« コンサートの記(468) 京都オペラ協会定期公演 ベッリーニ 歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家 ~ロミオとジュリエット~」 | トップページ | CHAGE and ASKA 「PRIDE」 »

2018年12月18日 (火)

コンサートの記(469) 「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」京都公演

2018年12月10日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後7時から、ロームシアター京都メインホールで、「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」を聴く。ASKAの復帰コンサートツアーである。毎回、オーケストラと共演しており、今日の京都公演は、大阪フィルハーモニー交響楽団がバックを務める。指揮は藤原いくろう。ピアノは澤近泰輔、パーカッション:小野かほり。
トロンボーンに京都市交響楽団首席の岡本哲が入っていることが確認出来る。

登場した大阪フィルの団員達に、クラシックコンサートでは考えられないほど熱心な拍手が送られる。まず、オーケストラのみによる序奏(「On Your Mark」)が奏でられた後でASKA登場。爆発的な拍手と歓声が出迎える。

今日は2階下手側のバルコニー席。2L1-3という席である。スピーカーの近くということもあるのだろが、ASKAの声の通りが悪く聞こえる。高音も年齢のためかブランクが影響しているのか、苦しそうで音程も不正確だが、徐々にペースを掴んでいく。

「お待たせしました。京都に来られて良かった」とトークも入れる。チャゲ&飛鳥として活動していた頃は、ステージセットを組んでコンサートを行っていたのだが、「京都会館はステージが狭かったので、ステージセットが置けない。最後は客席をつぶして無理矢理ステージを拡げてやった」そうである。

澤近のピアノが、ショパンの「雨だれ」の前奏曲を奏で、「はじまりはいつも雨」が歌われる。

「僕は、自分では坂本龍馬に縁があると思っている」という話を始める。年末ドラマ「新撰組」への主題歌提供と同時に出演が決まり、自分ではちょっと映っただけで去るカメオ出演のつもりで、「誰か見つけてくれたらいいな」ぐらいに思ったのだが、いざ、太秦撮影所に行ってみるとセリフがある。「セリフ作りました」と言われたそうである。その時は伊藤俊輔のちの伊藤博文の役で、様々なセリフが用意されていたそうだが、怒りの場面以外は全てカットされてしまい、「怒ってばっかりいる人」になってしまったそうだ。自分でも演技は良いとは思えず、「あの時代、ネットがあったら大変だったね」と語った。その後、年末ドラマとして「坂本龍馬」が放送されることになるのだが、その予告を見ていたASKAは、マネージャーに、「あ、この主題歌、俺来るね」と語ったそうである。そうしたら3日後に本当にオファーがあったそうだ。
今日のライブのために昨日京都入りし、今日は朝の10時頃に指揮の藤原とイノダコーヒーに行ってから、坂本龍馬の墓に行ったそうだ。霊山護国人神社に龍馬と中岡慎太郎の墓があるのは知っていたが、その先に、最初に龍馬が葬られた墓があるというので訪ねたという。タクシーで向かい、霊山護国神社を過ぎてから、「何かを感じて」運転手さんに車を停めて貰い、坂を上っていったという。その先にお寺があり、そのお寺は坂本龍馬の遺骸を最初に弔ったところであり、伊藤博文を祀る場所だというので、「僕、伊藤博文を演じたことがあるんです」と住職に言うと、「あれ? ASKAさん?」と気づかれた話をする。
ちなみに坂本龍馬が亡くなったのは西暦でいうと、1867年12月10日ということで、今日が命日に当たるのだが、ASKAはそのことは知らないようだった。

「ブレードランナー」に触発された「迷宮のReplicant」なども披露される。

今回は休憩を挟んでの二部構成である。

第2部で、「京都って凄いですよね」という話から始める。「京都は歴史上重要な人が何人も出てる」「京って書いて『みやこ』って読むでしょ、都も『みやこ』って読むでしょ。『みやこみやこ』」という話から自身の出身地である福岡の話になる。若い頃は福岡に帰ってライブを行うといつも上手くいかなかったのだが、「自分は東京に住んでいるから、もう東京人だ。福岡は他の地方都市の一つに過ぎない」と思うようになってからは福岡公演も成功するようになった。そうした経緯で、「福岡は生まれた場所だし、友達も多いがそれだけ」と思うようになっていたのだが、「一番苦しかった頃は、レコーディングスタジオが使えず、何も出来ない。そうしていた時に福岡から声が掛かった」そうで、福岡でレコーディングを行っていた時、ギターを弾いていたら優しいメロディーが生まれた。そうして作り上げた曲である「FUKUOKA」が歌われた。

「僕が子どもの頃はまだ戦争をやってたんだよ」ということで、その流れから1990年のイラクによるクウェート侵攻と湾岸戦争が起こった際の話になる。その時、自分は無力だと感じて作られたのが「君が愛を語れ」だそうだ。作曲の経緯には色々あって、シブがき隊の布川敏和がASKAの家に遊びに来た際に、「曲作ってよ」と言われて、初めて事務所を通さずに曲作りをしたこともあるそうだ。ASKAは光GENJIの曲なども多く手掛けていたが、そうしたことと関係があるのかも知れない。

最後から2曲目は、「YAH YAH YAH」では聴衆の合唱も加わって大いに盛り上がり、本編ラストの曲目はツアータイトルにもなっている「PRIDE」。チャゲアス最初のヒット曲は「万里の河」なのであるが、「あれはヒットしただけだったね」とASKAは語る。曲として最も一人歩きしている曲がこの「PRIDE」だそうで、「目の前で(本人がいると気づかずに)カラオケ入れられたこと何度もある」そうだ。「横から出ていってやろかな。『モニタリング』です」
ASKAも思い入れのある楽曲。熱唱であった。

拍手に応えたASKAは、「今日はこれで終わり。終了」と言うが、「どうせアンコールあるでしょ?」と行って去る。

アンコールで登場したASKAは、「まさかこんな展開になるとは」とおどけていた。
「『YAH YAH YAH』をやったんだから、次はこの曲でしょ」と言って、「SAY YES」が歌われる。その後、ASKAは、「『何ですか?』『何ですか?』。似てない。『僕は死にましぇん!』」と「SAY YES」が主題歌になった「101回目のプロポーズ」主演の武田鉄矢の物真似をする。
今日最後の曲は、「考えてみれば20年ぐらい前からの口癖」という「今がいちばんいい」。歌い終わってからASKAは、「これまでずっと待ってくれていて本当にありがとうございました」と言って深々と頭を下げた。


その後、ASKAは、今年の仕事納めが静岡でのツアー最終公演になること、来年は国内ツアーと海外ツアーがあることを語り、「(来年の)年末は開けといて」と言って、喝采の中を去って行った。



|

« コンサートの記(468) 京都オペラ協会定期公演 ベッリーニ 歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家 ~ロミオとジュリエット~」 | トップページ | CHAGE and ASKA 「PRIDE」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: コンサートの記(469) 「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」京都公演:

« コンサートの記(468) 京都オペラ協会定期公演 ベッリーニ 歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家 ~ロミオとジュリエット~」 | トップページ | CHAGE and ASKA 「PRIDE」 »