カテゴリー「イギリス映画」の13件の記事

2017年3月 5日 (日)

これまでに観た映画より(93) ヒッチコック9「快楽の園」

2017年2月27日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時から、MOVIX京都で、ヒッチコック9「快楽の園」を観る。

「快楽の園」はアルフレッド・ヒッチコックの監督デビュー作である。1925年(大正14年。日本ではラジオの放送が始まった年である)制作、1926年(大正15年=昭和元年)公開の作品。オリヴァー・サンディスの同名小説を翻案したものである。イギリス映画であるが、当時のイギリス映画界は不振が続いており、制作費が見込めないため、すでに映画大国であったドイツのミュンヘンに本社を置くエメルカ社と提携し、ドイツとイタリアで撮影が行われた。映画黄金期にあったドイツの映画資本は英国の実に10倍ほどはあったという。
ただ、映画が完成したのは良いが、制作会社が出来に難色を示したため、公開は1年ほど遅れている。

今日も古後公隆のキーボードとチェロによる即興生演奏付きでの上映。字幕の日本語訳は大野裕之ではなく、別の男性が読み上げた。


「快楽の園」というのは劇場の名前である。若い女性ダンサーを目当てに、多くの男性が「快楽の園」に通っている。タイトルバックではすでにダンサー1人が踊っており、妖艶な雰囲気を出している。
ヒッチコック映画というと螺旋階段が多く登場することで有名だが、最初の映画の最初のシーンが螺旋階段を駆け下りる女性ダンサー達を撮ったものである。

パッツィ(ヴァージニア・ヴァリ)は「快楽の園」で働くダンサーの一人。パッツィの美貌に惚れて言い寄る男性もいるほどだ。パッツィはウィットに富んだ話で言い寄ってきた男性を退ける。
本番が終わった後、若い女性が「快楽の園」を訪ねてくる。女の名はジル(カルメリータ・ゲラティ)。田舎での生活が耐えられなくなってロンドンに出てきたのだが、お金がない。そこで「快楽の園」の支配人であるハミルトン(ジョージ・スネル)への紹介状を持って「快楽の園」を訪れたのだ。だが紹介状は劇場に入る前にスリの男性に奪われてしまい、バッグを引っ繰り返しても出てこない。見かねたパッツィは、ジルを自分の下宿先に泊まらせる。ジルはパッツィに婚約者の写真を見せる。ヒュー(ジョン・スチュアート)というハンサムな男性だ。

翌日、ジルはハミルトンの前でダンスを披露。「何でも踊れる」と豪語するジルは言葉通り見事な身のこなしを示し、ハミルトンに気に入られる。「週給5ポンドでどうだ」と誘うハミルトンに、ジルは「20ポンドがいいわ」と強気に出て認められた。
ヒューがパッツィとジルの下宿を訪ねてくる。ヒューは東洋へ海外転勤するのだと告げる。同僚のレヴェット(マイルス・マンダー)も少し遅れてから海外に赴任するそうだ。

ハミルトンは、ジルを王子であるアイヴァン(イヴァン。演じるのはC・ファルケンブルク)と娶せることを画策。望み通りアイヴァンとジルは恋仲となり、上流階級の人々に囲まれることに慣れたジルはヒューの転勤先に向かうこともなく、パッツィとの部屋も「狭すぎる」という理由で出て行ってしまい、アイヴァン王子の屋敷で贅沢な暮らしを送るようになる。

一方、レヴェットはパッツィにプロポーズして成功。二人は結婚することになる。イタリアのコモ湖畔に新婚旅行に行った後で、「資金が出来たら迎えに来る」と言い残して出港したレヴェットだが、現地に着くなり現地妻(演じるのはニタ・ナルディ)を作り、パッツィが出した手紙にも返事を書かない。
やがて、レヴェットは「病気になったので返事が書けない」という手紙を寄こす。心配したパッツィは渡航しようと思い立つがお金がない。パッツィの様子を見かねた大家夫婦が棚の上からへそくりを取り出し……。

かくして海を渡ったパッツィ。だが、病気になったのは本当だったが、現地妻といちゃついているレヴェットを目撃したパッツィは失望する。レヴェットは現地妻を追い出そうとするが、パッツィの方から家を出て行った。
現地妻は、本国に本妻がいたことを知って入水自殺を図る(「蝶々夫人」のような展開である)。現地妻の元へと泳いでたどり着くレヴェット。助けに来てくれたのだと思い、笑顔を見せる現地妻だったが、レヴェットが彼女の顔を海へと沈め……。


監督処女作にしてスリラーの要素を取り込んだロマンスに仕上げており、まだ二十代半ばの映画監督が撮ったものとしては完成度はとても高く、後年のヒッチコックの監督としての大成功を早くも予見させるものとなっている。
モノクロ映画であるが、フィルムは彩色されており、セピア色、グリーン調、パープル調、ピンク調と様々な色が用いられているのも特徴である。

なお、この映画で監督補&スクリプターを務めたアルマ・レヴィとは、これが縁となってヒッチコックは後に結婚することになる。

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2017年3月 3日 (金)

これまでに観た映画より(92) ヒッチコック9「恐喝(ゆすり)」(サイレント版)

2017年2月26日 新京極のMOVIX京都にて

午後5時から、MOVIX京都で、ヒッチコック9「恐喝(ゆすり)」を観る。1929年の作品。この映画はサイレントとトーキーの端境期ということで、サイレント版とトーキー版の両方が作られたという。私もトーキー版の「恐喝(ゆすり)」は観たことがあるのだが、サイレント版を観るのは今日が初めてである。というよりサイレント版「恐喝(ゆすり)」の存在を知らなかった。

この作品もまた舞台作品の映画化である。監督&翻案:アルフレッド・ヒッチコック、原作:チャールズ・ベネット、脚本:ガーネット・ウェストン&チャールズ・ベネット。

今日も、古後公隆によるキーボードとチェロの即興伴奏付きの上演。ディレクターである大野裕之は、作品の紹介と進行役を担当したが、字幕の日本語訳は今日は大野ではなく、劇団とっても便利の女優である佐藤都輝子(さとう・ときこ)が読み上げた。


ロンドンが舞台。スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の刑事であるフランク(ジョン・ロングドン)がホシを挙げることに成功。恋人で雑貨店の娘であるアリス・ホワイト(アンディ・オンドラ)と共に映画館に行くデートを楽しむことにするのだが、途中で寄ったレストランで、アリスは画家のクルー(シリル・リッチャード)からの誘いを優先させ、映画を観るのをやめて帰るとフランクに言う。アリスはクルーと共にレストランを後にする。フランクはそれを目撃し、後を追う。
クルーのアトリエに寄っていくことに決めたアリス。そこには悲しげに笑っているようにも見える道化の画があるのだが、それが後々、意味をなしてくる。
クルーが突然本性を露わにし、アリスに襲いかかる。ベッドに連れ込まれたアリスは近くにあったナイフを手に取るとクルーを滅多刺しにして殺してしまう。

クルー殺害事件の担当にはフランクが就くことに決まった。だが、現場でフランクはアリスがつけていたものと同じ指先の破れた手袋を発見する。フランクは手袋をポケットにしまい込み、証拠隠滅を謀る。

人を殺めてしまったショックで一晩中、ロンドンの街をさまよい歩いたアリス。だが、母親に悟られないように自宅(1階でホワイト雑貨店を営む)に帰り、2階の自室のベッドでずっと寝ていたふりをする。
ホワイト一家が朝食を終えた頃にフランクが訪ねてきて、アリスに昨夜何があったのかを聞く。と、そこへ人相の悪い男がホワイト雑貨店に入ってきて、一番上等な葉巻を注文する。男は火を点けて吸い始めるが、金を持っていないのでフランクに立て替えてくれるよう頼む。男の名はトレイシー(ドナルド・キャルスロップ)。昨夜の殺人事件の犯人がアリスだと知っていた。トレイシーは「朝食でも食べよう」と言って、ホワイト雑貨店の居間に上がり込み、アリスとフランクをゆすろうとする。
だが、トレイシーが指名手配されたという情報が電話を通してフランクに伝わる。殺害現場近くにトレイシーは足跡を残しており、トレイシーという名を照合したところ、殺人の前科があることが判明したのだ。今度はフランクが俄然反撃に転じ、トレイシーをゆする番となった。そしてフランクからの話を受けたスコットランドヤードの刑事達がホワイト雑貨店に踏み込んでくる。追い詰められたトレイシーはホワイト雑貨店の窓ガラスを破って逃亡。ロンドン中を逃げ回るが、どこに行っても追っ手は迫る。大英博物館に逃げ込んだトレイシーは大捕物を演じたあげく、ガラス屋根から転落死する。これで死人に口なしとなり、ハッピーエンドを迎えるかと思われたのだが……。

イギリス映画としては、初めて全編に渡ってトーキーが採用された映画となった「恐喝(ゆすり)」。だが、心理サスペンスであるため、サイレント映画にもまた強烈な魅力がある。心の揺れを眼差しや細かな仕草で表現したアリス役のアンディ・オンドラ、ふてぶてしさを表情のみで表現したトレイシー役のドナルド・キャルスロップ、弱気だったのが一転して復讐の鬼と化すフランク役のジョン・ロングドンなど、出演者の演技がとても素晴らしい。今日は字幕によるセリフは比較的多めだったが、しっかりと状況設定と役者の表現力さえあれば、サイレントであったとしてもかなり雄弁な映画となるうることが証明されたかのような作品であった。

のちに「ヒッチコック・シャドー」と呼ばれることになる長く不気味な影、ヒッチコック映画の定番でもある螺旋階段、殺害の瞬間を観客に見せない技法、ロンドンの象徴でもあるビッグベンの使い方や、手の差し出し方によって思い起こされるアリスのトラウマなど、ヒッチコックはサイレント映画の粋を集めたかのような巧みな映画作りを見せている。


ヒッチコックというとカメオ出演が有名であるが、「恐喝(ゆすり)」では、かなりわかりやすい形で登場する。フランクとアリスが地下鉄でレストランへと移動するシーンで、同じ車両に乗り合わせた男がヒッチコックである。車内で暴れ回る子供をにらみつけるという演技まで行っている。
 
 

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2017年3月 2日 (木)

これまでに観た映画より(91) ヒッチコック9「農夫の妻」

2017年2月25日 新京極のMOVIX京都にて

アルフレッド・ヒッチコック監督のサイレント時代の映画全9本をイギリス国営映画協会が2012年に最新デジタルマスターで1コマずつ復元した映像で日本初上映しようというヒッチコック9。ヒッチコックのサイレント映画は日本では映画館で上映されたこと自体が少なく、日本初上映となる作品も多い。
今日観るヒッチコック9は、ラブコメディーである「農夫の妻」。1928年の作品である。
「ふしだらな女」同様、この映画も戯曲が原作であり、イーデン・フィルポッツの大ヒット舞台を映画化したものだという。ヒロイン役は、「リング」でもヒロインを務めたリリアン・ホール=デイヴィス。ミュージカル映画「雨に唄えば」では、サイレント映画のスターがトーキーの時代になって通用しなくなる様が描かれているが、このリリアン・ホール=デイヴィスもトーキーに対応出来ずに精神を病み、この映画が作られたわずか5年後の1933年にガス自殺を遂げている。享年35。

イギリス南西部の農村が舞台。ヒッチコックは実際にイギリス南西部のマインヘッド郊外でロケを行っているが、主人公の家はロンドン市内に作られたセットで撮影されている。
サミュエル・スウィートランド(ジェイムソン・トーマス)の妻が亡くなる。妻は遺言と「早く再婚して」というメッセージを残していた。ただし、結婚相手は誰が良いのかは書かれていない。そこでサミュエルは、家政婦のアラミンタ(リリアン・ホール=デイヴィス)と協力して結婚候補のリストを作る。リストの載ったのは4人。いずれもサミュエルに対してその気があるような気配を見せていた女性達だ。
だが、「一人で生きていける」、「結婚相手には考えられない」、「年齢が離れすぎていて考えられない」などという理由で断ってくる。
ヒットした舞台の映画化であり、求婚される女性の一人、サーザ・タッパーを演じたモード・ジルは舞台版でも同じ役を演じていたそうである。
大傑作というわけにはいかないだろうが、愛らしい作品であり、俳優達の表情の演技も巧みである。リリアン・ホール=デイヴィスだけが飛び抜けた美女で、他は普通のおばさんであり、最初から結末はわかってしまうのであるが、納得出来る終わり方をするため、予定調和であるがハッピーエンドと感じられる。
気が変わってサミュエルと結婚する気満々でいたメアリー・ハーン役のオルガ・スレイドの錯乱を表す演技も面白い。

今日も英語の字幕の日本語訳を大野裕之が読み上げ、古後公隆がキーボードとチェロによる即興伴奏を生演奏した。


今日は映画監督を迎えたアフタートークがある。ゲストは映画「淵に立つ」で、第69回カンヌ国際映画祭・ある視点部門審査員賞を受賞した深田晃司(ふかだ・こうじ)監督。ヒッチコック9のディレクターである大野裕之と二人でトークを進める。深田は、ヒッチコック監督の「裏窓」という映画にサイレント映画の要素が見られると指摘する。「裏窓」では、足を骨折した主人公(ジェームズ・スチュアートが演じている)が裏窓から双眼鏡を使って向かいのアパートを眺めているうちに事件に巻き込まれるという展開をするのだが、向かいのアパートの住人達の仕草は見えるのに、声や音が聞こえてこないところがサイレント的であるという。
大野によるとヒッチコックはサイレント映画について、「最もピュアな映画の形」と形容していたそうで、サイレント映画こそが映像作品の究極形態の一つと考えていた節がある。
大野はチャップリン研究の専門家であるが、チャップリンもよく知られている通りトーキー映画に敵愾心のようなものを抱いており、「モダンタイムス」ではチャップリンは意味不明の言葉で歌ったことを挙げる。チャップリンがトーキーに本格的に乗り出すのは「自分の声でメッセージを伝えたかった」という理由で長大な演説シーンを盛り込んだ「独裁者」からである。
深田監督は、サイレント映画の中では、「イントレランス」、「裁かれたジャンヌ」、「ファウスト」が好きだそうである。サイレント時代には、英国には実は映画予算がなく、ドイツやアメリカの映画会社が資金潤沢だったそうで、ヒッチコックもアメリカの映画会社(のちのパラマウント)のロンドン撮影所に入社し、ドイツで最初の映画を撮っている。
チャップリンもバスター・キートンも喋る表情をしないサイレント映画を作っているが、「農夫の妻」では、声は聞こえないものの口は動いており、そこが他のサイレント映画の作家と違うところだと深田は指摘した。
また深田は、階段が効果的に使われていることについて述べ、左右だけでなく上下を有効に生かしていると語った。

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2017年3月 1日 (水)

これまでに観た映画より(90) ヒッチコック9「ふしだらな女」

2017年2月24日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時からMOVIX京都で、ヒッチコック9「ふしだらな女」を観る。1928年の映画。今日が日本における劇場初上映となる。「私生活(プライベート・ライヴズ)」などで知られる劇作家、サー・ノエル・カワードの戯曲の映画化。ただサイレント映画であるため、戯曲通りに映画を制作することは不可能であり、脚本のエリオット・スタナードがサイレント映画用に再構成を行って完成させている。

1928年というと、日本の年号に直すと昭和3年。日本国憲法第9条の元となるパリ不戦条約が結ばれた年でもある。

今回は生演奏付きでの上演となる。作曲家でピアニスト、チェリストでもある古後公隆がキーボードとチェロの演奏を行った。
「ふしだらな女」も字幕によるセリフは比較的多めで、ディレクターの大野裕之が日本語訳を読み上げる。

まずは裁判所の場面から始まる。被告人はラリータ・フェルトン(イザベル・ジーンズ)。ラリータは画家のクロード(エリック・クランズビー・ウィリアムス)に肖像画を依頼してたのだが、ラリータの夫のオーブリー(フランクリン・ダイアル)はアル中で癇癪持ちであり、酔ってはラリータを殴りつけるなどのDVを行っていた。クロードがラリータの肖像画を描いている時も、様子を見に来たオーブリーは堂々と酒を飲んでいる。オーブリーの不在時、二人きりで絵を描いていた時にラリータがDVを受けていることを知ったクロードは打撲痕のある腕を取ってラリータを慰めるのだが、折悪しく、丁度そこへオーブリーが帰ってきてしまう。ラリータとクロードの浮気の現場を押さえたと勘違いしたオーブリーは二人をなじる。激怒したクロードはピストルを発砲。オーブリーはクロードを散々に殴りつけるが、最後は倒れる。急所は逸れていて命に別状はなかったのだが、発砲音を聞きつけた警察が駆けつけてくる。追い詰められたクロードは自殺する(自殺のシーンはなく、法廷での証言のセリフでクロードの死が語られる)。
姦通罪で、有罪となったラリータは南仏へと移り、傷心を癒やそうとする。ある日、ラリータがテニスの試合を見ていた時に、テニスボールが逸れてラリータの顔に当たってしまう。ミスショットをしたのはジョンという青年(ロビン・アーヴィン)。これがきっかけとなり、ラリータとジョンは急接近。瞬く間に結婚に漕ぎ着けた二人はイギリスに帰ることになる。
しかしジョンの母親(ヴィオレット・フェアブラザー)はラリータに不審を抱いている。ジョンの母親は元々はジョンの幼なじみであるサラ(イーニッド・スタンプ=テイラー)を義理の娘として迎えるつもりでいた上に、何故か見覚えのあるラリータの顔から不穏なものを感じていた。サラはラリータに優しかったが、ジョンの母親はラリータには冷たく当たり……。

特に誤ったことはしていないのに、勘違いされたり間違われることで不幸になるという、ヒッチコック映画ではお馴染みのパターンが見られる映画である。
実は元のフィルムはすでに消滅しており、残っていたのは家庭用の16ミリフィルムに転写されたものだけだったという。なお、元々は94分の作品だったそうだが、今現在残っているのは69分のみであり、今回はそれが上映された。元々が粗悪な映像であったわけだが、イギリスが国費を注ぎ込んでデジタルリマスターしたというだけあって、予想よりも良い画像で観ることが出来た。

以前にも京都会館第2ホール(現・ロームシアター京都サウスホール)で、齊藤一郎指揮京都市交響楽団の伴奏によるチャップリンのサイレント映画を観たことがあるが、やはり生演奏による音楽の力には大きなものがある。その分、十分に注意しないと物語が音楽に飲み込まれてしまう可能性が高くなるということでもある。

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2017年2月28日 (火)

これまでに観た映画より(89) ヒッチコック9「下宿人」

2017年2月23日 新京極のMOVIX京都にて

午後7時からMOVIX京都で、ヒッチコック9「下宿人」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督初のスリラー映画としてとても有名な作品である。英国での封切りは1926年(日本の年号に直すと大正15年=昭和元年)。近衛秀麿と山田耕筰がNHK交響楽団の前身である新交響楽団(アマチュアオーケストラの新交響楽団とは別)を立ち上げたのがこの年である。
2階の部屋をうろつき回る下宿人(演じるのはアイヴァ・ノヴェロ)を下から捉えたカット(ノヴェロにガラス板の上を歩かせて撮影した)はよく知られている。

切り裂きジャックをモデルにした映画とされるが、マリー・ベロック・ロウデンスによる原作小説があり、ヒッチコック本人は、切り裂きジャックにインスパイアされた映画を作ろうという気持ちは薄かったといわれる。
なお、「霧のロンドンの物語」という副題がついているが、ヴィクトリア朝のロンドンというと枕詞のように「霧の」という形容詞がつく。だが、当時のロンドンが特に霧が発生しやすい街だったというわけではなく、その霧の正体は実は工場から出る煤煙だったということで人工的な現象だったわけである。

女性が断末魔の声を上げる映像でスタート。舞台はロンドン。毎週火曜日に金髪の巻き毛の女性が殺害されるという事件が続いている。遺体には「復讐者」と書かれたカードが必ず添えられていた。
目撃者の証言によると、犯人は顔の下半分をマフラーで覆った背の高い男だったという。モデルをしているデイジー(ジューン・トリップ)は金髪の巻き毛であるため、同僚に「用心しなくちゃね」などと語っている。
デイジーには恋人がいる。スコットランドヤードの刑事であるジョー(マルコム・キーン)である。ジョーがデイジーの実家に上がり込んで殺人事件の話をしている。仕草から見て、ジョーの方が一方的に惚れているようだ。
その時、デイジーの家をノックする男がいた。デイジーの実家では下宿人を募集しており、下宿を希望して来たのだ。男は背が高く、マフラーで顔の下半分を隠している。背後には霧が立ちこめ、バックライトも当たっていて、いかにも怪しそうである。男はデイジーを見ると興味を引かれたような目つきをする。
2階の下宿人用の部屋に案内された男は、そこにブロンドの女性の肖像画がいくつも掛かっているのを見て眉をひそめ、絵を取り替えるよう注文する。
火曜日の夜。男は密かに家を抜け出して表に出る。デイジーの母親(マリー・オールト)は男が出て行ったことに気づく。男は30分後に足音を潜めて帰ってきたのだが、その間にまたも金髪の女性が殺害されていた。デイジーの母親は男を怪しいとにらむ。


娯楽映画であるが、実験的要素を取り込んでおり、後に「ヒッチコック・シャドー」と呼ばれることになる長く不気味な影もすでに登場している。実はそのために配給側から「この映画は酷すぎる」と難癖を付けられてお蔵入りになりかけたそうである。当時はまだ映画には芸術的要素はお呼びでなかったことが窺える。
ヒッチコック映画ではお馴染みのヒッチコックのカメオ出演もこの映画から始まっているが、理由は遊び心からではなく、「エキストラが足りなかったため」監督本人も出る必要があったとされている。

サイレント映画ということで、俳優は表情豊かに演じている。「目は口ほどにものを言う」という諺通り、就中、目の表情が重要ということで、ギョロ目の演技も目立つ。今の映画であんな演技をしたら「大根」のレッテルが貼られるだろうが、当時はそうした演技のようが良しとされたのだろう。今の演技で重要なのは表情よりもセリフ回しの上手さで、いくら美男美女でもセリフが喋れなければお声は掛からないが、当時はセリフが録音出来ないので、見た目重視だった。トーキーの時代になり、見た目は良いがセリフの喋れない俳優が淘汰される様を描いた映画が「雨に唄えば」である。

サー・アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズを読むと、ブランデーを気付け薬代わりに飲ませるシーンがたびたび出てくるが、同じ対処法がこの映画でも見られる。

今回の音楽はアシッド・ジャズの大家であるニティン・ソーニーが新たに手掛けたものを使用し、ロンドン交響楽団が演奏している。とてもお洒落な音楽である。
「リング」では字幕によるセリフは余り出てこなかったのだが、「下宿人」はセリフが比較的多く、「リング」同様、劇団とっても便利の大野裕之が日本語訳を読み上げた。
1コマ1コマデジタル修正を行ったというだけあって、映像はかなり綺麗になっている。映像はモノクロであるがセピア色に染められたものとブルー系に染められたものの二種類があり効果的に用いられている。

「下宿人」を映画館で観ることなどないのだろなと思っていたが、幸運にしてその機会を得た。ありがたいことである。

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2017年2月27日 (月)

これまでに観た映画より(88) ヒッチコック9「リング」

2017年2月19日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で午後5時からヒッチコック9「リング」を観る。ヒッチコックが唯一、自身でオリジナル原案とオリジナル脚本の両方を手掛けた映画である。
ヒッチコック9は、アルフレッド・ヒッチコックがイギリス時代に監督したサイレント映画全9作を最新修正デジタルリマスターによって上映するという企画。京都での上映が昨日から始まっており、この京都での上映がジャパン・プレミアになるという(京都のミュージカル劇団である劇団とっても便利代表格で日本チャップリン協会会長の大野裕之がディレクターとして協力しているため)。

ヒッチコックのサイレント映画というと、サスペンス映画である「下宿人」が有名だが、それ以外の作品は余り知られてはおらず、観る機会にも乏しい。
今回上演される「リング」は、「下宿人」の翌年である1927年に制作されたもの。日本の年号に直すと昭和2年。世界初のトーキー映画である「ジャズ・シンガー」がアメリカで公開された年でもある。
新たに作曲された映画音楽付き。時折出る英語の字幕は弁士というほどではないが、大野裕之がその日本語訳を読み上げる。

ヒッチコック映画というと、サスペンス・ミステリーのイメージがあるが、「リング」は恋愛を描いた映画である。日本ではこれまで上映されたことはないため、今日が日本初上映となる。
 
舞台はロンドン。遊園地では、様々なアトラクションがあるが(その中には黒人の道化をもてあそぶという人種差別そのもののコーナーもある)、ロブ・コービー(イアン・ハンター)はボクシングの興業小屋の切符売り場の女性・メイベル(リリアン・ホール=デイヴィス)を見初める。ボクシング小屋にはワン・ラウンド・ジャックという通称を持つ看板ボクサー、ジャック・サンダー(カール・ブリッソン)がいて、メイベルとジャックは恋人である。ロブは「どんな相手でもワンラウンドで倒す」と豪語しているジャックに勝負を挑むことになる。ボクシング小屋では、素人がボクサーに挑めるのだが、屈強に見える海兵も瞬く間にKOされてしまうなど、ボクサーは手強い。だが、ロブはあっさりとジャックに勝利。それもそのはず、ロブは実はプロボクシングのチャンピオンだったのだ。ファイトマネーでロブはメイベルに腕輪を贈る。そしてロブからのキスもメイベルは受け入れた。だがメイベルはやはり約束通りジャックと結婚。結婚式にはロブも出席する。
ロブに見込まれたジャックは次のボクシングの試合で勝利し、ロブのスパーリングの相手に採用される。だが、自分と結婚しているにも関わらずロブと睦まじそうにしているメイベルを見てジャックは嫉妬を覚えた。
その後も対戦を重ねてようやくプロボクサーの仲間入りを話したジャック。ロブのいる頂点までは遠かったが、徐々に頭角を現し……。

サイレント映画であり、元々音がないという前提で撮られた映画である。そのため、出演者達の演技は表情や仕草が大仰になりがちで、これは音がない分をなんとか他の部分で伝わりやすいようにと工夫した結果であると思われる。
ストーリー的には比較的単純な恋愛ものなのであるが、ラストに向かって行く過程は予想は出来ていても引き込まれるものがある。

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2017年2月12日 (日)

これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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2016年10月10日 (月)

アントン・カラス(ツィター) 映画「第三の男」ハイライト

史上屈指の名画「第三の男」のハイライト映像。音楽はオーストリアの民族楽器ツィターの演奏家にして作曲家であるアントン・カラスによる「第三の男のテーマ(ハリー・ライムのテーマ)」。日本ではヱビスビールの音楽として知られています。

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2016年1月15日 (金)

これまでに観た映画より(78) 「未来世紀ブラジル」

DVDでイギリス&アメリカ合作映画「未来世紀ブラジル」を観る。映画も有名だが、主題歌の「ブラジル」の方がもっと有名だ。
1985年の作品。近未来ではあるが、20世紀のとある場所という設定である。1985年当時の未来予想像が窺えるのも興味深い。コンピューターはあるが、タイプライターがまだ積極的に活用されており、携帯電話も大型で、インターネットはなく、エアシューターが活躍している。

ある国のある都市。徹底された情報化社会と情報統制に反発を強める一団が爆弾テロを繰り返している。情報省に勤めるサムは夢の中に出て来た女性にそっくりのジルに惹かれ、情報剥奪局への昇任を利用し、ジルの情報を引き出そうとするのだが……。

夢と現実がたびたび入れ替わったり、何故かサムの幻想の中に日本の鎧武者が出て来たり、子供達が拷問遊びをしていたりと、キッチュな味わいに溢れている。

ラストは非常にブラックであり、救いがない。このシーンに陽気なメロディーを持つ主題歌「ブラジル」が対比されることで暗さが更に増す。「ブラジル」は憧れでしかないのだ。

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2014年6月11日 (水)

これまでに観た映画より(65) 「舞台恐怖症」

DVDで映画「舞台恐怖症」を観る。アルフレッド・ヒッチコック監督作品。ロンドンが舞台である。出演:ジェーン・ワイマン、マレーネ・ディートリッヒ、リチャード・トッド、マイケル・ワイルディングほか。

売れっ子舞台女優のシャーロット(マレーネ・ディートリッヒ)がDVにより夫を殺した。愛人であるジョナサン(リチャード・トッド)は事件の後始末をしようとしてシャーロットの部屋に入ったところを女中に見つかり、殺人者の汚名を着せられてしまう。ジョナサンのガールフレンドである新進舞台女優のイブ(ジェーン・ワイマン)を頼り、イブはジョナサンを自動車に乗せて、父の家まで送る。イブの父は、血の付いたドレスに細工がしてあるとして、シャーロットに疑惑を抱く。だが、シャーロットに疑いの目を向けるのはイブと父親だけだ。イブはシャーロットに近づき、しっぽを掴むべく、彼女の女中を買収し、女中の具合が悪いので身内である自分が代わりに女中を務めることになったとして、ドリスという偽名を用い、シャーロットの世話係になることに成功する。
だが、イブの知った真実は……

観客のほぼ全員が騙されるという趣向の映画である。公開当時は多くの人が怒ったという話も伝わっている。だが、カメラワークの使い方なども含めて面白い作品であるのは事実だ。往時を代表する俳優達の演技も細やかで文句なしである。
ヒッチコック監督の作品の中でも特によく知られている「サイコ」という映画があるが、「舞台恐怖症」は「サイコ」に似たところのある作品である。観客全員を煙に巻く。ヒッチコック監督の得意技だ。

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