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2018年3月 7日 (水)

観劇感想精選(232) 加藤健一事務所 「審判」2005京都

2005年10月24日 京都府立府民ホールALTIにて観劇

京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、加藤健一事務所の「審判」を観る。主宰である加藤健一の一人芝居。
イギリスの劇作家、バリー・コリンズの代表作を青井陽治が翻訳。この戯曲はかっては出版されていて、加藤健一は本屋でこの戯曲と巡り会い、感動して、自ら演じることを思い立ったという。加藤健一による「審判」は1980年に初演、以来、四半世紀に渡り、加藤健一は「審判」を演じ続けている。今年は、下北沢の本多劇場を皮切りに全国ツアーを行い、最後の仙台での公演で、公演回数は通算239回に達するという。

舞台は第二次大戦中のポーランド。ドイツ軍の捕虜になった7人のロシア軍将校が修道院の狭い地下室に閉じこめられる。そこでは食料も何も与えられなかった。そしてドイツ軍はその地を去る。地下室に閉じこめられた将校達は、一人を殺してはその肉を食べ、血を啜って、生き残る。まさに地獄絵図である。この地獄から生還したアンドレイ・ヴァホフ(加藤健一)が裁判の証言台に立つ。

作者のバリー・コリンズによると、登場人物は架空であるが、やはり第二次世界大戦下で起きた似たような事件を下敷きにしているという。
上演時間2時間半。その間、加藤健一は休むことなく語り続ける。彼の肉体と言葉から発せられる全てがこちらの想像力を掻き立てる。

加藤健一の俳優としての実力にまず感服。ものが違う。彼と同じレベルでヴァホフを演じられる俳優は少なくとも京都にはいないだろう。
私も俳優の真似事をしていた時期があるのだが、一生かかっても「審判」をかくも見事に演じることは無理であろう。神業を見る思いであった。

内容は非常に血なまぐさく、人間存在の暗部を抉る。そして時折垣間見られる奇妙な静謐さが、作品に奥行きを与えている。緻密な心理描写が、人間描写が雑なジャパニーズ・ホラームービーとは比較にならないほど深く、見るものを恐怖に駆り立てる。

人間がいかに弱く、且つ残酷な存在であるか。またそうした状況に人類を追い込む、戦争の凄惨さ、不気味さが、鈍いナイフのように胸にじんわりと突き刺さる。演じ手も観客も大変な集中力を必要とする作品であるが、加藤の熱演により、見応え十分であった。

今まで地下に眠っていた巨大なクレバスが、口を広げて墜ちてくるものを待っているような、不気味なイメージを想起させる作品であり、弱く残酷な人間の姿も実は自らの鏡像である、という人間存在への追求が──その暗いが確固とした主題が、こちらの胸を打つ。

また、加藤健一の直筆サイン入りの公演パンフレットには、渡辺美佐子、柄本明、毬谷友子ら一人芝居の名人達のメッセージが収録されていて、読み応えがある。

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