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2018年6月30日 (土)

コンサートの記(398) 来日50周年特別公演 エリック・ハイドシェック with ザ・シンフォニーホール チェンバーアンサンブル

2018年6月26日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時からザ・シンフォニーホールで、来日50周年特別公演 エリック・ハイドシェック with ザ・シンフォニーホール チェンバーアンサンブルのコンサートを聴く。

個性派ピアニストのエリック・ハイドシェック。1936年、フランス・シャンパーニュ地方のランスの生まれ。フランスを代表するシャンパンメーカーであるシャルル・エドシークの御曹司である。苗字のHEIDSIECKはフランス語ではエドシークに近い発音となるが、先祖がドイツ系ということでドイツ風のハイトジークを名乗る(日本ではハイドシェック表記が一般的である)。
フランスを代表するピアニストであり教育者としても名高いアルフレッド・コルトーの高弟の一人。6歳から本格的な音楽教育を受け、9歳でリサイタルデビュー。パリ高等音楽院に入学して2年後に首席で卒業。エコール・ノルマルではコルトーに師事している。その後、イタリアでヴィルヘルム・ケンプにも師事した。
1950年代後半にモーツァルトのスペシャリストとしてEMIからデビュー。その後、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集、フォーレの夜想曲全集を録音している。ベートーヴェンとフォーレはその後、廉価盤CDとして再発された際に私も聴いているが、かなり充実した演奏であった。
1980年代は主にリヨン国立高等音楽院のピアノ科教授として過ごすが、音楽評論家の宇野功芳と宇和島在住の公務員にしてミステリー作家の宇神幸男の後押しで行われた宇和島での演奏会(なんか「宇」ばかり出てくるな)が評判となり、ライブCDがテイチクから発売されてベストセラーとなった。ベートーヴェンの三大ソナタ(「悲愴」、「月光」、「熱情」)を収めたCDは私も聴いたが、とにかく個性的な演奏であった。あたかも19世紀のピアニストが突然バブル期の日本に降り立ったかのような趣があった。その後、ハイドシェックは日本ビクターと契約し、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集や協奏曲集をリリースしている。1998年にリヨン国立高等音楽院での教職を辞し、コンサートと録音中心の活動を行うようになった。近年では作曲家としても活動している。

日本クラシック音楽界の名物評論家として名を馳せた宇野功芳のバックアップを受けたのだが、宇野功芳という人は歯に衣着せない人で、名演奏家でも不出来と見做すや一刀両断にするためアンチも多く、日本におけるハイドシェックの評価にも毀誉褒貶合わせて相当な影響を与えている。


曲目は、オール・モーツァルト・プログラムであるが、前半がピアノ協奏曲第14番第2楽章、ピアノ協奏曲第16番第2楽章、交響曲第29番第2楽章、後半が交響曲第41番「ジュピター」第2楽章、ピアノ協奏曲第21番「みじかくも美しく燃え」第2楽章という、第2楽章ばかりが並んだかなり珍しいものである。ここにもハイドシェックの独特のセンスが表れている。


伴奏は、田部井剛(たべい・つよし)指揮のザ・シンフォニーホール チェンバーアンサンブル。
田部井剛は、早稲田大学商学部を卒業後、東京音楽大学指揮研究生修了(広上淳一に師事)、更に東京芸術大学指揮科を卒業している。芸大在学中の1999年に日本フィルハーモニー交響楽団との演奏会でハイドシェックと初共演し、ハイドシェックから「ヤング・トスカニーニ」との賛辞を得たという経歴を持つ。その後、ハイドシェックとたびたび共演している。

ザ・シンフォニーホール チェンバーアンサンブルは、その名の通り、ザ・シンフォニーホールでの演奏を念頭において結成された団体である。関西のプロオーケストラ4団体のメンバーで構成されている弦楽アンサンブルであるが、今日は管楽器奏者も計7名参加している。
今日のコンサートミストレスは、日本センチュリー交響楽団のコンサートミストレスである松浦奈々。弦楽器はセンチュリー響のメンバー10名と関西フィルハーモニー管弦楽団の団員2名からなる。管楽器の参加は、フルートの杉山佳代子、オーボエの中根庸介と高橋幸子(オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ)、ファゴットの首藤元(京都市交響楽団)と日比野希美(大阪フィルハーモニー交響楽団)、ホルンの水無瀬一成(日本センチュリー交響楽団)と中川直子(関西フィルハーモニー管弦楽団)。


このハイドシェックはかなりボヘミアンなピアニストで、コンサートホールでの演奏なのにプライベートなサロンにいるかのように振る舞う。良家のボンボンであり、ピアノを弾いていれば幸せというタイプでもあったのだろう。ソロリサイタルならともかくとして共演するにはかなり難しい性格のようである。


ハイドシェックは登場すると、まずテキストを手に英語でのスピーチを行う。よくは分からなかったが、「インメモリアム」という言葉が聞き取れたため、大阪北部地震の犠牲者のための演奏を行うことがわかる。演奏されたピアノ曲はメシアンを甘口にしたような作風である。休憩時間に分かったが、ハイドシェックの自作曲で前奏曲「愛の痛みを愛せよ」というものであった。ハイドシェックは途中で間違えて止まってしまい、「Sorry!」と頭を抱えて続きから弾き直す。


さて、モーツァルトのピアノ協奏曲であるが全て第2楽章ということで、緩徐楽章の演奏となる。基本的には技術よりもリリシズムが重視される。
田部井とザ・シンフォニーホール チェンバーアンサンブルが演奏を開始するが、ピアノのパートになるとハイドシェックは伴奏を無視するかのような独自のテンポで弾き始めてしまう。遅い上に歌い崩すため、オーケストラでの伴奏が四苦八苦するという状態。協奏曲なのにハイドシェックは端っから合わせるつもりはないようである。
メカニックは控えめにいって上質とはいえないもので、アマチュア的なピアニズムである。師であるアルフレッド・コルトーもヴィルヘルム・ケンプも共に技術的には十分に評価された人ではなかったからか、気にしていないようにも見える。
田部井剛も自身を持ち上げてくれた人だから伴奏指揮もするが、そうでなかったら付き合い切れないかも知れない。
指揮者でもあった宇野功芳がハイドシェックを共演した際、ハイドシェックが余りに自在なテンポで演奏するため、終演後に大喧嘩になったという噂があるが、本当だったとしても頷ける。

田部井剛指揮のザ・シンフォニーホール チェンバーアンサンブルの演奏であるが、単独で演奏した交響曲第29番と「ジュピター」の表現では管のバランスが強いという難点が確認出来る。ハイドシェックは表現主義的だが、田部井はそうではない。

ピアノ協奏曲第21番の第2楽章は、同曲が全編で用いられたスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」のタイトルが無料パンフレットに書き込まれている。俗っぽくなるのでタイトルを付けない場合が多いが、ハイドシェックの演奏は音が濃く、表現もロマンティックであり、映画の音楽としても相応しいものとなっていた。
フランスの映画監督にルイ・マルという人物がいた。「死刑台のエレベーター」などで有名な人だが、この人は富豪の息子で、道楽で映画を撮っていたら世界的な映画監督になってしまったという幸運児である。ハイドシェックもルイ・マルと同類であるように思われる。上流階級出身のディレッタントタイプだ。

後半のプログラムが短いが、これにはわけがある。ハイドシェックは好きなだけアンコール演奏を行うというピアニストであるため、意図的に後半が早く終わるよう設定してあるのだ。

アンコール演奏は、ヘンデルの組曲第3番、J・S・バッハのフランス組曲第5番、ドビュッシーの前奏曲第1集より「雪の上の足跡」、ドビュッシーの前奏曲第2集より「ヒースの荒野」、ドビュッシーの「子供の領分」より“小さな羊飼い”、ヘンデルの組曲第2番より前奏曲。ハイドシェックは自分で曲紹介を行い、鼻歌まじりで楽しそうに弾いていく。

ヘンデルやバッハではミスしても気にせず弾き直すというシーンがあったが、音色は高貴であり、ハイドシェックが高度のエスプリ・クルトワの持ち主であることが感じられる。
そしてドビュッシーは最上級の演奏。和音の作り方がお洒落であり、音色は濃厚かつ色彩豊か。物語性にも優れている。流石はコルトーの愛弟子と実感させられる至芸であった。

ハイドシェックは、ザ・シンフォニーホールの花道に出たり、ピアノの前を横切ったりといったユーモアを見せる。真の自由人である。
最後は指揮の田部井に話しかけて首を大きく振られるというシーンがあったが、「今日やった協奏曲のどれかをもう一度演奏しようよ」といったか、「オーケストラもアンコールしてよ」といったかのどちらかだと思われる。他の人はハイドシェックほど自由人ではない。

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