聞く。趙朱貞は貧しい家の娘であり、嫁入りなのにみすぼらしい体裁しか取れないのを嘆いていたのだ。薛湘霊は誰もが自分のように恵まれているのではないということを悟り、趙守貞に鎖麟嚢を与えるのだった。

これまたラストではかなりご都合主義な展開になるのだが、庶民は悲劇よりも予定調和の大団円を好んだのであろう。日本で「水戸黄門」が好まれるのも同じ心理だと思われる。
なお、この劇に出てくる男の子の役は女優(「西遊記・金銭豹」で鄧洪の娘役で出ていた劉夢姣)が演じていた。

元々、京劇の伴奏楽器として発達した胡弓(二胡)の響きも心地よく、楽しめる演目であった。

カーテンコール。出演者達はまず、中国式の拱手で拍手に応え、その後、西洋式の胸に手を当てる形のお辞儀を行った。

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2017年5月 8日 (月)

笑いの林(88) 「タナからイケダから学天即」特別編「同期寄席」

2017年4月9日 よしもと祇園花月にて

午後7時から、よしもと祇園花月で、「タナからイケダから学天即」特別編「同期寄席」を観る。NSC大阪27期生が集まって行う公演。
出演は、タナからイケダと学天即の他に、ミルクボーイ、ジュリエッタ、Dr.ハインリッヒ、ビーフケーキ、トット。

まず、タナからイケダと学天即の4人が集まってのトーク。ラーメン二郎の話題になる。タナからイケダ・イケダと学天即・奥田はラーメン二郎が好きで、よく食べに行くそうである。
ラーメン二郎は有名店で、関東には支店が多くあり、この4月には全国屈指のラーメン激戦区として知られる京都・一乗寺への出店も果たしている(ラーメン二郎にインスパイアされた二郎系ラーメンと呼ばれる店は以前から関西にもあったが、ラーメン二郎直営店が関西に来るのは今回が初めてとなる)。私も東京・歌舞伎町のラーメン二郎で食事をしたことがあるのだが、ラーメン二郎特有のマイナスポイントというものもある。具体的に挙げると営業妨害になるので書かないが、池田がラーメン二郎に入ったときに、カップルで入ってきた客がいたという。ラーメン二郎というのは基本的に男性一人客が入ることの多い店であり、カップルで来るような店ではない。特盛り(「大」と呼ばれる)を注文出来ることがラーメン二郎の特徴の一つなのだが、カップルで来た客の女性の方はラーメン好きでもなく、ただ彼氏に連れられて来ているため、特盛りを頼んでもほとんど食べることが出来ずに帰ってしまうという。最近、ラーメン二郎で食べられもしないのに、「大」を注文し、大半を残して帰った客を店員がTwitter上で批難したことが問題となったが(店員は、大盛りは量が多いので初めての来店の場合は普通サイズである「小」を勧めたがそれでも「大」を注文して思いっきり食べ残したそうである)、それと同じ状況であり、池田は頭にきたそうだ。ただ、池田も奥田も、女性一人客の場合は歓迎だそうである。女性一人でラーメン二郎に入れるというだけで、相当なラーメン好きだろうからね。
奥田がラーメン二郎で食事をしているときに、仕事帰りのホスト達が集団で入ってきたことがあって、奥田は「嫌やわ」と思ったものの、彼らはいざラーメンを食べ始めるとホスト特有なのか仕草も食べ方も豪快で、逆に好感を持ったという話も出た。


まずは漫才。
トップバッターは、タナからイケダ。ホストクラブネタである。田邊が女性客、池田がホストを演じる。池田の源氏名は「いちろう」であるため、田邊に「ださい」と言われるのだが、漢字は「一に狼で一狼です」とのことで、「一匹狼で、一人でのし上がりたいので一狼にした」そうである。ただ一匹狼過ぎてホスト仲間は誰も協力してくれないという状況であることがわかる。
一狼に扮した池田が田邊に名前を聞き、「あき」と答えた田邊だが、池田は「下の名前は?」。田邊は「あきが下の名前や! 上の名前が『あき』の人、あき竹城さんしか知らんわ!」と返すも、池田は、「え? あき竹城さんですか?」とボケる。ちなみに一狼というのは上の名前で、下の名前は「けん」であり、漢字で書くと「犬」だそうで、田邊に「なんで狼に寄せんねん?」と言われる。
ちなみに、一狼は新卒、それも大卒で正社員だそうだが、田邊に「正社員のホストっておるん?」と言われる。

続いて、学天即。四条(よじょう)が、「四条クエストってゲームせえへん?」と奥田に聞く。四条クエストというのは、ドラゴンクエストのパクりで(奥田 「思いっきりパクりっていうたな!」)、京都の四条(しじょう)に住む四条(よじょう)を倒すゲームだそうである。四条、三条、京都駅八条口から二条城と「条」ばっかり出てくるルートを回るゲームで、武器も九条ネギや六条麦茶と「条」が入る。
何故か敵としてやたらと犬が出てくるのだが、ストームマウンテン(嵐山のこと)に行ったりと、京都の観光地巡りになってしまっている。
ちなみに従者は、脳科学者・茂木健一郎、踊り子マイケル・ジャクソン、戦士・林家ペーで、全員、四条と同じもじゃもじゃヘアである。
四条(よじょう)の根城である、四条(しじょう)の、よしもと祇園花月に入ると、京都住みます芸人のタナからイケダが敵として現れたりした(京都府住みます芸人は、タナからイケダと月亭太遊の二組体制であったが、月亭太遊は出身地である大分の住みます芸人に転身し、男女漫才コンビである、せんのりきゅうが南丹市に住んで半農半芸人になる。タナからイケダも京都での出番も多いが、仕事の都合上、現在は大阪に住んでいるはずである)。


ミルクボーイ。内海さんとは、以前、ABCホールで行われた、デルシネ(観客も出演者となる映画で、ワンシーンの撮影が行われた後で編集され、予め撮られている本編に組み込まれて上映される)「エルシュリケン」の待ち時間に少しだけ話したことがある。その後、R-1の予選でも見かけたし、昨年の大阪マラソンの中継担当として出演しているのも確認したのだが、外見が徐々に変化しており、今では髪の毛が一分刈りのようになっている。
こちらも先を読みながら見てるのだが、今日は残念ながらことごとく予想通りであった。やはり予想より上を行かないと心から笑うのは難しい。


ジュリエッタ。藤本はナルシストキャラなのだが(祇園・木﨑といい、吉本ではナルシストキャラが流行っているらしい。ただ、木﨑がキャラ作りをしてのナルシストなのに対し、藤本は根っからのナルシストといわれている)、今日も最初からナルシスト全開で、女の子の「やばい! やばい!」という声が上がる。それを聞いたジュリエッタの二人はステージ上で固まってしまい、藤本は頭をピストルで撃ち抜いて自殺する真似をして、相方の井尻から、「この状況で一人にすな!」と言われていた。


Dr.ハインリッヒ。一卵性双生児の姉妹漫才師である(ただ日付をまたいだため、誕生日は一日違いとなる)。これまで山内彩は髪型をロングにしていたため、双子でも雰囲気が少し違っていたのだが、彩も髪を短くしたため、今ではどこからどう見ても双子である(区別が付くよう、彩は金髪にしている)。
彩がうどん屋に入ったときに、わかめうどんわかめ大盛りを注文しながら、わかめだけ食べ、うどんを全て残して帰ろうとした客がいたため、彩が注意して口論になったそうだ。お店の大将が、「見えるものだけが真実とは限りませんから」と仲裁に入ったのだが、眼鏡屋の店員が客として来ており、「見えるもの全てが真実でないと困りますわ」と言い出すなどカオスな展開になる。
彩が、「あの人、きっと家帰ってから涙流してる思うわ」と言い、幸(みゆき)が、「あの人って誰?」と聞く。あの人というのは、眼鏡屋の店員のことらしい。

幸は、「大人はそんなことでは泣かんねん。大人が涙を流すのは海外に行ったときや」と謎の話を始める。海外の貧しい国で、子供達が泥水にしか見えないジュースを売り歩いている。子供の一人が、「この国にプラスチックの工場が出来るから、そうしたら国が豊かになる」と語るのだが、旅行者にはプラスチック工場が出来ることも国が豊かになることもないとわかっている。それを知りながら泥水のようなジュースを買って飲んだときに涙を流すそうである。えーっと、そういう時って泣くのかな? 彩は、「それ歌にしたら売れるで、ミスチル軽く超えられる」という。うーんっと、それもないと思うけれど。
ビーフケーキ。近藤が松尾に、「指って何本あるか知ってる?」と謎の質問。近藤が、客席に「指何本あるか知ってる人、手を挙げて下さい」と言うも、当然ながら観客は参加しない。近藤は、「ほら、みんな知らんねん」
ということで、近藤が指を一本一本説明していく。親指は、「霊柩車を見た時に親指を隠さないと親の死に目に会えない」と言ったのだが、客席からは「へー」という声が上がったため、今の若い子は、案外、そのことを知らないようである。
薬指は、「腹が痛くなったときは、薬指を引き抜いて煎じて飲めば治る」と無茶苦茶を言う。

ちなみに私は、左手の拳を右手の人差し指と中指で挟んでフォークボールの握りをするという癖があるのだが(実際にフォークボールを投げていた時は、きっちりと人差し指と中指でボールを押さえる必要があるため、そうやって指の力を鍛えており、その名残である。フォークボールを投げること自体は出来るのだが、肘にかなりの重圧が来るため、今はフォークボールを投げることは控えている)。松尾が小指の説明を補足する際に、「男性の方はフォークボールを投げる時に、唯一、ボールに触れないのが小指です」と言っていたため、松尾から私の仕草が見えていたのかも知れない(今日は前から2列目に座っていたため、ステージからも見えた可能性は高い)。


トット。多田は男前、桑原はボイスパーカッションが得意で芸達者ということで、人気上昇中のコンビである。今日もオープニングで田邊が客席に聞いたところ、相当数の人がトット目当てらしいということがわかった。今日はいつもの「タナからイケダから学天即」公演の倍近い入りである。
多田が、「ペットを捨てる人が多い」というので、桑原がペットを捨てる人を演じ、多田がそれを中止することになるのだが、桑原は犬をやたらと可愛がり(犬はチョコという名前らしい)、それでいながら態度を豹変させてリードを手放して捨てるという、注意しにくい状況。今度はシチュエーションを変えるのだが、桑原はフリスビーを投げて犬に追わせ、姿を消そうとするという、これまたどう注意したらいいのかわからないことになってしまう。
その後、桑原は、99歳の老人や、犬を20匹飼っていて自宅を「犬屋敷」と呼ばれているものの猫は21匹飼っているので犬屋敷と呼ばれることに納得がいかない人など、脇役ばかりを演じてしまっていた。


タナからイケダの2周目。池田が、葬式で弔辞を読んでみたいと言い出す。田邊は赤塚不二夫の葬式で、タモリが白紙の弔辞を読み上げたという話をする(タモリは「勧進帳」と明かしていた)も、池田に、「ちゃんとした人しか葬式の弔辞は読まれへんのじゃ。お前には無理だ。お前に出来るのは掃除機の調子を見ることぐらいじゃ」と言うと、池田は本当に掃除機の調子を見に来る人を演じ始めてしまう。その後も、「楊貴妃の病気を診る人」や「尿酸値の調子を下げる人」を池田は演じたりする。
田邊は、「週刊誌に追いかけ回されてみたい」という夢があるのだが、池田は「お前に出来るのは、グーパンチをよけかわされることだけじゃ」。その後も、週刊誌がCランチという定食メニューになってしまったりした。


学天即の2周目は、四条が「芸能界引退したい」と言い、奥田に「自分がいるとこ芸能界思ってんのか? 芸人界や」と突っ込まれることから始まり、他のしたい仕事を語っていくというネタである。マック赤坂を引き合いに出して、「始めるのに遅いということはない」という四条だったが、奥田に「マック赤坂、結果出してないやないか」と突っ込まれる。
ちなみに、四条が「劇の台本を書いてみたい」と言って、奥田に駄目出しされる。奥田は「うどん屋はカレーうどん出すが、カレー屋はカレーうどん出さへん」と例えて、コントを書く人間がその延長線で芝居の台本を書くことは嫌いだということで、コントはコント作家、劇は劇作家に専念しろという意味のことを述べる。


コーナー。お題が出され、AとBどちらを選ぶかによって席替えをする。MCがタナからイケダ・田邊。
最初のお題は、「付き合うならどっち? A・多田、B・井尻」。男前芸人である多田を選ぶ人(Aは下手側、Bは上手側に移動する)が多い。
ただ、多田は天然だそうで、ボケエピソードがいくつも紹介される。更に奥田が、多田を含めた合コンを行ったとき、一番可愛い女の子が多田ではなくて奥田を選んだため、しばらくの間、恨み言をいっていたことを明かす。
ということで、Bの井尻サイドの勝利となった。
ラストのお題は、「キャラが変わったと思うのは? A・近藤、B・内海」。Bの内海を選ぶ人が多いが、内海は外見は変わったが、内面は変わっていないということで、自身のホームページを立ち上げたり、YouTubeに歌をアップしていたりということが明かされ、自分大好きな一面が暴露されたことで内海が本気で照れる。近藤サイドの勝利。

今日は下手側の席に座っていたため、上手袖で舞台監督が「これで終わりです」というカンペを出し、田邊がそれを確認したのもわかったのだが、近藤やビーフケーキのネタを田邊が振ったため、終演が予定よりも10分ほど押した。

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2017年5月 6日 (土)

「京都文化力プロジェクト推進フォーラム」@ロームシアター京都サウスホール

2017年4月26日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後1時から、ロームシアター京都サウスホールで、「京都文化力プロジェクト推進フォーラム」を観る。ネットで申し込んで、葉書が届いた人が参加出来るというシステムになっている。
 
まず、茂山千五郎家による狂言「千鳥」が上演される。先日、フェスティバルホールでも茂山千五郎家によって上演されたばかりの演目であるが、演者が異なる。出演は、茂山千三郎、茂山逸平、鈴木実。背景なしでの上演である。
主人(鈴木実)が、金がないのに「お前、酒屋の主と顔見知りだからなんとかしろ」と太郎冠者(茂山千三郎)を酒屋に使いに出す。酒屋の主(茂山逸平)相手になんとか酒樽をものにしようと、酒樽を千鳥に見立てたり山鉾に見立てたりとあらゆる手を使い……。

終演後、茂山千三郎が司会のイワサキマキ(漢字は不明)に呼ばれて登場。イワサキの「なぜ『千鳥』を選ばれたんですか?」という問いに「なんででしょうね?」と答えるが、「この作品は京都が舞台で、京都から見た地方(尾張国津島神社)の姿が描かれているから」というようなことを語っていた。


続いて、主催者あいさつ。山田啓二京都府知事、門川大作京都市長、立石義雄京都商工会議所会頭の3人が挨拶を行った。


リレー対談「京都の文化力」。京都大学総長である山極壽一(やまぎわ・じゅいち)が進行役を担当して、大蔵流狂言師の茂山千三郎、料理研究家の杉本節子、京都国立博物館長である佐々木丞平の3人と、1対1でリレー形式で対談していく。

まず一人目の茂山千五郎と山極壽一の対談。山極壽一はゴリラ研究の専門家なのだが、狂言方の腰を落とした姿勢がゴリラを連想させると述べる。山極は、「西洋人は背筋を伸ばして胸を張ってという感じですが、日本人はお辞儀もこうやって(背をかがめて)しますし、なんかこう、縮まった感じ」と言う。茂山千三郎によると、西洋人相手に狂言のワークショップを行ったりもしているのだが、西洋人は足が長すぎて、日本人狂言方と同じような姿勢を取ることは「物理的に不可能」だそうである。実はチェコのプラハには白人のみによる狂言のプロ団体もあるそうだが、「腰が全体的に高い」そうである。茂山は、日本人は床に座り、部屋の中でも裸足になるということから、床の文化に着目しているという。
日本文化研究で知られるドナルド・キーンが1952年から2年ほど京都に滞在して狂言に入れ込み、「青い目の太郎冠者」と呼ばれたことなども話題として登場した。


二人目である杉本節子。四条室町にある重要文化財・杉本家住宅の出身である。町屋は軒が低いのだが、これは太陽の光が直接差さないようにということを山極が話して始まる。京都は夏暑く、冬寒いのだが、町屋は夏向けに特化した構造で、夏には涼しい風が家の中を抜けるようになっているそうである。京都の場合、夏は熱中症対策をしないと死に至るが、冬は寒くても凍死するほどではないということで、「冬は寒いけど我慢してくれ」ということなのだろう。北海道などの場合はこれとは真逆になる。
杉本家住宅の先代のご当主は、井上章一の『京都ぎらい』に登場するのだが、杉本節子の感覚だと、「京都」というと、「祇園祭で山鉾を出す山鉾町」というイメージだそうである。山極壽一は、「いろんな京都があっていい」と語った。


最後となる佐々木丞平。京都は人口約147万人であるが、首都のあった街としては人口が少ないという話から入る。ただ、これは悪いことではなくて丁度良いサイズだという風に話は進む。
自然も多くあり、山もあって車で30分も走ると山奥に着いてしまう。それでいて中心部は都会的である。そうした様々な要素が詰まっているのが京都というものなのだという。

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2017年5月 5日 (金)

コンサートの記(297) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
曲目は、ベートーヴェンの交響曲第5番、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。
今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。管楽器の首席奏者は前半のベートーヴェンにはほとんど出演せず、ベートーヴェンのオーボエは客演の岡北斗が吹いた。


広上は節目節目でベートーヴェンの交響曲第5番を取り上げており、十八番としている。

今日は二つ指揮棒を軽く振ってから演奏スタート。フェルマータはいつもよりも少しだけ短めにしているようである。ピリオド・アプローチによる演奏であり、音の末尾を伸ばすことはない。
音の密度が高く、弦、管共に充実した演奏を展開する。フルートの浮かび上がらせ方の上手さも目立つ。
第4楽章突入部分の輝かしさは特筆事項で、真の勝利をつかみ取った心の震えまでもが伝わってくるかのようだ。
ベーレンライター版の譜面を使っていたようで、第4楽章ではピッコロの活躍が目立つが、一番浮き上がるところのピッコロは採用しておらず、交ぜて使っているようである。ラストではピッコロを思う存分吹かせていた。
広上は、ジャンプをしたかと思えば、振りかぶって指揮棒を下げ下ろしたり、指揮棒を両手で持って剣道の「面!」のように払い下げたりする。


休憩を挟んで後半。ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。しなやかにしてソリッドな演奏が展開される。夜想曲やロマンスの可憐さも見事だ。夜想曲ではコンサートマスターの渡邊穣が美しいヴァイオリンソロを奏でた。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。京響の技術の高さと、明るい音色が十全に発揮された演奏である。広上の弦と管のバランスの取り方も最上であり、ティンパニなどの打楽器の思い切った強打も効果的である。音の百貨店のようにどんな音でも出せる万能系の演奏である。
広上のピョンピョンと跳ねる指揮姿も面白かった。


カーテンコール。広上は客席に向かって、「また来ます」と挨拶。「皆さんのご多幸を祈って」ということで、ビゼーの「アルルの女」第1組曲よりアダージェットがアンコールとして演奏される。瑞々しい出来であった。

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2017年5月 4日 (木)

コンサートの記(296) ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮香港フィルハーモニー交響楽団日本公演2017

2017年4月18日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、香港フィルハーモニー管弦楽団の日本公演を聴く。指揮は香港フィルハーモニー管弦楽団音楽監督のヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。

アジアのオーケストラとしてはトップクラスの知名度を誇る香港フィルハーモニー管弦楽団。香港映画や中華ポップの演奏を行っていることでも名高い。だが、この香港フィル、なんと来日演奏会を行うのは実に29年ぶりになるという。そして今回も日本公演は今日の大阪での演奏会のみで、東京での演奏会は予定されていない。ということで、「音楽の友」誌の記者達がザ・シンフォニーホールに乗り込んでいるそうである。

香港フィルの音楽監督を務めるヤープ・ヴァン・ズヴェーデンは、EXTONレーベルへの録音で、日本でも知名度の高い指揮者である。オランダ出身。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターを経て指揮者に転身している。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のヴァイオリン奏者やコンサートマスターとしては何度も来日しているが、指揮者としての来日は意外にも今回が初めてになるそうだ。


曲目は、フォン・ラム(Fung LAM 林豊)の「クインテッセ」、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番(ヴァイオリン独奏:ニン・フェン)、ブラームスの交響曲第1番。


29年前と今とでは同じ香港フィルであっても実態はもう別のオーケストラだと思える。そもそも29年前には香港は中国のものではなく、英領だった。
香港フィルは、1948年の創設。当時はアマチュアオーケストラだった。1973年にプロオーケストラに移行。1989年に本拠地となるアーツセンター・コンサートホールが竣工し、同年、ロンドン・シンフォニエッタの指揮者などを務めていたデイヴィッド・アサートンが音楽監督に就任。1997年に香港は中国に返還され、白人主体だったオーケストラに変化が訪れる。2003年にはエド・デ・ワールトを音楽監督に迎え、2012年にヤープ・ヴァン・ズヴェーデンが後任として音楽監督に就任している。


開場時からステージ上では、木管奏者達が練習を行っており、その後、楽団員達が三々五々ステージに出てきて思い思いに弾き始めるというスタイル。弦楽の首席クラスが開演数分前に出てきて、最後は拍手を受けながらコンサートマスターが登場して全員が揃う。
アメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは指揮台の真っ正面ではなくやや下手寄りに位置する。
管楽器は白人主体、弦楽器はアジア系が大半といった好対照な顔触れ。打楽器は白人とアジア系が半々である。ハープは白人の男性奏者が演奏していた。


ズヴェーデン登場。見事なリンゴ体型である。


フォン・ラムの「クインテッセ」。仏教の五蘊(色、受、想、行、識)を描いた現代曲である。フォン・ラムは、1979年生まれの香港の作曲家で、イギリスで音楽を学び、現在もイギリスと香港の両方を拠点として活躍しているという。
打楽器の強打に、シンバルを弓で弾くなどの特殊奏法がある。一方で、管や弦は神秘的な響きを奏で、独特の雰囲気を生み出している。


バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番。このところ、プログラムに載ることが増えてきた曲である。演奏時間約40分という大作。ズヴェーデンはこの曲はノンタクトで指揮した。
ソリストのニン・フェンは、中国出身のヴァイオリニスト。ベルリンを拠点として活躍しており、ドラゴン四重奏団との共演も重ねているという。

ニン・フェンの音はやや乾いた感じである。ザ・シンフォニーホールでこうした音が出ることは珍しいのだが、香港フィルの弦楽陣もやはりやや乾き気味の音色を出している。日本のオーケストラの弦楽奏者は輝かしい音を追求し、韓国のオーケストラも似た感じであるが、他のアジアのオーケストラ(香港以外に、中国、マレーシア、ベトナムなど)の弦楽パートはそれとは違うものを求めているようにも感じる。
ハンガリー出身のバルトークならではのペンタトニックや、特殊な演奏法などが聴かれるため、どことなくアジアな響きが感じられる演奏になっている(ハンガリーのフン族は元々はアジア系とされる)。
昨年聴いたオーギュスタン・デュメイの同曲演奏のようなスケールの大きさこそ感じられなかったが、ニン・フェンの技術も高く、ハイレベルな演奏を味わうことが出来た。

ニン・フェンのアンコール演奏は、パガニーニの「24のカプリース」より第1番。高度なメカニックを繰り出した演奏であった。


後半、ブラームスの交響曲第1番。
ヤープ・ヴァン・スヴェーデンが日本で知名度を上げたのは、オランダ・フィルハーモニー管弦楽団などを指揮して完成させた「ブラームス交響曲全集」(オランダ・ブリリアント・クラシックス)によってであった。若きズヴェーデンの溌剌とした演奏が評判を呼んだのである。
ということで、ズヴェーデンの十八番ともいえる曲目が演奏される。
ズヴェーデンは、ホルンや木管、ヴィオラといった内声を強く弾かせることで音に立体感を生み出す。特にヴィオラの対旋律を浮かび上がらせるのは効果的で音に厚みと彩りの豊かさが出る。

指揮棒を持って登場したズヴェーデンだが、指揮棒をヴィオラ首席奏者の譜面台に差して、第1楽章と第2楽章はノンタクトで指揮する。
第3楽章に入る前に指揮棒を手にしたズヴェーデン。中間部に入るまでは指揮棒を用いていたが、今度は指揮棒を自身の譜面台の上に置いてノンタクトでの指揮を始める。第4楽章の終盤になってから再び指揮棒を手にして指揮した。ノンタクトで振った方が両手を均等に用いることが出来るために細部まで操りやすいのであろう。

スマートなブラームスである。生まれ出る音楽自体は熱いのだが、弦楽の音色が比較的あっさりしていてまろやかなため、上手く中和されている。各楽器の奏者達の技術も高く、優れたブラームス演奏となった。


アンコールは、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」。ズヴェーデンと香港フィルは、NAXOSレーベルに「ニーベルングの指輪」全曲をレコーディングしている。ズヴェーデンはこの曲でも指揮棒をヴィオラ奏者の譜面台に挟んでノンタクトで指揮した。
トランペット、トロンボーン、ホルンといった金管がパワフルであり、ズヴェーデンの巧みなオーケストラコントロールもあって好演となる。


優れた指揮者とオーケストラによる素晴らしい演奏会であった。

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2017年5月 3日 (水)

MOKK project 05 「地樹なく声、ピリカ」

4月24日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて

午後7時30分から、左京区岡崎にあるロームシアター京都ノースホールで、コンテンポラリーダンスカンパニーMOKK(モック)の公演、MOKK project 05(vol.5) 「地樹なく声、ピリカ」を観る。

MOKKは、村本すみれを中心に、日本大学藝術学部(通称:日藝)出身者によって結成されたダンスカンパニーであり、「劇場機構にとらわれない空間からの発信」を軸に公演を行ってきた。
現在は、日藝出身者にとらわれず、公演毎に出演者を募るプロデュースユニットのような形になっているようである。
「地樹なく声、ピリカ」のピリカはいかにもアイヌ語的な響きを持つが、実際にアイヌ語であり、「美しい」という意味を持つ(北海道には「ピリカ」という言葉の入る施設がいくもある)。
舞台上手に裸の樹が一本そびえ、下手には材木が一本転がっている。舞台中央にはビニールハウスがあり(温室のようにも見える)中に植物が青々としているのがわかる。殺風景な舞台装置の中にあってこのビニールハウスだけが理想郷のようにも見えるのだが、これが今あるものなのか過去なのか未来なのかは明かされることはない。

溶暗すると、まず男女によるハミングが聞こえ、明かりが付くと男性ダンサー2人によるダンスが始まる。

続いて、ダンサー達が多数登場し、10人のダンサー(男性4人、女性6人)が入り乱れての祝祭的なダンスが繰り広げられている。それほどプリミティブな感じはしないが、「春の祭典」の冒頭のようだ。ビニールハウスの中の緑が映えているため、森に集ったロビン・フッド達のようにも見える。
なお、女性ダンサーは6人中4人が日本女子体育大学舞踏学専攻卒業である。「スポ根女子大」のイメージがある日本女子体育大学であるが、最近は舞踏など、スポーツそのものではない分野にも力を入れているようだ。
女性ダンサー達は全員、髪の一部を赤く染めているが、これは視覚的効果を狙ったもので(植物の緑に対して反対色の赤を配したものだと思われる)、それ以上の意味はないそうだ。

その中の一人の女性ダンサー(仕草や表情から子供を演じていることがわかる)が弱々しく倒れる。どうも子供なので疲れてしまったようである。やがて、子供が実際に死んだかのように見える場面もある。リーダー格に見える女性ダンサーが子供役の女性を見つめ悲しみに暮れるような表情をする。どうやら母親ということらしい。
その後、子供は生き返るのだが(最初から死んでいなかった可能性もある)、子供を取り巻く人々も倒れ、死にゆくように見える場面がある。いくつもの死が繰り返され、「喪失」という単語が頭に浮かぶ。

ビニールハウスの中で男女の営みが示唆される場面があり、それを見た人々はメロディーを口ずさみながら踊る。ラストに現れる音楽はこのメロディーを弦楽合奏で弾いたものである。


コンテンポラリーダンスは基本的に「反物語」であり、それ故そのほかのもの(演劇や映画など)に置き換えられないのであるが、そのため却って多様な物語解釈も可能である。
ただ、考えるより感じることの方が大切である。安易に物語に回収しようとすると、コンテンポラリーダンスをすることと観ることの意義がなくなってしまう。


終演後に、MOKK代表で、「地樹なく声、ピリカ」の構成・振付・演出を担当した村本すみれと、追手門大学大学院准教授でダンス批評が専門の富田大介によるトークがある。
「地樹なく声、ピリカ」の音楽は、「そして父になる」で日本アカデミー賞優秀音楽賞を担当している松本淳一が手掛けている。松本は劇伴の作曲家であるため、村本によると「注文したらすぐ曲が出来てしまう」そうであるが、「物語性が強すぎる」と思うものはカットしたり、他の曲に書き換えて貰ったりしたそうだ。安易に物語に回収されることは村本も当然ながら避けているようである。

村本によると、「地樹なく声、ピリカ」は、人によって見方が180度異なる場合が多いそうだが、富田が「昇華」と見た場面を私は「痛切なる喪失」と捉えており、まさに180度異なるのがわかる。抽象的である必要があるため、当然ながら正解もなく、これまでの歩んできた人生によって見方が変わるのも当然である。
村本自身は、「生」か「死」かでいったら「死」の方に重点を置いているそうで、これは私と重なるが、作者の言うことが必ずしも正しいとは限らないのもコンテンポラリーダンスの面白いところである。

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2017年5月 1日 (月)

笑いの林(87) 「なんばグランド花月 次世代落語会 落語と特大大喜利のスペシャルセット」

2017年3月30日 なんばグランド花月にて

午後7時から、なんばグランド花月で、「なんばグランド花月 次世代落語会 落語と特大大喜利のスペシャルセット」を観る。出演は、月亭方正、ジミー大西、桂三度、月亭八光、笑福亭笑利、トレンディエンジェル、桂あおば、月亭方気、桂三幸、桂三語、月亭太遊、月亭八織。なお、桂文五郎は膝を怪我したため出演出来ないという。

まずは、笑福亭笑利による落語。座布団一枚あれば落語が出来るというので、色々な場所に呼ばれるそうである。中にはバーのカウンターの上に座布団を置いて喋ったりということもあるらしい。露天風呂で落語を行ったときのこと。露天風呂の前に座布団があり、横にゴザが敷いてある。ゴザは上で寝転ぶ人が使うそうであり、笑利が落語を行う前に、すでは裸のおっちゃんが寝ていたそうである。
落語は10分から15分掛けて行うのだが、露天風呂に入っている人は、「熱い熱い」と言って、5分ぐらいで出てしまうそうで、途中でお客が入れ替わるそうである。そして入れ替わったお客もオチを付ける前に出てしまい、オチを言った時には湯船には誰もいなかったそうだが、笑利が立ち上がろうと思ったら、「良かったで」と言ってくれる人がいる。ゴザの上で寝ていたおっちゃんが最後まで聴いてくれていたそうだ。
その話を枕として、本編は「人形の出てくる落語」。侍の志賀之助という人がおつきの者を連れて湖のある村に行った時の話。おつきの男が、「昨日、湖のほとりで若い女に誘われた」という話をする。綺麗な女だったそうで、「明日の夜、なので今夜ですね。湖の上に一緒に漕ぎ出そう」と言われたそうで、おつきの者はいそいそと出掛けていった。そこへ村の名主が挨拶に来た。なんでも、「湖には近づかないで下さい」とのこと。化け物が出るからだそうで、「昼間は女のなりをしていますが、正体は鯉の化け物」とのことである。志賀之助がおつきの者が出掛けていったことを告げるとは、「ああ、そうですか。もう駄目ですな」と恬淡と言われる。「もう間に合いません」
だが、志賀之助は出掛けていって退治をする。ここで笑利は鯉の被り物をして、右手に志賀之助人形を付けて一騎打ちをやってみせた。


続いて、トレンディエンジェルによる漫才。今日は二人とも着物姿である。芸歴12年という話から入り、「ねえ、お兄さん、トレンディだね、トレンディエンジェル」とやる。
二人ともアイドル好きだという話になり、たかしがAKBグループが好きだというのだが、斎藤司はAKBグループを、「AB48、SE48、HT48」と挙げて、たかしに、「斎藤さん、Kが抜けてるよ」と言われると、「そんなこと(毛が抜けてること)は最初からわかってるよ」と返す。たかしに、「AKBってなんの略かわかる?」と言われた斎藤は、「秋元康が きもいオタクから ぼったくる」と言ってしまう。
斎藤はジャニーズが好きだそうだが、「こう見えてジャニーズです」
斎藤は、嵐が好きで、ニノ(二宮和也)役だそうなのだが(?)、客席に、「みんな、『ニノ!』って言って下さい。チビッコ達、『ハゲ!』って言わないでね」。その後も何度も、「ハゲって言わないでね」「ハゲって言わないでね」「わかりますよね? ジャパニーズ・カルチャー」と念押しして、観客から、「ハゲ!」と言って貰う。
その後、嵐の「嵐」を歌って踊るのだが、たかしの手拍子によるテンポが速過ぎて、シッチャカメッチャカな動きになる。再度挑戦して、今度は普通のテンポでナルシストポーズを決める。

たかしにポケモンGOの話をされ、「斎藤さん、ポケモンGOってわかる?」と聞かれて、「当たり前だ、斎藤さんだぞ!」とやるも、「これ(着物)戻しにくい、江戸時代に生まれてたらやれない。現代だから出来る」
ということで、斎藤がピカチュウに扮して、たかしがポケモンGOをやるのだが、斎藤は挙動不審。たかしに「ピカチュウですか?」と聞かれた斎藤は「はい」と答えるも、「ピカッとした中年」とピカチュウ違い。
もう一度やることになり、斎藤は「ピカチュウ」と鳴くのだが、やはりさっきの怪しい中年であった。


出演者総出による大大喜利大会。高座にトレエン・斎藤、トレエン・たかし、ジミー大西、月亭八光、桂三度が座り、ハリセンを持った月亭方正の司会で進む。若手落語家はパイプ椅子に座るが、月亭方正は彼らを、「次世代の落語会を担う人達を担う落語家」と紹介してしまう(つまり彼らは次世代を担う落語家ではない)。

まずは「あいうえお作文」。春休みでチビッコが多いので、月亭方正はチビッコから何行がいいかを募集する。
「ラ行」で行うことになり、最初の単語を「ラクダ」に決めて貰うのだが、トップバッターの斎藤は「ラクダに見えるといいますが」、たかしは「リスにも見えると言いますが」とボケまくって作文になりそうにない。ジミー大西は、「ルーマニアに行こう」と飛躍。月亭八光が「列車に乗って」と戻すも、本当は「飛行機じゃないの?」と突っ込まれるボケのつもりが、前が酷すぎてボケにならなかったそうである。トリの桂三度が「ロンドンに着いた」となんとか纏める。

次は「サ行」で、最初の単語は「サンドイッチ」。斎藤「サンドイッチを買いに出掛けて」、たかし「シンガポールに行って」で方正にハリセンではたかれるも、「静かにシンガポールに行って」とシンガポールは譲らない。ジミー大西「凄いことになってん」、八光「先生に相談したら」、三度「そんなことわからん」

続いて、「この人が言いそうにないこと」。お題になる人は背後の巨大モニターに映される。最初のお題はフランシスコ・ザビエル。若い落語家が良い答えを出すと、高座の人と入れ替わりになれるという。月亭八光は「ナムアミダブツナムアミダブツ」と誰でも思いつきそうなことを言って、高座から下ろされる。ちなみに、月亭八織は何も答えていないのに高座に上げられていた。方正によると「可愛いから」だそうである(八織は紅一点である)。
続く人物は、子役の寺田心。斎藤さんは、「あのAD、D(ディレクター)になったな」と、斎藤曰く「業界ではよく言う」という言葉を挙げるのだが、OKは出なかった。

歌詞穴埋め。B'zの「ウルトラソウル」のサビ、「ウルトラソウル! ハイ!」のところが空欄になっていて、上手い言葉を入れるというコーナー。桂三度は、「桃太郎のお供の動物が変わりました」として、「犬・猿・象」と書いていた。「ウルトラソウル」の前の歌詞は「そして輝く」なのだが、月亭八織が、指輪の絵を描いて「薬指」とするもジミー大西が「意味がわからない」と言って、他の人から説明を受けていた。

大喜利の最後は「なりきり読書」。白紙の続く本をあたかも書かれているものを読むかのように読むという、長めの「勧進帳」である。
勝ち抜いた、トレエン・斎藤、笑福亭笑利、ジミー大西、月亭八織、月亭三度によって読まれる。お題は「水戸黄門」の第1話。
斎藤は、「昔々あるところに、水戸黄門と助さんと角さんがいました。SNSで知り合った三人は、うっかり八兵衛にメールを送りました。ウィルス付きの。メールを受け取ったうっかり八兵衛は」と舞台を現代に置き換えた「水戸黄門」を語り始める。
二番手の笑福亭笑利は、「As soon as」と何故か英語で語り始める。そして、「由美かおる」と演じている女優の名前を言ってしまう。ジミー大西も英語で語り始めてしまうが、「町人の村長(?)が米を貰う代わりに金をばらまき、漁村が迷惑した(??)」という謎だらけの展開をする。月亭八織は、「由美かおるが悪代官に襲われて逃げるシーン」を演じるが、桂三度は、「一方、その頃、暴れん坊将軍は」とボケた。

ちなみに、トレンディエンジェルの二人は、昼間はひらかたパークで行われた「歌がうまい芸人」のイベントに出演していたようだが、この後にも別の仕事があるということで、ここで出番を終えた。


ラストは桂三度による落語。「落語って長すぎるんちゃう?」と言われることがあるそうだが、縮めた落語もあるそうで、「ときそば」というネタを披露する。夫婦でそばを注文するのが、持ち合わせは十五文。そば二人分は十六文で足りない。だが、勘定する時に夫が、「1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、今何時?」、「9つ」、「10、11、12、13、14、15、16」と一つ飛ばして勘定を済ませる。
そこで妻は一人の時に、早めの時間に別の二人で行ってそばを食べたのだが、「1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、今何時?」、「5つ」、「6つ、7つ、8つ……」ということになり、三文損したという話である。

映画も縮められるようで、「タイタニック」は、「大きな船乗れた嬉しい」「僕は君が好き」「私もあなたが好き」「タイタニックポーズ」「船が沈んだ」「僕も沈んだ」で終わるそうである。
「男はつらいよ」全48話は、「思ったよりつらくなかったよ」に纏められるそうである。

最後は変な話。料理店に若い男がアルバイトの申し込みに来るのだが、大阪生まれの日本人なのに片言のような日本語を話す。なんでも音痴なので、なまった喋りしか出来ないのだそうだ。更には運動音痴なので、数のカウントも独特になる。更に本当に音痴なのだそうだが、「歌手になりたい」という夢を持っているそうだ、「ドラえもんの歌」を歌うのだが、バラード調になってしまう。
「赤とんぼ」を歌うと「赤鼻のトナカイ」のメロディーになり、「赤鼻のトナカイ」を歌うと「赤とんぼ」になる。歌手は歌手でもオペラ歌手になりたいそうで、「千の風になって」を歌うのだが、最初の旋律の歌い方は出鱈目なのに、「千の風に 千の風になって」のところだけはまともになる。
コックのチャンさんが「辞める」という電話を寄こしたため、男は「料理は出来る」とアピールするが、「料理は出来るが味音痴」

「次世代落語会」が行われたのは今回が初めてだが、出演者達は「続けたい」と抱負を語った。

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