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2019年2月 8日 (金)

コンサートの記(520) 準・メルクル指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第466回定期演奏会

2013年3月1日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第466回定期演奏会を聴く。今日の指揮はNHK交響楽団への客演で日本でもおなじみの準・メルクル。知らない方のために書いておくと、準・メルクルは1959年、ミュンヘン生まれのドイツの指揮者。父がドイツ人、母が日本人のハーフで、準というファーストネームの漢字は物心ついてから自分で決めたという。

NHK交響楽団には毎年のように客演しており、力があるものしか指揮台に立てない年末の第九を指揮したこともあるし、AltusレーベルにはNHK交響楽団とのレコーディングも行っている。また、最近では廉価盤レーベルの雄NAXOSにリヨン国立管弦楽団と「ドビュッシー管弦楽曲全集」を録音して好評である。


プログラムは、ロベルト・シューマンのピアノ協奏曲(ピアノ独奏:イングリット・フリッター)、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」抜粋。「ニーベルングの指輪」はロリン・マゼールのように編曲して管弦楽組曲として演奏する場合もあるが、今回はワーグナーのスコアには手をつけず、要所要所を抜き出して繋いだものだという。実際、有名な「ワルキューレの騎行」も結末のある管弦楽曲版ではなく、そのまま「ヴォータンの告別」に繋げていた。


シューマンのピアノ協奏曲。イングリット・フリッターは1973年生まれ、ブエノスアイレス生まれという、マルタ・アルゲリッチを思わせるような出身地を持つ女流である。

そのフリッターの弾くシューマンはリリカルではなくエモーショナル。指よりも心で弾くピアノだ。表現も音の強弱も幅が広い。

メルクル指揮する大阪フィルも情熱的な伴奏でフリッターの演奏に応えた。
フリッターはアンコールとしてショパンの夜想曲第19番を演奏した。センチメンタルな曲調ではあるが、フリッターのピアノには独特の情熱があり、諦観のようなものは窺えない。


メインのワーグナー楽劇「ニーベルングの指輪」抜粋。「ラインの黄金」より序奏、神々のニーベルハイム下降の場の音楽、「ワルキューレ」からワルキューレの騎行、ヴォータンの告別より、「ジークフリート」からジークリートと大蛇ファーフナーの戦い~ファーフナーの死、「神々の黄昏」から夜明けとジークフリートのラインへの旅、ジークフリートの死と葬送行進曲、ブリュンヒルデの自己犠牲(後半)と終曲という構成である。

メルクルは冒頭の序奏の夜明けの場面から音を丁寧に重ね(コントラバス、ファゴット、ホルン、ワーグナーホルン)、暗い音から華々しい金管へと音が移行することで徐々に夜が明けていく部分を丁寧に作る。ドイツの歌劇場で鍛えたメルクルだけに、このあたりの表出力は流石である。大フィルも重厚でかつ洗練された音でメルクルの指揮に応える。有名な「ワルキューレの騎行」は爽快であるが、決して悪のりはしない。「ジークフリートの死と葬送行進曲」も自然な悲しみが滲み出ていた。

全曲を通して50分ほどの版であるが、長さを感じさせない見事な演奏であった。メルクルと大フィルの高い集中力の賜物であろう。

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