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2019年6月10日 (月)

コンサートの記(561) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第528回定期演奏会1日目&2日目

5月23日と24日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

5月23日

午後7時から、大阪・中之島のフェルティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第528回定期演奏会を聴く。今回の指揮者はシャルル・デュトワ。現在、NHK交響楽団の名誉音楽監督の称号を得ているが、例の騒動によって恒例になっていたNHK交響楽団の12月定期への出演などが流れ、結果として大フィルへの客演が実現したのだと思われる。

シャルル・デュトワは1936年生まれ。ズービン・メータやエリアフ・インバルと同い年となり、この年は指揮者の当たり年のようだ。小澤征爾は1935年生まれで1つ年上、ネーメ・ヤルヴィが1937年生まれで1つ年下という世代である。
スイス・フランス語圏のローザンヌで生まれ育ち、生地とジュネーヴの音楽院でアンセルメらに学ぶ。タングルウッド音楽祭ではシャルル・ミュンシュにも師事している。1964年にベルン交響楽団を指揮してデビュー。ヘルベルト・フォン・カラヤンに認められ、ウィーン国立歌劇場のバレエ専属指揮者に指名されるが、コンサート指揮者になりたいという希望があったため断っている。
1970年に読売日本交響楽団を指揮して日本デビュー。会場は当時のフェスティバルホールであり、聴衆からも楽団員からも極めて高い評価を受けている。
1977年にモントリオール交響楽団の音楽監督に就任。当初はさほど期待されていなかったようだが、瞬く間に同交響楽団を世界レベルにまで押し上げて関係者をあっといわせる。1996年にNHK交響楽団の常任指揮者に就任。1998年には初代音楽監督に昇進し、2003年まで務めている。1991年から2001年まではフランス国立管弦楽団の音楽監督も兼務し、北米、アジア、ヨーロッパの三大陸にポストを持つなど多忙を極めた。1996年のゴールデンウィークにフランス国立管弦楽団を率いてサントリーホールで公演を行っているが、それが私にとって初の来日オーケストラに接する機会となった。

 

演目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲、ベルリオーズの幻想交響曲。デュトワの十八番を並べたプログラムとなっている。
デュトワ指揮の「ダフニスとクロエ」は、NHK交響楽団の定期演奏会で全曲を聴いている。上演中に震度3の地震が起こったことでも思い出深い演奏会である。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。第2ヴァイオリンは今日も客演を含めて全員女性奏者となっている。

 

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。フェルティバルホールという大型の空間であるため、祝祭的な爆発感は感じにくかったが、音の色彩感と縁取りの鮮やかさが見事な演奏である。

 

ラヴィルの「ダフニスとクロエ」第2組曲は、今日一番の出来と思えるハイレベルな演奏。上品だが痛切な音が奏でられ、音楽というものが確実に皮膚から染みこんでくる。
私にとって音楽はなくてはならないものだと確認出来ると同時に、世界にとって必要なものであると確信することが出来た。
「ダフニスとクロエ」第2組曲はオーケストラだけの演奏でも可能だが、今回は合唱入りでの演奏。大阪フィルハーモニー合唱団が美しい声を届ける。
「全員の踊り」のラストの高揚感も流石であった。

 

メインであるベルリオーズの幻想交響曲。基本的にデュトワの演奏はエスプリ・クルトワ路線であり、エスプリ・ゴーロワではない。ということでおどろおどろしさや狂的な要素を表に出すことは余りない(1階席20列45番という席で、直接音が余り届かなかったということもそう感じさせる要因だろうが)が、音に宿るドラマと生命力の表出は見事。フランス音楽のスペシャリストとしての全世界に名を轟かせたデュトワの実力は並みではない。

客席は最初の「ローマの謝肉祭」演奏終了後から爆発的に盛り上がり、「ダフニスとクロエ」第2組曲演奏終了後は、客席が明るくなっても拍手が鳴り続けてデュトワが再登場。幻想交響曲演奏終了後も「ブラボー!」が各所から聞こえ、最後はデュトワがお馴染みとなった「バイバイ」の仕草を行って、演奏会はお開きとなった。

 

5月24日

今日も午後7時からフェスティバルホールでシャルル・デュトワ指揮の大阪フィルハーモニー管弦楽団の第528回定期演奏会を聴く。

今日も1階20列目だが、52番という右端の席。すぐそこが壁であり、反射が良いので音の輪郭がクッキリと聞こえる。そのため、音の迫力がわかり、序曲「ローマの謝肉祭」の狂騒がよりはっきりと把握出来る。一方で、「ダフニスとクロエ」第2組曲では音がはっきりしてるため、昨日に比べると神秘的な雰囲気は感じにくいかも知れない。全てが理想的な席というのはなかなかないものである。

幻想交響曲では、デュトワはアゴーギクを多用。即興性もあり、いつものデュトワとはちょっと違う演奏である。音にはステージの底から沸き起こってくるような迫力があり、昨日感じた蒸留水的な美しさとは少し異なる印象を受けた。今日の演奏の方が私の好みに合っている。

今日は演奏終了後にバンダの鐘奏者を紹介したデュトワ。第2ヴァイオリンの女性奏者が感激の表情を浮かべており、大フィル初登場は大成功であった。

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