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2017年11月17日 (金)

コンサートの記(324) ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 来日公演2017横浜

2017年11月9日 横浜みなとみらいホールにて

午後7時から、横浜みなとみらいホール大ホールにて、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の来日演奏会を聴く。

今年で90歳を迎えたヘルベルト・ブロムシュテット。アメリカのスプリングフィールドでスウェーデン人の宣教師を両親に生まれる。両親が信じていたセブンスデー・アドベンチスト教会の教えを厳格に守り、動物性の栄養は一切口にしないという完全なヴィーガンである(ただし、セブンスデー・アドベンチスト教会が絶対的な菜食主義を推奨しているわけではない。宗教者の子であるため、かなり原典主義的なのだろう)。2歳の時に祖国のスウェーデンに戻り、その後、北欧最古の大学として知られるウプサラ大学とストックホルム音楽院に学ぶ。タングルウッド音楽祭ではレナード・バーンスタインに師事して、最優秀賞であるクーセヴィツキー賞を受賞している。
日本ではNHK交響楽団との演奏で知られており、N響名誉指揮者を経て現在は桂冠名誉指揮者の称号を得ている。
近年はノンタクトで振ることが多く、今日もそうであった。


曲目は、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:レオニダス・カヴァコス)とシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」

ブロムシュテットの指揮ということで、今日も当然ながらヴァイオリン両翼の古典派位置。ティンパニは指揮者の正面に来る。


ブラームスのヴァイオリン協奏曲。独奏者であるレオニダス・カヴァコスは、1967年、ギリシャ・アテネ生まれのヴァイオリニスト。5歳でヴァイオリンを始め、17歳の時に開催されたアテネ音楽祭でデビュー。翌年、シベリウス国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝している。1度だけ録音を許された、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の原典版演奏では独奏を受け持っており、高い評価を受けた。

ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団であるが、旧東欧のオケらしく音が渋い。独特のコクとシルバー系の輝きがある。今年、ザ・シンフォニーホールで聴いたヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮の香港フィルハーモニー管弦楽団が同傾向の音を出しており、あるいは香港フィルを始めとするアジアのオーケストラはゲヴァントハウス管のような音を理想としているのかも知れない。
ブロムシュテットの作り出す音楽はその瑞々しさが魅力的である。常に節度がある統制の取れた演奏を行うが、そのため、第2楽章でも濃厚なロマンティシズムに溺れることはなく、そこが物足りない人もいたかも知れない。
ソリストのカヴァコスであるが、とにかく切れ味が鋭い。ヴィルトゥオーゾタイプであり、シャープなヴァイオリンである。
第3楽章ではカヴァコスとブロムシュテットによる丁々発止の演奏が展開された。

カヴァコスは、大曲であるブラームスのヴァイオリン協奏曲の後に、アンコールとして、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番より“サラバンド”を弾く。滑らかなバッハであった。だが、この演奏でカヴァコスは疲労困憊となってしまったようで、終演後に予定されていたCD購入者限定のサイン会はキャンセルとなり、CDの返品・払い戻しなども行われていた。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」。「偉大な」という意味にも取れる作品だが、実際はシューベルトの交響曲第6番が同じハ長調であるため、スケールの大きな当曲が「ザ・グレート」、交響曲第6番が「ザ・リトル」と呼ばれることになったというのが真相である。
長い間、「ザ・グレート」の世界初演を行ったのはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団だとされてきた(フェリックス・メンデルスゾーンの指揮)。ただ、最近では「ザ・グレート」がシューベルトが亡くなった直後にウィーンで追悼演奏として私的に初演されたことがわかっている。メンデルスゾーンとライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管によるものは「公的なものとしては初演」ということになる。

譜面台の上には総譜が置かれていたが、ブロムシュテットが表紙を開くことはなく、全編暗譜での指揮となった。1拍目だけを示すことが多い、無駄のない指揮姿である。

冒頭に吹かれるゲヴァントハウス管のホルンの密度が濃い。第1楽章ではまさに意気軒昂でヒロイズムに満ちた演奏が展開される。
ゲヴァントハウス管の特徴は、木管奏者の動きが大きいこと。オーボエ奏者二人もフルート奏者二人も頭をグルングルン回しながら吹いている。ブラームスに比べると音の透明度が増し、端麗なシューベルト演奏となる。

第2楽章での音と孤独感の表出も見事。両翼に配されたヴァイオリンのピッチカートでのやり取りが確認できるなど、視覚面での面白さもある。
第3楽章の沸き上がるような音の生命感も印象的。

第4楽章は、「ヘリオスの疾駆」とでも名付けたくなる痛快な演奏となった。音が光を帯びて輝きを増し、最後は情熱の奔流となる。


演奏が終わり、コントラバスを除く楽団員がステージ上から去った後も拍手は鳴り止まず、ブロムシュテットが一人で登場して多くの「ブラボー!」と拍手を受けた。

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