カテゴリー「コンサートの記」の578件の記事

2019年7月22日 (月)

コンサートの記(578) サー・ネヴィル・マリナー指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団第79回定期演奏会

2015年5月15日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後3時から、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、兵庫芸術文化センター管弦楽団の第79回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、この4月に91歳を迎えたサー・ネヴィル・マリナー。

兵庫芸術文化センター管弦楽団は、月に1度同一演目3回の定期演奏会を行っており、今日は初日である。
曲目は、ハイドンの交響曲第96番「奇蹟」、ティペットの2つの弦楽オーケストラのための協奏曲、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。イギリスを共通項としたプログラムである(スコットランドがイギリスから独立していたら演目も変わっていたのだろうか?)。

指揮のサー・ネヴィル・マリナーは日本でもお馴染みの存在。1924年、イングランド・リンカーン生まれ。映画「アマデウス」の音楽監督を務めたことでも知られる。フィリップス、DECCA、EMIなどに膨大な量の録音を行っており、「史上最もレコーディングの多い指揮者」といわれたこともあるが、90年代の世界的不況以降は録音には恵まれているとはいえない。フィリップス・レーベルにはモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、ブラームスの交響曲全集を録音しているが、フィリップスは現在ではDECCAに吸収合併され、レーベルとしては消滅している。
マリナーは当初はヴァイオリニストとして音楽活動をスタート。ロンドン王立音楽院とパリ音楽院でヴァイオリンを学び、マーティン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者、ロンドン交響楽団の第2ヴァイオリン奏者として活躍。イートン校でヴァイオリン教師をしていた時に指揮者のピエール・モントゥーと知り合い、師事する。1959年にアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団)を組織し、指揮者兼コンサートマスターとして活動を開始。のちに指揮に専念する。指揮者としてロサンジェルス室内管弦楽団とミネソタ管弦楽団の音楽監督、シュトゥットガルト放送交響楽団の首席指揮者などを務めた。レパートリーはバロック以前から現代音楽まで幅広いが、特にモーツァルトには定評がある。

今日の兵庫芸術文化センター管弦楽団のゲスト・コンサートマスターは田野倉雅秋(大阪フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター、名古屋フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター)。コントラバスにNHK交響楽団の吉田秀が、ファゴットに京都市交響楽団の中野陽一郎が参加する。チェロにはゲスト・トップ・プレーヤーとしてマーティン・スタンツェライト(広島交響楽団首席チェロ奏者)が参加しているため、六人いる奏者の中で純粋な日本人は一人だけである(ハーフの奏者が一人いる)。

マリナー登場。91歳と高齢だけにゆったりとした歩みであるが元気そうである。

ハイドンの交響曲第96番「奇蹟」。
今日は前から2列目、上手の端に近い席であるが、KOBELCO大ホールはオペラ対応であるため天井が高く反響板もない。ということでステージに近い割りにはさほど音が良く聞こえないし(音が上に行ったまま帰ってこないため)、バランスも悪い。弦楽奏者で演奏中に顔がはっきり見えるのはコンサートマスターの田野倉雅秋だけ。アメリカ式現代配置であるためチェロ奏者は背中しか見えない(ティペットの弦楽オーケストラのための演目があるためティンパニは指揮者の正面ではなく上手奥)。管楽器奏者で顔がはっきり見えるのはファゴットの中野陽一郎だけ。その代わり、マリナーの指揮は良く見える。

そのマリナーの指揮であるが、指示がかなり細かい。通常の演奏なら指揮者がオーケストラのある程度任せることもあるのだが、今日のマリナーは100%、自身の棒で操ろうとする。兵庫芸術文化センター管弦楽団は日本で唯一の育成型オーケストラであるが、そのこととマリナーの棒捌きに関係があるのかわからない。ただ、伝統ある強者揃いのオーケストラを一人で完全に制御しようとすれば反発を受ける可能性があり、下手をすると喧嘩になる怖れもある。育成型オーケストラなら平均年齢が若く、メンバーが入れ替わるため伝統のようなものも築かれない。
格調が高く、明るめの音色による演奏。ピリオド奏法が話題になる前からピリオド的なアプローチを行っていたマリナーであるが、他の指揮者による流線型の演奏に比べると表情は穏健であり、刺激には乏しい。

ティペットの2つの弦楽オーケストラのための協奏曲。ヴァイオリンが両翼配置に変わり、ヴィオラがそれに挟まれる形になる。その背後に横一列にチェロ、更に後ろにコントラバスが並ぶ。シンメトリーの構図である。
颯爽とした演奏である。マリナーの指揮は相変わらずかなり細かい。第2楽章では左手でビブラートの長さも指示する。

音が良いとは言えない席ということもあって、前半は音楽を聴いたというよりもマリナーの指揮棒の細やかさを見たという印象が強い。

メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。音色が明るめであり、特にトランペットの音が輝かしいが、音の重心が全体的に高めであり、音が軽い印象を受けるため、この曲が持つ荘重な一面が余り出ない。マリナーの採ったテンポがかなり速めということもあり、曲の魅力が十全に引き出されたとは言えない演奏である。
ただ弦のハーモニーは美しく、マリナーがヴァイオリン奏者出身、それもオーケストラに所属していたということがプラスに作用したのかも知れない。

今日はアンコールがある。メンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」より第3楽章。この曲の演奏は渋みがあって良かった。
マリナーは曲が終わる毎にガッツポーズをしてみせ、最後はコンサートマスターである田野倉の手を取って一緒に退場した。

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2019年7月21日 (日)

コンサートの記(577) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団第26回いずみ定期演奏会

2015年2月26日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、日本センチュリー交響楽団第26回いずみ定期演奏会を聴く。今日の指揮者はセンチュリー響首席指揮者の飯森範親。

いずみホールは室内楽や器楽の演奏に向いた中規模ホール。日本センチュリー交響楽団も2管編成の中編成オーケストラということで、曲目もそれに相応しいものが選ばれる。
J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第3番、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(ピアノ独奏:萩原麻未)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲は、ヴァイオリン4人、ヴィオラ2人、チェロ3人、コントラバス1人、チェンバロ1人という編成での演奏。今日は女性奏者は全員、思い思いのドレスアップをしての登場である。京都市交響楽団の場合だと場所柄、着物姿の奏者もいたりするのだが、大阪だけに流石にそれはない。

飯森はノンタクトでの演奏。譜面台を置き、譜面をめくりながら指揮するが、スコアに目をやることはほとんどなく、奏者の方を向きながら譜面を繰ったりしていたので、全曲暗譜していて譜面を置いているのは形だけであることがわかる。
当然ながらピリオド・アプローチを意識しての演奏だったが、ビブラートは結構掛ける。いずみホールは中規模ホールにしては天井が高く、空間も広いので、徹底してノンビブラートにすると後ろの方の席では良く聞こえないということが起きるためだ。演奏の出来はまずまずである。飯森はどちからというとロマン派以降に強い指揮者なのでバッハが抜群の出来になるということはないと思われる。


萩原麻未をソリストに迎えてのモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。場面展開の間、飯森範親がマイクを片手に現れてトークで繋ぐ。萩原については、萩原がジュネーヴ国際コンクールで優勝するより前に広島交響楽団の演奏会で共演したことがあるという話をした。

萩原麻未は、1986年、広島市生まれの若手ピアニスト。2010年にジュネーヴ国際コンクール・ピアノ部門で日本人としては初となる第1位に輝き、注目を集めるようになった演奏家である。5歳でピアノを初めて数ヶ月後に広島県三原市のジュニアピアノコンクールで優勝、13歳の時に第27回パルマドール国際コンクール・ピアノ部門で史上最年少優勝という神童系ピアニストでもある。広島音楽高等学校を卒業後に渡仏、パリ国立音楽院卒業、同大学院修士課程修了。パリ地方音楽院室内楽科やザルツブルク・モーツァルティウム音楽院でも学んでいる。

昨年、藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団と共演したが、藤岡がプレトークで萩原のことをベタホメに次ぐベタホメで持ち上げすぎてしまったため、「うーん、期待したほどではなかったかな」という印象を受けた。アンコールで弾いたショパンの夜想曲第2番の第2拍と第3拍をアルペジオにするなど個性派であることはわかったが。

ただ今日は飯森範親が持ち上げすぎなかったということもあるかも知れないが、傑出したピアニストであることを示す演奏を展開する。

まず、ピアノの音色がウエットである。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番は、モーツァルトが書いたたった2曲の短調のピアノ協奏曲の内の1曲であり、萩原のピアノの音色はモーツァルトの悲しみを惻惻と伝えることに適している。スケールも大きい。ペダリングもまた個性的であり、優れたピアニズムの一因となっている。
第2楽章の典雅さも魅力的であり、第3楽章では速めに弾いたりするが、それはモーツァルトの切迫した心情を表現するのに適ったものである。

萩原は、基本的に猫背で顔を鍵盤に近づけて弾く。グレン・グールドのような弾き方である。日本では良しとされない弾き方であるが、海外で学んだ結果、今のスタイルに行き着いたのであろう。

飯森指揮のセンチュリー響であるが、先にも書いた通り、いずみホールはオーケストラを演奏するのに必ずしも向いたホールではない。萩原のピアノのスケールが大きく、良く聞こえたのに比べると、センチュリー響の伴奏はピリオド奏法を取り入れているということもあって音が小さく聞こえてしまうという難点があった。

萩原はアンコールとして、J・S・バッハ=グノーの「アヴェ・マリア」を弾く。バッハの「平均律クラーヴィア集第1巻より前奏曲」をグノーが伴奏に見立てて旋律を上乗せした作品である。雅やかで祈りに満ち、それでいて情熱的という不思議な世界が展開された。


メインであるベートーヴェンの交響曲第7番。飯森はこの曲だけ指揮棒を用い、譜面台なしの暗譜で指揮する。古典配置、ピリオド・アプローチによる演奏。飯森は指揮者としてはまだ若いだけに颯爽とした演奏が繰り広げられる。

第1楽章の終盤で、第1拍のみを強調したりする個性的な演奏であるが、おそらくベーレンライター版のスコアを持ちいて独自の解釈をしたのであろう。

第1楽章からアタッカで入った第2楽章は深みには欠けるがそれ以外は上出来である。

第3楽章、第4楽章は燃焼度の高い演奏となる。飯森は右手に持った指揮棒では拍を刻み、左手で表情を指示することが多いが、センチュリー響も飯森の指揮によく応え、集中力の高い演奏を行う。白熱した快演。
少しスポーティな感じはするが全体的には悪くない演奏である。ただ、コンサート全体を通して見ると萩原のピアノのほうが印象深い演奏会であった。

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コンサートの記(576) 沼尻竜典指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014(年度)「VIVA!オーケストラ」第4回「オーケストラと指揮者」

2015年2月8日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014(年度)~こどものためのオーケストラ入門~『VIVA!オーケストラ』第4回「オーケストラと指揮者」を聴く。「こどものためのオーケストラ入門」とあるが、曲目は大人向けである。親子で楽しめるコンサートであるが、子供が楽しむには曲目が難しすぎるかも知れない。

今日の指揮者は沼尻竜典。ナビゲーターはロザンの二人である。

曲目は、ビゼーの「カルメン」組曲第1番、「カルメン」前奏曲の子供による指揮者体験、サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ(ヴァイオリン独奏:黒川侑)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」


今日のコンサートマスターは泉原隆志。渡邊穣は降り番で、フォアシュピーラーは尾﨑平。首席オーボエ奏者は前半後半共に高山郁子が務めるが、首席フルートの清水信貴と首席クラリネットの小谷口直子は、後半のストラヴィンスキーのみの参加である。

天井から舞台の上にスクリーンが降りている。今日は「オーケストラと指揮者」というタイトルなので、指揮者の姿を正面から捉えた映像をスクリーンに映し出して、指揮者が何をしているのか見えるようにするという趣向である。指揮者と対面するP席では居ながらにして指揮者が正面に見えるのでスクリーンを見る必要はない。ただ、スクリーンを降ろした関係上、P席の座席数は通常より少なくなっている。

ビゼーの「カルメン」組曲第1番。第1曲である前奏曲(2つ目の前奏曲である)~アラゴネーズでは、弦は美しい音を出したものの、トランペットなどは能天気な音を出しており、沼尻の音楽の浅さか露わになってしまっていた。
間奏曲では、フルートの息継ぎの仕方が今一つ。前半もフルートが清水信貴であったら、こうはならなかったと思うが。
演奏終了後にロザンの二人が現れ、菅広文が「沼尻さんは楽器を何かされるんですか?」と聞き、沼尻が「ピアノを」と答えると、「沼尻さんが楽器出来ない思ってたんか?」と宇治原史規に突っ込まれる。菅は「指揮者の出演料って高いんですか?」と沼尻に聞く。沼尻は「そんなに高くないです。(コンサートマスターの泉原を指さして)あの人は高いと思います」と言う。ということで菅は泉原に「お給料高いんですか?」と聞き、泉原が首を横に振ると、更に「いくらぐらい?」と聞く。泉原は手を振って「ダメダメ」とやっていた。菅は「横にいる人(尾﨑平)より多く貰っているわけですね」と続ける。
ちなみにロザンは収入は折半制度としているそうで、宇治原のクイズ番組出演料も折半、菅の著書の印税も折半しているという。宇治原がクイズ番組に出演している時は、菅はテレビの前で本気で応援しているそうだ。


続いて、子供による指揮者体験コーナー。手を挙げた9歳の女の子と5歳の男の子が選ばれる。指揮するのは「カルメン」前奏曲(第1の前奏曲)である。沼尻が指揮の仕方を教え、まず9歳女の子がやってみる。4分の2拍子で棒を振ること自体は簡単である。女の子は普通の速さで振ったが、幼児であり背が小さいため、後ろの方の奏者は指揮棒が見えにくいようであった。女の子は合唱をやっているため、指揮者の姿は見慣れているそうだ。

5歳の男の子の指揮。普通の速さで入るが、途中で大幅に減速し、最後で急激に速度を上げる。京響の奏者達はただでさえ指揮棒が見えにくいのに速度までぶれるので大変そうであった。
菅が男の子に「将来何になりたいの?」と聞くと男の子は「お相撲さん」と答える。菅は「場所の間に指揮の仕事も出来ますね」と言い、沼尻も「(力士を)引退してからやってもいいです」と話してた。


サン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソ演奏のために、弦楽奏者らが退場するが、菅は「皆さん、いなくなりましたけど、これはリストラですか?」とボケる(基本的に面白いことは菅しかいわない)。

ヴァイオリン独奏の黒川侑が現れると、菅は「おぼこいですね」と言う。菅が年齢を聞くと、黒川は「25歳です」と答える。ロザンの二人は「あー、やっぱり若いんだ」と納得する(?)。

黒川のヴァイオリンは音色が美しい。スケールがやや小さく、情熱も不足気味なので、それが今後の課題となるだろう。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。演奏前のトークで、沼尻が「春の祭典」の初演時、聴衆の中にこの曲を音楽と認めない人がおり、怒号も飛び交ったという有名なスキャンダルを紹介する。沼尻は、ステージ上手奥に設置された電子ピアノを弾いて、通常の音楽の場合は旋律と和音があるが、「春の祭典」の場合、メロディーが奏でられる楽器をリズム楽器のように使っており、それが反発を招いたのではないかと推測する(なお、一大スキャンダルとなったのはディアギレフのバレエ団による上演であり、その直後に行われたコンサートでの「春の祭典」初演は成功しているため、バレエ初演の失敗が音楽ではなくバーバリズムを題材にした内容や振付にあったのではないかという説もある。一方で、バレエ公演の指揮者を務めたピエール・モントゥーは、事前にストラヴィンスキーと会って、「春の祭典」をピアノで弾いて貰ったが、「一音符も理解出来なかった」と述懐しており、先程曲が演奏されたサン=サーンスは「ファゴットの扱い方を知らない奴が現れた」と日記に怒りをぶちまけており、音楽が理解不能と感じた人も少なくなかったことが察せられる)。

演奏であるが、一定のステールできちんとまとめるといういかにも沼尻らしいものであった。沼尻の演奏は外れは少ないのだが大当たりすることも稀なように感じる。指揮は分かり易いのだが、整えることが目標になっているような気もしてしまう。

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2019年7月20日 (土)

コンサートの記(575) 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2019 レナード・バーンスタイン ミュージカル「オン・ザ・タウン」西宮公演

2019年7月14日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2019 ミュージカル「オン・ザ・タウン」を観る。佐渡の師であるレナード・バーンスタインが初めて作曲した舞台作品であり、某有名ドラマシリーズのタイトルの由来となったミュージカル映画「踊る大紐育」の原作としても知られている。

佐渡裕指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)の演奏。演出・装置・衣装デザインは、イギリス出身で佐渡プロデュースオペラの「魔笛」と「真夏の夜の夢」でも演出を担当したアントニー・マクドナルド。合唱は特別編成である、ひょうごプロデュースオペラ合唱団(合唱指揮:矢澤定明)。
佐渡プロデュースオペラは、外国人キャストと邦人キャストの日が交互に来ることが多いが、今回はミュージカル作品でダンスも多いということで、ロンドンで行われたオーディションで選ばれた白人中心のキャストでの上演である。出演は、チャールズ・ライス(ゲイビー)、アレックス・オッターバーン(チップ)、ダン・シェルヴィ(オジー)、ケイティ・ディーコン(アイヴィ)、ジェシカ・ウォーカー(ヒルディ)、イーファ・ミスケリー(クレア)、スティーヴン・リチャードソン(ピトキン判事&ワークマン1)、ヒラリー・サマーズ(マダム・ディリー)、アンナ・デニス(ルーシー・シュミーラー)、フランソワ・テストリー(ダイアナ・ドリーム、ドロレス・ドロレス、老女)ほか。このほかにもアンサンブルダンサーとしてバレエやコンテンポラリーのダンサーが数多く出演している。振付はアシュリー・ペイジが担当。

ブルックリンの海軍造船所に停泊した船に乗る、ゲイビー、チップ、オジーの3人の水兵が初めて訪れたニューヨークでの24時間の休暇を楽しむべく、様々な観光地を巡る計画を立てている。今回のセットは全面にマンハッタン島を中心としたニューヨークのガイド地図が描かれたものだ。ゲイビーはニューヨークの女の子とデートがしたいと語る。
キャットウォークから様々なボードが降りてきたり、左右から地下鉄の車両内のセットや登場人物のアパートメントの部屋などが出てくるなど、コミック調の演出と舞台美術が特徴である。またニューヨーク市タクシー(通称:イエローキャブ)は実際に舞台上を走り回る。

ニューヨークの地下鉄の乗り込んだ3人の水兵。ゲイビーは車両内に飾られた「6月のミス改札口」に選ばれたアイヴィ・スミスのポスターを見て一目惚れ。ニューヨークに住んでいるはずのアイヴィを探し出そうとチップやオジーに提案。ポスターに書かれた情報を手がかりに3人で手分けしてアイヴィを探すことになる。
イエローキャブに乗ったチップは、女性運転手のヒルディ(本名はブルンヒルド・エスターハージ)に惚れられ、ポスターにあった「アイヴィはミュージアムで写生の勉強をするのを好む」という情報を頼りにミュージアムに向かったオジー(勘違いして美術館ではなく自然史博物館に行ってしまう)は、文化人類学者のクレアと出会い、恋に落ちる。そしてゲイビーは「アイヴィはカーネギーホールでオペラのレッスンをしている」という記述に従い、カーネギーホール(ゲイビーは「カニーギホール」と誤読している)のレッスン室でアイヴィを探し出す。

地下鉄内でゲイビーが「6月のミス改札口」のポスターを剥がすのを見とがめた老女がその後も執拗に水兵達を追いかけようと登場するのが特徴。「統一感を与えるため」らしいのだが、この老女はクロノスの象徴なのではないかと思われる。実際に24時間ひいては人生や青春の短さが登場人物によって何度も歌われており、若者達の行方を遮る時間がつまりはクロノスとして現れているのであろう。

「オン・ザ・タウン」が初演されたのは、1944年(大戦中である)。レナード・バーンスタインはまだ二十代。ブルーノ・ワルターの代役としてニューヨーク・フィルハーモニックの指揮台に急遽上がって社会現象を巻き起こした翌年である。登場人物達とさほど変わらぬ年齢だったことになる。

 

兵庫芸術文化センター管弦楽団は、任期3年の育成型オーケストラであり、独自の色は出せない団体だが、若いメンバーが多いということもあってかアメリカものやミュージカルには最適の熱く迫力のある音を奏でる。なお、今回のゲストコンサートマスターはベルリン・ドイツ交響楽団の第1コンサートマスターであるベルンハルト・ハルトーク、第2ヴァイオリン客演首席に元ウィーン・フィルハーモニー第2ヴァイオリン首席のペーター・ヴェヒター、ヴィオラ客演首席にウィーン室内管弦楽団首席のシンシア・リャオ、チェロ客演首席にウィーン室内管弦楽団首席のヨナス・クレイッチ、トランペット首席にジャズトランペッターの原朋直という強力な布陣である。

 

日本人も食生活の変化で体格がかなり良くなったが、やはり平均値では白人の方がスタイルは上で、ミュージカルには栄える。以前、劇団四季が上演した本場ブロードウェイと同じ振付による「ウエストサイド・ストーリー」を京都劇場で観たことがあるが、体操のお兄さん風になっており、まだ歴然とした差があるようだ。

台本と作詞を担当したベティ・コムデンとアドルフ・グリーンのコンビも当時二十代で、これが初ブロードウェイ作品ということで、アメリカ的ご都合主義があったりするのだが、パワフルでユーモアに富んだ流れが実に良い。

 

カーテンコールでは、佐渡裕がイエローキャブに跨がって登場。爆発的に盛り上がり、幕が下りてはまた上がるが繰り返された。

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2019年7月16日 (火)

コンサートの記(574) 下野竜也指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第161回定期演奏会

2019年7月11日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第161回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学指揮科教授の下野竜也。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番、チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」(チェロ独奏は、音楽学部弦楽専攻4回生の舘野真梨子)、ドビュッシーの交響詩「海」

海の日が来週に迫っているということもあるのか、「海」をメインに持ってきたプログラムである。日本の音楽教育は今もドイツ偏重の嫌いがあるため、フランスものやロシアものもちゃんと弾いていこうという意図もあるのかも知れない。

他の国については具体的には知らないが、日本の音楽教育は高校でも大学でも女子が中心となっている。今日もステージ上は9割以上が女子である。ヴァイオリンやヴィオラで男子学生を見つけるのは「ウォーリーを探せ」状態。管ではトランペットやテューバなどでは男子学生も多いが、その他はやはり女性優位。近年、プロオーケストラのホルン奏者に優秀な女性奏者が目立つが、京都市立芸大オーケストラのホルンパートも大半が女性で占められている。
ただ、客席には男性が多いというのが、クラシックの逆転現象である。もっとも、国を問わず、クラシック音楽ファンは圧倒的に男性が多い。

ホワイエで見覚えのある女の子を見掛けたが、多分、「テラの音(ね)」に出演していた声楽科の子だと思われる。京都市立芸大の学生だけでなく、制服を着た高校生も男女ともに多いのが、今回の演奏会の特徴でもある。

 

ベートーヴェンの交響曲第2番。
第1楽章などは学生オーケストラであるためパワー不足は否めず、内声のホルンが迷走する場面もあったりしたが、若い人達による瑞々しい響きが好感を抱かせる。「ベートーヴェンの青春の歌」ともいわれる第2楽章も爽やかでチャーミングに歌われる。
ヨーロッパの高等音楽機関では、今ではHIP(歴史的演奏法)が必修になっているはずだが、日本はそこまでではないのか、今日も特にHIPらしき要素は見られない。
下野の指揮はリズミカルな音運びが特徴で、第4楽章などは学生達もとても楽しそうに演奏し、ノリノリとなった。

 

チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」。チェロ独奏の舘野真梨子(たちの・まりこ)はオーディションを勝ち抜いて選ばれたようだ。富山県立呉羽高等学校音楽コース出身。第28回クラシック音楽コンクール大学の部チェロ部門第4位、2019年小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトに参加、2016年ベストオブアンサンブルin金沢合格、2017年ルーマニア国際音楽コンクール・セバスチャン賞受賞などの実績がある。

舘野真梨子であるが、長身で肩幅も広く、音楽家というよりもスポーツ選手のような雰囲気を出している。技術は高く、表現力も豊かで良いチェリストである。
下野指揮の京芸オーケストラはコンサートミストレスもトップの顔ぶれなども変わったが、潤いのある輝かしい音を奏でていた。

場面転換のため、チャイコフスキーとドビュッシーの間に下野のトークが挟まれる。
「ご記憶に新しいと思いますが、先程まで指揮をしていた者です」と冗談でスタート。「ちょっと受けたのが嬉しいです」
下野は京都市立芸術大学の教授になってから3年目だが、「将来、オーケストラに入るかどうかはわかりませんが、入った場合の礎となるように」ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの曲をしっかりやろうという計画を立てており、今日もベートーヴェンの交響曲第2番を入れている。「『英雄』のような派手な曲ばかり注目されますが」もっと若い頃の作品もちゃんとやろうということで、前回は交響曲第1番、今回は第2番を演奏した。チャイコフスキーは、ロシアの中では西洋を向いていた作曲家と見なされており、シューマンやブラームスなども目標としていた、ということでドイツのロココの時代をモチーフにした曲を選んだそうである。ロシア人の指揮者は口を揃えて、「ロシア人以外の指揮者がチャイコフスキーを振るとベタベタし過ぎる」と語るそうだが、下野は「そっちだって結構ベタベタ」と感じているそうだ。
ドビュッシーの「海」は形にするだけでも難しい曲だが、ドビュッシーもやっておかねばならないということで挑戦の意味も込めて選んだようである。

 

そのドビュッシーの交響詩「海」。ハープは学生ではなく、京響ファンにはお馴染みの松村姉妹が務める。学生相手の指揮ということもあってか、下野は主題を浮き上がらせるような音楽作りをする。わかりやすくはある。3つの楽章全てで力尽くの場面が見られたが、プロのオーケストラ相手ではどうなるのか気になる。学生オーケストラということで強引にドライブした方が形にはなりやすいだろうから。
京芸の学生達も技術はかなりあり、フランス音楽的な表現力とは異なるかも知れないがパワーや音の煌めきなどにも長けている。下野の骨格のしっかりした音楽作りもあって、強引さはあっても聴かせる仕上がりにはなっていた。

演奏終了後、一度引っ込んだ下野は抜き足差し足で再登場、コンサートミストレスの肩を後ろから叩き、一人で立たせて拍手を受けさせるなど、茶目っ気を見せていた。

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2019年7月15日 (月)

コンサートの記(573) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2019

2019年7月7日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。指揮は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、ヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」序曲、レスピーギの交響詩「ローマの松」という重量級プログラムである。

コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは尾﨑平。今日はヴィオラ首席に店村眞積が入る。第2ヴァイオリンの首席は客演の山崎千晶。首席フルート奏者の上野博昭は「英雄」のみの出演である。

 

ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。広上はベートーヴェンを得意としているが、「英雄」を京響で取り上げる機会はこれまでほとんどなかったはずである。
広上の指揮なので最初から飛ばすかと思われたが、最初の二つの和音からして穏やかであり、勢いでなく優美さを優先させるという意外な「英雄」となる。
バロックティンパニを使用しており、思い切った強打が見られるが、それ以外に特段ピリオド的な要素はなし。ただ、リズムの刻み方が独特であり、モダンスタイルともまた異なる個性的な「英雄」である。考えてみれば、モダンオーケストラによるピリオド奏法が本格的に取り入れられてからすで20年以上が経過しており、異なった傾向の演奏が現れたとしても不思議ではない。
第2楽章の葬送行進曲も燃焼度は高いがフォルムの美しさは保たれており、アポロ的な芸術が指向されているようである。
広上は肩を上下させるなど、今日もユニークな指揮姿である。

 

ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲ではドラマティックに盛り上げ、歌劇「仮面舞踏会」序曲ではこぼれるような抒情美が目立つ。

 

レスピーギの交響詩「ローマの松」。オルガンの桑山彩子、ピアノの佐竹裕介、チェレスタの塩見亮が加わっての演奏である。
ボルゲーゼ荘の松から、はち切れんばかりの勢いと匂うようなエレガンスが同居しているという独自の演奏となる。
カタコンブ付近の松のほの暗さの描き方と袖から聞こえるハラルド・ナエスのトランペットソロも優れている。ジャニコロの松では、小谷口直子のクラリネットソロが雅趣満点である。
パイプオルガンの両サイドに金管のバンダを配したアッピア街道の松も迫力十分であるが、ザ・シンフォニーホールの空間が小さめであるため、スケールがややオーバー気味でもある。とはいえ、かなり優れた部類に入る「ローマの松」であることは間違いないだろう。浮遊感など、レスピーギが印象派から受けた影響を感じ取れるところも素晴らしい。

 

アンコール演奏は、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3集からイタリアーナ。今日のスタイルの締めくくりに相応しい典雅な演奏であった。

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2019年7月10日 (水)

コンサートの記(572) 新田ユリ指揮愛知室内オーケストラ第23回定期演奏会 フィンランド公演壮行演奏会

2019年7月3日 名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールにて

名古屋へ。午後7時から伏見にある電気文化会館ザ・コンサートホールで愛知室内オーケストラの第23回定期演奏会を聴くためである。指揮は常任指揮者の新田ユリ。愛知室内オーケストラはこの夏、フィンランドで行われる音楽祭に参加する予定で、今回の定期演奏会はフィンランド公演壮行演奏会を兼ねている。

愛知室内オーケストラ(Aichi Chember Orchestra,ACO)は、2002年に愛知県立芸術大学出身の若手演奏家によって結成されている。現在は愛知県を中心とする東海地方在住の音楽家がメンバーとなり、2011年に一般社団法人化。当初、名古屋市天白区に置かれた事務所は一時、愛知県立芸術大学のある長久手町に移っていたが、2015年に名古屋の繁華街である栄に設けられ、同年には新田ユリを常任指揮者として招いている。2016年に名古屋市芸術賞奨励賞を受賞。

新田ユリは、シベリウスを始めとする北欧もののスペシャリストとして知られる指揮者。シベリウス作品に特化したアマチュアオーケストラであるアイノラ交響楽団の正指揮者であり、現在は日本シベリウス協会の第3代会長も務めている。国立音楽大学を卒業後、桐朋学園大学ディプロマコース指揮科に入学。尾高忠明、小澤征爾、秋山和慶、小松一彦に師事。1990年のブザンソン国際指揮者コンクールでファイナリストに残り、91年の東京国際音楽コンクール指揮部門では2位に入っている。2000年から2001年に掛けて文化庁芸術家在外研究生としてフィンランドに留学し、ラハティ交響楽団でオスモ・ヴァンスカのアシスタントとなって研修に励んでいる。

 

曲目は、シベリウスの「カッサツィオーネ」、芥川也寸志の「弦楽のための三章(トリプティーク)」、シベリウスの交響曲第4番。

 

午後6時30分から新田ユリによるプレトークがある。途中で愛知室内オーケストラのヴァイオリン奏者でACO理事の一人でもある岩月茉那もトークに加わりフィンランドツアーの意気込みなどを語る。
愛知室内オーケストラでは、シベリウスの管弦楽曲を取り上げたことはあるが、交響曲をやるのは今回が初めてとなるそうだが、よく演奏される交響曲第1番や第2番は編成も大きくないと骨格がはっきりわからないということで、室内楽的な響きの曲として第3番と第4番が候補に上がり、第4番が残ったそうである。
シベリウスの交響曲第4番は日本で取り上げられる機会は余り多くないが、フィンランドでは「シベリウスのみならずフィンランド音楽の神髄」と捉えられているそうで、フィンランドに留学した際にも、「ユリさん、シベリウスの何を知っていますか? (交響曲)第1番や第2番だけでは駄目ですよ」と何度も言われたそうだ。フィンランドではシベリウスの交響曲第4番と第7番を研究すると良いとアドバイスを受けたという。

 

シベリウスの「カッサツィオーネ」。作品ナンバーは6であり、交響曲第2番と第3番の間の時期に書かれている。1904年に初演されたが、翌年に小規模オーケストラのための編曲が施され、今回演奏されるのはその1905年の版である。その後も改訂を加えられるはずだったが、結局果たされることはなく、作曲者の生前にはスコアは出版されなかった。

ウィーン留学時代にブルックナーの作品に感銘を覚え、ウィーン音楽院の教授だったブルックナー本人から直接教えを授かろうとして叶わなかったというエピソードを持つシベリウス。「カッサツィオーネ」は、弦のトレモロに乗って管が浮かび上がるというブルックナースタートによく似た始まり方であり、影響が聞き取れる。
旋律がはっきりしていた頃の作品であり、シベリウスの醍醐味からは遠いが、独特の響きにはその個性がはっきり刻印されている。

ザ・コンサートホールは、日本で初めて室内楽の演奏に特化して設計されたホールであり、響きがかなりクッキリしていて美しい。室内楽専門ホールということで管のソロは輪郭がはっきり浮かび上がるが、シベリウスのオーケストラ曲をやるには響きがリアル過ぎるかも知れない。フォルテになるとすぐに飽和状態になるため、音のバランス作りも難しそうである。
ステージが狭いため、第1ヴァイオリン6、第2ヴァイオリン5という編成にも関わらずギッシリで、コンサートマスターの平光真彌は登場する際、ステージ前方の狭いスペースを綱渡りでもするようにソロリソロリと歩んでいた(後半は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの間を歩いて席に向かった)。
ホールに指揮台は備えられているようだが、新田ユリは指揮台を使わず、ステージ上に直接立って指揮を行う。

 

芥川也寸志の「弦楽のための三章」。芥川也寸志の父親である芥川龍之介は、ストラヴィンスキーなど当時のロシア前衛音楽の愛好家だったそうで、也寸志も幼い頃から父が遺したSPなどを聴いて育ち、長じてからはショスタコーヴィチなどのソビエト音楽家の紹介者としても活動するようになる。
「弦楽のための三章」は、古典的なフォルムと鋭い響きを併せ持つが、聴いているうちに「日本版『古典交響曲』みたいだな」という印象を受ける。ソビエト音楽に詳しい芥川がプロコフィエフの「古典交響曲」の日本版を試みたとしても別に不思議ではない。

ザ・コンサートホールの響きは美しいのだが、美しすぎて腹に響くようなところがないため記憶に残りにくいという難点がある。

 

シベリウスの交響曲第4番。音がヒンヤリとしており、ホール内の温度が本当に下がったように感じられる。
第1楽章のいいところで木管のミスがあり、感銘が下がってしまったの残念だが、全体的にはシベリウスの音楽性を存分に表現出来ていたように思う。半音ずつ上がっていく音階からシベリウスの苦悩と呻吟が痛いほど伝わってくる。
第4楽章のグロッケンの場面ではグロッケンシュピールを採用。流石にザ・コンサートホールでチューブラーベルは無理だろう。

 

アンコールとしてシベリウスの組曲「クリスチャンⅡ世」よりミュゼットが演奏された。

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2019年7月 8日 (月)

コンサートの記(571) クリスティアン・アルミンク指揮ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019京都

2019年6月29日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、クリスティアン・アルミンク指揮ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。

ベルギー・フランス語圏の中心都市であるリエージュ。リエージュ州の州都である。ベルギーを代表する作曲家であるセザール・フランク、無伴奏ヴァイオリン曲が人気のウジェーヌ・イザイ、「メグレ警部」シリーズで知られる推理作家のジョルジュ・シムノンなどを生んだ街であり、ベルギー名物であるワッフルが誕生した場所でもある。

ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団は、1960年の創設。近年は、パスカル・ロフェ、フランソワ=グザヴィエ・ロトなどが音楽監督を務め、2011年からクリスティアン・アルミンクを音楽監督に戴いている。
1990年に初来日しているが、今回はそれ以来、実に29年ぶりの来日公演となる。リエージュ・フィルが王立を名乗ることを許されたのは2010年のことなので、現在の名称となってからは初の来日となる。

リエージュ・フィル音楽監督のクリスティアン・アルミンクは、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を10年間務めており、日本でもお馴染みの存在である。
1971年、ウィーン生まれ。父親はドイツ・グラモフォン・レーベルの重役(のちに社長になる)であり、著名な音楽家が自宅に遊びに来ることもしばしばだったようだ。父親がドイツ・グラモフォン極東部門総責任者を務めた幼少時には、アルミンクも東京・六本木で過ごした経験があるという。その後、ウィーンに戻り、ウィーン国立音楽大学で指揮をレオポルド・ハーガーらに師事。卒業後は、タングルウッドで小澤征爾に学び、2003年には「セイジのオーケストラ」こと新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に迎えられている。若くしてヤナーチェク・フィルを指揮してアルテ・ノヴァ・レーベルに録音を行っており(私はたまたま発売直後に買っている)、ルツェルン歌劇場と交響楽団の音楽監督を経て現職。また、2017年4月からは広島交響楽団の首席客演指揮者も務めている。
この春には、小澤征爾音楽塾の歌劇「カルメン」京都公演の指揮を師である小澤と二人で務めた(小澤は、序曲と記事にはあったが、おそらく前奏曲の第1番と第2番のみを指揮して交代したため、アルミンクがほぼ全編を指揮。小澤はその後病気でリタイアしたため、関東での公演は、完全にアルミンク一人で担当している)。

 

曲目は、ルクーの「弦楽のためのアダージョ」、タン・ドゥン(譚盾)のギター協奏曲「Yi2」(日本初演。ギター独奏:鈴木大介)、ブラームスの交響曲第1番。

 

リエージュ・フィルの登場の仕方は変わっており、開演時間である午後2時の3分ほど前にメンバーがゾロゾロと登場(1曲目が弦楽のための作品なので弦楽器奏者のみの登場)。席に座って各々が攫い、午後2時を過ぎてからコンサートマスターのゲオルク・トゥドラケが一人で登場して、全員で挨拶という形になる。そのためか、開演5分前を告げるチャイムは前後半とも鳴らなかった。

 

ルクーの「弦楽のためのアダージョ」。ギョーム・ルクーは、ベルギー・リエージュ州出身の作曲家。セザール・フランクの弟子である。9歳の時に両親と共にフランスに移住し、その後、パリでフランクとヴァンサン・ダンディに師事。「天才」との評価を得るが、24歳で夭逝している。
「弦楽のためのアダージョ」は、師であるフランク追悼のために書かれたものとされる。

哀感十分の曲調である。一世代上のグリーグや同世代であるシベリウスに繋がるような旋律も登場するため、曲調も把握しやすい。
リエージュ・フィルの弦楽は、渋い輝きを特色としていて、フランス語圏のオーケストラではあるが、どちらかというとオランダやドイツのオーケストラに近い個性を持っているのが面白い。

 

タン・ドゥンのギター協奏曲「Yi2」。現代中国を代表する作曲家であるタン・ドゥン。「題名のない音楽会」などへの出演やNHK交響楽団との共演で日本での知名度も高い。湖南省長沙に生まれ、幼いときから民族音楽などに触れて、二胡奏者として活躍していたが、ベートーヴェンの交響曲第5番を初めて聴いた時に「エイリアンの音楽だ!」と衝撃を受け、クラシック音楽の道に進んでいる。文革の下放後に北京の中央音楽院に入学し、武満徹の音楽などに触れる。卒業後に渡米。ニューヨークのコロンビア大学大学院で前衛的な作曲法を学び、以後もニューヨークを拠点に作曲や指揮者としての活動を続けている。

タイトルの「Yi2」に関しては詳しいことはわからないが、「Yi」は「易」という字のピンイン(中国語版ローマ字)の表記とされ、これまで「Yi0」「Yi1」の2作が発表されていて、これが3つ目の作品になるという。

まず、鈴木大介のギターソロで始まるが、すぐにアルミンクが手を打って応え、というより遮るようにして止まり、再びソロが始まるも、また指揮者による手拍子が加わる。
その後、二拍による音型が「得体の知れない何か」の行進曲のように続く。
ギターのソロであるが、いかにもスペイン的な要素と、タン・ドゥンの祖国である中国の琵琶(ピパ)を意識したトレモロの2つが交互に現れる。琵琶を模した部分であるが、映画音楽に詳しい人には、「映画『ラストエンペラー』の東屋での場面に流れる、コン・スーが作曲した音楽によく似ている」と書くとあるいは通じるかも知れない。
オーケストラにはピアノが加わっているが、ピアニストはピアノの弦を弾いて音を出したり、腕を組む形で鍵盤に押しつけてトーンクラスターにしたりと、変則的な演奏を行う。ストラヴィンスキー的な盛り上がり方をするクライマックスでは、オーケストラのメンバーが、「シー」という言葉を2度ほど発する。

交響詩ではないので具体的な何かを描いているわけではないだろうが、スペインも中国も独裁者が圧政を行った国であり、二拍の不気味な行進曲からは、そうした歴史が想起される。

 

鈴木大介のアンコール演奏は、ビートルズナンバーの「Yesterday」。武満徹による洒落た編曲もいい。

 

ブラームスの交響曲第1番。リエージュ・フィルは第1ヴァイオリン16型で編成は小さくないが、前方に詰めたシフトを敷いているため、ステージの後ろの方が開くという布陣である。
序奏は悲劇性よりも哀感を優先させ、その後、徐々に熱くなっていくという解釈である。リエージュ・フィルはリズム感はそれほどでもなく、アンサンブルの技術も正確性に関してはあるいは京響の方が上かも知れないが、憂いと渋みのあるしっとりとした音色は、あるいは完璧に合わせるのではなくほんのわずかにずらすことで生まれているのかも知れない。ヨーロッパ人の音に対する感覚の鋭さがうかがわれる。

コンサートマスターのゲオルク・トゥドラケはボウイングが大きいが、管楽器が主役の部分などではアルミンクから弦楽器のまとめを託されて協力して演奏していることが見て取れる。
洗練された雅やかなブラームスであるが、第4楽章のクライマックスで突如リタルダンドするのが特徴。他には聴かれない解釈なので、どういう意図があったのか気になる。
アルミンクは、通常はそれほど力まず、ここぞという時に全力を傾注するというスタイルでドラマを引き立てていた。

 

アンコール演奏は、ブラームスのハンガリー舞曲第6番。これも土俗感は余り出さないシャープな演奏であった。

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2019年7月 7日 (日)

コンサートの記(570) billboard classics 「KOJI TAMAKI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2019 THE EURASIAN RENAISSANCE “ロマーシカ” into the GOLD」大阪公演 2019.6.27

2019年6月27日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、billboard classics「KOJI TAMAKI PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2019 THE EURASIAN RENAISSANCE "ロマーシカ" Into the GOLD」を聴く。長いタイトルだが、要するに玉置浩二とオーケストラとの共演である。

ゴールデンウィークに、奈良・薬師寺の特設会場で西本智実指揮イルミナート・フィルハーモニーオーケストラと玉置浩二の共演も聴いているが、当日の薬師寺は雨で気温も低め、ということでレインコートを羽織っての参加となったが耐久レース状態でもあった。もっと集中して音楽を聴きたいということでフェスでのコンサートのチケットも取った。指揮が何度も実演に接している湯浅卓雄だったということもある。
大阪公演で共演するのは大阪フィルハーモニー交響楽団。コンサートマスターは田野倉雅秋である。

今回のツアーは、24日に福岡サンパレスでスタート。福岡公演(ビルボードクラシックオーケストラ)と大阪公演、札幌のニューホールであるhitaru(札幌交響楽団の演奏)、東京芸術劇場コンサートホール(東京フィル・ビルボードクラシックオーケストラと東京フィルハーモニー交響楽団が1日ずつ演奏を行う。両者は同一団体)、横浜の神奈川県民ホールでの公演(東京フィルハーモニー交響楽団)は湯浅卓雄が指揮、さいたま市の大宮ソニックシティでの公演(東京フィル・ビルボードクラシックオーケストラ)は円光寺雅彦が指揮を務め、改修を終えたばかりの名古屋・愛知県芸術劇場大ホールでの演奏会(ビルボードクラシックオーケストラ)では柳澤寿男がタクトを執る。その後に特別公演があり、玉置はデイヴィッド・ガルフォース指揮ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》と共演する予定である。メインのタイトルとなる「ロマーシカ」は、ロシアの国花だそうである。

ちなみに、ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》は、スヴェトラーノフ記念となっているいわゆるロシア国立交響楽団のことではなく、かつてロジェストヴェンスキーの手兵として知られたソビエト国立文化省交響楽団の現在の名称である。

今日の指揮者である湯浅卓雄は、1949年大阪府生まれ。枚方市と寝屋川市の境付近に生まれ、区画整理によって寝屋川市になった場所で生まれ育ったが、代々枚方の家系だそうで、枚方への思い入れをコンサート会場で語ったこともある。同志社香里高校卒業後に渡米、シンシナティ大学音楽院で作曲を専攻し、その後、ヨーロッパに渡ってウィーン国立音楽大学で指揮を学ぶ。NHK交響楽団名誉指揮者として知られたロヴロ・フォン・マタチッチのアシスタントとしても活躍。日本では1984年から5年間、群馬交響楽団の指揮者を務めているが、それ以外はヨーロッパでキャリアを築いている。イギリス・北アイルランドのアルスター管弦楽団首席客演指揮者時代にNAXOSレーベルと専属契約を結び、次々と新譜をリリースして日本でも知られるようになり、「頭脳流出」「逆輸入型」とも呼ばれていたマエストロである。21世紀に入ってからは在阪オーケストラへの客演も増え、センチュリー響とはブラームスとロベルト・シューマンの交響曲全集をリリースして好評を得ている。
今月29日にさいたま市大宮で予定されている玉置浩二の公演の指揮は円光寺雅彦に譲り、湯浅は30日に大阪フィルを指揮してベルリオーズの大曲「レクイエム」を上演する予定。フェスティバルホールの2700席はすでに完売である。

湯浅はずっと海外で活動していたため、玉置浩二のことは名前しか知らなかったそうである。

 

今日は2階5列目の24番という中央に近い場所での鑑賞。クラシックなら最上の音のする席の一つだと思われるが、プラグインでの公演なので状況が異なるかも知れない。

 

オーケストラとの共演で聞き映えのする作品ということで、バラードが中心であり、オーケストレーションが必要ということもあってか、薬師寺での公演と重なる曲も多い。

湯浅と大フィルによる「歓喜の歌」(管弦楽版)でスタート。その後、玉置が拍手を受けて登場し、「キラキラニコニコ」で歌が始まる。
「いつもどこかで」、「ぼくらは」、「MR.LONELY」~「プレゼント」~「サーチライチ」のメドレーを挟んで、「ロマン」、「FRIEND」で第1部が終了。
第2部は、湯浅と大フィルによるハチャトゥリアンの「スパルタクス」第2組曲より“スパルタクスとフリーギアのアダージョ”とスタートし、「GOLD」、「行かないで」、「JUNK LAND」、「ワインレッドの心」~「じれったい」~「悲しみにさよなら」のメドレーに続いて「夏の終わりのハーモニー」で本編が終わる。

 

フェスティバルホールでポピュラー音楽を聴くのは久しぶりということもあり、マイクにエコーが掛かりすぎているような気もしたが、ポピュラーとしてはこれが普通の音響なのかも知れない。
クラシック対応のフェスティバルホールということで、玉置が終盤に連続して行ったマイクなしでの歌唱もよく響く。ちなみに薬師寺でも同様のことを行っていたが、野外なので声が余り届かなかった。薬師寺では奉納演奏会の意味もあったが、やはりコンサートは優れた音響を持つ会場で行った方が良い。

「Mr.LONELY」、「FRIEND」、「行かないで」という染みる系の歌を再び聴けたのは嬉しいし、子供の頃に聴いた「ワインレッドの心」や「悲しみにさよなら」をオーケストラ伴奏で再度味わうことが出来たのは貴重な体験である。台風が近づき、大阪はG20でいつもとは違う表情を見せているという状況もあったが、ドラマティックな歌唱が胸に響く。いや、玉置浩二の歌は耳や心だけでなく、全身で聴くものなのだろう。安易に「感動」と言ってしまってはいけないのかも知れないが、体全体が揺さぶられるような感覚に何度も陥った。

玉置浩二は、ゴールドリボン募金の呼びかけ人ということで「夏の終わりのハーモニー」では歌詞の一部を「ゴールドリボンに」に変えて歌う。

 

「夏の終わりのハーモニー」が終わった後、玉置浩二と湯浅卓雄は腕を組んで至近距離で向かい合い、「さあ、これからどうする?」というポーズを見せる。無論、アンコールはあるのだが、ポーズである。

まず、湯浅と大フィルがベートーヴェンの交響曲第6番「田園」第1楽章を演奏。旋律の所々が玉置浩二の「田園」に置き換わる。玉置が登場して、「田園」の熱唱スタート。聴衆も全員が手拍子で盛り上げ、一体となる。玉置浩二は、サビの部分を「愛はここにある。大阪にある」に変えて歌い、1階席は総立ちの聴衆が大歓声を送った。

この曲で終わりでも良かったのだが、アンコール2曲目として「メロディー」が歌われる。玉置はこの曲もラストはマイクなしで歌った。

満面の笑顔を見せた玉置浩二は、最後はエアハグ(なのかな? 自分を抱く格好をする)などを行い、喝采と興奮の中、ステージを後にした。

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2019年7月 6日 (土)

コンサートの記(569) ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年6月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後1時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。「未完成」「運命」「新世界より」の三大シンフォニープログラム。ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルのコンビではブランドとして少し弱いかも知れないが、大阪フィルハーモニー交響楽団なども毎年行っている「未完成」「運命」「新世界」の三大交響曲プログラムはとにかく人気であり、今日もザ・シンフォニーホールの客席は8割以上は埋まっていると思われる。


旧東ドイツを代表する指揮者であったクルト・ザンデルリンクの息子であるミヒャエル・ザンデルリンク。異母兄のトーマスと同母兄のシュテファンも指揮者だが、ミヒャエルは最初にチェリストとしてキャリアを築いてから指揮者に転向したことが他の親族とは異なる。ハンス・アイスラー音楽大学でチェロを専攻し、マリア・カナルス国際コンクール・チェロ部門で優勝。ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者やソリストとして活動後、30歳を過ぎてから指揮者デビューしている。現在も教育者としてチェロに携わっており、フランクフルト音楽舞台芸術大学教授などを務めている。

ヘルベルト・ケーゲルが残した録音によって知名度が高まったドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団。ドイツのオーケストラでありながらフランスの名匠であるミシェル・プラッソンを首席指揮者に招くなど意欲的な人選でも知られる。2011年よりミヒャエル・ザンデルリンクが首席指揮者を務めてきたが、ミヒャエルはこの6月をもって勇退、後任には以前にもドレスデン・フィル首席指揮者を務めていたマレク・ヤノフスキの再任が決まっており、秋から新時代に入る予定である。


午後1時30分ジャストにドレスデン・フィルのメンバーがステージ上に現れる。時間にかなり正確なのがドイツの楽団らしい。前後半でコンサートマスターとフォアシュピーラーが入れ替わり、前半はHeike Janickeがコンサートミストレスを務め、前半のフォアシュピーラーであるRalf-Carstten Bromselが後半のコンサートマスターとなってHeike Janickeはフォアシュピーラーに回る。ほぼ2年に1度のペースで来日しているドレスデン・フィルであるが、現在は日本人の団員はいない。東洋系の容姿の人はいるが、メンバー表を見ると中華系であることがわかる。


「未完成」と「運命」は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。ミヒャエルはノンタクトでの指揮である。

シューベルトの交響曲第7番「未完成」は、LP時代には「運命」とのカップリングが王道といわれた曲だが、CD時代に入るとその組み合わせによる録音は減り、曲が短く、コンサートのメインにしにくということでプログラミングされる機会も減っている。

チェロはビブラートを盛大に使用。その他の弦楽器奏者は思い思いに掛けたり掛けなかったりという折衷タイプの演奏である。シューベルトの毒もかなり出ており、各楽器の美しさも生きた演奏となっていた。楽章間をアタッカで繋いだのも個性的である。


ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。トランペットが古楽器に変わり、ティンパニもバロックタイプのものが用いられる。私の席からはホルンはよく見えなかったが、おそらくナチュラルホルンに変わっていたはずである。

ミヒャエル・ザンデルリンクは、両手を横に広げ、止まったところで運命動機が奏でられる。フェルマータはかなり短めである。
「未完成」とは違って、かなり徹底したピリオドアプローチによる演奏である。弦楽器のボウイングも語尾を伸ばさずに弦から弓を離すというHIP特有のもので、パウゼも短い。
やはりアタッカで入った第2楽章で木管が引っ掛けるなど、技術的には十分とはいえないものだが、切れや力強さ、細やかな表情付けなど、ドイツのオーケストラの美質がよく現れていた。
ピッコロが浮かび上がるのは1カ所だけで、音型がはっきり変わるという場面もなく、譜面の版ははっきりしない。ブライトコプフ版も新版が揃い始めており、「ピリオドといえばベーレンライター」という時代も終わりつつある。


後半のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」では、ドレスデン・フィルは弦の配置をドイツ式の現代配置に変え、ミヒャエルは指揮棒を手にしていた。
この曲でも木管が音を外すなど、弱点となっているようである。管を浮かび上がらせることを特徴とする演奏であるが、縦の線は正直かなり怪しい。
ミヒャエルは、第1楽章のクライマックスでテンポを上げて迫力を出すが、かなり粗く感じられたのも確かである。
第4楽章でも弦の鋭い音色と、強力だが巧みな和音作りで美観を損なわない金管が効果的だったが、テンポが速過ぎると思えるところがあった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。土俗感はなく整った演奏で、フォルムとしての美しさを出していた。

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