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2017年7月15日 (土)

観劇感想精選(219) 下鴨車窓 「渇いた蜃気楼」2017大阪

2017年7月7日 大阪・周防町のウイングフィールドにて観劇

午後8時から、大阪・周防町のウイングフィールドで、下鴨車窓の公演「渇いた蜃気楼」を観る。
「渇いた蜃気楼」は、2014年に「わたしの焦げた眼球/遠視」というタイトルでOFT名義で初演され、翌年に現在のタイトルに変わっての下鴨車窓での再演が行われ、その後毎年上演が行われている。今年は先に札幌での公演が行われ、今日から3日間、大阪での上演がある。
作・演出:田辺剛。出演:大沢めぐみ、藤原大介、高杉征司(三人のローマ字表記の頭文字を採ったOFTというユニットを組んでいる)。

「渇いた蜃気楼」は電子版の台本が発売されている。私も台本は読んでいるのだが、上演を観る上では本を読まずにフラットな状態で臨んだ方が良かったように思う。


とある田舎町が舞台である。酷暑。内陸にあるこの町では水が不足しており、亮と真澄の夫妻が暮らす高台のアパートには水が回らなくなっている。仕方がないので、亮がポリタンクを手に、スーパーに設置された給水所から水を運んでいる。亮は自転車にポリタンクを乗せて運んでいたのだが、その自転車が盗まれるという出来事が発生、舞台はその直後から始まる。

亮はこの町の工場で働いていたのだが、クビになり、現在は退職金と真澄のパート代で暮らしている。亮と真澄は高校の同級生。東京で出会い、出身地に近いこの町に戻ってきて入籍した。
どことなく「隘路」のようなこの場所に高校時代の同級生である雄二が訪ねてきたことで、過去の記憶により現在が波立つという物語である。

過去も現在も不安定である三人の、バランスの不確かさが明らかになっていく。現在は過去に束縛され、過去は現在によって歪む。平穏な日常に「何か」が黒い口を開けて潜んでいるようにも見える。
ホラーではないので、追求を行うことはなく、舞台は日常へと戻っていくのだが、それ故に起きたさざ波が印象深くなるようになっている。

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