カテゴリー「コンサートの記」の319件の記事

2017年9月30日 (土)

コンサートの記(320) 春秋座オペラ「魔笛」

2017年9月24日 京都芸術劇場春秋座にて

午後2時から、京都芸術劇場春秋座で、歌劇「魔笛」を観る。モーツァルト最後のオペラにしてオペラ史上最も人気のある作品(もともとはジングシュピール=音楽劇である)。人気作だけに観る機会も多い。
モーツァルトの三大オペラは、「魔笛」、「フィガロの結婚」と「ドン・ジョヴァンニ」であるが、心理劇である「ドン・ジョヴァンニ」は「魔笛」や「フィガロの結婚」に比べると上演機会が少なく、私はまだ生で観たことがない。ということを開演前に公演プロデューサーの橘市郎氏と話す。
指揮は大勝秀也(おおかつ・しゅうや)、上演台本・演出は三浦安浩。今日の出演は、片桐直樹、根本滋、服部英生、原田幸子(はらだ・さちこ)、高嶋優羽(たかしま・ゆは)、三輪千賀、畠中海央(はたなか・みお)、糀谷栄里子(こうじたに・えりこ)、内田真由、松井るみ、土岐真弓、森井美貴、萩原次己(はぎはら・つぐみ)、大淵基丘(おおふち・もとく)、山内政幸、田中大揮ほか。公演監督:松山郁雄(歌手としては松山いくお名義で昨日出演)。
演奏:ミラマーレ室内合奏団(弦楽六重奏+エレクトーン2台、フルート。ティンパニ)、合唱:ミラマーレ合唱団。日本語訳による歌唱と演技での上演である。

毎年恒例の春秋座オペラ。今回も花道や回り舞台を駆使した演出が行われる。

指揮の大勝秀也は1961年東京生まれ。東京音楽大学卒業。1988年に渡独し、ベートーヴェンの生まれた街にあるボン市立歌劇場でアシスタントとなってオペラ指揮者としての道を歩み始め、ボン市立歌劇場とゲルゼンキルヒェン市立歌劇場の第一指揮者に昇格。その後、スウェーデンのマルメ歌劇場の音楽監督に就任し、日本でもザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の正指揮者になるなどオペラ畑を歩み続けている指揮者である。
1998年6月のNHK交響楽団C定期演奏会に登場。この時はA定期を大植英次が、B定期を上岡敏之が指揮しており、「N響が若い指揮者を正指揮者候補として試したのではないか」と噂された。結果としては3人とも不合格となったようで客演は続かなかったが、この時すでにN響も注目する指揮者の一人だったのは間違いない。

大勝は、ピリオド・アプローチを採用。ティンパニが硬い音を出し(幕間に確認したがバロックティンパニではなかった)、弦楽がビブラートを抑えた響きを奏でる。キビキビとした音運びであり、大勝の確固とした才能が感じられる。私の席からは指揮姿もよく見えたが、棒はとても上手い。

序曲が始まると同時に緞帳が開き、タミーノ(根本滋)が花道から登場する。タミーノはプレーヤーにレコードを音楽を聴きながら眠りに落ちる。すると三人の童子(本当に子供をキャスティングする場合もあるが、今回は、三輪千賀、畠中海央、糀谷栄里子という三人の成人女性が務める)が踊りながら現れ、ファンタジックな雰囲気を作る。

「光と闇」、「男と女」、「知と情」などの二項対立が描かれる「魔笛」であるが、今回は春秋座での上演ということで、舞台装置も「春と秋」の風景を描いているようである。舞台が緑色に塗られた時が春、木目そのままで棒を束ねた薄のようなものが立っている時が秋である。基本的に色恋ごとは春のセットで起こり、ザラストロが主役の場面は秋のセットとなる(舞台美術:柴田隆弘)。春は「若さ、情」であり、秋は「老いと知」である。こういう構図にするとパパゲーナがなぜ初登場時には老婆の格好をしていたのかわかるような気がするし、ザラストロが全面肯定されているわけではないことも伝わってくる。

日本語訳されたテキストによる歌唱と演技であるが、やはり日本人歌手が日本語で上演するのは難しいようで、「そう書いてあるんだから」と書いたとおりに台詞を読み上げてしまう歌手もいる。歌唱と演技両方を求めるのは酷かも知れないが、もっと頑張って欲しいとも思う。勿論、ちゃんと出来る人や上手い人もいるのだが。

日本語という言語は一音が一音でしかないため歌に乗りにくい。西洋の言語は一音に複数の単語を含ませることが可能だし、東洋でも中国語などは一音一意味であるため歌唱が聴き取りやすい。日本語の歌唱だとどうしても内容がわかりにくくなってしまう。ただ、歌詞が多少わからなくても支障はない上演にはなっていた。

ラストの合唱には夜の女王と三人の侍女達も参加。分け隔てのない結末を迎え、「旅の終わりは恋人達の巡り会い」(シェイクスピア 「十二夜」)で幕となる。

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2017年9月22日 (金)

コンサートの記(318) 大阪クラシック2017第81公演 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 チャイコフスキー 交響曲第5番

2017年9月16日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時15分から、大阪クラシック第81公演(最終公演)を聴く。大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるチャイコフスキーの交響曲第5番の演奏。

午後7時頃から大植英次のプレトークがある。大植はぎっしり詰まった紙袋を手に登場。これまで大阪クラシックで貰った変わったプレゼントを紹介する。
まずは、「大植さん、もっと背高くしたらどうや」ということで貰った靴の上げ底。髪が乱れている時に貰ったブラシ。更に「大植さん、もって食べえや」ということで貰った551蓬莱の豚まん(の袋)、スタッフから「大植さん、話長い」ということで貰った(?)壁掛け時計。更に「大植さん言ってることがよくわからない(大植は滑舌に難がある)。日本語勉強して」ということで貰った日本語を学ぶおもちゃなどなど。


今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。いつも通りドイツ式の現代配置での演奏である。
今日は1階席の25列目、下手寄りの席に座ったのだが、この席だと音が全部上に行ってしまうのがわかり、音響的に良い席とはいえないようである。


大植英次の解釈であるが、驚いたことにメンゲルベルクやアーベントロートといった19世紀生まれの指揮者の音楽作りを彷彿とさせるものであった。テンポが大きくギアチェンジし、怖ろしく遅くなったかと思いきや極端な加速がある。特に第1楽章ではその傾向が極めて顕著である。どう来るか予想出来ない大植の指揮に大阪フィルも苦闘。今にもフォルムが崩壊しそうな場面が続き、聴いていてハラハラする。

第2楽章でのホルンソロは見事であった。ただ、その後に来る別のホルンの返しでは残念ながらキークスがあった。

チャイコフスキーの交響曲の演奏は、21世紀入ってからペシミスティックなものが流行っているが、大植は交響曲第5番に関してはそうした解釈を取っていないようで、疑似ラストの後の場面では晴れ晴れとした音楽を描く。それまで暴れまくっていたため、朗々と歌われる凱歌に安定感があり、効果的に聞こえる。
ラストを大植はヒロイックに決めた。


毎年恒例となったアンコール。コンサートマスターの田野倉雅秋が指揮を受け持ち、山本直純編曲の「日本の歌メドレー」(「夕焼け小焼け」~「七つの子」~「故郷」)が流れる中、大植が1階席、2階席、3階席を回る。

大ラストは、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」より八木節。大植は背中に大阪市章の入った赤い法被を着てのノリノリの指揮であった。

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2017年9月12日 (火)

コンサートの記(317) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第616回定期演奏会

2017年9月3日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第616回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はアメリカ出身のジョン・アクセルロッド。

京響の他にもNHK交響楽団などに客演しているジョン・アクセルロッド。ハーバード大学音楽学部で指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事し、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の首席客演指揮者を務めている。


曲目は、武満徹の「死と再生」(映画「黒い雨」より)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」、ベルリオーズの幻想交響曲。

プレトークでアクセルロッドは今日のプログラムが「死とその後」というテーマに基づくことを解説する。死を描いた作曲家としてアクセルロッドは他に、マーラー、ショスタコーヴィチ、サミュエル・バーバーを挙げる。3人ともアクセルロッドの師であるレナード・バーンスタインが得意としていた作曲家だ。


今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは渡邊穣で、久しぶりに京響のコンサートマスター二人が揃う。チェロの客演首席としてNHK交響楽団首席チェロ奏者の「藤森大統領」こと藤森亮一が入る。


アクセルロッドは、武満とシュトラウスでは老眼鏡を掛けてスコアをめくりながらの指揮であったが、幻想交響曲では眼鏡なしで暗譜で指揮。譜面台も取り払われていた。


武満徹の「死と再生」(映画黒い雨」より)。京響の弦がいつもより洗練度が乏しく聞こえ、武満作品に十分な繊細がないようにも思えたが、今日も私はポディウム席で聴いており、弦楽群と距離があったためにそう感じられただけかも知れない。
アクセルロッドの指揮は細部を丁寧に重ねていくもので、構造をきちんと明らかにするものだったが、日本人演奏家による武満と比べるとタメの作り方に違いが見られた。スラスラ進みすぎてしまうように感じられた場面もあり。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」。京響は弦も管も輝かしい音を出し、ボリュームも十分で好演となる。
アクセルロッドの指揮棒も巧みであり、途中、「見通しが悪いな」「雑然としてるな」と感じさせるところもあったが、中盤からは彼岸を見つめるようなたおやかな音色による音楽で語りかけ、陶然とした雰囲気を作り出す。


ベルリオーズの幻想交響曲。第2楽章にコルネットを入れた版での演奏である(コルネット独奏:ハラルド・ナエス)。
アクセルロッドの息が多少気になるが、冒頭から色彩豊かな音色を京響から引き出す。アクセルロッドは京都コンサートホールの長い残響を意識しているようで、パウゼを長めに取る。
迫力、色彩感、パースペクティブ、どれを取っても及第点だが、第5楽章に下手で打ち鳴らされる鐘はいくらなんでも音が大きすぎる。またラストに向かってはおどろおどろしさを協調したためかテンポが重々しく、エスプリに関してはクルトワ、ゴーロワの両方で欠けていたように思う。

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2017年9月 8日 (金)

コンサートの記(316) 原田知世35周年アニバーサリー・ツアー「音楽と私」 in 京都

2017年9月1日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、原田知世35周年アニバーサリー・ツアー「音楽と私」 in 京都 2017を聴く。今年7月に発売になった原田知世のデビュー35周年記念リメイクアルバムによるツアー公演の今日が初日である。

原田知世のコンサートに行くのは2度目、前回は大阪のなんばHatchでの公演であった。

休憩時間15分を挟む二部制であり、曲目はアルバム「音楽と私」に含まれるものが中心で、公演時間はアンコールも含めて2時間弱とそれほど長くない。

ステージ後方のスクリーンに映像が投影される演出がなされていたが、休憩中に公演主催者からのお詫びの言葉があった。2階席後方からは映像がよく見えないとのことであった。私は今日は2階席の2列目で聴いていたが、2階席後方からの角度を軽く計算するとおそらく映像はほとんど見えないと思われる。

映画「時をかける少女」の映像が映り、「音楽と私」の第1曲でもある同名曲でスタート。知世ちゃんがステージ下手から現れた瞬間、「可愛い!!」と声を上げる女性客が数名。原田知世も今年の11月で50歳なのだが、複数の人から「可愛い!!」と言われるアラフィフ女性というのも凄い。


松たか子もそうだが、「本業が女優である歌手」はトークも含めて商品という感じがする。今日も原田知世はお客さんから笑いを引き出すなどトークが巧みである。

ツアー初日ということもあってか、歌詞が飛ぶなどのミスがいくつかある。
キャンディーズの「年下の男の子」を振り付きで歌い、チャーミングでとても良かったのだが、思いっきり失敗してしまい(Bメロを歌うべきところをAメロで歌おうとしてしまった)、その時は流石に「あー! やっちゃったー!」という仕草を見せた。
トークでは、「皆さんが凄く温かく、凍り付くような場面があったりしましたが、皆さんが溶かしてくれた」と上手くまとめていた。女優だなあ。
音楽番組に出演した時の話や近況報告などもある。来年の春から始まる朝の連続ドラマに出演が決まったのだが、朝ドラの出演は二度目で、前回の「おひさま」では始まってから1週間ぐらいで死んでしまい、後は遺影という役だったため、今度はなるべく生き延びたいと言って笑いを取っていた。この夏には映画を撮っていたそうだが、詳細はまだ明かせないそうである。
今日の赤を貴重としたドレスは「ミュージックステーション」に出演した際にも来ていたものだが、「ミュージックステーション」に久しぶりに出演した時に思ったのは、「テレビでしか見たことのない人の中にいる」という事で、「デビューした頃には、『夜のヒットスタジオ』、『ベストテン』。『トップテン』なんかに出てたんですけど、制服のままスタジオに向かって衣装に着替えて本番」ということで「浮いてるなあ」と感じていたのだが、それは今もほとんど変わっていないと言ってまた笑いを取っていた。

本編ラストとなる「くちなしの丘」の前半部分では、原田知世のソロギター弾き語りがある。歌い始めてからすぐに止まってしまい、再スタートして今度はなんとか上手くいった。

アンコールは3曲。今日から9月ということで、竹内まりやの「September」が歌われ、ラストは「時をかける少女」のボサノバ風編曲(2007年版。ギター伴奏:伊藤ゴロー)で締められた。

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2017年8月18日 (金)

コンサートの記(315) 川瀬賢太郎指揮 京都市交響楽団第615回定期演奏会

2017年8月13日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第615回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は若手の川瀬賢太郎。京都市交響楽団とは何度か共演しているが、定期演奏会への登場は初めてである。

ヴェルディの「レクイエム」1曲勝負。京都市交響楽団は8月の定期演奏会は宗教曲を演奏するのが恒例である。合唱は京響コーラス。独唱は、小川里美(ソプラノ)、福原寿美枝(メゾソプラノ)、藤田卓也(テノール)、妻屋秀和(バス)

京響は昨年7月にもロームシアター京都メインホールで、西本智実指揮によるヴェルディの「レクイエム」を演奏しているが、残響豊かな京都コンサートホールでの演奏の方がやはり聴きやすい。


開演20分前から、指揮者の川瀬賢太郎によるプレトーク。川瀬は京響首席打楽器奏者である中山航介と共に登場。二人は私立八王子高校芸術コースの同級生だそうである。川瀬は常任指揮者を務めている神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会でもプレトークを行っているのだが、「一人では心細い」と思い、「京響の常任指揮者で私の師でもある広上淳一先生が複数でプレトークを行っていると小耳に挟みまして」ということで中山を連れてプレトークを行うことにしたと語る。
川瀬は、ヴェルディの「レクイエム」について、「弱音の指定が細かい。ピアニシモシモシモシモぐらいの指定がある」、「オペラの作曲家なので、音の響いていないところが雄弁」と述べる。
中山は川瀬について、「こいつ、こっち(ティンパニの方)見ないんですよ。信用してるからだと思うんですけど」、「目が合わないと思っていたら、リハーサルが終わってから『あそこのところだけどさあ』と言われて、『ああ、ちゃんと聴いてるんだ』とわかった」と語った。


今日はポディウム席の5列目の席で、「いつもよりステージから遠いなあ」と思ったが、今日はポディウムは1列目と2列目は販売しておらず、3列目からの使用であった。別にチケットが売れるのが早かったから後ろの席になったのではなかったことがわかった。


今日のコンサートマスターは客演の石田泰尚(いしだ・やすなお)。渡邊穣は降り番で、フォアシュピーラは泉原隆志。第2ヴァイオリンの首席も客演の西尾恵子が入る。独唱者はステージ前方ではなく、オーケストラと合唱の間に立つ。


京響の弦は輝かしく、金管も力強い。川瀬はジャンプを立て続けに繰り出すなど若々しい指揮であり、「怒りの日」などは打楽器を強調して大迫力の演奏を行ったが、低弦を強調しないタイプであるためか、音の重心が高く聞こえ、好き嫌いが分かれるかも知れない。「怒りの日」のトランペットのバンダは3階席のステージから遠い場所で吹かれた。
京響コーラスは充実。厚みもあり、見事な合唱を聴かせていた。独唱者の歌唱も優れていた。

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2017年8月13日 (日)

コンサートの記(314) エリアフ・インバル指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第510回定期演奏会

2017年7月27日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第510回定期演奏会を聴く。今日の指揮は日本でもお馴染みのエリアフ・インバル。
マーラーの交響曲第6番「悲劇的」1曲勝負である。

エリアフ・インバルは1936年生まれのイスラエルの指揮者。フランクフルト放送交響楽団(現・hr交響楽団)の首席指揮者として一時代を築き、「マーラー交響曲全集」と「ブルックナー交響曲全集」は共に名盤として知られる。マーラーとブルックナーの両方を得意とする数少ない指揮者でもある。東京都交響楽団の特別客演指揮者を経てプリンシパル・コンダクターとなり、現在は桂冠指揮者の称号を得ている。都響とはマーラーの交響曲全曲演奏会を二度行い、「マーラー交響曲全集」も制作した。

インバル指揮のコンサートは、20年ほど前にNHK交響楽団に客演した土曜マチネーの定期演奏会を聴いたことがあるのだが、もうほとんど記憶に残っていない。それ以来二度目の実演となる。


今日のコンサートマスターは崔文洙。いつもとは異なり、アメリカ式の現代配置での演奏である。曲の特色からいって、アメリカ式現代配置の方が低弦の音の受け渡しがスムーズに思える。
第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテでの演奏。ハンマーが打ち下ろされる回数は2回である。


いつもより編成が大きいとということもあるが、大フィルは良く鳴る。インバルのマーラーは美演の傾向があるが、今日の大フィルも弦は輝き、管も力強い。第3楽章終盤の寄せては返す波のようなエモーショナルな部分などは驚くほど美しく、やはり良い指揮者を迎えた時の大阪フィルはスーパーオーケストラに変貌を遂げるようだ。

大阪フィルというとホルンがアキレス腱だったのだが、世代交代したということもあり、今では段違いのレベルアップを遂げた。

インバルのリズム感も良く、キビキビとした音運びが聴かれる。大フィルの特徴であるしっかりと築かれた低弦がプラスに作用し、マーラーのおどろおどろしい一面も浮き上がる。ハープの特殊奏法なども低弦の厚みとの対比で効果的になる。

大阪フィルによるマーラーの「悲劇的」は大植英次の指揮で二度聴いたことがあるが、楽曲構造の把握しやすさに関していうなら今日のインバル指揮の演奏の方が上のように思う。流石は世界的に認められたマーラー指揮者だけのことはある。

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2017年7月29日 (土)

コンサートの記(313) 広上淳一指揮京都市交響楽団第614回定期演奏会

2017年7月15日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第614回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

チラシなどには「広上淳一のブラームス讃 第1弾」と銘打たれたコンサート。曲目は、ブラームスの大学祝典序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ピンカス・ズーカーマン)、ブラームスの交響曲第3番。


開演20分前からプレトークがある。お昼の公演なのだが、広上淳一は「こんばんはー」と言ってステージに登場。京都市交響楽団第2ヴァイオリン奏者の後藤良平と京都市交響楽団シニアマネージャー兼チーフマネージャーの柴田智靖も広上に続いて現れる。

まずベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソリストを務めるピンカス・ズーカーマンの話。後藤良平は、イツァーク・パールマンなどの優れた弦楽奏者と共演したことがあるという話をし、広上と二人で、ズーカーマンは、パールマンやアイザック・スターンと同じユダヤ系ヴァイオリニストだという話になる。ズーカーマンが京響と共演するのは今日が初めてだそうである。

続いて、広上がブラームスの交響曲第3番を指揮するのは今日が3回目だという話をする。難しい曲なので取り上げにくいらしい。広上がまだ駆け出しの頃、受けた指揮者コンクールでブラームスの交響曲第3番が課題曲だったのだが、「ロマンの塊」のようで、「これは難しいぞ」と感じた思い出などを語る。

ブラームスの大学祝典序曲。広上や後藤は「旺文社の大学受験ラジオ講座」のテーマ曲として知ったそうで、広上は大学浪人時代にずっと「旺文社の大学受験ラジオ講座」を聞いていたのだが、テーマ曲がブラームスの大学祝典序曲であるということは知らず、大学に入ってから曲名を知ったそうである。
後藤は、「京都は大学生の比率が日本一多い街、だいたい10人に1人で京都市の人口が150万弱だから14万人」と語り、この曲が京都で演奏するのに相応しい曲だと述べた。
その他、祇園祭の話も出たのだが、広上は幼い頃に父親に連れられて祇園祭を見たものの(山矛巡行だと思われる)人ばかりで何も見えなかったという思い出があるそうだ。


今日のコンサートマスターは客演の豊嶋泰嗣、フォアシュピーラーに泉原隆志。今日はソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積も出演する。管は多くの首席奏者がブラームスの交響曲第3番のみ登場した。


ブラームスの大学祝典序曲。最近では演奏が良くても心揺すられることは余りないのだが、広上のブラームスには感心させられた。明晰で美しく、繊細で上品な演奏。特筆すべきは日本人ならではの細やかな感性が十全に生きていることで、日本人指揮者と日本のオーケストラがなし得るものとしては最上レベルの演奏と書いて間違いないと思う。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
ソリストのピンカス・ズーカーマンはユダヤ系のヴァイオリニストらしく磨き抜かれた美音と高度なメカニックを披露。音に張りがあり、明るい。ステージ上が明るくなったかのように錯覚するほどだ。ポルタメントの使い方も味わい深い。
広上指揮の京都市交響楽団も充実した伴奏を聴かせる。丁寧で構築感抜群の演奏であり、第3楽章のオーケストラのみの演奏場面ではズーカーマンはオーケストラの方を振り向いて満足げな表情を見せる。ズーカーマンは京響のことが大分気に入ってしまったようだ。

大曲であるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ということでアンコール演奏はなし、最後はズーカーマンは手ぶらで現れ、アンコールを演奏しないことを示した。


ブラームスの交響曲第3番。大学祝典序曲同様、日本人の美質が十全に発揮された演奏である。立体感もあり、音色は澄んで、旋律の歌い方にも日本人好みの小粋さがある。各楽器の奏者達の技術も高く、世界中でこのコンビだけが再現できるブラームスであったと思わせる快演であった。

なお、今日と明日の演奏会はハイレゾによる収録が行われ、後日配信される予定である。

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2017年7月27日 (木)

コンサートの記(312) レナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団来日公演2017大阪

2017年7月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、デトロイト交響楽団の来日演奏会に接する。指揮はデトロイト交響楽団音楽監督のレナード・スラットキン。

デトロイト交響楽団は、アメリカを代表する工業都市で「自動車の街」としても知られるデトロイトを本拠地とするオーケストラ。1914年の創設。ポール・パレーとのフランスものやアンタル・ドラティとのストラヴィンスキーなどの名盤で日本でもよく知られている。来日は19年ぶりだが、関西で公演を行うのは初となるようである。

レナード・スラットキンは、「史上最もアメリカ的な指揮者」とも呼ばれるアメリカ出身の名匠(ただしWASPではなく、ウクライナ系ユダヤ人の血筋である)。日本でもNHK交響楽団への客演で知られており、NHK交響楽団の初代常任指揮者候補のラスト3人の中の1人となっている(最終的にはシャルル・デュトワに決定。もう一人の候補であるガリー・ベルティーニはその後、東京都交響楽団の指揮者となった)。父親はポップスオーケストラであるハリウッド・ボウルの指揮者であったフェリックス・スラットキン。
1980年代に、音楽監督を務めていたセントルイス交響楽団を全米ランキングの第2位に押し上げて注目される。ワシントンD.C.のナショナル交響楽団やロンドンのBBC交響楽団の音楽監督時代にはレコーディングがなくなったということもあって低迷したと見られていたが、2008年にデトロイト交響楽団の音楽監督に就任するや復活。「全米の音楽監督」との名声を得ている。NAXOSレーベルへの録音も継続中。

MLBの大ファンであり、セントルイス交響楽団音楽監督時代には同地を本拠地とするカージナルスの大ファンであったことで知られる。スラットキンがナショナル交響楽団の音楽監督に転任する際には、「問題はただ一つ、彼がセントルイス・カージナルスのファンからボルチモア・オリオールズのファンに乗り換われるかどうかだ」という記事が書かれたこともある(当時まだワシントン・ナショナルズは存在せず、D.C.最寄りの球団はボルチモア・オリオールズだった)。現在ではデトロイト・タイガースのファンのようである。


曲目は、レナード・バーンスタインの「キャンディード」序曲、シンディ・マクティーの「ダブルプレー」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノ独奏:小曽根真)、チャイコフスキーの交響曲第4番。

アメリカのオーケストラらしく、黒人の奏者が何人もいる。
基本的にドイツ式の現代配置での演奏だが、第2ヴァイオリンとチェロの副首席奏者は指揮者の正面に回り込むという独自の配置。金管はホルンは管楽の最後列に陣取るが、他の楽器は少し離れて、舞台上手奥に斜めに陣取るというロシア式の配置に近いものを採用していた。


レナード・バーンスタインの「キャンディード」序曲。デトロイト交響楽団の音色は美しく、輝きと軽やかさもある。日本のオーケストラも90年代からは考えられないほど成長したが、デトロイト交響楽団に一日の長があるように思う。


シンディ・マクティーの「ダブルプレー」。
シンディ・マクティーは、現代アメリカを代表する女性作曲家であり、レナード・スラットキン夫人でもある人物。
「ダブルプレーは」、チャールズ・アイヴズの「答えのない質問」にインスパイアされた作品で、現代音楽的側面と伝統に基づくそれの両方が上手く息づいているように思う。
演奏終了後、作者のシンディ・マクティーがステージに上がり、夫君でもあるスラットキンと共に喝采を浴びた。


ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。スラットキン指揮のデトロイト交響楽団はお国ものということもあり、万全の演奏を聴かせる。ノリもリズムも日本のオーケストラとは桁違いで、本場であることの強さが感じられる。
小曽根真のピアノは色彩感豊か。アドリブの場面では、印象派的な響きやエスパニッシュスタイルの旋律を奏でるなど表現が巧みである。

小曽根はアンコールとして自作の「Home」を演奏した。


チャイコフスキーの交響曲第4番。デトロイト交響楽団の弦は合奏を徹底的に整えることで生まれる透明で冷たい響きを発し、チャイコフスキーの楽曲に相応しい雰囲気を作り出す。スラットキンは適度に客観的なアプローチを行い、そのことでチャイコフスキーの苦悩がより把握しやすいようになっていた。管楽器奏者達の腕も達者であり、力強さも万全に発揮されている。
第2楽章と第3楽章はアタッカで繋がれ、曲調のコントラストが強調されている。第4楽章ではスラットキンはそれほどペシミスティックな解釈は行っていないように感じられた。


アンコール演奏。まずは、「悪魔の夢」。演奏前にスラットキンは1階席の方を振り返り、「ファースト、アメリカン・ナンバー(中略)アレンジド バイ マイ ファーザー」と語ってから演奏を始めた。煌びやかなオーケストレーションが印象的である。スラットキンは聴衆に手拍子を求め、手拍子も指揮する。

アンコール2曲目、スラットキンは「サプライズ!」と語り、「六甲おろし(阪神タイガースの歌)」が演奏される。デトロイトにもTIGERSがあるための特別演奏。スラットキンは阪神タイガースのキャップ(黄色のつばに縦縞の入ったウル虎の夏仕様のもの)をかぶっての指揮である。
別の曲のように美しい「六甲おろし」であった。

レナード・スラットキン指揮デトロイト交響楽団大阪公演アンコール

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2017年7月25日 (火)

コンサートの記(311) 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017「魔法のオーケストラ」第1回「踊るリズム」

2017年6月18日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017 「魔法のオーケストラ」第1回「踊るリズム」を聴く。

新年度のオーケストラ・ディスカバリーの第1回公演である。指揮は京都市常任首席客演指揮者の下野竜也。ナビゲーターを務めるのはロザン。


曲目は、三木稔の「阿波ラプソディー」、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」から“ポロネーズ”、ビゼーの「カルメン」第1組曲から「アラゴネーズ」、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」から“ワルツ”、リチャード・ハイマンの「ポップス・ホウダウン」、シャーマン兄弟(中川英二郎編曲)の「メリー・ポピンズ」から“チム・チム・チェリー”、モンティ(中川英二郎編曲)の「チャルダッシュ」、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス。

今日のコンサートマスターは客演の長原幸太(読売日本交響楽団コンサートマスター)。フォアシュピーラーは泉原隆志。


まずは三木稔の「阿波ラプソディー」。三木の出身地である徳島の阿波踊りを管弦楽曲に仕上げたものである。下野は日本的情感を上手く生み出し、ラストに向けての盛り上げも巧みだった。

演奏終了後、下野は、「6月18日、今日はお父さんの日ですね。今日の働くお父さん、下野竜也です」と自己紹介する。

ロザンの二人が呼ばれる。菅広文は、「阿波踊りって、チャンカチャンカってこんな踊りですね」と適当に振りをつけたのだが、下野が「その通りです」と言ったためそれ良いということになってしまった。

拍(拍子)について下野は語る。「阿波ラプソディー」は二拍である。「拍は、周期的に……、そう、周期的ですよ」という風に説明したが二人に伝わったようだ。菅ちゃんが「チャンカチャンカ」は二拍子ですね」と聞き、下野が「そうです」、菅ちゃんが「チャンカチャンカチャンだと三拍子になるわけですか?」、下野「それは違います」
ということで、続くチャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」から“ポロネーズ”。ポーランドの三拍子の楽曲である「ポロネーズ」(4分の3拍子では、8分音符、16分音符2つ、8分音符4つが基本の音型となる)の説明を下野は行った。「エフゲニー・オネーギン」というロシア人の名前はやはり発音が難しいようで、下野は噛み噛みで苦笑いであった。
下野らしい、きちんと組み上げられた演奏。低弦から高音を担う金管まで全ての音が丹念に仕上げられている。

演奏終了後に、ロザンの二人は、モニターに映る下野の指揮姿を見ていると三拍子がよくわかるというようなことを口々に述べる。下野は鹿児島から上京する際に、齋藤秀雄が監修した「指揮法」の映像(秋山和慶が出演しているもの)を何度も見て自己レッスンに励んでいる。言ってみれば齋藤流指揮法の継承者でもあり、指揮はとてもわかりやすい。


ビゼーの「カルメン」第1組曲より“アラゴネーズ”。下野は「少し速めの三拍子」と語る。演奏はフランスの地方のオーケストラのような色彩の濃さを引き出したものであった。


三拍子の王道であるワルツの曲をということで、といってもウィンナ・ワルツではなくハチャトゥリアンのワルツであるところが下野らしい。組曲「仮面舞踏会」から“ワルツ”。
下野は、楽曲について、「自分が死ぬということをまだ知らないで踊るワルツ」と説明する。京響の機能美が十分に発揮された演奏。
演奏終了後、宇治原が「重厚でしたね」、菅ちゃんが「悲劇的な感じ」と感想を述べる。ハチャトゥリアンの曲は硬質であり、ウィンナ・ワルツのような優美さだけを前面に押し出したものではない。

ハイマンの「ポップス・ホウダウン」。リチャード・ハイマン(1920-2014)は、ボストン・ポップス・オーケストラのアレンジャーとして活躍した人であり、ハーモニカ奏者、指揮者としても活躍した。NAXOSレーベルにはルロイ・アンダーソンの楽曲を指揮してレコーディングしている。
2拍子の曲。様々な楽器が登場するのも特徴である。
演奏中に、下手袖から背の低いおじさん(広上淳一)がピアニカを手にひょこひょこと現れ、「わらの中の七面鳥」を吹いて帰って行った。客席からも笑いが起こる。

コンサート本編が終わってから広上はステージ上に呼ばれた(ロザンの二人からは「謎のピアニカおじさん」と呼ばれていた)。また今日は、高関健も京都コンサートホールに来ていて、「ウエスト・サイド・ストーリー」演奏の時には、ステージ下手後方に広上と高関が並んで腰掛けて、譜に目をやりながら音楽を聴いていた。


トロンボーン奏者の中川英二郎をソリストに迎えての「メリー・ポピンズ」から「チム・チム・チェリー」。
中川英二郎は5歳からトロンボーンを始め、6歳の時にはもうステージに上がっていたという、音楽の申し子のような人。トロンボーンに転向以前(5歳の子供に「転向」という言葉を使うのも変だが)は、ピアノやトランペットを習っていたが、トロンボーン奏者が「スウィング・スウィング・スウィング」を吹くのを「かっこいい!」と思い、トロンボーンを選んだそうである。


モンティの「チャルダッシュ」。ヴァイオリンのための曲を中川がトロンボーンソロ用に編曲したものである。ヴァイオリンでも超絶技巧曲であるが、トロンボーンで演奏するにはどれだけの技量が必要とされるのか想像も及ばない。軽々吹いているように見えるが怖ろしく難しいはずである。

中川は、「練習は嫌いな子供だった」そうである。サッカーがやりたいので、トロンボーンの練習には余り重きを置いていなかったそうだが、親から「これだけはするように」と言われた音階練習をなるべく早めに終わらせるためにテンポアップして吹いていたそうで、これが演奏技術をプラスに導く働きをしたという。


レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス。下野は「ロミオとジュリエット」の世界をウエスト・サイドのギャングに置き換えたものと解説。
「マンボ」の場面では、「お客さんにも言ってもらいたい」というので練習。「振り返ったら“マンボ!”」とのことだったが、下野はふざけて何度も振り返る。宇治原が「前のお客さん(ここではポディウム席に座っている人のこと)はどうしましょうか?」と聞くと、下野は「薄いのが見えたら」と自身の頭頂部をネタに用いていた。
洗練された都会的な演奏である。
先に書いたとおり、広上と高関が下手後方で聴いており、高関さんはマラカスパートも演奏。楽しそうであった。


アンコールは、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」より“八木節”。広上と高関も小さめの拍子木を手に演奏に参加。ということで、一般的なものよりも打楽器の数が多い演奏である。
下野は指揮台の上でステップを踏み、楽しい演奏となった。

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2017年7月21日 (金)

コンサートの記(310) 「アルディッティ弦楽四重奏団×白井剛」

2017年6月23日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

ロームシアター京都サウスホールで、午後7時から「アルディッティ弦楽四重奏団×白井剛」を聴く。現代音楽のスペシャリストとして知られるアルディッティ弦楽四重奏団とコンテンポラリーダンスの白井剛(しらい・つよし)のコラボレーション。
アルディッティ弦楽四重奏団の演奏を聴くのは初めて。白井剛のダンスを見るのは約12年ぶりである。

前半は、アルディッティ弦楽四重奏団のみの演奏で、クルタークの「ミハーイ・アンドラーシュへのオマージュ~弦楽四重奏のための12のミクロリュード~」、細川俊夫の「沈黙の花」、リゲティの弦楽四重奏曲第2番。後半がアルディッティSQと白井剛のジョイントで、クセナキスの「ST4」、「Ikhoor for torio」、「Terras」。


今日は前から4列目のほぼ真ん中。音はよく聞こえるが、魅力的な響きというほどではない。今日はダンスとのコラボであるが、弦楽四重奏のみの演奏をするには、京都だとアンサンブルホール・ムラタやALTIの方が良いように思う。

アルディッティ弦楽四重奏団のメンバーは眼鏡率が高い。第2ヴァイオリンのアショット・サルキシャン、ヴィオラのラルフ・エーラース、チェロのルーカス・フェルスが眼鏡を掛けており、第1ヴァイオリンのアーヴィン・アルディッティも演奏時には老眼鏡を掛けるので、全員が眼鏡だ。
そんなアルディッティ弦楽四重奏団の演奏であるが、流石の切れ味を聴かせる。


クルターク・ジェルジ(ジェルジ・クルターク)の「ミハーイ・アンドラーシュへのオマージュ~弦楽四重奏のための12のミクロリュード」。細切れの和音が続く。12の短い音楽が紡ぎ出され、1編1編があたかも俳句を聴くような趣がある。


細川俊夫の「沈黙の花」。生け花と能楽にインスピレーションを受けた作品である。弦の歌が能楽の謡のように聞こえ、ピッチカートが鼓のように響く。日本的な「好み」を聞き取るという上ではわかりやすい作品である。


リゲティ・ジェルジ(ジェルジ・リゲティ)の弦楽四重奏曲第2番。
今日演奏された作品の中で最も絶対的な作品である。そのため「見立て」や「直喩」が出来ないのであるが、響きの重なりの中に美を見いだすことは可能である。


クセナキスの楽曲によるアルディッティ弦楽四重奏団とコンテンポラリーダンサーの白井剛によるセッション。幕が上がると、舞台の奥には譜面台が並ぶ。中央やや上手より奥には譜面台がごちゃごちゃに固まった場所もある。

音楽史上、最も厳格に数学理論を音楽に持ち込んだクセナキス。建築にも詳しく、パリ時代には建築家のル・コルビジェの助手を務めたこともある。
坂本龍一がクセナキスに憧れ、東京芸大在学中に、クセナキスの理論に独学でものにしようとしたが果たせず、ポピュラーミュージックへ転向したという話は比較的知られている。

数学的発想から生まれたのかどうかはわからないが、クセナキスの音楽からはミニマル・ミュージックへの萌芽やロックの先駆けともいうべきリズム要素が聴かれ、ポピュラーミュージシャンにクセナキス好きが比較的多いということも、こうした要素から見れば納得出来る。


現代音楽とコンテンポラリーダンスというと、ともに「絶対」指向のものであるため、互いが互いを隔て合うような、独特の感じになりやすい。そこに調和はないし、安易な調和は音楽と肉体のお互いのパフォーマンスを低下させるだろう。

白井剛は、基本的には音楽に合わせて踊る。ピッチカートが続けば細かく手を動かすし、長めの歌にはそれに合うようなゆったりとしたテンポで踊り、音楽の中にあってより遠くを目指すような仕草をする。

ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラの3台の楽器のために書かれた「Ikhoor」は、冒頭はストラヴィンスキーの「春の祭典」にもよく似たバーバリズムの横溢である。ただ白井はそれとはまた別の要素を見いだしたようで、野性味爆発というより、死の目の前であがく何かの姿を丹念に演じているように見えた。


「Tetras」。この曲では白井がアルディッティSQの前に出て踊り、よりコラボレーション色が強く出る。わかりやすい音楽ではないが、リズムはノリがあり、激しい変拍子の応酬というわけでもないので、踊りやすい曲ではあると思う。

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