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2017年12月の8件の記事

2017年12月17日 (日)

観劇感想精選(223) 「24番地の桜の園」

2017年12月8日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて

午後7時から、森ノ宮ピロティホールで、「24番地の桜の園」を観る。
24番地というのは、東京・渋谷にあるシアターコクーンの住所だそうで、演出を担当した串田和美による日本独自の「桜の園」を作り上げたいという心意気が込められているようだ。
 
原作:アントン・チェーホフ、演出・脚色・美術・出演:串田和美、翻訳・脚色:木内宏昌。出演:高橋克典、風間杜夫、八嶋智人、松井玲奈、美波、大堀こういち、池谷のぶえ、尾上寛之(おのうえ・ひろゆき)、北浦愛(きたうら・あゆ)、菅裕輔(すが・ゆうすけ)、新田祐里子、大森博史、久世星佳、小林聡美。楽士としての出演:太田惠資、大熊ワタル、関島種彦、アラン・パットン、飯塚直、ギデオン・ジュークス。

本来の「桜の園」ではクライマックスに近い、ロパーヒン(高橋克典)とレオニード(風間杜夫)が競売から戻ってくる場面から始まる。ただ競売の結果は知らされることなく、物語は桜の園の思い出へと移っていく。

百科事典にも載っているという桜の園。だが地主のリューバ(小林聡美)と兄のレオニードは没落しており、桜の園を手放さざるを得ない状態にある。農奴の階級から成り上がったロパーヒンは桜の園を貸して別荘地にすることを提案するが、リューバは承知しない。お金がない状態でありながらリューバは浪費癖を治すことが出来ず、レオニードの頭の中はビリヤードのことばかり。
リューバの娘であるアーニャ(松井玲奈)は、亡き弟の家庭教師であったペーチャ(八嶋智人)に気がある。ペーチャは高邁な理想を抱いており、「ロシアのインテリ達は何もしていない。労働こそが人間の歩みべき道だ」と説いているが、いい年をしてまだ大学生、それも卒業できる見込みもない万年大学生で当然ながら労働もしておらず、そのことをロパーヒンにからかわれている。

時代が変わっていく。貴族や大地主の時代が終わる。実力の時代が、ロパーヒンのように身分を己の腕で勝ち取るがやってくる。だが、リューバとレオニードも時代の波に乗ることが出来ない。その悲哀が惻々と伝わってくる。

チェーホフが書いた部分の他に、銀行の支配人(頭取)になったレオニードの、想像の中でのドタバタ劇が足されていたり、ピーシチク(串田和美)とピーシチクの夫人となる女性(池谷のぶえ)との恋愛劇(「熊」)が挿入されていたりと、様々な要素が散りばめられている。レオニードの三輪車に乗りながらのモノローグは、太宰治の「斜陽」からの引用のようである。また桜の園を追われる人々の姿にイスラム圏の難民の姿(もしくはカナンの地を追われたアシュケナージ)が重ね合わされている部分もある。

テレビではコミカルなおばちゃんというイメージの強い小林聡美だが、舞台では流石の演技力を発揮して魅力十分。リューバの可憐さを存分に描き出していた。

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2017年12月12日 (火)

コンサートの記(331) フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン交響楽団来日公演2017名古屋

2017年11月28日 名古屋・金山の日本特殊陶業市民会館フォレストホールにて

午後6時45分から、名古屋・金山の日本特殊陶業市民会館フォレストホールで、フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン交響楽団の来日演奏会を聴く。

日本特殊陶業市民会館は、JR金山駅(名鉄と名古屋市営地下鉄も乗り入れており、金山総合駅の総称もある)で降りて北へすぐの所にある。

日本特殊陶業市民会館フォレストホールは、以前の名古屋市民会館大ホール。ネーミングライツによる中京大学文化市民会館オーロラホールを経て現在の名称になっている。1972年竣工というもあって、翌年完成した渋谷のNHKホールに内装がよく似ている。
ということで音響が不安だったのだが、良く聞こえるホールであった。


ベートーヴェンの交響曲第5番とブラームスの交響曲第1番という王道プログラムでの演奏会である。


フィリップ・ジョルダンは、私と同じ1974年生まれの指揮者。父親は名指揮者として知られたアルミン・ジョルダンである。チューリッヒに生まれ、同地で学んだ後、歌劇場のコレペティートル(下稽古のピアニスト)から音楽キャリアをスタートさせるという、叩き上げの王道を経て、若き日のヘルベルト・フォン・カラヤンが君臨したことで知られるウルム市立歌劇場のカペルマイスターに就任。1998年から2001年まではベルリン国立歌劇場でダニエル・バレンボイムの助手を務めている。2001年にグラーツ歌劇場とグラーツ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者となり、2004年まで務める。2006年から2010年まではベルリン国立歌劇場の首席客演指揮者。現在はパリ・オペラ座の音楽監督とウィーン交響楽団の首席指揮者の座にある。2020年からはウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任することがすでに決まっている。

ウィーン交響楽団は、ウィーン・フィルハーモニーに次ぐ、ウィーンの第2オーケストラ的団体として知られている。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーからなるオーケストラであり、定期演奏会の数が少ない。「もっと恒常的にオーケストラコンサートを聴きたい」というウィーン市民の声に応える形で結成されたのがウィーン交響楽団である。1900年創設。歴代のシェフには、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ウォルフガング・サヴァリッシュ、ヨーゼフ・クリップス、カルロ・マリア・ジュリーニ、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、ウラディーミル・フェドセーエフ、ファビオ・ルイージというビッグネームが並ぶ。近年では最晩年のジョルジュ・プレートルとの名盤が評判を呼んだ。
一方で、「暴れ馬のようなオーケストラ」という評価もついて回っている。

ヴァイオリン両翼だが、弦楽の配置は下手から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンで、一般的な古典配置のヴィオラとチェロを逆にしたスタイルである。コントラバスは舞台最後部に横一列に並ぶ。ティンパニは舞台下手奥に陣取る。

フィリップは全曲暗譜での指揮。いかにも才人といった風の身のこなしである。


ベートーヴェンの交響曲第5番。
冒頭の運命動機のフェルマータは自然な感じで伸ばす。ピリオド・アプローチを採用しており、弦楽器よりも管楽器において古楽風スタイルが顕著である。旋律のラストは伸ばさずにサッと引っ込む感じで刈り上げる。ティンパニが硬い音を出しているのも特徴。
ウィーン交響楽団は各楽器の音色が濃く、音の情報量が豊かである。
フィリップは、管楽器、特に金管、就中ホルンの浮かび上がらせ方が巧みであり、立体的な音響を生んでいる。
楽章間はほとんど開けず、4楽章を通して1曲という解釈による演奏。ベーレンライター版の譜面をかなり忠実に再現しており、第4楽章の掛け合いでは、通常の「タッター、ジャジャジャジャン、タッター、ジャジャジャジャン」ではなく「タッター、タッター、タッター、タッター」と同音反復を採用。ピッコロの活躍も目立っていた。
フィリップが手を差し伸べた楽器群が光度を増す様は、あたかも手品を見ているかのようである。
一方で、細部は結構粗めで、ウィーン交響楽団の個性が出ている。


ブラームスの交響曲第1番。冒頭は情熱を抑えて、悲哀を強調した解釈。音もブルートーンである。この曲は、ベートーヴェンの運命動機と同じ「ジャジャジャジャン」という音型が何度も出てくるのだが、フィリップはそれを強調することはなかった。ウィーン交響楽団の音の密度はベートーヴェンの時よりも更に濃い。
ウエットな音がラストに向けて輝きを増していくという演奏であり、第4楽章は晴れがましくも輝かしい名演となる。


アンコールとして、まずブラームスの「ハンガリー舞曲」第5番が演奏される。ウィーン的な情趣とハンガリーの民族音楽的味わいが上手くミックスされた演奏である。

フィリップが、「ウィーンからのご挨拶(Greeting from Wien)」と言って、ヨハン・シュトラウス2世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」が演奏され、更に「雷鳴と電光」も続く。両曲とも日本のオーケストラが演奏する機会も多い曲だが、本場・ウィーンの演奏であるだけに、音の切れも輝きも密度も段違いの出来である。ウィーン交響楽団のメンバー全員がオーストリア人というわけではないはずだが、やはり子供の時からウィンナワルツに触れ、誇りとしてきた楽団員が多いだけに、他国のオーケストラの追随を許さないだけのレベルに達することが可能なのだろう。
なお、シンバルと大太鼓は、本編ではティンパニを叩いていた奏者が一人で演奏。かなり楽しそうであった。

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2017年12月11日 (月)

コンサートの記(330) 宮川彬良指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017「魔法のオーケストラ」第3回“歌うメロディ”

2017年11月12日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017 「魔法のオーケストラ」第3回“歌うメロディ”を聴く。今日の指揮者は作曲家でもある宮川彬良。宮川は、ピアノ、ピアニカ(鍵盤ハーモニカ)、アコーディオンも演奏する。ナビゲーターはガレッジセールの二人。

曲目は、シャーマン兄弟のシンフォニック!「メリー・ポピンズ」、ロジャースの「シャル・ウィ・ダンス?」、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」、ヘンリー・マンシーニの「ハタリ!」より“仔象の行進”、いずみたく作曲の「見上げてごらん夜の星を」、モーツァルト作曲・宮川彬良編曲の「アイネ・クライネ・タンゴ・ムジーク」、ベートーヴェン作曲・宮川彬良編曲のソナタ№14「月光」、宮川彬良が編んだ「オーケストラの為のソドレミ・メドレー」(初演)、チャーチル作曲のファンタジック!「白雪姫」
今日はポップスオーケストラのようなプログラムである。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリン首席は今日も客演で、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団コンサートミストレスの赤松由夏が務める。


宮川彬良は、スカーレットのベストで登場。手首から先を動かす振り幅の小さい指揮である。たまにおどけた仕草を見せる。
お姉口調で有名な宮川だが、「メリー・ポピンズ」を演奏し終えてから1階席の方に向き直り、マイクを手にして意図的にねっとりとした口調で「みなすぁまぁ」と言って笑いを取る。

ナビゲーターのガレッジセールが登場。川田が「表情がユニークですね!」と言う。ゴリが「僕らモニターで見てたんですけど、楽しくて早く(ステージに)出たくなった」と続ける。
ガレッジセールの二人がポディウム席(今日は自由席)の人たちに「面白い顔見た人」と聞き、大勢が手を挙げた。
宮川は、「今日は、ガレッジセールのお二人に、作曲が出来るようになったかのような体験をしていただきます。更にヒット曲の作り方などもお教えします」と言う。ガレッジセールの二人は「夢の印税生活」と嬉しそうに顔を見合わせるも宮川は「そう上手くはいかないんですけどね」

開演8分ほど前に、京響ステージマネージャーの日高さんが、指揮台の横にフリップを仕込むのを見たのだが、ここでフリップを使う。フリップには「半音の誘惑」と書かれている。半音には誘惑の要素があるということで、宮川がピアノでウエーバーの「舞踏への勧誘」を弾きながら「誘惑、誘惑」と歌いつつ顔芸をする。ゴリが「宮川さん、顔面白すぎ。宮川さん見ちゃう」と言う。
半音を誘惑に使った例として、宮川はフルートにベートーヴェンの「エリーゼのために」を演奏して貰い、続いてトランペットに山口百恵の「ひと夏の経験」を吹いて貰う。そして「人間だけじゃないのよ」ということで、「JAWS」のテーマも演奏させた。

「シャル・ウィ・ダンス?」は、「舞踏への勧誘」、ジャズナンバーの「レッツ・ダンス」、「マイ・フェア・レディー」より「踊り明かそう」を加えた編曲である。

「シェルブールの雨傘」。分散和音をなぞる形でメロディーが紡がれている作品である。分散和音で作られた曲は売れるのが長い、つまりロングセラーになりやすいと宮川は解説する。宮川は「分散和音がキャッチー」と書かれたフリップを四方の客席に見せて回り、がレッジセールの二人から口々に、「もう芸人に見えてきた」、「R-1に出てそう」と言われる。
演奏終了後、ゴリは「シェルブールの雨傘」の感動のラストシーンのことを語り、宮川と二人で夢中になる。
「仔象の行進」。宮川はピアノを弾きながら、意図的に間違えたような音を奏でることでショックを与えるという解説を行った後で、既成の楽器では理想とする音が出ないので、コカコーラの瓶を吹いて音を出したというパートのある曲だと紹介。今日は、特別にコカコーラの瓶を吹いて活躍するザ・ボトラーズに来て貰ったと宮川が説明する。
ザ・ボトラーズの二人が登場。男女のコンビで、男の方はサングラスを、女の方はドミノマスクをつけている。ゴリが「トランペットの早坂さんと稲垣さんのお二人じゃないですよね?」と聞き、宮川は「の、ようなものです」と答える。瓶にはコーラが入っていて、量でチューニングをするようである。女性の方がチューニングを始める時に宮川は「じゃ、稲垣さん、あ、ザ・ボトラーズ……」と言って、ゴリに「稲垣さんって言っちゃったじゃない」と突っ込まれていた。
演奏であるが、コーラのボトルを何本も使うため、かなり忙しそうである。

「見上げてごらん空の星を」。宮川とゴリが指揮台の上に座ってだべるような形で解説。宮川は「距離と角度」と書かれたフリップを出して、「見上げてごらん」のメロディーが飛躍するということを話す。
「見上げてごらん夜の星を」であるが、ジョン・ウィリアムズの「E.T.」や、「ピノキオ」の「星に願いを」のメロディーを加えたファンタジックなものになっていた。


後半。宮川はベストを青色のものに変えて登場する。
「アイネ・クライネ・タンゴ・ムジーク」。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」にタンゴの要素を加えて編曲したものである。いうほどタンゴタンゴしてはいない。

ソナタ№14「月光」。分散和音が続く曲として宮川が紹介する。宮川がピアノ独奏を行い、それを管弦楽が彩っていくというバージョン。宮川はこの編曲ではそれほど自分の色を出していない。

「オーケストラの為のソドレミ・メドレー」。書き上げたばかりの曲で今日が初演である。クラシックに限らず、ヒットした曲は「ソドレミ」で始まる曲が多い、ということで、「高校三年生」や「蠍座の女」を宮川は例としてピアノで弾いた。
演奏されるのは全部で27曲。「千の風になって」「この道」「五木の子守唄」「ピクニック」「白鳥の湖」「ユー・アー・マイ・サンシャイン」「モルダウ」「ドナドナ」「峠の我が家」「山の音楽家」「ツィゴイネルワイゼン」「メリー・ウィドウ」「ハバネラ」「七夕さま」「しゃぼん玉」「赤とんぼ」「浦島太郎」「ドラゴンクエスト」「サザエさん」「日立の樹」「松竹梅」「哀しみのソレアード」「さようならみなさま」「地上の星」「世界に一つだけの花」「もみの木」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
京響ファゴット奏者の村中宏がフリップめくり係をユーモラスに務めた。
宮川は、「私の父親も作曲家だったのですが(「宇宙戦艦ヤマト」などでお馴染みの宮川泰)、口癖でよく「メロディーがもうなくなった」と言っておりました。ただ私はソドレミでこれだけ多様な表現が出来るのだから、そうではないんじゃないか」と作曲の可能性について言及する。ピアノを弾きながら、「音はただの音でしょう。こっちもただの音でしょう。でも音と音とを繋ぐとメロディーになる。繋ぐのは、それは愛でしょう?」

ラストのファンタジック!「白雪姫」。愛らしい演奏となった。

京響は透明感溢れる音を生かした好演を展開。音の通りが良く、チャーミングな表情を生み出している。

ゴリが、「今日のこれで、宮川さんに憧れて作曲家になりたい!と思う人が出てくるかも知れませんね」と言うが、宮川は、「責任は持てません」と答えていた。


アンコールとして宮川彬良の作品が2曲、「風のオリヴァストロ」と朝の連続テレビ小説「ひよっこ」より“がんばっぺ みね子”が演奏される。いずれもメロディアスで美しい曲であった。

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2017年12月 9日 (土)

コンサートの記(329) 下野竜也指揮京都市交響楽団第618回定期演奏会

2017年11月26日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第618回定期演奏会を聴く。この公演をもって「京都の秋音楽祭」2017は終了する。今日の指揮は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。

曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:アンナ・フェドロヴァ)とジョン・アダムズの「ハルモニーレーレ」

京都市交響楽団のTwitterの載せられた映像で、「チケットが売れていません。買って下さい」と語っていた下野は、プレトークでもまずそのことに触れ、「空席が目立ちますが、空席以外は満席ということで」と吉本芸人のようなことを言う。ただ今日は当日券売り場に長蛇の列が出来ていたため、開演前にはなかなかの入りとなった。定期演奏会は昨日もあったため、あるいは評判を聞いて駆けつけた人がいたのかも知れない。
下野はプレトークでは調性について語り、調性が持つ色彩感についても述べていた。「ピアノを弾こうかと思ったのですが、上手く弾けないので」とピアノを弾きながらの解説を行うことはなかった(下野は音楽一家に育ったわけでもなく、子供の頃からピアノを習うということもなかったため、他の指揮者のようにピアノが抜群というわけではない)。
ジョン・アダムズの作品については、「100年後にはベートーヴェンの「皇帝」のようなお馴染みの作品になっているかも知れない」と語り、初演ではないが初演に立ち会うような、同時性を感じられる面白さについても述べていた。


今日のコンサートマスターは客演の西江辰郎、フォアシュピーラーは泉原隆志。第2ヴァイオリン首席は今日も客演で、直江智沙子が入る。管楽器は、オーボエの髙山郁子とクラリネットの小谷口直子が全編に出演。他のパートの首席は「ハルモニーレーレ」のみの出演である。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。
ピアノ独奏のアンナ・フェドロヴァはウクライナ出身の若手ピアニスト。キエフ音楽院、イタリアのイモラ国際アカデミー、ロンドンの王立音楽院に学び、2009年のルービンシュタイン記念国際ピアノコンクールで優勝。その他のコンクールでも優勝や入賞歴があるという。

フェドロヴァのピアノは、音の粒立ちが良く、透明感がある。メカニックは高度なのだが、バリバリ弾くというよりも適切なタイミングで適切な鍵盤の上に指を置いていくというスタイルであり、押しつけがましさのないしなやかな演奏を展開する。

下野指揮の京都市交響楽団は、下野の体型とは正反対の(?)引き締まったフォルムで、バネのある力強い伴奏を行った。ティンパニが硬めの音を出していたが、それ以外は完全にモダンスタイルの演奏である。

アンコールとしてフェドロヴァはショパンの「子犬のワルツ」を演奏。涼しげな演奏であった。


後半、ジョン・アダムズの「ハルモニーレーレ」。
ジョン・アダムズは、1947年生まれのアメリカの作曲家。ハーバード大学音楽学部で作曲を学び、大学卒業後はサンフランシスコに移住し、同地の音楽院で作曲などを教えながら作曲と指揮活動を行っている。反復を特徴とするポスト・ミニマルの代表的な作曲家であり、「中国のニクソン」や「ドクター・アトミック」など社会的な題材によるオペラの作曲家としても知られている。管弦楽曲作品としては、「ショート・ライド・イン・ア・ファースト・マシーン」が比較的有名である。 
「ハルモニーレーレ」は、1984年から1985年に掛けて書かれた作品で、下野のプレトークによると、「約20年前に、約ですよ(正確には1986年)。に、サントリーホールで、ケント・ナガノ指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団によって」日本初演が行われ、その後、日本では演奏される機会がなかったのだが、2年前に下野が東京で同曲を取り上げ、この京都での演奏が日本で3度目の上演になるという。

3つのパートからなる曲で、パート1はタイトルなし、パート2のタイトルは「アンフォルタスの傷」、パート3が「マイスター・エックハルトとクエッキー」である。
大編成での演奏であり、ステージ上にオーケストラ奏者が所狭しと並ぶ。ティンパニ以外の打楽器奏者は複数の楽器を掛け持ちするため打楽器の数も多く、テューバは珍しく2管編成。ピアノにチェレスタという鍵盤楽器も加わる。

ミニマル・ミュージックということで、同じパートの繰り返しが音の波が押し寄せる様に聞こえたり、心地のよいリズム感を生んだりする。
パート1ではジョン・ウィリアムズの映画音楽のように聞こえる部分があったり、パート2はホルストの組曲「惑星」の「天王星」を連想する曲想だったりと、宇宙的な拡がりを感じさせる作品である。
パート3「マイスター・エックハルトとクエッキー」は、強烈なリズムの反復によってスケールがどんどん拡がっていき、熱狂のうちに「皇帝」と同じ変ホ長調で曲は閉じられる。

楽しい現代音楽であり、演奏終了後、客席は大いに沸いた。


終演後のレセプションに参加し、下野とフェドロヴァの挨拶を聞いて帰る。下野は「ハルモニーレーレ」について、「初めて聴いた時は大きなプラネタリウムの中にいるような感じがした」と述べ、「来年のプログラムが近く発表になると思いますが、来年も『下野の奴、またこんな曲取り上げやがって』と言われるような曲をやることを予告しておきます」と語った。
フェドロヴァは下野のことを、「ファンタスティック・マエストロ」と呼び、「大きなオーケストラとやったけれど、まるで室内楽の演奏をしているかのようだった」と感想を述べ、また京都コンサートホールの音響を素晴らしいと評していた。

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2017年12月 6日 (水)

コンサートの記(328) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第513回定期演奏会 モーツァルト 後期三大交響曲

2017年11月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、フェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第513回定期演奏会を聴く。指揮者は、大阪フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドヴァイザーの尾高忠明。尾高は来年4月から大阪フィルの第3代音楽監督に就任予定であり、ミュージック・アドヴァイザーという肩書きでは最初で最後の定期演奏会登場となる。

1947年、神奈川県鎌倉市に生まれた尾高忠明。実父は指揮者で作曲家の尾高尚忠(ひさただ)、実兄は作曲家の尾高惇忠(あつただ)という音楽一家の出身である。
桐朋学園大学で指揮を齋藤秀雄に師事。学生時代は盟友の井上道義と共に「悪ガキ・イノチュウ」と呼ばれるほどやんちゃだった(今は尾高はジェントルな感じだが、井上は相変わらずの悪ガキぶりである)。
長く東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務め、BBCウェールズ交響楽団首席指揮者時代にはレコーディングでも高い評価を得る。読売日本交響楽団常任指揮者、紀尾井シンフォニエッタ東京首席指揮者、札幌交響楽団常任指揮者を歴任。現在では日本におけるシベリウス演奏の泰斗として知られ、札幌交響楽団との「シベリウス交響曲全集」やサントリーホールでの3年越しの「シベリウス交響曲チクルス」は絶賛されている。

大阪フィルハーモニー交響楽団の来年度のプログラムが今日発表になったが、目玉は尾高指揮のベートーヴェン交響曲全曲演奏会である。5月から12月にかけて、作曲された順に5度のべ6回の演奏会が予定されている。その分、尾高の定期登場は2度に限られ、1年を通して他の古典派のプログラムは控えめである。海外の指揮者のビッグネームはレナード・スラットキンのみ。その他の外国人指揮者の顔ぶれは若手ばかりで、あたかも大阪交響楽団の定期のようになっている。NHK交響楽団を指揮した京都での演奏会で好演を聴かせたパスカル・ロフェが登場する10月の定期演奏会が意外に聞き物かも知れない。


曲目は、モーツァルトの後期三大交響曲(交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」)の一挙上演という意欲的なものである。

今日のコンサートマスターは崔文洙。古典の演奏であるが、今日もいつも通ドイツ式の現代配置での演奏。「ジュピター」では編成も大きめであった。

尾高は全曲ノンタクトで指揮する。たまにピリオドの影響が聞こえる部分もあるが、基本的にはモダンスタイルによる演奏を行う。


交響曲第39番。この曲の演奏は、20年ほど前にNHKホールで聴いた、アンドレ・プレヴィン指揮NHK交響楽団のまろやかな音による演奏が今も印象に強く残っているが、尾高の指揮する39番はシャープで現代的である。速度はやや速め。第3楽章では明るい響きの中にクラリネットの孤独で不安に満ちた旋律を浮かび上がらせるなど、モーツァルトの陰を見事に炙り出す。


交響曲第40番。クラリネットを入れた第2版での演奏である。速度は速めで、第2楽章以降はかなり速くなる。硬質な音による大ト短調で、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の同曲演奏に少しだけ似ている。
尾高は各楽章のラストに重きを置いているようで、演奏は終結部から逆算されているようにも思う。


交響曲第41番「ジュピター」。輝かしい出来となった。大フィルの弦には張りと透明感があり、管は瑞々しい音で鳴る。弦が主役の部分でも尾高は管を強く吹かせることで立体感を生んでいた。以前は大フィルの弱点であったホルンも今はかなり改善され、全ての楽器が高いレベルで統合された好演に仕上がっていた。

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2017年12月 5日 (火)

KAC pafoming Arts Program 2017/contemporary Dance 共同制作「RE/PLAY Dance Edit」

2017年11月25日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、KAC Pafoming Arts Program 2017/contemporary Dance 共同制作「RE/PLAY Dance Edit」というダンス公演を観る。演出:多田淳之介。出演:きたまり、今村達紀、Sheriden Newman、Narim Nam、Chanborey Soy、Aokid、斉藤綾子、吉田燦。


日本、シンガポール、カンボジアのダンサーによるコラボレーション。まずダンサー達が登場し、横一列になった後で、一人ずつ歩み出てポージングを取るところからスタートする。基本的にダンサー達は倒れてはまた起き上がって舞うを繰り返す。

最初の音楽は、「We are the World」。これが2回繰り返された後に、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」が流れるのだが、これが何度も繰り返される。ダンサー達の動きも、多少の異動はあるが基本的に同じことを繰り返しているようである。音楽でいえばラヴェルの「ボレロ」やミニマルミュージックの例が挙げられるが(お笑いでは西川のりおが意識しているのかどうかはわからないがミニマルの手法を取り入れている)繰り返しは案外癖になる面白さを持つものである。カラフルな衣装を着た若者達の佇まいが思いのほか様になっている。

「オブラディ・オブラダ」が終わった後で、ダンサー達が日本語や英語で会話を始める。「Re/PLAY Dance Edit」の京都公演が終わった後の楽屋での会話という設定である。彼らによると、京都は「アカデミックでインテリジェンスな場所」だそうで客席から笑いが起こっていた。「(木屋町の)アバンギルドはシンガポールにもカンボジアにもない」や「京都に、京都芸術センターがあってよかった(元ネタは「日本に、京都があってよかった」)といった京都ネタが展開される。

「We are the World」も「オブラディ・オブラダ」も音楽に乗ったダンスではなかったが、私は「コンテンポラリーダンスは音楽から独立すべき」と考えているので、むしろ望ましい。

その後、「今夜はブギーバック」(小沢健二&スチャダラパーのものではなく、女声によるカバー)、「ラストダンスは私に」(これも越路吹雪のバージョンではない)、Perfumeの「GLITTER」が流れる。「GLITTER」は3回繰り返される。この3曲では一転して音楽に良く合ったダンスが繰り広げられた。

「GLITTER」では、8ビート、4分の4拍子、裏打ちによる2拍、表打ちの2拍のいずれかでダンサーが踊っていたが、せっかくPerfume=中田ヤスタカの楽曲を使っているのだから、8分の3拍子、8分の5拍子、8分の6拍子などを使ったポリリズムのダンスに挑戦してくれればもっと良かったように思う。

歌詞とダンスに特に相関性はないと思われるが、ラストシーン(ダンサー達は全員倒れたまま)には「ラストダンスは私に」がもう一度流れた。

一言でいうと、「ポップ」なダンス公演であった。

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2017年12月 4日 (月)

コンサートの記(327) アンサンブル九条山コンサート Vol.4 酒井健治個展「Borders」

2017年11月24日 京都府立府民ホールALTIにて

午後7時から、京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、アンサンブル九条山(くじょうやま)コンサート Vol.4 酒井健治個展「Borders」を聴く。若手作曲家、酒井健治の個展演奏会。

酒井健治は、1977年、大阪府池田市生まれ。兵庫県で育ち、京都市立芸術大学作曲科卒業後に渡欧。パリ国立高等音楽院、ジュネーヴ音楽院に学び、いずれも最優秀の成績で卒業。Ircam(フランス国立音響音楽研究所)で研究員を務め、2012年には、マドリッド・フランスアカデミー芸術部門の会員に選出されている。2009年に武満徹作曲賞第1位を獲得。2012年にはエリザベート王妃国際音楽コンクール作曲部門でグランプリに輝き、2013年には芥川音楽賞も受賞している。現在はパリ在住。これまで弟子などは取らず、作曲家一本で仕事をしてきたが、来年4月より、母校である京都市立芸大の教員になる予定であるという。


演奏を行うアンサンブル九条山は、ヴィラ九条山のレジデントであったヴァレリオ・サニカンドロによって設立された現代音楽アンサンブル。メンバーには、長岡京室内アンサンブルの石上真由子(いしがみ・まゆこ。ヴァイオリン)、いずみシンフォニエッタ大阪のメンバーでもある上田希(クラリネット&バスクラリネット)、ロームシアター京都ノースホールでソロリサイタルを行った畑中明香(はたなか・あすか。パーカッション)らがいる。


曲目は、「カスム」(ヴァイオリンとピアノのための)、「リフレクティング・スペース-鐘、雲と幽体離脱-ピアノのための」、「私は他人である Ⅰ」(ソプラノのための)、「私は他人である      Ⅱ」(ソプラノとピアノのための)、「オスモシス Ⅱ」(5人の音楽家によるアンサンブルのための)、「モノポリフォニー/デフィギュラシオン」(独奏チェロのための)、「ボーダーズ」(ソプラノと5人の音楽家のための。Music      From Japanとの共同委嘱。日本初演)


「カスム」は、成田達輝からの「オーロラを題材にした作品を」という依頼によって書かれたものだそうで、「カスム」というのは英語だと「亀裂」を意味するものだが、古代ローマでは「オーロラ」を指した言葉だったという。石上真由子のヴァイオリンと森本ゆりのピアノによる演奏。英語の意味である「亀裂」と取ったほうが把握しやすい作品である。演奏は相当な技術が要求されるであろうことが見て取れる。

演奏終了後に作曲者である酒井健治がステージに上がって、マイクを片手にスピーチ。顔がというわけではないのだが、雰囲気がどことなく堺雅人を連想させるものがある。喋りは余り得意ではないように見受けられた。


「リフレクティング・スペース-鐘、雲と幽体離脱-ピアノのための」。森本ゆりによるピアノ独奏。低音を強く叩いた後でダンパーペダルを踏み続け、残響を残したままで高音を紡いだり、低い音の雲を空間に漂わせたりする。


「私は個人である」ⅠとⅢ。ソプラノ独唱は太田真紀。Ⅰは、声を打楽器的に扱った作品で、細切れの声の合間にタンギング、更に指を鳴らしたりと、ボディパーカッションの要素が散りばめられている。後半に、太田真紀がトークゲストとして登場し、酒井と語った内容によると、ソプラノパートなのに譜面が二段になっているという。初演時は三段になっていたそうで、ボディパーカッションが二段目や三段目に書かれているそうだ。
森本ゆりのピアノ伴奏によるⅢはⅠよりはメロディアスな楽曲である。ちなみに「私は他人である」という言葉はアルテュール・ランボーの詩の一節から取られているそうだが、ボーダーズもランボーの「永遠」という詩の内容を音楽にした部分があるそうで、ランボーにはかなり影響を受けているようである。
「オスモシス Ⅱ」。石川星太郎が指揮を務め、石上真由子、福富祥子(ふくとみ・しょうこ。チェロ)、上田希、若林かをり(フルート&ピッコロ)、森本ゆりが演奏を行う。
石川星太郞は、1985年生まれの若手指揮者。東京藝術大学指揮科とロベルト・シューマン音楽大学指揮科に学び、昨年行われた第1回フェリックス・メンデルスゾーン国際指揮者コンクールで2位を獲得している。
やはりフランスで学んだ作曲家であるということが感じられる作品である。ドビュッシーやラヴェル、メシアン、ブーレーズなどの響きをこの作品の中に見いだすことが出来る。


チェロ独奏のための「モノポリフォニー/デフィギュラシオン」。福富祥子のチェロ。
この曲も、見るからに聴くからに難しそうな曲である。難度はSであろう。バッハの無伴奏チェロ組曲第5番より「サラバンド」を換骨奪胎した作品だそうだが、現代色が強いため、バッハ風という感じではない。


日本初演となる「ボーダーズ」。コンサートのタイトルにもなっている曲である。世界初演は今年の2月にニューヨークで行われたという。
この曲も石川星太郎が指揮。尺八独奏として田嶋謙一が客演し、石上真由子、福富祥子、上田希、畑中明香とのアンサンブルで演奏。太田真紀がソプラノ独唱を受け持つ。
邦楽器と西洋楽器の境界や、ノイズと音楽の境界などを描いた作品である。
演奏前に行われたトークによると、京都市立芸大時代の酒井は邦楽関係の授業は一切取っておらず、邦楽器を格下と見なしていて西洋音楽のエクリチュールばかり研究していたそうだが、海外に行ってから日本の伝統音楽の良さにも気づいたそうで、Music From Japan Festivalからの委嘱を受けたときに、尺八を用いることを思いついたそうである。

尺八は構造が西洋の楽器に比べると単純であるため(そのため熟練するのが難しい)、音がより自然に近いように思える。自然と芸術の対比が浮かび上がる(日本では余り意識されないが、西洋では「自然」の反義語は「芸術」である)。ソプラノ太田真紀がヘリコプターのプロペラ音のような音を出すが、これもまた自然との対比のように取ることが出来る。


結構、面白い演奏会であった。

客席には、酒井の身内と思われる人も多数。2階席にいた若者達は、来年から酒井に教わる予定の京都市芸の学生だと思われる。白人が多いのも特徴。名前は浮かばないが顔は見覚えがあるという人も何人かいて、皆、音楽家だと思われる。休憩時間にホワイエに出た時に、「背の低い白髪のおばあちゃんがいるなあ」と思ったら、長岡京室内アンサンブルの森悠子であった。

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2017年12月 3日 (日)

恐怖音楽ではなくてただのポップナンバー 「Feels Like Heaven」

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