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2018年12月16日 (日)

観劇感想精選(276) shelf 「私たち死んだものが目覚めたら」

2009年10月25日 下鴨のアトリエ劇研にて観劇

午後2時からアトリエ劇研で東京の劇団、shelfの公演「私たち死んだものが目覚めたら」を観る。原作:ヘンリック・イプセン、構成・演出:矢野靖人。出演:阿部一徳、桜井晋、山田宏平(山の手事情社)、秋葉要志、片岡佐知子、川渕優子、大川みな子。

「私たち死んだものが目覚めたら」はイプセン最後の作品である。

彫刻家のルーベック(阿部一徳)は若い頃に「復活の日」という傑作彫刻をものにしたが、それ以来創作意欲は衰えてしまっている。その「復活の日」のモデルを務めたイレーネ(川渕裕子)もまた、「復活の日」の完成後に魂の抜け殻となり、不幸な人生を歩んでいた。そんな二人がフィヨルドの前の温泉保養地のホテルの一角で再会する……。

大変優れた戯曲であり、それを再現する演出の力も高かったように思う。役者達の水準も高く、舞台は絵画として観てもきちんと絵になっていたし、イプセンのエクリチュールを的確に抑えていたように思う。

芸術と芸術家というものの在り方を追求するイプセンの視線は鋭い。芸術家が芸術を生み出す行為とは果たして本当の人生といえるのか。私も芸術家の端くれではあり、戯曲なり詩なりを書いているときには確かに充実感がある。しかしそれを一歩離れてみた場合、それが本当の人生といえるのだろうかという疑問を抱いてしまうのである。何もしていないのではないかという気にさせさせられてしまうのだ。イプセンもまたそうした思いに駆られたことがあるのではないだろうか。
真に充実した人生。だがそれは本当に存在するのかしないのか。

芸術の傑作をものにした日から、二人の人物が生ける屍になってしまったという下りからは、村上春樹の長編小説『ねじまき鳥クロニクル』の本多老人の話が思い浮かんだ。強烈な光を目にした時に自分の人生は終わってしまったのだという。
そうした特別な体験をする人がいるであろうことは想像出来る。体中が激しく揺さぶられるような体験。幸福の絶頂であると同時にその後の人生を台無しにしてしまう特別な経験。そうした体験をすることは果たして幸福なのか不幸なのか。

優れた戯曲による優れた公演であったように思う。

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