カテゴリー「邦楽」の10件の記事

2019年2月21日 (木)

京都芸術センター「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」 中村壱太郎

2019年2月11日 京都芸術センター講堂にて

午後2時から京都芸術センター講堂で、「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」を観る。出演は中村壱太郎(かずたろう)。若手を代表する女方(女形)の一人である。

中村壱太郎は、四代目中村鴈治郎の長男である。1990年生まれ。本名は林壱太郎。
中村鴈治郎家は上方の名跡だが、すでに東京に移住しており、壱太郎も東京生まれの東京育ちである。屋号は成駒屋で、私が観た時には、「小成駒!」という声が掛けられてもいた。2014年に、日本舞踊吾妻流の七代目家元、吾妻徳陽(あづま・とくよう)を襲名している。

プログラムは、創作長唄「藤船頌(とうせんしょう)」、レクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」(中村壱太郎&広瀬依子)、休憩を挟んでレクチャー「日本舞踊の音楽について」(中村壱太郎&中村壽鶴)、長唄「島の千歳」


創作長唄「藤船頌」。歌詞は事前に観客に配られている。唄:杵屋禄三、今藤小希郎。三味線:杵屋勝七郎、今藤長三朗。立鼓:中村壽鶴。笛:藤舎伝三。
主人公はお公家さんだそうである。春の海辺を謳ったもので、藤の紫と海の青が一体となって賛嘆される。

壱太郎は、紋付き袴で登場。強靱な下半身に支えられていると思われるブレのない舞踊を行う。西洋の舞踊は体を大きく見せる方向に行きがちだが、日本舞踊は両手や体を最短距離で動かす無駄のない動きが特徴的であり、好対照である。
扇には表に墨絵の藤、裏に波の絵が描かれている。藤が墨絵なのは、彩色すると「女っぽく見えてしまうから」「藤が面に出過ぎるから」という2つの理由があるらしい。


元「上方芸能」誌の編集長、広瀬依子を進行役としたレクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」。壱太郎は私物だというMacのノートパソコンを使ってスライドを投影し、解説を行う。

まずは歌舞伎の歴史から解説。出雲阿国の阿国歌舞伎から若衆歌舞伎を経て、現在まで続く野郎歌舞伎に至るまでの歴史が簡単に解説される。
歌舞伎の元祖は出雲阿国による阿国歌舞伎で、これは舞踊である。女性が男装をした舞うものだったのだが、「風紀が乱れる」ということで廃止になり、若衆歌舞伎へと移行する。若衆歌舞伎は、壱太郎曰く「ジャニーズ系」のようなもので、「美しいものを見たいが、女性は駄目となると未成年の男性」に目が行くということだったのだが、この時代は同性愛は一般的なことであるため、やはり風紀上よろしくないとのことで禁止され、「成人男性によるちゃんとしたお芝居なら良い」ということで野郎歌舞伎が生まれる。
歌舞伎は江戸の歌舞伎と上方の歌舞伎に分かれるが、江戸が英雄を登場させてポーズで見せるという外連を重視するのに対し、上方歌舞伎は庶民が主人公で日常を主舞台にするという違いがある。

日本舞踊、吾妻流についても解説が行われる。吾妻流は日舞の中では傍系で、元々は女性の歌舞伎踊りとして始まり、現在も門人の99%は女性だそうだ。ただ、その家元となった壱太郎(=吾妻徳陽)が男性ということで複雑なことになっているらしい。
吾妻流は、江戸時代中期に始まっているがいったん途絶えている。再興されたのは昭和に入ってからで、十五代目市村羽左衛門の娘である藤間春枝が吾妻春枝として興したのだが、十五代目市村羽左衛門の実父は白人とされており、壱太郎にも白人の血が流れているかも知れないというロマンがあるそうである。
壱太郎の大叔父に当たる五代目中村富十郎が吾妻徳隆(とくりゅう)を名乗っており、壱太郎の舞踊名も漢字が似たようなものをということで、徳陽になったそうだ。舞踊名にはもう一つ候補があって、壱太郎が慶應義塾出身ということで、「徳応ではどうか」というものだったのだが、壱太郎は「徳応だと偉そうな感じがする」というので徳陽に決まったそうだ。
「陽」の字はご年配の方の名前には余りつかないということで若々しさも感じられる良い名前だと思う。

その後、韓国で収録されたという壱太郎による舞踊「鷺娘」の映像がスクリーンに投影される。女方にとって映像、それも4Kを超えて8Kとなると女ではないことがはっきりわかるので困ったことになってしまうそうだ。
「鷺娘」は衣装の早替えがあるのだが、海外で上演すると拍手が貰えないという。「Wow!」という驚嘆の反応になってしまうそうだ。
女方の理想は、「女になり切って演じるのではなく、女らしさを追求する」というもので、「矛盾した」難しいものである。女らしさを演じるために腰を落とした上で良い姿勢を保つことが肝要なようである。女らしい仕草をするために常に内股であることを心がけてもいるそうだ。


休憩後、立鼓の中村壽鶴と壱太郎によるレクチャー「日本舞踊の音楽について」。壽鶴は鼓をばらしてみせる。普段はばらした形で持ち歩いているそうだ。
鼓の皮は何の皮を使っているかということがクイズ形式で観客に出され、壱太郎が、「土日の新聞をチェックしている人はわかるかも知れません」とヒントを出し、壽鶴も「淀駅に行く方はわかるかも知れません」と続ける。淀駅は京都競馬場の最寄り駅である。ということで正解は馬の皮。往時は馬が最も身近な動物だったようである。ちなみに今日、壽鶴が持っている鼓の胴は江戸時代製、皮の部分は安土桃山時代に作られたもので、かなりの値打ちもののようだ。
鼓は乾燥すると音が高くなるため、息を吹きかけて湿らせ、音を調整するそうである。


長唄「島の千歳」。唄は杵屋禄三と今藤小希郎、三味線が杵屋勝七郎と今藤長三朗、立鼓が中村壽鶴である。
白拍子を主人公とした女舞。白拍子に見せるため、壱太郎は長絹を纏っての登場である。
白拍子も阿国歌舞伎同様、男装した女性が舞を行うものだが、男性である壱太郎が男装した女性を演じるということで、幾重にも転倒した状況を生んでいる。抒情と艶を二つながら生かした典雅で妖しい舞となる。



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2019年1月13日 (日)

観劇感想精選(283) 紺野美沙子の朗読座「新春公演2019 源氏物語の語りを愉しむ ―紫のゆかりの物語」@びわ湖ホール

2019年1月5日 びわ湖ホール中ホールにて観劇

午後2時30分から、びわ湖ホール中ホールで、紺野美沙子の朗読座の公演「新春公演2019 源氏物語の語りを愉しむ ―紫のゆかりの物語」を観る。出演は、紺野美沙子(朗読とおはなし)、陣野英則(解説。早稲田大学文学学術院教授)、中井智弥(二十五絃箏、箏)、相川瞳(パーカッション)。演出は篠田伸二。

『源氏物語』から、第一ヒロイン的存在である紫の上(紫式部という通称の由来とされている)を中心とした恋物語のテキスト(早稲田大学名誉教授である中野幸一による現代語訳である『正訳 源氏物語』を使用)を用いた朗読公演である。


まずオープニング「新春を寿ぐ」と題した演奏がある。中野智弥作曲・演奏による箏曲「プライムナンバー」という曲が演奏され、その後、主役である紺野美沙子が現れて、中野とトークを行う。紺野美沙子は『源氏物語』ゆかりの帯を締めて登場。その写真が後方のスクリーンに映される。昨日、西宮の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで公演を行ったのだが、「もっと近くで帯の柄を見たい」という声があったため、今日は写真をスクリーンに投影することにしたそうである。前側が「浮舟」、後ろ側がおそらく葵祭の車争いの場面の絵柄である。着物の柄も平安時代を意識したもので、貝合の貝を入れる貝桶の絵が鏤められている。紺野は、『源治物語』の現代語訳を多くの人が行っているという話をするが、瀬戸内寂聴の紹介は物真似で行っていた。
中野が、「プライムナンバー」という曲名の解説を行う。「プライムナンバー」は「素数」という意味で(紺野美沙子はにこやかに、「素数。ありましたね」と語る)、4分の2拍子、4分の3拍子などの2や3が素数であると語り、素数の拍子を用いたこと、また箏は13弦で13は素数であることなどを語る。

ちなみに、『源氏物語』の主人公である光源氏は箏の名手であり、演奏を聴いた女性達が涙を流して感動したという話を中野がすると、紺野は、「あら? じゃあ、中野さんは、平成の光源氏?」と冗談を言い、中野も「そうだと嬉しいんですが。ローラースケートを履いてる方(光GENJI)じゃなく」と冗談で返す。紺野は、「次の時代もご活躍を」と更に畳みかけていた。

それから、二十五絃箏の紹介。邦楽は通常はペンタトニック(五音階)であるが、二十五絃箏は西洋のドレミの十二音階を奏でることが出来るそうである。

その後、パーカッショニストの相川瞳も登場。今日は25種類の打楽器を使うそうで、日本生まれの打楽器として木魚と鳥笛を紹介していた。

紺野美沙子は、有閑マダム層が使うような言葉遣いであったが、意識していたのかどうかはわからない。


その後、第1部のトークセッションに移る。ゲストは早稲田大学文学学術院教授の陣野英則。今日使用するテキストの現代語訳を行った中野幸一の弟子だそうである。
陣野は、『源氏物語』を長編大河小説と位置づける(紺野美沙子 「橋田壽賀子もびっくり」)。1000年前にこれほど大部の恋愛フィクションが書かれた例は海外にも存在せず、しかも作者が女性というのが凄いという話になる。海外ではこの時代、歴史書や叙事詩、戦争物や回顧録、エッセイ、日記文学などは書かれていたが、大部のフィクションの名作が現れるのはずっと後になってからである。

『源氏物語』がわかりにくいのは、古文ということもあるが、人間関係が入り組んでいるということを上げる。登場人物は450名ほどに上り、主人公の光源氏があちらと関係を持ち、こちらとも契りを結びということをやっているため、男女関係が滅茶苦茶になっている。ただ、陣野によると光源氏が素晴らしいのは、関係を持った全ての女性の面倒を見ることだそうで、ドン・ファンなど他の好色家には見られないことだとする。
スクリーンに人物関係図や男女関係図を投影しての説明。わかりやすい。
紺野美沙子は、「私、慶應義塾大学文学部国文科卒ということで、色々わからないといけないんですが、資料が多いもので、大和和紀先生の漫画『あさきゆめみし』で読んだ」と伝えると、陣野は、「今の学生は、ほぼ全員、『あさきゆめみし』から入っています」と答えていた。


第2部が今日のメインとなる「朗読と演奏」になる。

二十五絃箏の中井智弥は、東京藝術大学音楽学部邦楽科卒。伝統的な箏や地歌三絃の演奏も行いつつ、二十五絃箏の演奏をメインに行っている。2016年には三重県文化奨励賞を受賞。

パーカッションの相川瞳も東京藝術大学音楽学部出身。2007年にブルガリアで開催されたプロヴディフ国際打楽器コンクールDuo部門で2位入賞(1位なし)。大友良英 with あまちゃんスペシャルビッグバンドのメンバーとして紅白歌合戦に出場したこともあり、2019年の大河ドラマ「いだてん」オープニングテーマの演奏にも加わっている。

「いづれのおんときか女御更衣あまたさぶらいける中に、いとやんごとなききわにはあらねど、すぐれてときめきたもふありけり」の出だしからスタート。
光源氏と紫の上の出会い(といっていいのかな?)である「若紫」、光源氏と紫の上との初枕が出てくる「葵」、光源氏が須磨へと下り、紫の上と離ればなれになる「須磨」、源氏と結ばれた明石の君と、明石の姫君が大堰へと上る「松風」、光源氏と帝の娘である女三の宮が結婚することになるという「若菜上」、紫の上がみまかる「御法」と光源氏の死が暗示される「幻」の各帖から選ばれた文章が読まれ、和歌とその現代語訳が読み上げられる。映像も多用され、想像力の補完を行う。

紺野美沙子の朗読に凄みはないが、的確な読み上げは流石は一流女優の技である。テキストの背後にある心理をもさりげなく炙り出してみせる。

紫の上という女性の「女であることの哀感」と、光源氏の紫の上への愛と、愛するが故の切なさがありありと伝わってくる朗読であり、聞いていて一途に悲しくなったりもする。これが大和心の真髄の一つである「もののあはれ」だ。
哀しみと同時に、日本という国で生まれ育ったことの喜びが胸を打つ公演でもあった。


バラ色に彩られた雲が覆う琵琶湖の湖畔を歩いて帰途に就く。


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2018年4月14日 (土)

第69回京おどり 「天翔恋白鳥」全8景 2018年4月12日

2018年4月12日 宮川町歌舞練場にて

午後2時30分から、宮川町歌舞練場(東山女学園内)で、第69回京おどり「天翔恋白鳥(あまかけるこいのはくちょう)」全8景を観る。

宮川町の京おどりはかなり以前に一度観たことがある(調べてみたところ11年前である)。京都の五花街の中で京おどりだけ表記が異なるが(他は「をどり」表記)、何故なのかはわかっていないようである。

宮川町は、以前は祇園や先斗町よりも格が低いとされてきたが、芸舞妓を積極的に育てたり、映画などとのタイアップを図るなど、「舞妓さんにあえるまち」というキャッチフレーズを掲げて、舞妓シアターをプロデュースするなど、イメージアップ戦略に取り組んでいる。

「天翔恋白鳥」。第1景から第4景までは、「恋白鳥」が上演される。伊勢国で息絶えてから白鳥となって飛び立ったという伝説のある日本武尊と、「白鳥の湖」を掛け合わせた物語が展開される。黒鳥は夜烏という傾城とその手下として現れる。白と黒の視覚の対比が鮮やかである。

第5景は「ご維新百五十年」。今年が明治になってから100年に当たるということで幕末から維新に掛けての京が歌い踊られる。最初と最後の「おはようおかえりやす」は御所さん(天皇)に向けた言葉だと思われる。

芸妓3人が電車ごっこの要領で腕を回しながら登場する「京おどり 鉄道唱歌」。「鉄道唱歌」がメロディーを変えて歌われる。背景の幕が動き、富士や海、そして京都タワーが現れるのも楽しい。

舞妓さん達による「いろはにほへと」。京踊りの背景は全般的に淡い色のものが用いられており、耽美的で幻想的な味わいがあるが、「いろはにほへと」の登場する舞妓さん達の着物も淡い色のものが用いられており、柔らかで可憐な印象を受ける。

京おどりの名物であるラストの「宮川音頭」。「ヨーイ、ヨイヨイ」という声は「威勢が良い」と評されることもあるが、私の耳にはどこか哀しく響く。

儚げな、桜の精達の宴に迷い込んだような気分になった。



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2017年5月16日 (火)

第180回「鴨川をどり」

2017年5月10日 先斗町歌舞練場にて

午後4時10分から、先斗町歌舞練場で、第180回「鴨川をどり」を観る。明治5年に始まった鴨川をどりは、以前は春・秋の年2回公演を行っていたため、五花街の舞踏公演の中でも最多の公演数を誇っている。他の花街の踊りに比べて演劇的要素が濃いのが特徴。

鴨川をどりを観るのは約12年ぶりである。


今回の演目は、「源平女人譚(げんぺいにょにんものがたり)」と「八千代壽先斗町(やちよはなのぽんとちょう)」。作:今井豊茂、振付:尾上菊之丞、作曲:常磐津文字兵衛、作詞:藤舎呂船&藤舎名生。

「源平女人譚」は、木曽義仲(源義仲)と正室の巴御前、側室の山吹、平中三位資盛(織田信長が織田氏の祖とした人物でもある)とその側室である卿の局が中心となる。
まず、丸に揚羽蝶の平氏の家紋の入った部隊で、平資盛(演じるのは市楽)と卿の局(朋佳)の別れと、山吹(久加代)が卿の局を捕らえるまでが描かれる。
第二場は、木曽義仲(豆千佳)の陣。丸に二引きの木曽源氏の家紋が描かれた陣幕が描かれている。資盛が巴御前(もみ蝶)に捕らわれてくる。義仲は猫間中納言こと藤原光隆(市兆)をもてなすのだが、木曽出身の義仲は田舎料理を出し、猫間中納言を驚かせる。巨大なおにぎりを猫間中納言が食べるシーンではある工夫がなされている。

義仲が卿の局に惹かれていることを知った山吹は、貴船神社で卿の局を呪うための五寸釘を打っている。そこへ義仲と卿の局が病の調伏のためにやって来て……。

その後の展開は書かないでおくが、移動を描く際に役者が動くのではなく、大道具が変わっていくという見せ方が面白かった。
「源平女人譚」は、女歌舞伎や邦楽版宝塚歌劇という趣である。


「八千代壽先斗町」は、今年が大政奉還150年ということで、幕末が描かれる。こちらは踊りの方がメインである。
舞妓達の舞(リズムはコンチキチンである。ラストでは「ええじゃないか」が歌われる)が終わった後で、ひな祭りの内裏雛(市乃&あや野)の場となる。その後、鶴ヶ城天守の絵をバックに会津の娘子隊の舞があり、更に西郷吉之助を慕う仲居のお玉の舞(背景の掛け軸には「敬天愛人」の文字がある)、お玉と西郷吉之助((久富美)は、「面白き事もなき世を面白く」という高杉晋作の歌に合わせて踊る。そして二条城では将軍・徳川慶喜(豆千佳)が大政奉還を決意する。
最後は、勢揃いで舞が披露される。静と動の拮抗する見事な空間が目の前に広がった。

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2016年9月21日 (水)

川上音二郎一座 「オッペケペー節」

1900年、パリでの録音。川上音二郎本人の歌声は入っていないといわれています。

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2016年1月23日 (土)

楽興の時(8) 第4回「藤といやさかの会」

2015年11月16日 京都市・東洞院六角下ルのウィングス京都にて

午後1時30分から、六角堂の近くにあるウィングス京都のイベントホールで、第4回「藤といやさかの会」の公演に接する。日本舞踊の藤流と新内の弥栄派のコラボレーション。新内弥栄派の家元である新内枝幸太夫師匠は、私の母と同い年であるが、年の離れた友人である。

ウィングス京都は旧京都商工銀行の外壁だけを保存して使用しており(ファサード建築)、建築学的にも美しい建物である。

 

ウィングス京都イベントホールで行われる第4回「藤といやさかの会」であるが、無料公演である。その代わり、今日が初舞台という人がいてハラハラさせられたり、照明以外は身内がスタッフをしているので、上手くいかなかったり、そもそも頭数が足りていなかったりする。

舞の藤流家元の藤三智栄と、新内弥栄派の新内枝幸太夫の二人による共同主催である。

第1部では、新内枝幸太夫が歌を唄い、藤流の人達が舞を披露する。先代の家元、家元の舞が続き、優れた舞であることは一目瞭然である。動きにメリハリがあり、淀みなく体が動く。静止する時の姿も美しい。第3部では師範の称号と藤派の芸名を得ている人も登場するが、差は歴然。師範ではあっても座った状態から立ち上がる時に脚が震えていたり、一つ一つの仕草に意志や意図が感じられず、「そういう振付なので舞っています」という印象を受けてしまう。

枝幸太夫師匠は、一昨日は京都龍馬会の坂本龍馬慰霊提灯行列に参加して急な龍馬坂を上り(高台寺公園までは先頭付近にいたはずなのに、龍馬坂を上り切るころには最後列にいた。私が最後列担当で、誘導を行っていたのだが、いつの間にか最後列よりも遅れてしまっていた)、昨日は高台院のライトアップを見に行ったそうで、その前は長崎にいて弟子達に稽古を付けていてお疲れであり、高音の伸びは普段に比べるともう一つであった。

舞には高知市から、美穂川流家元の美穂川圭輔も参加して、新内枝幸太夫師匠の「龍馬ありて」の歌に乗せて達者な舞を披露した。

「寿若衆おどり」は枝幸太夫が歌ではなく、舞も披露する。

ちなみに、音源操作は、今日が初舞台となる松浦大輝(日本舞踊藤和流家元である藤和弘扇先生の甥っ子。弘扇先生と私は知り合いである)が担当したのだが、新内枝幸太夫の「新内仁義」のカラオケ用音源を流すはずが歌入りのものを流してしまい、枝幸太夫師匠が、「これじゃ口パクせなあかん」と苦笑いして、下手袖に向かって「大輝君、しっかりして」と呼びかける。その後、何故か拍子木が鳴り、枝幸太夫師匠は、「なんで拍子木鳴んねん」とまたも苦笑する。その後、やっとカラオケ用の音源が流れた。

藤流家元の藤三智栄は、第1部のトリである「蘭蝶~お宮くぜつ」で立ち方を務め、優雅な舞を舞う。弾き語りは新内枝幸太夫、上調子は新内幸翠が務めた。

新内枝幸太夫の影アナが入っての小休憩の後で第2部に入る。第2部では、松浦大輝と新内幸之介の二人が、舞台で初の主役を務める。

初舞台の松浦大輝は「福助」を謡うが、正直、調子外れのところが多く、まだまだ稽古が必要だと感じた。

初の主役となる新内幸之介は、まだ「新内」の名前を貰えず本名で活動していた頃から知っている人だが、枝幸太夫が書き下ろした「お酒とお餅(肥後座頭琵琶の語りで聴いたことのある「餅酒合戦」を題材にしたもの)」の三味線弾き語りをするが、三味線も歌の調子も合わずかなりの苦戦。ちなみにもう幕が降りる部分まで来ているはずが一向に幕が降りないので枝幸太夫が下手袖を何度も見て促し、ようやく緞帳が下りた。

その後、枝幸太夫の前弾き(舞台ではなく、客席の方に出てきて歌う)を経て、第2部のラストである新内流しとなるのだが、上調子の新内幸翠はちゃんと弾けているものの、松浦大輝と新内幸之介は苦戦。特に新内幸之介は、枝幸太夫師匠に三味線で駄目だしされながらの演奏であり、演奏に詰まると、すぐ師匠の方に目をやって客席から笑いも起こる。これでは公演というよりも公開稽古である。

5分休憩を挟んで第3部。今回は藤流の舞が主役となるが、前に書いた通り、師範の称号を得ている人でも出来は今一つ。舞の難しさや厳しさが伝わってくる。ちなみに昨年の「藤といやさかの会」では舞の出来が散々だったそうで、今年はリベンジに挑んだのだが、家元の藤三智栄は納得がいかなかったそうである。

なお、現在小学1年生の矢野友椛(やの・ゆか)ちゃんが初舞台を踏む。枝幸太夫の歌、友椛ちゃんの祖母である新井美代子の三味線による「祇園小唄」より春と夏である。
まだ、動きの意味もわかっていないはずだが、可愛らしい踊りに客席も明るい笑い声に包まれる。

友椛ちゃんの祖母である新井美代子も枝幸太夫の歌で舞うが、なかなかの出来であった。

更に、神奈川県在住という藤流の弟子の砂川常子という年配の女性も上洛して登場。舞踊であるが、筋が良いのだろう。藤流の師範を得ている人よりも達者だったりする。

全ての演目が終了した後、出演者全員が登場し、枝幸太夫師匠の持ち歌である「電蓄の鳴っていた頃」(日本コロムビアよりCD発売中)に乗せて、舞台上にいる人全員、そして藤三智栄が簡単な振付を示して、客席の人も舞う。枝幸太夫師匠であるが、お疲れのため、「電蓄の鳴っていた頃」の2番の歌詞を忘れるというハプニングもあった。

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2015年11月17日 (火)

楽興の時(6) 「琵琶の音楽鑑賞会~肥後座頭琵琶~」

2014年8月22日 京都市山科区の音楽サロンYOSHIKAWAにて

山科にある音楽サロンYOSHIKAWAで、「琵琶の音楽鑑賞会~肥後座頭琵琶~」を聴く。京都橘大学文化政策・現代ビジネス学部学会と弦楽ふるさとの会の主催である。演奏会のアンケートは京都橘大学大学院生の修士論文の資料としても用いられるそうだ。もう大分以前になるが、まだ関東にいた頃に渋谷のオーチャードホールで、文教大学の学生の卒業論文のためのアンケートに答えたことはあるが、学生の論文のためのアンケートに答えるのはそれ以来である。

音楽サロンYOSHIKAWAは、隠れ家的なスポットなのか、サイトを設けておらず、訪問した人が書いたブログの情報から、京都市営地下鉄東西線椥辻(なぎつじ)駅から北へ徒歩3分のところにある町屋を改造した音楽サロンということしかわからない。大通りは現在ではビルが建ち並んでいるため、「少し北上して脇道に入って少し行ったところかな?」と思い、適当に曲がったところ、町屋風の建物が見え、果たしてそこが音楽サロンYOSHIKAWAであった。

琵琶の音楽鑑賞会は、座敷を使って行われる。本当に座敷のまんまの座敷である。

肥後座頭琵琶であるが、本物の座頭による琵琶の伝統は絶えており、今日演奏する玉川教海は健常者である。師である山鹿良之が肥後座頭琵琶最後の琵琶法師だそうだ。

玉川教海は、筑前琵琶も弾き、筑前琵琶を弾くときは片山旭星を名乗り、本名はまた別にあるそうで、玉川曰く「ややこしい」そうである。

 

筑前琵琶は、明治に入ってから完成した比較的歴史の浅い琵琶である。

琵琶は雅楽の楽器として日本に入り、その後、「平家物語」など語り物の伴奏楽器として人気になるが、江戸時代になるとその座を三味線に譲り渡し、日陰の楽器的扱いになってしまう。

薩摩では健常者である武士が琵琶を趣味で奏でることが流行し、維新後に新政府の代表的立場となった鹿児島藩で流行っていた薩摩琵琶が東京でも流行し、薩摩琵琶による琵琶の再興がなされる。それを聴いた博多の商人達が始めたのが筑前琵琶なのだという。

一方、肥後では熊本城主の細川氏が、京都との縁の深い家であったため、京都から座頭琵琶法師(「盲僧」と読んだそうだ)を招いて演奏させ、それが継承されたため、琵琶法師による演奏の歴史は薩摩琵琶や筑前琵琶よりもずっと長い。

楽器も筑前琵琶は新しく(月章が二つ刻まれている)、肥後座頭琵琶は古びている(日章と月章の飾りがある)。筑前琵琶の弦は5本であるが、肥後座頭琵琶の弦は4本である。

まず、筑前琵琶による『平家物語』の冒頭、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す 奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し 猛き者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ」と、『源氏物語い』「葵上」より、六条御息所の嘆きが演奏される。

その後、肥後座頭琵琶による、「道成寺」、「四季」、「餅酒合戦」が演奏されたが、肥後座頭琵琶の音色は筑前琵琶に比べると硬質で、音がダイレクトに飛んでくる。筑前琵琶の音はもっと横に拡がる感じである。琵琶を打楽器に例えることがいいことなのかどうかはわからないが、筑前琵琶を普通のティンパニとすると、肥後座頭琵琶は最近流行のピリオド・アプローチで用いられるバロックティンパニに当たる。歴史的にも筑前琵琶の方が新しく、楽器も大きめなので、これもティンパニと共通しており、小型できつめに張ったものからは硬めの音が出るようだ。これはどちらが良くてどちらが悪いということではなく、楽器そのものが持つ性質である。どちらの音色が好みかは人それぞれだ。

「道成寺」は、様々なパターンがあるが、今回上演されるのは、道成寺に伝わる絵巻物をそのまま語りにしたものである。安珍に「道成寺に参拝したら戻るから」と言われた清姫であるが、待てど暮らせど戻って来ない。安珍に騙されたと悟った清姫は道成寺へと向かう。日高川を渡ろうとした清姫であるが、渡し守に断られる。僧侶から「十五六の娘がやって来たら絶対に渡してはいけない」と言われたことを渡し守は告げる。その僧侶が安珍だと気付いた清姫は怒りの余り「ならば泳いで渡ろう」と日高川に飛び込むが、情念の余りの強さに、額からは角が生え、体は蛇という化け物になる。道成寺の門は閉ざされていたが、清姫は松の蔦を登って侵入。僧侶達は安珍を鐘の下に隠すが、清姫の化け物は鐘の下に安珍がいることを瞬時に見抜き、鐘に七重八重に巻き付く。安珍は鐘もろとも溶けて跡形も無くなってしまうのだった。

先に上演された筑前琵琶の「葵上」同様、女の怨念を描いた作品であった。

「四季」は、竜田川の紅葉、北野天満宮の梅、吉野の桜など、四季の名所が語られた後で、いずれもすぐに散ってしまうと無常が告げられる。その後、四季折々の楽しみが語られた後で、「明日こそ知れぬ身なれども、今日の楽しさ目出たけれ」で終わる。

「餅酒合戦」は、酒が餅を哀れな存在であるとなじり、それに反発した餅は種類の多さで、酒は名所の数で合戦をするというコメディである。結局は、尾張国の大根の登場によって、餅も酒も退却を余儀なくされる。
「道成寺」などは、師匠は喜んで教えてくれたが、「餅酒合戦」などはなかなか教えてくれなかったという。理由は「やってもお金にならないから」だそうだ。ちなみに一番受けるのは、仏の種類を上げていった後に般若心経を唱えて終わるという演目だそうである。

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2015年10月 4日 (日)

観劇感想精選(164) 「伝統芸能の今 2015」

2015年9月1日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後5時から、京都芸術劇場春秋座で「伝統芸能の今 2015」を観る。春秋座の芸術監督である市川猿之助主催の公演。ゴールドリボン+世界の子どもにワクチンをチャリティー企画であり、チケット料は出演者の懐には入らず、全て小児癌のワクチンを発展途上国に送る活動をしている団体に寄付される。また開演前に出演者がホワイエに出て、募金を呼びかけたりしている。

出演は、市川猿之助(歌舞伎、舞踊)、藤原道山(尺八)、上妻宏光(三味線)、亀井忠広(能楽師太鼓方)、田中傳次郎(歌舞伎囃子方)、村治佳織(特別出演。クラシックギター)。

村治佳織は病気のために休養していたが、今回の公演が本格的な舞台復帰となる。ギターを弾けない期間は辛かったと思うが、結婚をするというお目出度い出来事もあった。以前、バラエティー番組で結婚しない理由について、「ギターと男性とをどうしても比べてしまう。ギターと男性どちらを取るかとなるといつもギターになってしまって、ギターを超える男性と出会えていない」という趣旨のことを語っていたが、一時的にギターと離れたことで男性とじっくり向かい合うことが出来るようになったのかも知れない。
昨年の今頃はまだ静養中で時間に余裕があったので、祇園を散歩していたところ、「伝統芸能の今 2014」のポスターを見て、「へえ、こんなのあるんだ」と思ったそうだが、翌年に出演することになるとは思ってもいなかったという。

まず出演者全員が揃ってのトークの時間が設けられており、小児癌ワクチンの話がある。一番男前だからか、最初の説明係は藤原道山に振られる。藤原道山は田中傳次郎から「藤原さんは、美しすぎる尺八奏者といわれているそうですが」と言われた時に「イヤイヤ」と手を横に振ってその話題には乗らない。そもそも「美しすぎる」という形容がなされるのは女性限定だし、藤原本人も尺八ではなく容姿のことを言われるのは好まないのだと思われる。

ちなみに2年前には片岡愛之助が猿之助と共演したが、「(愛之助は)現在、プライベートが忙しいため今回は出演出来ませんでした」と説明される(これは嘘で、愛之助は現在、他の舞台に出演中である)。

その後、楽器奏者による「組曲百花」という演目が行われる。それぞれの楽器を使い(太鼓方と囃子方は謡も行う)、華麗な演奏が披露される。尺八の藤原道山は歌も伸びやかだが、弱音が繊細で美しい。これほど美しい弱音を生み出すことの出来る邦楽奏者は稀であろう。

唯一、ゲストとして伝統芸能以外からの参加となった村治佳織は、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」のギター編曲版を弾き、共演した藤原道山も合いの手の旋律を奏でたり、主旋律の一部を吹いたりする。「戦場のメリークリスマス」は、そう激しく弾く必要はなく、藤原道山のサポートもあって美しい仕上がりになっていた。ただ、まだ本調子ではないようだ。

2曲目は、映画「ふしぎな岬の物語」の音楽。安川午郞が作曲した楽曲全般を村治が演奏しているが、その中から「望郷~ふしぎな岬の物語」を演奏する。愛らしい旋律に寄り添うような演奏であった。

上妻宏光が演奏するのは「津軽じょんがら節」。エッジのキリリと立った津軽三味線である。その後、上妻と藤原、亀井らによるセッションがあったが、尺八の音は他の楽器に比べると小さいので、クライマックスでは、藤原の尺八が他の楽器により埋もれてしまっていた。

市川猿之助による舞踊「葵上」。箏曲の伴奏と謡による舞である。箏を演奏する二人はいずれも女性である。

「葵上」というタイトルであるが、主人公は「生き霊」の代名詞的存在である六条御息所。「うらめし、うらめし」という謡が印象的である。猿之助の舞は静かな動きによるものであるが実に優雅。ちょっとした動きに品がある。どうしてあそこまで雅やかに舞えるのだろうと不思議に思うが、やはり「子供の時分からやっているから」としか思えない。

休憩時間には、出演者総出で募金を呼びかけ、長蛇の列が出来る。クラシックギターを弾くとなると「着物で」というわけにはいかないので、前半は白の上着と赤のロングスカートで出演した村治佳織であるが、休憩時間だけは着物姿で登場した。

ラストの演目、出演者勢揃いによる朗読「鉄輪(かなわ)」。貴船(きぶね)にある貴船神社(きふねじんじゃ。地名と社名が一致しないのは京都ではよくあることである)に七日に渡って丑の刻参りを行い、元夫と、夫を奪って後妻となった女に復讐を誓う若い女性の物語である。鉄輪を逆さに被り、鬼の形相となった女性が男を殺そうとし、それを安倍晴明が助けるという話で、能、謡曲など日本の伝統芸能の多くで取り上げられている話である。また、安倍晴明を主人公にした夢枕獏の小説『陰陽師』にも「鉄輪」の話は採用されており、野村萬斎主演で映画化された「陰陽師」では、夏川結衣が鉄輪の狂女を演じている。なので、自然と夏川結衣に似た女性の顔が頭に浮かんでしまった。

市川猿之助が朗読を行い、他の演奏家が入れ替わり立ち替わり演奏する。合奏する場面は少ないが、鼓を二人で打つときは邦楽のマナーとして絶対に相手と同時に音を出さない。阿吽の呼吸でずらすのである。

市川猿之助の朗読であるが実に上手い。声音の使い分け、心理描写などいうことなしである。大河ドラマ「風林火山」の頃はまだ下手だったが、今や押しも押されもせぬ名優へと成長した。

ラストは鬼と化した狂女の舞。予想以上の迫力は残念ながらなかったが、それでも納得のいく出来ではある。激しい場面でも動きは高雅さを失わない。若手歌舞伎俳優の中で、実力では猿之助がトップかも知れない。

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2015年8月15日 (土)

箏曲 「さくら(さくらさくら)」(加藤美枝編曲)

女優の桜田聖子さんによる演奏です。

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2014年7月23日 (水)

楽興の時(1) 第4回「葱や平吉・新内ライブ」

2014年6月18日 「葱や平吉」先斗町店二階にて

午後3時から、「葱や平吉」先斗町店2階で、第4回「葱や平吉・新内ライブ」を聴く。新内弥栄派の勉強会を兼ねた発表会である。

先斗町にはほとんど行くことがないが、店がどこにあるのか分かりにくい構造であることは知っているので早めに出掛ける。「葱や平吉」先斗町店は、龍馬通と四条通の丁度中間付近にあることだけが、インターネットの情報でわかる。
だが、龍馬通から先斗町に入って店を探しているうちに、四条通がもう目の間に来てしまう。通い慣れた通りなら中間付近が分かるのだが、そうではないので分からないのである。歩いていて、先斗町公園付近が中間らしいことはわかったのだが、店はやはり見つからない。というわけで30分近く先斗町をウロウロする羽目になる。ただ、その間に、昼間の地味な着物姿の舞妓さん(昼間に華やかな衣装で白塗りなのは観光客が扮装した偽舞妓である。元・先斗町の舞妓で、今は大阪で日本酒バーのママをしている女性が知り合いにいるのだが、彼女によると、五花街は舞妓体験を行っている会社に、観光客が扮した舞妓を花街に近づけないようお願いしているとのことだった)と何回かすれ違ったのが風情があって良かった。着物姿だったので、今夜も出番がある舞妓さんだと思われる。休日の舞妓さんは洋服で髪も下ろしているため、普通の女性と見分けはつかない。

先斗町から西隣の木屋町通が見える路地があるのだが、木屋町で、今日の主役である新内枝幸太夫師匠(新内弥栄派家元)がタクシーを降りたばかりであるのが見えるので挨拶に向かう。というわけで、私が師匠の荷物とキャリーバッグを運び、マネージャー代わりになって店に向かったのだが、師匠も店の位置をちゃんと覚えていなかったというオチがあった。

店の位置がわからなかったのは、「葱や平吉」だけ、看板がかなり高い位置にあったからであり、ガラス戸に店名が書かれていなかったからでもある。なぜ普通に見上げたのではわからないほど高い位置に看板を掲げているのかはよくわからない。

演目は、「古都の四季」、「新内流しと前弾き」、新内小曲「一の糸」、新内小曲「福助」、新内「蘭蝶」(上)、新内「蘭蝶」(中)、新内「瞼の母」、特別演奏「富本豊志賀(とよもととよしが)」

一応、上演時間1時間半の予定なのだが、にしては演目が多い。更にベテランなのは家元の新内枝幸太夫(しんないしこうだゆう)と名取りの新内幸子(しんないゆきこ)だけで、あとは新内を名乗れない修行中の人。というわけで調弦(チューニング)にも時間が掛かり、結局、上演時間は2時間半を超えた。

新内は元々は鴨川沿いを流していた。というわけで、邦楽は当然ながらクラシック音楽の用語は用いないが、敢えて使うと新内流しは4分の2拍子、アンダンテである。これで三味線を弾くとどんな音楽になるのか想像出来る人はいると思う。

午後5時からは宴会の予定で、正規の店員かアルバイトかはわからないが女の子達が2階に上がって来る。ただ、聴衆の多くは新内枝幸太夫の独唱を聴きたくて来ているため、かなり押したが、「富本豊志賀」が歌われる。三遊亭圓朝作の落語で、映画「怪談」(中田秀夫監督)の原作にもなっている「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」の“豊志賀の死”の場を基にした新内である。新内はかなり高い声で歌われるため、普通の男性だとあのキーは出ないと思われる。

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