カテゴリー「楽興の時」の17件の記事

2017年11月26日 (日)

楽興の時(17) 「テラの音 圓光寺第10回公演」

2017年11月19日 左京区北白川の真宗大谷派圓光寺にて

午後4時から、北白川にある真宗大谷派圓光寺で、「テラの音(ね) 圓光寺第10回公演」を聴く。今日は弦楽四重奏のコンサートである。
真宗大谷派圓光寺から、北に歩いて20分ほどのところに、紅葉の名所としても知られる臨済宗圓光寺があり、混同されることが多いそうだ。樋口住職によると、真宗大谷派圓光寺は、1970年に西本願寺のそばから北白川に移ってきたそうである。

北白川は、京都大学の教授達が疎水沿いに住んだことに端を発する高級住宅街であるが、真宗大谷派圓光寺があるのは、白川通より東の茶山の裏手であり、「熊出没注意」の看板もある山深いところである。京都の街は少し位置が変わるだけで表情が大きく変わる。

出演は全員、同志社女子大学学芸学部音楽科のOGである、高木玲(第1ヴァイオリン)、牧野貴佐栄(まきの・きさえ。第2ヴァイオリン)、野田薫(ヴィオラ)、桜井裕美(チェロ)の4人。弦楽四重奏曲は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが並ぶ布陣になることが多いが、今日は下手から時計回りに、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと並ぶヴァイオリン両翼のポジショニングである。
トークは、テラの音主催である牧野貴佐栄が受け持ったが、牧野さんは一週間前に風邪を引いてしまったそうで、濁声であった。


曲目は、第1部が、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーブス幻想曲」、モーツァルトのディヴェルティメント K.136、モーツァルトの歌劇「魔笛」より夜の女王のアリア(「復讐の心は炎と燃え」)と「パパパの二重唱」、プッチーニの「菊」、ハイドリヒ名義の「ハッピーバースデー変奏曲」。第2部が、菅野よう子の「おんな城主 直虎」のテーマ、伊福部昭の「ゴジラ」よりメインテーマ、久石譲の「もののけ姫」よりと「いのちの名前」(「千と千尋の神隠し」より)、荒井由実の「ルージュの伝言」(「魔女の宅急便」より)、幸松肇の「日本民謡組曲」(「さんさ時雨」、「ソーラン節」、「五木の子守唄」、「茶切節」)


全員、大学の音楽科卒で、ある程度のレベルは保証されているもののプロの専業演奏家ではないため、感心するほどの出来映えにはやはりならない。ただ、曲目がバラエティに富んでいて楽しめる。

第1部のラストでは、「新たに作曲された」という設定で、「ハッピーバースデー」の変奏曲が3曲演奏される。ハイドリヒ名義であるが、おそらくはメンバーによる編曲で、名義はスティーヴンソンのハイド氏と弦楽四重奏の父・ハイドンに由来するのだろう。3曲目はドヴォルザークの「アメリカ」カルテットを模した編曲であった。


第2部では、スタジオジブリの映画音楽が並ぶ。「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」は観ているが、「魔女の宅急便」はまだ観ていない。ジブリ作品自体、観たことのないものの方が多い。


「日本民謡組曲」。私の好きな「五木の子守唄」が入っている。被差別階級(農奴同然)の子守女の悲哀が歌われている曲であり、演奏も入魂といった感じで良かった。


アンコールとして、さだまさしの作曲で山口百恵の歌唱でも知られる「秋桜」が演奏された。

テラの音(ね) 真宗大谷派圓光寺10回記念公演

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月23日 (月)

楽興の時(16) 「テラの音 Vol.19」

2017年10月6日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、中京区にある真宗大谷派小野山浄慶寺(じょうきょうじ)で、「テラの音(ね) Vol.19」を聴く。
お寺で行われる無料の音楽会「テラの音」。そうだ!お寺に行こう!プロジェクトの一環である。浄慶寺の住職である中島浩彰と、ヴァイオリニストでヤマハ音楽教室とJEUGIAの講師、母校である同志社女子大学音楽専攻の非常勤講師を務める牧野貴佐栄(まきの・きさえ)の共同主催。

今回は、岸田うらら、田中めぐみ、中村めぐみという3人の打楽器奏者によるコンサートである。3人ともプロ吹奏楽団であるウインドアンサンブル奏(かなで)の打楽器奏者だそうだ。
マリンバと、フラメンコなどで使われるカホンという楽器が主に使われる。

3人で1つのマリンバを奏でるパッヘルベルのカノン・ジャズ・バージョンでスタート。その後は、田中めぐみと中村めぐみがマリンバを演奏し、岸田うららがカホンなど他の打楽器を受け持つ。
その後の第1部のプログラムを挙げると、「ティコティコ」、「赤とんぼ」、「赤いスイートピー」、「津軽海峡・冬景色」、「Sing Sing Sing」、「キャラバンの到着」など、童謡からJポップ、演歌、ジャズ、映画音楽と幅広い音楽が奏でられる。

始まりと、第1部第2部の合間に浄慶寺の中島浩彰住職によるお話の時間が設けられている。
中島住職は、毎年、東日本大震災の被災地に慰問に行っているのだが、仲間達と「暴走する僧侶と、俗人達」という意味で「暴僧俗」という名の団体を結成しているそうだ。今年は中島住職はオートバイで、仲間達は小型車やキャビンカーで岩手県の陸前高田市まで向かったという。午前3時に大津パーキングエリアに集合で、そこから夜8時までほぼ走りっぱなしで1200キロを踏破して陸前高田に着いたそうだ。
陸前高田では今、海沿いに高い壁を築いており、山を切り崩して津波にさらわれた市街地全てを盛り土するという作業を続けているそうだ。山から海沿いまでベルトコンベアで土が運ばれていたという。
三陸鉄道は、朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で取り上げられてから1、2年ほどはブームになったが、その後は乗降客がめっきり減ってしまったとのこと。
ただ、陸前高田の人は、物質的な事柄よりも「心が寂しくなった」ことを嘆いていたという。


第2部の演目は、ハチャトゥリアンの「剣の舞」、星野源の「恋」、「愛の賛歌」、「カリンボブ」、「蘇州夜曲」、「情熱大陸」

「剣の舞」は通常の演奏が終わった後、岸田うららが「私たちはこんな程度ではありません」と宣言し、超高速(約1・5倍)での演奏が再度行われる。

「カリンボブ」は、マリンバとアフリカの民族楽器であるカリンバのデュオのためにコルベルクが作曲した作品。ただし、ドラム入りで演奏されることが多いそうで、岸田うららのカホンを加えて演奏された(カリンバ独奏は田中めぐみ)。
岸田の使っているカホンは、東福寺の塔頭である常光院の和尚が手がける遼天Cajon工房のもので、岸田は遼天Cajon工房とエンドースメント契約といって、演奏会で必ず遼天Cajon工房のカホンを使用することを条件として無償で貸与されているという。なぜ和尚さんがカホンを作っているのかというと、カホンを見て欲しくなり、奥さんに「買っていい?」と聞いたが「駄目」とのことで、「仕方ないから自分で作るか」ということで作ってみたら思いのほか良いものが出来たので、「じゃあ、売ろう」となったらしい。


ラストにアンコールとして、「情熱大陸」の前半部分が再度演奏される。

プロ楽団団員の演奏ということで、プロのマリンバソリストのような圧倒的な切れ味こそないものの安定した演奏と美音を楽しむことが出来た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月22日 (水)

楽興の時(15) 「小澤征爾音楽塾オーケストラメンバーによるロビーコンサート」2017年3月18日

2017年3月18日 左京区岡崎のロームシアター京都2階共通ロビーにて
午前11時から、左京区岡崎にあるロームシアター京都の2階共通ロビーで、「小澤征爾音楽塾オーケストラメンバーによるロビーコンサート」を聴く。無料である。

演奏されるのは、サラサーテの「ナヴァラ」、ヘンデルの「パッサカリア」(ハルヴォルセン編曲)、久石譲の「いのちのなまえ」(映画「千と千尋の神隠し」より)、ガルデルの「ポル・ウナ・カベーサ」、簫泰然の「望春風」、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番より第1楽章。

サラサーテの「ナヴァラ」は大藪英子(おおやぶ・えいこ)と尼﨑有実子(あまさき・ゆみこ)という日本人女性ヴァイオリン奏者二人、ヘンデルの「パッサカリア」は韓国人女性二人(ヴァイオリンのソン・アインとチェロのイ・セイン)、久石譲とガルデルと簫泰然は台湾出身の弦楽四重奏(1stVn:黄鈺婷、sndVn:李盼盼、Va:蔡孟珊、Vc:劉宛瑜)、ボロディンは京都市立芸大学在学中の女学生(のカルテット(1stVn:櫃本樹音、2ndVn:髙田春花、Va:江川菜緒、Vc:櫃本瑠音)による演奏である。韓国人や台湾人は名前の表記を見ても男性か女性か分からないのだが、今日は全員女性で、男性奏者は一人も参加していなかった。
若い人達のみによるコンサートであるが、オーディションを勝ち抜いた人達ばかりということもあり、実力者揃いである。楽器も良いものを使っているのだと思われるが、とにかく音が美しい。艶と張りがあり、並みの演奏家のそれとは段違いである。メカニックに関しても問題は一切ない。

小澤征爾音楽塾は今年はビゼーの歌劇「カルメン」を上演。「カルメン」の舞台はスペインで、サラサーテはスペイン人。ということで「ナヴァラ」が選ばれたと大藪英子が語る。「ツィゴイネルワイゼン」は午前中から演奏するには重いというので避けたようである。「ナヴァラ」は軽快で美しい曲だ。


ヘンデルの「パッサカリア」。イ・セインが「アンニョンハセヨ」と韓国語で挨拶をした後で英語でスピーチ。「日本語は喋れないのですがトライしてみたいと思います」と英語で言い、ソン・アインが紙を手に日本語で挨拶と楽曲紹介を行った。


台湾人のカルテットは、黄鈺婷が「おはようございます」と日本語で挨拶をした後で、英語でスピーチ。その後を受けて、蔡孟珊も英語でスピーチを行った。

ガルデルの「ポル・ウナ・カベーサ」は、ハバネラのリズムの曲であり、そのために選ばれたようである。


ボロディンの弦楽四重奏曲第2番第1楽章は「伊右衛門」のCMで使われて有名になった曲。第1ヴァイオリンとチェロは共に櫃本(ひつもと)という珍しい苗字であり、実の姉妹だと思われる。樹音(じゅね)と瑠音(るね)というフランス風の名前なので、ご両親がフランス好きなのだろう。


日韓関係は悪化しているし、中国と台湾の両岸問題も進展していないが、音楽に国境はないことが感じられて嬉しかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月26日 (日)

楽興の時(14) 「テラの音 冬のクラシックコンサート」2017

2017年2月16日 京都市北区の真宗大谷派 唯明寺にて

午後7時から大徳寺の東にある真宗大谷派 唯明寺(ゆいみょうじ)で、「テラの音(ね) 冬のクラシックコンサート」を聴く。寺院の場合、神社と違って気軽に入れる施設の方が少ないということもあり(拝殿の前で参拝を終える神社と違って、寺院は建物の中に入らないとお参りも礼拝も出来ないということでセキュリティの問題もある)、普段は檀家しか入れない本堂の中に入れるのも「テラの音」の魅力である。

    
真宗大谷派 唯明寺は現在の住職である亀田晃巖(かめだ・こうがん)のお祖父さんが説法の名手であり、お祖父さんのファンが説法を聴くためのお堂が欲しいというので、80年前に建立した寺院だという。それまではお祖父さんは他の寺院の住職をしていたようだ。亀田晃巖も子供の頃は説法が好きではなかったのだが、今では落語のルーツとされる「節談(ふしだん)説教」に取り組んでおり、私も真宗大谷派岡崎別院で亀田の「節談説教」を聴いたことがある。

コンサートの前に亀田住職のお話。話し好きの人なので、どうしても挨拶や話が長くなってしまう。80年前は北大路から北は全面畑だったそうで、大宮通が北大路通から北に延びて新大宮通が開通し、街が出来ていく過程と唯明寺の歴史は重なっているそうだ。

「テラの音」は出演者はノーギャラだが、開催寺院のために「お志」を頂戴する。お志を投げ入れるための籠を亀田が動かして、その際にキーボードの前に置かれた譜面台が倒れてしまうというアクシデントがあった。

亀田住職は、「喋りすぎたし司会の人はカンカンなんちゃうか」と言って挨拶を終える。ちなみに司会といっても最初と最後に挨拶をするだけの人なのだが、唯明寺の檀家の代表さんで、実は立命館小学校の校長先生という「お偉いさん」だそうである。亀田は「お偉いさんをこき使ってまんねん」と冗談を言う。


今日はソプラノ歌手の加治屋菜美子、「テラの音」企画担当のヴァイオリニスト・牧野貴佐栄、ピアノの山口日向子の3人によるコンサート。
加治屋と牧野は共に同志社女子大学音楽学科の出身。また山口日向子は牧野貴佐栄の名古屋市立菊里高校音楽科時代の同級生だそうである。山口は菊里高校卒業後、東京芸術大学音楽学部器楽科に進学。同大学院音楽研究科修士課程器楽専攻修了。同大学院在学中に渡独してマンハイム音楽大学大学院を満点の成績で修了している。イタリアの第15回ロケッタ市国際音楽コンクールで第1位獲得。ロータリークラブ賞も受賞している。これもイタリアで行われた第23回イブラ国際音楽コンクールでは優秀賞とリスト特別賞を受けている。


今日はピアノはないので、ローランドのキーボードで代用する。
曲目は、第1部が、ヴェルディの「椿姫」から“乾杯の歌”、プッチーニの「ジャンニ・スキッキ」より“ねえ私のお父さん”、ショパンの前奏曲第7番、ヴィヴァルディの協奏曲「四季」から“冬”第2楽章、鈴木鎮一編曲による「キラキラ星変奏曲」、ヨハン・シュトラウスⅠ世「ラデツキー行進曲」、イタリア民謡「オーソレ・ミーオ」。第2部が、中田章の「早春賦」、冬の歌メドレー(「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」、「スキーの歌」)、宮沢賢治作曲・林光の伴奏編曲による「星めぐりの歌」、金子みすゞの詩に石若雅弥が曲をつけた「わたしと小鳥とすずと」、小椋佳作詞・作曲の「愛燦燦」、永六輔作詞・いずみたく作曲の「見上げてごらん夜の星を」

「テラの音」企画者である牧野貴佐栄がマイクを手にトークを行うが、「乾杯の歌」が含まれているオペラのタイトルが浮かんで来なかったり、「ねえ私の父さん」の歌詞に出てくる川の名前を「ヴェッキオ川」と言ったり(ヴェッキオは橋=ポンテの名前。下を流れるのはアルノ川である)、3曲目はショパンの前奏曲第7番なのに、「続いてヴァイオリンの曲をお聴き頂きたいと思います」と言ってしまったりと、板についた感じがしない。

お寺の本堂ということで、音響がプラスに働くということは余りない。加治屋菜美子のソプラノも細く聞こえてしまうが、会場が音楽用の場所ではないため仕方ないだろう。

ショパンの前奏曲第7番。「太田胃散」のCM曲として知られている曲である。山口日向子は、「ある胃腸薬のコマーシャルで使われています」と話してから演奏。聴衆から笑いが起こった。
ちなみに、この曲のラスト近くには、手がかなり大きくないと弾けない和音があり、普通はアルペジオで処理するのだが、山口は音を抜くことで対処したようだ。


スズキメソッドの鈴木鎮一の編曲による「キラキラ星変奏曲」。ヴァイオリンとピアノのための編曲である。モーツァルトが作曲したピアノのための「キラキラ星変奏曲」の編曲。
牧野貴佐栄は、「キラキラ星」を「モーツァルトの作曲」と語ったが、これは間違いで、「キラキラ星」はフランス民謡で作者不詳である。
牧野はヴィオラよりもヴァイオリンの方がやはり合っていると思うが、ハスキーな音色を出したり、音程が上ずったりという難点がある。リハーサルの時間も十分に取れるわけではないので、仕方ないといえば仕方ないのかも知れないが。


ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートの掉尾を飾る曲として知られる、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。聴衆も手拍子を入れながら音楽を楽しんだ。

第1部最後の曲は、イタリア民謡「オーソレ・ミーオ」。牧野が、「イタリアの恰幅の良い歌手が歌っているようなイメージがありますが」と語るが、そうしたイメージを作り出したのはおそらくルチアーノ・パヴァロッティだろう。パバロッティは「オーソレ・ミーオ」を十八番としていた。
女声による「オーソレ・ミーオ」は男声による同曲歌唱とは異なる。男声歌手が歌うと、「朗らかな情熱の響き」がするのだが、女声歌手が歌うとどことなく寂しそうだ。歌詞自体が女性が歌うようなものではないということも影響しているだろう。
山口が弾いた「ハバネラ」のリズムを強調した伴奏は面白い。


第2部の第1曲は「早春賦」。加治屋がマイクを手に、「今の季節のピッタリ」として選んだことを語ったのだが、第3番の歌詞では「恋への憧れ」という解釈で歌ったのでそれを意識して欲しいと予め述べる。会場が会場だけに不利だが、伸びやかな声は楽しめる。

冬の歌メドレーでは、「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」、「スキーの歌」の4曲が歌われる。加治屋が、「皆さんも歌って下さい」と言うので、「雪」、「かあさんの歌」、「雪の降る街を」は私も含めて多くの人が口ずさんだが、「スキーの歌」は聴いたことはあってもよく知らないでの歌えない。他の人も同様のようで、「スキーの歌」に入った途端に歌声が止んだ。日本においてフランス音楽の影響を受けた最初期の作曲家である橋本國彦作曲の「スキーの歌」は、おそらく雪国の小学校では教えられているのだろうが、私のように千葉県というスキー場皆無(湾岸スキーヤーと称した「ららぽーとスキードーム」などはあったが)の場所ではまず歌われないだろう。


宮沢賢治作詞・作曲の「星めぐりの歌」。CMでも用いられたことがあり、東北出身の歌手などもこの曲をよく取り上げている。宮沢賢治は、チェロやオルガンが弾けたため、譜面も読めるし、メロディーを作ることも難しくはなかったと思われるが、詞とメロディーだけは作ったものの、伴奏を作曲していないという。武満徹のように「歌い手に任せるために敢えて伴奏を書かなかった」ケースもあるが宮沢賢治は音楽の専門家ではないため、対位法などには通じておらず、伴奏を作曲するだけの技能を持ち合わせていなかったということだと思われる。
今日は、現代音楽の作曲家としては平易な楽曲を多く書いたことで知られる林光作曲の伴奏による演奏。細かなピアノの粒立ちが星々の煌めきを表現しているかのようだ。


金子みすゞの詩「わたしと小鳥とすずと」に石若雅弥がメロディーをつけた楽曲。実は、金子みすゞの童謡にメロディーをつけた作品はとても多い。だが、どれも金子みすゞの言葉に音楽が負けてしまい、「これは」と言った楽曲は生まれていないというのが現状である。そもそも金子みすゞの童謡は読んでこそ魅力が味わえれというもので、音楽に向いていないとも思える。
石若雅弥がメロディーをつけた「わたしと小鳥とすず」も、作品自体が持つ「静謐さ」を音楽は破らざるを得ないため、「悪くはないんだけど」という印象にとどまる。


「愛燦燦」。小椋佳の作詞・作曲で、美空ひばりの歌唱でも知られている。加治屋がこの曲を知ったのは美空ひばりバージョンでも小椋佳バージョンでもなく、美空ひばりの歌真似をしている青木隆治の映像で見て引き込まれたのだという。
「クラシックの歌手が『愛燦燦』を歌うとどうなるか」ということだったが、クラシックの歌唱法は整いすぎて、この曲が持つ良い意味での素朴さを消してしまうように聞こえた。


「見上げてごらん夜の星を」。永六輔作詞・いずみたく作曲、坂本九歌唱による作品である。唯明寺住職の亀田晃巖によると、永六輔は小沢昭一と共に唯明寺に来たことがあるそうである。
この曲はヴァイオリンとピアノの伴奏、ソプラノの独唱にとてもよく合っているように感じた。


アンコールは、「蛍の光」もメロディーを取り入れた歌曲「空より高く」。前半はオリジナルメロディーだが後半「蛍の光」の旋律が挿入されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 5日 (日)

楽興の時(13) ロームシアター京都オープン1周年記念イベント「Kyoto Gathering」

2017年1月31日 左京区岡崎の京都モダンテラスにて

午後6時から、ロームシアター京都パークパレス2階にある京都モダンテラスで、ロームシアター京都オープン1周年記念イベント「Kyoto Gathering」に参加する。写真、映画、音楽などの芸術を取り上げる催し。映画監督の林海象(京都造形芸術大学時代に見知った関係である)、女優の鶴田真由、DJ・作曲家&プロデューサーの沖野修也(おきの・しゅうや)らが参加する。バンド演奏は、Based on Kyoto.とNAOITO☆.Aの2組。


京都モダンテラスに入るのは初めてである。入ってすぐに林海象とバッタリ出会ったので挨拶。林さんは、「取材?」と聞く。取材ではないが、色々なものに接して取り入れようとしているのは事実である。林監督が「取材?」と聞いたのは、おそらく私が色々聞く性分だったからだと思われる。林監督にお目にかかるのは13年ぶりぐらいである。Facebookで繋がっているので、そう遠い感じはしなかったのだけれど。林監督は少し小さくなられたように見えた。林監督は元田中で「バー探偵」という店も経営されているのだが、私は酒が飲めないので行きようがない。

鶴田真由さんも普通にいる。舞台でお見かけした時には気がつかなかったのだが、小柄な方である。

芸術紹介のイベントなのだが、参加者は多くは賑やかに歓談しており、写真や映像をじっくり見ている人は余りいない。

沖野修也のDJタイムが1時間ほど続く。ジャズセッションの音楽が流れていたので、私もコードに合わせて口笛を吹いたりした。


午後7時過ぎから、まず、写真のイベントが行われる。スクリーンが降りており、そこに写真が投影される。
まずは、志津野雷(しづの・らい)による水の写真集『ON THE WATER』(青幻舎)からの映像。その他にバスク地方(フランスとスペインの境にある地域。著名な出身者にモーリス・ラヴェルなど)の男性などの写真もある。
 
鶴田真由は、「今日、新幹線で来たんですけど、富士山が見えたので、写真を撮ろうと思ったら(撮っている間に)すぐ終わってしまって」と言って、写真を撮る時も「撮るよりまず見る」ことが大切だというようなことを語っていた。
 
アラーキーこと荒木経惟の最新作も投影される。荒木経惟は近年は病気のため、自宅から出ることもままならないそうだが、自宅にオブジェを置いて、それを撮ることで活動を続けているという。


続いて映画のイベント。まず、鶴田真由が監督したドキュメンタリー映画の予告編3本が流される。それぞれ、日本の伝統工芸である染め物、石垣島の女性、アイヌの人々の姿を収めている。
鶴田真由は、「現代に生きることに慣れてしまって、他の部分が弱っているような気がする」と語る。ポール・ボウルズ原作、ベルナルド・ベルトリッチ監督の「シェルタリング・スカイ」にも繋がる考え方である。

林海象監督は、日本映画は京都が発祥の地であることを述べ、牧野省三が日本各地を巡回上映していたと語る。更に京都モダンテラスのある左京区岡崎について、「夜に来るところじゃない」と語る。左京区岡崎は白河上皇の時代に、京・白河と並び称された白河の地である。六勝寺という、6つの「勝」の寺の入る寺院がかつては建ち並んでいた。今でも岡崎は平安神宮を始めとする神道、金戒光明寺や真宗大谷派岡崎別院などの寺院、更には新宗教の施設も多い宗教地域でもある。
林監督によると、「今でも祇園の石塀小路なんかに行くと、新選組の幽霊が出るといわれている」と語る。ただ、「一番会いたい人って、もういない人じゃない」とも言う。野田秀樹の「パンドラの鐘」にも、「(亡くなった知り合いに会ったら、退きながら嫌悪の)おお! ではなくて(手を取って喜びの)おお!」だろうというセリフを書いている。映画の宗教的側面である。村上春樹もエッセイでそうしたことを書いている。なんだか人の意見ばかり引用しているようだけれど。
林監督は、下鴨神社で映写会も行っているという。「神様は映画知らないから(映画が出来たのは100年ちょっと前に過ぎないという意味)」ということで、映画を神事として奉納したのだという。下鴨神社の関係者も喜んで協力してくれたそうだ。

林監督の映画「BOLT」の予告編が流れた後で、同じく林監督による短編映画「GOOD YEAR」が上映される。上映時間は23分である。出演は、永瀬正敏と月船さららの二人。子役二人も登場するが重要な役ではない。2014年12月24日の山形が舞台。永瀬正敏演じる男は零細工場を営んでる。その工場には「幽霊が出る」という噂や「水槽には人魚がいる」などという噂がある。
品川ナンバーの車に乗った女(月船さらら)が、雪道でハンドルを取られ、零細工場のそばに突っ込む。男は女を助け、工場内に運ぶ。シューベルトの「アヴェ・マリア」の音に気づいて女は目覚める。女は自分の名前を「あべ・まりあ」だと告げる……。

林監督が、山形にある東北芸術工科大学(京都造形芸術大学の姉妹校)の教授を務めているということもあって、雪の山形で撮られた映画である。東北ということで東日本大震災にも触れている。

私が、ちょうど今取り組んでいる戯曲に少し重なる部分もある。
ラストはバンドタイム。ノリノリである。Based on Kyoto.もNAOITO☆.Aも変拍子の多い曲を奏でる(4分の4拍子の曲もある)。空いたスペースでは人々が踊り、一昔前のディスコ(クラブよりもディスコだろうな)のようになっていて楽しい。私も拍を取りながら動いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月13日 (火)

楽興の時(12) 「京都市交響楽団の指揮者による音楽ワークショップ 指揮者のお仕事!ハーモニーって?」

2016年12月1日 北大路の京都市北文化会館にて

午後6時から、京都市北文化会館で、「京都市交響楽団の指揮者による音楽ワークショップ 指揮者のお仕事!ハーモニーって?」を見学する。事前予約不要、無料である。先日行われた京都市交響楽団の第607回定期演奏会で配られた公演宣伝用チラシの中に、今回のワークショップのチラシが含まれていたために知ったのだ。

演奏は、立命館大学交響楽団。指導は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーで、東京音楽大学指揮科教授、京都市立芸術大学指揮科客員教授でもある広上淳一が行う。立命館大学交響楽団は、再来週に第116回定期演奏会を行うのだが、指揮を担当するのは広上ではなく阪哲朗であり、広上は今回の催しのために特別に指揮することになる。

リハーサル形式ではなく、学生指揮者のY君が指揮をして、広上が駄目出しをするという授業形式のワークショップである。ワークショップのタイトルにある「ハーモニー」というのは、「和音」や「和声」ではなく、「調和」という程度の意味であるようだ。

立命館大学交響楽団のメンバーは、みな私服であるが、お揃いの黒のパーカーを羽織っている。パーカーの背中の部分には、立命館交響楽団の略称である「立響」という文字が白抜きで入っている。

ワークショップは、広上による学生指揮者のY君への指導と、Y君とコンサートミストレスであるKさんへのインタビューを軸に行われる(音楽家志望でない大学生であるため、名前はイニシャルのみの表記とさせて頂く)。


進行役はマスダさんという女性。広上は彼女のことを「アナウンサー」と紹介していたが、私は寡聞にして知らないため、漢字表記まではわからない(「増田」、「枡田」、「益田」など、同じ「マスダ」さんでも色々な表記がある)。

マスダさんは、挨拶を終えた後で、「ヒロガミ淳一先生にご登場頂きましょう」と言うが、出てきた広上に、「あなた、口調が堅い」と言われ、更に「私はヒロガミじゃなくて、ヒロカミなんですが」と駄目出しされる。マスダさんは、ワークショップ終了後にも、「広上先生、ありがとうございました」とお堅い挨拶をして、広上に「面白かったとかそういうこと言えばいいのに」と言われていた。

広上は、黒の長袖の上にサーモンピンクの半袖シャツという出で立ちである。ピアニカを片手に登場し、少しだけだが演奏も行った。

まずは、Y君の指揮で、ビゼーの「カルメン」より第1幕の前奏曲の前半(通称「闘牛士」の前奏曲)が演奏される。Y君の指揮は基本的にビートを刻むだけであり、どのような音楽を創りたいのかは皆目わからないという状態である。広上は「闘牛士」の主題に合わせてピアニカを演奏した。

まず、広上は立命館大学の学食について、「ドキュメンタリーで見たのですが、とても立派で、100円朝食があるそうで」という話をする。学生は朝食を抜くことが多く、それでは健康に悪いというので、安くてボリュームのある朝食を立命館大学の学食は提供するようになったとのこと。広上は、「あれを見て、うちの大学(東京音楽大学)の学食がいかに貧弱か知りました」と述べる。「是非、一度(学食に)お伺いしたい」と広上。

それから広上はY君に学部を聞き、Y君が「生命科学部」と答えると、「何を勉強しているの?」と聞くがY君が返答に詰まったため、「え? 勉強してないの?」と言う。「どうして人間に雄と雌があるのかとか、どうしてゲスな不倫ばっかりしちゃうのとか研究してないの?」

広上は続いて、「この曲は誰が作曲したか知っている?」とY君に聞き、Y君が「ビゼーです」と返すと、「ビゼーってどんな人?」と更に聞く。Y君が「真面目な人」と答えると、「え? 会ったことあるの?」と突っ込む。「ビゼーは、モーツァルトもそうですが、余り真面目な人じゃなかった。不真面目な人だった」「真面目で不真面目な人だった」という風に広上は続ける。作曲家というのは基本的にボヘミアン気質である。
オペラ史上最大のヒット作である「カルメン」の作曲者であるジョルジュ・ビゼーは、実は生前は音楽的な成功に浴することがなかった人である。歌劇「カルメン」の初演は歴史的大失敗であった。ビゼーは失意のうちに亡くなるのだが、皮肉なことにビゼーが没した直後に「カルメン」は大当たりを取り、今に至るまで「傑作」の評価を確たるものにしている。

ビゼーは、「音楽は素晴らしいものだが、それを職業にしようというのは怖ろしいことである」という言葉を残しているが、それを踏まえたのか、広上は、「指揮者は棒を振るでしょ。それで、『人生を棒に振る』と我々は言う」と語る。

広上は、コンサートミストレスのKさんに、「彼の指揮を見て演奏してどうでした?」と聞き、Kさんは「もっと盛り上げるところは盛り上げて欲しい」と答えた。

広上はY君に、「指揮者になりたくて指揮やってるの? それとも誰かに勧めれて?」と聞く。Y君は元々はヴァイオリンを弾いていたそうだが、「みんなで話し合って、じゃあ僕がやろうと」「格好いいので」と答える。広上は、「自分からやりたいと言った割りには見ていて全然楽しそうじゃない」と言う。「楽しいことなんかないの? 彼氏、じゃなかった、彼女はいるの?」、「彼氏はいません」「(彼女も)いないです」というやり取りの後に、チェロ奏者の女子学生にも話を聞いて、やはり「彼氏はいない」ということで、まあ、ということではないわけだが、恋愛をしている時のような笑顔を作って指揮するように指導する。Y君を客席の方に向かせて、思いっきりの笑顔を見せるように言ったのだが、Y君は、「恥ずかしいです」
そこで、広上はKさんに、「ねえ、あなた。今から一人で水着になってというのは恥ずかしいだろうけれど、全員水着になって演奏したら大丈夫なんじゃない?」と聞く。Kさんは、「夏なら」と答えるが、広上は、「冬でもいいでしょ。この間、うちの学生に同じ質問したら、『最低!』と言われた」と語って、客席から笑いが起こる。
「恥ずかしいという気持ちは誰にでもある。だだ状況に寄るんです」と広上はいう。指揮者というのは、100人ほどの楽団員の前に立って様々な仕草をするため、恥ずかしさを抱えたままだと出来ない。

広上は鉄道が好きで、小さい頃は運転手になりたかったと語り、「朝比奈隆という先生が、京都の大学(京都帝国大学法学部)を出て、阪急に入って、車掌と運転手をして、それから阪急で偉くなった(厳密にいうと偉くなったのではなく阪急百貨店に出向したのである。朝比奈は偉くなる前に阪急を辞めて、京大文学部に再入学している)。朝比奈先生に聞いたら、『鉄道好きなのは俺と秋山(和慶)だけだよ』と仰ってましたが」
命館大学交響楽団楽団員の中にも鉄道好きが一人いるそうだが、そうした鉄道好きが本当に運転手になった時のようにウキウキとした気分で指揮するのが重要ということである。


広上はY君に、「さっき、ビゼーが真面目だって言ったけど、真面目ってどういうこと?」と聞く。Y君が「成績がいい」と答えると、広上は「嫌なこというね。私は成績悪かったんです。あなたは成績いいの?」と聞く。Y君が「悪いです」と答えると、「じゃあ仲間だ」と握手して、「将来、指揮者になれるかも知れないよ」と続ける。

再度、「カルメン」の第1幕の前奏曲前半。広上はY君に、左手でシンバルに指示を送るように指導する。


今度は、「カルメン」の第1幕の前奏曲後半。悲劇的な曲調である。Y君が棒を振って、弦楽が音を刻み始めるが、広上はすぐに止めて、見ていて意図がわからないというようなことを言う。「悲劇とは何か」をY君とヴィオラ首席の位置に座った男子学生にも聞く。ヴィオラの学生は、「辛いとか、出来れば避けたいこと」と答える。
広上はY君に、「失恋したことある?」と聞き、Y君が「あります。三、四回」と答えると、「三、四回? まだまだ修行が足りない。私は十二回ある。それも大人になってから失恋した。『絶対に無理!』と言われて。『絶対に無理!』って言われたんだよ」
Y君に失恋したときの痛手を思い出して貰うべく、頭を抱えてうずくまって貰う。それからそのままのポーズで指揮するよう言ったのだが、上手くいかない。そこで、広上は背後からY君の右手を取って、傀儡師の要領で指揮をする。広上が振り付けた指揮は、拍を刻むのではなく、音型を示すエモーショナルなものである。
広上は、「指揮者は楽団員を鼓舞する。鼓舞するってわかる?」とY君に、聞き、Y君が「盛り上げるとかそういう」と答えると、「流石、立命館の学生。頭が良い。うちの学生は、『鼓舞するってわかる?』と聞くと、『昆布ですか?』と返ってくる。漢字から教え直さないといけない」

広上は、Y君に、「卒業後どうするの?」と聞き、「東京音大か京都市立芸大に来ない?」とスカウトする。Y君は進路について「サラリーマン」と答え、「安定してるから」と述べるが、広上は「この間会ったお役所の人、公務員の人もそう言ってた。安定してるから。大した仕事しなくても威張れるからって」
広上はKさんにも進路を聞き、Kさんはやはり「サラリーマン」と答える。理由は、「ヴァイオリンを続けるのは大変」だからだそうだが、広上は「OLだって大変だよ。電通の子、『苦しいよお』って自殺しちゃった」「大変じゃない、楽な仕事なんてないんだよ」
広上は、会社員になっても音楽を続けて欲しいとも語る。

更に広上は、自身で前奏曲後半冒頭部分を指揮する。音の密度が大きく違うのがわかる。

悲劇的な曲調の音楽であり、広上は、「これを書く人は大変。ビゼーも31歳で亡くなった」と述べる。「ただ、音楽は苦しいときに必ず助けてくれます」と断言し、「ねたみだとかやっかみだとか誰にでもあるんです」「バカリズム、升野さんといったかな? 『アイドリング!!』の司会をしていた。彼は売れてない頃、自分よりも実力のない芸人がテレビで活躍しているのを見て、『バカ! バカ!』とやっかんでいたそうです」と語り、「ただ、そのマイナスの気持ちをプラスの方に振り向けたところ途端に売れるようになった」と言って、マイナスをプラスに持って行くのが表現者には重要だと述べる。
「どうすれば上手くプラスに持って行けるのかよく考えて、あんまり考えすぎると自殺しちゃうので、適度によく考えて」音楽を作るよう諭す。

音楽教育というのは本来は楽しいものであり、ポピュラー音楽(福山雅治、SMAP、広上が好きな桜田淳子の名前も挙げていた。広上の娘さんはユーミンが好きだそうである)もクラシック音楽のイディオムを踏襲して作られているのだが、「(クラシック音楽の)楽しさを知らない音楽教師に教わると大変なことになる。隣の市長さん(前大阪市長の橋×さん)も多分、間違った音楽教育を受けてクラシック音楽が嫌になってしまったんでしょう」

哲学の話になり、哲学専攻の女子学生が第2ヴァイオリンにいたので、「哲学者は誰が好き?」と広上は聞き、女子学生は迷ったものの「ヘーゲルとカント」と答え、カントの思想について、「規律正しく生きるのが重要」と説明するが、広上は、「そんなこと出来るわけないだろ!」。ちなみに、私が学生の頃はまだ、デカルト、カント、ショーペンハウエルのいわゆる「デカンショ」という言葉はまだ生きていて、少なくとも文学部の学生の間では、「デカンショぐらい読んでおかないと」という気風があったのだが、今の学生もそうなのかは不明である。
Kさんは、日本史専攻だそうで、真田信繁(幸村)も好きで(前の日曜日の「真田丸」に広上の弟子である下野竜也が出ていたという話をし、広上はやはりというか「私も出たかった」と語った)「義を貫くところが良い」そうだ。広上は、「でも、死んじゃうよ」、Kさん「死んで名を残すところが格好いい」、広上「嫌な女だね! 私は死にたくないです」。更に、「義という考えは、儒教に基づくものなのですが、真田信繁が生きていた時代にはなかった考え方でして、真田信繁のお父さん、草刈正雄さんが演じていましたが、真田昌幸は真田家を守るために考えをコロコロ変えた。義というのは、江戸時代に広まったものです。だから『忠臣蔵』とか」と解説する。儒教は古くから日本に入って来ていたが、本格的に広まるのは徳川家康のブレーンの一人、林羅山の時代からである。儒教を広めるのに一役買ったのは、赤穂浪士の討ち入りがあった時代の将軍、徳川綱吉である。徳川綱吉というと、「生類憐れみの令を作った馬鹿殿」というイメージだが、こと学問に関しては徳川十五代将軍の中でトップクラスであり、儒学の大家で、当代一流の儒学者に自ら儒学を教授していたほどのインテリであった。
Kさんは、近現代史を専攻しており、古関裕而の研究をしているそうである。Y君は古関裕而を知らなかったそうだが、Kさんは「東京オリンピックの」と語る。広上は、「古関裕而という人は、東京オリンピック(1964年夏季五輪)のファンファーレを作曲した人です。それからNHKのスポーツ番組のテーマ(なお、こんな曲あんな曲の作曲者でもある。こちらの曲もかなり有名)。ちなみに、日本テレビ、こちらでは読売テレビのスポーツ番組のテーマを作曲したのは誰かご存じ?」とKさんに聞く。Kさんは知らなかったが、広上は「黛敏郎という人」と答えを教える。黛敏郎が日テレのスポーツテーマの作曲者だということは、我々の世代は、黛が司会を務めた「題名のない音楽会」で何度か取り上げられたので知っているのだが、考えてみれば今の学生は黛司会の「題名のない音楽会」をリアルタイムでは知らないのである。日テレのスポーツテーマのことも知らなくて当然といえば当然である。
これらの話は直接には音楽には関係がないのだが、音楽は「(好きなことを)ベートーヴェンの第九に出てくるように、みんなで手を取り合って一緒に作ることが重要」であると広上は語る。


広上の指揮による、「カルメン」第1幕の前奏曲(「闘牛士」)の演奏。広上はノンタクトでの指揮である。メリハリが学生指揮者とは桁違いだが、一番違うのはシンバルの響きである。シンバルはただ打ち合わせるだけの楽器なのだが、これほど響きが異なるということは、指揮者の安定感と同時に、他の楽器の音の密度が濃くなるため、心に開放感が生まれて良い音を出せるようになったのだと推測する。指揮者は棒のテクニックも重要だが、楽団員の心理面の掌握も重要なようだ。


指揮者が「格好いいから」「何の楽器も演奏していないのに偉そうに出来るから」(広上曰く「大したことない人ほど威張る」そうである。もっとも、誰しも一人は、そうした人は頭に浮かぶでしょう)という理由で東京音大の指揮科に入ってくる学生もいるそうだが、指揮者は楽器こそ演奏しないが、奏者達に演奏するよう仕向けなければならないし、そのためには先読みして振る必要があるし、体で伝達する技術が必要。山のように勉強しなくてはならないと広上は語る。「実は(指揮者が)いなくても今のオーケストラは演奏出来るのですが」とも言うが、それは単に「演奏は出来る」だけであって面白い音楽を生むことは出来ないだろう。そして良いオーケストラを育てるには、また良い指揮者になるには時間が掛かるということを強調する。「『京都市交響楽団は良いオーケストラですね』と言われますが、そうなるのに9年ほど掛かった」


広上さんは今度、シュトックハウゼンの曲を指揮する。シュトックハウゼンというのは変わり者で、広上もシュトックハウゼンについては、「×××い(放送禁止用語です。ジャン・リュック・ゴダール監督の映画タイトルに使われています)」と語っている。
カールハインツ・シュトックハウゼン(1928-2007)は、20世紀のドイツを代表する作曲家なのだが、自身のレーベルを立ち上げて、法外な高値で自作のCDを発売するなど、とにかく変わった人であった。彼の作品の中では、私は「ヘリコプター弦楽四重奏曲」というのが好きである。音楽的にはとても優れた弦楽四重奏なのだが、実は一人一台ずつヘリコプターに乗り、四台のヘリコプターを使って演奏される曲である。ストリングカルテットのメンバーはヘッドホンを付けて他の奏者の音を聴く。わけがわからん。


行きはバスで来たが帰りは歩いて帰る。家から京都市北文化会館までは、京都コンサートホールよりはちょっと遠いという程度である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月27日 (金)

楽興の時(11) 「テラの音」vol.13

2016年4月1日 京都市中京区御幸町通竹屋町下ルの真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、中京区御幸町通竹屋町通下ルにある真宗大谷派浄慶寺で、「テラの音 vol.13」を聴く。今回はバンジョー奏者の吉崎ひろしによるコンサート。「テラの音」主催者であるヴァイオリンの牧野貴佐栄と、「テラの音」の評判を聞いて是非参加したいと申し出たヴァイオリニストの辻本恵理香も参加する。

「テラの音」は、京都のお寺に気軽に立ち寄っていただこう、そして若手の音楽家と僧侶も育てよう(僧侶の方は冗談だと思うが)ということで立ち上がった企画。僧侶は冗談と書いたが、法話の時間も設けられているので、仏教に興味を持って貰いたいという思いはあるのだろう。残念ながら今日の聴衆は満員ながらお年の方が大半。私よりも若い人は2人か3人しかいない。
バンジョーの吉崎ひろしも52歳と若いとはいえない年だが、前の方の席に座った方達は吉崎のお弟子さんのようである(吉崎よりも年上である)。その他、バンジョーではなくてギターを弾くというお年の方もいた。出来れば若い人に仏教が広まるようになると良いのだが。

浄慶寺の住職である中島宏彰氏も大谷大学仏教学科在学当時はギターの腕で鳴らしたそうである(吉崎談)。中島住職はテレビ朝日系の「ぶっちゃけ寺」に何度か出演しており、先週の放送で、Amazonの「お坊さん便」反対の代表者として意見を戦わしていた。まあ「お坊さん便」は仏教どころか宗教ですらないからね。寺院は数はとにかく多いので(一番多い曹洞宗の寺院だけでも日本全国のコンビニの数を上回る。その他の宗派の寺院を入れるとコンビニの数倍になるだろう。ただもはや寺院として機能していないお寺も残念ながら多い)、寺院を中心にした文化が発生するのが日本的風土と歴史からいえば普通なのだが、廃仏毀釈と神道の国教化の影響がかなり大きく、戦後70年を経てもお寺と一般市民の距離は縮まらず、仏教は哲学でも宗教でもなく、儀式としての葬式仏教としか認識されていない。


吉崎ひろし(吉崎は「よしざき」と読む)は、1986年に高石ともや&ザ・ナターシャ・セブンの3代目バンジョープレーヤーとしてデビュー。今年でプロ音楽科として活動30周年を迎えた。38歳の時からマラソンを始め、最近では丹波篠山のマラソンを走ったという。京都マラソンは一昨年、昨年とエントリーするもくじ引きで外れて参加出来ず、東京マラソンに至っては10年連続抽選で外れたという。東京マラソンの抽選は15倍だそうなので、「普通に考えるとあと5年は外れる」と吉崎は笑いながら語った。関東ツアーを終えて、長野県大町市のホテルでコンサートを行ったとき、聴衆は大町アルプスマラソンの出場者で、マラソンの存在を知った吉崎は飛び入りでマラソンに参加。3時間44分という好タイムで走り、打ち上げでもバンジョー奏者として一緒にマラソンを走った人と盛り上がるという妙な経験をしたそうだ。


オープニングとして、「テラの音」に興味を持ったという辻本恵理香によるヴァイオリン独奏がある。曲目は「アメイジング・グレイス」。前半はよく知られているメロディーを弾き、後半にはアレンジを加える。辻本は双子だそうで、双子の姉妹揃ってヴァイオリンをやっており、Happy      Twinsという、辻本曰く「アホっぽい名前」のユニットでも活動しているそうだ。今日はアコースティックのヴァイオリンだが、エレキのヴァイオリンを弾くこともあるという。

続いて、辻本と牧野貴佐栄のデュオで、バルトークの「2つのヴァイオリンのための44の二重奏曲」より“バグパイプ”、“セルビアの踊り”などが演奏される。

そして、吉崎、辻本、牧野のトリオでピアソラの「リベルタンゴ」が演奏される。20世紀の終わりにヨーヨー・マが出演したウイスキーのCMで一気に有名になった曲である。当時はピアノ編曲版の楽譜も出版されて、私もよく弾いた。ピアソラブームは去ってしまったが、「リベルタンゴ」だけは今でも様々なコンサートで聴く機会がある。

女性二人が去った後で吉崎は、「女性で、綺麗でヴァイオリンも上手いってずるいですね。ただ、同じ人種だとは思ってます。二足歩行だし」とギャグをいう。

吉崎は、「カントリーロード」を歌ってからトークを行う。バンジョーを弾いていると、「なんでバンジョーなんですか?」と必ず聞かれるそうである。吉崎が若い頃はフォークブームで、吉崎も中学生の頃にギターの弾き語りで「神田川」などを歌っていたのだが、ある日、高石ともや&ザ・ナターシャ・セブンのコンサートを聴いて、その陽気さに呆気にとられたそうである。それまで「あなたはもう忘れたかしら」の世界だったのに、「陽気に行こうぜー」と歌われて、興味が沸き、特に丸い形をした楽器に惹かれて、「あれ何?」「バンジョーだよ」ということでバンジョーを弾きたくなったそうである。しかし、親にギターを買って貰ったばかりなのでバンジョーを買うお金がない。ということで、ギターの弦をバンジョー用に張り替え、5つある弦の内の一番上にあるものは短いのだが、フレットに釘を打って、「バンジョーもどき」を完成させ、それで演奏していたそうである。そして高校入学のお祝いにバンジョーを買って貰い、晴れて本格的にバンジョーデビューとなったそうである。最初の頃はギターとバンジョーの両方を弾いていたのだが、「これから本格的に音楽活動をしていくのでどちらかに絞ろう」と思い、「競争率の低い方を選んだ」そうである。しかし後に気づくのだが、「バンジョーは競争率も低かったが需要も低かった」。ただ、バンジョー奏者として活躍をしているのは関西では吉崎一人だけということもあって独占状態であり、色々なところから声が掛かるという。

NHKの「生活笑百科」でバンジョーを演奏しているのも吉崎だそうで、今日はフルバージョン(といっても短いものだが)を演奏する。

その後、THE BOOMの「島唄」の弾き語り、アニメソング「ゲゲゲの鬼太郎」、ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲より“スイス軍の行進曲”などを演奏する。いずれもABCラジオでレギュラーを持っていた時代にリスナーからリクエストされてやってみたことのある曲だそうだが、中には変わったリスナーの方もいて、「左手で押さえて音を出すんですよね。押さえないと演奏出来ませんか?」という葉書(かメールかはわからないが)が届き、そこでフレットを使わずに演奏出来ないかということで……、ここから先は残念ながら企業秘密なんですね。


中島住職の法話。東日本大震災で真宗大谷派の寺院も被害が出たため、中島住職も東北を訪れることが多いのだそうだが、復興住宅の建設が当初は中々進まなかった。被災者はプレハブの仮設住宅暮らし。以前のご近所さんと一緒ではあったが、隣の家の音が丸聞こえという粗悪な環境であったという。だが、復興住宅が次々に建てられ、状況が好転するかと思いきや、復興住宅への入居は抽選式で、お隣さんが誰なのかわからない状態になり、しかも新しいご近所さんはお年寄りばかり。復興住宅街には集会所もないということで、「心が寒くなりました」と言われたそうである。


第二部は、まず辻本恵理香と吉崎ひろしのデュオで「チャールダーシュ」。辻本の腕の冴え、吉崎のリズム感、いずれも見事であった。

ちなみに吉崎のバンジョーは1933年製であるが、辻本のヴァイオリンは更に古く1820年製である。「なんぼ?」という関西らしい質問があったので、吉崎はバンジョーの値段を「高級な軽自動車が買えるぐらい」と答えた後で、「別荘を売ってヴァイオリンを買うという話がありましたが、今は別荘を2つ3つ売っても良い楽器は手に入らないと語る」。

第二部は吉崎のオリジナル曲が多い。吉崎がランナーであるためか、詞の言葉も走る人の発想で選ばれている。というより自然に浮かぶ言葉がランナーのイディオムになるのだろう。

ラストではヴァイオリンの辻本恵理香、牧野貴佐栄も加わり、大ラストでは住職の中島宏彰もギターで参加して大盛り上がりの内にコンサートは終わった。

なお、お年寄りの方は手拍子が基本的に表打ちであるため(洋楽やJPOPは裏打ちである)、結果として拍手が4つ分鳴っているという状態になっていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月25日 (木)

楽興の時(10) 「Kyo×Kyo Today Vol.6」

2016年2月17日 京都芸術センター講堂にて

午後7時から、京都芸術センター講堂で、「Kyo×Kyo Today vol.6」を聴く。京都市交響楽団(略称は京響)の楽団員による室内楽の公演。「京響・今日」が掛詞(要するに駄洒落だが)になった公演タイトルである

今回は、金管五重奏による演奏会。出演は、稲垣路子(トランペット、フリューゲルホルン)、西馬健史(にしうま・たけし。トランペット、ピッコロ・トランペット)、垣本昌芳(ホルン)、岡本哲(おかもと・てつ。トロンボーン)、武貞茂夫(たけさだ・しげお。テューバ)。
岡本哲がメンバー代表であり、MCも務める。
配置は、コンサートマスターの位置から時計回りに、西馬、垣本、武貞、岡本、稲垣となる。


曲目は、シャイトの「戦いの組曲」より“戦いのガリヤード”、パーセルの「トランペット・ヴォランタリー」、酒井格(さかい・いたる)の「コン・マリンコニーア」、サン=サーンスの「ロマンス」、フィルモアの「シャウティン・ライザ・トロンボーン」、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」より“象”、スザートの「ルネッサンス舞曲集」より“4つのブラジル”、“ロンド(わが友”、“バス・ダンス(羊飼い)”、15分の休憩を挟んで、ギリスの「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」、「ずいずいずっころばし」(菊池雅春編曲)、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」


まず、シャイトの「戦いの組曲」より“戦いのガリヤード”が演奏された後で、岡本がマイクを手にしてトークを行う。前半のプログラムは1曲ごとに主役が変わるという趣向。パーセルの「トランペット・ヴォランタリー」では西馬健史のピッコロ・トランペットが、酒井格の「コン・マリンコニーア」では稲垣路子のフリューゲルホルンが、サン=サーンスの「ロマンス」では垣本昌芳のホルンが、フィルモアの「シャウティン・ライザ・トロンボーン」では曲名通り岡本哲のトロンボーンが、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」より“象”では武貞のチューバが主役となる。前半最後のスザートの「ルネッサンス舞曲」よりは全員が主役のアンサンブルとなる。
主役を担う楽器とプレーヤーを岡本が紹介していく。
トランペットとピッコロ・トランペットを吹く西馬健史は現在30歳で今日のメンバーの中では一番若い。25歳で京響に入団しているが、25歳でプロオーケストラのトランペッターになるのはかなり若い方だという。
ちなみに新婚だそうだが、岡本によると奥さんはかなりの別嬪さんだそうで、「彼よりも奥さんの方が私は好きです」(岡本)だそうである。
岡本によるとトランペッターは顔を真っ赤にして吹くため、「それが良くないのか髪が抜ける。はげる人が多い」そうである。

稲垣路子は京響ブラス群の紅一点であるが、日本のプロオーケストラを見ても女性トランペッターはほとんどいないそうで、岡本によると「女性のホルニストなどはかなり増えてきていますが、トランペッターは彼女(稲垣)だけではないでしょうか。あと、テューバも海外のオーケストラでは女性が結構いますが、日本はいないと思います」ということだった。
なお、稲垣はメンバーの中で唯一、関西人ではない(名古屋生まれで愛知県立芸術大学卒)が、他のメンバーも関西人ではあるが京都出身者はゼロ。京都の音大(共学は京都市立芸術大学しかないが)や音楽高校出身者もいない(馬西は神戸出身で大阪音楽大学短期大学部卒。垣本は尼崎出身で大阪教育大学芸術専攻音楽コース卒。岡本は兵庫県川西市出身で相愛大学音楽学卒。武貞は神戸出身で大阪音楽大学卒)。

垣本昌芳は、岡本によると「演奏前のルーティンが不思議」だそうで、左足を曲げて斜めにかがむようになりながら吹くのだが、「あれでどうしていい音が出るようになるのかわからない」そうである。あた岡本によると「ホルンもはげる人が多い」そうで、「彼(垣本)も時間の問題」だそうである(垣本は「まだ」、と書いていいのかどうかはわからないが、はげてはいない)。

岡本哲は「自分で自分を紹介しようがない」と言うが、隣にいた武貞が代わりに岡本を紹介してくれる。武貞によると岡本は料理上手だそうで、奥さんが忙しい時などには代わりに料理を作ることもよくあるそうだ。岡本は「他人には『はげる』などとろくなことは言っていないのに褒めて頂いて嬉しい」と喜ぶ。
ちなみに岡本が後で語ったところによると、「料理をよくするのは単純に食費を浮かすため」で、「学生時代、彼女とデートをする前などにはお金がないので、20個ぐらい弁当を作って、1個500円で後輩などに売っていた」そうである。

武貞は、岡本によると「褒めて頂いたので、こちらも褒めないと。彼はご覧の通りガッチリとした体格をしておりますが、『気は優しくて力持ち』という言葉はその通りだなと納得させられる人」と述べた。
また武貞はいわゆる「鉄ちゃん」であり、精巧な電車模型を作るのが得意だという。
演奏であるが、プロオーケストラの主要メンバーとはいえ、常日頃から金管のみのアンサンブルを行っているわけではないので、「まあ、こんなものだろう」という予想通りの出来である。決して悪くはないが、手作り感覚の演奏で、圧倒させられるということはない。

なお、「コン・マリンコニーア」の作曲者であり酒井格が客席に来ており、主役であるフリューゲルホルンを吹いた稲垣路子がそれに気がついて岡本に告げ、岡本が酒井を紹介した。岡本は稲垣に「よく気づいたね」と言っていたが、酒井が座っていたのは、稲垣のほぼ正面であったため気づくべくして気づいたのであろう。
「コン・マリンコニーア」は、酒井が中京圏でトランペット奏者として活躍する近藤万里子の誕生日にプレゼントした曲で、近藤の得意とするフリューゲルホルンをフィーチャーした作品である。ジャズの影響が窺える作品で、タイトルは「メランコリー」をイタリア語にしたものであるが、同時に近藤万里子のあだ名である「こんまり」に掛けられてもいる。


後半の1曲目、ギリスの「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」は、黒人霊歌に基づくディキシーランド・ジャズのナンバー。スウィング感は余りないが、技術は達者である。


「ずいずいずっころばし」。菊池雅春による編曲が面白い。主旋律が様々な楽器に移動してフーガのようになる部分もある。


レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」。岡本がバーンスタインの交響曲の数を「4曲」と言ったり(実際は3曲である)、バーンスタインのミュージカルについて、「他には『キャンディード』ぐらいでしょうか」(「オン・ザ・タウン(映画化された時のタイトルは「踊る大紐育」)」などもある)といった風に知識面での物足りなさがあったが(音楽家は意外に音楽について知らないのである)、チャイコフスキーやベートーヴェンの交響曲についてデフォルメされた演奏に説得感があるということを語っていた。
岡本は、「演奏が終わりましたらば、出来れば盛大な拍手をお願いいたします。そうすると更に1曲加わるというシステムになっております。もう1曲練習してきましたので、演奏させて下さい」とユーモアを交えたトークを行った。
オーケストラでも「シンフォニック・ダンス」がよく演奏されるということもあり、堂に入った演奏が展開された(なお、稲垣路子はこの曲ではトランペットとフリューゲルホルンを併用)。


アンコールは、ウーバーの「ある日の草競馬」。トランペットによる競馬のファンファーレに始まり、フォスターの「草競馬」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「こうもり」よりワルツ、アメリカ民謡「おうまはみんな」などの旋律を取り入れた賑やかな曲である。西馬のトランペットが馬のいななきを模すなど楽しい作品と演奏であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月16日 (火)

楽興の時(9) 「Rabbit LIVE」2016年1月

2016年1月15日 京都七条新町の富士ラビットカフェにて

七条通新町南西隅にある富士ラビットビル(1926年竣工。国登録有形文化財)の2階にある富士ラビットカフェで行われるRabbit LIVEを聴きに出掛ける。

Rabbit LIVEは午後8時30分開演。上演時間約1時間のミニコンサートである。

今日のRabbit LIVEの出演者は、永野伶実(ながの・れみ。フルート)と永野歌織(ソプラノ)の永野姉妹。姉妹は昨年、京都芸術センター講堂で行われた「音楽百鬼夜行絵巻」に出演していたが、その時は曲目が全て現代音楽であったため、古典も聴いてみたくなったのだ。
伴奏の小型チェンバロを奏でるのは澤朱里(さわ・あかり)。彼女がRabbit LIVEの主催者であるようだ。

曲目は、まずヘンデルの「9つのドイツ歌曲」からを3人で演奏した後、永野歌織の独唱と澤朱里のチェンバロで、モーツァルトの歌劇「魔笛」より夜の女王のアリア“復讐の心は炎と燃え”が歌われる。永野歌織によると「チェンバロの伴奏ではまず歌われることがないので敢えて」夜の女王のアリアを選んだそうだ。永野歌織はソプラノにしては声が低めだが(そもそも日本人女性は体格などの問題もあり、純粋なソプラノの歌手は少ない)コロラトゥーラと呼ばれる高音の技術などは優れたものがある。

続いて、永野伶実のフルート(今日は全曲、フルート・トラヴェルソというバロック時代のフルートを用いている)独奏によるテレマンの「ファンタジー」、そして永野伶実と澤朱里の演奏で、同じくテレマンのソロ・ソナタより「フルートと通奏低音」が演奏される。

5分間の休憩を挟んで、まず澤朱里が短めの自作を弾いた後で、フィッシャーという作曲家の「シャコンヌ」と自由な変奏、J・S・バッハの「平均律クラヴィーア曲集」よりプレリュードBWV846、同じくバッハの「ゴルトベルク変奏曲」より“アリア”を演奏する。

今度は3人で、J・S・バッハの「マタイ受難曲」より“流れよ、いとしき御心の血よ”を歌い、演奏する。
最後は再び、ヘンデルの「9つのドイツ歌曲集」より第4曲が歌われた。

アンコールが1曲、ヘンデルの歌劇「リナルド」より“私を泣かせてください”。フルートとチェンバロの伴奏で出来るよう特別に編曲された版での演奏である。

バリバリの技巧が繰り広げられたわけではないが、アットホームで良いコンサートであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月23日 (土)

楽興の時(8) 第4回「藤といやさかの会」

2015年11月16日 京都市・東洞院六角下ルのウィングス京都にて

午後1時30分から、六角堂の近くにあるウィングス京都のイベントホールで、第4回「藤といやさかの会」の公演に接する。日本舞踊の藤流と新内の弥栄派のコラボレーション。新内弥栄派の家元である新内枝幸太夫師匠は、私の母と同い年であるが、年の離れた友人である。

ウィングス京都は旧京都商工銀行の外壁だけを保存して使用しており(ファサード建築)、建築学的にも美しい建物である。

 

ウィングス京都イベントホールで行われる第4回「藤といやさかの会」であるが、無料公演である。その代わり、今日が初舞台という人がいてハラハラさせられたり、照明以外は身内がスタッフをしているので、上手くいかなかったり、そもそも頭数が足りていなかったりする。

舞の藤流家元の藤三智栄と、新内弥栄派の新内枝幸太夫の二人による共同主催である。

第1部では、新内枝幸太夫が歌を唄い、藤流の人達が舞を披露する。先代の家元、家元の舞が続き、優れた舞であることは一目瞭然である。動きにメリハリがあり、淀みなく体が動く。静止する時の姿も美しい。第3部では師範の称号と藤派の芸名を得ている人も登場するが、差は歴然。師範ではあっても座った状態から立ち上がる時に脚が震えていたり、一つ一つの仕草に意志や意図が感じられず、「そういう振付なので舞っています」という印象を受けてしまう。

枝幸太夫師匠は、一昨日は京都龍馬会の坂本龍馬慰霊提灯行列に参加して急な龍馬坂を上り(高台寺公園までは先頭付近にいたはずなのに、龍馬坂を上り切るころには最後列にいた。私が最後列担当で、誘導を行っていたのだが、いつの間にか最後列よりも遅れてしまっていた)、昨日は高台院のライトアップを見に行ったそうで、その前は長崎にいて弟子達に稽古を付けていてお疲れであり、高音の伸びは普段に比べるともう一つであった。

舞には高知市から、美穂川流家元の美穂川圭輔も参加して、新内枝幸太夫師匠の「龍馬ありて」の歌に乗せて達者な舞を披露した。

「寿若衆おどり」は枝幸太夫が歌ではなく、舞も披露する。

ちなみに、音源操作は、今日が初舞台となる松浦大輝(日本舞踊藤和流家元である藤和弘扇先生の甥っ子。弘扇先生と私は知り合いである)が担当したのだが、新内枝幸太夫の「新内仁義」のカラオケ用音源を流すはずが歌入りのものを流してしまい、枝幸太夫師匠が、「これじゃ口パクせなあかん」と苦笑いして、下手袖に向かって「大輝君、しっかりして」と呼びかける。その後、何故か拍子木が鳴り、枝幸太夫師匠は、「なんで拍子木鳴んねん」とまたも苦笑する。その後、やっとカラオケ用の音源が流れた。

藤流家元の藤三智栄は、第1部のトリである「蘭蝶~お宮くぜつ」で立ち方を務め、優雅な舞を舞う。弾き語りは新内枝幸太夫、上調子は新内幸翠が務めた。

新内枝幸太夫の影アナが入っての小休憩の後で第2部に入る。第2部では、松浦大輝と新内幸之介の二人が、舞台で初の主役を務める。

初舞台の松浦大輝は「福助」を謡うが、正直、調子外れのところが多く、まだまだ稽古が必要だと感じた。

初の主役となる新内幸之介は、まだ「新内」の名前を貰えず本名で活動していた頃から知っている人だが、枝幸太夫が書き下ろした「お酒とお餅(肥後座頭琵琶の語りで聴いたことのある「餅酒合戦」を題材にしたもの)」の三味線弾き語りをするが、三味線も歌の調子も合わずかなりの苦戦。ちなみにもう幕が降りる部分まで来ているはずが一向に幕が降りないので枝幸太夫が下手袖を何度も見て促し、ようやく緞帳が下りた。

その後、枝幸太夫の前弾き(舞台ではなく、客席の方に出てきて歌う)を経て、第2部のラストである新内流しとなるのだが、上調子の新内幸翠はちゃんと弾けているものの、松浦大輝と新内幸之介は苦戦。特に新内幸之介は、枝幸太夫師匠に三味線で駄目だしされながらの演奏であり、演奏に詰まると、すぐ師匠の方に目をやって客席から笑いも起こる。これでは公演というよりも公開稽古である。

5分休憩を挟んで第3部。今回は藤流の舞が主役となるが、前に書いた通り、師範の称号を得ている人でも出来は今一つ。舞の難しさや厳しさが伝わってくる。ちなみに昨年の「藤といやさかの会」では舞の出来が散々だったそうで、今年はリベンジに挑んだのだが、家元の藤三智栄は納得がいかなかったそうである。

なお、現在小学1年生の矢野友椛(やの・ゆか)ちゃんが初舞台を踏む。枝幸太夫の歌、友椛ちゃんの祖母である新井美代子の三味線による「祇園小唄」より春と夏である。
まだ、動きの意味もわかっていないはずだが、可愛らしい踊りに客席も明るい笑い声に包まれる。

友椛ちゃんの祖母である新井美代子も枝幸太夫の歌で舞うが、なかなかの出来であった。

更に、神奈川県在住という藤流の弟子の砂川常子という年配の女性も上洛して登場。舞踊であるが、筋が良いのだろう。藤流の師範を得ている人よりも達者だったりする。

全ての演目が終了した後、出演者全員が登場し、枝幸太夫師匠の持ち歌である「電蓄の鳴っていた頃」(日本コロムビアよりCD発売中)に乗せて、舞台上にいる人全員、そして藤三智栄が簡単な振付を示して、客席の人も舞う。枝幸太夫師匠であるが、お疲れのため、「電蓄の鳴っていた頃」の2番の歌詞を忘れるというハプニングもあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

2346月日 | DVD | YouTube | …のようなもの | おすすめCD(TVサントラ) | おすすめサイト | おすすめCD(クラシック) | おすすめCD(ジャズ) | おすすめCD(ポピュラー) | おすすめCD(映画音楽) | お笑い | アニメ・コミック | アメリカ | アメリカ映画 | イギリス | イギリス映画 | イタリア | ウェブログ・ココログ関連 | オペラ | カナダ | グルメ・クッキング | ゲーム | コンサートの記 | コンテンポラリーダンス | コンビニグルメ | サッカー | シェイクスピア | シベリウス | ショートフィルム | ジャズ | スペイン | スポーツ | ソビエト映画 | テレビドラマ | トークイベント | ドイツ | ドキュメンタリー映画 | ニュース | ノート | ハイテクノロジー | バレエ | パソコン・インターネット | パフォーマンス | パーヴォ・ヤルヴィ | ピアノ | ファッション・アクセサリ | フィンランド | フランス | フランス映画 | ベルギー | ベートーヴェン | ミュージカル | ミュージカル映画 | ヨーロッパ映画 | ラーメン | ロシア | 中国 | 中国映画 | 交通 | 京都 | 京都市交響楽団 | 伝説 | 余談 | | 動画 | 千葉 | 占い | 台湾映画 | 史の流れに | 哲学 | | 大河ドラマ | 大阪 | 大阪フィルハーモニー交響楽団 | 学問・資格 | 室内楽 | 小物・マスコット・インテリア | 広上淳一 | 心と体 | 意識について | 携帯・デジカメ | 政治・社会 | 教育 | 散文 | 文化・芸術 | 文学 | 文楽 | 旅行・地域 | 日本映画 | 日記・コラム・つぶやき | 映画 | 映画音楽 | 映画館 | 書店 | 書籍・雑誌 | 書籍紹介 | 朗読劇 | 来日団体 | 東京 | 楽興の時 | 歌舞伎 | 正月 | 歴史 | 海の写真集 | 演劇 | 無明の日々 | 猫町通り通信・鴨東記号 | 祭り | | 笑いの林 | 第九 | 経済・政治・国際 | 絵画 | 美容・コスメ | 美術回廊 | 習慣 | 能・狂言 | 花・植物 | 芸能・アイドル | 落語 | 街の想い出 | 言葉 | 趣味 | 追悼 | 邦楽 | 野球 | 関西 | 雑学 | 雑感 | 韓国 | 韓国映画 | 音楽 | 音楽劇 | 食品 | 飲料 | 香港映画