« コンサートの記(331) フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン交響楽団来日公演2017名古屋 | トップページ | コンサートの記(332) 秋山和慶指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第156回定期演奏会 »

2017年12月17日 (日)

観劇感想精選(223) 「24番地の桜の園」

2017年12月8日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて

午後7時から、森ノ宮ピロティホールで、「24番地の桜の園」を観る。
24番地というのは、東京・渋谷にあるシアターコクーンの住所だそうで、演出を担当した串田和美による日本独自の「桜の園」を作り上げたいという心意気が込められているようだ。
 
原作:アントン・チェーホフ、演出・脚色・美術・出演:串田和美、翻訳・脚色:木内宏昌。出演:高橋克典、風間杜夫、八嶋智人、松井玲奈、美波、大堀こういち、池谷のぶえ、尾上寛之(おのうえ・ひろゆき)、北浦愛(きたうら・あゆ)、菅裕輔(すが・ゆうすけ)、新田祐里子、大森博史、久世星佳、小林聡美。楽士としての出演:太田惠資、大熊ワタル、関島種彦、アラン・パットン、飯塚直、ギデオン・ジュークス。

本来の「桜の園」ではクライマックスに近い、ロパーヒン(高橋克典)とレオニード(風間杜夫)が競売から戻ってくる場面から始まる。ただ競売の結果は知らされることなく、物語は桜の園の思い出へと移っていく。

百科事典にも載っているという桜の園。だが地主のリューバ(小林聡美)と兄のレオニードは没落しており、桜の園を手放さざるを得ない状態にある。農奴の階級から成り上がったロパーヒンは桜の園を貸して別荘地にすることを提案するが、リューバは承知しない。お金がない状態でありながらリューバは浪費癖を治すことが出来ず、レオニードの頭の中はビリヤードのことばかり。
リューバの娘であるアーニャ(松井玲奈)は、亡き弟の家庭教師であったペーチャ(八嶋智人)に気がある。ペーチャは高邁な理想を抱いており、「ロシアのインテリ達は何もしていない。労働こそが人間の歩みべき道だ」と説いているが、いい年をしてまだ大学生、それも卒業できる見込みもない万年大学生で当然ながら労働もしておらず、そのことをロパーヒンにからかわれている。

時代が変わっていく。貴族や大地主の時代が終わる。実力の時代が、ロパーヒンのように身分を己の腕で勝ち取るがやってくる。だが、リューバとレオニードも時代の波に乗ることが出来ない。その悲哀が惻々と伝わってくる。

チェーホフが書いた部分の他に、銀行の支配人(頭取)になったレオニードの、想像の中でのドタバタ劇が足されていたり、ピーシチク(串田和美)とピーシチクの夫人となる女性(池谷のぶえ)との恋愛劇(「熊」)が挿入されていたりと、様々な要素が散りばめられている。レオニードの三輪車に乗りながらのモノローグは、太宰治の「斜陽」からの引用のようである。また桜の園を追われる人々の姿にイスラム圏の難民の姿(もしくはカナンの地を追われたアシュケナージ)が重ね合わされている部分もある。

テレビではコミカルなおばちゃんというイメージの強い小林聡美だが、舞台では流石の演技力を発揮して魅力十分。リューバの可憐さを存分に描き出していた。

|

« コンサートの記(331) フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン交響楽団来日公演2017名古屋 | トップページ | コンサートの記(332) 秋山和慶指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第156回定期演奏会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40048/66168197

この記事へのトラックバック一覧です: 観劇感想精選(223) 「24番地の桜の園」:

« コンサートの記(331) フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン交響楽団来日公演2017名古屋 | トップページ | コンサートの記(332) 秋山和慶指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第156回定期演奏会 »