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2019年4月 3日 (水)

美術回廊(27) 名古屋市美術館 ハイレッドセンター「直接行動の軌跡」展

2013年11月23日 名古屋市美術館にて

名古屋市美術館でハイレッドセンター「直接行動の軌跡」という美術展を観る。ハイレッドセンターは、高松次郎(高でHigh)、赤瀬川源平(赤=Red)、中西夏之(中はCenter)の三人の芸術家が組んだグループであり、直接行動という手法で芸術表現を行ったそうだ。この中では作家でもあり、メディアにも登場機会の多かった赤瀬川源平が飛び抜けて知名度が高い。

名古屋市美術館はバブルの時代に出来たまだ比較的歴史の浅い美術館である。そのため、外観からして現代アートしている。

ハイレッドセンターの行った直接行動であるが、ロープを担いで、山手線の駅でそれを並べてそれを撮影したり(縦に、上がフレームアウトした「えの」と書かれた駅名が見えるので上野駅だと思われる)、変なメイクをして山手線の電車に乗って、それを写真に収めたり、道路を勝手に掃除して写真を撮ったりと、かなりはた迷惑なことをしている。冊子に「犯罪者同盟演劇」など書かれているが、「犯罪者同盟」というのはやはり芸術グループだそうで、赤瀬川源平と懇意であり、当時はこうした、時代にはっきりと「ノー」を突きつける芸術が確信犯として行われていたのがわかる。演劇の上演が実際に行われたのかはわからない。時は1960年代の初頭。高度経済成長が始まる時代である。

千円札(私が知っている最も古い千円札は伊藤博文の肖像画が用いられたものであるが、更にその前、まだ聖徳太子が千円札の肖像画であった時代である)を使った美術作品がある。贋千円札や(これはやはり裁判沙汰になったそうで、製造自体が禁じられているため有罪が確定したとのこと。「千円札裁判」という事件のようだ)、千円札にたかるクリップなど使った作品があり、これは拝金主義や「芸術の敵」と彼らが考えた法律などを揶揄したものであろう。千円札の肖像が聖徳太子から伊藤博文に変わるのは1963年であるが、「千円札裁判」を基にした「千円札有罪裁判」などという伊藤博文肖像の千円札に血糊を垂らした裁判記録を作ったりしている。

不自由芸術などという文字が書かれた冊子があり、ハイレッドセンターは座椅子や扇風機などを梱包したものを作品として表した。梱包されているが、それが故に解き放たれる未来があると感じられる仕掛けになっている。

「カーテンの非実在性」なる作品があり、白いカーテンから、黒い縄が出ている。「実在」の反対は、「架空」または「不在」である。哲学用語で「非在」という言葉もある。ただ、作品として実在するので架空は論外であり、また不在でも非在でもない。「非実在」という言葉を調べると、どうも法律の用語らしいことがわかる。東京都の青少年条例のようだ。確かに今回の展覧会の最初に展示された赤瀬川源平の作品タイトルには放送禁止用語が使われており、作品自体もどぎつさを持つ。彼らはこうしたショッキングな手法を敢えて用いることで、「日常」に揺さぶりを掛けようとしたのである。ただ、「カーテンの非実在性」からは性的なものは感じられない。解釈しようと思えば解釈出来るという程度である。ということで、ここで使われている「非実在性」なるものは、「作品それ自体が非日常である」という意味の方が強いように思われる。実際、彼らは現実ではあり得ないことを直接行動で表した。ただ、「非実在」なる言葉とそれが法律のための特殊用語であることを知っていたのなら、あるいは別の解釈が出来たのかも知れないと後になって思う。

続いて、ハイレッドシアターのメンバーの直接行動ではないアート作品が展示されている。高松次郎は名古屋駅の地下鉄に向かう道にも同様のものが展示されていた、一見、影絵のように見える作品を創作しており、これは面白かった。

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