« 2017年10月 | トップページ

2017年11月の9件の記事

2017年11月21日 (火)

コンサートの記(325) 「京都市交響楽団 meets 珠玉の東アジア」

2017年11月5日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、「京都市交響楽団 meets 珠玉の東アジア」を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
日中韓3カ国の楽曲と出演者による音楽の祭典。


曲目は、第1部が、チェ・ソンファンの管弦楽曲「アリラン」、リュー・ツェシャン&マオ・ユァンの「瑶族舞曲」、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」、第2部がビゼーの歌劇「カルメン」(ハイライト)。

今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーに片山千津子。ドイツ式の現代配置だが、今日は下手に打楽器が並ぶため、ホルンは下手ではなく上手奥に陣取る。「カルメン」の演奏会形式上演があり、歌手が出入りするため、すり鉢式のステージは用いず、弦は平土間の上での演奏である。
P席は第2部で合唱(京響コーラス)が用いるため、今日は販売されていない。


チェ・ソンファンの管弦楽曲「アリラン」。
チェ・ソンファンは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の作曲家。管弦楽曲「アリラン」は朝鮮半島を代表する民謡をチェ・ソンファンが1976年にアレンジしたもの。現在では韓国と北朝鮮の両国で盛んに演奏されている。
広上指揮の京響は透明感のある音でムクゲの香りが会場を満たすかのような典雅な演奏を繰り広げる。


リュー・ツェシャンとマオ・ユァンの「瑶族舞曲」。中国南部の少数民族・瑶族(ヤオ族)の民謡を基にリュー・ツェシャンとマオ・ユァンが二人で作曲したものである。ヴァイオリンが二胡を模したレガート奏法を行うなど、中華的な色彩に富んだ楽曲である。
広上は音のパーツパーツを絶妙のタイミングで組み込んでいく。キビキビとした音運びと滑らかな歌も印象的である。


外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」。広上は冒頭をきっちりと三つに振る。今日はすり鉢状のステージを採用していないということもあり、低弦が弱めで音の重心も高いが、アンサンブルの精度は高く、リズム感も万全である。土俗感と叙情味の表出も上手い。


第2部。ビゼーの歌劇「カルメン」(ハイライト)。
上演曲は、第1幕より子どもたちの合唱、「前奏曲」、第1幕より「ハバネラ」、第1幕より「セギディーリャ」、第2幕より「ジプシー・ソング」、第2幕より「闘牛士の歌」、第2幕より「花の歌」、第3幕より「カルタの三重唱」、第4幕より「合唱行進曲」、第4幕よりフィナーレ。
出演は、池田香織(カルメン。メゾ・ソプラノ)、ユン・ビョンギル(ドン・ホセ。テノール)、ジョン・ハオ(エスカミーリョ。バス)、チョン・ヨンオギ(フラスキータ。ソプラノ)、谷口睦美(メルセデス。メゾ・ソプラノ)
宮本益光が構成とナレーションを手掛ける。

今回は、「カルメン」の原作であるメリメの小説を基に再構成したテキストを宮本益光が読み上げることで物語が進行していく。ちなみに、メリメの「カルメン」と歌劇「カルメン」とでは大きく設定が異なる場面があるため、辻褄が合わなくなっている部分もある(原作ではカルメンは山奥で殺害されるため、今日読み上げられたテキストにあった「そしてホセはカルメンの亡骸を誰の目にも触れないところまで運び、埋めた」で良いのだが、オペラではカルメンは闘牛場の前、つまり街中で殺されるため、誰の目にも触れないところまで運んで埋めるのは不可能である)。

まず京都市少年合唱団のメンバーが現れ、横一列に並んで合唱を歌う。当初ではハイライト上演では子どもたちの場面はカットする方向でプランが進んでいたのだが、せっかく良い少年合唱団がいるのに使わないのは勿体ない、折角だから第1曲で、ということで一番最初に子どもたちの合唱が来たようだ。

宮本益光が、メリメの小説「カルメン」の冒頭を読み上げて本編(でいいのかな?)スタート。歌手達はドレスアップして登場し、演技も行う。一部では客席の通路も用いられた。

広上は、ジプシー・ソングの終盤で加速し、興奮を誘う。また「闘牛士の歌」では冒頭を思いっきりためて歌い、演劇的な感興を生み出していた。

歌手達も声の通りが良く、優れた歌唱を聴かせる。エスカミーリョ役のジョン・ハオだけはステージに馴染んでいない気がしたが、歌い慣れていないのかも知れない。

宮本益光は抑えた調子でナレーションを行い、効果的であった。

P席に並んだ京響コーラスも威力抜群の歌唱を聴かせる(P席に合唱が陣取ると、音響的にソリストの歌がかき消されそうになるようである)。

広上指揮の京響はフランス的な濃厚な色彩を発揮。見事であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月19日 (日)

観劇感想精選(222) 佐々木蔵之介主演 「リチャード三世」

2017年11月4日 森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後6時から、森ノ宮ピロティホールで「リチャード三世」を観る。「演劇史上最も魅力的な悪役」と断言してもいいタイトルロールを演じるのは佐々木蔵之介。

「リチャード三世」は、以前に古田新太主演の劇団新感線版をシアターBRAVA!で観ており、野村萬斎が現代狂言に仕立てた「国盗人」も兵庫県立芸術文化センター中ホールで二度観ている。

作:ウィリアム・シェイクスピア、木下順二が日本語訳したテキストを使用、上演台本・演出はシルヴィウ・プルカレーテ。主演は、佐々木蔵之介、手塚とおる、今井朋彦、長谷川朝晴、阿南健治、壌晴彦(じょう・はるひこ)、山中崇、植本純米、山口馬木也、土屋佑壱、河内大和(こうち・やまと)、浜田学(はまだ・まなぶ)、櫻井章喜(さくらい・あきよし)、八十田勇一(やそだ・ゆういち)、有薗芳記、渡辺美佐子ほか。音楽:ヴァシル・シリー。演出補:谷賢一。

シルヴィウ・プルカレーテはルーマニア出身の演出家。エディンバラフェスティバル批評家賞最優秀作品賞、ピーター・ブルック賞、ダブリン演劇祭批評家賞など数々の栄冠を勝ち得ているという。

耽美的な「リチャード三世」という印象である。

三面が石壁という舞台設定(実際はカーテンが降りている)。酒場とおぼしき場所。三人のサックス奏者が演奏し、白いシャツを着た男達が車座になって、音楽に合わせてステップを踏んで踊っている。その中の一人が客席の方に向き直る。佐々木蔵之介(リチャード三世)である。佐々木は有名な冒頭のモノローグを語り、セリフをクラレンス役の長谷川朝晴に振る。冒頭は酒場に集った男達が余興で「リチャード三世」を演じているという設定である。そのままの設定でいくのかと思ったが、余興というのは冒頭のみの設定だったようで、その後は比較的リアルな演技スタイルでの上演が行われる。

渡辺美佐子以外は全員男性というキャスト。紅一点、と呼ぶには年が行きすぎているかも知れないが、渡辺美佐子が演じるのは代書屋という役名のオリジナルキャスト。正体はおそらくシェイクスピア本人であると思われる。代書屋はラフを巻いている。

佐々木蔵之介演じるリチャード三世は酒をラッパ飲みし、スープを鍋からかっくらうという野性味溢れる人物である。リチャード三世はせむし(体が曲がっている)という設定だが、佐々木はいくつかのシーンで体を屈めての演技を行っていた(リチャードがせむしを演じているという設定)。

映像を使用しており、リチャード三世の夢のシーンではその映像と影アナで独特の雰囲気を生み出していた。

佐々木蔵之介は「マクベス」で主演したときも戦闘シーンを端折ったバージョンで上演していたが、今回も戦闘シーンはなく、リチャード三世と代書屋の二人だけのシーンを代わりに入れていた。

リチャードに殺された人々が現れて呪いの言葉をリチャードに次々と浴びせる悪夢の場面は、サックスの伴奏に合わせて幽霊達が歌うという処理がなされていた。少し軽い気もするが、その後のアンビエントミュージックを使用したシーンと見事な対比を生んでいたように思う。


最初は舞台上に大勢いた人々が徐々に減っていき、リチャード一人だけの場面へと繋がる。所詮は道化のリチャード。その寂寞とした孤独感が胸に染みる。


カーテンコールは4度。3回目からは客席が総立ちとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月17日 (金)

コンサートの記(324) ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 来日公演2017横浜

2017年11月9日 横浜みなとみらいホールにて

午後7時から、横浜みなとみらいホール大ホールにて、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の来日演奏会を聴く。

今年で90歳を迎えたヘルベルト・ブロムシュテット。アメリカのスプリングフィールドでスウェーデン人の宣教師を両親に生まれる。両親が信じていたセブンスデー・アドベンチスト教会の教えを厳格に守り、動物性の栄養は一切口にしないという完全なヴィーガンである(ただし、セブンスデー・アドベンチスト教会が絶対的な菜食主義を推奨しているわけではない。宗教者の子であるため、かなり原典主義的なのだろう)。2歳の時に祖国のスウェーデンに戻り、その後、北欧最古の大学として知られるウプサラ大学とストックホルム音楽院に学ぶ。タングルウッド音楽祭ではレナード・バーンスタインに師事して、最優秀賞であるクーセヴィツキー賞を受賞している。
日本ではNHK交響楽団との演奏で知られており、N響名誉指揮者を経て現在は桂冠名誉指揮者の称号を得ている。
近年はノンタクトで振ることが多く、今日もそうであった。


曲目は、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:レオニダス・カヴァコス)とシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」

ブロムシュテットの指揮ということで、今日も当然ながらヴァイオリン両翼の古典派位置。ティンパニは指揮者の正面に来る。


ブラームスのヴァイオリン協奏曲。独奏者であるレオニダス・カヴァコスは、1967年、ギリシャ・アテネ生まれのヴァイオリニスト。5歳でヴァイオリンを始め、17歳の時に開催されたアテネ音楽祭でデビュー。翌年、シベリウス国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝している。1度だけ録音を許された、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の原典版演奏では独奏を受け持っており、高い評価を受けた。

ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団であるが、旧東欧のオケらしく音が渋い。独特のコクとシルバー系の輝きがある。今年、ザ・シンフォニーホールで聴いたヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮の香港フィルハーモニー管弦楽団が同傾向の音を出しており、あるいは香港フィルを始めとするアジアのオーケストラはゲヴァントハウス管のような音を理想としているのかも知れない。
ブロムシュテットの作り出す音楽はその瑞々しさが魅力的である。常に節度がある統制の取れた演奏を行うが、そのため、第2楽章でも濃厚なロマンティシズムに溺れることはなく、そこが物足りない人もいたかも知れない。
ソリストのカヴァコスであるが、とにかく切れ味が鋭い。ヴィルトゥオーゾタイプであり、シャープなヴァイオリンである。
第3楽章ではカヴァコスとブロムシュテットによる丁々発止の演奏が展開された。

カヴァコスは、大曲であるブラームスのヴァイオリン協奏曲の後に、アンコールとして、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番より“サラバンド”を弾く。滑らかなバッハであった。だが、この演奏でカヴァコスは疲労困憊となってしまったようで、終演後に予定されていたCD購入者限定のサイン会はキャンセルとなり、CDの返品・払い戻しなども行われていた。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」。「偉大な」という意味にも取れる作品だが、実際はシューベルトの交響曲第6番が同じハ長調であるため、スケールの大きな当曲が「ザ・グレート」、交響曲第6番が「ザ・リトル」と呼ばれることになったというのが真相である。
長い間、「ザ・グレート」の世界初演を行ったのはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団だとされてきた(フェリックス・メンデルスゾーンの指揮)。ただ、最近では「ザ・グレート」がシューベルトが亡くなった直後にウィーンで追悼演奏として私的に初演されたことがわかっている。メンデルスゾーンとライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管によるものは「公的なものとしては初演」ということになる。

譜面台の上には総譜が置かれていたが、ブロムシュテットが表紙を開くことはなく、全編暗譜での指揮となった。1拍目だけを示すことが多い、無駄のない指揮姿である。

冒頭に吹かれるゲヴァントハウス管のホルンの密度が濃い。第1楽章ではまさに意気軒昂でヒロイズムに満ちた演奏が展開される。
ゲヴァントハウス管の特徴は、木管奏者の動きが大きいこと。オーボエ奏者二人もフルート奏者二人も頭をグルングルン回しながら吹いている。ブラームスに比べると音の透明度が増し、端麗なシューベルト演奏となる。

第2楽章での音と孤独感の表出も見事。両翼に配されたヴァイオリンのピッチカートでのやり取りが確認できるなど、視覚面での面白さもある。
第3楽章の沸き上がるような音の生命感も印象的。

第4楽章は、「ヘリオスの疾駆」とでも名付けたくなる痛快な演奏となった。音が光を帯びて輝きを増し、最後は情熱の奔流となる。


演奏が終わり、コントラバスを除く楽団員がステージ上から去った後も拍手は鳴り止まず、ブロムシュテットが一人で登場して多くの「ブラボー!」と拍手を受けた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月15日 (水)

コンサートの記(323) 牛田智大 ピアノ・リサイタル2017 京都

2017年10月29日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで牛田智大(うしだ・ともはる)のピアノ・リサイタルを聴く。

牛田智大は、1999年福島県いわき市生まれの若手ピアニスト。12歳の時にドイツ・グラモフォンから日本人ピアニスト史上最年少でメジャーデビューという神童系である。
生後すぐに父親の仕事の都合で上海に渡り、5歳の時に第2回上海市琴童幼児鋼琴電視大賽(第2回上海市ピアノキッズ・テレビ・ピアノコンクール)年中の部で第1位を獲得。8歳の時から5年連続でショパン国際ピアノコンクール in ASIAで1位を獲得という早熟ぶりを見せる。2012年には第16回浜松国際ピアノアカデミー・コンクールで最年少1位受賞。現在はモスクワ音楽院ジュニア・カレッジで研鑽を積んでいる。なかなかの美男子であり、今日は聴衆の大半が女性である。
モスクワ音楽院には松田華音も在学中であり、近年では日本人ピアニストの有力な留学先となっているようである。
ロシアのピアニズムというと、エミール・ギレリスのような激情型豪腕演奏を連想するが、「エンター・ザ・ミュージック」(BSジャパン)に牛田が出演した回を見ると、「指は鍵盤の上に置けばいい」という教え方が主流だそうで、日本の「鍵盤を押し込むように」という指導とは正反対だそうだ。


プログラムはかなりの重量級で、J・S・バッハの平均律クラーヴィア組曲第1巻より第3番、ショパンの24の前奏曲全曲、バッハ/ブゾーニの「シャコンヌ」、ショパンの夜想曲第17番、ショパンの練習曲作品25の5番、ショパンの練習曲作品10の5番「黒鍵」、ショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」、ショパンのバラード第1番、ショパンのポロネーズ第6番「英雄」


牛田はマイクを片手に登場。まずスピーチを行う。写真やテレビで見るよりも顔つきは幼い印象を受けるが、声や喋り方は逆に実年齢よりも落ち着いている。
まず、J・S・バッハとショパンがプログラムに並ぶことについて、「活躍した時代は大きく異なっていますが、共通点が多い」ということで二人の作品を並べたという意図を語る。例を挙げればバッハもショパンも右手と左手を比較的対等に扱うという共通点がある。
続いて台風が近づいている中で多くのコンサートに駆けつけてくれたことへの謝意を述べ、更に10月16日に誕生日を迎えて18歳になり、今日が18歳になってから初めての演奏会ということで、「初心に返る」ことを念頭に置いて演奏を行いたいという抱負を語った。


J・S・バッハの平均律クラーヴィア第1巻より第3番。粒立ちの良い音としなやかな感性が印象的な流線型のバッハである。なかなか格好いい。

ショパンの24の前奏曲は清らかな音色を基調とする端正な演奏であり、個性や閃きに満ちいているというわけではないが、正統派の堂々としたピアニズムを展開する。
「太田胃散の曲」として知られる前奏曲第7番では、歌い崩して俗な表現を避けるなどの工夫も見られた。これらの曲での右手と左手の対話表現なども見事に表していたように思う。

牛田は、前奏曲第24番の最後の音をダンパーペダルで伸ばし、音を切ることなく「シャコンヌ」に突入。冒頭は比較的軽めに入り、徐々に音の密度を増していくという演奏。またに濁った和音が出るが、特に傷ということでもない。


夜想曲第17番からバラード第1番までは、休憩を入れることなく演奏。ピアノ・ソナタ第2番「葬送」では毒や痛切さには乏しく、やはり若いピアニストであることを感じさせるが、全般的にフォルムで聴かせるショパンであり、内容にいたずらに踏み込むことなく音そのものに語らせるという趣を持つ。バラード第1番での高音の煌めきも素晴らしい。

「英雄」ポロネーズも的確な技術で聴かせる演奏であった。


アンコール演奏は2曲。まずプーランクの即興曲第15番「エディット・ピアフに捧ぐ」。ひんやりとした音が印象的な演奏である。最後はシューマンの「トロイメライ」。ノスタルジアの表出に優れた秀演であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月14日 (火)

ロバート・ショウ合唱団 「懐かしきケンタッキーの我が家」

某ファーストフードのCMでお馴染みの「懐かしきケンタッキーの我が家」。アメリカ音楽の父ともいわれるスティーブン・フォスターの作詞・作曲です。実は歌詞はノスタルジックで哀しいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 8日 (水)

コンサートの記(322) 京都フィルハーモニー室内合奏団 室内楽コンサートシリーズ Vol.64 「~フランス音楽~」

2017年11月1日 京都府立府民ホールALTIにて

午後7時から、京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、京都フィルハーモニー室内合奏団の室内楽コンサートシリーズ Vol.64「~フランス音楽~」を聴く。

曲目は、サン=サーンスの七重奏曲、ピエルネの「パストラーレ」、グノーの弦楽四重奏曲第3番、ファラン(ファランク)の九重奏曲というかなりマニアックなものである。全曲とも私はコンサートでは勿論、CDですら聴いたことがない。そもそもCDが出ているのかすらわからない。

出演メンバーは、ヴァイオリンが岩本祐果(いわもと・ゆか)と森本真裕美、ヴィオラが松田美奈子、チェロが佐藤響、コントラバスが金澤恭典(かなざわ・やすのり)、フルートが市川えり子、オーボエが岸さやか、クラリネットが松田学、ファゴットが小川慧巳(おがわ・えみ)、ホルンが御堂友美(みどう・ともみ)、トランペットが西谷良彦(にしたに・よしひこ)、ピアノは客演の岡純子(おか・すみこ)


サン=サーンスの七重奏曲。編成は、トランペット、ピアノ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。七重奏という編成自体が珍しい。
作風はいかにもサン=サーンスらしい洒脱なものである。


ピエルネの「パストラーレ」。編成は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンという管楽五重奏である。
フランス近代の作曲家であるガブリエル・ピエルネ。名前は比較的有名だが、作品となるとほとんど知られていない。「鉛の兵隊の行進曲」が吹奏楽のレパートリーとしてかろうじて知られている程度である。生前は指揮者としても知られていたようで、コロンヌ管弦楽団を指揮して様々な曲のフランス初演を行ったりもしている。
「パストラーレ」とは、田園という意味であるが、ピエルネの「パストラーレ」は、牧童の笛を模したオーボエに始まるメランコリックな楽曲である。


グノーの弦楽四重奏曲第3番。優雅さと悲哀が仄かに漂うような、エスプリに満ちた作品である。


ファランの九重奏曲。編成、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン。
ファランは私も初めてその名を耳にする作曲家。ファーストネームはルイーズで女流である。パリ音楽院の教授(ピアノ科)に女性として初めて就任した人だそうで、音楽界における女性の立場向上にも貢献したようである。
九重奏曲であるが、部分的には美しい旋律や和音に溢れているのだが、1つの楽章を通して聴くと冗長に感じられる。曲全体を見渡しての作品構築に関しては優れていなかったのかも知れない。それでもミステリアスな第3楽章などは興味深かった。


アンコールとしてチャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」よりナポリの踊りからのコルネット独奏部分をトランペットに変えての演奏が行われる。


京フィルメンバーの演奏であるが、個々の技量も高く、アンサンブルもたまに怪しいところがあったが許容範囲で、フランス音楽の典雅さを上手く表していたように思う。ALTIの音響も室内楽には合っており、聴いていて気分が良かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 7日 (火)

真宗宗歌

クリスチャンの島崎赤太郎が作曲した仏教(真宗十派)宗歌です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 6日 (月)

笑いの林(96) 大阪文化芸術フェス2017「劇団アニメ座 ~逆襲のアニメ座~」

2017年10月26日 よしもと西梅田劇場にて観劇

午後7時から、よしもと西梅田劇場で、大阪文化芸術フェス2017「劇団アニメ座 ~逆襲のアニメ座~」を観る。

先月末にオープンしたばかりのよしもと西梅田劇場。大阪中央郵便局の跡地にある西梅田スクエアの西端に建てられた仮設劇場である。噂には聞いていたが本当にテント小屋のような感じで、防音のための施工はなされておらず、すぐそこが大阪駅ということで劇場の中にJR列車の走る音が絶えず入ってくる。

出演:若井おさむ(座長)、天津・向清太朗、桜 稲垣早希、R藤本(今回は脚本も担当)、キャベツ確認中、こりゃめでてーな・伊藤、セブン by セブン・玉城、スタジオカドタ、ぬまっち(松竹芸能)、がっき~、堀川絵美、虹。特別出演:小澤亜李(おざわ・あり。声優)、千本木彩花(せんぼんぎ・さやか。声優)。

弱小芸能プロダクションのアニメ座エンターテイメントが舞台。向清太朗がマネージャーを務め、アニメ芸人数名が所属しているだけの事務所である。ただでさえ仕事が少ないのに、このところ仕事がパッタリと絶えてしまった。所属芸人であったベジータ(R藤本)が大手プロダクション、ネオ・アニメーション・ジ・オリジン(ネオジオ)に引き抜かれ、ネオジオのシャア芸人・ぬまっちと共にアニメ座エンターテイメントの妨害をしているのが原因のようである。
悪いことに、カイジ芸人のこりゃめでてーな・伊藤が一千万の借金を背負ってしまう。来週、近くでニュースターオーディションという新人のためのオーディションがあり、優勝賞金が一千万だと知ったアニメ座エンターテイメントの所属芸人は、賞金目当てでニュースターオーディションに参加する。

まず若井おさむによる影アナでスタート。天津・向のセリフは大半が説明台詞であり、彼が狂言回し役を務める。
劇団とはいっても、お笑いの演目では「コーナー」に入る場面が多くあり、堀川絵美(高橋真梨子の「for you...」を歌う)とこりゃめでてーな・伊藤(田原俊彦の「抱きしめてTonight」を歌真似入りで歌う)による歌合戦、がっき~&セブン by セブン・玉城VSキャベツ確認中による演技対決、早希ちゃんとスタジオカドタによる「インテリ対決」、全員参加による「声優対決」などがある。

インテリ対決であるが、お勉強が苦手な早希ちゃんとスタジオカドタによる対決であるため(早希ちゃんは「インテリ」を「インターナショナルなテリーマン」だと思っているようである)珍答続出。
答えをフリップに書いて出すクイズ対決なのだが、「安土桃山時代に茶道を完成させた人物は誰?」という問い(答えは千利休)に早希ちゃんは「茶々」と回答。「茶道」も「ちゃどう」と読んでいた。スタジオカドタは「千ノ里丸」と回答。「せんのりきゅう」という音はあっていたようだが、なぜか「九」に一画入れて「丸」にしてしまったようである。

「現在の大相撲4人の横綱のうち3人の名前を書きなさい」というクイズ。スタジオカドタは「横綱は世界に一人しかいないんじゃないのか?」と頓珍漢なことを言う。スタジオカドタは「白龍(はくりゅう)」「白砲(はくほう)」「山大国(やまたいこく)」と書いて正解ゼロ。早希ちゃんも「場ゑ戸(元大関の把瑠都のことのようだ。もう引退してるし、そもそも横綱にはなっていない)」「白方龍(はくほうりゅう)」「米二式(こめにしき)」という滅茶苦茶な回答であった。

最後は英訳問題。「彼は働いていないどころか仕事を探してもいない」という、「not but構文」を用いる問題なのだが、早希ちゃんは「英語で答えるんですか?」と珍発言。二人とも「not but構文」は知らず、早希ちゃんは「He bijines(businessのことのようだ) not job,not job,not job」と“not”を繰り返すだけの文章。スタジオカドタは長く書いたが、英語の体をなしているところがほとんどなく、やはりというかなんというか、二人とも正解を一つも出せずに終わった。


声優の二人は、オーディションの審査員という設定で登場。芸人達の芸を見る。声優対決では、芸人書いたセリフを読み上げてもいた。小澤亜李のことを向は「言葉が荒れてる」と言っていたが、結構な毒舌で、それも悪意があるのではなく、普通にしていても言葉がきつくなってしまうようで、近くにいると困るタイプかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 2日 (木)

コンサートの記(321) パスカル・ロフェ指揮 NHK交響楽団京都公演

2014年8月25日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、NHK交響楽団の京都公演を聴く。

NHK交響楽団の京都公演を聴くのはおそらく10年ぶり。スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮の公演を聴いて以来である。その間、大阪や東京ではN響の演奏会を聴いているし、Eテレでの放送も見ているが、京都での演奏会は聴いていないはずである。

今回の指揮者は、フランスの中堅であるパスカル・ロフェ。比較的有名なピアニストであるパスカル・ロジェに名前が似ているが別人である。普通、名前が違ったら他の人ではあるが(二つ以上のペンネームや芸名を使い分けている人は存在する)。
パスカル・ロフェは1960年、パリ生まれ。パリ国立高等音楽院を卒業後、1988年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、その後、現代音楽演奏専門の集団であるアンサンブル・アンテルコンタンポランを指揮した現代音楽の演奏で活躍。2014年9月からフランス国立ロワール管弦楽団の音楽監督に就任予定である。大阪フィルにも客演したことがあり、お国ものであるフランス音楽の演奏を私も聴いている。

今日のコンサートマスターは、N響ソロ・コンサートマスターの堀正文。

8月は、日本や世界の各地で音楽祭などが行われる時期であり、祝祭オーケストラのメンバーとして参加したり、学生やアマチュアの指導を行ったりする楽団員もいるはずである。N響のオーボエには茂木大輔と池田昭子(いけだ・しょうこ)という二人の有名奏者がいるが、今日は二人とも降り番。私がNHK交響楽団の定期会員だった頃に比べると知っている楽団員も少なくなっている。今日いるメンバーの中で私の知っている奏者は堀正文以外では、第2ヴァイオリンの大林修子(おおばやし・のぶこ)、チェロ首席の藤森亮一(茂木大輔が書いたエッセイを読むと、90年代には「藤森大統領」という渾名で呼ばれていたことがわかる。ペルーのアルベルト・フジモリ大統領の失脚以後もその渾名のままなのかは不明)ぐらいであろうか。なお、藤森亮一夫人であるチェロの向山佳絵子(茂木大輔のエッセイによると、渾名は「向山奥様」)は、以前はソリストであったが、昨年の7月に夫婦揃ってとなるNHK交響楽団の首席チェロ奏者に就任している。向山は今日は降り番である。
ホルンの松崎さんも樋口さんも、クラリネットの磯部さんも、オーボエの北島さんも、ティンパニの百瀬さんも、皆、定年退職などで退団されてしまった。

曲目は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲(チェロ独奏:堤剛)とチャイコフスキーの交響曲第4番。

NHK交響楽団によるチャイコフスキーの交響曲第4番というと、指揮者のアシュケナージが演奏会の前半に指揮棒の先で手を突いてしまい、メインであるこの曲を指揮することが出来なくなったため、オーケストラのみで演奏することになったことが思い起こされる。また、シャルル・デュトワの指揮でDECCAにレコーディングを行った2枚のCDのうちの1枚のメインがチャイコフスキーの交響曲第4番であった。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲。ソリストの堤剛は、日本チェロ界の大御所的存在であり、齋藤秀雄に師事しているが、齋藤秀雄に指揮ではなく、チェロを学んだということからも年齢が感じられる(齋藤秀雄は指揮の教育者や指揮者活動に入るまではチェロ奏者であった)。インディアナ大学に留学し、ヤーノシュ・シュタルケルにもチェロを学んでいる。カザルス国際コンクールで優勝後、ソリストとして活躍。母校であるインディアナ大学のチェロ科教授を経て、2004年から2013年までやはり母校である桐朋学園大学の学長を務め、現在はサントリーホールの館長でもある。2009年に紫綬褒章受章、2013年に文化功労賞に選出されるという、とにかく偉い、日本チェロ界の徳川家康のような人である。

当然ながら主導権は堤が握る。堤は緩急自在の表現をするため、ロフェとN響は合わせるのに苦労しているようだった。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、ドヴォルザークがアメリカのナショナル音楽院の学院長として渡米していた時期に書かれたものであり、チェコへの郷愁が色濃く出ている作品であるが、堤のチェロはしっとりとした音色でノスタルジアをいや増しに増すものである。

ロフェの指揮するN響であるが、ドヴォルザークのチェロ協奏曲に相応しい渋い音色を出す。音の張り、立体感ともに見事で、やはり日本ナンバーワンオーケストラの座は揺るがない。

堤は、アンコールとして、パブロ・カザルスが編曲して良く演奏したことで知られるカタルーニャ民謡の「鳥の歌」を弾く。平和への祈りに満ちた、良い演奏であった。

チャイコフスキーの交響曲第4番。ロフェは今日は前半、後半ともにノンタクトで指揮する。極めて明快な指揮であり、奏者はロフェの腕の動きをなぞるように演奏すればOKである。明晰で知的なアプローチであるが、チャイコフスキーの交響曲第4番には運命の過酷さや悲しみがそのままに書かれているため、ドラマティックに演奏しようとすると大袈裟になりすぎる可能性があり、ロフェのような客観的な姿勢を取った方がチャイコフスキーの心境が惻惻と伝わってくるようだ。実際に、チャイコフスキーの交響曲第4番の第1楽章を生で聴いて、これほど胸が締め付けられるような思いがしたのは初めてである。

第2楽章の憂鬱な表情、第3楽章(弦楽がピッチカートのみで演奏することで有名である)のリズム感の出し方も見事であり、ロシア民謡「小さな白樺」の旋律が用いられることで知られる最終楽章もラストで不安定な音型が徐々に安定したものへと変化していく過程がはっきりわかるように表現されていた。

ドヴォルザークでは渋い音色を出していたN響であるが、チャイコフスキーではそれに相応しいヒンヤリとした音色で演奏する。
90年代のN響には「パワーはあるがそれほど器用ではない」というイメージを持っていたが、独墺系以外の指揮者をシェフに招き続けたことで音色や表現に多彩さが生まれたようである。

アンコールはドヴォルザークの「スラヴ舞曲」第1番。ロフェが一ヶ所振り間違えて音が弱くなってしまったところがあったが、それ以外は快活な優れた演奏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年10月 | トップページ