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2018年4月18日 (水)

美術回廊(15) 京都文化博物館 「ターナー 風景の詩」展

2018年4月14日 京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「ターナー 風景の詩(うた)」展を観る。明日までの開催ということで、結構な人出である。
イギリスを代表する風景画家として知られるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー。今回はターナーの山岳と海洋を絵を中心とした展覧会である。ターナーはロンドンのコヴェント・ガーデンの生まれだそうで、貧しい理髪師の息子ではあり、母が病気がちであったということもあって基礎教育も満足に受けられなかったそうだが、周囲は文化的な環境ということもあって幼い頃から絵画に取り組んで才能を示し、父親は息子が描いた絵を店先に飾っていたそうである。画家としては早くに認められており、20代でロイヤル・アカデミーの会員となり、パトロンもついて順調な画家人生を送った。
当時は絵画といえば肖像画や宗教画が一般的で、風景画は名所図会や挿絵がある程度で評価の対象ですらなかったという時代であったが、ターナーは風景画の価値を上げることに貢献する。

初期の作品は、黄色や茶色を多用した淡い色彩と奥行きのある作風が特徴であるが、手前側を緻密に描き、遠景を朧にすることで奥行きを生み出すという技巧を用いていることがわかる。後年には全景を朧にすることで全てが溶け合ったような作風へと変化していく。個人的には後年の霧の中の光景のような朧な作風の方が好きなのだが、この手の絵は大画面だから見栄えがするということで、絵葉書などには採用されていなかった。

山岳の絵は峻険な場面が描かれ、海洋を題材とした絵画では嵐に翻弄される船が好んで取り上げられている。ターナーは自然への畏敬の念を抱いていたようで、その感情は「崇高」という言葉で語られている。
ターナーが生きたのはナポレオン戦争があった時代ということで、対フランス軍海戦の絵も展示されている(トラファルガーの戦いを描いた作品は今回は展示されていない)。海の日没を描いた作品、「海辺の日没とホウボウ」は、クロード・モネの「印象・日の出」を彷彿とさせる作品であるが、実際はターナーの絵の方が30年以上前に描かれたものであり、モネはターナーを尊敬していたそうで、ターナーが「印象派の父」と呼ばれる由縁となっている。

ターナーは版画や挿絵の作家としても活躍しており、こちらは緻密な描写力が駆使されている。ちなみにターナーは極度の完璧主義者だったそうで、版画の版元とは技術面での問題を巡ってしばしば諍いを起こしていたそうである。

映像コーナーではターナーの生涯を10分の映像でたどることが出来るようになっている。40代で訪れたイタリア旅行が一大転機となったようで、写実的だった作風から対象がもつイメージや光度を重視したものに転換しているそうだ。
当時としては長命な76年の生涯であったが、晩年に至るまで精力的な活動を行い、ターナーが残した絵は3万点以上に上るという。



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