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2017年6月 1日 (木)

コンサートの記(302) ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第508回定期演奏会

2017年5月12日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第508回定期演奏会を聴く。今日の指揮はロシアの名匠、ウラディーミル・フェドセーエフ。

フェドセーエフは、1932年生まれ。ロシア指揮者界の中で現役最長老である。1974年にモスクワ放送交響楽団(現在のチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ)の芸術監督兼首席指揮者に就任。以後、現在に至るまで同職にあり、40年以上の長期政権を誇る(もっとも、ロシアのオーケストラは基本的に長期政権を敷く傾向があり、人々もオーケストラの正式名称ではなく、「○○(指揮者の名前)のオーケストラ」と呼ぶケースが多い。チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラは「フェドセーエフのオーケストラ」である)。
1997年から2004年まではウィーン交響楽団の首席指揮者も務めており、ウィーンでも名声を高めている。

フェドセーエフは他のロシア人有名指揮者、例えば、ムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ、ゲルギエフなどとは違って、力で押し切るタイプではなく、ロシアの指揮者としては最も西欧的なスマートな音楽作りを旨としている。といっても、「ベートーヴェン交響曲全集」などはロシアの香り濃厚だったりするのだが。

フェドセーエフの実演に接するのは今日が3回目だが、前2回はザ・シンフォニーホールでの演奏だったため、フェスティバルホールでフェドセーエフを聴くのは初めてになる。


曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ウェーバーの交響曲第1番、チャイコフスキーの交響曲第5番。

ウェーバーの交響曲第1番はとても珍しい曲である。実演で聴くのはおそらく初めて。CDも1種類しか持っておらず、長く聴いていないため、実質的には初めて耳にする曲となる。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。ドイツ式の現代配置での演奏である。

今日のフェドセーエフは全編ノンタクトでの指揮である。


ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。ボリューム豊かな音による演奏である。広いフェスティバルホールであるが、今日は残響が長めに感じられる。弦楽器がノンビブラート奏法を行っているように思えたのだが、この曲でははっきりしなかった。


ウェーバーの交響曲第1番。歌劇「魔弾の射手」などで知られるカール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)。オペラの作曲家として知られるが、歌劇以外にも交響曲やクラリネット協奏曲などを書いている。世代的には古典派からドイツ・ロマン派初期に掛けての作曲家であり、シューベルトより10歳年上である。
時代背景というのは音楽に関してはかなり重要であり、ウェーバーの交響曲第1番にはシューベルトの交響曲に相通じるものがある。ウェーバーは二十歳の頃に交響曲第1番と第2番を書いたのだが、その出来に不満であり、「いつか改訂しよう」と思いつつ、思いがけずも40歳の若さで亡くなってしまったため、果たされることはなかった。
そのため若書きであり、シューベルトの交響曲に似ている。また、良い意味でも悪い意味でも端正ではみ出しがないという部分もシューベルトの初期の交響曲にそっくりだ。こういう交響曲を書いていたとすれば、ベートーヴェンの交響曲第7番の初演を聴いたウェーバーが、「ベートーヴェンもついに気が触れたか」と日記に記したということも納得できる。例えは悪いかも知れないがムード歌謡しか知らない人が初めてロックを耳にしたようなものだろう。
第1楽章には、グリーグの「ペール・ギュント」の“山の魔王の宮殿にて”の旋律によく似た音型が現れる。

フェドセーエフがピリオド・アプローチを採用していることは、このウェーバーの交響曲第1番でよくわかった。各楽章のクライマックス以外はビブラートを控えめにし、音を短く切って歌う。
ロシアではピリオド奏法がまだ普及していないと聞いてきたが、フェドセーエフは取り入れたようだ。
大フィルは第2楽章の冒頭でトランペットが揃わなかったが後は堅調。造形バランス見事な演奏である。


フェドセーエフの十八番であるチャイコフスキーの交響曲第5番。
クラリネットによる「運命の主題」が終わると音の密度と輝きが増し、聴き手の耳に鋭く切り込むチャイコフスキー演奏が展開される。比較的速めのテンポによる演奏だが、緩急自在であり、ゆっくりとした部分ではテンポをグッと落として、徹底して甘美な演奏を展開する。
第2楽章冒頭では、フェドセーエフが大フィルからヒンヤリとした音を引き出す。この楽章ではホルンによる長くて美しいソロ(難度Sとされる)があるのだが、今日はソロの部分は見事な出来であった。オーボエとの掛け合いの部分では若干、引っかかり気味であったが。

フェドセーエフは、第2楽章と第3楽章をアタッカで繋ぐ。甘美な楽章を繋げることで、よりメリハリを付けようという意図だろう。美しくはあるが、どこか儚さを感じさせる演奏である。

以前は「凱歌」として演奏されることの多かった第4楽章。だが、21世紀になってからチャイコフスキー研究が進んだということもあり、別の解釈が取られることが増えた。フェドセーエフも最近の学説を取り入れた演奏を行う。
凱歌のようでありながら、届かぬところにある夢を歌うかのような趣。寂しさが音色に滲んでいる。疑似ラストを経てからもやはり聞いていて切なくなる演奏が繰り広げられる。チャイコフスキーの葛藤が公にされる。
そしてラストではテンポを思いっきり落として、「ジャジャジャジャーン」とベートーヴェンの運命動機の転用だとはっきりわかるよう、一音一音演奏された。

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