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2017年9月12日 (火)

コンサートの記(317) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第616回定期演奏会

2017年9月3日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第616回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はアメリカ出身のジョン・アクセルロッド。

京響の他にもNHK交響楽団などに客演しているジョン・アクセルロッド。ハーバード大学音楽学部で指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事し、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の首席客演指揮者を務めている。


曲目は、武満徹の「死と再生」(映画「黒い雨」より)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」、ベルリオーズの幻想交響曲。

プレトークでアクセルロッドは今日のプログラムが「死とその後」というテーマに基づくことを解説する。死を描いた作曲家としてアクセルロッドは他に、マーラー、ショスタコーヴィチ、サミュエル・バーバーを挙げる。3人ともアクセルロッドの師であるレナード・バーンスタインが得意としていた作曲家だ。


今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは渡邊穣で、久しぶりに京響のコンサートマスター二人が揃う。チェロの客演首席としてNHK交響楽団首席チェロ奏者の「藤森大統領」こと藤森亮一が入る。


アクセルロッドは、武満とシュトラウスでは老眼鏡を掛けてスコアをめくりながらの指揮であったが、幻想交響曲では眼鏡なしで暗譜で指揮。譜面台も取り払われていた。


武満徹の「死と再生」(映画黒い雨」より)。京響の弦がいつもより洗練度が乏しく聞こえ、武満作品に十分な繊細がないようにも思えたが、今日も私はポディウム席で聴いており、弦楽群と距離があったためにそう感じられただけかも知れない。
アクセルロッドの指揮は細部を丁寧に重ねていくもので、構造をきちんと明らかにするものだったが、日本人演奏家による武満と比べるとタメの作り方に違いが見られた。スラスラ進みすぎてしまうように感じられた場面もあり。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」。京響は弦も管も輝かしい音を出し、ボリュームも十分で好演となる。
アクセルロッドの指揮棒も巧みであり、途中、「見通しが悪いな」「雑然としてるな」と感じさせるところもあったが、中盤からは彼岸を見つめるようなたおやかな音色による音楽で語りかけ、陶然とした雰囲気を作り出す。


ベルリオーズの幻想交響曲。第2楽章にコルネットを入れた版での演奏である(コルネット独奏:ハラルド・ナエス)。
アクセルロッドの息が多少気になるが、冒頭から色彩豊かな音色を京響から引き出す。アクセルロッドは京都コンサートホールの長い残響を意識しているようで、パウゼを長めに取る。
迫力、色彩感、パースペクティブ、どれを取っても及第点だが、第5楽章に下手で打ち鳴らされる鐘はいくらなんでも音が大きすぎる。またラストに向かってはおどろおどろしさを協調したためかテンポが重々しく、エスプリに関してはクルトワ、ゴーロワの両方で欠けていたように思う。

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