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2019年3月 9日 (土)

2346月日(10) ベルトルト・ブレヒト著 大岡淳訳『三文オペラ』(共和国)刊行記念 連続トークイベント「おまへは歌ふな」大阪篇 「私たちは「近代」を卒業できるか? ~歌の生まれるところ~」

2019年2月28日 大阪・肥後橋のCalo Bookshop&Cafeにて

午後7時から、大阪の肥後橋にあるCalo Bookshop & Cafeで、ベルトルト・ブレヒト著 大岡淳訳『三文オペラ』(共和国)刊行記念 連続トークイベント「おまへは歌ふな」大阪篇に参加する。大阪篇のタイトルは「私たちは「近代」を卒業できるか? ~歌の生まれるところ~」である。

訳者の大岡淳は、1970年西宮市生まれの演出家、劇作家、批評家。総白髪なので年取って見えるがまだ40代である。早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。現在はSPAC-静岡舞台芸術センター文芸部スタッフ、浜松市の公立大学法人静岡文化芸術大学非常勤講師などを務めている。
ゲストとして、滋賀県立大学教授である細馬宏通と詩人でNPO法人ココルーム代表、労働者街の市民大学である釜ヶ崎芸術大学・大学院発起人の上田假奈代が参加する。

第一部は大岡淳が自ら訳した『三文オペラ』の文章を朗読し、「モリタート(マック・ザ・ナイフ)」を歌う。

その前に、「三文オペラ」の登場人物とストーリーの説明がある。壁には登場人物達のイラストが貼られている。
「三文オペラ」はイギリスの劇作家であるジョン・ゲイの『乞食オペラ』をブレヒトが改作したもので、ロンドンが舞台である。といってもブレヒトはロンドンに行ったことがなく、サー・アーサー・コナン・ドイルのシューロック・ホームズシリーズが大好きだったということで、ホームズものに登場するロンドンを念頭に置いた架空の街、ロンドンを舞台としている。ロンドンに行ったことのある人からは、「こんなのロンドンじゃない」と言われることもあるそうだ。

大阪篇は歌がテーマになっている。ということで音楽も大きな比重を占める。
「三文オペラ」の作曲者は、1900年に生まれ、1950年に没するという年号を覚えやすい生涯を送った(?)クルト・ワイル。ブレヒトとは何度も共同作業を行っている。ドイツ時代はクラシックの作曲家であったが、ユダヤ人であったためアメリカに亡命し、以後はミュージカルの作曲を主に行っている。
思えば、私が初めて買ったオペラのCDが「三文オペラ」なのだった。初めて買ったオペラのCDが「三文オペラ」だったという人は余りいないと思われる。そもそも一般的な日本人はオペラのCDやらレコードやらを保持していない。
クルト・ワイルの音楽はかなり個性的であり、「三文オペラ」もいわゆるオペラというジャンルに含まれるのかどうか微妙なところである。ちなみに私は演劇として上演された「三文オペラ」は2度観ているが、新国立劇場で上演されたオペラとしての「三文オペラ」は観ていない。


大岡は、池袋で行われた演劇祭で上演される「三文オペラ」のために新訳を行ったのだが、SPACの上司である宮城聰に、「お前、歌詞翻訳しろ」と命じられて取り組んだそうである。ちなみに大岡は早稲田大学在学中に第二外国語として2年間ドイツ語を学んだだけだったのだが、「お前、ドイツ語出来る?」と聞かれて、「出来ます!」と答えてしまい、最初は英語で書かれたドイツ語入門のテキストを読むことから始めたそうだ。それから9ヶ月後に翻訳を仕上げたのだが、上演後、ドイツ語の専門家から「そんなの物理的に可能なんですか?」と言われたそうである。
本来は歌詞のみの翻訳だったのだが、「歌詞だけじゃ整合性がなくなる」ということで全編を訳した。ただ、宮城から「歌詞翻訳の分しか金が用意出来ない」と言われ、それで新たなテキストを発売することにしたそうだ。ただ戯曲というのはそもそも売れないもので、「全国行脚」をして回ることになったそうである。連続トークイベントは今月6日に東京・早稲田で始まり、静岡(2度)、横浜を経て、昨夜が西宮、今日が大阪である。今後、岡山、福岡を回り、3月17日には番外編として中目黒で音楽ライブも行われる。

大岡は日本軽佻派を自称しており、『三文オペラ』の訳でも様々なことを試みている。脚韻を徹底させてあり、B系ともいわれる若者言葉を用いている他、マックヒースの演説では七五調を取り入れていて、歌舞伎のセリフのように響いてくる。

大岡は、これまでに発表された『三文オペラ』の様々な訳を読み上げ、「モリタート」は歌う。黒テントの山元清多(やまもと・きよかず)が舞台を日本に置き換えたバージョンの「モリタート」も歌われるのだが、黒テントの上演では服部吉次(はっとり・よしつぐ。服部良一の次男で、服部克久の実弟)が「モリタート」を歌っていた。服部吉次は音大出身で、実に上手く「モリタート」を歌っていたのだが、18日に行った横浜でのトークショーでは大岡の目の前に服部吉次がおり、服部の目の前で「モリタート」を歌うことになったそうだ。ちなみに服部の横には串田和美がいるという謎の豪華布陣だったそうである。


ちなみに、大岡は、ピーチャムとマックヒースの年が近い感じがするということで、ピーチャムの娘であるポリーとマックヒースとの間に年の差があるのではないかと読んでいるようである。例えとして、「ピーチャムが東尾修、マックヒースが石田純一、この人、靴下はいてないかも知れない。ポリーが東尾理子」と言っていた。マックヒースは銀行家に成り上がろうとしており、そのため、奥さんがちゃんとした人である必要が出てきたのだ。

貧民階層の人達が出てきて、整合性の低いことを言っていたりするのだが、これは釜ヶ崎芸術劇場でやろうとしている釜ヶ崎オ!ペラに似ているそうである。貧しい人達が上流階級や政府に逆らうでもなく、グチグチ言ってるだけで結果として為政者の思うがままになっているという状況は、19世紀末の架空のロンドンと今の日本社会に共通するもののようだ。上田假奈代によると道に出てきたり、何かすることがある人はまだましで、釜ヶ崎でも下の人達は引きこもって酒浸りであり、緩慢な自殺へと向かっているそうだ。

今の社会はみんなで歌える歌がなくなったという話になる。大岡によると、「原発で働いている人には歌がない」という。昔の炭鉱などでは文芸部があったり合唱サークルがあったりして、「炭坑節」という作者不詳の歌が生まれるという文化があった。ただ、原発には、ひょっとしたらあるのかも知れないが歌が生まれているという感覚がない。放射線が体に貯まらないよう、短期で人員の入れ替えがあるのかも知れないし、作業自体がリズムがあると支障を来すようなものなのかも知れない。本当の原因はわからないが歌から遠い場所に我々は来てしまっている。

「近代」が個々で行う作業が尊ばれた時代なのだとしたら、我々は「近代」を卒業出来ていない。
上田は、言葉には歴史があり、自分で生み出したものではないのに、何から何まで自分で生んだように錯覚するのが「近代」の文芸なのだというようなことを言う。
明治以降の詩に関しては、文語から口語へ、定型詩から自由詩へという流れが一貫としてあったのだが、大岡によるとそれも限界に来ているのかも知れないという。

大岡と上田は鳥取で、子ども達と一緒になって作品作りをするワークショップを行っていたりするのだが、個人では生み出すことが出来ないような豊かなものが生まれる可能性があるそうだ。


歌の話に戻ると、J-POPなどは歌が長くなり、複雑になったと細馬は指摘する。今のポピュラーシンガーのライブには、予めCDなり配信なりを聞き込んで、全曲わかるようにして挑むのが普通なのだが(私もそういうことはする)、細馬が若い頃はそんなことはしなかったそうで、楽曲も演奏時間が短く、誰でも歌えるようなものだったというのが大きいのではないかという。
確かに、現在主流のJ-POPは歌詞も複雑で1回聴いただけではなんのことを歌ってるのかよく分からなかったり、音程も半音ずつ上がり下がりしていたり、転調に次ぐ転調があったりと、変拍子が当たり前のように入っていたりと、聴くのも歌うのも難しいものが多い。世代間の断絶もあり、例えば私の親世代の人はブラックミュージックなどは音楽に聞こえない、子どもはいないけど子ども世代に当たる十代の子達が聴くラップなどは私は余り聴かないということもある。音楽を聴くというスタンスが変化し、アーチスト個人と聴衆一人の1対1のコミュニケーションという形になったような気がする。

「三文オペラ」だけでなく、つい最近に至るまで、貧困層の人々の声は、インテリ達が想像によって代弁していたのだが、例えば大岡が子どもの頃に住んでいたという川崎市生まれの人気ラップアーティストがいるそうだのだが、「川崎区で有名になるには人を殺すかラッパーになるか」という歌詞を歌うそうで、当事者が声を上げるようになってきた。ただ、彼らも下剋上を好む成り上がりで、結局、大人になって良い車になるようになって上がりであり、成り上がれなかった人達のことは等閑視するようで、貧困層の中にもまた階級が生まれ、音楽を共有出来ないことになっているようだ。

大岡は、演劇に関しても今は人間同士の密度の濃い劇団システムは廃れてしまい、プロデュース公演が基本で、いつもいる人はプロデューサーだけという状態と指摘する。昔は劇団に所属している人だけで上演を行っており、他劇団への客演さえ問題視され、テレビやCMに出るなんてとんでもないという風潮があったが、今はCMにテレビドラマの仕事を受けたからといって「なんでだよ!」と怒る人はまずいない。

他者とじっくり何かを作るという作業が時代に合わなくなってきているのかも知れない。個のアイデンティティも崩壊し、サイコパスが主流になって人間間の契約が成り立たなくなって、世界が崩壊するというディストピアを大岡は思い浮かべてもいるそうだ。

ただ、ポピュラー音楽が崩壊していく様は、クラシックがすでに辿った道であり、今のポピュラーミュージックは、理解が困難になったクラシックに変わる形で台頭した。あるいはこれから先により身近な形の音楽が生まれるかも知れないという予感は私の中ではある。



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