カテゴリー「歌舞伎」の15件の記事

2017年4月 1日 (土)

観劇感想精選(207) UMEDA BUNRAKU うめだ文楽2017「義経千本桜」河連法眼館の場

2017年3月24日 グランフロント大阪北館4階のナレッジシアターにて観劇

午後7時から、グランフロント大阪北館ナレッジキャピタル4階にあるナレッジシアターで、うめだ文楽2017 「義経千本桜」より河連法眼館の段を観る。二代目竹田出雲ほかによる合作。
「仮名手本忠臣蔵」、「菅原伝授手習鑑」と共に三大傑作の一つに数えられる「義経千本桜」。歌舞伎でも有名だが、人形浄瑠璃としての方が先で、歌舞伎はいわゆる義太夫狂言として行われたものである。
「河連法眼館の段」は歌舞伎では四段目の切りであることから「四の切」という通称でも知られているが、文楽ではそういう表現はしないようである。歌舞伎の四の切は市川猿之助の先代と当代の十八番であり、私も京都四條南座などで歌舞伎版の「河連法眼館の段」を観ている。猿之助がラストで宙乗りを行うことで有名だ。

うめだ文楽は、大阪にある民放テレビ局5局の共同で制作されており、今回は読売テレビの担当で、司会は読売テレビアナウンサーの諸國沙代子(しょこく・さよこ)が務める。
毎回ゲストが招かれており、開演前のトークショーが行われる。今日のゲストはシンガーソングライターの嘉門達夫。替え歌でお馴染みの嘉門達夫だが、今日も新作替え歌である「森友の籠さん(原曲:「森のクマさん」)」を披露する。嘉門は、ナレッジシアターに来る前は、ラジオの仕事をしてきたそうで、「森友の籠さん」はすでにラジオで発表済みで、YouTubeにもすでにアップしたという。嘉門は「今日やれて良かったわ。明後日ぐらいになったらもうみんな忘れている」

嘉門は、歌舞伎は勘三郎と友人だったためよく観ていたが、文楽は3回ほど観たことがあるものの、いずれも居眠りしてしまったそうである。司会の諸國も1回観たことがあるだけだそうだ。うめだ文楽は文楽に馴染みのない人にも文楽をアピールするという目的もある公演であるが、嘉門が客席に「文楽を観るのは今日が初めてという人」と聞くと、手を挙げる人はまばらで、嘉門は、「今日はベテランばかりですね」と言う。文楽を観に来ない人は立地が良かろうが値段が安かろうが観に来ないので、まあ、当然といえば当然の結果である。うめだ文楽は国立文楽劇場と違って字幕は出ないので、わかりにくいという一面もある。

その後、静御前の人形を操りながら吉田簑紫郎、吉田簑太郎、桐竹勘次郎が登場し、トークを行う。吉田簑紫郎は今年42歳にして芸歴30年だそうだが、13歳の時に文楽を観たのがきっかけで人形に興味を持ち、楽屋に遊びに行くようになって、そのまま弟子入りとなったそうだ。吉田簑太郎は父も祖父も文楽の人形遣いであったため、高校生の頃には「自分もそうなるんだろう」と思っていたそうである。桐竹勘次郎は比較的遅く、大学生の時に授業の単位欲しさに観に行った文楽に惹かれてしまい、そのまま学生生活と平行して文楽の技芸員になるための見習いを始め、大学卒業後に本格的に文楽技芸員の世界に飛び込んだという。
国立文楽劇場には研修所があるため、そこ経由で来る人と弟子入りで来る人の二通りがあるそうだ。嘉門達夫は、「吉本でいってみれば、巨人師匠に弟子入りするか、NSC入るか」と例えていた。研修所に入ると、2年ある課程のうちの1年は、太夫、三味線、人形遣いの全てを学ぶ必要があるが、弟子入りだと一本で行けるそうである。ただどちらが良いかは人によるという。

人形遣いは、まず足遣いから始めて10年、左遣いに10年から15年掛かるそうである。だが簑紫郎は、「入門から21年間ずっと足遣いで、これは騙されたと。ただ自分は中学しか卒業していないので、潰しが利かない。だからこれをやるしかない」と腹をくくったそうである。また全員が主遣いになれるわけではなく、うだつが上がらないままに終わる人もいるそうである。

諸國沙代子が、「笑いたくなるときなんてないんですか?」と聞くと、簑紫郎は、「聞かないで下さい」と言う。実は下で介錯をしている人が、笑わせようとして変なものを出してくる場合があるそうだ。だが、人形遣いは何があっても動じてはいけないため、笑った方が悪いということになるそうである。

トークのラストでは、嘉門の代表曲である「鼻から牛乳」に合わせて、静御前の人形に動いて貰った。
なお、昨年、関西テレビの回のうめだ文楽トークゲストとして登場した兵動大樹は演目は観ずに帰ってしまったそうだが、嘉門達夫はちゃんと観劇していた。


「義経千本桜」より河連法眼館の段。字幕はないがその代わり、河連法眼館の段に至るまでの「義経千本桜」のあらすじがCG映像で説明された。
太夫は豊竹希太夫。三味線は鶴澤寛太郎と鶴澤燕二郎。出演は、吉田幸助(佐藤忠信、狐、狐忠信)、吉田簑紫郎(静御前)、吉田玉勢(源義経)、吉田簑太郎、桐竹勘介、吉田玉誉(よしだ・たまよ)、吉田簑之、吉田玉路(よしだ・たまみち)、桐竹紋吉(きりたけ・もんよし)、吉田玉延(よしだ・たまのぶ)、桐竹勘次郎、吉田玉彦ほか。

歌舞伎の河連法眼館の場は、狐忠信(源九郎狐。大和郡山市の源九郎稲荷神社に祀られている)の早替わりが見物であるが、文楽で狐忠信の主遣いを担当する吉田幸助も歌舞伎俳優と同等か、それ以上の早替わりを行う。人形を変えたり衣装を着脱させたりするだけでなく、自身の衣装の早替えも行う。主遣いの衣装の早替えは、春秋座で観た淡路文楽で観たことがあるが、それ以来である。
吉田幸助は顔を赤くしながらの熱演。障子を破ったり戸板返しを行うなど、想像力豊かな展開を見せる。

歌舞伎では猿之助の狐忠信が宙乗りで去るのだが、今回の文楽上演では、狐忠信が客席に降りてきて、中央通路を下手から上手へと移動し、ドライアイスの煙が漂う上手通路口から退場していった。

今回の公演ではカーテンコールがあり、狐忠信の主遣いを務めた吉田幸助がスピーチを行う。「ああ、しんど」と吉田幸助。歌舞伎の狐忠信も大変だが、文楽の狐忠信も激しく動きっぱなしの上に、移動距離も他の演目の人形より長く、早替えもあるということで、体力がないと務まらない役である。
吉田幸助は、「来月も国立文楽劇場の方で公演がございますが、19日だけお休みとさせて頂いております。19日にお越しになってもご覧いただけませんので、それだけはよろしくお願いいたします」とユーモアを込めて語っていた。

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2016年12月12日 (月)

これまでに観た映画より(84) 「大鹿村騒動記」

DVDで日本映画「大鹿村騒動記」を観る。阪本順治監督作品。原案:延江浩。出演:原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、三國連太郎、冨浦智嗣(とみうら・さとし)、瑛太、小野武彦、でんでん、石橋蓮司ほか。主題歌:忌野清志郎「太陽の当たる場所」

原田芳雄の遺作となった映画である。

長野県にある実在の村、下伊那郡大鹿村が舞台である。大鹿村では、300年の伝統を誇る村歌舞伎が行われているのだが、出演者達が村人に扮して、歌舞伎の景清もの(「六千両後日文章」)を演じる。

長年に渡って景清を演じてきた風祭善(原田芳雄)。18年前、妻の貴子(大楠道代)と友人の治(岸部一徳)が駆け落ちして村から出て行って以来、善は一人者を貫いている。かつては鹿牧場を経営した善だが、今は「ディア・イーター」という、店名そのままの鹿料理の店を一人で営んでいる。そこに、雷音(らいおん)というキラキラネームの青年(冨浦智嗣)がアルバイトの面接にやって来て即日採用される。雷音が声が高くて華奢だが、実は性同一障害を抱えており、姿形は男だが、内面は女だ。

治と貴子が大鹿村に18年ぶりに帰ってくる。実は貴子は前頭葉が萎縮するという、アルツハイマーとは別の認知症になり、治は自分では支えきれないとして、夫である善に貴子を帰しに来たのだ。

大鹿村にはリニア新幹線が通る計画があり、村民達は推進派と賛成派に分かれて意見が衝突、景清ものの上演が危うくなる。

実は戦中には、男達が出征したため、景清ものは女歌舞伎として上演されており、貴子は畠山重忠の妻の道柴を演じていた。記憶に障害のある貴子だが、道柴のセリフは覚えている。

そんな中、台風23号の上陸による土砂崩れにより、女形として道柴を演じていたバス運転手の一平(佐藤浩市)が負傷。舞台に出られなくなる。そこで、村役場の総務課に勤める織井美江(松たか子)が貴子に道柴を演じさせれば、昔のことも思い出せるのではないかと提案し……。

大傑作というわけにはいかないが愛すべき映画である。
歌舞伎というと、男が女を演じるという倒錯があるのだが、性同一性障害を抱える雷音が郵便配達夫の寛治(瑛太)に恋をして、一応受け入れられたりという歌舞伎的要素が持ち込まれている。高麗屋のお嬢さんである松たか子は村歌舞伎に出演せず、大楠道代が舞台に上がるのだが、大楠道代の役名は字こそ違えど「たかこ」であり(松たか子の「たか子」は漢字で書くと「隆子」である)、転倒が見られる。松たか子の役名は美江だが愛称は「みっちゃん」で、やはり大楠道代と逆転している。
歌舞伎の手法はこのほかでも用いられている。

三國連太郎と佐藤浩市の親子が出ているが、同じシーンには出演していない。三國連太郎も佐藤浩市も出演している場面はさほど多くないのだが、共に重要な役割を担っている。

原田芳雄の見事な歌舞伎役者ぶりと、大楠道代の「可愛らしいおばあちゃん」ぶりも見事である。

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2015年11月 4日 (水)

観劇感想精選(167) 新作歌舞伎「あらしのよるに」

2015年9月24日 京都四條南座にて観劇

午後4時から、京都四条南座で、新作歌舞伎「あらしのよるに」を観る。実は観る予定のなかった劇なのであるが、真宗大谷派東本願寺(真宗本廟)に礼拝に行った時、ブックストアで戸次公正の『親鸞の詩(うた)が聞こえる エッセンス・正信解』(東本願寺出版部)という本を買い、その本の最初の章に絵本『あらしのよるに』の話が出ているのだ。「『あらしのよるに』は、今、南座でやってるじゃないか!」ということで、チケットを取って観に行くことに決めたのである。偶然なのか回向なのか。それはおくとして、「あらしのよるに」は、歌舞伎としても現代劇としても面白い出来であった。

原作:きむらゆういち、脚本:今井豊茂、演出・振付:藤間勘十郎。出演:中村獅童、尾上松也、中村梅枝、中村萬太郎、市川橘太郎、市川竹松、市川月乃助、尾上徳松、片岡千壽、河原崎権十郎、市川萬次郎ほか。

狼たちと山羊たちの世界の話である。

まず狼たちの兄貴分である“ぎろ”(市川月乃助)らが山羊の群れを襲う計画を立てている。狼“ばりい”を演じる片岡千壽は何故かセリフが関西弁である。
狼たちの踊りは荒々しい荒事で、益荒男ぶりを見せつける。

今度は山羊たちの群れ。“おじじ”(市川橘太郎)、みい姫(市川梅枝)、“たぷ”(市川萬太郎)、“はく”(市川竹松)らが群れに加わり、舞が始まる。こちらは和事で、手弱女ぶりを発揮、と書きたいところなのだが、後ろの方の人達は明らかに稽古不足で、踊りがバラバラであり、優雅さが出ていない。セリフのほとんどないアンサンブルキャストが多いということもあるのだろうが、まがりなりにも歌舞伎俳優を名乗っているのだから舞はせめて見せられるものにして貰わないと。

山羊たちの群れを狼たちが襲う。逃げ遅れた雌山羊の“まつ”(尾上徳松)は、ぎろと一騎打ち。当然、敵うはずはないが、まつは不意を突いてぎろ右耳を食いちぎり、一矢報いて倒れる。右耳を失ったぎろは怒り心頭に発するが、そこの狼たちの長(おさ。お頭とも呼ばれる。澤村大蔵)が戦況を見舞いに来る。長と二人きりになったぎろは千載一遇のチャンスと思いつき、長を槍で突いて殺し、駆けつけた狼たちには、「長は山羊に殺された」と嘘を付く。そして、自身失われた右耳を山羊に襲われた証拠としてしまうのである。しかし、長の遺体のそばに落ちていた槍の穂先がぎろのものであることに気付いた“がい”(河原崎権十郎)は、ぎろに疑いの目を向け……。ここまでが「発端」とされる部分である。

主役である狼の“がぶ”(中村獅童)が登場するのは「発端」から長い月日が経ってからのことである。がぶはぎりに殺された狼の長の息子なのだが、出来が悪く、狼のみんなから馬鹿にされていた。父親は、がぶに「己を信じ、自分らしく生きていれば、必ず自分を信じて認めてくれる友達が出来る」と言い聞かせてきた。だが、今もがぶははぐれ狼である。

山羊の“めい”(尾上松也)が、嵐の夜に、風雨と雷を避け、粗末な小屋に閉じこもっている。めいは山羊たちが襲われる悪夢を見て、バッと跳ね起きる。夢だと気付いて一息ついたところで、やはり嵐を避けて小屋に飛び込んできた者がいる。狼のがぶなのであるが、小屋の中は真っ暗闇、がぶもめいも風邪を引いていて嗅覚ゼロ、ということでめいは相手が同じ山羊だと思っているし、がぶも先客は狼だと思い込んでいる。めいが「さわさわ山に住んでいる」と言うと、がぶは「あそこは良い食べ物が一杯あるでやんす」(語尾を「~でやんす」とするのが、がぶの口調の特徴である)と答える。めいは食べ物が「草」だと思っており、がぶは「山羊」のつもりで言ったのであるが、相手の正体がわからないため、誤解を誤解と気づけないまま話は進む。そして共に「風の歌」という歌が好きだということがわかり、意気投合。明日また会おうということになる。この小屋の前で、合言葉は「あらしのよるに」

暗闇の中で物事が進行する様子を見て、私は夏樹静子の傑作ミステリー小説『第三の女』を連想した。

翌日、小屋の前へとやって来ためい。台風一過で青空が広がっている。めいは相手へのプレゼントにするための四つ葉の幸福草(クローバー)を探しに行く。その直後にがぶが小屋の前にやって来る。相手への贈り物としてやはり四つ葉の幸福草を手にしている。しかし、「あらしのよるに」の合言葉で顔を合わせた二人は吃驚仰天。まさか相手が敵であるとは思いもしていなかったのだ。

がぶは山羊を食べるのが大好きなのであるが、めいとの昨日のやり取りを思い出し、「山羊は食べたことがない」と嘘を付いて、言葉を交わす。ちなみにめいはがぶの手土産である四つ葉の幸福草を食べてしまう(草食であるため)。その後、豊かな草場へとめいを案内したがぶは、めいを食べたいという気持ちを持ちつつもそれを抑えて、友達と接する。

なお、がぶの内面の声は謡(浄瑠璃:竹本蔵太夫、竹本司太夫)が担当するのだが、謡が「食べたい、食べたい」と繰り返すところで、獅童が「うるせーよ! いい加減にしろ!」と毒づき、謡は謡で獅童をおちょくるというシーンがある(今日は簾はなく、相手の姿がはっきりと見えるようになっている。ここは役者の入り口としても使われる)。歌舞伎というものを相対化してみせる面白いやり方である。

「発端」でも、狼や山羊が一階の客席通路が使って舞台に上がったが、がぶの中村獅童とめいの尾上松也も1階客席に降り、通路を使い、その後、おそらく通路ではなく客席と客席の間(南座は古い劇場なのでかなり狭い)を通って花道に戻る。私は今日も三階席に座っていたので、一階で何が起こっていたのかは正確にはわからないのだが、尾上松也が中村獅童に「迷惑なんじゃないですか」と言っていたため、客席と客席の間を通り抜けたと予想される。

ちなみに、中村獅童はたまにであるが、感情を切り替える場面などで、野田秀樹のような喋り方をする。おそらく意図的に野田の演技スタイルを参考にしているのだと思われる。

その後、話は暴君となった狼の新首領ぎろと、羊たちとの戦いへと発展していく。舞台奥の幕は細長い幕を縦に吊したものだが、これが狼たちが奥へと退場する時にくるりと回り、戸板返しの代わりになっている。その他にも、囃子方が上手と下手に分かれ、下手からは邦楽器だけではなく、シンバルなども盛大に鳴らされている。

山羊たちの集会の場面では散開の場面で、囃子方が「メリーさんの羊」を演奏し、「僕ら羊じゃなくて山羊なんですけど」と博学の山羊であるはくに突っ込まれる。

立場が違い、生まれ落ちた時点で天敵という「宿命」をどう乗り越えていくかという「人間」の物語でもある。中村獅童がバリバリにアドリブを入れるなど、コメディー的な要素が満載であり、重くなりすぎないよう、最後までファルスの精神は貫かれているが、テーマ自体は重いものである。

個々のあり方から国家間のスケールまで、我々は「わかり合えない」という業をほとんど生まれながらにして背負っている。もし異質でわかり合えないはずのもの同士が手に手を取って笑顔になれる日が来るとするのなら、そのために最も必要なのは……、存在というものを認めて一対一で対応していくしかないのかも知れない。一対組織、個対集団になってしまった場合、我々は永遠の誤解を繰り返すことになるであろうから。

演出としては、吹雪や雪崩に巨大な白幕を何枚も使うなど、迫力を出す事に成功していた。また役者がポールを伝って降りてくるという場面があり、古典歌舞伎にはまずないことなので、視覚的に面白かった。外連も多いが、歌舞伎とはそもそも外連を競うものであり、そこにはリアリズムを超えた「確固たるもの」が存在していた。

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2015年10月 4日 (日)

観劇感想精選(164) 「伝統芸能の今 2015」

2015年9月1日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後5時から、京都芸術劇場春秋座で「伝統芸能の今 2015」を観る。春秋座の芸術監督である市川猿之助主催の公演。ゴールドリボン+世界の子どもにワクチンをチャリティー企画であり、チケット料は出演者の懐には入らず、全て小児癌のワクチンを発展途上国に送る活動をしている団体に寄付される。また開演前に出演者がホワイエに出て、募金を呼びかけたりしている。

出演は、市川猿之助(歌舞伎、舞踊)、藤原道山(尺八)、上妻宏光(三味線)、亀井忠広(能楽師太鼓方)、田中傳次郎(歌舞伎囃子方)、村治佳織(特別出演。クラシックギター)。

村治佳織は病気のために休養していたが、今回の公演が本格的な舞台復帰となる。ギターを弾けない期間は辛かったと思うが、結婚をするというお目出度い出来事もあった。以前、バラエティー番組で結婚しない理由について、「ギターと男性とをどうしても比べてしまう。ギターと男性どちらを取るかとなるといつもギターになってしまって、ギターを超える男性と出会えていない」という趣旨のことを語っていたが、一時的にギターと離れたことで男性とじっくり向かい合うことが出来るようになったのかも知れない。
昨年の今頃はまだ静養中で時間に余裕があったので、祇園を散歩していたところ、「伝統芸能の今 2014」のポスターを見て、「へえ、こんなのあるんだ」と思ったそうだが、翌年に出演することになるとは思ってもいなかったという。

まず出演者全員が揃ってのトークの時間が設けられており、小児癌ワクチンの話がある。一番男前だからか、最初の説明係は藤原道山に振られる。藤原道山は田中傳次郎から「藤原さんは、美しすぎる尺八奏者といわれているそうですが」と言われた時に「イヤイヤ」と手を横に振ってその話題には乗らない。そもそも「美しすぎる」という形容がなされるのは女性限定だし、藤原本人も尺八ではなく容姿のことを言われるのは好まないのだと思われる。

ちなみに2年前には片岡愛之助が猿之助と共演したが、「(愛之助は)現在、プライベートが忙しいため今回は出演出来ませんでした」と説明される(これは嘘で、愛之助は現在、他の舞台に出演中である)。

その後、楽器奏者による「組曲百花」という演目が行われる。それぞれの楽器を使い(太鼓方と囃子方は謡も行う)、華麗な演奏が披露される。尺八の藤原道山は歌も伸びやかだが、弱音が繊細で美しい。これほど美しい弱音を生み出すことの出来る邦楽奏者は稀であろう。

唯一、ゲストとして伝統芸能以外からの参加となった村治佳織は、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」のギター編曲版を弾き、共演した藤原道山も合いの手の旋律を奏でたり、主旋律の一部を吹いたりする。「戦場のメリークリスマス」は、そう激しく弾く必要はなく、藤原道山のサポートもあって美しい仕上がりになっていた。ただ、まだ本調子ではないようだ。

2曲目は、映画「ふしぎな岬の物語」の音楽。安川午郞が作曲した楽曲全般を村治が演奏しているが、その中から「望郷~ふしぎな岬の物語」を演奏する。愛らしい旋律に寄り添うような演奏であった。

上妻宏光が演奏するのは「津軽じょんがら節」。エッジのキリリと立った津軽三味線である。その後、上妻と藤原、亀井らによるセッションがあったが、尺八の音は他の楽器に比べると小さいので、クライマックスでは、藤原の尺八が他の楽器により埋もれてしまっていた。

市川猿之助による舞踊「葵上」。箏曲の伴奏と謡による舞である。箏を演奏する二人はいずれも女性である。

「葵上」というタイトルであるが、主人公は「生き霊」の代名詞的存在である六条御息所。「うらめし、うらめし」という謡が印象的である。猿之助の舞は静かな動きによるものであるが実に優雅。ちょっとした動きに品がある。どうしてあそこまで雅やかに舞えるのだろうと不思議に思うが、やはり「子供の時分からやっているから」としか思えない。

休憩時間には、出演者総出で募金を呼びかけ、長蛇の列が出来る。クラシックギターを弾くとなると「着物で」というわけにはいかないので、前半は白の上着と赤のロングスカートで出演した村治佳織であるが、休憩時間だけは着物姿で登場した。

ラストの演目、出演者勢揃いによる朗読「鉄輪(かなわ)」。貴船(きぶね)にある貴船神社(きふねじんじゃ。地名と社名が一致しないのは京都ではよくあることである)に七日に渡って丑の刻参りを行い、元夫と、夫を奪って後妻となった女に復讐を誓う若い女性の物語である。鉄輪を逆さに被り、鬼の形相となった女性が男を殺そうとし、それを安倍晴明が助けるという話で、能、謡曲など日本の伝統芸能の多くで取り上げられている話である。また、安倍晴明を主人公にした夢枕獏の小説『陰陽師』にも「鉄輪」の話は採用されており、野村萬斎主演で映画化された「陰陽師」では、夏川結衣が鉄輪の狂女を演じている。なので、自然と夏川結衣に似た女性の顔が頭に浮かんでしまった。

市川猿之助が朗読を行い、他の演奏家が入れ替わり立ち替わり演奏する。合奏する場面は少ないが、鼓を二人で打つときは邦楽のマナーとして絶対に相手と同時に音を出さない。阿吽の呼吸でずらすのである。

市川猿之助の朗読であるが実に上手い。声音の使い分け、心理描写などいうことなしである。大河ドラマ「風林火山」の頃はまだ下手だったが、今や押しも押されもせぬ名優へと成長した。

ラストは鬼と化した狂女の舞。予想以上の迫力は残念ながらなかったが、それでも納得のいく出来ではある。激しい場面でも動きは高雅さを失わない。若手歌舞伎俳優の中で、実力では猿之助がトップかも知れない。

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2015年8月16日 (日)

観劇感想精選(160) 市川海老蔵特別舞踊公演「道行初音旅」&「身替座禅」

2015年4月24日 京都四條南座にて観劇

午後6時から、京都四条南座で、市川海老蔵 特別舞踊公演「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」&「身替座禅」を観る。四代目・市川九團次(変換したら「一渇く男児」と出た)の襲名披露を兼ねた公演である。四代目市川九團次は、坂東竹三郎の芸養子となり、四代目坂東薪車を襲名したが、その後に市川海老蔵門下となって市川道行を名乗り、このたび、市川九團次を名乗ることになった。市川海老蔵門下であるが、九團次は市川左團次系の名跡であるため、屋号は成田屋ではなく高島屋となる。

本当は観に行く予定はなかったのであるが、九團次が知り合いの知り合いであったため、観に行くことになった。今日は先程とは別の知り合いとも南座の1階売店前で幕間にたまたま出会う。南座で行われる海老蔵の公演なので、知り合いに出会ったとしても何の不思議もない。

今日も大向うに座る。考えてみれば歌舞伎で大向う以外に座ったことはないような気がする。歌舞伎がそれほど好きというわけではないからかも知れないが。

「道行初音旅」。『義経千本桜』の四段目、ラストの「四の切り」で知られる段であるが、その口に当たるのが「道行初音旅」である。「吉野山」の通称でも知られる。市川九團次は元・市川道行であり、本名も道行であるため、知り合いが「名前が道行やから、こんなん選ばれたんちゃうん?」と聞いたそうだが、九團次によるとたまたまだそうである。九團次の知らないところで、掛詞でこの演目が選ばれた可能性もあるが。

出演は、市川九團次(屋号:高島屋。狐忠信)と上村吉弥(かみむら・きちや。屋号:三吉屋。静御前)

初音の鼓を抱えて吉野山を行く静御前。同行していた佐藤忠信の姿が見えないので、鼓を鳴らす。鼓を鳴らすと忠信はどこからともなく現れるのである。実は現れた佐藤忠信は本物ではなく、初音の鼓の皮にされた狐の子供が化けて出たものだったのだ。

舞が中心の演目である。市川九團次は、初役ということもあり、舞はダイナミックだが手足の振りが大きすぎるという難点もある。狐歩きも例えば市川猿之助(先代及び当代)に比べると様になっていない様子である(家が違うと演じ方も異なるので単純に比較は出来ないのだが)。

20分の休憩の後で、四代目市川九團次襲名を兼ねた口上。出演は、市川海老蔵、市川九團次、片岡市蔵(屋号:松島屋)。海老蔵や市蔵はユーモアを交えて楽しそうに口上を述べるが、九團次はやはり緊張しているようである。ただ、襲名の口上なので、少し緊張しているくらいの方が良いかも知れない。

25分の休憩を挟んで、狂言「身替座禅」。原作は狂言「花子(はなご)」を歌舞伎の演目にしたもので、歌舞伎俳優も狂言師のように自分の身分を説明してから演技に入る。

市川海老蔵扮する山蔭右京が、「洛外に住まいいたす者でござる」と自分のことを語るが、「洛外」に住んでいると述べる役は狂言には少ないようで、ここから洛外・修学院離宮に隠棲している後水尾上皇が山蔭右京のモデルと推察され、そのため狂言「花子」は秘曲扱いになっているようである。

右京は東国へ下った際、美濃国で、花子(はなご)という女性と出会い、逢瀬を交わす。その後、洛外に戻った右京であるが、花子がやはり洛外の北白川(現在の京都市左京区北白川。修学院離宮からは歩いて30分ほどである)に移り住み、右京に文を送ってきたため、右京は会いに行きたいところなのだが、右京の山の神(奥さん)である玉の井(片岡市蔵)というのが夫を束縛するタイプで、花子にすんなり会いに行けそうにない。そこで、右京は「夢見が悪いので仏参に出掛けたい」と言い、「1年ほど」と申し出るのだが、そんなことを玉の井が許すはずもなく、結局、邸の持仏堂の中で一晩座禅をするだけにされてしまう。そこで、右京は太郎冠者(九團次)を呼び、持仏堂の中で衾(ふすま。大きめの頭巾)を被らせて、あたかも右京が座禅をしているように見せかけ、その間に邸を抜けて、北白川の花子の下へと向かう。だが、玉の井はお節介な奥さんであり、衾を被って座禅をしている人物に菓子や茶を勧める。座禅をしている人物が衾を取らないため、侍女の千枝(大谷廣松。屋号:明石屋)と小枝(中村京蔵)に衾をはぎ取るよう命じる。衾の下から現れたのはもちろん太郎冠者。太郎冠者は右京が花子に会いに出掛けたことを白状してしまう。「花子に会いに行きたいと正直に仰ったなら、一晩ぐらいなら許したものを」という玉の井であるが、仕返しをするため、今度は自分が衾をかぶり、帰ってきた右京に自分のことを太郎冠者だと思い込ませ、探ろうとする。

酔っ払って帰ってきた右京は、玉の井の目論見通り衾を被っているのが太郎冠者だと思い込み、花子とのあれやこれやを語り始める。遂には玉の井の悪口まで語り始めてしまうのだが、玉の井が衾の下から姿を現し……

海老蔵も市蔵も遊び心に溢れた演技で、観る者の笑いを誘う。ただ、他の歌舞伎俳優達による「身替座禅」より優れていたかというとそれは別の話である。

なお、鳴り物であるが、邦楽器の他に、グロッケンシュピール(鉄琴)の響きが混じっていた。海老蔵のアイデアなのかどうかはわからないが、新鮮に感じたことは確かである。

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2015年1月 7日 (水)

観劇感想精選(142) 「未来創伝」

2014年12月25日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後4時から京都芸術劇場春秋座で、クリスマス特別公演「未来創伝」を観る。篠笛奏者の藤舎貴生(とうしゃ・きしょう)の発案による、日本の伝統芸能の演者と現代劇の俳優やダンサーなどとのコラボレーション企画である。出演は春秋座の芸術監督でもある市川猿之助を始め、若村麻由美、尾上菊之丞、茂山逸平、藤舎貴生、桂米團治ほか。

春秋座は先代(三代目)の市川猿之助(現:二代目市川猿翁)のために建てられた劇場で、歌舞伎専門劇場ではないが、歌舞伎のあらゆる演目に対応出来る設計になっている。可動式の花道があるほか、廻り舞台、セリ、緞帳などを備えている。
セリが下りた場所、いわゆる奈落は、私も京都造形芸術大学の学生だった時に作業をしていたので、どういう場所なのかはよく知っている。ちなみに江戸時代に奈落で働いていたのは前科者などであり、前科者の印である刺青が入れられていたので日の当たる場所では雇って貰えず、裏方に徹することの出来る奈落などで仕事をしていたのだ。
劇場によっても奈落の様子は違うはずだが、春秋座の奈落はかなり殺風景である。

演目は、市川猿之助による素踊り「黒塚」~月の巻より~(作:木村富子、作曲:四世杵屋佐吉)、尾上菊之丞と茂山逸平による舞踏狂言「千鳥」(構成:茂山逸平、脚本:尾上菊之丞、作曲:藤舎貴生)、若村麻由美による語舞踊(一人語りと舞踊)「書く女」~建礼門院右京大夫~(作:今井豊茂、作曲:藤舎貴生、書・美術:千登勢、振付:尾上菊紫郎)、市川猿之助と8人のダンサーによる舞劇「八俣の大蛇(やまたのおろち)Ⅱ」(作詞:松本隆、作曲:藤舎貴生、美術:朝倉摂、振付:尾上菊之丞、ダンス振付:橘ちあ)

桂米團治は、前口上と司会、幕間の語りなどを務める。
桂米團治は落語家であるが、考えてみれば米團治の落語は聞いたことがない。以前、米團治の落語の会が春秋座であったため「行こうか」と思ったことがあるのだが、先約があって行けなかった。今日もちょっとした語りは行うが落語は披露しない。前回、米團治を見たのは、今では大丸心斎橋劇場となっている「そごう劇場」で行われた遊佐未森のライブのゲストとして招かれた時で、その時もピアノの弾き語りなどをしていたが落語はなかった。ポピュラー歌手のライブで落語のコーナーがあってもおかしいが。遊佐未森のライブで見たときは桂小米朝改め桂米團治(止め名である)となった直後で、米團治は「今の私があるのも、全て父親(桂米朝)のお陰です」と自虐ネタをやっていたが、今日も「『よねだんじ』と読めなくて『べいだんじ』と読まれたり、『お父さんが米朝だから、べいだんじでいいでしょ』などと言われたり、米團治を襲名したのを知らなくて小米朝と呼ばれたり。今日も楽屋で小米朝と呼ばれましたが」と自虐ネタは欠かさない。

影アナは第1部が市川猿之助、第2部が若村麻由美によるもの(録音したものが流れた)であったが、猿之助は「本日はお忙しいところをクリスマス特別公演『未来創伝』にお越し下さいまして誠にありがとうございます。こんな忙しい時期に見に来られるというのはよっぽど暇な方々だと思われますが」「携帯電話はマナーモードではなく、電源をお切り下さい。公演中に電話をする方はいらっしゃらないと思いますが通話も禁止です」「その他、飲食、喫煙などマナーの悪い方は芸術監督の権限により拉致監禁、きついお仕置きをいたします」などとユーモアに富んだ影アナを行った。若村麻由美の影アナも「芸術監督さんが、『遅れてきた客は立って見てろ』と怖いことを言っていますのでお早く席にお戻り下さい」と猿之助の調子を受け継いだものだった。

素踊り「黒塚」~月の巻より~。謡曲「黒塚(安達原)」が基で、能や歌舞伎の演目にもなっている「黒塚」が、今日行われるのは二世市川猿之助(当代猿之助の曾祖父。初世市川猿翁)が創出した舞踊劇。二世猿之助は海外に行った時に観たロシアバレエの技法を取り入れ、つま先で踊る振付を取り入れたという。
鬼女である岩手の踊りであるが、今日はメイクなども行わず、普通の着物で踊る「素踊り」で上演される。
米團治が「黒塚」のストーリーなどを説明をした後で、セリで下へと退場。その後、猿之助が登場し、「黒塚」の中の岩手が月の夜に出歩き、童心に戻る場面を踊る。細やかな舞の後で、ダイナミックな踊りが繰り広げられる。本人によると実は「運動音痴」だという当代猿之助であるが、そんなことは微塵も感じさせない鮮やかな踊りである。

舞踊狂言「千鳥」。この演目でも上演前に米團治がマイク片手に現れて、舞台転換の間に緞帳の前に立ってトークを行う。

狂言「千鳥」に日本舞踊の要素を取り入れたもの。舞は舞だけに徹して貰いたかったという気持ちもないではないが、それだと狂言にはならないので、尾上菊之丞も狂言を演じ、合間に舞うというスタイルを採る。
茂山逸平は能舞台にはないセリに乗って登場。尾上菊之丞も日舞の会場には余りない(先日観た大阪の御堂会館での日舞公演では臨時の花道を作っていたが)花道から現れる。

背後の松には溶暗中には電飾が点り、明るくなると様々な飾り付けがあって松の木ながらクリスマスツリーになっている(歌舞伎の松の木に飾りを付けて強引に「杉の木だ。クリスマスツリーだ」と言い張り、その後、「それはモミの木だ! 勘違いしてるぞ!」と突っ込みを入れられるというシーンのある東京サンシャインボーイズの公演『ショー・マスト・ゴー・オン』を思い出した)。

尾上菊之丞扮する太郎冠者は主から酒屋で酒を買ってくるよう命じられるのだが、この主というのが借金ばかりで、酒を買う金もない。酒屋へのツケも積もって酒を手に入れる当てもないのだが、来客だというので無理矢理太郎冠者を使わしたのである。
酒屋の主役の茂山逸平は「今日はクリスマスとてみんな賑やかにしているのに、何の因果か今日も働かねばならず」というセリフを足していた。

酒を手に入れるために、津島神社の尾張祭りの話をして、その隙に酒樽を盗み去ろうとする太郎冠者と、それを見とがめる酒屋の主の話。太郎冠者はまず、酒樽を千鳥に見立てて、千鳥を抱えるとして酒樽を奪おうとするが上手くいかない。そこで今度は神葭(みよし。山鉾のことだそうだ)流しの様子をして酒樽を見立て、神葭を伊勢の方向へ流すとして運び去ろうとするがやはり失敗。
そこで、流鏑馬の話をし、酒屋の主にも馬を演じるように仕向け、酒屋の主が疲れて後ろ向きに転がり落ちた隙に太郎冠者は酒樽を持ち去ることに成功する。

尾上流家元である尾上菊之丞の舞の上手さは今更書くまでもないが、茂山逸平も舞踊ことしないが、菊之丞と合わせての動きなどは見事である。

合間のトークで、「千鳥」で三味線が演奏されていたことについて桂米團治は、「三味線というのは安土桃山時代に入ってきた楽器でして、能が出来た室町時代にはなかった楽器なんですね。能で使われますのは、笛、鼓、太鼓とありますが掻き鳴らす楽器はなかったんです。だから狂言で三味線が鳴るというのは新しい試みなんですね」と説明を入れる。ただ、室町時代の由来を室町通としたのは良いが室町北小路(室町今出川)に足利尊氏が屋敷を構えたので室町時代と呼ばれるようになったと語っていたが、厳密にいうとこれは間違いである。足利尊氏が屋敷を構えたのは二条高倉であり、室町に屋敷(花の御所)を構えたのは足利第三代将軍にして太政大臣、そして日本国王の足利義満(室町殿)である。

若村麻由美による語舞踊「書く女」~建礼門院右京大夫~。そういえば樋口一葉を主人公にした永井愛の舞台のタイトルも「書く女」だった。どうでもいいが。
建礼門院というのはよく知られているように高倉院の室となり安徳院を産んだ平徳子のことであり、建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)は徳子に仕えていた女性である。能書家・藤原伊行(ふじわらのこれゆき)と箏の名手・夕霧の間に産まれた建礼門院右京大夫は才女であり、治承・寿永の乱の有様を歌などに託して綴っている。

能書家の娘ということで、舞台上からは建礼門院右京大夫の和歌が千登勢の筆によって書かれた紙が4枚垂れている。若村麻由美は白い布を被り、後ろを向いた状態で「今や夢むかしやゆめとたどられていかに思へどうつつとぞなき」という建礼門院右京大夫の歌を読みつつ、客席の方に向き直る。
若村麻由美は坂東流の日本舞踊の名取であるが、米團治によると「(本職の方に比べると)全然踊れません」と語っていたそうだ。しかし艶と気品を合わせ持った見事な舞を披露する。本職の人から見ると違うのかも知れないが、私は踊りに関してはよく分からないので良い出来に思える。

「語り物」と呼ばれる一人芝居の形態。元々は若村麻由美の朗読公演のために編まれたものだが、今回は台本を手放して語られる。題材となっているのは、源平の戦いそのものではなく、絶世の美女といわれた小宰相の局(こざいしょうのつぼね)と、平通盛(たいらのみちもり。義経のライバルとされることの多い能登守教経の兄である)との恋である。

この作品ではセリが何度も使われ、文机が上がって来たかと思えば、セリが下りた状態の空間に若村麻由美が登場時に被っていた布を落とすなど、上がっている時も下がっている時も効果的に用いられる。

語りはベテランの域に達した舞台経験豊富な女優によるものなので万全である。ちょっとしたニュアンスの変化で心情の変化などを大きく変える様は鮮やかだ。「綺羅星の如く」を「きら、ほしのごとく」ではなく「きらぼしのごとく」と読んでしまったのはご愛敬だが。

紅一点として、今回の公演に見事な華を咲かせていた。

舞劇「八俣の大蛇Ⅱ」。素戔嗚尊(市川猿之助)の八俣の大蛇退治を8人のダンサー(穴井豪、乾直樹、金刺わたる、櫛田祥光、熊谷拓明、柴一平、鈴木明倫、宮内大樹)と共に描く舞踊劇である。太鼓が用いられ(太鼓演奏:田代誠)、迫力のある音楽が奏でられる。

猿之助は2階席後方から宙乗りで登場。花道に着地する。「狐忠信」とは逆の演出である。舞台にはリノリウムのカーペットが敷きつめられている。余談だが、京都芸術劇場のリノリウムカーペット(舞台用語では「リノ」。指原莉乃みたいである)は春秋座の奈落の他に、今では授業公演で用いられるだけになっている小劇場のstudio21にも常備されており、花道を含めた春秋座の舞台一杯に敷きつめられるだけの量は確保されている。

最近は舞台作品の作詞でも活躍している松本隆の筆による詞が語られる。マイクを用いての語りだったのだが、マイクを使った場合、かなり滑舌が良くないと何を言っているのかわからない状態になることが多く、今回も猿之助の語りが良く聞き取れない場面がいくつもあった。音楽が大音量なのでマイクを使ったのであるが、セリフを聞き取らせるという点では上手くいかなかったかも知れない。

一方で舞は見事。先代の猿之助はアクロバティックな技を取り入れて歌舞伎界に革命を起こしたが、甥に当たる当代の猿之助もその精神を受け継いでいる。衣装の早替えは見事であったし、草薙剣を用いての舞は迫力充分であった。竹光とはいえ、剣を使った踊りは危険なのであるが、猿之助も8人のダンサーも見事に舞った。

 

クリスマスということで、抽選会がある。席番のくじ引きで当たりが決まる。茂山逸平はサンタクロースの格好で登場したが、厳密に言うとサンタクロースそのものの衣装ではなく、とにかく大勢の狂言師が登場することで有名な演目「唐人相撲」の登場人物の衣装からサンタクロースに見えるものを抽出して出来上がった服装であるという。
先日、同じ条件によるくじ引きがフェスティバルホールで行われたが、キャパが違うとはいえ今日は客席が大人しく、茂山逸平から「静かですね」と言われる程だった。「未来創伝」は京都のみで行われる公演なので客席にいるのが京都人ばかりとは限らないが(昼の部では最も高価な「未来創伝賞」を当てたのは千葉県勝浦市から来た人だったという。千葉県人だからわかるが勝浦というのは東京に出るためには必ず通過する千葉駅に来るだけでもかなり時間の掛かる場所である)、京都人と大阪人の違いはやはりあるのかも知れない。

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2014年10月 7日 (火)

観劇感想精選(135) 「壽三升景清」

2014年9月5日 京都四條南座にて観劇

午前11時から、京都四條南座で、九月花形歌舞伎・通し狂言「壽三升景清(ことほいでみますかげきよ)」を観る。十一代目・市川海老蔵の発案による新作歌舞伎である。歌舞伎の「景清もの」と呼ばれるものをまとめて通し狂言としたもの。脚本:川崎哲男&松岡亮、振付&演出:藤間勘十郎。音楽:上妻宏光、杵屋巳太郎&田中傳次郎。出演:市川海老蔵、坂東亀三郎、大谷廣松、市川道行、片岡市蔵、大谷友右衛門、市川右之助、市村家橘、片岡孝太郎、中村翫雀、市川左団次ほか。

今年1月に東京の新橋演舞場で初演され、この9月に舞台となっている京都での上演が行われることとなった。一ヶ所、中国の三国時代に場面と時が移るところがあるが、それ以外は基本的に京都府内が舞台となっている。

発案者である市川海老蔵が景清役。セット上の上手の柱に「壽三升景清」、下手の柱に「十一代目・市川海老蔵 相勤め申候」という看板が打ち付けられており、文字通りの看板公演である。

題に「三升」と入っており、これはいくつかの意味掛けが考えられるが、基本的には市川團十郎家(屋号:成田屋)の三升の定紋に由来する。劇中、小道具によって三升の紋が形作られる場面もある。市川海老蔵の発案ということで、「成田屋の定番とする」という意味も込められているだろう。

プライベートでは何かとお騒がせの海老蔵であるが、今日はベストの演技とは呼べないものの、私がこれまでに生で観た海老蔵の舞台の中でも上の部類と見て間違いないだろう。

作曲の上妻宏光が舞台上で演奏する場面があるなど、新しい試みに溢れている。また、阿古屋(片岡孝太郎)が花魁の姿に変身する間の繋ぎの前では、傾城達が、「ダメよ~、ダメダメ」、「どやさ!」、「ありのー、ままのー」など、流行語や今くるよ(京都市出身)の持ちネタなどを用いて受け狙いに行っていた。

巨大な海老の像を造るなどセットも凝っており(舞台美術:前田剛)、外連味を大いに見せる舞台となった。

歌舞伎であるが、新作ということでカーテンコールがあり、主要キャストは何度も拍手に応えてお辞儀を行い、最後は片岡孝太郎、中村翫雀、市川海老蔵が一人ずつ礼をした。

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2013年12月29日 (日)

観劇感想精選(108) 當午年「吉例顔見世興業東西合同大歌舞伎」

2013年12月11日 京都四條南座にて観劇(昼の部)

午前10時30分から京都四條南座で、當る午年「吉例顔見世興行東西合同大歌舞伎」、二代目市川猿翁、四代目市川猿之助、九代目市川中車襲名披露公演昼の部を観る。

現存する劇場では日本最古となる京都四條南座で行われる「顔見世」と呼ばれる公演は「歌舞伎の正月」とも呼ばれており、江戸と上方の歌舞伎俳優が一堂に会する華やかなものである。

昼の部の演目は、「厳島招檜扇」、『仮名手本忠臣蔵』より「道行旅路の嫁入」、「ぢいさんばあさん」、「二人椀久」、『義経千本桜』より「川連法眼館の場(通称:四ノ切)」。

「厳島招檜扇」は、タイトル通り、厳島神社が舞台であり、ここを厚く信仰した平清盛(演じるのは片岡我當)が檜の扇で仰ぐと、夕日が上り始めたという逸話を基にしたものである。

厳島神社遷座が行われることになり、そのために宮島にやって来た清盛ら平氏一門が一族の繁栄を喜び、祇王(中村壱太郎。いちたろう」ではなく「かずたろう」と読む)と仏御前(市川笑三郎)という二人の舞の名手に奉納舞を行わせる。見事な舞であったが、仏御前が突然、短刀で清盛に斬りかかる。清盛は檜扇で短刀をたたき落とし、仏御前は捕縛される。仏御前を斬ろうとする者もいるが、神聖な厳島神社を血で汚すわけにはいかない。仏御前が正体を語る。彼女の正体は平治の乱で清盛に敗れ、敗走中に殺害された源義朝(源頼朝の父親)の娘、九重姫であった。義朝と清盛は敵味方に分かれて戦ったが知り合いでもあり、友であったこともあるとして九重姫の命を救う。
厳島神社の本社は完成したはずなのに、いつまでも遷座の儀が行われないのを不思議に思った平氏一門であるが、(平家納経で知られる)大経堂が完成しないので遷座の儀を行うことが出来ないと知る。だが、もう夕暮れ。今日中に工事が完了し、遷座の儀を行わないと縁起が悪い。そこで、清盛が檜扇を扇ぐと沈みかけていた夕日が逆に昇り始めた。これで工事を続けることが出来る。平氏一門は清盛の偉大さを知るのであった。

ちなみに、祇王も仏御前も実在の白拍子であると思われ、共に清盛から寵愛を受けたとされる(色々な記録があり、矛盾も存在するため断言は出来ないのである)。晩年は共に出家し、今の祇王寺で余生を過ごした。仏御前が源義朝の娘というのはこの芝居だけのフィクションである。

『仮名手本忠臣蔵』より「道行旅路の嫁入り」。塩冶判官(モデルは浅野内匠頭長矩)が刃傷に及び、塩冶家(モデルは播磨赤穂浅野家。安芸広島浅野家の分家である)がお取り潰しとなったため、塩冶家の家老であった大星由良之助(モデルは大石内蔵助良雄)の息子・力弥(モデルは大石主税良金)に嫁ぐはずだった加古川本蔵の娘・小波(演じるのは中村梅枝)は祝言も出来ぬまま時が過ぎた。本蔵の妻で小波の母である戸無瀬(中村時蔵)は、京・山科に閑居している大星由良之助に会うために東海道を急いでいる。背景には富士山が見える。途中で奴の河内(「かわち」ではなく「べくない」と読む。演じるのは中村翫雀)と出会う。河内は滑稽な踊りを見せ、二人は心和む。背景が近江八景の一つとして知られる浮見堂に代わり、山一つ越えれば山科であることがわかる。

舞踊がメインであり、セリフはかなり少ない。浄瑠璃(義太夫節)と三味線が状況を説明する。

「ぢいさんばあさん」。九代目市川中車を襲名した香川照之の襲名披露演目である。「ぢいさんばあさん」は森鴎外の短編小説を宇野信夫が台本化し、戦後である昭和26年に初演されたという新歌舞伎である。狂言(コメディ)として上演されるものだ。

舞台は江戸中期、江戸で暮らす美濃部伊織(市川中車)と妻の「るん」(中村扇雀)はおしどり夫婦であったが、るんの弟である宮重久右衛門(市川遠弥)が喧嘩をして手傷を負い、春から務めるはずの二条在番役を務めることが出来なくなってしまった。そこで、代わりに伊織が京に向かうことになり、夫婦は一年間、離れて暮らすことになってしまった。伊織とるんの間には生まれたばかりの赤子がおり、二人とも別れるのは辛い。

伊織には下嶋甚右衛門(市川右近)という友人がいる。甚右衛門は短気で酒癖が悪い。

舞台は移り、京都・鴨川沿いの料亭の二階。伊織が名刀を手に入れたので、戸口主税(坂東薪車)らを招いて、刀披露の宴を開いている。妻のるんからは文が届いており、そこには江戸で咲いた桜の花びらも添えられていた。伊織は「江戸で咲いた桜が京で散る」と花びらを縁で撒く。絵になる光景である。

しかし、名刀は130両。伊織は100両しか持っていなかったため、30両は借りたのであった。貸したのは甚右衛門。甚右衛門もまた京に来ている。

そこへ酩酊した甚右衛門が入って来る。金を貸した相手を宴に呼ばぬとはどういうことかと伊織をなじる甚右衛門。主税等が怒るのを抑えていた伊織であったが、甚右衛門が名刀を「なまくら」などと言うのに怒り、甚右衛門が名刀を抜いた斬りかかるのをよけたとき、刃がたまたま甚右衛門の首に当たったので引き抜いてしまう。動脈を切られた甚右衛門は縁のから下へと転げ落ち、伊織は甚右衛門を斬った刀を持つ手の震えが止まらない。

殺人により越前・有馬家にお預かりの身となった伊織。一年の辛抱のはずが、三十七年の時が過ぎた。事件後、るんは筑前藩主・黒田家に身を寄せ、奥女中となった。伊織の家は弟の久右衛門が預かり、久右衛門亡き後は、久右衛門の息子である久弥(月乃助)と妻の「きく」(市川春猿)が屋敷を守っている。三十七年が経って罪を許された伊織が家へと帰ってくる。待ち合わせの時間にはまだ早いが気がせいて、早めに着いてしまったのだ。一方、妻のるんもやはりいてもたってもいられないという心境で早めに伊織の家に着いてしまう。三十七年が経っているので、互いに、夫婦であるとは気付かず、伊織はるんを老女中、るんは伊織を老いた番人と勘違いして、お辞儀を繰り返す。しかし、伊織には鼻をつまむという癖があったため、るんは老人が伊織であると気付くのであった。

香川照之は二代目市川猿翁の子であるが、猿翁と浜木綿子が離婚し、香川は浜木綿子に引き取られたため、歌舞伎俳優にはならなかった。開成高校から、東京大学文学部へと進むが、両親共に芸能人であるため、大学在学中に自身も芸能界に入ることに決める。ゼミでは、就職先を皆が言っていく習慣があったそうで、他の人が超大手企業の名前を挙げる中で、香川が「芸能界に入りまーす」とおどけて言ったところ、シーンとなってしまったと香川が語っているのを聞いたことがある。

名優として名を上げ、九代目市川中車として歌舞伎でも活躍することになった香川照之。舞台経験も豊富であるが、他の歌舞伎俳優に比べると呼吸が浅いのがわかる。中車も複式呼吸でセリフを言っているのであるが、他の歌舞伎俳優は更に深いところから声を出しているので、ちょっと浮いてしまうのである。ただ、感情表現には流石に長けている。

きくを演じる春猿は女性そのものの声で話す。同じように女性の声を出すことの出来る市川笑也は、私が京都造形芸術大学の学生だった時に歌舞伎の夏期集中クラスを受講した学生向けの特別講義を行っており、「出しているのは女性の、声楽でいえばアルトの声で、喉を引き絞って出す」と話していた。澤瀉屋は歌舞伎の家の出ではなく、国立劇場付属の歌舞伎俳優養成所を経て歌舞伎役者になった人が多く、笑也も春猿もそうであるが、「歌舞伎の世界に入りたいと思っている人。悪いことは言わない、止めなさい」と笑也は断言している。やはり歌舞伎の家に生まれるとすぐ良い役が貰えるが、そうではなく一般家庭からだと這い上がるのは難しく、また一般家庭から歌舞伎に世界に入ろうとする人はやはり元不良など一発逆転を狙ったまともでない人が多く、そうした人としのぎを削るにはかなりの苦労を要し、その苦労が報われるとは限らないからだという。

歌舞伎の家に生まれたとしても、父親が亡くなるなど、後ろ盾を失うと出世が厳しくなる。歌舞伎は複雑な世界である。二代目猿翁、三代目猿之助は、父と祖父の両方をほぼ同時期に亡くしたため、孤立無援で、「劇界の孤児」とまで言われた。そこでアクロバティックな外連を多用した独特の歌舞伎の創設に力を入れ、自らの手で道を開いていくことになる。澤瀉屋は屋号も変わっているが苗字も喜熨斗という変わったものであるため、そのアクロバティックな歌舞伎は「喜熨斗大サーカス(木下大サーカスに掛けたもの)」と揶揄されたが、次第に実力が認められるようになり、「歌舞伎について詳しくなくても楽しめる歌舞伎を作りたい(歌舞伎というのはある程度の教養がないと何をやっているのかわからないのである。当代の猿之助も「何も勉強もしないで歌舞伎を楽しもうなんて無理です」と断言している)」ということでスーパー歌舞伎というものを始め、歌舞伎に興味がなかった人にも劇場に足を運んで貰えるようになった。

澤瀉屋の名跡は、子供の頃は段子、次いで猿之助、止め名は段四郎である。ただ、宗家は猿之助と段四郎が交互に来るという独特の系譜があり、三代目猿之助は段四郎にはならず、代わりに弟を四代目市川段四郎にした、四代目市川猿之助は四代目段四郎の息子である。段四郎も顔見世には出演していたが体調不良のために千穐楽までの全公演を降板している。
宗家が猿之助と段四郎の交互に来るならば、四代目猿之助は将来事実上の止め名である段四郎になる可能性もある。

「二人椀久」。片岡孝太郎、片岡愛之助という松嶋屋の二人による舞踊である。大坂の豪商・椀屋久兵衛(わんや・きゅうべえ。片岡孝太郎)は新町(今のオリックス劇場付近にあった遊廓)の傾城(絶世の美女のことで、ここでは美しい遊女を指す)松山太夫に惚れ込み、商売そっちのけで新町に通い詰めたため、座敷牢に幽閉され、松山太夫恋しさに物狂いとなってしまった。当時は、精神医学なるものも存在していないため、物狂いは恥であるとして久兵衛は家から出され、松の浜辺へとたどり着く。久兵衛は狂った舞を行う(オペラでいう「狂乱の場」のようなもの)。そこへ松山太夫(片岡愛之助)が現れる(紗幕が多用される)。久兵衛と松山太夫は共に舞うが、実は松山太夫は九兵衛が見た幻であり、松山太夫は消え(紗幕と照明が効果的に使われる)、久兵衛は倒れ伏すのだった。

二人とも有名だけにやはり踊りは上手い。

『義経千本桜』より「川連法眼館の場」。澤瀉屋の得意演目である。「川連法眼館の場」は、『義経千本桜』四段目の終わりにあるため「四ノ切」という別名でも知られ、また内容から「狐忠信」、「源九郎狐」という名でも知られている。「四ノ切」上演は音羽屋形式(尾上家)と澤瀉屋形式(市川家)があるが、今回は当然ながら澤瀉屋形式で行われる。

源九郎判官義経(坂田藤十郎)は、壇ノ浦で平家を滅ぼしたが、実兄である源頼朝に疎まれるようになり、摂津大物浦から西国に落ち延びようとするが平氏一門の呪いにより海が荒れて遭難。何とか岸にはたどり着き、多くの家臣とはぐれてしまったが、大和国吉野にたどり着いて、今は川連法眼(市川段四郎が演じていたが体調不良のために降板、市川寿猿が代役を務める。四代目段四郎と四代目猿之助の親子共演は見られなかった)の屋敷に匿われている。
佐藤忠信(二代目市川亀治郎改め四代目市川猿之助。佐藤忠信は実在の歴史上の人物であるが、俳優・浅野忠信の本名でもある。浅野忠信の親が狙って名前を付けたのかどうかは不明)が義経の下へと駆けつける。都を落ち延びる際に忠信は静御前を助けたという功績があり、義経は忠信に静御前の安否を尋ねるのだが、忠信は生国である出羽国に戻って、病身の母の面倒を見、母が亡くなったので吉野に駆けつけたのであって、静御前については知らないと話し、義経に怪しまれる。
そこへ静御前(片岡秀太郎)がやって来る。静御前は忠信と同道していたのだが、忠信が姿を消すことがあり、その際、持ち歩いている初音の鼓を打つと再び忠信が現れたことを語る。そして、今、目の前にいる忠信は、姿形こそ行動を共にした忠信に似ているが、よく見ると別人であると気付く。訝しんだ義経は忠信を詮議することに決め、静御前を除いた全員が退場する。

静御前が初音の鼓を鳴らすと、同道していた忠信(四代目市川猿之助。二役)が現れる(花道から現れると見せかけて、川連法眼館の階段下から登場する)。もう一人の忠信の正体は狐であり、初音の鼓は、狐忠信の両親の皮で作られたものだったのだ。狐忠信が正体を明かす場面では、外連が行われ、早替えで、紋付き袴であった忠信が狐を表した独特の装束に着替えて床下から出てくる。早替えは3秒を切るという早さである。

その後も、早替え(狐忠信が消えたと思ったら、窓から本物の佐藤忠信として猿之助が顔を覗かせる)や、長押潜り、欄干渡りなど外連味たっぷりである。

親族である兄・頼朝から疎まれている義経は、狐忠信が、両親恋しさに忠信に化けて初音の鼓を追い掛けている様に心打たれる。そして初音の鼓を狐忠信に与えることに決める。狐忠信は喜びの舞をした後で、鼓を愛でつつ宙乗りで去って行く。

四代目猿之助であるが、せりふ回しはユーモラスでチャーミング。動きにもキレがあり、猿之助の名跡を継ぐのに十二分な実力の持ち主であることを改めて示していた。

2013年12月17日 京都四條南座にて観劇(夜の部)

今年の顔見世夜の部の演目は、『元禄忠臣蔵』より「御浜御殿綱豊卿」、「二代目市川猿翁、四代目市川猿之助、九代目市川中車襲名披露口上」、猿翁十種の内「黒塚」、「道行雪故郷」、「児雷也」。

 

『元禄忠臣蔵』は昭和15年に初演された新歌舞伎。江戸時代の歌舞伎は設定年代や登場人物の名前を変えて演じていたが、明治になると政府から「今後、新作は史実通りの実名でやるように」とのお達しがあり、わかりやすくなった一方で、仄めかしの手法は取りづらくなった。

『元禄忠臣蔵』も昭和に入ってから書かれたので、『仮名手本忠臣蔵』とは違い、吉良上野介は高師直ではなく吉良上野介、浅野内匠頭も塩冶判官ではなく浅野内匠頭とそのまま実名で登場する。

「御浜御殿綱豊卿」は、甲斐甲府藩主徳川綱豊公を主人公にした演目である。徳川綱豊を演じるのは中村梅玉。

第一幕。お喜世(片岡孝太郎)は兄で赤穂浪士である富森助右衛門(市川中車)から文を受け取った。文を書いたのは助右衛門ではない、浅野内匠頭の正室であった阿久里にお仕えする老女の手によるもので、「(浅野内匠頭の弟である)浅野大学頭様によるお家再興を綱豊公にお願いするように」という内容であった。

時の将軍、徳川綱吉にはまだ実子がなく、甲府宰相こと徳川綱豊も次代将軍の有力候補であるが、綱豊は将軍職に野心ありと見られるのを怖れて、放蕩に耽る馬鹿殿を演じている。綱豊は、新井勘解由(新井白石のこと。片岡我當)を呼ぶ。

第二幕第一場。第二場は綱豊と新井勘解由の対話が主である。新井勘解由は綱豊の口添えがあれば、赤穂浅野家は浅野大学頭を藩主として再興可能であろうと考えており、綱豊も赤穂浅野家再興を自身が将軍に願い出れば、以前の石高は無理であっても2万石か3万石の小大名にはなれるだろうという。ただ、浅野家再興が叶うと、今度は赤穂浪士が吉良上野介を討つ大義名分がなくなってしまうだろうとも考えている。綱豊は赤穂浅野家再興よりも浪士達に吉良を討たせる方が良いだろうと考えていることを新井勘解由に告げる。新井勘解由も「お家大事ではあるが、武士の道の方が大事」と応えるのであった。そして、山科に移った大石内蔵助が急に伏見や嶋原で女遊びに現を抜かすようになったというので、やっていることが綱豊と一緒だと共に笑う。

第二幕第二場。富森助右衛門(中車)が綱豊の御浜御殿にやって来る。今日、この屋敷に敵である吉良上野介がやって来るというので、偵察を兼ねて訪れたのであるが、綱豊が助右衛門を呼べと言っていると江島(中村時蔵)から伝えられ、驚いてしまう。

第二幕第三場。助右衛門、綱豊お目見えの場である。綱豊と対面した助右衛門であるが、敷居を跨ごうとはせず、次室に控えたままである。綱豊は、吉良は嫡子のなかった米沢藩主上杉家に実子を送り込んでおり、名実共に出羽国の国父である。早くしないと吉良は米沢藩に逃げてしまう。そうなってからではもう、赤穂浪士が50人だろうが、100人だろうが、米沢城を落とすことは無理だと断言し、大石内蔵助はやることなすこと遅いと罵る。助右衛門はそれを綱豊の策略だと見抜き、桶は箍がないと桶にはならない。バラバラの板きれであり、大石が箍であったのに今はそれが無い状態だと、大石昼行灯説に乗る。

しかし、綱豊は、大石が江戸に来たことがあるのを知っており、大石の放蕩も吉良側の目をくらます策であろうと今度は逆に討ち入りの計が進みつつあると詰め寄る。

しかし、助右衛門は綱豊公こそ将軍職を狙っているとみられるのが嫌で、遊び人を演じるているのだろうと返す。「これまで、遊興で潰された大名はござりません。潰されたのは、みな有能と見なされた大名」と駄目を押す。見抜かれた綱豊は言葉もない。代わりにお喜世が兄は無礼であるとして討とうとする。綱豊はお喜世を止め、関白である近衛家から、赤穂浅野家再興を頼まれていることを打ち明ける。しかし、赤穂浅野家が再興なれば吉良を討つことは出来なくなる。綱豊は吉良を討てと暗に命じたのである。

お喜世は今宵の宴で吉良を討つ機会を作ろうと助右衛門に告げる。

第二幕第四場。槍を手にした助右衛門が現れる。そこに現れた綱豊。宴のために能の衣装を身に纏っている。助右衛門は綱豊を吉良と勘違いし、討とうとする。綱豊は助右衛門の攻撃をかわし、自身が綱豊であることを明かす。綱豊は今は吉良を討つなと助右衛門の短慮を責める。一人では吉良を討ったとしても意味がないばかりか、他の赤穂浪士の顔が立たないのである。

 

助右衛門を演じたのは九代目市川中車を襲名した香川照之。香川照之は舞台経験も豊富であるが、中車として歌舞伎に出た場合、他の歌舞伎俳優に比べるとやや息が浅い。逆に歌舞伎俳優はどれだけ奥から声を出しているのかと不思議になる。

ただ、歌舞伎は現代劇とは違い、台詞に独特の節が付いているのだが、中車はこの節回しでは大健闘していたし、所作も見事であった。歌舞伎の世界に入ってから日が浅いことを考えると花丸級である。

 

 

「二代目市川猿翁、四代目市川猿之助、九代目市川中車襲名披露口上」。

猿翁は休場である。司会に当たる役を坂田藤十郎が務める。

猿之助は、坂田藤十郎を屋号である「山城屋さん」と呼び、中車は「坂田藤十郎さん」と名前で呼ぶ。

南座の名物として「まねき」があるが、猿之助によると自身の名前がまねきに上がるのは二代目市川亀治郎であった時以来で、9年ぶりだという。更に、「市川猿之助 」という名がまねきに書かれたのは、実に18年ぶりになるという。猿之助は母親が京都人であるため、「京都は第二の故郷」であると語る。

中車は、実父である二代目市川猿翁がこの場にいないのを謝した。そして、市川中車という名がまねきに上がるのは、昭和40年以来であり、48年ぶりだと告げる。その48年前である昭和40年というのが中車の生まれた年であり、因縁を感じるとも述べた。

 

 

「黒塚」。能の「黒塚」を基に、昭和14年に初演された演目であり、成田屋の十八番に対抗した形になる猿翁十種の一つに入っている(澤瀉屋は成田屋に弟子入りして興した家である)。

奥州安達ヶ原。鬼女が住むとされる場所である。

熊野の阿闍梨祐慶(中村梅玉)の一行が安達ヶ原に入り、今晩の宿を探している。一軒の小さな家が見つかった。そこに住むのは岩手という老女(市川猿之助)。しかし、その正体は人を取って食らう鬼女であった…

猿翁十種の一つであるだけに、やはり外連に富んだ作風である。四代目猿之助は舞も上手く、貫禄十分であり、鬼女に姿を変えたときの迫力の出し方も素晴らしい。

 

襲名披露の顔ぶれは今回はこの演目で最後となるので、「黒塚」が終わると同時に帰る人もちらほらいる。

 

 

「道行雪故郷」。坂田藤十郎と中村翫雀による清元である。基になっているのは近松門左衛門の「冥途の飛脚」。

大坂新町の傾城(美しい女郎のこと。「一顧傾城」にちなむ)梅川(坂田藤十郎)と、恋人の亀屋忠兵衛(中村翫雀)。有名な「封印切り」で罪人となった忠兵衛は梅川を伴い、生まれ故郷である大和国新口村に逃げてくる。故郷を再び見ることが叶った喜びもあるが、ただ見るだけで、もうここに帰ることは出来ないという悲しみも吐露する。

梅川もまた故郷である京都を見たいと思い、二人は涙に暮れる。

 

繊細な味わいの舞踊が繰り広げられる。

上方を代表する名跡ということもあり、坂田藤十郎の屋号である「山城屋」の掛け声は多かった。一方、中村翫雀の「成駒屋」は少なめ。私は冒頭で、「山城屋! 成駒屋!」、ラストで、「ご両人!」と声を掛ける。

 

坂田藤十郎もこれで今日は終わりということで、ここで帰ってしまう人もいる。

 

 

「児雷也」。子供向けの特撮ドラマのタイトルになったこともある有名な演目である。

尾上松緑が脇役ではあるが登場する。平成の三之のと一人であった尾上松緑(当時は尾上辰之助)であるが、実父も祖父もすでに他界。後ろ盾がないため、出世が難しいという状態にある。松緑は男前ではないため、大河ドラマ「葵 徳川三代」に徳川家光役で出演した(当時はまだ尾上辰之助)ことを批難した人がいた。すでに父も祖父もいない尾上松緑は、可哀想ではあるが出世が厳しいという状態。なのに何も知らずに批判するのである。三谷幸喜は古畑任三郎の口を借りて本音を吐露したことがある。「何にも知らない人間は勝手なことをいうものなんです」。

児雷也(中村梅玉)は越後国妙香山の山家を訪ねる。そこには越路という女性(市川笑也)が一人。越路を一目見て、児雷也は「美しい」と言うが、「いや山桜が」ととぼける。

市川笑也はやはり女性としか思えないような声を出す。

児雷也はいきなり越路を口説く(今でいうナンパである)が、越後の答えは「散る桜」で「NO」。更に越路の振る舞いが妙だというので刀を抜く。越路は児雷也の刀を身の回りのものや桜の枝などで交わす。やはり妖術使いのようだ。

児雷也の二の腕に牡丹の形の痣があり、越路の二の腕には梅の痣がある。牡丹と梅、これこそは許嫁の明かしであった(余談であるが、牡丹は中国を象徴する花である。国民党が逃げ込んで別の政治・経済体制を取っている台湾はそれに対抗し、梅を象徴とする。いずれも日本の桜に当たる花である)。

児雷也であるが、気分が悪くなり、気絶する。暗転。

舞台はある岩山に変わっている。「尾形弘行」と呼ぶ声がする。尾形弘行は児雷也の本名だ。児雷也は「本名を知っているのは誰ぞ」と聞く。現れたのは仙素道人(市川猿也)。仙素道人は児雷也の行いを誉め、児雷也の父親である尾形弘澄の最期を語る。そして児雷也に蝦蟇の妖術を教える。九字を切るのである(普通の九字の切り方とは異なる)。蝦蟇の妖怪が現れる(蝦蟇の着ぐるみを着ている)。

最期は、だんまりの場。児雷也の他に高砂勇美乃助(片岡愛之助。屋号は松嶋屋である。ただややこしいことになっているのだが、児雷也を演じる中村梅玉の屋号は高砂屋なのである。おそらく高砂勇美乃助は高砂屋の役者が本来は演じるものなのであろう。弁天小僧菊之助が尾上菊之助が演じるために書かれたのと同様である)、山賊夜叉五郎(尾上松緑)、そして越路こと綱手(市川笑也)が台詞を発することなく立ち回りを行う。蝦蟇の妖怪が再び登場。定式幕が降りるが、蝦蟇の妖怪だけは幕の外にいる。蝦蟇の妖怪が花道のセリに消えると、今度は児雷也がいなせな格好でセリから現れ、蝶と戯れながら花道を通って退場し、幕となる。

愛之助や松緑をだんまりで使うとは贅沢である。

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2011年12月26日 (月)

観劇感想精選(86) 當る辰歳 吉例顔見せ興行 東西合同大歌舞伎

「昼の部」 2011年12月19日、京都四条南座にて観劇

午前10時30分から、京都四条南座(南座としては旧字体で四條南座と書いて欲しいようではある)で、「吉例顔見せ興行 東西合同大歌舞伎」昼の部を観る。演目は、「寿曽我対面」、「お江戸みやげ」、「隅田川」、「世話情浮名横櫛」。

3階席。いわゆる「大向こう」に陣取る。といっても、私がこの演目を観るのは今日だけで、「大向こう」を名乗るほどの客ではない。とはいえ、やはり掛け声は大向こうから一番起こる。私も何度も声を掛けた。

「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」。曾我兄弟の仇討ちの話であるが、工藤祐経と曾我兄弟が対面する場面のみで仇討ちは描かれない。出演は工藤祐経に片岡我當(かたおか・がとう。屋号・松嶋屋)、曽我十郎に片岡孝太郎(松嶋屋)、曽我五郎に片岡愛之助(松嶋屋)、舞鶴に(片岡秀太郎(松嶋屋)、大磯の虎に上村吉弥(かみむら・きちや。美吉屋)ほか。
大名達が居並ぶ堂々とした舞台である。書き割りには庵木瓜の紋があしらわれている。

曽我兄兄弟を演じる。片岡孝太郎と愛之助が気っぷの良い演技を見せてくれる。片岡我當の堂々とした工藤祐経も見事であった。

「お江戸みやげ」。昭和になってから川口松太郎が書いた世話物で、笑いの要素がふんだんに取り込まれている。主役の常陸結城の呉服行商人お辻を演じるのは坂東三津五郎(屋号・大和屋)である。お辻が役者の坂東栄紫(片岡愛之助)の演技に惚れ込むのだが、坂東栄紫の屋号は大和屋なので、大和屋の坂東三津五郎が松嶋屋である片岡愛之助演じる坂東栄紫に「大和屋さん」と呼びかけるという捻りがある。

「隅田川」。能でもお馴染みの演目である。狂女(斑女)を演じるのは坂田藤十郎(屋号・山城屋)、船長を演じるのは息子の中村翫雀(なかむら・かんじゃく。成駒屋)である。坂田藤十郎の細やかな心理描写は流石は人間国宝である。ちなみに斑女の里は、京・北白川。私が住んでいる場所のすぐ近くである。

「世話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」。「♪死んだはずだよお富さん。生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のお富さん」という歌でもお馴染みの演目である。切られ与三郎こと伊豆屋若旦那与三郎に片岡仁左衛門(屋号・松嶋屋)、お富さんには中村時蔵(萬屋)、鳶頭金五郎の坂東三津五郎、蝙蝠の安五郎に尾上菊五郎(音羽屋)、和泉屋多左衛門に市川左團次(高島屋)。

現在の千葉県木更津市と、江戸が舞台である。途中で、仁左衛門と三津五郎が、舞台から渡された階段を下りて、客席の間の通路を歩いたり、仁左衛門が、「いい男だねえ。どこかで見た顔だな、誰かに似てる。そうだ、十五代目片岡仁左衛門だ」と言われる場面がある。

大団円。私も仁左衛門と時蔵に、「ご両人!」と声を掛ける。

「夜の部」 2011年12月22日、京都四条南座にて観劇

午後4時15分から、京都四条南座で、「吉例顔見せ興行 東西合同大歌舞伎」夜の部を観る。

演目は、「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」、「実盛物語」(『源平布引滝』より)、「元禄忠臣蔵」より仙石屋敷の場、六歌仙容彩「喜撰」、「らくだ」

「楼門五三桐」。五三桐は豊臣秀吉の家紋の一つで(五七桐などもある)、秀吉の代名詞の一つでもある。主人公は石川五右衛門(片岡我當。屋号・松嶋屋)。舞台は南禅寺の三門で、「絶景かな絶景かな」の台詞で知られる。秀吉は真柴久吉として登場。久吉を演じるのは片岡秀太郎(松嶋屋)。久吉は五右衛門を捕らえようと南禅寺三門に住む五右衛門に追っ手を差し向けるが、五右衛門はこの攻撃を交わす。久吉が現れ、五右衛門の辞世とされる「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」を読み上げ、五右衛門とにらみ合うところで幕となる。

「実盛物語」。斎藤別当実盛(尾上菊五郎。屋号・音羽屋)を主人公にした作品で、「源平布引滝」の中でも名場面として知られる。
舞台は近江堅田。百姓九郎助(市村家橘。橘屋)は、木曾義賢の子を身籠もる葵御前(片岡孝太郎。松嶋屋)を匿っている。九郎助の娘で、源氏の白旗を預かっている小万の身を案じる葵御前であるが、九郎助の孫の太郎吉が、漁に出て、女の切断された片腕を釣り上げる。源氏の白旗を握りしめており、これは小万の片腕のようだ。
詮議のために斎藤別当実盛と瀬尾十郎兼氏(市川左團次。高島屋)がやって来る。葵御前の子が男なら殺すが、女なら助けるという二人。瀬尾は葵御前の腹を割いて、男か女か調べるというが、実盛が取りなす。
実盛は今は平氏に使えているが、元は源氏の武将であり情けをかけたのであった。
小万(市川時蔵。萬屋)の亡骸が村の漁師達によって運ばれてくる。小万は太郎吉の掛け声に一瞬、目を覚まし、源氏の白旗の無事を確認して息絶える。
葵御前の子は男の子であった。実盛から手塚太郎光盛と名を賜った幼き太郎吉は瀬尾の腹を小刀で突き刺す。実は瀬尾は小万の生みの親であり、孫に功名を挙げさせたのだった。
実盛は、葵御前の子に駒王丸と名付け、手塚光盛が元服したら相まみえんと言って去っていく。
ちなみに、駒王丸はのちの朝日将軍・木曾義仲であり、斎藤実盛は手塚光盛に討たれることになる。

菊五郎の達者振りが印象的である。

「元禄忠臣蔵」より仙石屋敷の場。吉良上野介を討ち果たした赤穂浪士達は仙石伯耆守(坂東三津五郎。屋号・大和屋)の屋敷に寄り、御公儀にこの度の沙汰を告げることになる。仙石伯耆守と大石内蔵助(片岡仁左衛門。松嶋屋)のやり取りが見事。仁左衛門の長台詞の巧みさには感心することしきりである。心理劇であり、リアリズムを取り入れた、第一級の忠臣蔵であった。

舞踊、六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)「喜撰」。喜撰法師(坂東三津五郎)と茶汲み祇園のお梶(市川時蔵)の舞である。
三津五郎の舞は驚くほどの完成度。時蔵の舞も妖艶である。

「らくだ」。初代桂文枝による上方落語が原作である。遊び人の「らくだ」こと宇之助(中村亀鶴。屋号・八幡屋)がフグに当たって頓死する。熊五郎(片岡愛之助。松嶋屋)が宇之助の弔いに来たのだ。そこへ通りかかる紙屑屋の久六(中村翫雀。成駒屋)。熊五郎は久六とともに、ある企みをする。途中で、酒屋の丁稚長吉(中村壱太郎。成駒屋)が現れ、妙な真似をして、久六に「あの子の父親は苦労するに違いない」と言わせるが、壱太郎は翫雀の息子であり、翫雀のアドリブである。
笑える芝居であった。

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2009年2月 3日 (火)

観劇感想精選(62) 松竹大歌舞伎 「芦屋道満大内鑑 葛の葉 一幕」「勧進帳」@びわ湖ホール

2008年9月21日 滋賀県大津市・びわ湖ホール中ホールにて

午後5時30分から、びわ湖ホール中ホールで、松竹大歌舞伎、「芦屋道満大内鑑 葛の葉 一幕」「勧進帳」の二本立てを観る。松本幸四郎が弁慶を演じる「勧進帳」が何といっても見物である。

「芦屋道満大内鑑」。芦屋道満は、安倍晴明のライバルであった陰陽師。葛の葉は、安倍晴明の母親とされる狐の名前である。原作は人形浄瑠璃で、芦屋道満と安倍晴明の対決が描かれたもののようだが、歌舞伎では、冒頭の「葛の葉」の場面のみがレパートリーとなっている。

葛の葉姫と狐の葛の葉を早替えにより一人で演じるのが最大の見せ場。早替えを演じたのは中村魁春で、煌びやかに着飾った葛の葉姫が退場して、間もなくして、髪型も着物も変えた葛の葉として現れる。

怪異現象の場も良いし、別れの切なさも良い。葛の葉が別れの歌を障子に書くのも面白い。のちに安倍晴明となる子役も可愛かった。

なお、びわ湖ホール中ホールには、当然ながら花道がないので、下手側に、斜めに走る短い簡易花道を造っての上演であった。

「勧進帳」。松本幸四郎はテレビドラマなどでよく見かけているから気付かなかったが、考えてみれば、幸四郎の歌舞伎を観るのは12年ぶりである。幸四郎が12年もののウィスキーのCMで、「12年前、あなたは何をしていましたか?」というセリフを語っていたが、12年というのも取りようによってはアッという間である。

いわずと知れた「勧進帳」。だが、いわずと知れたというわりには内容の細部まではよく知らなかったりする。幸四郎の弁慶はさすがであったが、私がもし「勧進帳」という作品についてもっともっとよく知っていたら、更に楽しめたし、幸四郎の良さももっとよくわかっただろうに、と思うと口惜しくもなる。そんなことをいっても仕方ないのだけれど。

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