カテゴリー「歌舞伎」の26件の記事

2019年6月28日 (金)

これまでに観た映画より(127) シネマ歌舞伎 坂東玉三郎 「鷺娘」&「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」

2019年6月25日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、シネマ歌舞伎「鷺娘」&「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」を観る。坂東玉三郎が異形の者を演じる2作の上映。
約1時間10分、1100円の特別料金での上映である。

先に「日高川入相花王」が上映される。文楽でお馴染みの作品の歌舞伎化(義太夫狂言)ということで人形振りで上演されている。清姫を演じるのが坂東玉三郎、人形遣いに尾上菊之助、船頭に扮するのが板東薪車(その後、無断で現代劇に出演したため破門。市川海老蔵に拾われて、現在は四代目市川九團次を名乗る)。

人形振りということで、通常の舞踊よりは動く範囲が狭まるのだが、枠がある中で目一杯動くという、適度な抑制の美が感じられる。玉三郎も薪車も人形を模した動きを巧みに表す。付け眉毛が動いたりする人形浄瑠璃ならではの仕掛けも再現されており、面をつけての表情の変化なども面白い。
憤怒の表情で舞う復讐の物語であるが、根底にはわかり合えない悲しみが流れているように思われる。

 

「鷺娘」。上演時に「絶品」と称された舞である。雪の中に現れた鷺の精の舞。衣装を次々と替える華やかさもあるが、最後には息絶えるという悲劇であり、やはり根底には悲しみがある。
吹雪の中で海老反りになるシーンなどは絵画的にも美しいが、終始晴れない表情をしている玉三郎の表情や異形であることを表す仕草などが、日本的な美質と哀感の本質を突いているように思える。

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2019年5月13日 (月)

観劇感想精選(300) 大阪松竹座「七月大歌舞伎」2014昼の部 「天保遊侠録」「女夫狐」「菅原伝授手習鑑」より寺子屋

2014年7月21日 道頓堀の大阪松竹座にて観劇

午前11時から、道頓堀にある大阪松竹座で、「七月大歌舞伎」昼の部を観る。演目は、『天保遊侠録』、『女夫狐』、『菅原伝授手習鑑』より「寺子屋」。ちなみに夜の部も魅力的な演目が揃っているが、今年は観る予定はない。


『天保遊侠録』は、勝海舟の父親である勝小吉(正式な通称は勝左右衛門太郎。演じるは中村橋之助)が主人公である。小吉は男谷信友を生んだ男谷家の出であるが妾腹の生まれであるため、小身の御家人である勝家の養子となるが、学問嫌いで遊び好き。牢にも二度入ったことがあり、役にも就かないでいたが、長男の麟太郎(のちの勝海舟)が神童の誉れ高いというので、金子の用意のために御番入りをしようと思い、小普請方支配頭の大久保上総介(片岡市蔵)や鉄砲組添え番の井上角兵衛(嵐橘三郎)らに取り入るべく、宴席に招こうとしている。小吉の甥の松坂庄之助(中村国生)も宴会の準備を手伝っているのだが、二人とも遊び人であったため、こうした正式な場での振る舞い方がわからない。
井上が芸者・八重次(片岡孝太郎)を連れて宴会の行われる料亭にやって来る。だが、八重次は小吉と昔馴染みであったが小吉が牢に入ったのを知らず、捨てられたと勘違いしたままであるため、小吉を見るや、憎しみが募ってすぐにその場を立ち去ってしまう。

八重次の妹分の芸者である茶良吉(中村児太郎)が、八重次に言付けを頼まれてやって来る。小吉が宴の主催者では今日の宴席には上がれないというのだ。仕方なく小吉は宴会の主催者を降りることにし、衣服を改めるために奥へと引っ込む。

小吉が奥に引っ込んでいる間に、麟太郎(子役が演じている)が現れる。麟太郎は、小吉に似ず利発であり、小吉の境遇のみならず世の中の状況を子供ながらに良く見抜いていた。

麟太郎が風呂に入り、着替えるために離れへと入っていったところに、小吉が戻って来て、丁度、その場にやって来た八重次と鉢合わせ、口論になる。と、離れの二階窓が開き、麟太郎が顔を覗かせる。麟太郎は聡明ぶりを発揮。八重次も感心し、麟太郎のためになるのならと、宴席に出ることを承知する。

やがて、大久保上総介や井上角兵衛が料亭に入ってくる。しかし、こういった場に慣れていない小吉や庄之助は至らぬことばかりで、大久保らを怒らせてしまい……

主役の勝小吉を演じる中村橋之助が二度、セリフを噛んでしまうという瑕疵があったが、全体としては優れた舞台になっていたと思う。


『女夫狐』は、『義経千本桜』から「川連法眼の館」、通称「四の切り」のリメイクであり、内容はほぼ同じであるが、主君は源九郎判官義経ではなく、楠木正成の子、楠帯刀正行(くすのきたてわきまさつら)である。

鼓の皮にされた狐の子供がやって来て鼓を恋い慕うというあらすじは同じであり、塚本狐が化けた又五郎(中村翫雀)と千枝狐が化けた弁内侍(中村扇雀)が楠正行(尾上菊之助)の下にやって来て、正行の持つ鼓を所望する。弁内侍は正行の恋人であったが、今はこの世の人ではない。不審がる正行は、弁内侍に宮中の行事をそらんじてみろというが、弁内侍はこともなげに舞ながら挙げてみせる。
楠正行は、弁内侍が生きていたのかと驚き、正行と女夫の契りを交わしたいという弁内侍の申し出を快諾する。又五郎は喜びの舞を演じて見せるが、雪の上の足跡が人間ではなく狐のものであることに正行が気付くと、正体を現し、正行の鼓の皮は自分達の親狐のものなのだと打ち明ける。「四の切り」同様、早替え、欄干渡り、独特の節を持つ狐言葉での語りなどが行われる。

弁内侍こと千枝狐を演じた中村扇雀の舞や立ち居振る舞いは実に妖艶。中村翫雀の面を次々に変えるユーモラスな舞も良かった。


『菅原伝習手習鑑』より「寺子屋」。子役が沢山出てくる。舞台はその名の通り、武部源蔵(中村橋之助)が営む寺子屋である。子役が多い中に大人の役者が子供役として混じっている。中村国生演じる与太郎である。菅丞相(菅原道真)の子である菅秀才(子役が演じている)が与太郎をたしなめる。武部源蔵は菅丞相の元家臣であり、そのため菅丞相の子である菅秀才を預かっている。

ところが、菅丞相を太宰府へと追いやった時平公(藤原時平)の家臣が、菅秀才を討つよう源蔵に命じたのである。源蔵は秀才を討つことは絶対に出来ない。だが、身代わりになる子供を探すのも気が引ける。しかも、自身の寺子屋に通うものはどれも田舎育ちで、公達の子のような品を持ち合わせているものはいない。どうしたものかと寺子屋に帰ったところ、妻の戸浪(尾上菊之助)から新たに寺子屋に入った小太郎(子役が務める)を紹介され、小太郎が見るからに育ちが良さそうであったため、彼ならば菅秀才の身代わりになれると確信する。しかし、だからといって心が晴れるわけではなく、幼い命を奪わねばならない苦しみに夫婦共に沈痛な面持ちである。

そこへ、時平公の家臣である春藤玄蕃(片岡市蔵)と松王丸(片岡仁左衛門)がやって来る。源蔵と戸浪は菅秀才を押し入れの中に隠し、子ども達を寺子屋の奥へと下がらせる。

松王丸は、菅丞相の家臣、白太夫の息子で、菅秀才のことは子供の頃から知っている。そこで、今日は首実検役として訪れたのだった。
時平公の家臣一同は、寺子屋に通う子供の親を連れてきていた。そこで、親に子供を呼ばせ、一人一人顔をあらためることにする。六人出てきたが、誰も彼も山家の顔で、気品のあるものは一人もいない。春藤玄蕃と松王丸は、まだ奥に菅秀才がいるはずだと源蔵夫婦に迫り、源蔵は仕方なく「菅秀才の首を差し出す」と言って奥へ入っていく。寺子が六人出てきたのに、机が七つあるのを見つけた松王丸に、戸浪は菅秀才の机だと告げる。

小太郎の首を菅秀才の首だと言って源蔵は差し出す。首を検めた松王丸は、「菅秀才の首に相違ない」と断言し、病があるということで、早々に退散する。

春藤玄蕃も下がったところで、源蔵夫婦はがっくりと肩を落とし、身を震わせて、「何とか上手くいった」と手を取り合う。
そこへ、千代という女(中村時蔵)がやって来る。千代は小太郎の母であった。源蔵は隙を窺い、千代に斬りつけるが、千代は小太郎の文机で源蔵の刀を受け止め、退ける。そして「南無阿弥陀仏」と書かれた幡と経帷子を取り出す。
門口から、松の枝が投げ入れられる。松の枝に付けられた短冊には「梅は飛び桜は枯るゝ世の中に何とて松のつれなかるらん」という菅丞相の歌が記されていた。そして松王丸が寺子屋の中へ入ってくる。源蔵は「おのれ、幼き命を奪いし者」と松王丸に斬りかかるが、松王丸は刀を交わし、本当のことを話す。白太夫の三人の息子、梅王丸、竹王丸、松王丸は菅丞相の左遷後、それぞれ別々の主君に仕えることとなり、松王丸は不本意ながら時平公の家臣となったが、菅丞相との主従関係を思い出すにつれ心苦しく、病と称して時平公から遠ざかろうとしていた。しかし、時平公から「菅秀才の首を取るまでは隠居は認めない」と言われる。源蔵の気質を知る松王丸は、「源蔵が秀才の首を差し出すことは絶対にない」と思ったが、ならば他の者が犠牲にならねばならないというので、小太郎に白羽の矢を立てたのである。思惑の通りにことは運んだが、千代と松王丸は我が子を身代わりに立てざるを得なかった因果を嘆き、戸浪と源蔵も悲しみに暮れる。
そこへ、園生の前という貴婦人(片岡秀太郎)が寺子屋の前に輿で乗り付けるのだが、彼女が実は……。

歌舞伎の演目の中でも特に感動的といわれる場である。客席のあちこちからすすり泣きが聞こえた。悲劇ではあるが、大和心をくすぐる話であり、秀逸である。笑いの場面も取り入れられていることで、悲しみはいや増しに増す。

橋之助の繊細さと剛胆さを兼ね備えた演技、仁左衛門の善悪両面を巧みに演じ分ける技量に感心した。

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2019年4月30日 (火)

観劇感想精選(298)「伝統芸能の今」2014

2014年5月11日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後3時30分から京都芸術劇場春秋座で、「伝統芸能の今」2014を観る。「ゴールドリボン+世界の子どもにワクチンを」チャリティー企画である。今回は三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)に続き、春秋座の二代目芸術監督に就任した四代目市川猿之助によるプログラムである。出演は、市川猿之助の他に、上妻宏光(三味線プレイヤー)、茂山逸平(能楽師狂言方)、亀井広忠(能楽師囃子方)、田中傳次郎(歌舞伎囃子方)ら。

開演前に出演者がホワイエで、パンフレットを売ったり募金を募ったりしている。

まず、上妻宏光による津軽三味線独奏で、「津軽じょんがら節」、上妻の作曲による「紙の舞」(スパニッシュギターからの影響が感じられる曲である)。上妻の津軽三味線であるが、クラシックギター奏者でさえも凌ぐほど左手の動きが大きく、速い。人間の指の動きとは思えないほどに迅速である。
続いて、茂山逸平の舞と上妻宏光、亀井広忠、田中傳次郎によるコラボ奉納舞「三番三(さんばそう)」。茂山逸平の動きは極めてスムースであり、メリハリもくっきりしている。

次は、市川猿之助と上妻宏光、田中傳次郎による舞「空破(くうは)」。猿之助のしなやかな舞を堪能できた。

前半最後は、猿之助が二代目市川亀治郎時代に武田信玄役で出演した大河ドラマ「風林火山」にインスパイアされて、猿之助自身が振付を行った創作舞踊「風林火山」。上妻宏光の津軽三味線生演奏と、オーケストラ演奏の録音による大河ドラマ「風林火山」メインテーマ(作曲は、京都芸術劇場春秋座を持つ京都造形芸術大学の先代の学長だった千住博の実弟・千住明である)に乗せて猿之助が舞う。甲斐武田氏というと騎馬武者軍団が有名であり、荒事を取り入れた勇壮な踊りになるかと予想したが、実際はそれとは正反対のたおやかな舞いであった。

10分の休憩を挟んで、メインの4人によるトーク。福山雅治から贈られた襲名披露記念幕をバックに、会話が行われる。春秋座では、四代目猿之助の芸術監督襲名に当たり、イメージキャラクターを作ろうと企画が立ち上がり、瓜生山学園(京都造形芸術大学+京都芸術デザイン専門学校)の学生が描いたキャラクターの中から事前に11点が選ばれ、観客に投票用紙が配られて、良いと思ったキャラクターに投票して貰い、得票数の多かったキャラクター3つの中から猿之助自身が採用するものを決める。キャラクターというと可愛らしい画が採用されやすいので、造形大のマンガコースの学生が描いたものが多い。

トップ3は、エントリーナンバー1の源九郎狐をキャラクターにしたもの、エントリーナンバー5の鼓に猿の顔を描いたもの、エントリーナンバー10の猿之助が舞う姿をマンガタッチで描いたもの(マンガコースの学生の作品である)であった。
ドラムロール後に猿之助から発表が行われるのであるが、ドラムロールが太鼓によるもので、猿之助は「これじゃお化けだよ」と言う。
選ばれたのは情報デザインコースの女学生二人組の作成によるエントリーナンバー1の源九郎狐をモチーフにしたものであった。人間らしさが一番希薄なキャラクターではあるが、猿之助は「京都には伏見稲荷もあり、これが一番京都らしい」と選定理由を述べた(実際は、京都人の意識としては伏見稲荷はあくまで伏見のもので京都とは別というものも根強いようである)。

邦楽というものは、ミニマルミュージックに近いものがあり、同じ音型が何回も繰り返されるため、演奏する側も舞う側も「どこで終わるんだろう」と勘定を付けるのが難しいという。茂山逸平は笛の音型でどこまで進んだかを把握しているそうだ。上妻宏光は劇伴の経験は少ないが、「三番三」のラスト近くで狂言方が飛び上がる場面があるので、そこから推測しているようである。
ちなみに、チャリティーのために集まった募金額は、初日である昨日が48万円台、今日の第1回目の公演が47万円ちょっとであるが、今日2回目の公演となる今回は26万円程度しか集まっておらず、田中傳次郎は、「あと20万円ぐらい集まらないと、この後、猿之助さん出てきません」と言う(昨日と今日の1回目の公演は、休憩時間と終演後に行われた募金も多いだろうから、この回だけ吝嗇家が集まったというわけではないと思われる)。

後半、歌舞伎と狂言による「石橋(しゃっきょう)」。「石橋」は狂言と歌舞伎の両方であるが、内容は少し違う。今回は前半が茂山逸平による仙人を主人公にした狂言、後半が猿之助による浄土の獅子の舞となる。前半と後半に関連性が余りないが、ストーリーで魅せる作品ではないので特に気にはならない。
天竺から来た仙人(茂山逸平)が、唐の清涼山にある文殊菩薩の浄土の入り口に辿り着く。現世と清涼山の間にあるのが、自然が作り上げた石橋(しゃっきょう)だ。幅は一尺(約30cm)ほどしかなく、橋の上は苔むしていて鳥でさえ滑って留まることは出来ないという。仙人は石橋に挑もうとするが結局諦める。
その後、清涼山に住む獅子(市川猿之助)が現れ、蝶二匹(猿之助の弟子が務める)を従えながら舞う。春秋座は歌舞伎用の劇場なのでセリがあり、今回の「伝統芸能の今」2014ツアーの中で唯一、春秋座でだけ猿之助はセリを使って現れる。「石橋」は「連獅子」のモチーフになった作品だけに、猿之助は首を何度もグルグルと回して観客からの喝采を浴びた(猿之助自身が以前、テレビ番組で話していたことだが、「連獅子」をやると目が回ってしまい、終演後に嘔吐してしまうことも珍しくないという)。

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2019年2月21日 (木)

京都芸術センター「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」 中村壱太郎

2019年2月11日 京都芸術センター講堂にて

午後2時から京都芸術センター講堂で、「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」を観る。出演は中村壱太郎(かずたろう)。若手を代表する女方(女形)の一人である。

中村壱太郎は、四代目中村鴈治郎の長男である。1990年生まれ。本名は林壱太郎。
中村鴈治郎家は上方の名跡だが、すでに東京に移住しており、壱太郎も東京生まれの東京育ちである。屋号は成駒屋で、私が観た時には、「小成駒!」という声が掛けられてもいた。2014年に、日本舞踊吾妻流の七代目家元、吾妻徳陽(あづま・とくよう)を襲名している。

プログラムは、創作長唄「藤船頌(とうせんしょう)」、レクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」(中村壱太郎&広瀬依子)、休憩を挟んでレクチャー「日本舞踊の音楽について」(中村壱太郎&中村壽鶴)、長唄「島の千歳」


創作長唄「藤船頌」。歌詞は事前に観客に配られている。唄:杵屋禄三、今藤小希郎。三味線:杵屋勝七郎、今藤長三朗。立鼓:中村壽鶴。笛:藤舎伝三。
主人公はお公家さんだそうである。春の海辺を謳ったもので、藤の紫と海の青が一体となって賛嘆される。

壱太郎は、紋付き袴で登場。強靱な下半身に支えられていると思われるブレのない舞踊を行う。西洋の舞踊は体を大きく見せる方向に行きがちだが、日本舞踊は両手や体を最短距離で動かす無駄のない動きが特徴的であり、好対照である。
扇には表に墨絵の藤、裏に波の絵が描かれている。藤が墨絵なのは、彩色すると「女っぽく見えてしまうから」「藤が面に出過ぎるから」という2つの理由があるらしい。


元「上方芸能」誌の編集長、広瀬依子を進行役としたレクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」。壱太郎は私物だというMacのノートパソコンを使ってスライドを投影し、解説を行う。

まずは歌舞伎の歴史から解説。出雲阿国の阿国歌舞伎から若衆歌舞伎を経て、現在まで続く野郎歌舞伎に至るまでの歴史が簡単に解説される。
歌舞伎の元祖は出雲阿国による阿国歌舞伎で、これは舞踊である。女性が男装をした舞うものだったのだが、「風紀が乱れる」ということで廃止になり、若衆歌舞伎へと移行する。若衆歌舞伎は、壱太郎曰く「ジャニーズ系」のようなもので、「美しいものを見たいが、女性は駄目となると未成年の男性」に目が行くということだったのだが、この時代は同性愛は一般的なことであるため、やはり風紀上よろしくないとのことで禁止され、「成人男性によるちゃんとしたお芝居なら良い」ということで野郎歌舞伎が生まれる。
歌舞伎は江戸の歌舞伎と上方の歌舞伎に分かれるが、江戸が英雄を登場させてポーズで見せるという外連を重視するのに対し、上方歌舞伎は庶民が主人公で日常を主舞台にするという違いがある。

日本舞踊、吾妻流についても解説が行われる。吾妻流は日舞の中では傍系で、元々は女性の歌舞伎踊りとして始まり、現在も門人の99%は女性だそうだ。ただ、その家元となった壱太郎(=吾妻徳陽)が男性ということで複雑なことになっているらしい。
吾妻流は、江戸時代中期に始まっているがいったん途絶えている。再興されたのは昭和に入ってからで、十五代目市村羽左衛門の娘である藤間春枝が吾妻春枝として興したのだが、十五代目市村羽左衛門の実父は白人とされており、壱太郎にも白人の血が流れているかも知れないというロマンがあるそうである。
壱太郎の大叔父に当たる五代目中村富十郎が吾妻徳隆(とくりゅう)を名乗っており、壱太郎の舞踊名も漢字が似たようなものをということで、徳陽になったそうだ。舞踊名にはもう一つ候補があって、壱太郎が慶應義塾出身ということで、「徳応ではどうか」というものだったのだが、壱太郎は「徳応だと偉そうな感じがする」というので徳陽に決まったそうだ。
「陽」の字はご年配の方の名前には余りつかないということで若々しさも感じられる良い名前だと思う。

その後、韓国で収録されたという壱太郎による舞踊「鷺娘」の映像がスクリーンに投影される。女方にとって映像、それも4Kを超えて8Kとなると女ではないことがはっきりわかるので困ったことになってしまうそうだ。
「鷺娘」は衣装の早替えがあるのだが、海外で上演すると拍手が貰えないという。「Wow!」という驚嘆の反応になってしまうそうだ。
女方の理想は、「女になり切って演じるのではなく、女らしさを追求する」というもので、「矛盾した」難しいものである。女らしさを演じるために腰を落とした上で良い姿勢を保つことが肝要なようである。女らしい仕草をするために常に内股であることを心がけてもいるそうだ。


休憩後、立鼓の中村壽鶴と壱太郎によるレクチャー「日本舞踊の音楽について」。壽鶴は鼓をばらしてみせる。普段はばらした形で持ち歩いているそうだ。
鼓の皮は何の皮を使っているかということがクイズ形式で観客に出され、壱太郎が、「土日の新聞をチェックしている人はわかるかも知れません」とヒントを出し、壽鶴も「淀駅に行く方はわかるかも知れません」と続ける。淀駅は京都競馬場の最寄り駅である。ということで正解は馬の皮。往時は馬が最も身近な動物だったようである。ちなみに今日、壽鶴が持っている鼓の胴は江戸時代製、皮の部分は安土桃山時代に作られたもので、かなりの値打ちもののようだ。
鼓は乾燥すると音が高くなるため、息を吹きかけて湿らせ、音を調整するそうである。


長唄「島の千歳」。唄は杵屋禄三と今藤小希郎、三味線が杵屋勝七郎と今藤長三朗、立鼓が中村壽鶴である。
白拍子を主人公とした女舞。白拍子に見せるため、壱太郎は長絹を纏っての登場である。
白拍子も阿国歌舞伎同様、男装した女性が舞を行うものだが、男性である壱太郎が男装した女性を演じるということで、幾重にも転倒した状況を生んでいる。抒情と艶を二つながら生かした典雅で妖しい舞となる。



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2018年12月11日 (火)

観劇感想精選(273) 「南座発祥四百年 南座新開場記念 白井松次郎 大谷竹次郎追善 當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部

2018年12月4日 京都四條南座にて観劇

午後4時50分から、京都四條南座で、「南座発祥四百年 南座新開場記念 白井松次郎 大谷竹次郎追善 當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。

演目は、「義経千本桜」より“木の実”“小金吾討死”“すし屋”、「面かぶり」、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ」“浜松屋見世先”より“稲瀬川勢揃い”まで、「三社祭」


「義経千本桜」より“木の実”“小金吾討死”“すし屋”は、「いがみの権太」として知られる作品である。“すし屋”が最も有名で且つ上演時間も長いため単独で上演されることも多いが、今回は3つの場が上演される。

まず“木の実”。壇ノ浦で討死したと思われていた三位中将維盛が生きており、吉野山に潜んでいるという設定である。
維盛の御台所である若葉の内侍(片岡孝太郎)と維盛の家来である主馬(しゅめの)小金吾(片岡千之助)が維盛の幼い子を連れて大和国下市村にやって来る。維盛の行方を尋ねに来たのだ。
峠の茶屋の女房・小せん(片岡秀太郎)が出掛ける間、若葉の内侍一行は木の実拾いに興じている。
そこに通りかかった権太(片岡仁左衛門)は、石を投げて木の実を次々に落としていく。そうして立ち去る権太だったが、実は小金吾の荷物と自分の荷物をわざと入れ替える。
荷物が自分のものではないと気づいた小金吾は、権太が盗人だと思うが、そこに権太が戻ってくる。荷物を間違えたと言って取り替える権太であったが、自分が行李に入れておいた20両がなくなったと騒ぎ始め、小金吾に金を返せと詰め寄る。

いがみの権太には、江戸の演出法と上方の演出法とがあるそうだが、今回は片岡仁左衛門の権太ということで、上方の演出となる。語り口調も上方言葉であり、江戸の粋(いき)よりも上方の粋(すい)が強く感じられる。ちなみに上方では権太の悪党ぶりを強調するようだ。

“小金吾討死”は、その名の通り小金吾の討死がだんまりを交えて演じられ、ラストで弥左衛門(市川左團次)が登場する。

“すし屋”は、吉野の釣瓶鮓屋の一杯飾りで演じられる。鮓屋の看板娘であるお里(中村扇雀)は、下男の弥助(市川時蔵)と祝言を挙げることが決まっている。弥助はお里を目上として扱うが、実はその正体は平維盛。お里の父親である弥左衛門は維盛の父親である小松内府平重盛に恩があり、維盛を下男と偽って匿っていたのだ。お里はそのことを知らない。
やがて、お里に兄である権太が帰ってくるのだが……。

寿司桶の取り違えが見せ場となり、前半は喜劇路線なのだが、ラストで心を入れ替えた権太の忠義話となる。
お里を演じる扇雀が実に可愛らしい。リアリズムで考えるとおかしなところが多々あるのだが、作品の魅力の前にはリアリズムなどはただのでくの坊である。


「面かぶり」。中村鴈治郎による長唄舞踊である。初演は明和4年(1767) に江戸の市村座で行われている。名刀鬼切丸の精霊が踊る様を描いたもの。
衣装や仕掛けが鮮やかであり、強靱な足腰を感じさせる鴈治郎の舞も一つ一つが決まっている。


「弁天娘女男白浪」。「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」(「白浪五人男」)の“浜松屋見世先”と“稲瀬川勢揃い”のみを上演する場合はこの名になるという。

“浜松屋見世先”。鎌倉雪の下にある呉服屋・浜松屋の見世先が舞台。二階堂家家臣・早瀬主水の娘(片岡愛之助)が四十八(市川右團次)に連れられて浜松屋にやって来る。娘と四十八が去ろうとした時に浜松屋の番頭である与九郎(中村梅蔵)が娘の万引きを見とがめる。番頭は娘の額を算盤でしたたかに打ち付けて傷を負わせるのだが、娘が万引きしたと思われた布は実は山形屋という店で買ったものだった。結局、弁償ということになる。だが実は娘の正体は白浪・弁天小僧菊之助、四十八は同じく南郷力丸であった。そこへ店の奥から二階堂家家臣を名乗る玉島逸当なる人物(中村芝翫)が現れ、二人を白浪と見抜くのだが……。

歌舞伎の演目の中で最も有名なセリフの一つである「知らざあ言って聞かせやしょう」が出てくるのがこの“浜松屋見世先”である。元々は尾上菊之助のために書かれたセリフであり、弁天小僧菊之助の名は尾上菊之助に掛けたもの。その他にも、「寺島」(尾上菊之助の本名)、「音羽屋」(尾上菊之助の屋号)がセリフに登場する。愛之助の「知らざあ言って聞かせやしょう」は義太夫節の影響の薄い、自然なもの。やはり江戸と上方の俳優とでは異なるのであろう。
ちなみに、中村梅蔵が、「南座の顔見世が初日から満員御礼続き」というネタをやる時に愛之助の屋号を何故か「高嶋屋」と言い間違えていた(最初は自身の屋号である「高砂屋」と言おうとして嶋だけ戻したのだが間に合わず)。本職でも屋号を言い間違えることはあるようだ。

“稲瀬川勢揃い”はその名の通り、白浪五人男(中村芝翫演じる日本駄右衛門、片岡愛之助演じる弁天小僧菊之助、中村鴈治郎演じる忠信利平、片岡孝太郎演じる赤星十三郎、市川右團次演じる南郷力丸)が「志ら浪」と書かれた傘を持ったいなせな格好で勢揃いし、捕り方の前で掛詞を使った名乗りを上げるというものである。それだけで歌舞伎として実に絵になる演目である。


「三社祭」は、若手の中村鷹之資(たかのすけ)と片岡千之助による歌舞伎舞踊。
若い二人の持つエネルギーがはち切れんばかりに躍動する。一方で、若さが余って軸がぶれることもあるが、今日最後の演目としては二人の持つ力強さは好ましく思われた。


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2018年11月21日 (水)

観劇感想精選(268) 南座発祥四百年 南座新開場記念 當る亥歳「吉例 顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部

2018年11月11日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、新装なった京都四條南座で、南座發祥四百年新開場記念「當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部を観る。

耐震対策工事のため閉鎖されていた南座の新規オープン公演であり、今年は特別に2ヶ月続けて顔見世公演が行われる。11月の顔見世は、高麗屋3代の襲名披露公演でもある。

工事を終えてから初めて入る南座であるが、内装はいうほど変化はなし。椅子は替えたようだが、いうほど大きくなっておらず、少なくとも3階席は前後の座席間も詰まったままで、エコノミークラス症候群を避けるために幕間に歩いて血の巡りを良くする必要がある。
トイレはかなり綺麗になったが、それ以外は余り代わり映えしておらず、幕間には「がっかり」という声も聞こえてきた。「特別席も悪くなった」という話をしている人もいる。


演目は、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、「勧進帳」、「雁(かり)のたより」。「寿曽我対面」と「勧進帳」の間に、高麗屋3代の襲名披露口上が設けられている。


「寿曽我対面」。江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我狂言を行っていたことから選ばれた縁起の良い演目(寿狂言)である。纏めたのは河竹黙阿弥。
出演は、片岡仁左衛門(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、片岡愛之助(松嶋屋)、上村吉弥(美吉屋)、中村壱太郎(かずたろう。成駒屋)、中村亀鶴(八幡屋)、澤村宗之助(紀伊国屋)、片岡秀太郎(松嶋屋)ほか。

工藤左衛門祐経(仁左衛門)の屋敷が舞台ということで、工藤氏の定紋として知られる庵木工の家紋が背景の金箔の中に鏤められている。
源頼朝に味方して出世と遂げた工藤祐経に館に、宿敵だった河津三郎祐康の子である曽我十郎祐成(孝太郎)と曽我五郎時致(愛之助)の兄弟が対面を願い出てくる。

時致に扮した愛之助がかなりの外連を用いているのが印象的である。先日、びわ湖ホールで観た時とは違い、祝祭の場であるということを意識しているのだろう。


高麗屋3代による襲名披露口上。坂田藤十郎(山城屋)と片岡仁左衛門が引き立てを行う。
松本白鸚は2代目であるが、初代は南座の舞台に立ったことはなく、「松本白鸚」のまねきが上がるのは、今回が史上初となるそうである。
2代目白鸚は、67年前に南座でフィルムに収めるための上演に参加したそうだが、「流石にその時の演目を観たことがあるという方はこの場にいらっしゃらないと思います」と述べる。
松本幸四郎に関しては、仁左衛門が6年前の奈落墜落事故からの復活を称える紹介を行った。
市川染五郎は14歳ということで中学生なのだが、幸四郎が「学校を1ヶ月休んだ」ことを明かし、染五郎は、「(この後の『勧進帳』の義経役を)人生最大の緊張で」誠心誠意演じることを誓った。


「勧進帳」。歌舞伎の演目の中で一二を争う有名作である。
出演は、松本幸四郎(高麗屋)、市川染五郎(高麗屋)、大谷友右衛門(明石屋)、高麗蔵(高麗屋)、澤村宗之助、松本錦吾(高麗屋)、松本白鸚(高麗屋)。

加賀国安宅の関を舞台に、関守である富樫左衛門(白鸚)と東大寺大仏再興のための勧進を行う山伏に扮した武蔵坊弁慶(幸四郎)の丁々発止のやり取りが見物である。
すでに源義経(染五郎)と弁慶らの一行が山伏に扮しているという情報を富樫は得ており、何人もの山伏が処刑されている。
弁慶らが現れた時点で、富樫は怪しいと睨んでいるはずだが、弁慶の振る舞いの見事さに打たれて通すことに決める。
剛の者である弁慶と戦の天才義経をもってすれば、関を押し通ることも可能なはずで、それが武士の本道なのだが、その場合は鎌倉方に北陸路を行っているという情報が漏れてしまうため、技芸を持って堂々と通るという、ある意味、歌舞伎役者の姿そのものを描いている筋立てとなっている。弁慶は比叡山で修行したこともあるため、白紙の勧進帳読み上げや、山伏の装束や仏法に関する知識もあり、その場での思いつきではなく積み上げてきたものを披露しているという点でも伝統芸能的である。

染五郎は若いということもあり、役が体に染み込んでいない。14歳で大当たりを取ったら史上最高の天才レベルなので、これはこれで良い。
幸四郎の弁慶も「見事」と言える水準ではあるのだが、父親に比べるとまだまだである。白鸚の富樫は「見られるだけで嬉しい」類いのものである。


「雁のたより」。上方狂言である。出演は、中村鴈治郎(成駒屋)、中村亀鶴、中村壱太郎、片岡秀太郎、中村寿治郎(成駒屋)、松本幸四郎、片岡市蔵(松嶋屋)ほか。

有馬温泉が舞台である。さる大名の若殿である前野佐司馬(亀鶴)は、元新橋の傾城で今は側室としている司(壱太郎)を伴っているのだが、司は佐司馬につれない態度を取る。佐司馬は、司に「気に入った者に盃を差すよう」言うのだが、司は裏町にある髪結の三二五郎七(鴈治郎)に盃を与えたいと言い出し……。

三二五郎七の一人語りが役者の腕の見せ所である。一人語りは現代劇では「リアルでない」として避けられる傾向にあるのだが、伝統芸能の一場で役者が魅せるものと考えれば悪くはない。
ラストはとってつけたようなもので、これまでの過程から考えても不自然に思われるのだが、「理屈となんとかはどこにでもつく」ため、それも三二五郎七の演技の一つだったと考えることも出来る。あくまで「出来る」であって、現代人の目にはご都合主義に映るのは確かである。
面白いのはむしろ、鴈治郎と幸四郎のやり取りで、互いを贔屓の役者として褒め合うシーンなどは存分に笑うことが出来る。

夜の部は演目的はさほど魅力的ではなかったといえるだろう。勿論、役者は粒ぞろいなので、そこは見応え十分である。



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2018年10月 1日 (月)

観劇感想精選(256) 松竹大歌舞伎「義経千本桜」“道行初音旅”&“川連法眼館” 片岡愛之助、中村壱太郎、市川猿弥ほか@びわ湖ホール

2018年9月23日 びわ湖ホール中ホールにて観劇

午後5時から、びわ湖ホール中ホールで、松竹大歌舞伎「義経千本桜」“道行初音旅”&“川連法眼館”(通称:四の切)を観る。

「仮名手本忠臣蔵」、「菅原伝授手習鑑」と並び、歌舞伎の三大演目の一つに数えられる「義経千本桜」。中でも「川連法眼館」は四段目の終わりということで「四の切」の別名でも呼ばれ、単独で上演されることも多い。今回はその前段である「道行初音旅」と続けての上演が行われる。

出演は、片岡愛之助、中村壱太郎(かずたろう)、市川猿弥、中村寿治郎、上村吉弥(かみむら・きちや)、中村松江、市川門之助ほか。

愛之助の佐藤忠信&狐忠信である。

「道行初音旅」は舞踊が中心になるが、愛之助の忠信は動きに無駄がなく、指先に至るまで神経が宿っている。要所要所で飛ばされる「気」のようなものも効果的で、流石は花形歌舞伎俳優である。
静御前を演じる中村壱太郎も細やかな仕草が印象的で、女形としての実力を感じさせる。
三枚目、トリックスターである逸見藤太を演じる市川猿弥の味も良い。「こんなところで愛之助」、「とっとと寄こせば猿弥」という駄洒落も笑える。

「川連法眼館」。歌舞伎対応劇場ではないということもあってか、川連法眼を演じる中村寿治郎のセリフが少し聞き取りにくかったが、進行の上で支障があるというほどではない。愛之助演じる佐藤忠信の凜々しさと、狐忠信の怪しさとコミカルな部分の演じ分けが見物である。

先代と当代の猿之助が演じる宙乗りありの澤瀉屋バージョンが有名だが、今回は別の版(音羽屋版だと思われる)での上演。途中で佐藤忠信が屋敷の奥に姿を見せる場面はなく、ラストも宙乗りではない。愛之助の狐詞も先代と当代の猿之助ほどではないかも知れないが、ユーモラスで愛嬌があり、惹かれる。親を慕う哀切な場面での表現も巧みであり、外連で見せる澤瀉屋版とここで差別化を図っているように思われる。

壱太郎演じる静御前の仕草も美しく、愛らしい。

義経を演じる市川門之助も堂々としており、貫禄と迫力と存在感があった。

ラストでは狐忠信は宙乗りの代わりに舞台中央やや上手側に聳える桜の木に登る。桜の名所である吉野の、今が盛りと咲く華やかさとすぐに散るという儚さを併せ持つ桜と一体になる忠信の構図が、義経を中心とする登場人物達の運命を象徴しているようでもある。

今日は歌舞伎専用の劇場での上演ではないということもあってか、大向からの声はほとんど掛からず、いつもとは違った雰囲気の中での歌舞伎見物となった。



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2018年2月 8日 (木)

松竹 「南座新開場ご紹介」映像ご紹介

松竹による京都四條南座の新開場公式案内映像です。

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2018年1月18日 (木)

「将軍頼家」 頼朝の死、もう一つの説を描く

※ この記事は2017年12月27日に書かれたものです。

1198年12月27日、相模川で行われた供養から鎌倉に戻る途中の源頼朝が落馬し、これが元で翌1月13日に死去したとされます。武家の棟梁たる頼朝が落馬することは考えられず、「平家の呪いか」と噂されました。

しかし、この落馬は創作されたものとする話があります。源頼朝の死には異説が存在するのです。

それは女のもとに通う途中の頼朝が変質者に間違えられて斬られたというものです。

「英雄色を好む」とはよくいわれる言葉ですが、源頼朝も相当な色好みでした。正妻(北条政子)や側室もいましたが、それでも他の女性と逢瀬を重ねたい、ただ正妻の北条政子はご存知の通り怖い人でしたので、頼朝はいわゆる夜這いを重ねていたとされています。夜にこっそりと、しかも顔を隠すように歩いていたらそれは怪しまれても仕方ありません。というわけで斬殺されてしまったというのです。

この説を基に書かれた歌舞伎の演目が「将軍頼家」です。昭和7年初演の新作歌舞伎で、作者は真山青果(まやま せいか)。劇中では頼朝が北条政子お付きの女性に懸想して、女装して会いに生き、重臣の畠山重保に怪しまれて斬られたということになっています。将軍が変態に間違われて殺されたとあっては源氏末代までの恥。

次期将軍になる源頼家は、父の死の真相を知りたがりますが、誰も教えてくれません。息子であり、生まれながらの将軍でありながら父の死の模様を誰も語ってはくれない。そのことで頼家はやけになっています。

結局、源氏の誇りを守るために、北条政子も畠山重保も秘密を押し通し、将軍に対する扱いではないと嘆く頼家を政子(尼御台)は、「人は一代、家は末代」と切り捨てるのでした。

 

実はこの「将軍頼家」、私が初めて観た歌舞伎の演目です。1996年12月、東京・築地の歌舞伎座での上演でした(「将軍頼家」、「積恋雪関戸」、「新皿屋敷月雨暈」の3演目の上演)。頼家を演じたのは5代目坂東八十助(のちの10代目坂東三津五郎)。花のある八十助の容姿が、育ちの良い将軍である頼家の雰囲気をよく表していました。

三津五郎の演技は、京都に来てからも2011年暮れの四條南座での顔見世や現代劇などでも楽しみましたが、その三津五郎も2015年に他界しました。

三津五郎がまだ八十助で頼家の格好をしていたのが昨日のことのように思えるのに、時の流れは速いものです。

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2017年12月20日 (水)

観劇感想精選(224) 「當る戌歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部

2017年12月17日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて観劇

午後4時から、ロームシアター京都メインホールで、「當る戌歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。
南座が耐震強化工事中のため、顔見世は昨年はキャパの狭い先斗町歌舞連場で行われたが、今年は南座よりも大きいロームシアター京都メインホールで行われることになった。ただし4階席は使用しておらず、2階席3階席バルコニーのハイチェアシート(通常よりも高い場所に椅子があり、足かけも下にあるのだが長時間座ると疲れる)も前に衝立状の壁を置くことで隠してある。

夜の部の演目は、「良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい)」、「俄獅子」、「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)」、「大江山酒呑童子」
「人情噺文七元結」の途中で、八代目中村芝翫襲名口上がある。


「良弁杉由来」。通称の「二月堂」でも知られる演目。坂田藤十郎、中村鴈治郎の親子共演がある。東大寺の大僧正良弁(ろうべん。中村鴈治郎)と母親の渚の方(坂田藤十郎)の再会の物語。
良弁は幼い頃、大鷲に攫われ、東大寺の杉に落とされ、命を落とすところを師の僧正に助けられた。一方、滋賀の里に住んでいた良弁の母・渚の方は、息子がどうなったのかを知るために諸国を放浪、東大寺の大僧正が幼い頃に大鷲に攫われたという噂を聞き、「もしや我が子では?」と東大寺にやって来た。

藤十郎の細やかな心理表現が見物であるが、今日は3階席の最後部ということもあり、藤十郎の抑えた声が聞き取りにくかったりした。


「俄獅子」。中村時蔵が演じる芸者・お蝶と片岡孝太郎扮する芸者・お松のを中心とした俄舞である。中村芝翫と共に襲名した橋之助(国生改め)、福之助(宗生改め)、歌之助(宜生改め)の3兄弟が鳶頭3人を務める。
時蔵の舞は華やかで、孝太郎の舞は艶やかである。


「人情噺文七元結」。24年前に当時16歳の松たか子が初舞台を踏んだ演目でもある。今日は中村壱太郎(かずたろう)が演じたお久は女優が演じても問題ない役なのだそうである。番付によると、松たか子がお久を演じたのは、平成5年(1993)10月の歌舞伎座での公演である。主役の長兵衛を演じたのは中村勘九郎(のちの中村勘三郎)であった。記録によるとお久を演じた女優は波野久里子(波乃久里子)を始めとして、光本幸子、黒木悦子らがいる。

出演:中村芝翫、中村扇雀、中村亀鶴、中村壱太郎、中村魁春、中村梅玉、中村七之助、片岡仁左衛門ほか。

左官の棟梁である長兵衛(中村芝翫)は、腕は良いのだが酒と博打が大好きであるため常に金に困っている状態。今夜も博打で負けて身ぐるみ剥がれて本所達磨横町の家に帰ってきた。妻のお兼(中村扇雀)が長兵衛に娘のお久が出掛けたまま帰ってこないと告げる。長兵衛に愛想を尽かしたからではないかとお兼は考えていた。
そこに吉原の遊女屋・角海老の手代である藤助(中村亀鶴)がやって来て、お久が角海老にやって来ていると告げる。お久は自分が働いて金を拵え、長兵衛に心を入れ替えて貰いたいと思っていたのだった。
社会性は破綻しているが、鯔背なところのある長兵衛役は芝翫に良く合っている。中村扇雀はお兼はオーバーアクションで演じて客席から大いに笑いを引き出した。


「大江山酒呑童子」。中村勘九郎、七之助の兄弟共演がある。
丹波国大江山。鬼が出るといわれている場所である。この頃、都では大江山の鬼神が夜な夜な現れて女の肉を喰らうなどしていたため源頼光(中村七之助)は、「鬼を退治するように」との勅命を受けて、渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武の四天王と独武者として名高い平井左衛門保昌(中村橋之助)を連れて大江山にやって来た。
鬼は酒を好み、童の格好をしているため酒呑童子(中村勘九郎が演じる)と呼ばれている。頼光一行は、八幡神、住吉明神、熊野権現から賜った酒を持参しており、これで酒呑童子を酔わせて討ち取ろうと図っていた。

中村勘九郎の鮮やかな舞と茶目っ気のある演技が見物である。勘九郎の声が父親の勘三郎にどんどん似てきているのも面白い。

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