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2019年5月13日 (月)

美術回廊(29) 京都文化博物館 「黒田清輝展」2014

2014年7月16日 三条高倉の京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「黒田清輝展」を観る。

日本における洋画の先駆者の一人である黒田清輝。代表作の「湖畔」は当然ながら展示されている。

黒田清輝は旧薩摩藩士の子であり、当初は法律を学んでいて、渡仏したのもフランス法を学ぶためであったが、パリでフランス絵画に触れ、画家に転身することを決めている。

黒田清輝が、パリから養父(伯父である黒田清綱)に送った手紙も展示されており、くずし字なので読めないが、活字化したものが壁に貼られている。候文であるが、候文なら私は読めるので、興味深い。黒田は、養父に、「法学者になるのは難しいので画の勉強をしようかと思っている」と書いて手紙を送り、その後、「(日本で有名だと思われる当代の画家3人の名前を挙げて)絵画の先進国である仏国(フランス)にあっては、日本画家の画など恥ずかしくて見せられない。そこで私がフランス絵画に負けないものを描いてみようと思う。ただ絵画というのは何年勉強すればものになるかわからないものである。自分に才能があるのかどうかも天のみが知っている」という内容の手紙を送っている。その3年後の手紙には「日本にいるときは画などは卑賤の者のやることだと思っていたが、フランスの絵画を観て、それは誤りだと気付いた。私が良い画を描いてみせることが日本のためになると思う。ただ自分に才能があるのかはわからない」と最後は同じような内容の文を送っている。
フランスに渡った直後、まだ法律を学んでいた頃のスケッチもあり、黒田が生まれつき絵心を持っていたことがわかる。
フランス時代の黒田の描写力は極めて高く、イメージ喚起力があり、元の風景がどんなものだったのかが、映像としてくっきりと脳内に浮かび上がる。

フランス時代の日記も展示されており、活字に直したものを読んでみると、「汁粉を焼いた、汁粉と書いたがショコラ(引用者注:チョコレート)である。その後、移動するために友人と一緒に歩いたが、田舎に入ると道が分からない。途中で、“お前らは何者だ? ドイツ人か?”などと問う人に出会ったのが面白く、二人で笑った。今夜の宿が取れるかどうかわからない。取れなければ夜通し歩くか、あるいは野宿するか」という内容である。

日本に戻ってからの黒田は、描写力よりも画でしか出来ない表現をすることに力を注いだようで、純粋な画の力を感じさせる作品が多い。

黒田は、日清戦争にジャーナリストとして従軍しているが、この時の日記も展示されており、面白い。一進一退の後、日本軍が押していて、清軍は退却する。その後、清の兵が現れたと思ったら、大きなかぶり物をした子供で、それを敵兵と勘違いしたことに大いに笑ったという。やがて砲声が聞こえたが、大砲は飛んでこない。一応、念のために退却する。その夜は、清の人の家に泊まったのだが、清人にしてはとても親切で、女性は黒田の顔を見て微笑むし、他の家人も懇ろにもてなしてくれたという。それまでに出会った清人は、皆、自分達が日本人だとわかった途端に、鬼でも見たかのように怯えて逃げてしまったそうだ。

黒田清輝は京都の円山公園内にアトリエを持っていたそうで、そこで描いた「昔語り」という大作があり、本作は残念ながら焼失してしまったが、下絵は残っており、それが展示されている。画に出てくる男性と、彼と手を繋いでる舞妓は実在の人物だそうで、舞妓と黒田が一緒に映った写真が展示されているが、確かに彼女である。彼女を描いた下絵が今日の展覧会では一番気に入った。

黒田清輝は裸体画を得意としたが、当時の日本では裸体画は猥褻物という扱いであり、そのことに強く反発したようである。「智・感・情」という三人の裸婦を描いた三部作が黒田の代表作の一つなのだが、女性達の手の仕草が仏像のそれに似ていることに気付く。「智」は虚空菩薩の、「感」は字は違うが同じ「かん」である観音菩薩、「情」は人類を救うとされる情け深い弥勒菩薩の手の置き方に似ている。「情」などは乱れ気味の黒髪をかき上げる仕草で、確かに「情事」を感じさせたりもするのだが、それはフェイクで、実際は観たままではなく一捻りしてあるような感じを受ける。

代表作「湖畔」は、箱根の芦ノ湖畔で描かれたもので、モデルは後に黒田清輝夫人となる金子種子(結婚後、照子に改名。ただし黒田はすでにバツイチということもあって親族の反対にあったため事実婚であり、入籍は遅れている)。照子夫人の証言により、描かれた場所も特定されており、同じ風景を撮った写真が壁一杯に貼られていた。
黒田照子の写真が3枚ほど展示されているが、今の尺度から見ても美人である。

黒田の絶筆となった「梅林」も展示されている。遠くから見ると儚げな梅の木に見えるのだが、近づくと実にまがまがしく、あの世の光景が黒田には見えているようにも感じた。

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