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2018年9月の30件の記事

2018年9月30日 (日)

コンサートの記(432) アリス=紗良・オット ピアノリサイタル「Nightfall」@フェスティバルホール

2018年9月18日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、アリス=紗良・オットのピアノリサイタル「Nightfall」を聴く。

曲目は、前半が、ドビュッシーの「ベルガマスク」組曲、ショパンのノクターン第1番、第2番、第13番、バラード第1番。後半が、ドビュッシーの「夢想(夢)」、サティのグノシェンヌ第1番、ジムノペディ第1番、グノシェンヌ第3番、ラヴェルの「夜のガスパール」
フランス人作曲家の作品と、フランス系ポーランド人でパリで活躍したショパンの楽曲を並べるという準オール・フランス・プログラムである。

フェスティバルホールでピアノのリサイタルを聴くのは初めてとなるはずである。約2700席のキャパシティーがあり、空間の大きなフェスティバルホールで純然たるピアノソロがどう響くのか興味があったが、音の通りが良いだけに3階席でもピアノの音が間近に聞こえる。音響はやはり優れている。問題は客の入りだが、人気ピアニストのアリス=紗良であるだけに上々であった。

黒のドレスで登場したアリス=紗良。まずマイクを片手に、椅子に腰掛けながら挨拶を行う。「こんばんは。本日は、こんな大きなホールで沢山の方々を前に弾くことが出来て幸せです」と語り、最新アルバムのタイトルでもある「Nightfall」については、「太陽が沈んでからしばらく経った時間(マジックアワー、黄昏時、逢魔が時である)のことで、色々なものがごっちゃになる。人間、誰でも良い部分と悪い部分があると思うんですが、そうしたものがはっきりとは分かれていない存在」であることを念頭にプログラムを組んだことを明かす。今年の2月には父親が病気で倒れ、今は快復したのだが、死が遠くにあるわけではないということを実感したともいう。

前半は、照明をピアノの周りだけに絞っての演奏。アリスは前半と後半で演奏スタイルを意図的に変えているようである。

ドビュッシーの「ベルガマスク」組曲。4曲からなる組曲で、第3曲の「月の光」がことのほか有名な楽曲である。
アリスは色彩を余り出さす、フォルムを重視した演奏を行う。個性あるピアノを弾くアリスだが、前半の曲目では端正な演奏を心がけているように思われた。

ショパンでも同傾向。スケールが大きく、文学性や心理的な側面を意図的に排したような演奏を聴かせる。ノクターン第1番などは痛切な表現を行っていた萩原麻未とは正反対のアプローチで、別の曲を弾いているかのように聞こえる。ただ、今日のアリスはこうした演奏を行うにはミスタッチが目立ち、必ずしも万全の表現にはなっていなかったようだ。
4曲演奏したショパンの曲の中では、堅牢な構築力を感じさせたバラード第1番の演奏が良かった。

後半はメインの照明を鍵盤付近だけに更に絞るが、その代わりに舞台の左右奥に青色の照明を光らせて、幻想的な演出を施す。
表現もアリスならではの個性的なものに変化。ドビュッシーの「夢想(夢)」では一音一音を際立たせるように弾き、立体感を出すような工夫がなされる。

サティのグノシェンヌ第1番、ジムノペディ第1番、グノシェンヌ第3番。今年はドビュッシーの没後100年に当たるが、気むずかしい性格が災いして友人の少なかったドビュッシーを親友として慕っていたのがサティである。フランス六人組に反ドビュッシーの旗頭ように担ぎ出されたこともあるサティだが、ドビュッシーが亡くなるまでその才能を愛し続けた。
北野武の映画監督デビュー作である「その男、凶暴につき」で印象的な使われ方をしたこどでも知られる。グノシェンヌ第1番。アリスは遅めのテンポを取り、引きずるような独特の歌い方をする。
ジムノペディ第1番とグノシェンヌ第3番ではアリスは、時の経過と音の明滅を感じさせる俳句のような表現を行っていた。日独のハーフだが、日本的な感性に秀でていることが感じられる。

ラヴェルの「夜のガスパール」。最高難度のピアニズムが要求される曲である。
第1曲「オンディーヌ」では瑞々しいピアノの響きが印象的。水の精(「みずのせい」と打ち込んだら「ミズノ製」と出たんですけど。確かにグローブはミズノ製のものを使っているけれど)を描いた曲であるが、水のしずくが飛び跳ねたり水紋になって広がっていくイメージが浮かぶような演奏である。
第2曲「絞首台」でも音の透明度の高さは目立ち、第3曲「スカルボ」では技巧の冴えと確かな楽曲分析能力と表現力も相まって秀逸な出来となる。
感性的には20世紀の演奏家とは異なり、ベルトランの詩のイメージをCGで描いて見せたようなデジタルな音楽性が発揮されているが、そうしたものの中では最上位に位置するようなラヴェルである。

アンコール演奏は、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。優しさと温もりのある音で奏でられ、哀愁とは一線を画しつつもウエットであるという独自性が光っていた。


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2018年9月29日 (土)

コンサートの記(431) NHKスペシャル 映像の世紀コンサート@フェスティバルホール

2018年9月17日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、NHKスペシャル 映像の世紀コンサートを聴く。音楽&ピアノ:加古隆、岩村力指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏。ナレーションを元NHKアナウンス室長の山根基世が受け持つ。

1990年代に放送され、大反響を呼んだNHKスペシャル「映像の世紀」。21世紀に入ってからは「新・映像の世紀」も制作され、2016年3月に放送を終えている。「映像の世紀」では加古隆の音楽も話題になったが、加古の音楽と番組からのダイジェスト映像で行われるコンサートである。

ホール上方に巨大スクリーンが下がり、そこに映像が投影される。映像は、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、ロシアのテレビ局とNHKが制作したものである。

加古隆は大阪府出身である。府立豊中高校を経て、東京藝術大学音楽学部および大学院作曲研究室を修了。三善晃らに師事した。その後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアンに作曲を師事。パリで現代音楽を学ぶと同時にフリージャズのピアニストとしてもデビューしている。1976年に高等音楽院を最高位で卒業して帰国。以後は映画音楽を始めとする映像音楽を中心に作曲活動を行っている。

指揮の岩村力は、早稲田大学理工学部電子通信学科卒業後に桐朋学園大学音楽学部演奏学科に入学。マスタープレイヤーズ指揮者コンクール優勝後、2000年から2007年までNHK交響楽団のアシスタントコンダクターを務め、現在は兵庫芸術文化センター管弦楽団のレジデント・コンダクターでもある。

今日の大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターは崔文洙。

プログラムは、「パリは燃えているか」のショートバージョン(ピアノオクターブ上げての演奏がないもの)に始まり、第1部から第7部に分けられた映像と音楽の饗宴が繰り広げられる。

第1部「映像の始まり」では、リュミエール兄弟の映画の発明に始まれ、ロシア、オーストリア、大英帝国などの王室の映像が流れる。大津事件で知られ、後に殺害されることになるニコライⅡ世の姿も映っている。演奏されるのは「時の刻印」「シネマトグラフ」「はるかなる王宮」

第2部「第一次世界大戦」。世界で初めて全編が映像に収められた戦争である。その時代の若者は、戦争にロマンティックな幻想を抱いており、進んで募兵に応じたそうだが、映像は戦争の現実を冷徹にとらえており、多くの人々が戦場のリアルに気づいたとされる。
演奏されるのは「神のパッサカリア」「最後の海戦 パート1、2」「パリは燃えているか」

第3部「ヒトラーの野望」。大戦による景気の回復により、アメリカは黄金の20年代を迎える。一方、ドイツは敗戦から立ち直れなかったが、そこにアドルフ・ヒトラーという男が登場。ドイツ経済を好転させ、90%という高い支持率を得る。ドイツ国外でもその手腕は高く評価されたが、ヒトラーの野望にはまだ多くの人が気づいていなかった。
1929年10月24日、のちに「暗黒の木曜日」と称されるこの日に世界恐慌が発生。世界情勢がめまぐるしく変わる中で、ヒトラー率いるナチスドイツは1938年にヒトラーの祖国でもあるオーストリアを併合。翌39年にポーランドへ侵攻し、英国がこれに宣戦を布告。当初は中立の立場にあったアメリカも1941年12月8日に日本の真珠湾攻撃を受けて参戦する。

休憩後、加古隆のピアノ・ソロによる「パリは燃えているか」が演奏されてから第4部に入る。
第4部「第二次世界大戦」。演奏されるのは「大いなるもの東方より」「最後の海戦 パート2」「神のパッサカリア」「狂気の影」。ナチスドイツのソビエト戦、そしてアメリカが撮影した日本の神風特攻隊の映像からカラーに変わる。

第5部「冷戦時代」。ジョン・F・ケネディ米国大統領、ソ連のニキータ・フルシチョフ書記長、チューバのフィデル・カストロ議長らによるキューバ危機があり、核戦争への恐怖が人々の心を波立たせる。演奏は「パリは燃えているか」「シネマトグラフ」「最後の海戦 パート1」「黒い霧」。核実験は当時は健康被害はないという嘘の報道がなされ、それを信じた人々が間近で核実験の見物を行ったりしている。

第6部「ベトナム戦争、若者達の反乱」。アメリカはアジアの共産化を恐れ、当時南北に分かれていたベトナムに介入。共産国である北ベトナムへの攻撃(北爆)を開始、米ソの代理戦争が始まった。当初はベトナムで行われているのは戦争ではないとしていたが、戦況悪化により多くのアメリカの若者がベトナムに兵士として派遣されるようになり、国際的にも問題視されるようになる。ベトナムではスパイ掃討のために民家を燃やしたり無差別虐殺
行うといった蛮行が現地民の怒りを買って戦況は泥沼化。結果として南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、アメリカは史上初の敗戦を喫することになる。アメリカの蛮行に怒ったのはベトナム人だけではなく、アメリカ国内を始め、イギリス、フランス、ドイツ、日本などで若者達による反戦運動が繰り広げられ、ヒッピームーヴメントを始めとするカウンターカルチャーを生んだ。
1969年、アポロ11号が月面に着陸。月から見た地球には国境はなく、憤りの声も届いてこない。ただ青と白の二つがあるだけである。
演奏されたのは、「パリは燃えているか」、「ザ・サード・ワールド」「睡蓮のアトリエ」。元々はクロード・モネが映った映像のために書かれた「睡蓮のアトリエ」であるが、ここでは地球の姿が睡蓮に例えられている。

第7部「現代の悲劇、未来への希望」。9.11、フランスでの自爆テロなど21世紀に入ってからの悲劇の映像が流れる。だが、宗教や人種、思想を超えた人類としての愛を追い求める人々も存在している。
「愛と憎しみの果てに」が演奏される。

ラストは「パリは燃えているか」のフルバージョンである。歴史を彩った有名人達の姿と、名もなき人々の笑顔を見ることが出来る。

朝比奈隆の時代には不器用なオーケストラというイメージがあった大阪フィルハーモニー交響楽団であるが、今はアンサンブルの精度も表現力も上がり、持ち前のコクとまろやかさのある音を生かした味わい深い演奏を行う。岩村力の指揮も的確なスケールのフォルムを描くことに長けており、ハイレベルな音楽作りに貢献している。加古隆のピアノもフランス的な色彩に溢れており、上質である。

アンコールとして、加古隆のピアノ・ソロによる「黄昏のワルツ」が演奏された。


 

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2018年9月28日 (金)

コンサートの記(430) びわ湖ホール オペラへの招待 モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」

2018年9月16日 びわ湖ホール中ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール中ホールでモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を観る。台本:ロレンツォ・ダ・ポンテ。園田隆一郎指揮大阪交響楽団の演奏。園田はチェンバロも兼ねる。出演は全員びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバー。ダブルキャストで、今日は、迎肇聡(むかい・ただとし。ドン・ジョヴァンニ)、松森治(騎士長)、飯嶋幸子(いいじま・ゆきこ。ドンナ・アンナ)、坂東達也(ドン・オッターヴィオ)、益田早織(ドンナ・エルヴィーラ)、内山建人(レポレッロ)、宮城島康(みやぎしま・こう。マゼット)、熊谷綾乃(くまがい・あやの。ゼルリーナ)、蔦谷明夫、溝越美詩(みぞこし・みう)、吉川秋穂。合唱指導:大川修司。殺陣:岸本英幸、舞踏振付:樋口裕子。
演出:伊香修吾(いこう・しゅうご)。
原語であるイタリア語での上演、日本語字幕付きである。

初心者でも楽しめる「びわ湖ホール オペラへの招待」としての上演である。第1幕、第2幕共にカットがあり、字幕も子供でも読めるようルビが振られている。子供が観るようなオペラではないと思うが。

演出の伊香修吾は、将来が期待されるオペラ演出家。岩手県生まれ、県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学経済学部と同大学大学院経済学研究科修士課程を修了。その後、イギリスのミドルセックス大学大学院舞台演出科修士課程を修了している。これまでにザルツブルク音楽祭、ウィーン国立歌劇場、ウィーン・フォルクスオーパー、英国ロイヤル・オペラなどの公演に参加。平成20年に五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞している。

八百屋飾りの舞台。床も壁もタイル状の外観になっている。これがクライマックスで効果的に用いられる。

モーツァルトの三大オペラの一つに数えられる「ドン・ジョヴァンニ」。「フィガロの結婚」や「魔笛」のような明るさ、煌びやかさこそないが、音楽の充実に関してはトップに位置するのではないかと思われるほどの傑作である。これまで、「フィガロ」も「魔笛」も複数回観ているが、「ドン・ジョヴァンニ」を生で観るのは今回が初めてである。上演数が二作ほど多くないというのもあるが、巡り合わせも大きい。

上演前に演出の伊香修吾のトークがある。ドン・ジョヴァンニは、希代の好色家としれ知られるドン・ファンのイタリアでの名前で、ドンはスペイン語で貴族のこと、ドンナが女性の貴族であると説明し、タイトルロールであるドン・ジョヴァンニ以外の人物にも注目して観ていただけると新しい発見があるかも知れないということを話す。

園田隆一郎指揮の大阪交響楽団はピリオド・アプローチを採用。バロックティンパニが硬めの音を発し、弦楽が透明な音を奏でるキビキビとした音運び。強弱もハッキリつけられており、古典的な美が生きている。

歌手も充実。中ホールでの上演ということもあり、声量も十分で、声にも魅力がある。

映画「アマデウス」の「ドン・ジョヴァンニ」が上演される場面で、F・マリー・エイブラハム演じるサリエリが、「私にはわかった。わかったのは私だけだ。あの男(モーツァルト)は自分自身を告発したのだ」と心の声で話すシーンがあるが、ドン・ジョヴァンニことドン・ファンは希代の好色家、「ドン・ジョヴァンニ」の台本を描いたダ・ポンテも女にもてたことで有名で、またカザロヴァが台本に協力したらしいことがわかっており、モーツァルト本人も女好きで知られていて、全員がドン・ジョヴァンニに自身の姿を重ねているであろうことは明白と思える。
他の登場人物は一途な愛に生きているが、ドン・ジョヴァンニは「スカートをはいていれば誰でも口説く」男である。ただドン・ジョヴァンニ自身は、「他の男は一人の女しか愛さないが、俺は全ての女を愛す」と博愛の精神の持ち主であることを強調している。これが単なる言い訳と見るかどうかによってドン・ジョヴァンニ像が変わってきそうである。
「自由、万歳」の曲には当然、掛かっているだろ。

舞台の左右からバルコニーが出てくるという舞台セットであり、これが効果的に用いられる。
そして、ドン・ジョヴァンニが騎士長の石像によって地獄に引きずり込まれる場面では、壁にはめられたタイル状のものが次々を落ち、床に当たる音がおどろおどろしさを増す仕掛けとなっている。
なお、石像そのものは出てこず、影が投影されることで処理されているが、これによって騎士長の石像が実在するものなのか、レポレッロとドン・ジョヴァンニ、ドンナ・エルヴィーラが見た幻影なのかがおぼろになる効果が出ている。

ドン・ジョヴァンニであるが、やりたい放題やっても女からもてる。3日で捨てたドンナ・エルヴィーラからも思慕されているということで、魅力的な人物であることは間違いない。この作品を単なるピカレスクロマンと見ていいのか。
「悪党」と言われるのも、騎士長を殺したこととマゼットをのしたことが原因で、女漁りばかりしたこと自体は必ずしも悪行とは見なされていないようでもある。

ラストのナンバーである「悪人の末路はこの通り」では、「悪人の死に様はその生き様と同じ」と歌われるのだが、その意味するところがなんなのかが気になる。「殺した相手に殺される」のは、女を騙して地獄に落とし続けた報いと見るべきか。だが、少なくとも登場人物の中にはドン・ジョヴァンニによって地獄に落とされたといえるような女性はいない。これ以外に、生き様と死に様がクロスしそうなことはないように思える。敢えて挙げるなら「ドラマティック」であるということで、これはメタ的な歌劇「ドン・ジョヴァンニ」論にもなっていそうだ。これなら、ダ・ポンテ、カザロヴァ、モーツァルトの全員が肯定されるようでもある。


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2018年9月27日 (木)

コンサートの記(429) パスカル・ロフェ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第426回定期演奏会

2009年3月12日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時開演の大阪フィルハーモニー交響楽団第426回定期演奏会に接する。今日の指揮者はフランス人のパスカル・ロフェ。プログラムもオール・フランスものである。
指揮者のパスカル・ロフェは、指揮活動と同時に、パリ音楽院指揮科のマスタークラスを受け持って、教育に力を入れている人とのこと。

ドビュッシーの交響組曲「春」、1955年生まれの現役の作曲家であるパスカル・デュサパンの「エクステンソ」(日本初演)、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲が演奏される。
ロフェは全編ノンタクトで振る。

ドビュッシーの交響組曲「春」は、ドビュッシーの初期作品のためか、それともドイツものに長年取り組んできた大阪フィルの個性ゆえか、その両方が相まってか、ドビュッシーというよりワーグナー作品に近い響きがする。金管の響きがリアルな、ユニークな演奏であった。

デュサパンの「エクステンソ」。「エクステンソ」とは「引き延ばす」という意味だという。蜂の羽音のようなヴァイオリンの響きに始まり、各楽器がそれぞれの音を奏でるが、各楽器群を個々に追うのではなく、全体の響きを俯瞰するように聴くと、巨大な一つの流れのようなものを感じることが出来る。「エクステンソ」は、「オーケストラのためのソロ」というタイトルの作品群の中の一作だが、巨視的に眺める(巨聴的に聴き取る?)とオーケストラを使って巨大な単一旋律のようなものが奏でられているのがわかる。パイプオルガン的な発想で書かれたのだろうか。

ラヴェルの「ダフニスとクロエ」全曲。この曲には思い出がある。NHK交響楽団の定期演奏会でこの曲が演奏された時のことである。渋谷のNHKホールにて、指揮はシャルル・デュトワ。土曜のマチネーだった。第2部の途中で合唱のみの部分があるのだが、そこに差し掛かった時に地震が起こったのだ。震度3であったが、かなり揺れた。それでもデュトワは曲を止めずに最後まで演奏した。もし揺れたのがオーケストラパートの時であったらどうなっていたのだろう。動揺した楽団員が演奏を止めていただろうか。その日のコンサートマスターのYさんは、地震の発生と同時に身をかがめていたし。

さて、ロフェの大フィルの「ダフニスとクロエ」。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団が受け持つ。

大フィルのサウンドにもっと立体感があると良かったのだが、第3部のラストなどは白熱した演奏であり、大阪フィルハーモニー合唱団もまずまずの仕上がりであった。
今日は金管の精度が今一つ。音ももっと洗練されたものが欲しくなる。

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2018年9月26日 (水)

コンサートの記(428) 井上道義指揮 京都市交響楽団 第22回 京都の秋 音楽祭開会記念コンサート

2018年9月16日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、第22回 京都の秋音楽祭開会記念コンサートを聴く。演奏は京都市交響楽団、指揮は元京都市交響楽団音楽監督兼常任指揮者の井上道義。

前半はホルストの組曲「惑星」、後半がショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」というプログラム。

今日のコンサートマスターは客演の男性奏者。誰なのかはわからない。わかった書くことにする(東京交響楽団のコンサートマスターである水谷晃だったようである)。泉原隆志は降り番でフォアシュピーラーに尾﨑平。
今日は両曲共に実力の高い奏者が必要ということで、管楽器は前後半とも多くの首席奏者が顔を揃えていた。

まず、門川大作京都市長による開会宣言がある。門川市長は今年の夏がことのほか暑かったこと、3日続きの豪雨に地震、3つの台風が京都を襲ったことに触れ、日本の各地でも地震が水害が起こったことも述べて、「鎮魂と復興の祈り」を捧げる演奏会にしたいと語った。

ホルストの組曲「惑星」。オーケストラピースとして人気の曲で、録音では次々と名盤が生まれているが、コンサートで取り上げられる回数も増加中である。
近年の京都市交響楽団に於いては、ジェームズ・ジャッドが定期演奏会で演奏している。

井上登場。ポディウム側と正面に向かって手を振る。相変わらずキザである。

輝きと迫力に溢れる音を響かせる京都市交響楽団にピッタリの曲である。ただ、合奏は良いのだが、ソロになると実力を発揮出来ていないように感じられることも多く、イタリアのオーケストラと真逆である。サッカーでのスタイルも一緒なので国民性なのだろう。
「火星」の迫力、「金星」の美的センス、「水星」の浮遊感、「土星」での奥行き、「天王星」での神秘感の表出などいずれも長けているが、「木星」では造形の端正さをもっと望みたくなる。なお、「海王星」の女声合唱はシンセサイザーを使用。演奏終了後に井上が女性奏者を連れてステージに登場し、ジェスチャーで「彼女が弾いたの」と示した。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」。
演奏の前に井上がマイクを手に「少しお話しして良いですか?」と言いながら現れる。
「市長はもう帰っちゃったかな?」と下手袖を振り返り、「京都の秋音楽祭開会記念コンサート、おかげさまで完売だそうで、切符安かったからね」
「今日のコンサートは僕の歴史を振り返るプログラムにしてみました。京都コンサートホールが出来る前、僕が(小学校2年生ぐらいの少年が最前列を通るのを見て)これぐらいだった時、京都市交響楽団とホルストの『惑星』を録音しまして」と語る。井上道義指揮京都市交響楽団による「惑星」のCDは、今では手に入らないようだが、発売当時話題になったものである。同時期にNHK教育テレビ(現在のEテレ)で、京都会館でだったと思うが、井上と京都市交響楽団の演奏による「惑星」演奏の模様も放送されている。今と違って京響はそれほど上質のアンサンブルを誇っていたわけではなかった。

井上が就任した当時は、京響は旧京都会館を本拠地としていたのだが、「とにかく響きが悪くてねえ」。定期演奏会での集客も振るわず「がらんどう状態」。とにかく響く曲はないかと色々やってみたのだが全て駄目。ショスタコーヴィチをやった時は良く聞こえるような演奏が出来たのだが、「皆さん、ショスタコーヴィチお嫌いでしょう?」
ショスタコーヴィチには、「ソビエトの思想のようなもの」が込められていると勘違いしているというのがその理由だと語り、ロシアでもサンクトペテルブルクとモスクワ以外ではショスタコーヴィチの交響曲はほとんど取り上げられていない、取り上げられたとしても5番だけという状態が今も続いているそうだ。否定されたソビエトを代表する作曲家だと誤解されているのがその理由らしい。

その後、井上は交響曲第12番「1917年」におけるトロンボーンのメロディーがスターリンを象徴しているという話を始めたのだが、ただでさえ京都コンサートホールのスピーカーは音が聞き取りにくい上に、私の席のすぐそばでチケットをめぐる問題(前半、私の席の隣2席が空いていたのだが、その横にいた二人が、もう人が来ないものだと思い込んで休憩中に席を詰めたところ、その席の人が来てしまった)があってレセプショニストさんとお客さんとでやり取りがあったためよく聞こえなかった。ただ、どこでどうなるのかは想像出来る。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」は冒頭で響く英雄的で悲劇的なメロディーと、その後に現れる「歓喜の歌」にオマージュを捧げたブラームスの交響曲第1番第4楽章のパロディーのようなチョイダサの旋律の二つが軸となる。他の要素も勿論あるが、この2つの歌は全編を通して循環形式のように何度も繰り返される。
悲劇的な旋律にチョイダサ歓喜的歌が勝って凱歌になりかけるのだが、突如としてメロディーが消え去れ、茫漠とした弱音が響く場面は、「勝利の白昼夢が破られたかのような衝撃」があり、印象的である。
トロンボーンが活躍した後で、弦楽が恐ろしげな音を出す場面があるのだが、井上が語っていたのはここだと思われる。
悲劇的旋律はその後も同じ形で登場するのだが、チョイダサ歓喜の歌はその後、音が分散されたり、短調に変貌したりしながら現れる。全楽合奏の中でホルンだけが異質のことをしている場面もあるのだが、やがてトロンボーンがチョイダサ歓喜の歌を挽歌のように演奏。凄絶なラストへとなだれ込むのだが、勝利のための旋律が二つ合わさるのに破滅の音楽のように響くのが印象的である。

井上道義は大阪フィルハーモニー交響楽団ともこの曲を演奏しているが、京都市交響楽団は各楽器の音の輪郭がクッキリしているため、より分析的に聞こえる良さがあったように思う。

演奏終了後、井上はガッツポーズを見せ、最後は「俺じゃなくて京響を称えよ!」というジェスチャーをしていた。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」には駄作説も多く、音楽的にはショスタコーヴィチの他の交響曲に比べると皮相な印象で充実感に欠けるかも知れないが、聴きながら仕掛けられた謎を解き明かしていくという、ミステリー小説を読むような面白さがある。



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2018年9月25日 (火)

2346月日(3) 京都教区山城1組公開講座「東本願寺の歴史と儀式」

2018年9月14日 しんらん交流館会議室A・B・Cにて

午後6時から、しんらん交流館の会議室A・B・Cで行われる京都教区山城1組公開講座「東本願寺の歴史と儀式」に参加。講師は東本願寺本廟部長の近松誉。

第1部が「真宗の儀式」として50分、第2部が「本願寺の東西分派と儀式」として50分、計約2時間の講座である。講座が始まる前に「真宗宗歌」が、終了後には「恩徳賛Ⅱ」(短調の方)が全員で歌われる。

儀式の始まりとして、イラクのシャンダール遺跡で発見されたネアンデルタール人による最古の形の葬儀を取り上げ、真宗の荘厳(しょうごん)の「荘厳」がサンスクリット語の「vyuha」つまり「素晴らしい配置」に由来するという話から、それらが阿弥陀の働きが成就された形なのではないかと続く。
浄土真宗の本山はどこも、御影堂(ごえいどう)と阿弥陀堂の二つがあり、本堂である阿弥陀堂よりも親鸞聖人の御影のある御影堂の方が大きいということについて、御影堂とは御開山之御座所であり、廟所そして道場である。それに対して阿弥陀堂は礼拝堂であるとして、御開山に本尊のある場所からの働きかけが示されるというような配置が取られているようである。御影堂と阿弥陀堂は似ているが内部に違いがあり、阿弥陀堂は極楽浄土を表した金箔が用いられているが、御影堂は道場であるため天井などは質素であるという。
また御影堂の内部は武家造が採用されており、そこが住居区空間であるということも表現されているそうだ。


さて、本願寺の歴史であるが、本願寺11世で織田信長との石山合戦でも有名である顕如上人には息子が3人いた。教如、顕尊、准如である。次男の顕尊は、真宗興正寺派の門主になっている。

本願寺12世で東本願寺の初代となった教如上人は、1570年の11月頃に得度。同年の春先に石山合戦が始まっており、1580年に和睦が結ばれるまでの10年間を戦時下として過ごしている。和睦後に顕如は石山本願寺を退去して今の和歌山市にある鷺宮御坊に移るのだが、教如だけは信長は信用出来ないとして石山に留まっている。この時に、顕如から義絶されているといわれている。その後、石山から出た教如は東海地方や北陸地方を流浪する生活に入るのだが、1582年に織田信長が本能寺で討たれると、今の大阪府堺市にあった貝塚御坊・願泉寺で顕如と対面。義絶も解かれている。教如上人は明智光秀と面識があったことから、たまに本能寺の変黒幕説が囁かれたりするが、証拠はないようである。

その後、本願寺は天満に移転。寺内町を作り、秀吉が興した大坂の街の成り立ちに大きく貢献。更に、今の西本願寺がある堀川六条へと移転している。淀への移転も検討されたが、京へ帰るという意味で堀川六条が選ばれたようだ。教如と准如の母である顕春尼は准如の方が可愛かったようで、1592年に顕如が亡くなり、教如が跡を継いで程なくして准如を後押し。秀吉から准如に家督を譲るよう命令があったとして、当初は「10年経ったら准如が門主となること」に教如は同意したのだが、ほどなく「今すぐ変わるよう」いわれ、本願寺の北側に移る。この時、准如が「表方」、教如が「裏方」と呼ばれたそうだ。その後、教如は徳川家康に接近。友情を築き、関ヶ原の前哨戦においては下野国小山まで出向いて石田三成の挙兵を知らせている。

その後、門徒であった本多正信の仲介で、教如には今の東本願寺の土地である烏丸七条の地が与えられている。なぜ西本願寺の近くに東本願寺が出来たのかは謎だそうであるが、西本願寺と方広寺大仏殿とを繋ぐ豊臣政権の象徴たる正面通を絶つという意図があったともされている。

さて、日本で最も高い寺院の門としても知られる東本願寺の御影堂門であるが、見た目は禅宗寺院に見られる三門に似ている。三門とは「三解脱門」の略であり、蹴放という敷居があり、女人はここからは入れないということを示しているのだが、本願寺の御影堂門は荘厳大義門功徳に由来する「大門」の別名がある。大門には敷居はなく、誰もが救われるということを示しているそうである。

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2018年9月24日 (月)

2346月日(2) KYOTO CMEX10周年記念講演会 角川歴彦&荒俣宏

2018年9月14日 ホテルグランヴィア京都・古今(こきん)の間にて

午後3時30分から、京都駅ビルの一角を占めるホテルグランヴィア京都で、京都商工会議所主催のKYOTO CMEX10周年記念講演会に参加する。
KADOKAWAの取締役会長である角川歴彦と作家の荒俣宏の講演がある。

角川歴彦の講演は、「コンテンツの価値の劇的変化」と題されたものである。

21世紀に入ったばかりの頃、角川は当時のマイクロソフトの社長から「4スクリーンのイノベーションが起こる」と聞かされる。当時はなんのことか想像出来なかったそうだが、スマートフォン、パソコン、ダブレット、テレビの4つのスクリーンにより革命のことで、今ではこれらは定着した。当時はまだスマートフォンやタブレットは存在しない頃で、マイクロソフト社はその頃からそれらの登場を予見していたことになる。

これら4つのスクリーンの時代に覇権を争うのは、GAFAという4つの企業である。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社だ。

これに動画配信で軌道に乗ったNetflixが加わる。これらの会社は、コミュニケーション、コミュニティ、メディア、コンテンツの4つを駆使して世界を拡げる。また、コミュニケーションがコミュニティを生み、コミュニティからはメディアやコンテンツが生まれるといった具合に相関関係がある。
Appleは、動画には自社が認めたコンテンツしか載せないという姿勢を見せており、「中国のようなところのある会社」だと角川は言う。
一方、Amazonは、提携する多くの会社が倒産に追い込まれている。ボーダーズ、トイザらス、タワーレコードなどで、これらの企業は顧客データがAmazonに使われたことで倒産しており、Amazonとの提携は「悪魔の契約」とも呼ばれているという。だが、Amazonの影響力は多大で無視出来ないため、KADOKAWAもAmazonと直接提携関係を結んでいるそうだ。KADOKAWAがAmazonと直接提携したことで、角川も散々に言われたことがあるという。

そして、イギリスのダ・ゾーンがJリーグの放映権を2100億で円買ったことから、日本のコンテンツが海外から重視されるようになったことがわかったという。ダ・ゾーンはスカイパーフェクTVの何倍もの金額を提示して、コンテンツをものにしているのである。
そして、動画配信を手掛けてきた企業が自社で映像コンテンツを作成するようになってきている。Netflixは映像コンテンツの制作に8500億円を掛け、Amazonは5000億円を計上。
中国のテンセントという企業は自社のゲーム利用者が全世界に1億3000万人いるという。コンテンツ作成にこれだけの金を使われ、利用者数を確保されたのでは、日本の企業には全く勝ち目はない。

更に映像関連会社の合併や買収も目立つ。ディズニーはFOXを7兆8千億円で買収。FOXのこれまで制作した全ての映像を使用する権利を得たため、その影響力は計り知れない。それはディズニーはFOXの全ての映像には7兆8千億をつける価値があると認定したことでもある。
AT&Tはtimeワーナーと合併。AT&Tは電話の会社であり、日本で例えるとNTTが映画会社と合併したようなものである。Webコンテンツにおける勝利を目指したものだろう。

日本のコンテンツに目を向けると、アニメ映画「君の名は。」は世界125カ国で公開、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で日本以上に売れ、バーチャルYouTuberキズナアイは北欧でヒット。crunchyrollという日本のアニメ・ドラマ・漫画配信サービスはワーナーの傘下に入ることになったという。

また、出版は不況で右肩下がりが続いているが、日本映画は逆に絶好調である。大半はアニメ映画の急成長によるものだが、日本のコンテンツ価値は高まっており、キャラクターを輸出することで勝負が可能な状況だそうである。

続いて、荒俣宏と角川歴彦による対談「日本のコンテンツが世界に広がる~妖怪からみるクールジャパン~」が行われる。

角川が、最近、ライトノベルで「異世界もの」というジャンルが流行っているという話をする。ライトノベルではないとした上で、宮部みゆきの小説が典型的な異世界ものの系譜にあるとする。

荒俣は、「化ける」が日本社会のキーワードであるとする。野球などで「大化け」という言葉は使われる。日本では変わるのが当たり前だと思われているが、日本以外ではそうとは限らない。妖怪などの「化ける」文化が最も良く残っているのが日本だそうである。

日本人の文化根源をたどっていくと、縄文人は山奥に住んでいて、そのため長野県の奥部などから縄文土器などが出てくるという。なんで縄文人は長野の山奥にいたのだろうと疑問に思った荒俣は、長野まで縄文土器の発掘に出かけたことがあるそうだ、行ってみたら「縄文人がここにいて当然」だと思ったそうで、「山があって川があって色々なものがある。逃げようと思えば逃げられる」と、縄文時代の文化に適した環境だったそうだ。さて、縄文時代の終わりに里人が出て、徐々に両者に関わりが発生するようになる。里人を代表する大和朝廷が、縄文人のいる山へと進出するようになるのだが、縄文人は「刃向かってこない。穏やか」な人たちであり和の精神があった。そこで融和政策が行われるようになる。
その中で、「タブーを犯さない」「変化(へんげ)する」ということが重要になる。タブーについては、「鶴の恩返し」が典型だそうで、「なんでもしてあげますけど、機を織ってるところは覗かないで下さい」と求め、そのタブーを犯してなにもかも失うことになる。

「変化(へんげ)」に関しては、貨幣の「貨」自体に「化」という字が入っており、貝の直接交換のシステムからリアリティーをなくした貨幣に化けていくという過程があるそうだ。

京都はヘンゲの話に事欠かない場所であるが、土蜘蛛と酒呑童子が典型的な例であり、山奥で京の都へのアンチテーゼを唱える人たちが滅ぶ姿がそこにはあるという。
平安末期。それまでの妖怪を陰陽道で封じ込めていた時代が終わり、武士が妖怪を退治する時代になる。土蜘蛛や酒呑童子の退治でも武士が活躍する。力と力で対峙するようになるのだ。

荒俣や角川が少年だった時代にはファンタジーは抑圧されていた。ファンタジーは教育上良くないとされ、漫画が学校内に持ち込み禁止になったりしていたそうだ。私が子供だった頃にも、教科書に「マンガを読むのは悪いか」という教材が載っていたことを覚えている。
荒俣はファンタジーや漫画への抑制の最前線で戦った人物であり、文化的な多様性や豊かさの擁護者でもあった。

日本のゲームについてであるが、角川はこれも内容が良いんだか悪いんだかわからないものであり、そういう意味ではヘンゲの特徴を持っているとする。

また、日本のSF映画の傑作である「ゴジラ」もいわば怨霊を描いたものであり、荒俣によると、ある勢力が権力と和解したか否かでその後の扱いがわかれるという。例えば、鴨氏は元々は奈良の葛城の豪族であり、京都に出て賀茂神社に祀られるようになるが、一方で、土蜘蛛は和解しなかったがために滅ぼされ、化け物になっている。出自自体は大して違わないのに、現在の扱いは180度違う面白さがあると述べた。

また、日本を代表する怨霊として平将門と菅原道真がおり、平将門については荒俣はもう『帝都物語』で書いた。そこで、角川は菅原道真の怨霊を題材にした小説を荒俣に書くように勧めるが、荒俣は「書いてもいいのですが、自分はもう2、3年しか生きられないと思っているので」他のことに時間を使いたいという希望があるそうである。



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2018年9月23日 (日)

コンサートの記(427) 愛知県立芸術大学レクチャーコンサート「ブレヒト・詩と音楽の夕べ」―ナチ時代に亡命したユダヤ系の音楽家たち―

2018年9月11日 名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールにて

午後7時から電気文化会館ザ・コンサートホールで、愛知県立芸術大学レクチャーコンサート「ブレヒト・詩と音楽の夕べ」―ナチ時代に亡命したユダヤ系の音楽家たち―を聴く。愛知県立大学音楽学部准教授の大塚直(おおつか・すなお。専門は近現代ドイツ語圏の演劇・文化史)のレクチャーで進めていく音楽会である。

20世紀ドイツを代表する劇作家・演出家であるベルトルト・ブレヒトを縦軸に、彼と仕事をしたドイツのユダヤ人作曲家の作品を中心に演目は編まれている。

演奏されるのは、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」より“海賊ジェニーの歌”と“バルバラ・ソング”、「マハゴニー市の興亡」より“アラバマ・ソング”、「ヴィナスの接吻」より“スピーク・ロウ”、パウル・デッサウの「セチュアンの善人」より“八頭目の象の歌”、「動物の歌」、ピアノ・ソナタ ヘ長調より第1楽章、ピアノによる「ゲルニカ」、ハンス・アイスラーの「マリー・ザンダースのバラード」、「小さなラジオに」、二つの悲歌「あとから生まれてくる者たちに」、ハンス・ガルのピアノのための三つの小品と無伴奏チェロのための組曲より第1曲。

電気文化会館ザ・コンサートホールに来るのは初めてである。地下鉄伏見駅の間近にあり、近くには御園座や三井住友海上しらかわホール、名古屋市美術館などの文化施設が集中している。
ステージは上から見て台形、白い壁には音響効果を高めるために起伏が設けられている。内装も響きも、最近出来た大阪工業大学・常翔ホールに似ているように思われる。


出演者は、当然ながら愛知県立芸術大学の関係者である。
レクチャー担当の大塚直は、先に書いた通り愛知県立芸術大学准教授で、名古屋大学や椙山女学園大学、名古屋市立大学の非常勤講師も務めている。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学後、ドイツ・コンスタンツ大学に留学し、帰国後に東京外国語大学大学院にて劇作家のボートー・シュトラウスに関する研究で博士号(学術)を取得。翻訳者・ドラマトゥルクとしても活躍しており、今回、無料パンフレットに挟まれた歌詞対訳も大塚が行っている。

ブレヒトが書いた詩の全てを歌うのは、愛知県立芸術大学OGのソプラノ・藤田果玲(ふじた・かれら)。愛知県立明和高校音楽科、愛知県立芸術大学音楽学部を経て、ハンブルク音楽院に学び、現在は州立シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院現代音楽科2セメスター在学中である。第16回大阪国際コンクール歌曲コースAge-Uエスポワール賞、第7回東京国際声楽コンクール歌曲奨励賞などの受賞歴がある。

ヴァイル作品でピアノ伴奏を務める家田侑佳は、愛知県立明和高校音楽科と愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。現在、同大学大学院博士前期課程鍵盤楽器領域2年在学中である。第32回日本ピアノ教育連盟ピアノオーディション東海地区で優秀賞を受賞している。

デッサウ作品でピアノソロを受け持つ野村七海は、名古屋市立菊里高校音楽科を経て愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。同大学大学院博士前期課程鍵盤楽器領域2年在学中ということで、家田侑佳と同級生である。第15回ショパン国際ピアノコンクール in Asia 大学生部門アジア大会奨励賞、第18回日本演奏家コンクール大学生の部の特別賞及び芸術賞を受賞。第9回岐阜国際音楽祭コンクール一般Ⅰの部第2位入賞も果たしている。

チェロ独奏の向井真帆。広島県に生まれ、12歳からチェロを始めている。愛知県立芸術大学音楽学部を卒業し、現在は同大学大学院博士前期課程2年に在学。第11回ベーテン音楽コンクールで全国大会第1位を獲得。第10回セシリア国際音楽コンクール室内楽部門第3位にも入っている。

全員、大学院在学中であるが、すでに華麗な経歴を誇っていることがわかる。


まず、大塚直によるレクチャー。「愛知県立芸術大学でブレヒトが取り上げられることはまずないと思いますが」と挨拶したものの、休憩時間に愛知県立芸大の関係者から指摘を受けたそうで、「実際はブレヒトもちゃんとやっているそうです」と改めていた。
一般的に、芸術大学の音楽学部や音楽大学では、「高みを目指す」崇高な音楽が追究されることが多いのだが、ブレヒトや今日取り上げられる作曲家は、労働者階級などにも「拡げる」音楽を指向していたことを語る。


「三文オペラ」。ブレヒトの代表作である。ジョン・ゲイの「ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)」を元に練り上げられており、「マック・ザ・ナイフ」はジャズのスタンダードナンバーにもなっている。
私自身が「三文オペラ」に最初に触れたのはCDにおいてである。ロンドン=DECCAから発売された、ジョン・モーセリ(マウチュリー)指揮RIASベルリン・シンフォニエッタの演奏、ミルヴァ、ルネ・コロ、ウテ・レンパーほかの歌唱によるもので、高校生の時に聴いている。このCDは当時発売されたばかりで大評判になっていたものだが、高校生で理解するのは無理であった。「三文オペラ」自体は、兵庫県立芸術文化センター中ホールで白井晃演出のものを、今はなき大阪厚生年金会館芸術ホールで宮本亜門演出のものを観ている。「ベガーズ・オペラ」も梅田芸術劇場メインホールでジョン・ケアード演出のものを観ている。
「三文オペラ」の名盤とされていたのは、クルト・ヴァイル夫人でもあったロッテ・レーニャが娼婦ジェニーを務めたものだが、これは録音後50年が経過したために著作権フリーとなっており、オペラ対訳プロジェクトの音源となってYouTubeで視聴することが出来る。

まず「海賊ジェニーの歌」。赤いドレス姿の藤田果玲は、銀色のハイヒールを手に持って登場。ドイツ語のセリフをつぶやき、ハイヒールを床に落としてから履き、ステージの中央へと歩み出る。
かなり良い歌唱である。他の演奏者も全員良い出来で、学部ではなく大学院レベルにおいてであるが、愛知県立芸術大学のレベルはかなり高いことがうかがわれる。
「海賊ジェニーの歌」は、娼婦のジェニーの夢想を歌ったものだが、破壊願望がかなり強く出ている。自分をこき使う男達が、最後は海賊に皆殺しにされるという内容である。

京都造形芸術大学在学中の2003年に、アメリカの演劇人であるジョン・ジェスランの作・演出で行われた授業公演の「バルド」で「海賊ジェニーの歌」の一部が使われていた。映画館内でカップルが「海賊ジェニーの歌」をデュエットするというあり得ない状況が描かれたのだが、劇自体が非現実性を狙ったものであった。曲の正体を知っていたのは間違いなく私だけだったと思われる。

おなじく「三文オペラ」から“バルバラ・ソング”。貞淑な乙女と思わせつつ実は、という内容の歌詞を持つ。「三文オペラ」のヒロインであるポリーのナンバーだが、白井晃演出の「三文オペラ」では実はポリーを演じていたのは篠原ともえ、ということでかなり異化効果が効いていた。

オペラ「マハゴニー市の興亡」より“アラバマ・ソング”。本能そのままというべきか、もはや中毒症の領域に達している欲望を歌っている。
そして「ヴィナスの接吻」より“スピーク・ロウ”は一転してメロウなナンバーであり、ヴァイルの作風の多彩さを知ることが出来る。

クルト・ヴァイルは、ドイツ・デッサウの生まれ。ベルリン音楽大学を中退後、前衛作曲家として活躍。ナチスの台頭によってパリへ、そしてアメリカへと亡命する。渡米後はブロードウェイ・ミュージカルの作曲家としてメロディアスな作風へと転換している。


パウル・デッサウは、ハンブルクの生まれ。1909年にベルリンのクリントヴォルト=シャルヴェンカ音楽院に入学し、ヴァイオリンを専攻。その後、オペラのコレペティートアを経て指揮者としての活動も始めている。ケルン歌劇場でオットー・クレンペラーの許、カペルマイスターとして活躍し、その後はブルーノ・ワルター率いるベルリン国立歌劇場の音楽監督にもなっている。作曲家としてはディズニー映画「アリス」の音楽などを担当。1939年にパリへと亡命し、十二音音楽に取り組むようになる。1939年にアメリカに渡り、1942年にニューヨークでブレヒトと再会して、「肝っ玉おっかあとその子供たち」や「セチュアンの善人」の舞台音楽を手掛けた。戦後は東ドイツの国立演劇学校の教授などを務めている。

デッサウの「セチュアンの善人」より“八頭目の象の話”。この曲では藤田はマイクを手にして歌う。
7頭の荒くれた象と従順な1頭の象。従順な1頭の象が7頭の象をどんどん抑圧していくという内容であり、藤田もきつめのアクセントで歌う。

「セチュアンの善人」は、新国立劇場中劇場で串田和美演出の「セツアンの善人」を観ている。出演は、松たか子、岡本健一ほか。舞台上が稽古場という設定での上演であり、また出演者全員が楽器も奏でる。松たか子がアコーディオン、岡本健一がギター、串田和美は「上海バンスキング」でもお馴染みのクラリネットを担当していた。

「動物の詩」。ブレヒトが1934年に息子のシュテファンのために書いた「童謡」に収められた動物を描いた詩にデッサウがブレヒトの死後にメロディーをつけて発表したものである。皮肉や諧謔に満ちたいかにもブレヒトらしいというかユダヤの世界観にも通じる詩である。「ワシ」「ウマ」「カラス」「ワラジムシ」「ハリネズミ」の5曲。ソプラノの藤田果玲は全曲タイトルをドイツ語で読み上げてから歌う。表情豊かな旋律と歌唱である。

ピアノ・ソナタ ヘ長調より第1楽章。1947年に完成し、その後に修正を加えられた曲である。まさにロマン派と前衛の境目にあるような曲である。

ピアノによる「ゲルニカ」。ピカソの「ゲルニカ」にインスパイアされた作品である。1937年のパリ万国博覧会スペイン館に展示された「ゲルニカ」を観たデッサウはすぐさま作曲に取りかかり、翌38年に完成させている。衝撃的な冒頭は予想されるような曲調だが、後半ではミステリアスというか不穏というか、十二音技法を取り入れた静かであるが不安定な曲調が顔を覗かせる。


ハンス・アイスラーは、彼の名を冠するハンス・アイスラー音楽大学の存在によっても有名である。ライプツィッヒの生まれ。家族でウィーンに移住し、独学で音楽を学び始める。シェーンベルクに師事し、ヴェーベルンやアルバン・ベルクらと並ぶ新ウィーン学派の作曲家としてスタート。その後、シェーンベルクとは袂を分かち、ドイツ共産党に入党するなど独自路線を歩み始める。1930年からブレヒトとの共同作業を開始するが、1933年にナチスが政権を取ると亡命を選び、38年にはアメリカに移住。南カリフォルニア大学で教鞭を執り、チャップリン映画の音楽顧問なども務めるようになる。ハリウッド映画の作曲も手掛け、アカデミー賞作曲部門にノミネートされたりもしているが、赤狩りにより国外追放となり、1950年に東ドイツに戻る。その後はベルリン音楽大学の教授などを務めた。

アイスラー作品では、野村七海がピアノ伴奏を務める。

「ユダヤ人相手の娼婦、マリー・ザンダースのバラード」。1935年にニュルンベルク法が成立し、ユダヤ人と非ユダヤ人との婚姻と婚外セックスの禁止が決定する。それまでユダヤ人相手の娼婦として生きてきた女性や法律を破った者は、見せしめとして頭を丸刈りにされ、肌着一枚で首からプラカードをぶら下げられ、市中引き回しの刑に処される。
その様子を描いた曲である。かなり直接的な表現が用いられているが、物価の高騰が同列に挙げられるなど、皮肉も効いている。

「小さなラジオに」。ハリウッドでブレヒトと再会したアイスラーが作曲した歌曲である。ナチスの電撃作戦が成功している様をラジオで聞く悲しみを歌った短い歌である。ラストではピアノが不協和音を奏で、ラジオが壊れる様が描写されている。

2つの悲歌「あとから生まれてくる者たちに」。ブレヒトが自身の人生を省察するかのような詩であり、ブレヒトらしくない言葉で綴られている。生きた時代の不遇を嘆きつつ、未来とそこに生きる人たちへの希望を語っている。
まず、大塚がテキストを朗読してから歌がスタート。単純に美しい曲である。いずれも詩の内容を的確にくみ取った秀歌で、もっと知られていても良いように思う。


ハンス・ガルは、作曲家として以上に音楽学者や教育者、楽譜の校訂者として高く評価されているようである。

ウィーン郊外の村ブルンで代々医者の家系のハンガリー系ユダヤ人の子として生まれる。父がオペラ好きであり、ギムナジウムでは指揮者となるエーリヒ・クライバーと親友であったということもあって、音楽を志す。ウィーン大学で音楽学を専攻し、師であるマンディチェフスキと共にブラームス全集の校訂などを行っている。その後、マインツ音楽院の院長公募試験に合格し、1933年まで院長を務めている。この時代に多くの音楽家を見いだしており、中でもヴィルヘルム・フルトヴェングラーを高く評価していた。

ナチスが政権を奪った当時のヒトラーと間近で会ったことがあり、「こんな奴の政権が長続きするわけがない」と思ったそうだが、予想に反してナチス政権が維持されたため、ユダヤ人であるガルは公職追放となり、ウィーンで指揮者としての活動を始めるが、38年にオーストリアがドイツに併合されると、イギリス・スコットランドのエディンバラに亡命。エディンバラ大学の講師として音楽理論や対位法、作曲などを教えるようになる。音楽書『シューベルト』や『ブラームス』を著しており、ドイツ語圏では名著として知られているという。

97歳と長寿であり、80代で自作のピアノ曲を暗譜で初演するなど、晩年まで軒昂であった。「音楽は美しくなくてはならない」というのが持論であり、メロディーや調整を重視する作風を保ち続けた。

ブレヒトと一緒に仕事をしたことはないようが、同時代の劇作家であるエデン・フォン・ホルヴァートと知り合い、「行ったり来たり」という舞台作品の音楽を手掛けている。

ピアノのための3つの小品。演奏は、前半はピアノ伴奏を務めた家田侑佳が務める。前半は黒の上下であった家田はこの曲では白のドレスで演奏。ウィーンの正統的な音楽性を感じさせるピアノ曲だが、時代を反映して響きの美しさも追求されている。

ラストは、無伴奏チェロのための組曲より第1曲。
ドイツ音楽の祖であるJ・S・バッハを意識して作曲されたものであろうと思われるが、古典的な造形美よりも自由な音楽性と追求しているようにも聞こえる。


アンコールは、マレーネ・ディートリヒが歌ったことで知られる「リリー・マルレーン」が歌われる。ソプラノの藤田果玲は、ピアノに寄りかかり、本を拡げながら、歌詞に出てくる街灯の下にいるような雰囲気で歌った。

ユダヤ人の芸術家は、ナチスによって「退廃芸術」家と名付けられ、祖国を追われ、作品は発禁処分となっている。時を経て、今また、訳知り顔の「正しさ」が跳梁跋扈し、表現は制限・規制され、排除の理論が大手を振って歩くようになり、芸術は本来持っていた豊かさを奪われつつある。
ブレヒトやユダヤ人作曲家達が残した作品は、高踏的な人々が好むものでは決してなかったが、そこには未来を希求し、分け隔てのない世界を目指した「心」がある。ブレヒトが尊敬したベンヤミンは「アクチュアリティ」の重要さを唱え、20世紀ドイツ最大の詩人であるパウル・ツェランは「芸術には日付がある」として同時代的であることを追求した。100年ほど前のラジカルではあるが、それは常に「今」を照射している。

良質のコンサートであり、気分が良いので地下鉄に揺られようという気分にならず、伏見から名古屋駅まで歩く。



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2018年9月22日 (土)

これまでに観た映画より(107) 「ラスト、コーション」

DVDで、米・中・台湾・香港合作映画「ラスト、コーション」を観る。アン・リー監督作品。トニー・レオン&湯唯:主演。

日中戦争の時代を舞台としたサスペンス映画である。香港に渡り、嶺南大学の学生となった王佳芝(湯唯)は、学生劇団に参加。劇団仲間は日本の手下である易という男(トニー・レオン)が、香港に来ていることを知り、易殺害の計画を練る。王佳芝も易殺害のために協力するのだが……。
激しいラブシーンが話題になったが、想像以上に激しい。中国の俳優がこういったシーンをやるのは少し前まで考えられなかったことだ。

最後の30分ほどにサスペンスシーンは凝縮されており、それまでの展開は慎重に慎重を重ねているためジリジリとしたもので、ここで飽きる人は飽きてしまうかも知れない。ただ展開が遅い分、ラスト30分が生きているともいえる。
サスペンスとしての出来は必ずしも良いものではないかも知れないが、映画としては一級品。見終わった後に不思議な印象の残る映画であった。

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コンサートの記(426) 吉田裕史指揮ボローニャフィルハーモニー管弦楽団特別演奏会@京都コンサートホール2018

2018年9月10日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールでボローニャフィルハーモニー管弦楽団の特別演奏会を聴く。指揮はボローニャフィルハーモニー管弦楽団芸術監督の吉田裕史(ひろふみ)。

北海道生まれ、千葉県育ちの吉田裕史。市川市にある千葉県立国府台高校を卒業後、東京音楽大学と同研究科で指揮を広上淳一らに師事し、ウィーン国立大学のマスターコースではハンス・グラーフらに師事してディプロマを取得。イタリア・シエナのキジアーナ音楽院でも学んでいる。ドイツやスウェーデンの歌劇場でも研鑽を積んでいるが、21世紀に入ってからはイタリアの歌劇場を中心とした活動を続けている。

昨年も同じ時期に京都コンサートホールでの演奏会を吉田の指揮で行っているボローニャフィルハーモニー管弦楽団。ボローニャ市立歌劇場管弦楽団のメンバーから構成されている。現在、名古屋城本丸天守前での「トスカ」野外上演を行っており、上演の合間を縫って京都にやって来ている。京都へは名鉄バスに乗って移動して来たようだ。

明治150年と京都府庁開庁150年を記念した演奏会。曲目は、第1部がオール・ロッシーニ・プログラムで、「泥棒かささぎ」序曲、「絹のはしご」序曲、「マティルデ・ディ・シャブラン」序曲、「ウィリアム・テル」序曲、第2部がプッチーニのオペラ「トスカ」ハイライトである。

ドイツ式の現代配置での演奏。ボローニャフィルは昨年もコンサートの前半にオーケストラ曲を演奏しているが、アンサンブルの精度や魅力は今ひとつであった。
今回も「泥棒かささぎ」序曲の冒頭ではスケールが小さいように感じられたが、徐々に調子を上げていく。管楽器はソロの技術が高い。ただユニゾンやハーモニーになると何故か雑になってしまう。イタリア人には個人プレーの方が合っているのかも知れない。弦の上品さと管の抜けの良さは昨年の演奏では聴けなかったもので、やはりボローニャ出身であるロッシーニの楽曲には思い入れがあるのであろう。
「マティルデ・ディ・シャブラン」序曲は聴き慣れない曲だが、吉田の発言によると、今回がおそらく日本初演になるだろうとのことだった。

第2部のオペラ「トスカ」ハイライト。現在、名古屋で上演を続けているということもあってか、第1部とは音への敏感さや反応が違う。しなやかに歌い、情熱的に盛り上がる。オペラの序曲よりもオペラ本編の演奏の方を何倍も得意としているようだ。

まず、ソプラノのアマリッリ・ニッツァとバリトンのジョヴァンニ・メオーニによるデュオ「マリオ、マリオ、マリオ」。ステージ前方で演技をつけながら歌う。
京都コンサートホールの特性なのか、ソプラノの張り上げた声は余り響かない。ピアニシモは通るのだが、オペラ的発声には向いていないようである。

テノールのカルロ・ヴェントレの独唱による「テ・デウム」。ヴェントレは南米ウルグアイ出身で、新国立劇場オペラの常連でもあるそうだ。良い歌い手である。

アマリッリ・ニッツァの独唱による「歌に生き愛に行き」。やや線の細さはあるが、透明感のある安定した歌声で聴かせる。

ジョヴァンニ・メオーニ独唱による「星は光ぬ」。ドラマティックで熱のこもった歌声であり、「見事」であった。

演奏終了後に、吉田がマイクを片手に登場。「イタリアではアンコールをやるかどうかを最初から決めているわけではないんです。お客さんの反応が良かった時だけ、アンコールを、BISというのですが、それでは」「恐ろしく美しい曲、天国的に美しい曲です。おそらく日本初演になると思います。マルトゥッチという作曲家の『夜曲』という曲を」
マルトゥッチの「夜曲」は叙情的且つ繊細な作風で、秋の空のような高雅さを持っている。演奏も匂うような上品さを保っていた。

ラストは、ボローニャ出身のロッシーニの曲をボローニャ出身のレスピーギが編曲したという「風変わりな店」より“タランテラ”。吉田は演奏前に「浅田真央ちゃんが使って有名になった曲」と事前に説明を行う。イタリアの情熱的な舞曲を指す言葉である「タランテラ」(毒蜘蛛のタランチュラと語源が一緒である)。イタリア南部の熱気が溢れ出すような曲と演奏であった。

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2018年9月21日 (金)

スタジアムにて(5) J1 京都サンガ対ヴィッセル神戸@西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場 2009.3.8

2009年3月8日 西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場にて観戦

J1、京都サンガの開幕戦、西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場での対ヴィッセル神戸戦を観るために出かける。

今年から西京極では、トラックのすぐ後ろに仮設スタンドを設けた「エキサイティングシート」というものが発売される。ものは試しと買ってみた。

午後2時キックオフだが、その10分前に、マラソンなどの際に、トラックからスタジアムの外に出るゲートから入場する。メインスタンドの前、各チームのベンチの横、ゴール寄りに、1つ63席の仮設スタンドがある。私が座ったのは、サンガのベンチサイドの方。ヴィッセルベンチサイドにも仮設スタンドがある。両方合わせて、120人ちょっとが座ることが出来ることになる。

さて、名前通りエキサイト出来る席かというと、やはりピッチと同じ視線で観る訳なので、混戦になると選手達の陰になってボールがどこにあるのか良く見えなくなったりする。また、ファーサイドはやはり遠い。距離的にも遠いが、仮設スタンドが低いので、ピッチを俯瞰で観ることが出来ず、余計に遠く感じるのである。ウォーミングアップする控え選手を間近で観られたり、ピッチの芝の匂いが感じられたりとプラスの材料も多いのだが、コストパフォーマンスに合っているかというと、正直、疑問である。

さて、試合であるが、前半36分に、サンガの渡邉大剛が、ゴールを決めて、1-0。
後半は、サンガの陣地で、ヴィッセルの選手が攻め続ける時間が長くなるが、サンガは敢えて攻めさせているようなところがあり、時々仕掛けるカウンターなどで、京都の方が決定的なチャンスは多かった。しかし、ボールはゴールの枠に飛ばず、或いはキーパーの正面を突く。

今日はスタメンではなかった柳沢敦が後半途中から加入し(柳沢やシジクレイといった、今日はベンチスタートの有名選手が私が座った仮設スタンドのすぐそばでウォームアップをしており、秋田豊コーチが、「ヤナギ、アップ」と指示したり、出番の時に「ヤナギ」と声をかけるのを間近で見られるなど、これはエキサイティングシートならではの特典であった)、追加点を狙ったサンガだがそれは叶わず。だが、1-0でサンガが勝った。

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2018年9月20日 (木)

スタジアムにて(4) WBC強化試合 日本対オーストラリア2009@京セラドーム大阪

2009年2月25日 京セラドーム大阪にて観戦

午後6時プレーボールの、WBC(ワールドベースボールクラシック)強化試合、日本対オーストラリアの試合を観に、京セラドーム大阪まで出かける。
イチロー、松坂、岩村、城島、福留といった、日本の公式戦での生のプレーを観ることの出来ないメジャーリーガー達も参戦とあって、京セラドーム大阪は満員の盛況。

侍JAPANこと日本代表の先発は松坂大輔。
昨日の先発ダルビッシュ有同様、調子は今一つ。2回裏に相手の9番打者にツーベースを打たれ、相手に2点を献上する。それまでにもアウトにはなったがヒット性の当たりをいくつも打たれていた。ということで、松坂は、2回途中、2失点で降板。
日本投手陣の2番手は杉内。ストレートのMAXは140キロちょっとだが、コントロールが抜群で、オーストラリア打線から次々に三振を奪う。

相手のオーストラリアは、主力の半分はアメリカで合宿中ということで、日本にいるのは1.5軍。ということもあってか、守備では凡ミスが次々に起こる。強化試合のために役立つ相手だったのかどうか。
先制された日本であるが、続く3回の表に、中島の四球とイチローの一塁強襲安打(となったが、実際は相手のファーストのエラーだろう)と、バックアップに入っていた相手キャッチャーのボーンヘッドもあって、中島、イチローともに次の塁を奪い、4番稲葉の内野ゴロの間に中島が生還。さらに5番村田の打球に相手がエラーをして、三塁にいたイチローもホームに帰り、同点となる。

オーストラリアの二番手投手は、ブラッシングトン。ゆっくりしたボールが打者の手元で変化するのが遠くから観ていてもわかる。ナックルボーラーのようだ。しかし、ナックルボールも侍ジャパン打線には通用せず。ランナー2人を置いて、青木宣親がスリーベースヒットを放ち、日本、逆転。青木は三塁に滑り込んだ際に足を負傷したようである。

その後も日本は着々と得点を重ね、オーストラリアは着々とエラーを重ねる。結果は、11-2で日本の圧勝。1.5軍相手なので、圧勝しないと体裁が悪いだろう。

先発の松坂は不調だったが、杉内、内海、渡辺俊介、山口鉄也、涌井、藤川球児というリリーフ陣が相手打線を封じ込めた。豪華な継投が楽しめた。

ちなみに日本投手陣のMAXは、松坂大輔と藤川球児が出した148キロであったが、同じ148キロでも、ボールが飛んでいくような松坂の速球に対して、藤川の速球は糸を引くような、球の軌跡が残像となるような独特のものであった。藤川のようなストレートを投げるピッチャーと対戦しなければならないバッターは嫌だろうなと思う。

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コンサートの記(425) 広上淳一指揮 第4回・京都市ジュニアオーケストラコンサート

2009年2月1日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、第4回京都市ジュニアオーケストラコンサートを聴く。指揮・スーパーバイザー:広上淳一。
京都市ジュニアオーケストラは10歳から22歳までのメンバーによる若いオーケストラ(今回の出演者の最年少は13歳であった)。楽器が出来ることが入団の条件であり、音楽を専攻している若者だけではないとのことである。弦楽パートには京都市交響楽団の団員も加わっての演奏。

プログラムは、シャブリエの狂詩曲「スペイン」、グノーの「ファウスト」からのバレエ音楽、ベートーヴェンの交響曲第7番。

青少年のオーケストラということもあって、パワー不足は感じられたが、音は磨かれていて美しい。

狂詩曲「スペイン」では広上が普通は強調しないところを強調していたり、「ファウスト」からのバレエ音楽では指揮台狭しとばかりに動き回っていたり、例によって個性的な演奏を指揮姿で魅せる。狂詩曲「スペイン」では金管に肺活量の問題を感じたが、「ファウスト」からのバレエ音楽も含めて、弦楽パートはかなり充実している。音の厚みはないが、響きの美しさは相当なハイレベルである。

ベートーヴェンの交響曲第7番。リズムを重視して書かれたこの曲のリズムを広上は徹底して追求。普通の演奏なら流してしまうところも広上はじっくりと音を刻んでいく。京都市ジュニアオーケストラのメンバーが若いためか、音が明るく、溌剌としている。そのため、渋さには欠けるが、躍動感溢れる演奏になった。広上は楽譜に指定された反復を全て履行していたようで、長めの演奏になったが、聴き応えがあった。やはり広上のベートーヴェンは良い。

アンコールでは、京都市ジュニアオーケストラの合奏指導に当たった、京都市立芸術大学の秋山愛美さん(指揮科4回生)と、粟辻聡さん(指揮科2回生)が登場。広上と三人で、ブラームスのハンガリー舞曲第5番を演奏する。粟辻→秋山→広上の順に指揮台に上がる。
秋山さんの指揮は、実は3年前に京都市北文化会館の京都市立芸術大学の演奏会で接したことがある。その時と今と指揮姿はほとんど変わっていない。手先を動かしてオーケストラを整える感じ。まあ、そう簡単に進歩はしないわな。

広上の指揮になると、オーケストラの音の合間から突如として熱いものが噴き出すのがわかる。あれは一体何なのだろう。いつも不思議に思うのだが、指揮者の力というのは目に見えない部分の方が大きい。その力の正体は指揮者本人でもわからないようだ。色々な指揮者のインタビューを読んでもそう感じる。

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観劇感想精選(255) 劇団京芸 「進め! ウルトラ整備隊」

2009年1月30日 伏見区納所の京芸DDシアターにて観劇

京都市の南端である伏見区納所にある京芸DDシアターで、劇団京芸の公演「進め! ウルトラ整備隊」を観る。石沢克宜:作、河口琢磨:演出。
富士山麓、青木ヶ原の樹海の中に作られた地球防衛軍極東基地、ウルトラ警備隊の事務所が舞台。このウルトラ警備隊というのが、天下り先や防衛費削減のために設けられた部署であり、宇宙からの攻撃に備えるという名目はあるが、当然ながら仕事は全くない。世間からは「ウルトラ整備隊」などと陰口をたたかれていた。
そんなある日、ウルトラ警備隊の事務所に、「自分は宇宙人だ」と名乗る男が現れて……。

ちょっと風変わりなファンタジー、いやファンタジーとリアルの中間に立ったような独特のテイストを持った芝居。
京芸DDシアターは新劇の劇団である劇団京芸の稽古場であり、キャパは狭い。新劇のハキハキした発声法は、このキャパには不向きに感じたが、劇自体は面白かった。
自らを宇宙人だという老人、山本コウタロウ(劇団京芸の代表である藤沢薫が演じた)のキャラ設定が絶妙のスパイスになっていたと思う。

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2018年9月19日 (水)

これまでに観た映画より(106) 薬師丸ひろ子主演「里見八犬伝」

DVDで映画「里見八犬伝」を観る。曲亭馬琴の戯作「南総里見八犬伝」ではなく、それをモチーフにした鎌田敏夫の小説「新・里見八犬伝」の映画化。深作欣二監督作品。主演:薬師丸ひろ子、真田広之。出演は、千葉真一、京本政樹、志保美悦子、寺田農、夏木マリ、萩原流行、目黒祐樹ほか。

1983年の作品。私が小学生の頃に、一度テレビで放送されたのを観た記憶があるが、観るのはそれ以来である。

いかにも一昔前のアクション時代劇という趣であるが、脚本も鎌田敏夫が担当しているということもあり、活劇としては結構面白い。深作欣二の演出も冴えており、エンターテイメントとしてのクオリティも高い。

観る前は、そう期待していなかったのだが、映像の古さはともかくとして、娯楽作品としては今でも通用する水準に達しているのではないだろか。

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2018年9月17日 (月)

スタジアムにて(3) オリックス・バファローズ対千葉ロッテマリーンス@わかさスタジアム京都 2018.5.27

2018年5月27日 西京極・わかさスタジアム京都にて

西京極にあるわかさスタジアム京都で、オリックス・バファローズ対千葉ロッテマリーンズの公式戦を見る。
午後2時プレーボールであるが、わかさスタジアム京都は正午開場であり、私も12時半頃に行って、特設のショップを見て回ったりする。今日は気温が高く、日差しもきつくなるので、日射病および熱中症予防のために帽子があった方が良いのだが、私が持っているのは東京ヤクルトスワローズのレプリカキャップと優勝記念キャップのみ。千葉市出身なので千葉ロッテマリーンズを応援するのだが、3塁側ベンチに一人だけスワローズの帽子をかぶった人がいたら何だと思われる。そこでマリーンズのレプリカキャップを初めて買う。スワローズのレプリカキャップも手掛けているマジェスティック製品であるため、馴れたかぶり心地である。以前のマリーンズの帽子は黒字にMの白抜きというシンプルなものだったが、今はMに赤の縁取りがあり、少し凝ったデザインになっている。

オリックス・バファローズは、先日、ほっともっとフィールド神戸で、バファローズの試合と日本女子プロ野球のダブルヘッダーを行ったが、今日も日本女子プロ野球・京都フローラの選手がキャンペーンで球場に着ていて、オリジナルグッズの宣伝や記念撮影などを行っていた。

大分の唐揚げなどを食べて、両チームの練習を見る。今日は阪急デーということで、オリックス・バファローズの選手は往年の阪急ブレーブスのビジター復刻ユニフォームを着て試合に臨む。

KBS京都のアナウンサーで、スポーツ番組「京スポ」の司会を務める海平和(うみひら・なごみ)アナウンサーが進行役として登場し、試合前のセレモニーが行われる。今日は始球式が3回も行われる。

まずは、阪急ブレーブス黄金期のサブマリンエース、山田久志が登場。スタンドが沸く。山田は左足を上げたまま上半身を屈めるという往年のままの美しいフォームを披露。体を更に下げるのはもう難しいのか、アンダースローではなくサイドスローからの始球式になったが、年齢を感じさせないキレのある球を投げて、客席から歓声が上がった。

続いて、日本女子プロ野球・京都フローラの若手である古谷恵菜(ふるや・めぐな)投手による始球式。飛躍が期待される古谷。勢いのあるボールを投げ込んで、スタンドから拍手が起こる。

最後は、オリックスの選手が守備に着いてから、京都府宇治市出身の女優・タレントの中村静香による始球式がある。中村静香はアラサーの女性タレントとしてはメジャーな方だが、私の周りからは「誰?」という声が複数上がった。考えてみれば中村静香がバラエティー番組に出演している時間にマリーンズファンは千葉の人はチバテレビで、その他の人はCSでマリーンズの試合をテレビ観戦しているわけで、見たことがなかったとしても不思議ではない。
中村はキャッチャーのサインに首を振るというパフォーマンスも行い、山なりではあったがキャッチャーのミットにそのまま飛び込むボールを投げ込んだ。


今日のバファローズの先発は、ゴールデンルーキーの田嶋大樹。佐野日大高校、JR東日本を経て昨年のドラフト1位で入団した左腕。今季ルーキー初勝利を挙げ、ここまで5勝と新人王有力候補である。

マリーンズの先発は、こちらも左腕の土肥星也(どひ・せいや)。2年目であるが一軍では未勝利である。

田嶋と土肥のピッチングスタイルは対照的。田嶋がMAX148キロのストレートで押すのに対して、土肥はMAXで140キロもストレートは大体130キロ台。テイクバックの小さな独特のフォームから繰り出される変化球を中心に組み立てる。

試合は初回にオリックスの吉田正尚(まさたか)がライトへのツーランホームランを放つが、オリックスはその後、土肥からヒットすら奪えなくなる。

4回表、マリーンズは先頭の4番・角中がヒットで出ると、続くドミンゲスがレフト最上段へのツーランアーチを架け、マリーンズが同点に追いつく。

その後は膠着状態となる。

8回裏、千葉ロッテは、土肥、田中、大谷に次ぐ4番手投手としてシェッパーズを送り込むが、ツーアウトを取ったところでシェッパーズが突如制球を乱し、二者連続でフォアボールを与える。続くバッターは吉田正尚。吉田はセンターに抜けるタイムリーを放ち、これが決勝打となった。吉田は今日のバファローズの得点3点を一人で挙げる活躍である。

9回表は増井が締め、3-2でオリックス・バファローズが千葉ロッテマリーンズを下した。なお、7安打をマークしたマリーンズに対してバファローズはわずか3安打で3点を奪っての勝利で、効率が良い。

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2018年9月16日 (日)

コンサートの記(424) 広上淳一指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2018 「Bravo!オーケストラ」第2回“オーケストラ・スペクタクル”

2018年9月9日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2018 「Bravo!オーケストラ」第2回“オーケストラ・スペクタクル”を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。広上は約1週間の間に3回京都市交響楽団の本番をこなすことになる。
ナビゲーターはロザンの二人。

午後1時半頃に京都コンサートホールの前に着いたのだが、楽屋口で京響シニアマネージャーの柴田さんが腕をグルグル回してタクシーを誘導しているのが眼に入る。タクシーからはロザンの二人が降りてきた。

曲目は、ワーグナーの歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」(「G線上のアリア」)、ビゼーの「アルルの女」からメヌエット、グリーグの「ペール・ギュント」組曲第1番から“山の魔王の宮殿にて”、ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」(1919年版)から“カッチェイ王の魔の踊り”、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノ独奏:トーマス・エンコ)、チャイコフスキーの交響曲第4番から第4楽章。

今日のコンサートマスターは、客演の寺田史人(てらだ・ふみひと)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。

ワーグナーの歌劇「ローエングリン」から第3幕への前奏曲。ラストに「結婚行進曲」が加わる版での演奏である。
しなやかな弦楽と煌びやかな金管が印象的な演奏である。

広上は演奏が終わると、早速、ロザンの二人をステージ上に招き入れる。予定だと、もう少し経ってからロザンを呼ぶはずだったようだが、広上は、「一人じゃ寂しかったから」と語っていた。

この曲では金管が活躍するということで、広上は金管楽器の紹介を行う。「実は秘密がある」ということで、金管楽器はマウスピースを使うと語り、まずはマウスピースだけで鳴らして貰う。広上は、「ガッキーちゃん、鳴らしてみて」とホルン首席奏者の垣本昌芳に指示。広上は垣本のことを「京響のガッキーちゃん」と紹介する。続いて、トランペットの稲垣路子がマウスピースを鳴らす。広上は稲垣のことを「稲ちゃん」と呼ぶ。菅ちゃんは、「ガッキーちゃんよりいい音がする」とボケる。
ちなみに広上は、トロンボーン首席の岡本哲を「哲ちゃん」、テューバの武貞茂夫のことは「武ちゃん」と呼んでいるようである。

J・S・バッハの管弦楽組曲第3番から「アリア」。京響はこの曲を追悼曲として良く用いている。
ピリオド・アプローチを意識しており、すっきりとした音像の中に多彩な色合いが息づいている。

弦楽器の紹介。客演コンサートマスターの寺田史人は白髪であるため、菅ちゃんが「色々ご苦労が」と言う。広上が、「菅ちゃん、僕(髪)全部抜けちゃった」とボケたところ菅ちゃんが大笑いしたため、「受けすぎ!」と広上は突っ込む。
菅 「広上さん、今日テンション高いですね。ひょっとしてお酒召し上がってます?」
広上 「いや、飲んでませんが、今週はずっとここにいるもので」

弦楽器は楽器が大きくなればなるほど、弓は反比例して短くなるということも語られる。広上は、コントラバス首席の黒ちゃんこと黒川冬貴に「コントラバスは他の弦楽器と少し違うそうですが」と聞く。黒川は横にいた副首席奏者の石丸美佳に聞きつつ答えるが、最終的にはjuviちゃんこと出原修司が「ヴィオール属といって種族が違う」と答える。コントラバスは他の弦楽器より歴史が長いそうだが、広上の「いつ頃からあるの?」という問いに出原は、「ずっと昔から」と答えて、宇治原に「またずいぶんざっくりとした答えですね」と言われる。
広上は、「弦楽器奏者は、無理にと言われればですが、全ての弦楽器を演奏することが出来ます」と言うが、
宇治原「皆さん、首振ってはります」
菅 「ヴァイオリンの方々、『無理、無理』言ってはりました」

ビゼーの「アルルの女」第2組曲よりメヌエット。ハープとフルートが活躍する曲である。広上が「菅ちゃん、ハープ奏者というとどういうイメージ?」と聞く。菅が「人魚が弾いているような」と答える。
広上 「美人が弾いているイメージ?」
菅 「そうですね」
広上 「では京響の美人を紹介しましょう」
ということで、3人でステージ下手奥にいるハープ奏者の松村衣里のところへと歩いて行く。ステージを擂り鉢状にしているので、階段を上る必要がある。
松村によるとハープの弦は47本あり(日本の都道府県の数と一緒なので覚えやすい数字である)、半音は足で7つのペダルを踏んで出すために結構忙しいそうだ。広上は、「一見、優雅に見えても、あれです白鳥と一緒です」と語る。「白鳥は優雅に見えても水面下では必死で足を動かしている」というのはよく言われることであるが、実はあれは真っ赤な嘘である。白鳥はごく自然に浮いていて、足を動かすのは方向転換する時だけである。そもそも水鳥なので、必死で足を動かさないと浮いていられないというのでは、体の構造に欠陥ありということになってしまう。

フルート首席奏者の上野博昭にも話を聞く。フルートは現在では金属製のものを用いることが多いが、元々は木で作られていたため、木管楽器に分類される。
涼やかで通りの良いフルートの音色と、温かみに満ちたハープの音色の対比が心地よい。

グリーグの「ペール・ギュント」より“山の魔王の宮殿にて”。冒頭でファゴットが活躍するため、木管楽器の紹介が行われる。ファゴットは木管楽器の中で一番高値段が張るということである。菅ちゃんはファゴットについて「格好いいですね」というが、「なんど数ある楽器の中でファゴットをやろうと思われたんでしょうね?」と疑問も投げかける。ファゴット首席の中野ちゃんこと中野陽一郎は、純粋にファゴットが格好いいから始めたようだが、吹奏楽部などでは花形であるフルートやクラリネット、トランペットの選抜に落ちたから他の楽器に回るというのはよくあることである。
フルートを除く木管楽器はリードという芦を削ったものを用いるのだが、全て自分で削ったものを用いる。オーボエ首席の髙山郁子(広上は「郁ちゃん」と呼んでいるようだ)によると、1回のコンサートで用いるだけでリード1つが駄目になってしまうそうだ。ファゴットもオーボエほどではないが、リードを替える必要がある。
菅ちゃんが、客席に「ファゴットやってるぞ、という方」と聞く。3階席下手に座っていた高校生の集団の中の女の子が一人、手を挙げる。
菅ちゃんは、「ただでさえ楽器高いのに、リード代もかかる。止めるなら今のうちですよ」とボケていた。

造形がきちんと決まり、迫力、推進力ともに十分な演奏である。

ストラヴィンスキーの「火の鳥」から“カッチェイ王の魔の踊り”。打楽器奏者達が紹介される。広上は「打楽器奏者は打楽器は何でも出来る。例えばティンパニと大太鼓が入れ代わっても問題ない」と言うが、宇治原は「大太鼓の方、首かしげてますよ」

ストラヴィンスキーらしい鮮烈さを前に出しているが、端正さも同時に兼ね備えた演奏。迫力にも欠けていない。

ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。ピアノ独奏のトーマス・エンコは、1988年、パリ生まれのピアニスト。音楽一家の出身で、3歳でヴァイオリンを始め、6歳でクラシックとジャズのピアノも習い始める。同じ時期には作曲も始めており、「ラプソディ・イン・ブルー」の演奏に必要なインプロヴィゼーション(インプロ。即興演奏)も得意としているようである。

演奏前に広上とロザンのトーク。広上はエンコについて「男前でしょ?」と聞き、宇治原は「楽屋で会ったんですけど、イケメンですね」と述べていた。

エンコのピアノはフランス人らしく無駄を減らしたタイトなものである。ピアノの微細な音色の変化も聞きものだ。

ガーシュウィンとチャイコフスキーの間に場面転換があるため、広上とロザンは再び下手の段上に上がってトークを行う。トーマス・エンコも広上に呼ばれて、広上とロザンの間でトークに加わる。
エンコがフランス出身ということで、菅ちゃんは、「I like エビアン」とボケる。
広上に日本の印象を聞かれたエンコは、「I love Japan」と英語で答えた後で、「日本はとても好きです」と流暢な日本語で話して、ロザンの二人を驚かせる。
京都の印象を広上に聞かれたエンコは、「京都はフェイバリットなプレースで、ウォークやサイクリングで観光をエンジョイしている」と答えていた。
菅ちゃんが、「Do you like ロザン?」とボケ、広上は、「He is very famous comedian in Japan」と紹介していた。

チャイコフスキーの交響曲第4番より第4楽章。広上と京響は丁度一週間前に大阪のザ・シンフォニーホールで全曲を演奏しており、チャイコフスキーの狂気をあぶり出すような解釈によるものであったのだが、今日は第4楽章だけということもあって大阪の時とは大分印象が異なる。弦はロシアものに最適なヒンヤリとした透明な音を出しており、管の煌びやかで抜けが良い。美的なフォルムを優先させたような演奏であった。

演奏終了後、菅ちゃんは例によって右手を掲げながら登場。宇治原に、「いや、あなたのおかげじゃない!」と突っ込まれていた。

アンコールとしてルロイ・アンダーソンの「忘れられた夢」が演奏される。イノセントでチャーミングな小品。オーケストラの中のピアノが活躍する曲で、演奏終了後に、ピアノの沼光絵理佳は単独で拍手を受けた。

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2018年9月15日 (土)

コンサートの記(423) 吉田裕史指揮ボローニャフィルハーモニー管弦楽団特別演奏会2017@京都コンサートホール

2017年9月8日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、Kyoto Opera Festival 2017 ボローニャフィルハーモニー管弦楽団特別演奏会を聴く。指揮はボローニャフィルハーモニー管弦楽団芸術監督およびボローニャ歌劇場首席客演指揮者の吉田浩史(よしだ・ひろふみ)。

ボローニャを州都とするイタリア・エミリア・ロマーニャ州と京都府が交流を深めているそうで、今年7月に山田啓二京都府知事の親書を携えた「響の都オペラの祭典」財団一行ががエミリア・ロマーニャ州を訪問し、エミリア・ロマーニャ州知事やボローニャ工業会会長、ボローニャ大学学長らと会談したという。ということで開演前の挨拶では山田啓二知事もステージに上がり、スピーチを行った。山田知事によるとボローニャ市とエミリア・ロマーニャ州は、映画産業、自動車などの製造業、食産業が盛んで、大学都市でもあるということで京都市や京都府と共通点が多いという。
来年はエミリア・ロマーニャ州の行政・産業・大学関係者らが京都府を訪問する予定だという(後記:予定が1年延びたようである)。
私の出身地である千葉県はアメリカのウィスコンシン州と姉妹県州の関係を結んでいるが、京都府もエミリア・ロマーニャ州と姉妹関係になれれば色々な意味で嬉しい。

指揮者の吉田浩史は、1968年生まれの中堅。東京音楽大学指揮科および同研究科を修了後、ウィーン国立音楽大学マスターコースでディプロマを取得。イタリア・シエナのキジアーナ音楽院マスターコースでも学ぶ。2010年にイタリアのマントヴァ歌劇場の音楽監督に就任。2014年にボローニャフィルハーモニー管弦楽団の芸術監督となっている。ボローニャフィルとの来日では、京都国立博物館野外ステージで歌劇「道化師」を、奈良の平城宮で歌劇「トゥーランドット」を上演している。

曲目はいくつか変更になっており、第1部がヴェルディの歌劇「ナブッコ」序曲、ジョルダーノの歌劇「フェードラ」間奏曲、プッチーニの交響的前奏曲、ヴェルディの歌劇「椿姫」前奏曲、ヴェルディの歌劇「オテロ」よりバレエ音楽。第2部が「椿姫」よりハイライトとなっている。

ドイツ式の現代配置での演奏。コンサートマスターは第1部と第2部で異なる。

クラシック音楽の祖国であり、多くの名指揮者、演奏家、歌手を生んできたイタリアであるが、ことオーケストラとなると「名門オーケストラはあるが一流オーケストラは存在しない」という状態。ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団やミラノ・スカラ座管弦楽団(スカラ・フィルハーモニー管弦楽団)は紛う事なき名門であるが、世界的な一流団体と認識する人はほとんどいないと思われる。
いい加減な人が多いことで知られるイタリア人が大人数での合奏を得意としないというのは、いかにもありそうな話ではある。

ボローニャフィルハーモニー管弦楽団も第1部では実力不足を露呈。弦には独特の艶があるが厚みや輝きに欠けており、管は粗さが目立つ。
吉田はボローニャフィルに細やかな指示を出すが、少なくとも「上手く応えれた」とは言えないと思う。

第2部の「椿姫」ハイライトには、歌手3人が出演。登場順にソプラノのヌンツィア・デファルコ、バリトンのヴィットリオ・プラート、テノールのマッティオ・ファルチエであるが、ヌンツィア・デファルコは声が余り通らず、オーケストラに埋もれてしまったりする。ホールの響きが影響したのかと思われたが、バリトンのプラート、テノールのファルチエの声量に不足は感じられなかったため、単純に声量が足りなかったのかも知れない。京都コンサートホールはステージ上での音響がかなり良いといわれているため抑えたのかも知れないが真相は不明である。
ボローニャフィルはボローニャ市立歌劇場管弦楽団を母体としているが、手慣れたオペラ伴奏だからか、あるいはコンサートマスターが変わったからか、第1部に比べるとはるかに生き生きとした演奏を展開。チェロを始めとする弦のエッジがキリリと立つ。ピッチカートは精度不足で団子になって聞こえたりしていたけれども。

プログラムに入っていなかった「乾杯の歌」がアンコールで演奏された。

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2018年9月14日 (金)

コンサートの記(422) オムロン・パイプオルガンコンサートシリーズ vol.62「オルガニスト・エトワール」 大木麻理

2018年9月8日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、オムロン・パイプオルガンコンサートシリーズvol.62「オルガニスト・エトワール」を聴く。出演は、ミューザ川崎コンサートホールのオルガニストである大木麻理。

年2、3回のペースで行われているオムロン・パイプオルガンコンサートシリーズであるが、これまで先約があったりで参加出来ず、ようやくの初参戦となる。チケット料金1000円均一、全席自由ということもあり、人気のオムロン・パイプオルガンシリーズ。今回の奏者である大木麻理は、静岡市出身で、東京藝術大学と同大学院修士課程を修了、第34回日本オルガニスト協会新人演奏会や芸大モーニングコンサートのソリストに選ばれ、尾高忠明指揮芸大フィルハーモニーと協演している。オルガンの他にチェンバロも学んでいるようだ。芸大卒業後後、ドイツのリューベック国立音楽大学とデルモント音楽大学に留学し、国家演奏家資格を満場一致で取得している。第3回ブクステフーデ国際オルガンコンクールで優勝した他、マインツ国際オルガンコンクール第2位、第65回プラハの春国際音楽コンクールオルガン部門3位という入賞歴がある。2016年にミューザ川崎シンフォニーホールの企画オーディションで採用を勝ち取り、今年の4月より同ホールのオルガニストとなっている。
その他に、神戸女学院大学非常勤講師、彩の国さいたま芸術劇場「みんなのオルガン」講師、日本福音ルーテル市ヶ谷教会オルガニストなども務める。

今回は、大木の発案により、和太鼓との共演となる。和太鼓奏者は、大多和正樹。大多和は、1999年に千葉県文化使節団員としてアメリカ公演を行い、2006年と2007年にルーマニアのシビウ国際舞台芸術祭に出演した経験がある他、三宅裕司主宰のS.E.T公演にも参加している。2005年に千葉市芸術文化新人賞を受賞。

大木と大多和は、昨年の東京オペラシティコンサートホールで共演しており、その時に大木が大多和とのコラボレーションを申し出たということである。

曲目は、ブクステフーデの前奏曲ト短調、J・S・バッハの「トッカータとフーガ」ニ短調(大多和との共演)、同じくバッハの「イタリア協奏曲」第1楽章(クロンプ編曲)と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番よりシャコンヌ(ラントマン編曲)、ボヴェの「東京音頭」による幻想曲(大多和との共演)、松永倫士(まつなが・ともひろ)のモーツァルトの主題によるパラフレーズ、ラヴェルの「ボレロ」(ルードヴィッヒ編曲)。

今日は和太鼓との共演ということで、ステージ上にリモート装置を置いての演奏である。譜めくりやストップとペダルの操作を行うアシスタントは池田伊津美(いけだ・いづみ)が務める。
ステージ上のリモート装置で弾いていると、たまに「本物のパイプオルガンがあるのに、電子オルガンで弾いてるの?」と聞いてくる人がたまにいるそうだが、「ちゃんとパイプオルガンで弾いていますので、安心して下さい」と述べた。

まず、ブクステフーデの前奏曲ト短調。ブクステフーデは北ドイツの作曲家・オルガニストで、J・S・バッハ以前のオルガン音楽最大の巨匠と呼ばれている人物だそうである。1668年にリューベックの聖マリア教会のオルガン奏者に就任しており、若き日のバッハが、ブクステフーデのオルガン演奏を聴くために徒歩でライプツィッヒからリューベックまで徒歩で旅行したという逸話があるそうである。繰り返しの音型が多いがバロック時代によく用いられた「オスティーナ」という技法だそうだ。

演奏終了後、大木麻理はマイク片手に挨拶。台風21号により甚大な被害を受けた京都へのお見舞いなどを述べてから、ブクステフーデの紹介などを行った。

大多和正樹との共演によるバッハの「トッカータとフーガ」ニ短調。冒頭はパウゼの時に大多和が和太鼓やパーカッションを挟むというスタイルで、その後、音が重なっていく。
音圧の高いパイプオルガンと、鋭い打楽器の音を聴いていると、天地開闢の映像が頭に浮かんだが、こうしたこともバッハの偉大さとその音楽の巨大さ故のことなのであろう。

演奏が終わり、大多和が退場してから大木は「なんかコンサート終わっちゃったみたいですけど、こういう時にはバッハの力を借りようと」ということで、イタリア協奏曲の第1楽章と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番よりシャコンヌが演奏される。イタリア協奏曲はチェンバロのために書かれたもので、シャコンヌはタイトル通りヴァイオリン独奏のための音楽である。
パイプオルガンはストップという引き出しボタンのようなものを調節することで様々な音を出すことが出来る。イタリア協奏曲は軽やかな音色で、シャコンヌは重厚な音使いで演奏された。

ボヴェの「東京音頭」による幻想曲。ボヴェは、即興演奏の名手として知られるスイスのオルガニストだそうである。日本で演奏会を行った際に、日本の旋律を用いた即興演奏として繰り広げられたものだという。和太鼓入りの譜面があるそうで、今回は音符通りに演奏される。大多和は子供の頃からピアノを習っていたそうで、五線紙の楽譜が読めるそうだ。
東京ヤクルトスワローズの応援歌として、「東京ヤクルト」だの「くたばれ讀賣」だのと歌詞をつけて歌われる前奏の部分がかなり長く演奏される。幻想曲には、日本人が考えるようないわゆる「幻想的な」という意味の他に「即興的な」という意味もあるようだが、2つの側面が共に生きた楽曲と演奏だったように思う。
「京都で東京音頭を演奏するのはどうかと思いましたが、元々和太鼓が入っている曲ということで」セレクトしたそうである。

松永倫士は芸大時代の大木の同級生だそうで、モーツァルトの主題によるパラフレーズは、大木自身が松永に作曲を依頼し、2017年にミューザ川崎コンサートホールで初演を行ったものだという。モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番より第1楽章とトルコ渾身曲、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、歌劇「魔笛」序曲、交響曲第41番「ジュピター」、「レクイエム」より“ラクリモーサ”(モーツァルトの絶筆)などの旋律が鏤められている。現代音楽の作曲家なので響きは鋭さが感じられるが、モーツァルトの愛らしい旋律がそれを中和して聴きやすいものに仕上がっている。

ラストの曲目となる。ラヴェルの「ボレロ」(ルードヴィッヒ編曲)。大多和との共演である。冒頭に大多和の独奏があり、その後に大多和が原曲ではスネアが叩くボレロのリズムを叩いて共演が始まる。
パイプオルガンの音色の多彩さが生きた演奏で、後半の盛り上がりと音の威力もかなりのものである。

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2018年9月12日 (水)

春秋座「志の輔らくご」10周年・立川志の輔独演会「大河への道」―伊能忠敬物語―

2018年9月7日 京都芸術劇場春秋座にて

午後6時から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座「志の輔らくご」10周年・立川志の輔独演会「大河への道」―伊能忠敬物語―を観る。

前半と後半に分かれての公演で、前半が「バールのようなもの」、後半が「大河への道」―伊能忠敬物語―の上演である。

まず松永鉄九郎による三味線弾き語りの「三番叟」があり、続いて志の輔が登場する。

実は志の輔は明治大学の先輩なのである。彼は経営学部を卒業しているが、以前、クイズ番組の回答者としてテレビ出演した時に明治大学のサークルがゲストとして出演したことがあった。そこで志の輔が先輩として一言も求められたのだが、「明治大学は卒業論文がなくて楽ですので」と発言、こちらはテレビ向かって、「違う違う! それは経営学部だけ! 他全部ある!」と突っ込むことになった。志の輔は名門として知られる明大落研出身で、トップの高座名である紫紺亭志い朝(しこんていしいちょう)の5代目である。4代目紫紺亭志い朝が三宅裕司、6代目が渡辺正行という黄金期の在籍者なのだが、全員が経営学部出身であるため勘違いしたのだと思われる。三宅裕司も渡辺正行も演劇サークルを兼ねていたということもあり、志の輔も自然と影響を受けて演劇を志し、卒業後は劇団の研修生になる。その後、一時は広告会社のサラリーマンとなるが、30歳を目前に控えた時にラストチャンスとの思いから立川談志に弟子入りしている。
富山県出身であるが、富山県は舞台人の出所であり、現役に限っても、西村まさ彦、室井滋、柴田理恵(明治大学文学部文学科演劇学専攻卒)らが輩出している。

枕として春秋座での10周年を迎えたことを語り、春秋座が2001年オープンで17年目、春秋座が入る京都造形芸術大学も前身である京都芸術短期大学から数えて40年が経過したという話をするのだが、ベトナムでのホーチミン市での公演も毎年行っていて今年で同じく10周年を迎えたことを語り、春秋座での公演では10周年記念として造形大の学生に記念グッズを作って貰ったが、ホーチミンでは「富山出身ですよね?」ということで、全国的に有名な富山民謡「こきりこ節」の歌と踊りを富山の人達を呼んでやって貰うということになった。ホーチミン公演には駐在大使の方も夫妻で駆けつけてくれたのだが、「いやあ、私は落語を観るのは今回が初めてで」と言われたそうで、「初めて? その年で? 日本にいるとき何やってたの? 駐在大使は日本文化を広める役でしょ?」と内心思ったそうである。演目が終わった後、客席背後のドアから富山出身の謡い手踊り手が現れ、客席通路を通って舞台の上までやって来る。志の輔はそれを見て泣くほど感動したのだがそれは、「私、18まで富山に住んでいたんですが、こきりこ節見るのはその時が初めて」だったからということで、「落語を観るのは今日が初めてという方がいらっしゃっても、いっこうに問題ない」

登場人物二人の小咄で知ったかぶりをするものがあるというので、「夏はなんで暑いんだい?」「そりゃあ、冬の間、ずっとストーブを焚いてて、その熱が空に上がって、落ちてくるに連れて暑くなるんだろうよ」「じゃあ、なんで冬は寒いんだい?」「夏の間、ストーブを焚かなかったからだろうよ」などと言ってから、「バールのようなもの」に入る。品川区の宝石店でシャッターがバールのようなものでこじ開けられたというニュースを聞いた大工のはっつぁんが、ご隠居に、「ニュースの意味がわからない」といって内容を教えてくれるように言う。大工なのでバールはわかるのだが、「バールのようなもの」というのが何なのかわからないという。ご隠居は誰も見ていなかったから「ようなもの」としかいえないのだと言うが、「女のようなって女かい? 女のようなってのは男のことだろう」、「ダニのようなってダニかい?」、「ハワイのようなってハワイかい? 違うだろ、宮崎のようなところで言うんだろう」「夢のようなっていったら夢かい?」ということで、「バールのようなものはバールじゃない」という結論に達する。
ところではっつぁんは、昨夜、熊さんのところに行くと言ってバーに行き、そこでママの姪っ子でお手伝いに来ていたというナツミちゃんという女性に一目惚れ。上品で大人しくてそれでいて華があってというナツミちゃんとカラオケでデュエットをしていたのだが、そこに熊さんに連れられて旦那を探しに来た山の神にコテンパンにやられてしまったのだという。
ご隠居の話を聞いたはっつぁんは、奥さんに「あれは妾じゃない。妾のようなものだ」と、言い訳して却って火に油を注ぐ結果になるという展開である。


メインの「大河への道」―伊能忠敬物語―。上演時間約1時間半という長編創作落語である。講釈台を用いての上演。
千葉県を代表する歴史上の偉人の一人である伊能忠敬。今の山武郡九十九里町小関の名主の家に生まれている。志の輔は知っているのかどうかはわからないが、忠敬の父親は富山を拠点としていた豪族・神保氏の流れとされる。明治大学駿河台キャンパスのすぐそばにある神田神保町も神保氏の屋敷があったためにその名がある。その後、佐原(現在の香取市佐原)の豪商・伊能氏の婿養子となり、数字に抜群に強かったことから商才を発揮。名主となってからは正式に苗字を名乗ることを許可され、帯刀も許された。
50歳で隠居の後、忠敬は江戸に出て、幕府天文方の高橋至時に師事。至時は忠敬より19歳年下だったそうだが、志の輔も談志より19歳下、ということで、突然、「おう、弟子にしてくんな!」とあの濁声で言われるようなものだそうで、「自分なら断る」そうだが、忠敬は至時に「地球一周の長さを測りたい」と申し出たそうで、そのために自宅のある深川と学んでいる暦局の間を一定の歩幅で歩く訓練も繰り返す。志の輔はこの時に講釈台の上を指で歩く真似を行った。
学問と修業を重ね、55歳の時に、蝦夷地の観測に出発。子午線1度の距離を割り出し、蝦夷地南部の地図を完成させる。地図の出来に感嘆した幕府のお墨付きを得て、「御用」の文字を掲げることを許され、日本全国六十余州の観測に乗り出すことになる。その後、17年を費やして、測量を終え(北海道北部の観測は間宮林蔵に託された)、その後、病を得て程なく他界。「大日本沿海輿地全図」は本格的な作図作業に入っておらず、その姿を見ることはなかった。1818年、今から丁度200年前である。

志の輔は今から十数年前に、現在は市町村合併で香取市となっている街で公演を行っている。公演終了後、知り合いのコピーライターの運転で東京に帰ることになったのだが、「近くに小江戸として知られる佐原という街があるので寄っていかない?」と誘われ、佐原に行き、伊能忠敬記念館に入ったのだが、そこで、人工衛星がとらえた日本の映像と、忠敬の観測に基づく大日本沿海輿地全図がピタリと重なることに感動し、4年ほど費やして「大河への道」―伊能忠敬物語―を作り上げたそうだ。

大日本沿海輿地全図が完成したのは西暦1821年のこと。ここで話は、完成200周年に当たる2021年に、大河ドラマ「伊能忠敬」の放送を目指す千葉県の職員と、作家として指名した若手の加藤という男を主人公にしたものへと移る。大河ドラマは全50話。しかし、伊能忠敬の功績の大半は測量の場面であり、ドラマとしては著しく起伏に欠けたものとなってしまう。そこで測量者にジャニーズやAKBのメンバーを加えようだとか、毎回変わる風景を撮ろうだとか(「世界の車窓から」のようだとしてボツ)、その土地のグルメを紹介しようだとか(「食いしん坊万歳」と大して変わらないということでボツ)色々と手を加えようとするが、上手くいかず、遂には、大日本沿海輿地全図が完成するまで忠敬の死は極秘事項として伏されたことから、幕府天文方・高橋景保ら関係者による群像劇となるが、その場合は大河ドラマ「高橋景保」になってしまうそうで、最終的には大河ドラマ「伊能忠敬」の企画立案は断念となる。「伊能忠敬の人生はドラマに収まるほど小さなものではない」というのが決めのセリフとなった。

特別にエンドロールが流れる。2010年の初演時に作られたものだそうで、海岸沿いの断崖絶壁のそばを中空から撮影された映像が映されるが、当時はまだドローンというものは存在せず、飛行撮影家の矢野健夫がパラグライダーを使った撮影したものを使用しているそうである。ギターは高中正義のものをセレクトしたそうだ。

最後は三本締めで終えようとした志の輔であるが、座席番号によるプレゼント抽選会がある。10周年記念グッズの中から手ぬぐいが10名に送られるのだが、私も当たる。多分、明大の縁だろう。

語りは老練の領域であり、もう話に身を任せるだけで十分である。



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2018年9月10日 (月)

コンサートの記(421) 京響スーパーコンサート「ミッシャ・マイスキー×京都市交響楽団」

2018年9月5日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京響スーパーコンサート「ミッシャ・マイスキー×京都市交響楽団」を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

世界最高峰のチェリストの一人であるミッシャ・マイスキーと京都市交響楽団の共演である。マイスキーと京都市交響楽団は下野竜也の指揮によりベートーヴェンの三重協奏曲で共演しているが、それ以来3年ぶりの顔合わせである。

曲目は、いずれもドヴォルザークの作品で、交響曲第8番とチェロ協奏曲ロ短調。

コンサートマスターに泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。フルートが活躍する交響曲第8番では上野博昭が首席に入り、後半のチェロ協奏曲では中川佳子がトップの位置に入る。クラリネット首席の小谷口直子は全編に出演し、オーボエ首席の髙山郁子は後半のみの出演である。チェロ協奏曲の方が編成が小さいので、前半のみの出演者は結構いる。

広上は前半は長めの指揮棒を使って指揮。後半はノンタクトで振る。

まずは交響曲第8番。この曲は高校生の時にジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団によるEMI盤で何度も聴いた思い出がある。「イギリス」というニックネームを持つが、ドヴォルザークがそれまでに多くの自作の出版を委ねていたドイツのジムロック社の条件に納得せず、イギリスの出版社から譜面が出版されたという経緯によるもので(無料パンフレットを書いた竹内直は別の説を唱えている)、内容的にはイギリス的要素はほぼない。ということで「イギリス」という名称は最近では用いられないことが多い。

広上と京響による演奏は情報量が豊かである。音色に様々な風景、動物や鳥の声などが宿っており、想像が無限に拡がっていく。磨き抜かれた音とバランスも絶妙で、格好いいフォルム、叙情味、迫力、祝祭感の表出など、いずれもこのコンビのベストに近い出来である。渋みと華やかさを兼ね備えた演奏は日本では他に余り聴くことが出来ないはずである。
なお、京都コンサートホールは残響が長いため、広上はゼネラルパウゼをたっぷりと取っていた。

後半のチェロ協奏曲。
ソリストのミッシャ・マイスキーは先に書いたとおり世界最高峰のチェリストの一人であることは間違いないが、個性派であるため、好悪を分かつタイプでもある。旧ソ連時代のラトヴィアの生まれ。レニングラード音楽院附属音楽学校でチェロを学びチェリストとして活動を始めるが、ユダヤ系であり、実姉がイスラエルに亡命したために強制収容所送りとなる。その後、兵役にも送られそうになるが、佯狂によって回避。この事実がいらぬ先入観を抱かせることにもなっている。その後、アメリカを経てイスラエルに渡り、カサド音楽コンクールで優勝。西側での名声を得ている。
マイスキーは出だしでいきなりタメを作るが、その後の旋律の歌わせ方に関してはオーソドックス。ただ強弱はかなり細かくつけている。音色は深く、温かな輝きがある。
広上指揮の京響もマイスキー共々ノスタルジックな表出に長け、スケールも豊かである。

アンコール演奏は、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。チェロ独奏と弦楽オーケストラのための編曲であるが、編曲者が誰かはわからない。マイスキーのチェロが常に主旋律を歌い、弦楽オーケストラがそれを彩るという趣である。ロシア民謡を主題としており、初演を聴いたトルストイが余りの美しさに涙したと伝わる「アンダンテ・カンタービレ」。涙こそ出なかったがトルストイの気持ちがよくわかるような演奏であった。

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2018年9月 9日 (日)

北海道日本ハムファイターズ合唱版「大空と大地の中で」

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2018年9月 8日 (土)

玉置浩二路上ライブ 「田園」

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北海道大学寮歌「都ぞ弥生」

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2018年9月 7日 (金)

コンサートの記(420) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2018

2018年9月2日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、広上淳一指揮京都市交響楽団の大阪特別公演を聴く。

オール・ロシア・プログラムで、プロコフィエフの組曲「3つのオレンジへの恋」から行進曲&スケルツォ、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:小林美樹)、チャイコフスキーの交響曲第4番が演奏される。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリン首席には客演の有川誠が入る。チェロ首席にも客演のルドヴィート・カンタが入った。

プロコフィエフの組曲「3つのオレンジへの恋」より行進曲&スケルツォ。
京響は燦々と輝くような音色を発し、広上のキビキビとしたリードが生きる。鋼のように強靱なフォルムとメカニックがプロコフィエフの面白さを際立たせる。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調。
ソリストの小林美樹(みき)は、1990年生まれの若手ヴァイオリニスト。アメリカのサンアントニオに生まれ、4歳の時にヴァイオリンを習い始める。2006年にレオポルド・モーツァルト国際ヴァイオリンコンクールで審査員特別賞を受賞。2011年にはポーランドのヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールで2位になっている。桐朋女子高校音楽科を経て桐朋学園大学ソロディプロマコースを卒業。その後、ロームミュージックファンデーションの全額奨学金により、ウィーン私立音楽大学でも学んでいる。

ピンク色のドレスを着て登場した小林は長身の女性である。小柄な広上は、彼女の肩の部分までの身長しかない。

小林のヴァイオリンはスケールが大きく、技術力も確かである。少し単調なヴァイオリンなのが気になるところだ。時折、海老反りになってヴァイオリンを弾く小林。見せ方を知っているという印象を受ける。
広上指揮の京響も堂々としたシンフォニックな伴奏を聴かせる。

小林のアンコール演奏は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番よりジーク。華麗な演奏だったが、案外、記憶に残りにくい類いのものだったようだ。

チャイコフスキーの交響曲第4番。第1楽章では、チャイコフスキーの嘆きにさほどのめり込まず、俯瞰的なアプローチを展開する。客観視された悲劇性が音によって描かれることで却って深刻さが増す。
第2楽章でも第3楽章でも音色は明るめだが、その背後に陰鬱な表情があることを示唆させる演奏である。ちなみに広上は第3楽章をノンタクトで振り、応援団長がやる「フレーフレー」のような仕草をしていた。
第4楽章も音の見通しが良く、グロテスクなサーカスのような音楽が舞台上で繰り広げられる。あたかもロシア版の幻想交響曲のような描き方である。ラストで広上はギアを上げ、悪魔の高笑いのような音像を築く。文字通りデモーニッシュな解釈である。

演奏終了後、広上は、「一つだけ。皆様のご健康とご多幸を祈っております」と言って、モーツァルトのディヴェルティメントニ長調 K.136から第2楽章の演奏を行う。
広上と京響が共に十八番としているモーツァルト、の割には演奏会にプログラムに乗る機会は決して多くないが、透明で雅やかでチャーミングな理想的な出来となった。

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2018年9月 6日 (木)

中島みゆき 「時代」より

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2018年9月 4日 (火)

コンサートの記(419) エルネスト・マルティネス・イスキエルド指揮 京都市交響楽団第519回定期演奏会

2008年12月7日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第519回定期演奏会を聴く。指揮者は、シーズン始めの予定から変更があり、スペイン人のエルネスト・マルティネス・イスキエルド(変換したら「椅子消えるど」となった)が指揮台に立つ。

イスキエルドは、1962年、バルセロナの生まれ。現代音楽の指揮を得意としており、ブーレーズ率いるアンサンブル・アルテルコンタンポランの副指揮者を務めたこともあるという。2002年から2006年までバルセロナ交響楽団の首席指揮者(大植英次の前任者である)。現在はバルセロナ響の首席客演指揮者であるという。
イスキエルドと京都市交響楽団は、今年4月に大阪のフェスティバルホールで共演しており、互いに好感を持ったとのことである。

曲目は、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」より抜粋、ストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲(1919年版)、ファリヤのバレエ音楽「三角帽子」第2部。

指揮者のイスキエルドは、左手に指揮棒を持つ。左手に指揮棒を持つ指揮者を生で見るのは私は初めてである。大阪センチュリー交響楽団を指揮したペンデレツキも左手で指揮棒を持つそうだが、私が接したコンサートではペンデレツキはノンタクトで振っていた。
左利きの指揮者でも、普通は指揮棒は右手で持つ。左手で指揮棒を振るとオーケストラが戸惑うというのがその理由である。
左手で指揮棒を振るイスキエルドの指揮姿を見ていると、確かに奇妙な感じを受ける。鏡に映った指揮姿を見ているような、あるいは鏡の国に迷い込んでしまったかのような。

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は通常コンサートで演奏される組曲版ではなく、全曲版からイスキエルドが選曲した、演奏時間約45分の抜粋版。
先日、ワレリー・ゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団が、同じ京都コンサートホールで、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」組曲第1番と第2番より抜粋を演奏している。比較してみると、京響は弦楽の厚みがないため、音は美しいものの、表面を磨き上げたような印象を受けてしまう。それから、ロンドン響はメンバー全員がスコアに挑みかかるような、一種の獰猛な演奏スタイルがあったが、京響はやはりそれに比べるとかなりあっさりしている。
ロンドン響と京響を比べるのは酷だが、京響も京響としてはベストに近い演奏をしていたと思う。
イスキエルドは、速めのテンポを基調とし、細かい表情や音色の変化が巧みである。

「火の鳥」も縦の線が崩れそうになる場面があったが全体としては好演であり、イスキエルドの祖国であるスペインの作曲家ファリャの「三角帽子」より第2部は明るい音色と溌剌とした響きによる楽しい演奏となった。
イスキエルドは良い指揮者である。

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2018年9月 3日 (月)

観劇感想精選(254) 舞台「野球」~飛行機雲のホームラン~

2018年8月25日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後5時から梅田芸術芸場シアター・ドラマシティで舞台「野球」~飛行機雲のホームラン~を観る。作・演出:西田大輔。音楽:笹川三和。出演:安西慎太郎、多和田和弥、永瀬匡、小野塚勇人、松本岳、白又敦、小西成也、伊崎龍次郎、松井勇歩、永田聖一朗、林田航平、村田洋二郎、田中良子、竹内諒太、本間健大、書川勇輝、秋山皓郎、今井直人、田上健太、藤木孝。野球監修:桑田真澄。

第二次大戦中の中学野球(現在の高校野球に相当)を舞台に戦争と友情を主題にした群像劇が繰り広げられる。

伏ヶ丘商業学校の唐澤静(多和田和弥)と会沢商業学校の穂積均(安岡慎太郎)は小学校時代の友人にしてライバル。唐澤は甲子園の常連校である伏ヶ丘商業に進み、穂積は敢えて伏ヶ丘商業を避け、会沢商業に進んだ。1944年、戦争の激化のため、全国中等学校野球選手権は2年連続の中止が決定。予科練に進んだ野球部員は唐澤の神風特攻前日にかつての所属学校野球部ごとに分かれ、試合に臨む。南海軍(南海ホークス。英語が敵性言語であるとしてニックネームとしての使用も禁止されたための措置)に進むことが決まっていた唐澤だが、夢は絶たれた。肘を傷めていた唐澤だが、マウンドに上がるのは今日が最後であり、全力で投球する。

立ち上がりが不安定であるが、ストレートの威力は沢村栄治に匹敵するといわれる穂積。穂積が会沢商に進むきっかけとなった先輩の岡光司(永瀬匡)、併合当時は日本人とされたが差別も受けてきた朝鮮半島出身の伏ヶ丘・菱沼力(小野塚勇人)、唐澤の姉で新聞記者だったが反戦記事を書き続けたために解雇となった唐澤ユメ(田中良子)、ユメと共に狂言回しの役割を受け持つ海軍中佐の遠山貞昭(藤木孝)、新聞記者になること夢見て唐澤に関する記録を書き続けていた伏ヶ丘の三塁手・堂上秋之(松井勇歩)、会沢商業の監督に指名されるが野球には疎い街軍中尉の菊池勘三(名前の似ている菊池寛にちなんであだ名は「父帰る」である。演じるのは林田航平)らが時系列を飛ばす形でドラマを構成する。舞台後方には黒板状のスコアボードがあり、試合が進むごとに、出演者がチョークで得点を記していく。

八百屋飾りの舞台。マウンド、各塁、バッターボックスなどは特定の場所に置かれず、状況によって次々とフォーメーションを変えていく。客席通路も使用し内外野の守備が客席で行われることもある。

ボールは使用するが、投手役の俳優が直接投げることはない。なお、開演前に「本日は演出としてボールを使用いたします。ボールが客席に飛び込むことがあるかも知れませんが、ボールはスタッフが回収に伺いますので、くれぐれも客席に投げ返さないようお願いいたします」という影アナがあった。当然ながら劇場でそんなアナウンスを聞くのは初めてである。

PL学園時代に甲子園での高校通算最多勝記録となる20勝を挙げ、読売ジャイアンツとピッツバーグ・パイレーツで投手として活躍した桑田真澄が野球監修を手掛けており、そのためピッチャーの二人は桑田によく似た仕草をする。特に穂積均役の安西慎太郎は前屈みになったサインの見方、ワインドアップから右肩を下げながらのテイクバック、上体を捻って打者に背中を見せるところなどが桑田のフォームに瓜二つである。腕の使い方は桑田よりも元カープの池谷公二郎に似ているが、安西は世代的に池谷を知らないはずなので、たまたま似たのだと思われる。唐澤役の多和田和弥はサイン交換時のポーズは桑田や穂積と一緒だが、その後は違う。

俳優陣で私が知っているのはベテランの藤木孝だけ(最も重要なセリフを与えられているのも彼である)。若い俳優達に関してはほとんど知らないが、開場時間を予定より15分早めて行われたグッズ販売に女性が長蛇の列を作っており、相当な人気があることがうかがえる。後で調べたところミュージカル「テニスの王子様」の出演者が多いことがわかった。
私自身は「桑田真澄が野球監修をするなら」ということで観に行ったのだが、客席に男性はほとんどいない。劇場と球場に通う層はどうやら重なっていないようである。

戦時ということで野球自体が敵性競技として疎まれており、使用語はストライクが「良し!」、ボールが「駄目!」、ファールが「圏外球」、セーフが「安全」といった風に日本語に直され、アラビア数字も駄目で背番号は漢数字で書かれている。グローブも戦前戦中のものは現在と大きく異なるのだが(当時はスポットの浅い握るタイプのもの。挟み込むタイプの現在のものとは違い、片手を添えて両手で捕らないと取りこぼしてしまうことになる。日本では今でも「ボールは両手で捕る」が常識化しているのはこのためである)、客席にそこまでこだわる人はいないのと、ドラマ進行状に特に問題とはならないので、現代タイプのものを使用している。

漫画原作も手掛けるという西田大輔の本と演出はスピード感と視覚効果を大事にした上で外連味にも富むもの。一貫したストーリーよりもシャッフリングされた矢継ぎ早の展開を重視しており、各々のエピソードを絡めてラストへ持って行く形はラヴェルの「ボレロ」のようである。客席が女性中心ということで客席の各所からすすり泣きが聞こえ、上演としてはかなりの成功だと思える。

上演後は毎回アフタートークがあるようで、今日も永田聖一朗と伏ヶ丘商業の生徒達によるトークが行われる。天才エース・唐澤静役の多和田和弥は実は野球が大嫌いであったことを明かす。子供の頃のキャッチボールが顔に当たったことがトラウマになっており、野球が好きな人の気持ちが理解出来ないほどであったそうだが、この舞台をきっかけに野球が好きになったそうである。



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2018年9月 2日 (日)

コンサートの記(418) 下野竜也指揮 NHK交響楽団大津公演2018

2018年8月24日 びわ湖ホール大ホールにて

午後7時から、びわ湖ホール大ホールで、下野竜也指揮NHK交響楽団の大津公演を聴く。N響の近畿公演は全3回、明日は奈良市で、明後日は西宮市で公演を行う。

曲目は、ニコライ(Ⅱ世じゃないですよ)の歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:リーズ・ドゥ・ラ・サール)、ベートーヴェンの交響曲第5番。
「西郷どん」のメインテーマを演奏しているコンビだけに、ひょっとしたらアンコールで演奏されるのかなとも思ったが、それはなかった。

今日のコンサートマスターは、ウィーン・フィルのコンサートマスターとしてお馴染みだったライナー・キュッヒルが客演で入る。第2ヴァイオリン首席は大林修子、チェロ首席は大統領こと藤森亮一。それ以外の首席は私が学生定期会員だった頃にはまだいなかった人である。オーボエ首席が青山聖樹、フルート首席が甲斐雅之、トランペット首席が京都市交響楽団出身の菊本和昭。第1ヴァイオリンの横溝耕一は横溝正史の家系の方だろうか。私が学生定期会員だった頃にはまだ黒柳徹子の弟さんが在籍していた。
ステージマネージャーの徳永匡哉は、どうやら徳永二男の息子さんのようである。

オットー・ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房」序曲。「タタタタン」というリズムがモチーフになっており、それ故に選ばれたのかも知れない。下野は快活な音色をN響から引き出し、スケールの大きな演奏を展開する。たまに交通整理が行き届かない場面もあるが、総体的には優れた出来である。

リーズ・ドゥ・ラ・サールをソリストに迎えた、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。

フランスの若手であるリーズ・ドゥ・ラ・サール。以前、京都市交響楽団の定期演奏会で聴いたことがある。その時、CDも買っている。雨傘で有名な(?)シェルブールの生まれ。4歳でピアノを始め、11歳の時にパリ国立高等音楽院に入学。2004年にニューヨークのヤング・コンサートで優勝し、以後、世界各地で活躍している。
スペルからいってサールが苗字なのだが、サールという苗字のフランス人は冠詞のように前に必ずドゥ・ラが付く。世界で初めて教室での教育を行ったジャン=バティスト・ドゥ・ラ・サール(鹿児島のラ・サール学園の由来となった人)もそうである。下野が鹿児島出身だからというのでラ・サールという人がソリストに選ばれたわけでもないだろうが。

ドゥ・ラ・サールは冒頭のピアノ独奏をかなり遅いテンポで弾き始める。オーケストラが入ると中庸のテンポになるが、第2楽章ではまたテンポを緩めてじっくりと演奏する。
打鍵が強く、和音を確実にとらえるようなピアノである。
下野指揮のN響は渋い音での伴奏を聴かせる。濃厚なロマンティシズムの表出が光っている。

ドゥ・ラ・サールは、「メルシー、サンキュー、ありがとうございます」と3カ国語でお礼を言う。アンコール演奏は、ドビュッシーの24の前奏曲から第1曲「デルフィの舞姫たち」。色彩感豊かなピアノである。

ベートーヴェンの交響曲第5番。下野は指揮棒を振り下ろしてから止め、そこでオーケストラが運命動機を開始、フェルマータの音で下野は指揮棒を右に払う。これによってフェルマータを思い切り伸ばすという指揮法である。
ピリオド・アプローチを採用しており、弦楽はビブラートをかなり抑えていたが編成は大きいのでピリオド的には聞こえない。ただこれによって細部まで音が聞き取れるようになり、第4楽章では大いにプラスに作用する。
ベーレンライター版の楽譜を使用。ベーレンライター版は第4楽章が旧ブライトコプフ版とは大きく異なるが、掛け合いの場所の音型を、「タッター、ジャジャジャジャン、タッター、ジャジャジャジャン」ではなく、「タッター、タッター、タッター、タッター」と同音でのやり取りを採用し、ピッコロも大いに活躍。
この曲でも整理が上手くいっていない場面があったが、全体的には密度の濃い優れた演奏である。日本人指揮者の日本のオーケストラによるベートーヴェンとしては相当なハイクラスと見ていいだろう。

基本的にN響は日本人指揮者の場合はベートーヴェンがきちんと振れる人でないと評価しない。下野がN響から気に入られているのもベートーヴェンが良いからだろう。

アンコール演奏はベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」より行進曲。朗らかな演奏であった。



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2018年9月 1日 (土)

コンサートの記(417) ローマ・イタリア管弦楽団 「映画音楽名曲選」@京都コンサートホール

2018年8月22日 京都コンサートホールにて

午後6時30分から京都コンサートホールで、ローマ・イタリア管弦楽団の「映画音楽名曲選」コンサートを聴く。

ローマ・イタリア管弦楽団は、1990年創設のオーケストラである。クラシックと映画音楽の演奏を両輪として活動しており、室内楽や小編成のアンサンブルでの公演も行っているという。映画音楽に関しては多くのサウンドトラックのレコーディングを手掛けており、エンリオ・モリコーネ作品のほか、「ライフ・イズ・ビューティフル」や「イル・ポスティーノ」などの映画本編の演奏を担当している。

以前は、ローマ室内管弦楽団の名義で日本ツアーを行っていたが、今回はローマ・イタリア管弦楽団として日本中を回る。これまでに関東各地と愛知県日進市、静岡県浜松市で演奏会を行っており、今後は、呉、山口、福岡県、熊本、宮崎、大分、鹿児島を経て関東に戻り、長野、静岡、楽日となるてつくば市のノバホールまで計24会場を回るという大型ツアーである。このうち、鹿児島市文化第1ホール、東京オペラシティコンサートホール、ノバホールでの3公演は吉俣良特別プロデュース公演であり、「篤姫」や「江~姫たちの戦国~」で知られる吉俣良が出演して自作を中心としたコンサートを行う。

曲目は、ジョルジュ・オーリックの「ローマの休日」メインテーマ、ヘンリー・マンシーニの「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”と「ピンクパンサー」のテーマ、ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」よりテーマ、マックス・スタイナーの「風と共に去りぬ」より“タラのテーマ”、ピエトロ・マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲(ゴッド・ファーザー」パートⅢ)、ニーノ・ロータの「ゴッド・ファーザー」より“愛のテーマ”、「ロミオとジュリエット」よりテーマ、「山猫」より“愛のテーマ”、「フェリーニのアマルコムド」よりテーマ、「道」よりテーマ、「8 1/2(はっかにぶんのいち)」よりテーマ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲第25番第1楽章(「アマデウス」)と歌劇「フィガロの結婚」序曲(「アマデウス」)、ニコラ・ピオヴァーニの「ライフ・イズ・ビューティフル」メインテーマ、フランシス・レイの「ある愛の詩」テーマ、「白い恋人たち」テーマ、「男と女」よりテーマ、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」より“愛のテーマ”、エンリオ・モリコーネの「海の上のピアニスト」より“愛を奏でて”、「ニュー・シネマ・パラダイス」より“愛のテーマ”、「ミッション」よりメインテーマ、「続・夕日のガンマン」よりテーマ。当日になって曲順を大幅に入れ替えている。

今日はステージからは遠いが音は良い3階正面席で聴く。なおポディウム席、2階ステージ横席、3階サイド席は発売されていない。

イタリアはクラシック音楽の祖国ではあるが、名門オーケストラはあっても一流オーケストラはないというのが現状である。指揮者に関してはアルトゥーロ・トスカニーニに始まり、カルロ・マリア・ジュリーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティ、リッカルド・シャイー、ジュゼッペ・シノーポリ、最近話題のダニエレ・ガッティに至るまで、オーケストラビルダーとしても名高い多くの逸材が生まれているが、イタリア国内はオーケストラコンサートよりもオペラが盛んということもあってオーケストラ自体の名声が上がらない。名門よりもむしろ最近出来たミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団やアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の方が高い評価を得ていたりする。

というわけで、機能に関しては余り期待していなかったのだが、想像していたよりもはるかに優れたオーケストラであった。透明な音と朗らかなカンタービレが特徴。管の抜けも良いが、弦はそれ以上に優れており、流石は「弦の国」のオーケストラと感心させられる出来であった。今後も日本でハイレベルな演奏を聴かせてくれそうである。

今回のツアーの指揮を務めるのは、ニコラ・マラスコ。フォッジア・ウンベルト・ジョルダーノ音楽院とペスカーラ音楽院で指揮をピエロ・ベルージやヨルマ・パヌラ、リッカルド・ムーティらに師事。2005年にはジュゼッペ・パターネ指揮コンクールで優勝している。マラスコは曲によってはピアノ独奏も担当しており、多才であるようだ。
「シンドラーのリスト」、「ニュー・シネマ・パラダイス」などではヴァイオリン独奏も務めたコンサートマスターのアントニオ・ペッレグリーノは、ローマ・イタリア管弦楽団の創設者の一人で、ローマ歌劇場第2ヴァイオリン奏者を経て同楽団のコンサートマスターも務めたという経歴の持ち主である。1999年から2003年まではフェーデレ・フェナローリ音楽院やアブルッツォ・ユース・オーケストラでオーケストラ演奏法指導者としても活躍していたそうだ。

ローマ・イタリア管弦楽団は、室内オーケストラより一回り大きめの編成。メンバー表を見たが、ほぼ全員がイタリア人のようである。アメリカ式の現代配置を基本としているが、ティンパニを舞台上手、ヴィオラの隣に置くなど独自性が見られる。「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”では、出だしがサティの「ジムノペディ」第1番を意識した編曲だったりとアレンジにも凝っている。エレキ音はギターなどは用いず、全てキーボード(赤毛のミレラ・ヴィンチゲラという女性奏者が担当)で出しているようだ。

映画音楽だけでなく、マスカーニやモーツァルトの演奏も優れている。特にマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲はイタリアのオーケストラでないと出せないような絶妙の彩りが特徴である。
指揮のニコラ・マラスコは強弱のコントラストを大きくつけた音楽作りをする。パースペクティヴの作り方も上手い。

アンコールは、ペッレグリーノのヴァイオリン独奏による「愛の賛歌」、更にオーリックの「ローマの休日」メインテーマが再度演奏される。豊かな歌と輝かしい音が印象的であった。

20世紀のクラシック音楽がどんどん歌から離れていく一方で、劇伴やポップスはよりメロディアスなものへと発展を遂げていく。音楽史的には、12音楽を始めとして響きの音楽へと転換していくクラシック部門に耳目を奪われがちになるが、ポピュラー部門に関していうなら20世紀ほど旋律が追求された時代はこれまでなかったように思う。録音技術やマスメディアの発達で世界各国の音楽をいながらにして聴くことが出来るようになったことも大きいだろう。望めば24時間音楽が聴ける環境が整ったことでメロディーの世界は広大無辺は大げさにしても一個人や国家の壁を越えて広がるようになっている。
というわけで、クラシックのコンサートホールでは例がないほど甘い旋律に酔うことが出来た。

 

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