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2018年9月25日 (火)

2346月日(3) 京都教区山城1組公開講座「東本願寺の歴史と儀式」

2018年9月14日 しんらん交流館会議室A・B・Cにて

午後6時から、しんらん交流館の会議室A・B・Cで行われる京都教区山城1組公開講座「東本願寺の歴史と儀式」に参加。講師は東本願寺本廟部長の近松誉。

第1部が「真宗の儀式」として50分、第2部が「本願寺の東西分派と儀式」として50分、計約2時間の講座である。講座が始まる前に「真宗宗歌」が、終了後には「恩徳賛Ⅱ」(短調の方)が全員で歌われる。

儀式の始まりとして、イラクのシャンダール遺跡で発見されたネアンデルタール人による最古の形の葬儀を取り上げ、真宗の荘厳(しょうごん)の「荘厳」がサンスクリット語の「vyuha」つまり「素晴らしい配置」に由来するという話から、それらが阿弥陀の働きが成就された形なのではないかと続く。
浄土真宗の本山はどこも、御影堂(ごえいどう)と阿弥陀堂の二つがあり、本堂である阿弥陀堂よりも親鸞聖人の御影のある御影堂の方が大きいということについて、御影堂とは御開山之御座所であり、廟所そして道場である。それに対して阿弥陀堂は礼拝堂であるとして、御開山に本尊のある場所からの働きかけが示されるというような配置が取られているようである。御影堂と阿弥陀堂は似ているが内部に違いがあり、阿弥陀堂は極楽浄土を表した金箔が用いられているが、御影堂は道場であるため天井などは質素であるという。
また御影堂の内部は武家造が採用されており、そこが住居区空間であるということも表現されているそうだ。


さて、本願寺の歴史であるが、本願寺11世で織田信長との石山合戦でも有名である顕如上人には息子が3人いた。教如、顕尊、准如である。次男の顕尊は、真宗興正寺派の門主になっている。

本願寺12世で東本願寺の初代となった教如上人は、1570年の11月頃に得度。同年の春先に石山合戦が始まっており、1580年に和睦が結ばれるまでの10年間を戦時下として過ごしている。和睦後に顕如は石山本願寺を退去して今の和歌山市にある鷺宮御坊に移るのだが、教如だけは信長は信用出来ないとして石山に留まっている。この時に、顕如から義絶されているといわれている。その後、石山から出た教如は東海地方や北陸地方を流浪する生活に入るのだが、1582年に織田信長が本能寺で討たれると、今の大阪府堺市にあった貝塚御坊・願泉寺で顕如と対面。義絶も解かれている。教如上人は明智光秀と面識があったことから、たまに本能寺の変黒幕説が囁かれたりするが、証拠はないようである。

その後、本願寺は天満に移転。寺内町を作り、秀吉が興した大坂の街の成り立ちに大きく貢献。更に、今の西本願寺がある堀川六条へと移転している。淀への移転も検討されたが、京へ帰るという意味で堀川六条が選ばれたようだ。教如と准如の母である顕春尼は准如の方が可愛かったようで、1592年に顕如が亡くなり、教如が跡を継いで程なくして准如を後押し。秀吉から准如に家督を譲るよう命令があったとして、当初は「10年経ったら准如が門主となること」に教如は同意したのだが、ほどなく「今すぐ変わるよう」いわれ、本願寺の北側に移る。この時、准如が「表方」、教如が「裏方」と呼ばれたそうだ。その後、教如は徳川家康に接近。友情を築き、関ヶ原の前哨戦においては下野国小山まで出向いて石田三成の挙兵を知らせている。

その後、門徒であった本多正信の仲介で、教如には今の東本願寺の土地である烏丸七条の地が与えられている。なぜ西本願寺の近くに東本願寺が出来たのかは謎だそうであるが、西本願寺と方広寺大仏殿とを繋ぐ豊臣政権の象徴たる正面通を絶つという意図があったともされている。

さて、日本で最も高い寺院の門としても知られる東本願寺の御影堂門であるが、見た目は禅宗寺院に見られる三門に似ている。三門とは「三解脱門」の略であり、蹴放という敷居があり、女人はここからは入れないということを示しているのだが、本願寺の御影堂門は荘厳大義門功徳に由来する「大門」の別名がある。大門には敷居はなく、誰もが救われるということを示しているそうである。

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