カテゴリー「楽興の時」の21件の記事

2018年4月11日 (水)

楽興の時(21) 「テラの音」 at 浄慶寺 Vol.21 ~2つの楽器が奏でるJazzyな夜~

2018年4月6日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、御幸町通竹屋町にある真宗大谷派浄慶(じょうきょう)寺で、「テラの音(ね)」 Vol.21 ~2つの楽器が奏でる Jazzyな夜~を聴く。
お寺でコンサートを聴くという企画「テラの音」。クラシックの室内楽を行う場合が多いが、今回は久しぶりにジャズの演奏が行われる。

出演は、尾崎薫(男性。ダブルベース)と野間由起(ピアノ)の二人。浄慶寺にはグランドピアノは入らないので、ローランドのキーボードを用いる。

尾崎薫はピアノ教室を営んでいる家に生まれ、幼少時よりピアノを習うが、高校時代にベースに転向。「題名のない音楽会」に出演したこともあるという。現在は関西を中心に活躍している。
野間由起は甲陽音楽学院クラシックピアノコースを卒業。在学中より英国ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンスでバレエピアニスト及びグレード試験の伴奏、ミュージカルや合唱団の伴奏などを行い、専門学校や音楽教室のピアノ講師としても活躍している。

曲目は、ビリー・ジョエルの「素顔のままで」、ドビュッシーの「月の光」、尾崎薫の「機械仕掛けの神殿」、尾崎薫の「光」、野間由起の「猫ハウス」、松任谷由実の「春よ、こい」、グローバー・ワシントンJrの「メイク・ミー・ア・メモリー」、リズ・ライトの「ブルーローズ」、尾崎薫の「浮島」、ショパンのノクターン第2番、尾崎薫の「朽ち果てた祠」、小椋佳の「愛燦燦」

尾崎作曲による曲は不思議なタイトルが付いており、尾崎はその由来を語るが、タイトルと曲の内容はそれほどマッチしていないようにも思える。「機械仕掛けの神殿」は3拍子と4拍子の変拍子である。
全体に8分の6拍子の曲が多い。ショパンのノクターン第2番は元から8分の6拍子だが、野間由起の「猫ハウス」も8分の6拍子で書かれており、「愛燦燦」も8分の6拍子と4拍子の変拍子でアレンジされている。

野間由起が元々はクラシックピアノをやっていたということもあり、演奏もクラシック的な要素が強い。技術面で卓越しているというわけではないが、家庭的な温かい音楽性を持ち味とする二人であった。

アンコールは見岳章の「川の流れのように」。美空ひばりの歌のドラマ性とはまた違った趣がある。


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2018年2月 3日 (土)

楽興の時(20) 京都市交響楽団×京都芸術センター 「Kyo×Kyo Today」2018 京都しんふぉにえった「ウィンター&アレンジ・セレクション!」

2018年1月31日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、京都市交響楽団×京都芸術センター「Kyo×Kyo Today」というコンサートを聴く。今回は「ウィンター&アレンジ・セレクション!」と題して、京都市交響楽団のメンバーで結成された京都しんふぉにえったのメンバーが冬を題材にした曲を取り上げる。
京都しんふぉにえったのメンバーは、小田拓也(ヴィオラ)、中野志麻(第1ヴァイオリン)と中野陽一郎(ファゴット)の中野夫妻、片山千津子(第2ヴァイオリン)、渡邊正和(チェロ)、出原修司(コントラバス)、筒井祥夫(クラリネット)、ハラルド・ナエス(トランペット)、中山航介(ドラムス&パーカッション)。小田拓也が全曲編曲を手掛ける。

曲目は、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」より“ワルツ”、リストの「愛の夢」第3番、フォーレの「シチリアーノ」、ドヴォルザークの「ユーモレスク」、ワルトトイフェルの「スケーターズ・ワルツ」、モンティの「チャルダッシュ」、ロシア民謡「黒い瞳」、ロシア民謡「二つのギター」、サン=サーンスの「死の舞踏」、ピアソラの「ブエノスアイレスの冬」

ヴィオラ&編曲の小田拓也が曲間にマイクを手にMCを担当する。今回の演奏会はチケット完売だそうである。小田拓也が「我々の演奏を聴くの初めてという方」と聞き、数人が手を挙げる。小田は「リフレッシュな方々」と言った後で、「間違えました。フレッシュな方々」と言い直す。
小田によると、京都市交響楽団は、今日は午前中と午後一に「小学生の音楽鑑賞教室」(高関健指揮)の本番があったそうで、京都しんふぉにえったのメンバー達がこれが今日3回目の公演であり、結構疲れているらしい。

ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」より“ワルツ”はフルオーケストラで聴かないと迫力やメリハリに欠けるため、同じ事を繰り返しているだけの曲に聞こえてしまうのが難点である。

リストの「愛の夢」第3番はまずクラリネットの筒井祥夫が活躍して主旋律を奏でていく。ピアノの原曲に比べてかなり柔らかい印象を受ける。
ハチャトゥリアンとリストは浅田真央がプログラムの音楽に選んだため冬のイメージがあるとして選んだそうである。

フォーレの「シチリアーノ」は京都アニメーション制作の「氷菓」というアニメで用いられたそうで、ドヴォルザークの「ユーモレスク」は映画「タイタニック」でタイタニック号が氷山にぶつかって沈んでいく時に流れていた音楽だそうである。「ユモレスク」は変ト長調に直したものが演奏された。

モンティの「チャルダッシュ」は、ヴァイオリンとトランペットのため二重協奏曲風に編曲されており、小田は「ヴァイオリンとトランペットが対決するかのように書かれております。先に言っておかないと、『この人達は何をやってるんだろう?』となる可能性がある」と事前に解説していた。中野志麻とハラルド・ナエスのソロ。二人とも巧者であり、聴き応えがあった。
演奏終了後に小田が中野志麻とハラルド・ナエスにインタビュー。中野志麻は、「ヴァイオリンをやって何十年と経つんですけど、トランペットと一緒にやるのは初めてだったので楽しかった」と言って、小田に「模範的な回答ありがとうございます」と言われていた。ナエスも「とっても楽しかった」と答えていた。

ロシア民謡「二つのギター」について小田は、「ヴァイオリンには、無理矢理というわけではないんですが、ギターを弾くような演奏をして貰います。『こんな綺麗な女性達にこんなことさせるなんて!』と思われちゃうかも知れませんけど」と解説。予想通り、中野志麻と片山千津子のヴァイオリン奏者二人はピッチカート奏法を行う。
ちなみに、ロシア民謡2曲は、「ロシアというと寒い国」ということで選ばれたそうである。

サン=サーンスの「死の舞踏」。骸骨の踊りを描いた曲であり、「骸骨というとお墓。お墓は寒い」という連想でのセレクト。原曲では木琴が活躍するのだが、今回の編曲では主旋律は主に第1ヴァイオリンとクラリネットが担当した。とはいえ、やっぱり木管の方が骸骨のカリカチュアという感じはする。

ピアソラの「ブエノスアイレスの冬」。京都しんふぉにえったのメンバーはピアソラをリスペクトしているそうで、思い入れたっぷりの演奏が聴かれた。

アンコール演奏は、ピアソラの「リベルタンゴ」。20年ほど前にチェリストのヨーヨー・マがサントリーウィスキーのCMで演奏して有名になった曲であり、小田の編曲でも歌い出しは渡邊正和手掛けるチェロが奏でるものになっていた。

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2018年2月 2日 (金)

楽興の時(19) 京都市交響楽団指揮者による音楽ワークショップ「指揮者のお仕事! ハーモニーって?」 高関健指揮墨染交響楽団リハーサル

2018年1月29日 京都・丹波橋の京都市呉竹文化センター ホールにて

午後7時から、丹波橋にある京都市呉竹文化センター ホールで、京都市交響楽団指揮者による音楽ワークショップ「指揮者のお仕事! ハーモニーって?」を見学。今回は京都市交響楽団常任首席客演指揮者である高関健が、アマチュアオーケストラである墨染交響楽団を指揮して、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」第1楽章のリハーサルを行う。

墨染交響楽団は2006年の結成。京都市伏見区墨染に本拠を置き、京都市呉竹文化センターの指定団体にもなっている。

今回も女性司会者が登場し、いかにもお役所的なコメントで進めていく。京都市交響楽団と京都市呉竹文化センターの主催なのでこうなってしまうのだろう。広上淳一だったら突っ込みを入れていただろが、高関なのでとくにそういうこともない。

高関は半袖シャツで登場。「一人だけ季節が違って見えますが、指揮していると暑くなりますので」と述べ、「今日が初顔合わせ。リハーサルもしていないのでどうなるのかわかりません。マイクがあるので聞こえると思いますが、何を話すのかもわかりません」と語った。

高関はノンタクトでリハーサルを開始。後でわかったのだが、今日の午前と午後に京都市交響楽団を指揮して京都コンサートホールで「京都市の小学生のための音楽鑑賞教室」を行い、そこから呉竹文化センターに移る際に指揮棒を持ってくるのを忘れてしまったそうである。

まず冒頭から第2主題が登場した少し後まで通す。バランスは滅茶苦茶。各楽器ともぎこちない。この状態から指摘を加えて、発表出来る水準まで持って行く。持ち時間は1時間ほど。その後、第1楽章を通して発表演奏(のようなもの)を行う。

まず冒頭では、互いの音をよく聴くように指摘。「指揮者に合わせようとしても合いません」と語る。4拍子と16拍子合わせ方や、レガートの築き方など述べ、ピアノの指定では「ピアノでしょ、ピアニシモじゃないでしょ」と音が痩せ気味であることを指摘する。一方、第1ヴァイオリンがピアニシモの指定で洗練度の不足した音を出した時には小声で「ピアニシモなんですけど」と囁くように言って、きめ細かな演奏を促していた。

指摘が入った直後から墨染交響楽団の合奏がメキメキと上達。高関の指揮者としての確かな腕が感じられる。
その後、ヴィオラとチェロが同じメロディーを奏でる部分では、「チェロとヴィオラが合わせるときは一段階弱くしないといけない」と語り、「書かれた当時はそのままで良かった。多分、ヴィオラが弱かったんでしょう。今はヴィオラ上手いので」ということで譜面をそのまま演奏しただけでは上手くいかないこともわかる。高関はTwitterでスコアリーディングの結果を発表しており、様々な発見があることがわかる。

「急がない」ようにという指摘もあり、「ここは一番速い人が勝ちじゃありません」と語って、必要以上の加速でアンサンブルを乱さないよう要求し、別の場面では「自分の出番が終わっても気を抜かないように」「スーパーマリオと一緒。私は上手くないけれど。あなた達の方が上手いでしょう。一つ飛び越えたと思って油断してたらすぐやられる」

ちなみに「スコットランド」交響曲の思い出を語る場面もあり、「高校2年生の時、初めて第2ヴァイオリンとしてオーケストラで演奏したのがこの曲だったんです。先生に滅茶苦茶怒られた。『お前出て行け! 外でさらってこい』って言われた」そうである。

チェロがメロディーを歌う場面では、「ここがメンデルスゾーンが書いた一番美味しい旋律でしょ。クリームたっぷりにチーズが入った。だから(もっとはっきり弾かないと)勿体ない」「ここがチェロが一番美味しいところでしょ。ハンバーガーにアボカドとチーズを加えた。向こう(第1ヴァイオリン)は普通のハンバーガー。(客席に)ハンバーガーにアボカドとチーズを加えたってわかります?」「メンデルズゾーンのチェロ協奏曲だと思って」と指示していく。

そんなこんなで指摘するたびにアンサンブルの精度と音の密度が上がっていく。日本の第一線で活躍している指揮者の実力はやはり伊達ではない。

第1楽章のリハーサルを終えたところで質問コーナーが設けられ、ここで高関が指揮棒を忘れてきたことが明かされる。指揮棒を持っての指揮とノンタクトの指揮での違いだが、高関自身は「あまり変わらない」と思っているそうだが、「ただし合唱を指揮するときは指揮棒なしで振った方がやりやすいように思います。100人以上のオーケストラの時は、指揮棒があった方が見やすいようです」と語った。

ちなみに高関が指揮者を志したのは小学校5年生の時だそうで、楽譜を買ってきたため覚えているという。買ってきたのはカバレフスキーの「道化師」の総譜。運動会で良く流れる「ギャロップ」が有名な曲である。


メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」第1楽章の演奏。アマチュアオーケストラの演奏ということで、低弦が掠れたような音を出したり、木管が感興を欠いたような吹き方をしたりという欠点もあったが、リハーサル冒頭と同じ団体の演奏とは思えないほどの水準に達してはいた。これぞプロの指揮者の技である。

最後にまた女性司会者が登場して、お役所的な紹介(3月には下野竜也指揮による吹奏楽のワークショップがあること、スプリングコンサートのこと)がある。その間、高関も墨染交響楽団の団員も手持ちぶさたの様子。一々言わなくてもいいいような紹介なのだが、お役所なのでやらないと気が済まないのだと思われる。

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2018年1月31日 (水)

楽興の時(18) 「テラの音」浄慶寺20回記念コンサート

2018年1月26日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

京都御苑の近くにある真宗大谷派浄慶(じょうきょう)寺で、午後7時から「テラの音(ね)」浄慶寺20回記念コンサートを聴く。浄慶寺の中島浩彰住職とヴァイオリニストの牧野貴佐栄(まきの・きさえ)の共同主宰。今回は、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、ソプラノという編成での音楽会である。出演は、牧野貴佐栄、加治屋菜美子(ソプラノ)、森麻衣子(ピアノ)、徳安芽里(チェロ)。牧野、加治屋、森の3人は京田辺にある同志社女子大学学芸学部音楽学科の出身。森麻衣子は昨年から富山市にある桐朋学園大学院大学(昨年、仙川に生まれた桐朋学園大学大学院とは別組織である)に在籍している。徳安芽里は浄土真宗本願寺派の大学である相愛大学音楽学部出身。現在は富山市の桐朋オーケストラアカデミー研修課程に在籍しており、森と同じ学生寮で生活しているそうだ。

曲目は、第1部が、ヘンデルの「水上の音楽」より“アッラ・ホーンパイプ”、サン=サーンスの「白鳥」、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタK.304より第2楽章、モーツァルトのモテットより「アレルヤ」、ヴェルディの「乾杯の歌」、エルガーの「威風堂々」(歌唱付きバージョン)。第2部が、ルロイ・アンダーソンの「シンコペーテッド・クロック」、エンリオ・モリコーネの「ニュー・シネマ・パラダイス」より“愛のテーマ”、千原英喜の「はっか草」、平井康三郎の「さくらさくら幻想曲」、小椋佳の「愛燦燦」

2013年に産声を上げた「テラの音」。浄慶寺では1つの季節に1回のペースで演奏会が行われており、今回で20回目を迎えた。浄慶寺の中島住職が大谷大学在学中にギターの腕で鳴らしたそうで、東本願寺岡崎別院でのコンサートに携わったのだが縁で、「テラの音」をやるようになったという。

演奏の腕というより、間近で奏でられる音楽を愉しむという趣向のコンサート。音楽とは結構残酷なもので同じ楽器であっても演奏者が違えば演奏の出来は何千倍も何万倍も異なってしまう。今、世界の第一線で活躍している演奏家は、確率でいえばそれこそ突然変異級の猛者であり、そうした傑物達と今日の演奏家を比べる方が野暮だといえる。

ミスも多かったりするのだが、そこは大学で音楽を専攻し、現在も音楽に携われている人達なのでレベル自体は保証されている(音大を出ても音楽とはなんの関係もない職に就く人の方が多数派である)。

第2部では、スクリーンに映像が投影され、「ニュー・シネマ・パラダイス」の愛のテーマが流れる中、これまでの「テラの音」の歩みが回想される。私は今日で4回目ぐらいであり、行けなかった回の方がずっと多い。金曜日の夜が多いのだが、金曜日の夜は他用が多い。

アンコールは用意されていなかったが、「乾杯の歌」がもう一度歌われた。

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2017年11月26日 (日)

楽興の時(17) 「テラの音 圓光寺第10回公演」

2017年11月19日 左京区北白川の真宗大谷派圓光寺にて

午後4時から、北白川にある真宗大谷派圓光寺で、「テラの音(ね) 圓光寺第10回公演」を聴く。今日は弦楽四重奏のコンサートである。
真宗大谷派圓光寺から、北に歩いて20分ほどのところに、紅葉の名所としても知られる臨済宗圓光寺があり、混同されることが多いそうだ。樋口住職によると、真宗大谷派圓光寺は、1970年に西本願寺のそばから北白川に移ってきたそうである。

北白川は、京都大学の教授達が疎水沿いに住んだことに端を発する高級住宅街であるが、真宗大谷派圓光寺があるのは、白川通より東の茶山の裏手であり、「熊出没注意」の看板もある山深いところである。京都の街は少し位置が変わるだけで表情が大きく変わる。

出演は全員、同志社女子大学学芸学部音楽科のOGである、高木玲(第1ヴァイオリン)、牧野貴佐栄(まきの・きさえ。第2ヴァイオリン)、野田薫(ヴィオラ)、桜井裕美(チェロ)の4人。弦楽四重奏曲は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが並ぶ布陣になることが多いが、今日は下手から時計回りに、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと並ぶヴァイオリン両翼のポジショニングである。
トークは、テラの音主催である牧野貴佐栄が受け持ったが、牧野さんは一週間前に風邪を引いてしまったそうで、濁声であった。


曲目は、第1部が、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーブス幻想曲」、モーツァルトのディヴェルティメント K.136、モーツァルトの歌劇「魔笛」より夜の女王のアリア(「復讐の心は炎と燃え」)と「パパパの二重唱」、プッチーニの「菊」、ハイドリヒ名義の「ハッピーバースデー変奏曲」。第2部が、菅野よう子の「おんな城主 直虎」のテーマ、伊福部昭の「ゴジラ」よりメインテーマ、久石譲の「もののけ姫」よりと「いのちの名前」(「千と千尋の神隠し」より)、荒井由実の「ルージュの伝言」(「魔女の宅急便」より)、幸松肇の「日本民謡組曲」(「さんさ時雨」、「ソーラン節」、「五木の子守唄」、「茶切節」)


全員、大学の音楽科卒で、ある程度のレベルは保証されているもののプロの専業演奏家ではないため、感心するほどの出来映えにはやはりならない。ただ、曲目がバラエティに富んでいて楽しめる。

第1部のラストでは、「新たに作曲された」という設定で、「ハッピーバースデー」の変奏曲が3曲演奏される。ハイドリヒ名義であるが、おそらくはメンバーによる編曲で、名義はスティーヴンソンのハイド氏と弦楽四重奏の父・ハイドンに由来するのだろう。3曲目はドヴォルザークの「アメリカ」カルテットを模した編曲であった。


第2部では、スタジオジブリの映画音楽が並ぶ。「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」は観ているが、「魔女の宅急便」はまだ観ていない。ジブリ作品自体、観たことのないものの方が多い。


「日本民謡組曲」。私の好きな「五木の子守唄」が入っている。被差別階級(農奴同然)の子守女の悲哀が歌われている曲であり、演奏も入魂といった感じで良かった。


アンコールとして、さだまさしの作曲で山口百恵の歌唱でも知られる「秋桜」が演奏された。

テラの音(ね) 真宗大谷派圓光寺10回記念公演

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2017年10月23日 (月)

楽興の時(16) 「テラの音 Vol.19」

2017年10月6日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、中京区にある真宗大谷派小野山浄慶寺(じょうきょうじ)で、「テラの音(ね) Vol.19」を聴く。
お寺で行われる無料の音楽会「テラの音」。そうだ!お寺に行こう!プロジェクトの一環である。浄慶寺の住職である中島浩彰と、ヴァイオリニストでヤマハ音楽教室とJEUGIAの講師、母校である同志社女子大学音楽専攻の非常勤講師を務める牧野貴佐栄(まきの・きさえ)の共同主催。

今回は、岸田うらら、田中めぐみ、中村めぐみという3人の打楽器奏者によるコンサートである。3人ともプロ吹奏楽団であるウインドアンサンブル奏(かなで)の打楽器奏者だそうだ。
マリンバと、フラメンコなどで使われるカホンという楽器が主に使われる。

3人で1つのマリンバを奏でるパッヘルベルのカノン・ジャズ・バージョンでスタート。その後は、田中めぐみと中村めぐみがマリンバを演奏し、岸田うららがカホンなど他の打楽器を受け持つ。
その後の第1部のプログラムを挙げると、「ティコティコ」、「赤とんぼ」、「赤いスイートピー」、「津軽海峡・冬景色」、「Sing Sing Sing」、「キャラバンの到着」など、童謡からJポップ、演歌、ジャズ、映画音楽と幅広い音楽が奏でられる。

始まりと、第1部第2部の合間に浄慶寺の中島浩彰住職によるお話の時間が設けられている。
中島住職は、毎年、東日本大震災の被災地に慰問に行っているのだが、仲間達と「暴走する僧侶と、俗人達」という意味で「暴僧俗」という名の団体を結成しているそうだ。今年は中島住職はオートバイで、仲間達は小型車やキャビンカーで岩手県の陸前高田市まで向かったという。午前3時に大津パーキングエリアに集合で、そこから夜8時までほぼ走りっぱなしで1200キロを踏破して陸前高田に着いたそうだ。
陸前高田では今、海沿いに高い壁を築いており、山を切り崩して津波にさらわれた市街地全てを盛り土するという作業を続けているそうだ。山から海沿いまでベルトコンベアで土が運ばれていたという。
三陸鉄道は、朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で取り上げられてから1、2年ほどはブームになったが、その後は乗降客がめっきり減ってしまったとのこと。
ただ、陸前高田の人は、物質的な事柄よりも「心が寂しくなった」ことを嘆いていたという。


第2部の演目は、ハチャトゥリアンの「剣の舞」、星野源の「恋」、「愛の賛歌」、「カリンボブ」、「蘇州夜曲」、「情熱大陸」

「剣の舞」は通常の演奏が終わった後、岸田うららが「私たちはこんな程度ではありません」と宣言し、超高速(約1・5倍)での演奏が再度行われる。

「カリンボブ」は、マリンバとアフリカの民族楽器であるカリンバのデュオのためにコルベルクが作曲した作品。ただし、ドラム入りで演奏されることが多いそうで、岸田うららのカホンを加えて演奏された(カリンバ独奏は田中めぐみ)。
岸田の使っているカホンは、東福寺の塔頭である常光院の和尚が手がける遼天Cajon工房のもので、岸田は遼天Cajon工房とエンドースメント契約といって、演奏会で必ず遼天Cajon工房のカホンを使用することを条件として無償で貸与されているという。なぜ和尚さんがカホンを作っているのかというと、カホンを見て欲しくなり、奥さんに「買っていい?」と聞いたが「駄目」とのことで、「仕方ないから自分で作るか」ということで作ってみたら思いのほか良いものが出来たので、「じゃあ、売ろう」となったらしい。


ラストにアンコールとして、「情熱大陸」の前半部分が再度演奏される。

プロ楽団団員の演奏ということで、プロのマリンバソリストのような圧倒的な切れ味こそないものの安定した演奏と美音を楽しむことが出来た。

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2017年3月22日 (水)

楽興の時(15) 「小澤征爾音楽塾オーケストラメンバーによるロビーコンサート」2017年3月18日

2017年3月18日 左京区岡崎のロームシアター京都2階共通ロビーにて
午前11時から、左京区岡崎にあるロームシアター京都の2階共通ロビーで、「小澤征爾音楽塾オーケストラメンバーによるロビーコンサート」を聴く。無料である。

演奏されるのは、サラサーテの「ナヴァラ」、ヘンデルの「パッサカリア」(ハルヴォルセン編曲)、久石譲の「いのちのなまえ」(映画「千と千尋の神隠し」より)、ガルデルの「ポル・ウナ・カベーサ」、簫泰然の「望春風」、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番より第1楽章。

サラサーテの「ナヴァラ」は大藪英子(おおやぶ・えいこ)と尼﨑有実子(あまさき・ゆみこ)という日本人女性ヴァイオリン奏者二人、ヘンデルの「パッサカリア」は韓国人女性二人(ヴァイオリンのソン・アインとチェロのイ・セイン)、久石譲とガルデルと簫泰然は台湾出身の弦楽四重奏(1stVn:黄鈺婷、sndVn:李盼盼、Va:蔡孟珊、Vc:劉宛瑜)、ボロディンは京都市立芸大学在学中の女学生(のカルテット(1stVn:櫃本樹音、2ndVn:髙田春花、Va:江川菜緒、Vc:櫃本瑠音)による演奏である。韓国人や台湾人は名前の表記を見ても男性か女性か分からないのだが、今日は全員女性で、男性奏者は一人も参加していなかった。
若い人達のみによるコンサートであるが、オーディションを勝ち抜いた人達ばかりということもあり、実力者揃いである。楽器も良いものを使っているのだと思われるが、とにかく音が美しい。艶と張りがあり、並みの演奏家のそれとは段違いである。メカニックに関しても問題は一切ない。

小澤征爾音楽塾は今年はビゼーの歌劇「カルメン」を上演。「カルメン」の舞台はスペインで、サラサーテはスペイン人。ということで「ナヴァラ」が選ばれたと大藪英子が語る。「ツィゴイネルワイゼン」は午前中から演奏するには重いというので避けたようである。「ナヴァラ」は軽快で美しい曲だ。


ヘンデルの「パッサカリア」。イ・セインが「アンニョンハセヨ」と韓国語で挨拶をした後で英語でスピーチ。「日本語は喋れないのですがトライしてみたいと思います」と英語で言い、ソン・アインが紙を手に日本語で挨拶と楽曲紹介を行った。


台湾人のカルテットは、黄鈺婷が「おはようございます」と日本語で挨拶をした後で、英語でスピーチ。その後を受けて、蔡孟珊も英語でスピーチを行った。

ガルデルの「ポル・ウナ・カベーサ」は、ハバネラのリズムの曲であり、そのために選ばれたようである。


ボロディンの弦楽四重奏曲第2番第1楽章は「伊右衛門」のCMで使われて有名になった曲。第1ヴァイオリンとチェロは共に櫃本(ひつもと)という珍しい苗字であり、実の姉妹だと思われる。樹音(じゅね)と瑠音(るね)というフランス風の名前なので、ご両親がフランス好きなのだろう。


日韓関係は悪化しているし、中国と台湾の両岸問題も進展していないが、音楽に国境はないことが感じられて嬉しかった。

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2017年2月26日 (日)

楽興の時(14) 「テラの音 冬のクラシックコンサート」2017

2017年2月16日 京都市北区の真宗大谷派 唯明寺にて

午後7時から大徳寺の東にある真宗大谷派 唯明寺(ゆいみょうじ)で、「テラの音(ね) 冬のクラシックコンサート」を聴く。寺院の場合、神社と違って気軽に入れる施設の方が少ないということもあり(拝殿の前で参拝を終える神社と違って、寺院は建物の中に入らないとお参りも礼拝も出来ないということでセキュリティの問題もある)、普段は檀家しか入れない本堂の中に入れるのも「テラの音」の魅力である。

    
真宗大谷派 唯明寺は現在の住職である亀田晃巖(かめだ・こうがん)のお祖父さんが説法の名手であり、お祖父さんのファンが説法を聴くためのお堂が欲しいというので、80年前に建立した寺院だという。それまではお祖父さんは他の寺院の住職をしていたようだ。亀田晃巖も子供の頃は説法が好きではなかったのだが、今では落語のルーツとされる「節談(ふしだん)説教」に取り組んでおり、私も真宗大谷派岡崎別院で亀田の「節談説教」を聴いたことがある。

コンサートの前に亀田住職のお話。話し好きの人なので、どうしても挨拶や話が長くなってしまう。80年前は北大路から北は全面畑だったそうで、大宮通が北大路通から北に延びて新大宮通が開通し、街が出来ていく過程と唯明寺の歴史は重なっているそうだ。

「テラの音」は出演者はノーギャラだが、開催寺院のために「お志」を頂戴する。お志を投げ入れるための籠を亀田が動かして、その際にキーボードの前に置かれた譜面台が倒れてしまうというアクシデントがあった。

亀田住職は、「喋りすぎたし司会の人はカンカンなんちゃうか」と言って挨拶を終える。ちなみに司会といっても最初と最後に挨拶をするだけの人なのだが、唯明寺の檀家の代表さんで、実は立命館小学校の校長先生という「お偉いさん」だそうである。亀田は「お偉いさんをこき使ってまんねん」と冗談を言う。


今日はソプラノ歌手の加治屋菜美子、「テラの音」企画担当のヴァイオリニスト・牧野貴佐栄、ピアノの山口日向子の3人によるコンサート。
加治屋と牧野は共に同志社女子大学音楽学科の出身。また山口日向子は牧野貴佐栄の名古屋市立菊里高校音楽科時代の同級生だそうである。山口は菊里高校卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学。同大学院音楽研究科修士課程器楽専攻修了。同大学院在学中に渡独してマンハイム音楽大学大学院を満点の成績で修了している。イタリアの第15回ロケッタ市国際音楽コンクールで第1位獲得。ロータリークラブ賞も受賞している。これもイタリアで行われた第23回イブラ国際音楽コンクールでは優秀賞とリスト特別賞を受けている。


今日はピアノはないので、ローランドのキーボードで代用する。
曲目は、第1部が、ヴェルディの「椿姫」から“乾杯の歌”、プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」より“ねえ私のお父さん”、ショパンの前奏曲第7番、ヴィヴァルディの協奏曲「四季」から“冬”第2楽章、鈴木鎮一編曲による「キラキラ星変奏曲」、ヨハン・シュトラウスⅠ世「ラデツキー行進曲」、イタリア民謡「オーソレ・ミーオ」。第2部が、中田章の「早春賦」、冬の歌メドレー(「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」、「スキーの歌」)、宮沢賢治作曲・林光の伴奏編曲による「星めぐりの歌」、金子みすゞの詩に石若雅弥が曲をつけた「わたしと小鳥とすずと」、小椋佳作詞・作曲の「愛燦燦」、永六輔作詞・いずみたく作曲の「見上げてごらん夜の星を」

「テラの音」企画者である牧野貴佐栄がマイクを手にトークを行うが、「乾杯の歌」が含まれているオペラのタイトルが浮かんで来なかったり、「ねえ私の父さん」の歌詞に出てくる川の名前を「ヴェッキオ川」と言ったり(ヴェッキオは橋=ポンテの名前。下を流れるのはアルノ川である)、3曲目はショパンの前奏曲第7番なのに、「続いてヴァイオリンの曲をお聴き頂きたいと思います」と言ってしまったりと、板についた感じがしない。

お寺の本堂ということで、音響がプラスに働くということは余りない。加治屋菜美子のソプラノも細く聞こえてしまうが、会場が音楽用の場所ではないため仕方ないだろう。

ショパンの前奏曲第7番。「太田胃散」のCM曲として知られている曲である。山口日向子は、「ある胃腸薬のコマーシャルで使われています」と話してから演奏。聴衆から笑いが起こった。
ちなみに、この曲のラスト近くには、手がかなり大きくないと弾けない和音があり、普通はアルペジオで処理するのだが、山口は音を抜くことで対処したようだ。


スズキメソッドの鈴木鎮一の編曲による「キラキラ星変奏曲」。ヴァイオリンとピアノのための編曲である。モーツァルトが作曲したピアノのための「キラキラ星変奏曲」の編曲。
牧野貴佐栄は、「キラキラ星」を「モーツァルトの作曲」と語ったが、これは間違いで、「キラキラ星」はフランス民謡で作者不詳である。
牧野はヴィオラよりもヴァイオリンの方がやはり合っていると思うが、ハスキーな音色を出したり、音程が上ずったりという難点がある。リハーサルの時間も十分に取れるわけではないので、仕方ないといえば仕方ないのかも知れないが。


ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートの掉尾を飾る曲として知られる、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。聴衆も手拍子を入れながら音楽を楽しんだ。

第1部最後の曲は、イタリア民謡「オーソレ・ミーオ」。牧野が、「イタリアの恰幅の良い歌手が歌っているようなイメージがありますが」と語るが、そうしたイメージを作り出したのはおそらくルチアーノ・パヴァロッティだろう。パバロッティは「オーソレ・ミーオ」を十八番としていた。
女声による「オーソレ・ミーオ」は男声による同曲歌唱とは異なる。男声歌手が歌うと、「朗らかな情熱の響き」がするのだが、女声歌手が歌うとどことなく寂しそうだ。歌詞自体が女性が歌うようなものではないということも影響しているだろう。
山口が弾いた「ハバネラ」のリズムを強調した伴奏は面白い。


第2部の第1曲は「早春賦」。加治屋がマイクを手に、「今の季節のピッタリ」として選んだことを語ったのだが、第3番の歌詞では「恋への憧れ」という解釈で歌ったのでそれを意識して欲しいと予め述べる。会場が会場だけに不利だが、伸びやかな声は楽しめる。

冬の歌メドレーでは、「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」、「スキーの歌」の4曲が歌われる。加治屋が、「皆さんも歌って下さい」と言うので、「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」は私も含めて多くの人が口ずさんだが、「スキーの歌」は聴いたことはあってもよく知らないでの歌えない。他の人も同様のようで、「スキーの歌」に入った途端に歌声が止んだ。日本においてフランス音楽の影響を受けた最初期の作曲家である橋本國彦作曲の「スキーの歌」は、おそらく雪国の小学校では教えられているのだろうが、私のように千葉県というスキー場皆無(湾岸スキーヤーと称した「ららぽーとスキードーム」などはあったが)の場所ではまず歌われないだろう。


宮沢賢治作詞・作曲の「星めぐりの歌」。CMでも用いられたことがあり、東北出身の歌手などもこの曲をよく取り上げている。宮沢賢治は、チェロやオルガンが弾けたため、譜面も読めるし、メロディーを作ることも難しくはなかったと思われるが、詞とメロディーだけは作ったものの、伴奏を作曲していないという。武満徹のように「歌い手に任せるために敢えて伴奏を書かなかった」ケースもあるが宮沢賢治は音楽の専門家ではないため、対位法などには通じておらず、伴奏を作曲するだけの技能を持ち合わせていなかったということだと思われる。
今日は、現代音楽の作曲家としては平易な楽曲を多く書いたことで知られる林光作曲の伴奏による演奏。細かなピアノの粒立ちが星々の煌めきを表現しているかのようだ。


金子みすゞの詩「わたしと小鳥とすずと」に石若雅弥がメロディーをつけた楽曲。実は、金子みすゞの童謡にメロディーをつけた作品はとても多い。だが、どれも金子みすゞの言葉に音楽が負けてしまい、「これは」と言った楽曲は生まれていないというのが現状である。そもそも金子みすゞの童謡は読んでこそ魅力が味わえれというもので、音楽に向いていないとも思える。
石若雅弥がメロディーをつけた「わたしと小鳥とすず」も、作品自体が持つ「静謐さ」を音楽は破らざるを得ないため、「悪くはないんだけど」という印象にとどまる。


「愛燦燦」。小椋佳の作詞・作曲で、美空ひばりの歌唱でも知られている。加治屋がこの曲を知ったのは美空ひばりバージョンでも小椋佳バージョンでもなく、美空ひばりの歌真似をしている青木隆治の映像で見て引き込まれたのだという。
「クラシックの歌手が『愛燦燦』を歌うとどうなるか」ということだったが、クラシックの歌唱法は整いすぎて、この曲が持つ良い意味での素朴さを消してしまうように聞こえた。


「見上げてごらん夜の星を」。永六輔作詞・いずみたく作曲、坂本九歌唱による作品である。唯明寺住職の亀田晃巖によると、永六輔は小沢昭一と共に唯明寺に来たことがあるそうである。
この曲はヴァイオリンとピアノの伴奏、ソプラノの独唱にとてもよく合っているように感じた。


アンコールは、「蛍の光」もメロディーを取り入れた歌曲「空より高く」。前半はオリジナルメロディーだが後半「蛍の光」の旋律が挿入されている。

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2017年2月 5日 (日)

楽興の時(13) ロームシアター京都オープン1周年記念イベント「Kyoto Gathering」

2017年1月31日 左京区岡崎の京都モダンテラスにて

午後6時から、ロームシアター京都パークパレス2階にある京都モダンテラスで、ロームシアター京都オープン1周年記念イベント「Kyoto Gathering」に参加する。写真、映画、音楽などの芸術を取り上げる催し。映画監督の林海象(京都造形芸術大学時代に見知った関係である)、女優の鶴田真由、DJ・作曲家&プロデューサーの沖野修也(おきの・しゅうや)らが参加する。バンド演奏は、Based on Kyoto.とNAOITO☆.Aの2組。


京都モダンテラスに入るのは初めてである。入ってすぐに林海象とバッタリ出会ったので挨拶。林さんは、「取材?」と聞く。取材ではないが、色々なものに接して取り入れようとしているのは事実である。林監督が「取材?」と聞いたのは、おそらく私が色々聞く性分だったからだと思われる。林監督にお目にかかるのは13年ぶりぐらいである。Facebookで繋がっているので、そう遠い感じはしなかったのだけれど。林監督は少し小さくなられたように見えた。林監督は元田中で「バー探偵」という店も経営されているのだが、私は酒が飲めないので行きようがない。

鶴田真由さんも普通にいる。舞台でお見かけした時には気がつかなかったのだが、小柄な方である。

芸術紹介のイベントなのだが、参加者は多くは賑やかに歓談しており、写真や映像をじっくり見ている人は余りいない。

沖野修也のDJタイムが1時間ほど続く。ジャズセッションの音楽が流れていたので、私もコードに合わせて口笛を吹いたりした。


午後7時過ぎから、まず、写真のイベントが行われる。スクリーンが降りており、そこに写真が投影される。
まずは、志津野雷(しづの・らい)による水の写真集『ON THE WATER』(青幻舎)からの映像。その他にバスク地方(フランスとスペインの境にある地域。著名な出身者にモーリス・ラヴェルなど)の男性などの写真もある。
 
鶴田真由は、「今日、新幹線で来たんですけど、富士山が見えたので、写真を撮ろうと思ったら(撮っている間に)すぐ終わってしまって」と言って、写真を撮る時も「撮るよりまず見る」ことが大切だというようなことを語っていた。
 
アラーキーこと荒木経惟の最新作も投影される。荒木経惟は近年は病気のため、自宅から出ることもままならないそうだが、自宅にオブジェを置いて、それを撮ることで活動を続けているという。


続いて映画のイベント。まず、鶴田真由が監督したドキュメンタリー映画の予告編3本が流される。それぞれ、日本の伝統工芸である染め物、石垣島の女性、アイヌの人々の姿を収めている。
鶴田真由は、「現代に生きることに慣れてしまって、他の部分が弱っているような気がする」と語る。ポール・ボウルズ原作、ベルナルド・ベルトリッチ監督の「シェルタリング・スカイ」にも繋がる考え方である。

林海象監督は、日本映画は京都が発祥の地であることを述べ、牧野省三が日本各地を巡回上映していたと語る。更に京都モダンテラスのある左京区岡崎について、「夜に来るところじゃない」と語る。左京区岡崎は白河上皇の時代に、京・白河と並び称された白河の地である。六勝寺という、6つの「勝」の寺の入る寺院がかつては建ち並んでいた。今でも岡崎は平安神宮を始めとする神道、金戒光明寺や真宗大谷派岡崎別院などの寺院、更には新宗教の施設も多い宗教地域でもある。
林監督によると、「今でも祇園の石塀小路なんかに行くと、新選組の幽霊が出るといわれている」と語る。ただ、「一番会いたい人って、もういない人じゃない」とも言う。野田秀樹の「パンドラの鐘」にも、「(亡くなった知り合いに会ったら、退きながら嫌悪の)おお! ではなくて(手を取って喜びの)おお!」だろうというセリフを書いている。映画の宗教的側面である。村上春樹もエッセイでそうしたことを書いている。なんだか人の意見ばかり引用しているようだけれど。
林監督は、下鴨神社で映写会も行っているという。「神様は映画知らないから(映画が出来たのは100年ちょっと前に過ぎないという意味)」ということで、映画を神事として奉納したのだという。下鴨神社の関係者も喜んで協力してくれたそうだ。

林監督の映画「BOLT」の予告編が流れた後で、同じく林監督による短編映画「GOOD YEAR」が上映される。上映時間は23分である。出演は、永瀬正敏と月船さららの二人。子役二人も登場するが重要な役ではない。2014年12月24日の山形が舞台。永瀬正敏演じる男は零細工場を営んでる。その工場には「幽霊が出る」という噂や「水槽には人魚がいる」などという噂がある。
品川ナンバーの車に乗った女(月船さらら)が、雪道でハンドルを取られ、零細工場のそばに突っ込む。男は女を助け、工場内に運ぶ。シューベルトの「アヴェ・マリア」の音に気づいて女は目覚める。女は自分の名前を「あべ・まりあ」だと告げる……。

林監督が、山形にある東北芸術工科大学(京都造形芸術大学の姉妹校)の教授を務めているということもあって、雪の山形で撮られた映画である。東北ということで東日本大震災にも触れている。

私が、ちょうど今取り組んでいる戯曲に少し重なる部分もある。
ラストはバンドタイム。ノリノリである。Based on Kyoto.もNAOITO☆.Aも変拍子の多い曲を奏でる(4分の4拍子の曲もある)。空いたスペースでは人々が踊り、一昔前のディスコ(クラブよりもディスコだろうな)のようになっていて楽しい。私も拍を取りながら動いた。

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2016年12月13日 (火)

楽興の時(12) 「京都市交響楽団の指揮者による音楽ワークショップ 指揮者のお仕事!ハーモニーって?」

2016年12月1日 北大路の京都市北文化会館にて

午後6時から、京都市北文化会館で、「京都市交響楽団の指揮者による音楽ワークショップ 指揮者のお仕事!ハーモニーって?」を見学する。事前予約不要、無料である。先日行われた京都市交響楽団の第607回定期演奏会で配られた公演宣伝用チラシの中に、今回のワークショップのチラシが含まれていたために知ったのだ。

演奏は、立命館大学交響楽団。指導は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーで、東京音楽大学指揮科教授、京都市立芸術大学指揮科客員教授でもある広上淳一が行う。立命館大学交響楽団は、再来週に第116回定期演奏会を行うのだが、指揮を担当するのは広上ではなく阪哲朗であり、広上は今回の催しのために特別に指揮することになる。

リハーサル形式ではなく、学生指揮者のY君が指揮をして、広上が駄目出しをするという授業形式のワークショップである。ワークショップのタイトルにある「ハーモニー」というのは、「和音」や「和声」ではなく、「調和」という程度の意味であるようだ。

立命館大学交響楽団のメンバーは、みな私服であるが、お揃いの黒のパーカーを羽織っている。パーカーの背中の部分には、立命館交響楽団の略称である「立響」という文字が白抜きで入っている。

ワークショップは、広上による学生指揮者のY君への指導と、Y君とコンサートミストレスであるKさんへのインタビューを軸に行われる(音楽家志望でない大学生であるため、名前はイニシャルのみの表記とさせて頂く)。


進行役はマスダさんという女性。広上は彼女のことを「アナウンサー」と紹介していたが、私は寡聞にして知らないため、漢字表記まではわからない(「増田」、「枡田」、「益田」など、同じ「マスダ」さんでも色々な表記がある)。

マスダさんは、挨拶を終えた後で、「ヒロガミ淳一先生にご登場頂きましょう」と言うが、出てきた広上に、「あなた、口調が堅い」と言われ、更に「私はヒロガミじゃなくて、ヒロカミなんですが」と駄目出しされる。マスダさんは、ワークショップ終了後にも、「広上先生、ありがとうございました」とお堅い挨拶をして、広上に「面白かったとかそういうこと言えばいいのに」と言われていた。

広上は、黒の長袖の上にサーモンピンクの半袖シャツという出で立ちである。ピアニカを片手に登場し、少しだけだが演奏も行った。

まずは、Y君の指揮で、ビゼーの「カルメン」より第1幕の前奏曲の前半(通称「闘牛士」の前奏曲)が演奏される。Y君の指揮は基本的にビートを刻むだけであり、どのような音楽を創りたいのかは皆目わからないという状態である。広上は「闘牛士」の主題に合わせてピアニカを演奏した。

まず、広上は立命館大学の学食について、「ドキュメンタリーで見たのですが、とても立派で、100円朝食があるそうで」という話をする。学生は朝食を抜くことが多く、それでは健康に悪いというので、安くてボリュームのある朝食を立命館大学の学食は提供するようになったとのこと。広上は、「あれを見て、うちの大学(東京音楽大学)の学食がいかに貧弱か知りました」と述べる。「是非、一度(学食に)お伺いしたい」と広上。

それから広上はY君に学部を聞き、Y君が「生命科学部」と答えると、「何を勉強しているの?」と聞くがY君が返答に詰まったため、「え? 勉強してないの?」と言う。「どうして人間に雄と雌があるのかとか、どうしてゲスな不倫ばっかりしちゃうのとか研究してないの?」

広上は続いて、「この曲は誰が作曲したか知っている?」とY君に聞き、Y君が「ビゼーです」と返すと、「ビゼーってどんな人?」と更に聞く。Y君が「真面目な人」と答えると、「え? 会ったことあるの?」と突っ込む。「ビゼーは、モーツァルトもそうですが、余り真面目な人じゃなかった。不真面目な人だった」「真面目で不真面目な人だった」という風に広上は続ける。作曲家というのは基本的にボヘミアン気質である。
オペラ史上最大のヒット作である「カルメン」の作曲者であるジョルジュ・ビゼーは、実は生前は音楽的な成功に浴することがなかった人である。歌劇「カルメン」の初演は歴史的大失敗であった。ビゼーは失意のうちに亡くなるのだが、皮肉なことにビゼーが没した直後に「カルメン」は大当たりを取り、今に至るまで「傑作」の評価を確たるものにしている。

ビゼーは、「音楽は素晴らしいものだが、それを職業にしようというのは怖ろしいことである」という言葉を残しているが、それを踏まえたのか、広上は、「指揮者は棒を振るでしょ。それで、『人生を棒に振る』と我々は言う」と語る。

広上は、コンサートミストレスのKさんに、「彼の指揮を見て演奏してどうでした?」と聞き、Kさんは「もっと盛り上げるところは盛り上げて欲しい」と答えた。

広上はY君に、「指揮者になりたくて指揮やってるの? それとも誰かに勧めれて?」と聞く。Y君は元々はヴァイオリンを弾いていたそうだが、「みんなで話し合って、じゃあ僕がやろうと」「格好いいので」と答える。広上は、「自分からやりたいと言った割りには見ていて全然楽しそうじゃない」と言う。「楽しいことなんかないの? 彼氏、じゃなかった、彼女はいるの?」、「彼氏はいません」「(彼女も)いないです」というやり取りの後に、チェロ奏者の女子学生にも話を聞いて、やはり「彼氏はいない」ということで、まあ、ということではないわけだが、恋愛をしている時のような笑顔を作って指揮するように指導する。Y君を客席の方に向かせて、思いっきりの笑顔を見せるように言ったのだが、Y君は、「恥ずかしいです」
そこで、広上はKさんに、「ねえ、あなた。今から一人で水着になってというのは恥ずかしいだろうけれど、全員水着になって演奏したら大丈夫なんじゃない?」と聞く。Kさんは、「夏なら」と答えるが、広上は、「冬でもいいでしょ。この間、うちの学生に同じ質問したら、『最低!』と言われた」と語って、客席から笑いが起こる。
「恥ずかしいという気持ちは誰にでもある。だだ状況に寄るんです」と広上はいう。指揮者というのは、100人ほどの楽団員の前に立って様々な仕草をするため、恥ずかしさを抱えたままだと出来ない。

広上は鉄道が好きで、小さい頃は運転手になりたかったと語り、「朝比奈隆という先生が、京都の大学(京都帝国大学法学部)を出て、阪急に入って、車掌と運転手をして、それから阪急で偉くなった(厳密にいうと偉くなったのではなく阪急百貨店に出向したのである。朝比奈は偉くなる前に阪急を辞めて、京大文学部に再入学している)。朝比奈先生に聞いたら、『鉄道好きなのは俺と秋山(和慶)だけだよ』と仰ってましたが」
命館大学交響楽団楽団員の中にも鉄道好きが一人いるそうだが、そうした鉄道好きが本当に運転手になった時のようにウキウキとした気分で指揮するのが重要ということである。


広上はY君に、「さっき、ビゼーが真面目だって言ったけど、真面目ってどういうこと?」と聞く。Y君が「成績がいい」と答えると、広上は「嫌なこというね。私は成績悪かったんです。あなたは成績いいの?」と聞く。Y君が「悪いです」と答えると、「じゃあ仲間だ」と握手して、「将来、指揮者になれるかも知れないよ」と続ける。

再度、「カルメン」の第1幕の前奏曲前半。広上はY君に、左手でシンバルに指示を送るように指導する。


今度は、「カルメン」の第1幕の前奏曲後半。悲劇的な曲調である。Y君が棒を振って、弦楽が音を刻み始めるが、広上はすぐに止めて、見ていて意図がわからないというようなことを言う。「悲劇とは何か」をY君とヴィオラ首席の位置に座った男子学生にも聞く。ヴィオラの学生は、「辛いとか、出来れば避けたいこと」と答える。
広上はY君に、「失恋したことある?」と聞き、Y君が「あります。三、四回」と答えると、「三、四回? まだまだ修行が足りない。私は十二回ある。それも大人になってから失恋した。『絶対に無理!』と言われて。『絶対に無理!』って言われたんだよ」
Y君に失恋したときの痛手を思い出して貰うべく、頭を抱えてうずくまって貰う。それからそのままのポーズで指揮するよう言ったのだが、上手くいかない。そこで、広上は背後からY君の右手を取って、傀儡師の要領で指揮をする。広上が振り付けた指揮は、拍を刻むのではなく、音型を示すエモーショナルなものである。
広上は、「指揮者は楽団員を鼓舞する。鼓舞するってわかる?」とY君に、聞き、Y君が「盛り上げるとかそういう」と答えると、「流石、立命館の学生。頭が良い。うちの学生は、『鼓舞するってわかる?』と聞くと、『昆布ですか?』と返ってくる。漢字から教え直さないといけない」

広上は、Y君に、「卒業後どうするの?」と聞き、「東京音大か京都市立芸大に来ない?」とスカウトする。Y君は進路について「サラリーマン」と答え、「安定してるから」と述べるが、広上は「この間会ったお役所の人、公務員の人もそう言ってた。安定してるから。大した仕事しなくても威張れるからって」
広上はKさんにも進路を聞き、Kさんはやはり「サラリーマン」と答える。理由は、「ヴァイオリンを続けるのは大変」だからだそうだが、広上は「OLだって大変だよ。電通の子、『苦しいよお』って自殺しちゃった」「大変じゃない、楽な仕事なんてないんだよ」
広上は、会社員になっても音楽を続けて欲しいとも語る。

更に広上は、自身で前奏曲後半冒頭部分を指揮する。音の密度が大きく違うのがわかる。

悲劇的な曲調の音楽であり、広上は、「これを書く人は大変。ビゼーも31歳で亡くなった」と述べる。「ただ、音楽は苦しいときに必ず助けてくれます」と断言し、「ねたみだとかやっかみだとか誰にでもあるんです」「バカリズム、升野さんといったかな? 『アイドリング!!』の司会をしていた。彼は売れてない頃、自分よりも実力のない芸人がテレビで活躍しているのを見て、『バカ! バカ!』とやっかんでいたそうです」と語り、「ただ、そのマイナスの気持ちをプラスの方に振り向けたところ途端に売れるようになった」と言って、マイナスをプラスに持って行くのが表現者には重要だと述べる。
「どうすれば上手くプラスに持って行けるのかよく考えて、あんまり考えすぎると自殺しちゃうので、適度によく考えて」音楽を作るよう諭す。

音楽教育というのは本来は楽しいものであり、ポピュラー音楽(福山雅治、SMAP、広上が好きな桜田淳子の名前も挙げていた。広上の娘さんはユーミンが好きだそうである)もクラシック音楽のイディオムを踏襲して作られているのだが、「(クラシック音楽の)楽しさを知らない音楽教師に教わると大変なことになる。隣の市長さん(前大阪市長の橋×さん)も多分、間違った音楽教育を受けてクラシック音楽が嫌になってしまったんでしょう」

哲学の話になり、哲学専攻の女子学生が第2ヴァイオリンにいたので、「哲学者は誰が好き?」と広上は聞き、女子学生は迷ったものの「ヘーゲルとカント」と答え、カントの思想について、「規律正しく生きるのが重要」と説明するが、広上は、「そんなこと出来るわけないだろ!」。ちなみに、私が学生の頃はまだ、デカルト、カント、ショーペンハウエルのいわゆる「デカンショ」という言葉はまだ生きていて、少なくとも文学部の学生の間では、「デカンショぐらい読んでおかないと」という気風があったのだが、今の学生もそうなのかは不明である。
Kさんは、日本史専攻だそうで、真田信繁(幸村)も好きで(前の日曜日の「真田丸」に広上の弟子である下野竜也が出ていたという話をし、広上はやはりというか「私も出たかった」と語った)「義を貫くところが良い」そうだ。広上は、「でも、死んじゃうよ」、Kさん「死んで名を残すところが格好いい」、広上「嫌な女だね! 私は死にたくないです」。更に、「義という考えは、儒教に基づくものなのですが、真田信繁が生きていた時代にはなかった考え方でして、真田信繁のお父さん、草刈正雄さんが演じていましたが、真田昌幸は真田家を守るために考えをコロコロ変えた。義というのは、江戸時代に広まったものです。だから『忠臣蔵』とか」と解説する。儒教は古くから日本に入って来ていたが、本格的に広まるのは徳川家康のブレーンの一人、林羅山の時代からである。儒教を広めるのに一役買ったのは、赤穂浪士の討ち入りがあった時代の将軍、徳川綱吉である。徳川綱吉というと、「生類憐れみの令を作った馬鹿殿」というイメージだが、こと学問に関しては徳川十五代将軍の中でトップクラスであり、儒学の大家で、当代一流の儒学者に自ら儒学を教授していたほどのインテリであった。
Kさんは、近現代史を専攻しており、古関裕而の研究をしているそうである。Y君は古関裕而を知らなかったそうだが、Kさんは「東京オリンピックの」と語る。広上は、「古関裕而という人は、東京オリンピック(1964年夏季五輪)のファンファーレを作曲した人です。それからNHKのスポーツ番組のテーマ(なお、こんな曲あんな曲の作曲者でもある。こちらの曲もかなり有名)。ちなみに、日本テレビ、こちらでは読売テレビのスポーツ番組のテーマを作曲したのは誰かご存じ?」とKさんに聞く。Kさんは知らなかったが、広上は「黛敏郎という人」と答えを教える。黛敏郎が日テレのスポーツテーマの作曲者だということは、我々の世代は、黛が司会を務めた「題名のない音楽会」で何度か取り上げられたので知っているのだが、考えてみれば今の学生は黛司会の「題名のない音楽会」をリアルタイムでは知らないのである。日テレのスポーツテーマのことも知らなくて当然といえば当然である。
これらの話は直接には音楽には関係がないのだが、音楽は「(好きなことを)ベートーヴェンの第九に出てくるように、みんなで手を取り合って一緒に作ることが重要」であると広上は語る。


広上の指揮による、「カルメン」第1幕の前奏曲(「闘牛士」)の演奏。広上はノンタクトでの指揮である。メリハリが学生指揮者とは桁違いだが、一番違うのはシンバルの響きである。シンバルはただ打ち合わせるだけの楽器なのだが、これほど響きが異なるということは、指揮者の安定感と同時に、他の楽器の音の密度が濃くなるため、心に開放感が生まれて良い音を出せるようになったのだと推測する。指揮者は棒のテクニックも重要だが、楽団員の心理面の掌握も重要なようだ。


指揮者が「格好いいから」「何の楽器も演奏していないのに偉そうに出来るから」(広上曰く「大したことない人ほど威張る」そうである。もっとも、誰しも一人は、そうした人は頭に浮かぶでしょう)という理由で東京音大の指揮科に入ってくる学生もいるそうだが、指揮者は楽器こそ演奏しないが、奏者達に演奏するよう仕向けなければならないし、そのためには先読みして振る必要があるし、体で伝達する技術が必要。山のように勉強しなくてはならないと広上は語る。「実は(指揮者が)いなくても今のオーケストラは演奏出来るのですが」とも言うが、それは単に「演奏は出来る」だけであって面白い音楽を生むことは出来ないだろう。そして良いオーケストラを育てるには、また良い指揮者になるには時間が掛かるということを強調する。「『京都市交響楽団は良いオーケストラですね』と言われますが、そうなるのに9年ほど掛かった」


広上さんは今度、シュトックハウゼンの曲を指揮する。シュトックハウゼンというのは変わり者で、広上もシュトックハウゼンについては、「×××い(放送禁止用語です。ジャン・リュック・ゴダール監督の映画タイトルに使われています)」と語っている。
カールハインツ・シュトックハウゼン(1928-2007)は、20世紀のドイツを代表する作曲家なのだが、自身のレーベルを立ち上げて、法外な高値で自作のCDを発売するなど、とにかく変わった人であった。彼の作品の中では、私は「ヘリコプター弦楽四重奏曲」というのが好きである。音楽的にはとても優れた弦楽四重奏なのだが、実は一人一台ずつヘリコプターに乗り、四台のヘリコプターを使って演奏される曲である。ストリングカルテットのメンバーはヘッドホンを付けて他の奏者の音を聴く。わけがわからん。


行きはバスで来たが帰りは歩いて帰る。家から京都市北文化会館までは、京都コンサートホールよりはちょっと遠いという程度である。

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