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2019年2月25日 (月)

美術回廊(25) 京都国立近代美術館 「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」

2019年2月19日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

京都国立近代美術館で、「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」を観る。今回は、京都国立近代美術館の3階を使っての展示となる。

「Ⅰ ウィーン分離派とクリムト」「Ⅱ 新しいデザインの探求」「Ⅲ 版画復興とグラフィックの刷新」「Ⅳ 新しい生活へ」の4部からなる展覧会。

ウィーン分離派というのは通称で、正式にはウィーン造形芸術家協会という。ウィーン画壇を仕切っていたクンストラーハウスの高等的な芸術に反発し、かといって通俗的に走るでもない新たなる芸術を企図して結成された団体で、グスタフ・クリムトが中心人物である。
ウィーン分離派は、機関誌「聖なる春(ヴェル・サクルム)」を刊行し、デザインを中心とした汎用性のある芸術を広めていく。

中心人物のクリムトは、毒のある煌びやかさと、退廃的でアンニュイな雰囲気を持ち味としており、「世紀末ウィーン」と聞いて思い浮かべる画像に最も合致した画家であるが、今回はクリムトの作品そのものではなく、習作や挿絵、印刷された絵画などの展示が中心となっている。他の画家の作品もそうであるため、今回の展覧会は一部を除いて写真撮影可である。

純粋な絵画展ではなくデザイン展であり、描写力よりも躍動感や受け入れられやすさを重視した作品が多い。原色が多用されており、細部を簡略化することで勢いのある画風が生まれている。

ウィーンでは印象派は広まらなかったが、日本の浮世絵の影響は入ってきており、この時期には木版画の復興運動が起こっている。結果、浮世絵的なダイナミズムが加わった作品が生まれることになった。ちなみに、西洋の版画芸術は、浮世絵とは違い、原画の作成、版木の制作、版画の摺り上げまで一人で作業を行うことが基本だったようだ(日本の浮世絵は分業制である)。

あたかもグスタフ・マーラーの音楽を絵画化したかのような作品が並ぶが、マーラーが愛読し、音楽の題材として取り上げられることで知られる詩集「少年の魔法の角笛(子どもの魔法の角笛)」の挿絵も展示されており、逆にマーラーがこうした絵画の雰囲気を音楽で描いたとした方が適当であるかも知れない。ジャンルは違うが同じものを描いていたのだ。


4階のコレクション・ギャラリーも観る。昨年、ロームシアター京都メインホールでも上演された「魔笛」の演出家でもあるウィリアム・ケットリッジがロシアの映像を用いた《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》というタイトルの複数の作品が紹介されており、そのうちの一つではピアノを弾いたり五線譜に筆を走らせたりしているショスタコーヴィチの姿を確認することが出来る。


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