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2018年12月14日 (金)

観劇感想精選(274) KUDAN Project「真夜中の弥次さん喜多さん」2018伊丹

2018年12月7日 伊丹市立演劇ホール・AIHALLにて観劇

午後7時30分から、伊丹AIHALLで、KUDAN Projectの「真夜中の弥次さん喜多さん」を観る。原作:しりあがり寿、作・演出:天野天街。出演は、小熊ヒデジ(てんぷくプロ)と寺十吾(tsumazuki no ishi)の二人。

天野天街の「真夜中の弥次さん喜多さん」は、2005年に大阪公演が行われ、私も観に行ったのだが、関西で上演が行われるのはそれ以来、13年ぶりとなる。出演者とスタッフもほとんど変わっておらず、タイムマシンに乗ったような感覚を味わうことになった。
そうしたノスタルジアも天野演劇の特徴でもある。

「真夜中の弥次さん喜多さん」は、宮藤官九郎の脚本・監督によって映画化されているが、それとは全く異なる話が展開される。

何しろ13年ぶりである。いくつかの印象深い場面を除いてほぼ内容は忘れてしまっている。タイムマシンに乗ったような感覚とはいえ、俳優二人も13年分年を取っており、頬や体の線は緩んで、頭髪も以前より薄くなった。
2005年の大阪公演は、精華小劇場のオープニングシリーズとして上演されたものだったのだが、その精華小劇場は今はもう存在しない。


天野天街の舞台を観ること自体が久しぶり。天野は「演劇界の魔術師」と呼ぶべき鬼才だが、作品は基本的には若者向けであり、40過ぎの男はもう卒業が迫っているようにも思う。


喜多八が、「リアルじゃねえ。江戸はエセばかり」と掛詞で言い、「エセじゃなくて伊勢」というだけの理由で伊勢参拝を目論むのだが、色々あってなかなか出発しないし、旅先の宿屋でも雨に降られて足止めを食らってばかりである。

待ち続けたり、夢の中で語り合ったり、不思議なことが起こったり、歌ったり、自殺しようとしたり、薬に溺れそうになったりと色々あるのだが、基本的にはそこにいるだけに前には進めない二人である。幸いなのはすぐそばに友達(よりも深い仲なのだが)がいるということだ。

ということで、この作品は、正統的な「ゴドーは待ちながら」の後継作品の一つである。
リアリズムを求める二人なのだが、そもそもが天野天街自体がリアリズムから最も離れた作風を持つ人である。彼が描くのは幻想や非日常、物語の中の世界であることが多い。
そしてミニマル的要素をふんだんに取り入れた、終わりのない世界が提示されるのである。
そもそも、「リアルじゃねえ」に続くセリフが弥次郎兵衛による喜多八の描写台詞からの支離滅裂な展開であり、リアルなど最初から求めていない。そもそも舞台芸術自体がリアルとはほど遠いものである。そこはフィクションの世界が最も豊穣になり得る場なのではないか。そもそもドラマ=Dreamなので、混沌としている方が正統ともいえる。世の東西を問わず、古典や民話といったものはかなりの確率で展開がカオスである。

ゴドー同様、ラストに至ってもほとんど何も解決していないし、江戸から旅先の旅籠の一室に移っているが、そこから全然動けない。リアリズムを得たわけでもないどころか、リアリズムはリアリズムでもマジック・リアリズム的手法で紡がれており、リアルから更に隔たったようにすら感じられる。。
弥次喜多は、五十三次の旅には出ているが、人生の旅の中では迷っている。そしてたびたび振り出しに戻る。生きることそのもののように。

そもそも人生って、リアルか? 自分が関わらないところで勝手に進んでいることも多いのだけれど。

てめえのリアルがあっちのリアルだと思ったら大間違いだ。


初演の時には、「層の演劇」という言葉が浮かんだが、13年ぶりに観ると、「そうはソウでも躁の演劇」と名付けたくなる。そもそも薬で躁状態になって起こった幻影の世界が舞台となっているということもある。「層」だと縦に積み上げられている感じだが、「躁」だと横の広がりが出る。これは個人的な感覚によるものなので、どうでもいいといえばどうでもいいことなのだが、そうして視点を違えても成り立つ大きな作品であるということでもある。


歌のシーンでは、北京語の歌詞が登場。ラストの字幕も「END」ではなく、中華圏の映画で見られる「劇終」表示である。天野天街が主宰する少年王者舘には中華系の俳優やスタッフもいるので、これも自然といえば自然である。多分であるが、エヴァンゲリオンは関係ない。


二人は、伊勢に辿り着ける気配すらないのだが、生きるということ自体がそう簡単なものではない。



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