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2018年1月24日 (水)

理想家レノンは死んだのさ

※ この記事は2017年12月8日に書かれたものです。

 

ジョン・レノン

1980年12月8日、ジョン・レノンが死んだ。享年40。

その日の夜10時40分頃、レノンはニューヨーク市内のスタジオでの作業を終え、夫人のオノ・ヨーコと共に、自宅のある高級マンションのダコタ・ハウスに戻ろうとしていた。レノンがヨーコよりダコタ・ハウスに入ろうとしたときに、若い男が声をかけてきた。「Mr. LENNON!」。そして銃声が響いた。発砲したのはマーク・チャップマンというハワイ出身の男だった。

レノンの声が辺りに響く。「I’m shot,I’m shot!(撃たれた! 撃たれたんだ!)」
ダコタ・ハウスのドアマンであるホセ・ペルドモがチャップマンのもとに駆け寄り、「自分が何をしたのかわかっているのか?!」と叫ぶ。チャップマンは今日の天気でも答えるかのように冷静に言った「ええ、ジョン・レノンを撃ったんですよ」

なお、それより30分前、小説家のスティーヴン・キングはマーク・チャップマンを名乗る男からサインを求められて応じているが、ここでは詳しくは取り上げない。

 

ジョン・レノンは、1940年に、イギリス・リヴァプールの労働者階級の家に生まれた。レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人が全く同じ時期にごくごく近所に住んでいたというのは偶然に過ぎないが、神のお戯れの結果のようにも思える。

とにもかくにも、4人の天才がたまたまリヴァプールという街にいたことで、ザ・ビートルズが生まれる。仲の良かったジョン・レノンとポール・マッカートニーは互いの作品をレノン=マッカートニーの連名で出すことにした。ポール・マッカートニーが一人で作詞・作曲した作品(例えば「Yesterday」)でも、ジョン・レノンが独自で作り上げた曲(例えば「ノルウェーの森」)であっても、名義はレノン=マッカートニーだった。

そんなレノンとマッカートニーの間に亀裂が入るようになったのは、ジョンが愛人のオノ・ヨーコをスタジオに連れてくるようになってからだった。

最初はマッカートニーもヨーコに対しては好意的だった。なんといっても親友の彼女なのだ。

しかし、すぐにヨーコを巡ってメンバーの関係はぎくしゃくし始める。労働者階級出身の彼らとは違い、ヨーコは旧華族階級に生まれた生粋のお嬢様。実家は安田財閥に連なる名家で、貧困とは無縁。現代音楽やら絵画やら芸術関連にやたらと手を出すいわゆる好事家であるが、本気で芸術家になろうしているわけでもない。レノン以外のメンバーが面白い顔をするわけがなかった。

しかし、東洋思想や仏教などに詳しいヨーコにジョンはのめりこんでいく。レノンは一時、音楽活動を休んでいたが、その間のことについてインタビューを受けた際、「輪が回るのを眺めてたんだ」と仏教からの影響が濃厚に感じられる発言を行っている。

反戦に関しても、ヨーコにインスパイアされていた。おりしもベトナム戦争の時代。レノンは反戦を掲げたプラスチック・オノ・バンドを結成するなど、反戦・平和活動ににのめりこんでいく。だがそのためもあってかポール・マッカートニーとの関係は修復不可能なまでに悪化していた。1970年、ザ・ビートルズは解散。レノンはヨーコと共にアメリカに渡る。レノンの思想は更に先鋭化し、平和の伝道師となっていった。

レノンの平和音楽家としての活動はその死によって唐突に終わった。奇矯とも思えるその姿勢は、生前から冷笑されてもいた。ある有名ミュージシャンは後年、こう述懐している。「ジョン・レノンが死んだ日にゃ、腹を抱えて笑ったぜ」

理想家レノンは37年も前に死んだ。そしてその理想は今も実現からはほど遠い。レノンの思想は語るだけ無駄だったのか。

だが、ジョン・レノンの思想は、楽曲として今も生きている。争いのない世界を歌った「イマジン」、戦争終結への思いをつづる「Happy Xmas(War Is Over)」、子供のショーン・レノンへの愛をうたった「Beautiful Boy」、毛沢東の「天の半分を支えるのは女性である」という言葉を冒頭に用いた「Woman」、愛について徹底して語った「LOVE」など。

 

2014年11月、ニューヨークの国際連合より「イマジン」の映像が流れた。2009年に他界した忌野清志郎がカバーした「イマジン」だった。

ジョン・レノンは死に、その思いを受け継いだ忌野清志郎ももうこの世の人ではない。だが「人は僕のことを夢想家と呼ぶかも知れない」(ジョン・レノン)、「夢かも知れない」(忌野清志郎)という自覚がありつつ、理想は受け継がれている。ある意味、理想が死ぬのは全ての人間が理想をあきらめた時であり、理想を描く意思がある限り、それは不滅だといえるのかも知れない。

理想家は死んでも、理想が死ぬことはないのだ。

 

「Imagine」

 

「Happy Xmas(War Is Over)」

 

忌野清志郎 「イマジン」

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