カテゴリー「能・狂言」の18件の記事

2017年5月11日 (木)

観劇感想精選(211) フェスティバルシティ・オープン記念「祝祭大狂言会」2017

2017年4月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、フェスティバルシティ・オープン記念「祝祭大狂言会」2017を観る(「だいきょうげんかい」と打ったら、「大凶限界」と変換された。晴れの舞台だというのに変なIMEだ)。先日、フェスティバルタワー・ウエストが竣工したことを記念しての公演である。
「千鳥」、「奈須与一語(なすのよいちのかたり)」、「唐人相撲(とうじんずもう)」の三つの狂言の演目が上演される。

狂言上演前に、野村萬斎による解説がある。野村萬斎は自他共に認める雨男だが、今日の大阪は晴れである。
今日の舞台は一風変わっていて、左右両方に橋掛かりがある。野村萬斎は上手の橋掛かりから登場。野村萬斎はまず左右の橋掛かりのことを語る。

最初の演目である「千鳥」は狂言大蔵流の茂山千五郎家によって上演される。野村萬斎は、「『千鳥』は(野村萬斎のいる)和泉流にも大蔵流にもあるのですが、悔しいことに大蔵流の方が面白いんですね。くそー!」と悔しがる振りをして、「金がないのに酒を買ってこいと命令する。今で言うパワハラ」と解説を行う。
続いては、野村萬斎は一人で演じる「奈須与一語」の解説。萬斎は、「那須与一の人を教科書で習ったという人」、「知っている人」と聞く。そして、「源義経のことを判官と呼びます。プロレスラーじゃないですよ。この話がわかった人はある程度年の行った方だと思いますが」と続けて、屋島の戦いでの那須与一の活躍を説明する。八幡大菩薩が源氏の氏神であるということと、那須与一が那須出身だということで、那須の神様である湯泉大明神が信仰の対象であることを語る。一人で数人を演じ分けるのだが、「早替えをいたします。実基という少し年上の武将になります。脱いだりはしませんよ。仕草だけで変わったということにするのが狂言です。『そこにいるのは誰か?』『実基』が狂言。『そこにいるのは誰か?』『野村萬斎だ』では狂言にはなりません」
「唐人相撲」。大人数が登場する珍しい演目であるが、野村萬斎が上演した「唐人相撲」は以前、びわ湖ホール中ホールで観たことがある。「唐音という偽物の中国語を語るのですが、流派によっては本物の中国語を使う場合がある。なんの意味があるんでしょうか?(一応補足すると、大半の日本人は中国語を解さないため、語られているのが本物の中国語なのか偽物の中国語なのか判別出来ないので本物の中国語を使っても意味がない)」「京劇を意識した本格的なアクロバットを行う上演もあるそうです。だったら京劇を観た方が良い」とユーモアを込めて語る。
ちなみにまだ解説の時間なのに客席ですでに居眠りをしていた人がいたようで、野村萬斎にネタにされていた。


「千鳥」。先に書いたとおり、京都を拠点とする茂山千五郎家(狂言大蔵流)による上演である。出演:茂山千五郎(太郎冠者)、茂山茂(主人)、茂山千作(酒屋の亭主)。

太郎冠者が主人から酒屋に行って酒を買ってくるよう命令される。しかし、主人は酒屋につけを沢山貯めている上に太郎冠者に金を渡してくれない。それでも酒屋にやって来た太郎冠者はなんとか酒をせしめようとする。
「千鳥」というのは、尾張国にある津島神社の津島祭で行われる千鳥流しのことである。太郎冠者は酒樽を千鳥や山車に見立てて、かっさらおうとするのだが、酒屋の亭主に見つかってしまう。そこで、流鏑馬をすると言って……。

以前にも一度観たことがある「千鳥」。太郎冠者と酒屋の亭主の駆け引きが見物である。


野村萬斎独演による「奈須与一語」。一人語りであり、狂言でありながら笑いの要素はない。
上手側の橋掛かりから登場した野村萬斎は、地語り、源九郎判官義経、後藤兵衛実基、奈須与一(那須与一)を演じ分けるほか、平家方で扇を掲げる若い女も仕草で表現する。
フェスティバルホールは多目的ホールであるがクラシック音楽用の音響設計がなされているため、セリフを発するとビリビリと響いてしまうところがあるのだが(ミュージカル「レ・ミゼラブル」が上演される予定があるが、今のところストレートプレーの上演がほとんどなされていないのはおそらくそれが理由だと思われる)、野村萬斎は声が相当奥深いところから発せられるため、発音も明瞭で声に張りがある。
奈須与一が弓を構えて馬で駆ける場面を野村萬斎は立て膝で演じるのだが、本当に馬に乗っているかのように見える。野村萬斎はやはり凄い。
なお、「奈須与一語」はセリフが古文調でわかりにくいため、無料パンフレットには全てのセリフが載っている。


休憩を挟んで後半。まず、守家由訓(もりや・よしのり。大鼓)、中田弘美(大鼓)、成田達志(小鼓)、一噌隆之(いっそう・たかゆき。笛)による能楽囃子がある。

そして最後の演目である「唐人相撲」。出演は、野村萬斎、石田幸雄、野村万作ほか。総勢40人ほどによる大規模演目である。「唐人相撲」では二つある橋掛かりが効果的に用いられる。
ちなみに背後にあった松の木を描いた書き割りは上演中に上にはけ、玉座が現れる。その背後のスクリーンには入退場時の唐人達の影絵が投影される。
唐に滞在していた日本人相撲取り(野村萬斎)が、皇帝(野村万作)に帰国したい旨を告げる。そこで、皇帝は日本人相撲取りに最後の相撲を取るというに命じ、通辞(通訳。演じるのは石田幸雄)の行事により、日本人相撲取りと唐人達の対決が始まる。
唐人役の狂言方は、二人ずつ肩車をして日本人力士に挑んだり、組体操の人間ピラミッドを作ったりする。
出鱈目中国語が使われているのだが、「ワンスイ!(万歳!)」や、「イー、アー、サン、スー」などの基礎的な中国語は案外そのまま使われていたりする。古代から明治時代頃までの日本人の知識階級には実際に漢語が出来た人も多かったので(彼らは漢詩を詠んでいた。今でこそ日本における漢詩文化は廃れてしまっているが、長い間、漢詩は和歌や俳句などよりも上位に置かれた)、部分部分では漢語そのままの発音が用いられているのであろう。
野村萬斎はアクロバットには否定的であったが、とんぼを切ったりという初歩的なアクロバットは用いられている。全く用いないと、唐人役の人々の見せ場が皆無になってしまうので。
野村萬斎演じる日本人相撲取りは気合いや息だけで相手を飛ばしたりするという念力も用いる。リアリズムの芝居ではなく狂言なので何でもありということである。
子役も数名登場し、見せ場を作っていた。

華やかな狂言公演であった。

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2017年5月 6日 (土)

「京都文化力プロジェクト推進フォーラム」@ロームシアター京都サウスホール

2017年4月26日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後1時から、ロームシアター京都サウスホールで、「京都文化力プロジェクト推進フォーラム」を観る。ネットで申し込んで、葉書が届いた人が参加出来るというシステムになっている。
 
まず、茂山千五郎家による狂言「千鳥」が上演される。先日、フェスティバルホールでも茂山千五郎家によって上演されたばかりの演目であるが、演者が異なる。出演は、茂山千三郎、茂山逸平、鈴木実。背景なしでの上演である。
主人(鈴木実)が、金がないのに「お前、酒屋の主と顔見知りだからなんとかしろ」と太郎冠者(茂山千三郎)を酒屋に使いに出す。酒屋の主(茂山逸平)相手になんとか酒樽をものにしようと、酒樽を千鳥に見立てたり山鉾に見立てたりとあらゆる手を使い……。

終演後、茂山千三郎が司会のイワサキマキ(漢字は不明)に呼ばれて登場。イワサキの「なぜ『千鳥』を選ばれたんですか?」という問いに「なんででしょうね?」と答えるが、「この作品は京都が舞台で、京都から見た地方(尾張国津島神社)の姿が描かれているから」というようなことを語っていた。


続いて、主催者あいさつ。山田啓二京都府知事、門川大作京都市長、立石義雄京都商工会議所会頭の3人が挨拶を行った。


リレー対談「京都の文化力」。京都大学総長である山極壽一(やまぎわ・じゅいち)が進行役を担当して、大蔵流狂言師の茂山千三郎、料理研究家の杉本節子、京都国立博物館長である佐々木丞平の3人と、1対1でリレー形式で対談していく。

まず一人目の茂山千五郎と山極壽一の対談。山極壽一はゴリラ研究の専門家なのだが、狂言方の腰を落とした姿勢がゴリラを連想させると述べる。山極は、「西洋人は背筋を伸ばして胸を張ってという感じですが、日本人はお辞儀もこうやって(背をかがめて)しますし、なんかこう、縮まった感じ」と言う。茂山千三郎によると、西洋人相手に狂言のワークショップを行ったりもしているのだが、西洋人は足が長すぎて、日本人狂言方と同じような姿勢を取ることは「物理的に不可能」だそうである。実はチェコのプラハには白人のみによる狂言のプロ団体もあるそうだが、「腰が全体的に高い」そうである。茂山は、日本人は床に座り、部屋の中でも裸足になるということから、床の文化に着目しているという。
日本文化研究で知られるドナルド・キーンが1952年から2年ほど京都に滞在して狂言に入れ込み、「青い目の太郎冠者」と呼ばれたことなども話題として登場した。


二人目である杉本節子。四条室町にある重要文化財・杉本家住宅の出身である。町屋は軒が低いのだが、これは太陽の光が直接差さないようにということを山極が話して始まる。京都は夏暑く、冬寒いのだが、町屋は夏向けに特化した構造で、夏には涼しい風が家の中を抜けるようになっているそうである。京都の場合、夏は熱中症対策をしないと死に至るが、冬は寒くても凍死するほどではないということで、「冬は寒いけど我慢してくれ」ということなのだろう。北海道などの場合はこれとは真逆になる。
杉本家住宅の先代のご当主は、井上章一の『京都ぎらい』に登場するのだが、杉本節子の感覚だと、「京都」というと、「祇園祭で山鉾を出す山鉾町」というイメージだそうである。山極壽一は、「いろんな京都があっていい」と語った。


最後となる佐々木丞平。京都は人口約147万人であるが、首都のあった街としては人口が少ないという話から入る。ただ、これは悪いことではなくて丁度良いサイズだという風に話は進む。
自然も多くあり、山もあって車で30分も走ると山奥に着いてしまう。それでいて中心部は都会的である。そうした様々な要素が詰まっているのが京都というものなのだという。

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2017年3月10日 (金)

コンサートの記(279) ザ・カレッジ・オペラハウス 歌劇「鬼嫁恋首引」&「カーリュー・リヴァー」

2014年10月11日 ザ・カレッジオペラハウスにて

午後5時から、大阪府豊中市にあるザ・カレッジ・オペラハウスで、歌劇「鬼娘恋首引」と「カーリュー・リヴァー」を観る。

歌劇「鬼娘恋首引」は、鈴木英明の作曲により1980年に初演された比較的新しいオペラである。台本を書いたのは茂山千之丞であり、茂山は狂言「首引」を基にオペラのための本を書いている。上演時間約45分一幕物という短編である。

歌劇「カーリュー・リヴァー」はベンジャミン・ブリテン作曲のオペラ。能「隅田川」がベースとなっているということもあって日本でも知られている作品である。私がザ・カレッジ・オペラハウスまでやって来たのも「カーリュー・リヴァー」の実演を観たいという思いからだった。

ザ・カレッジ・オペラハウスは、大阪音楽大学のオペラハウスで、カレッジというのは大阪音楽大学の英語名が、Osaka College Of Musicであることに由来する。日本の大学の場合、単科大学であってもUniversityを名乗る場合が多いが、大阪音大は単科大学を意味するCollegeを使用している。

ザ・カレッジ・オペラハウスは専属のプロオーケストラ(ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団)と、専属のコーラスを持つ本格的な劇場であるが、キャパが狭いこと、オペラ公演数がそれほど多くないことに加え、京都造形芸術大学の京都芸術劇場もそうだが、日本では大学が持つ劇場はあくまで大学の施設として捉えられ、劇場として認められない傾向が強いため(京都芸術劇場の渡邊守章氏が語っていた)日本のオペラハウスにはカウントされていない。

ザ・カレッジ・オペラハウスは近年、ベンジャミン・ブリテンのオペラをたびたび取り上げており、2011年の歌劇「ねじの回転」(十束尚宏指揮、岩田達宗演出)では優れた出来を示していた。また、昨年の歌劇「ピーター・グライムズ」は私は高知に行っていたため観ることが出来なかったが高い評価を得ている。

大阪音楽大学とザ・カレッジ・オペラハウスがあるのは、豊中市の庄内という場所であるが、伊丹空港(大阪国際空港)が近いため、旅客機が低空飛行をしていて騒音も凄い。ただ流石というべきか、ザ・カレッジ・オペラハウスの中では旅客機の音は一切聞こえなかった。

 

歌劇「鬼娘恋首引」と歌劇「カーリュー・リヴァー」は、共に山下一史の指揮、井原広樹の演出で上演される。

「鬼娘恋首引」の出演は、川口りな(番茶姫役)、中川正崇(なかがわ・まさたか。伊呂波匂之助役)、田中勉(素天童子役)、木澤佐江子、福島紀子、柏原保典、木村孝夫(以上4人は地謠となる)

井原広樹の演出は、舞台の三方をスクリーンにし、そこに様々な映像を投影するのが特徴である。「鬼娘恋首引」では、狂言というよりも歌舞伎の手法を取り入れた演出法。少し型にはまった感じで、「折角、地謠が4人なのだから四天王にすればいいのに」と不満もあったが、映像の使い方は効果的。ラストでは、今(2014年)、京都国立博物館で公開が行われている「鳥獣戯画図」からの引用が用いられている。

ストーリーは、鬼の素天童子(すってんどうじ。田中勉)の支配する鬼面山に、京都一のモテ男である伊呂波匂之助(いろはにおうのすけ。中川正崇)が迷い込んだことに始まる。鬼は人を喰らうので、素天童子も伊呂波匂之助を喰おうとするが、娘の番茶姫(川口りな)がまだ人を食べたことがないのを思いだし、色男である伊呂波匂之助を食い初めとすれば目出度いということで、番茶姫を呼ぶ。ところが、番茶姫が伊呂波匂之助に惚れてしまい……、というものである。

伊呂波匂之助は、その名の通り、いろは歌に掛けた自己紹介のアリアを歌う。

伊呂波匂之助と番茶姫による腕相撲や、首引(首に縄を掛けて引っ張り合い、相手を寄り切ったり倒した方が勝ちとなる)の場面などはユーモラスだ。

怖ろしい鬼の素天童子が親バカというのもギャップで笑わせるところだと思われるのだが、田中勉演じる素天童子は隈取りをしているだけでさして怖ろしくは見えない。ここももう一工夫欲しかった。歌舞伎の手法を取り入れていたが、歌舞伎の場合、悪役はもっと身振り手振りのメリハリがくっきりしている。

歌手達はまずまずの歌唱を聴かせ、山下指揮のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団も上手かった。

鈴木英明の音楽は完全な調性音楽でわかりやすく、上演終了後に登場した鈴木は客席からの喝采を浴びた。

 

ブリテンの歌劇「カーリュー・リヴァー」。原作の能「隅田川」は、世阿弥(観世元清)の子である観世元雅の作である(その後、世阿弥と観世元雅の親子は足利将軍家から嫌われて流罪となり、世阿弥の血統は絶えてしまっている)。歌舞伎にもなっており、私も京都四條南座で坂田藤十郎と中村翫雀(現・中村鴈治郎)の親子共演による「隅田川」を観ている。
能「隅田川」はいかにも能らしく幽霊が出てくるが、歌舞伎版「隅田川」には幽霊は出てこない。ちなみに観世元雅は幽霊を登場させているが、父親である世阿弥は幽霊が出てくることに反対していたという。

ブリテンは、舞台をイギリスに置き換え、キリスト教の話として「隅田川」を脚色。狂女の役も男性歌手が担当する(これは狂言や歌舞伎に則っているともいえる)。

オーケストラの編成は室内楽規模であり、ヴィオラ(上野亮子)、フルート(江戸聖一郞)、パーカッション(安永早絵子)、オルガン(岡本佐紀子)、コントラバス(増田友男)、ホルン(伏見浩子)、ハープ(山根祐美)のみである。

井原広樹の演出は工夫を凝らしており、まず、歌手、演奏者、指揮者の山下一史を含めて全員が、客席後方から、客席通路を通って登場する。全員、黒いコートを纏い、歌手達はキリスト教のコラールを歌っていて、そのまま舞台に上がる。山下一史とザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団のメンバーはせり上がって客席とほぼ同じ高さにあるピットに入る。とても効果的な演出である。歌手達が通路を通ってくるのはそれほど珍しくないが、指揮者や演奏者まで歩いて来るのは余り例がない。ちなみに「カーリュー・リヴァー」はブリテンの指示によると指揮者なしでの上演が正式ではあるようだ。

シテである狂女を歌うのは西垣俊朗(にしがき・としろう)、ワキの渡し守には桝貴志、同じくワキの旅人に西村圭市、ストーリーテラーでもある修道院長には西尾岳史、少年の霊は榎並晴生(西宮少年合唱団)が演じ、少年の声は老田裕子が袖で歌う。その他の人物はザ・カレッジ・オペラハウス合唱団の団員である。一応、狂女役のアンダースタディとして角地正直が控えている。

井原は、「カーリュー・リヴァー」でも映像を多用しており、十字架がマストに変わったりする。

ザ・カレッジオペラハウス合唱団の団員はおどろおどろしい仕草をする。狂女よりも一般民衆の方が狂っているという解釈なのかも知れないが、これだと狂女の演技が生きないという結果になってしまう。

出だしでオルガンが奏でるのは笙を模した音だ。ブリテンは来日経験があり、NHK交響楽団を指揮したほか、ピーター・ピアーズの歌う歌曲のピアノ伴奏を務めたり(ピーター・ピアーズもベンジャミン・ブリテンも同性愛者であり、二人は恋人でもあった)、笙を買い求めたりもしている。そして、能「隅田川」を観て衝撃を受け、「カーリュー・リヴァー」の作曲を思いついたという。カーリューというのはダイシャクシギのことだという。在原業平がモデルである「伊勢物語」の主人公が隅田川まで来たときに、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥 我が思ふ人はありやなしやと」と詠んだ都鳥(別名:ゆりかもめ)がダイシャクシギに置き換えられている。

ただ筋書き自体は換骨奪胎がなされており、日本的な要素は余り残さず、イギリスの話として通るように仕上げている。

ただ、オペラとしての面白さはまた別として、能「隅田川」とオペラ「カーリュー・リヴァー」のどちらがより感銘深いかというと、断然、能「隅田川」である。やはり無常観ということに関しては日本人の方が優れた感受性を発揮しているように思う。「カーリュー・リヴァー」で描かれているのは、死生観であるが無常観までは達していない。両者は似ているが差は大きい。

ラストは、歌手、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の団員、山下一史らが黒いコートを纏い、客席通路を通って退場する。歌手達はコラールを歌う。やはり効果的な演出であった。

ブリテンの音楽は優れてはいるものの、彼のベストではないように思う。

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2017年2月 3日 (金)

観劇感想精選(197) 春秋座「能と狂言」2017 狂言「節分」&能「鵺」

2017年1月19日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時30分から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座「能と狂言」を観る。狂言「節分」と能「鵺」の上演。

演目上演の前に、企画・監修の渡邊守章と能楽研究家で京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長の天野文雄によるプレトークがある。

狂言「節分」であるが、替と書かれており、新演出で行われるという。鬼を演じる野村万作が、「年なので鬼の面を付けるのが苦しい」ということで鬼の面なしで演じるそうだ。鬼の面は他の能面よりも重いらしい。ただ狂言の場合は衣装を簡略化することは絶対にないそうだ。
節分は季節が冬から春に変わるとき。何かの変わり目には間が現れるという考え方が中国にあり、そのため春節(旧正月)には爆竹を鳴らして魔が入らないようにする。
節分の鬼も中国の考えに由来し、そのため、季節の変わり目には鬼が出るので、豆まきをして追い払う。
能「鵺」。狂言の「節分」では鬼が追い出され、能の「鵺」では源頼政に殺された鵺の怨霊が成仏するという話で、渡邊守章によると、ソフォクレス(ソポクレース)の「オイディプス王(オイディプース王」の背景には「共同体の穢れを担わされた者の追放」があり、「鬼や鵺にもそれに通じるものがあるのではないか」という。
日本でも穢れを払うために、人形(ひとがた・にんぎょう)を流したり、櫛を流したりする風習が昔からある。

世阿弥作の「鵺」であるが、例えば世阿弥による「忠度」では和歌に対する平忠度の執着があったりするが、同じく「実盛」では白髪を黒く染めた斎藤実盛の亡霊が、己の最期がきちんと知られていないために成仏出来なかったりするのだが、鵺は苦しみがあるのはわかるがそれが何なのかはわからないと天野文雄が語る。渡邊によると「実存」のようなものとなるらしいのだが、渡邊は、伝説上では能の創設者とされる秦河勝(秦氏の末裔を名乗る長宗我部氏の記述によると諱は広隆で、秦氏の氏寺である広隆寺は秦河勝の諱を寺院の名前にしているとされる)が現在の赤穂市内にある坂越(さこし)に流刑になり、祟り神となったことと関係があるのではないかと述べた。坂越には秦河勝を祀る大避(おおさけ)神社という社があるそうである。大避神社には船祭りなるものがあるようだ。
「鵺」には、「空舟(うつおぶね)」という船が出てくるのだが、天野は「字の如く空っぽの船」で、普通の船ではないそうである。
渡邊が、「鵺」の最後で和歌が詠まれるのだが、こうした能は珍しいという。
渡邊は以前、観世寿夫がジャン=ルイ・バローと行った「立合い―演劇行為の根拠」という公演を行ったときに「鵺」を取り上げ、鵺をタートル・ネックにズボンという姿で演じたことを覚えているという。

「節分」も「鵺」も、共同体から追い出された者の悲哀が描かれていることは見ていてわかる。


狂言「節分」。出演:野村万作(シテ。鬼)、野村萬斎(アド。女)。地謡:中村修一、高野和憲、内藤連。大鼓:亀井広忠。小鼓:大倉源次郎。笛:藤田六郎兵衛。後見:深田博治。

まず野村萬斎が現れる。女役ということで頭巾を被っている。「この辺りに住まい致すものでござる」と自己紹介した後で、夫が出雲大社に参拝に行っていて留守であることと、今日が節分であることを告げる。
鬼役の野村万作が登場。傘と簑を着けている。毎年、節分の季節になると、鬼は蓬莱から日本にやって来るそうだ。灯が見えたので、女の住む家へと近づく鬼。鬼は節分には門に柊を飾るということを忘れており、目に柊が入ってしまって、「痛や痛や」と言っている。女は「案内するものがいる」と言って、扉を開けるのだが、鬼が目の前にいるにも関わらず、「誰もいない」と言ってまた奥に引っ込んでしまう。鬼の傘と簑は己の姿を隠すという魔力を持っている。そこで傘と簑を取って(今日は後ろに同じ色の毛が伸びた赤の頭巾を被っている)、再び案内を請うのだが、鬼の姿を見た女は、「怖ろしや怖ろしや」とまた鬼に引っ込んでしまう。「何が怖ろしいのか」と聞く鬼だったが、女は「鬼が怖ろしくなくて他に怖ろしいものがありますか」と言う。鬼であるというだけで怖がられるらしい。
鬼は、女のことを「小野小町以来、最も美しい女だ」として、何とか取り入ろうとするのだが、女はすげない。鬼は自分が持つ「杖の先を舐めて欲しい」と懇願する。鬼にも変態願望はあるらしい。
女は、「蓬莱には沢山、宝物があると聞く」と思い出して、鬼に宝物を下さいと頼む。鬼は喜んで宝物を与え、女が自分のものになったと思い込むが女は豆を取り出し、「福は内、福は内」と客席の方向に豆を撒く振りをした後で、鬼に「鬼は外、鬼は外、鬼は外、鬼は外」と執拗に豆をぶつける仕草をして鬼を追い出してしまう。

この作品では鬼は特に悪いことをしていない。それどころか宝物を与えるという福の神のような存在であるにも関わらず、追い出されてしまうのだ。理由は「鬼」だからである。


能「鵺」。出演:観世銕之丞(後シテ=鵺、前シテ=舟人)、森常好(ワキ。旅僧)、石田幸雄(アイ。里人)。大鼓:亀井広忠。小鼓:大倉源次郎。太鼓:前川光範。笛:藤田六郎兵衛。後見:河村博重、青木道喜。地謡:観世淳夫、大江信行、分林道治、味方玄、上野朝義、柴田稔。
無料パンフレットに台本(上演詞章)が載っている。

舞台は、現在でいうところの兵庫県芦屋市。熊野三山に詣でた僧侶が今度は西国巡りをしようと思い立ち、信太、松原、難波を経て芦屋の里に着く。そこで宿を請うのだが、里人は、洲崎の御堂になら誰でも泊まれると答える。だが、御堂には化け物が出るそうだ。僧侶は、「法力で泊まろう」と言い、里人は「ひねくれたお方だ」と呆れる。

春秋座では、橋がかりではなく花道を用いて能の上演を行う。異形の人の面を付けた舟人が現れ、成仏出来ないことを嘆く。この舟人の正体が秦河勝なら、栄華の日々が忘れられないのだろうが、舟人の正体は秦河勝ではなくて鵺である。舟人は僧侶には「自分は海士だ」と語るが、世捨て人のようなものなので、法力を持って弔ってくださいと僧侶に頼む。
舟人は、自分は近衛天皇の御代に、源頼政(源三位頼政。三位頼政の名前でも有名である。源氏の出身でありながら、平治の乱では平家に味方し、従三位まで出世。その後、以仁王に宣旨を依頼して、源氏再興のために以仁王と共に挙兵するが敗れ、宇治平等院にて自刃)により、射殺された鵺であると告げる。近衛天皇の時代、帝が夜な夜なお苦しみになったのだが、高僧らに聞いても原因がわからず、祈祷を行っても苦しみは晴れない。丑の刻になると東三条の森から黒雲が立ちこめ、御所の上をその黒雲が覆った時に帝は震えるという。そこで、源氏平氏の武将達を集めて、その中で兵庫頭であった源頼政が選ばれた。家臣の猪の早太と共に黒雲が御所の上を覆うのを待ち、怪しいものが見えたので「南無八幡大菩薩」と唱えて弓で射た。怪しいものは落ち、猪の早太がそれを九度、刀で刺した。それは頭は猿、尾は蛇(くちなわ)、足と手は虎という鵺であった。
舟人と僧侶が会話を交わし、舟人は去る。

里人が再び現れたので僧侶は話す。化け物の正体は舟人で、それは鵺の怨霊だと。

僧侶が読経していると、鵺の亡霊が現れる(能面はより怖ろしげなものに変わっている)。鵺は、「帝が苦しむのは自分の力だと傲っていたが、頼政の矢に当たって命を落とすことになった。頼政はその功により、獅子王という剣を拝領した。獅子王は藤原頼長によって頼政に手渡されたのだが、その時、郭公が鳴いたので、頼長は「ほととぎす名をも雲居に上ぐるかな」と上の句を読み、頼政が「弓張月の射るにまかせて」と返したという。頼政はそのことで名声を上げたが、鵺である自分は淀川に流され、淀川の芦の名所である鵜殿と同じ芦の名所である芦屋の浦に流れ来て、あの世へと移ってしまったのですと嘆き、山の端の月のように後生を照らして欲しいと言って、消えていく。

源頼政、藤原頼長なども絶頂期を迎えた後に悲惨な末路を辿った人物である。鵺もまた、帝を悩ませたが射られて死んでいる。
秦河勝伝説とも連なるものもあるのだが、鵺が成仏出来ないのは鵺によると鵺だからであり、生まれながらにして悪であり、そのことが悩みのようである。そこが秦河勝や三位頼政、藤原道長とは違うところだ。劇中で語られることはないが、頼政や頼長はおそらく人間だからという理由で成仏出来ているのであろう。

なお、「鵺」には現行五流(観世、金春、宝生、金剛、喜多)にはない部分があり、人間の生への執着と、始皇帝の時代に蓬莱(ここでは日本のこと)を眺めて見たいと空舟に乗った人(徐福のこと)がいたことを思い出すも、今の自分は芦屋に隠れ住んでいるだけで、いつまでこの境遇に耐えなければならないのか、という舟人の嘆きが語られているという。秦河勝は、秦の始皇帝の末裔と称していたので、同じ秦でありながら、始皇帝との差を嘆く秦河勝は繋がっている。

ちなみに、作者である世阿弥も秦河勝の後裔を称しており、世阿弥自身の嘆きが込められていると見ることも出来る。そうした場合、祖である秦河勝が悲惨な末路を辿ったように、この世は苦に満ちているという思いをくみ取ることは可能であるように思う。
また、能楽はもともと猿楽といい、猿楽に携わるものは身分が低いとされていた。そこに世阿弥の悲哀があったのかも知れない。

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2016年12月28日 (水)

観劇感想精選(196) 野村萬斎構成・演出・主演「マクベス」2016西宮

2016年6月28日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、野村萬斎構成・演出・主演の「マクベス」を観る。

野村萬斎が「マクベス」の上演を行うのはこれで4回目。最初はリーディング公演に始まり、その後、地球に見立てた巨大なセットを組んだ公演を行うも、セットが大きすぎて地方公演も出来ない、ということで、木製の衝立に丸い穴を開けてそれを地球に見立てた「小さな地球」のよる公演を行っている。この公演は2014年に兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールでも行われ、私も観ている。

さて、4度目の「マクベス」。前回とは出演者も含めて少し違う。マクベスに野村萬斎、そしてマクベス夫人には新たに鈴木砂羽が起用された。役が固定されているのはマクベスとマクベス夫人だけで、3人の魔女、バンクォー、マクダフ、ダンカンなどは、寺山修司の天井桟敷やその後継の万有引力にいた高田恵篤(たかた・けいとく)、福士惠二、小林桂太という特異な出自を持つ3人に俳優が演じ分ける。
演奏は、田嶋謙一(尺八)、小山豊(津軽三味線)、田代誠(太鼓)。音楽監修:藤原道山。

有料パンフレットや、アフタートークで野村萬斎が述べていたが、「日本で魔女をやるっていると、カラーコンタクトはめいたり、特殊メイクしたり、化け物にしちゃう」ため、それを嫌った野村萬斎が、「特殊な演劇的肉体を持った俳優」をということで、アングラ時代の俳優を起用している。


舞台の上には、丸い穴の開いた衝立のようなものが一つ。舞台端には黒い背嚢のような土嚢のようなものびっしりと並んでいる。中にはゴミか何かが入っているようだ。

烏の鳴き声があちらこちらから聞こえる。

やがて嵐が到来し、溶暗。三人の魔女(といっても男だが)が現れ、「今度はいつまた会おうかな、三人で」というセリフが語られ、「綺麗は汚い、汚いは綺麗」という有名な言葉が三人によって語られ、三人は衝立の○付近への集まる。すると、その背後にある障子紙にも青色の○が浮かぶ。そしてその背後に人影、青色の○を切り裂いてマクベス(野村萬斎)が登場する。三人の魔女は床に布を敷き(のちに効果的に使われる)輪舞を行うが、そのうち一人(福士惠二)がいつの間にか衣装を変えてバンクォーになり、まずマクベスが、次いでバンクォーが魔女からの予言を受ける。
魔女の予言を半信半疑で聞いていたが、コーダの領主が謀反の罪で処刑され、予言通りマクベスがコーダの領主になったことから、マクベスの野望は膨らみ始める……。


「綺麗は汚い、汚いは綺麗」は矛盾しているのように感じられ、視点を変えれば納得は出来ると私は考えてきた。しかし、これは矛盾でも二項対立でもないのではないか。この言葉にシェイクスピアは勿論謎かけをしただろうが、エリザベス朝の人々は案外我々よりも易々とこの言葉を受け入れていたのかも知れない。「絶対的価値」というもの自体が世間に流布したのは案外最近ではないのだろうか。整然とした町並み、着飾ったお洒落な人々、そうしたことが普通に見られるのはシェイクスピアが他界してから200年ほど経ってからのことだ。それゆえ謎は謎であるが、難解というほどでもなかったのかも知れない。

「マクベス」を考える時に、「マクベスは魔女に唆されたのか、自分の意思で国を奪ったのか」というのは常に問題になる。マクベスは魔女の言葉に従ったようにも見えるし、それとは無関係に王座に昇ったようにも見える。だが、これは今ほど「個」が前面に押し出されていなかった時代の話だということを考えた方がいいだろう。今ほど個の意識が強くはなく、行動一つとっても神のご意志を仰いだ時代。マクベスもマクベス夫人(鈴木砂羽)も自分で行動しているようで実はどこか誰かの物語に流されていないだろうか。考えて王座を奪ったのではなく、王座が目の前に来たから反応してしまったそれだけではないのか。「マクベス」からはそうした「人間の弱さ」が見て取れる。そもそも魔女達の託宣にマクベスは自分の意思では抗えない。逆らうことも出来たはずなのに。そして国王ダンカンを殺害したマクベスは動揺して殺害した短剣を持ってきてしまい、マクベス夫人に短剣を王の寝室に戻すよう促されるも拒否するというチキンぶり。仕方なく短剣を王の寝室に戻し、剣先の血を衛兵の顔に塗りたくったマクベス夫人もその後まもなく強迫神経症に陥り、「アラビア中の香料をこの手に注いでも芳しい匂いは戻ってこない」と嘆き、挙げ句、自殺してしまう。

マクベスとマクベス夫人はいうなれば、世界史上、最も弱い独裁者であるともいえる。


野村萬斎は四季を意識した演出を用いる。まずは桜の花びらが散り(前から5列目で見ていたのだが、「花が舞っているな」とは思ったが桜かどうかはわからなかった)、蝉が鳴き、バーナムの森の葉は紅葉しており、ラストは紅葉に続いて雪が舞い、マクベスは雪(に見立てられた布)に覆われて絶命する。


秋山菜津子からマクベス夫人役を受け継いだ鈴木砂羽。テレビなど映像で見るより綺麗な人である。十全というほどではないが、演技力もあり、魅力的なマクベス夫人になっていた。野村萬斎は、「マクベス夫人というと魔女の一人のようにしてしまうことが多い」と嘆いていたが、マクベス夫人が魅力的であることは「極めて」と書いていいほど重要なことなのである。
ちなみに、野村萬斎は出世作の一つでもある朝の連続テレビ小説「あぐり」(野村萬斎はヒロインの吉行あぐりの旦那である前衛小説家・吉行エイスケを演じた)で共演したことがあるそうで、その時、「この人、面白いな」と思ったことから、かなりの歳月は経ったがマクベス夫人に抜擢したという。


野村萬斎は、「明日がある。なぜなら人間だから」という言葉をテキストに足したそうである。ラストのマクダフとの一戦の時にである。ある意味、マクベスは魔女達と出会って以降、その場その場の時流に乗って明日を考えずに生きてきてしまっている。あたかも人間性の喪失のように。しかし、「明日を考える」という行為は「個」が今よりも希薄だった時代にあっても、人間しかなさない行為であり(他の動物は明日という観念を持たない)、「人間性の再発見」であるともいえる。この言葉によってマクベスが魔物側に墜ちるのを防いでいるとも取れる。



アフタートークがある。まず野村萬斎は、「前回も観に来たという方」と客席に聞く。結構な人が手を挙げる。野村萬斎は「どうしてもう一度観ようと思ったんでしょうか」と言って笑いを取る。
四季の演出や(ちなみに紅葉の花吹雪、といって良いのかわからないが、模造紅葉は1枚5円して、「お金が掛かっているので持って帰らないで下さい」とのことだった)、音楽に津軽三味線を使ったことについて、「三味線を使うとどうしても歌舞伎の様式になってしまうのです。ただ、スコットランドに行った時の情景を思い出した時に、断崖に海があって、『津軽』という言葉が浮かびまして」ということで、舞台になったスコットランドに似合う津軽三味線を選び、音楽監修の藤原道三にイメージを伝えたという。ちなみに、日本の合戦ものというと、どうしても「平家物語」が念頭に浮かび、紅葉の赤が平氏、雪の白が源氏という視覚効果も狙ったそうである。

 

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2015年12月14日 (月)

観劇感想精選(170) 「敦 山月記・名人伝」再々演

2015年7月8日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「敦 山月記・名人伝」を観る。33歳で夭逝した天才作家、中島敦の小説の中から野村萬斎が言葉を選び、構成・演出・主演の舞台として上演するというもの。2005年に東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターにて初演が行われ、野村萬斎は朝日舞台芸術賞・舞台芸術賞と紀伊國屋演劇賞・個人賞を受賞。翌2006年に東京のみならず日本各地で再演が行われ、私も兵庫県立芸術文化センターのまだ阪急はネーミングライツを得ていなかった頃の中ホールで観劇し、強い感銘を受けている。伝統芸能と現代劇の両方で活躍する野村萬斎らではの天才っぷりが味わえる名舞台であった。今回は再々演となるが、再演から早いもので9年が経過している。9年前には中島敦より年下であった私も今は中島敦が手の届かなかった四十代である。

なお、「敦 山月記・名人伝」の初演時は収録が行われてDVDとして発売されており、私も持っているが、現在は廃盤中のようである。演劇のDVDほど売れないものはない。

今回は、注釈付きの台本を収めたパンフレットを1000円で発売するというサービス付き。公共の劇場である世田谷パブリックシアター(野村萬斎が芸術監督を務めている)の制作だからこそ値段を抑えられたのだと思う。

主演の野村萬斎、萬斎の父の野村万作を始め、出演者は全員、狂言方である。今日出演する役者の誰よりも男前だと思われる藤原道山の尺八と、太鼓の亀井広忠が鳴り物を務める。重要な役割を果たす映像プログラミングは真鍋大度と登木悠介が受け持つ。

舞台正面には中島敦の写真が映されている。その前の馬蹄形の細長い台(後半には回転する橋がかりとして活躍)の上には棺と中島敦の位牌が置かれている。

モーツァルトの「レクイエム」より“ラクリモーサ”が流れる中、野村萬斎の影アナ(録音されたもの)があり、中島敦の人生が手短に語られる。続いて藤原道山の尺八と亀井広忠の太鼓が鳴り、中島敦の扮装(七三分けに丸眼鏡)をした野村萬斎が馬蹄形の台の上に現れ、語りを行うのだが、その背後からやはり中島敦に扮した深田博治、高野和憲、月崎晴夫が現れ、それぞれの中島敦が他の中島敦に問いかけを行う。中島敦というとまず思い浮かぶのが「自意識」とういう言葉だが、自意識の葛藤を複数の俳優を使って表現しているのである。あたかも合わせ鏡の手法のように。

そして、話は「山月記」へと移っていく。地の文も語る語り物であり、演劇公演というより朗読公演の延長に近いが、今回は李徴も演じる野村萬斎が狂言方であることを生かした能舞などを行うため、「朗読」と聞いて思い浮かべるものよりはずっと派手でアクロバティックである。

「山月記」には中島敦を語る上でのキーワードである「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉が登場する。中島敦は東京帝国大学在学中に英才を讃えられた人物であるが、自身が志した小説家としては生前には評価されることはなかった。中島敦の名声が高まるのは彼の死後である。生前も『宝島』『ジキル博士とハイド氏』のスティーヴンソンを主人公にした南国情緒溢れる「光と風と夢」が芥川賞(今とは違ってそれほど権威ある賞ではなかったが)候補になるも受賞はならず。「中島敦」という名が世間に知れ渡ることにはならなかった。ただ芥川賞選考委員の川端康成は「光と風と夢」に対して、「なぜ受賞に値しないのかわからない」と高い評価を与えている。

秀才の李徴に中島敦は自身を投影させているのは間違いないが、李徴というのは秀才ながらセンシティブな人間であり、「お前には才能がない」と言われるのが怖くて、高名な詩人に師事したり、詩友と語り合ったりすることを避けてきた人物である。詩人になりたいと望みつつなれなかった李徴の詩は一編だけ作中に登場するが、自己憐憫に終始し、視野狭窄が感じられる。李徴は己の名を詩人として後世に残すことを第一に生きてきた。「虎は死して皮を残す」というが、そうした名声を求めつつ己を高めきれなかった李徴の業が虎への変身として表れている。

李徴が化けた虎を野村萬斎は白虎の扮装と能舞で表現。高くジャンプするなど迫力がある。

李徴は「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」の間で何も出来なくなってしまう人間であるが、何も出来なくなるという点においては、「名人伝」の紀昌(きしょう。演じるのは前半が野村萬斎、後半が野村万作)もまた、結局は「無為」へと帰してしまう人物である。飛衛(演じるのは石田幸雄)に師事したあの修練は何のためだったのか? 「名人伝」はコメディであるがある種のニヒリズムを宿している。ハムレット型の李徴に対して紀昌は行動力抜群のドン・キホーテ型だが、転石の転び付いた先が「無」なのである

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」のようなものは多くの人が抱えている問題であり(「尊大な自尊心」や「臆病な羞恥心」のみの人も中にはいるだろうが)、中島敦の名が死後に急速に高まった理由はそこにあると思う。絶対などあり得ないとわかっている世界で絶対を求めて人は傷ついていく。それでも求めざるを得ない。

「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すに余りに短い」。その「何事」とは何なのか、人間は各個がそれを、その答えを求めて、ある意味全員が史上初の哲学者として生きるべきであるのかも知れない。だが、それがある程度可能になった今でも多くの人間は「何事」をも為さないことを選ぶ、あるいは選ばざるを得なくなる。ただ、どんな形になろうと人は重層化した自我の中で生きていくことになる。それだけは間違いがないことのような気がする。

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2015年10月 4日 (日)

観劇感想精選(164) 「伝統芸能の今 2015」

2015年9月1日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後5時から、京都芸術劇場春秋座で「伝統芸能の今 2015」を観る。春秋座の芸術監督である市川猿之助主催の公演。ゴールドリボン+世界の子どもにワクチンをチャリティー企画であり、チケット料は出演者の懐には入らず、全て小児癌のワクチンを発展途上国に送る活動をしている団体に寄付される。また開演前に出演者がホワイエに出て、募金を呼びかけたりしている。

出演は、市川猿之助(歌舞伎、舞踊)、藤原道山(尺八)、上妻宏光(三味線)、亀井忠広(能楽師太鼓方)、田中傳次郎(歌舞伎囃子方)、村治佳織(特別出演。クラシックギター)。

村治佳織は病気のために休養していたが、今回の公演が本格的な舞台復帰となる。ギターを弾けない期間は辛かったと思うが、結婚をするというお目出度い出来事もあった。以前、バラエティー番組で結婚しない理由について、「ギターと男性とをどうしても比べてしまう。ギターと男性どちらを取るかとなるといつもギターになってしまって、ギターを超える男性と出会えていない」という趣旨のことを語っていたが、一時的にギターと離れたことで男性とじっくり向かい合うことが出来るようになったのかも知れない。
昨年の今頃はまだ静養中で時間に余裕があったので、祇園を散歩していたところ、「伝統芸能の今 2014」のポスターを見て、「へえ、こんなのあるんだ」と思ったそうだが、翌年に出演することになるとは思ってもいなかったという。

まず出演者全員が揃ってのトークの時間が設けられており、小児癌ワクチンの話がある。一番男前だからか、最初の説明係は藤原道山に振られる。藤原道山は田中傳次郎から「藤原さんは、美しすぎる尺八奏者といわれているそうですが」と言われた時に「イヤイヤ」と手を横に振ってその話題には乗らない。そもそも「美しすぎる」という形容がなされるのは女性限定だし、藤原本人も尺八ではなく容姿のことを言われるのは好まないのだと思われる。

ちなみに2年前には片岡愛之助が猿之助と共演したが、「(愛之助は)現在、プライベートが忙しいため今回は出演出来ませんでした」と説明される(これは嘘で、愛之助は現在、他の舞台に出演中である)。

その後、楽器奏者による「組曲百花」という演目が行われる。それぞれの楽器を使い(太鼓方と囃子方は謡も行う)、華麗な演奏が披露される。尺八の藤原道山は歌も伸びやかだが、弱音が繊細で美しい。これほど美しい弱音を生み出すことの出来る邦楽奏者は稀であろう。

唯一、ゲストとして伝統芸能以外からの参加となった村治佳織は、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」のギター編曲版を弾き、共演した藤原道山も合いの手の旋律を奏でたり、主旋律の一部を吹いたりする。「戦場のメリークリスマス」は、そう激しく弾く必要はなく、藤原道山のサポートもあって美しい仕上がりになっていた。ただ、まだ本調子ではないようだ。

2曲目は、映画「ふしぎな岬の物語」の音楽。安川午郞が作曲した楽曲全般を村治が演奏しているが、その中から「望郷~ふしぎな岬の物語」を演奏する。愛らしい旋律に寄り添うような演奏であった。

上妻宏光が演奏するのは「津軽じょんがら節」。エッジのキリリと立った津軽三味線である。その後、上妻と藤原、亀井らによるセッションがあったが、尺八の音は他の楽器に比べると小さいので、クライマックスでは、藤原の尺八が他の楽器により埋もれてしまっていた。

市川猿之助による舞踊「葵上」。箏曲の伴奏と謡による舞である。箏を演奏する二人はいずれも女性である。

「葵上」というタイトルであるが、主人公は「生き霊」の代名詞的存在である六条御息所。「うらめし、うらめし」という謡が印象的である。猿之助の舞は静かな動きによるものであるが実に優雅。ちょっとした動きに品がある。どうしてあそこまで雅やかに舞えるのだろうと不思議に思うが、やはり「子供の時分からやっているから」としか思えない。

休憩時間には、出演者総出で募金を呼びかけ、長蛇の列が出来る。クラシックギターを弾くとなると「着物で」というわけにはいかないので、前半は白の上着と赤のロングスカートで出演した村治佳織であるが、休憩時間だけは着物姿で登場した。

ラストの演目、出演者勢揃いによる朗読「鉄輪(かなわ)」。貴船(きぶね)にある貴船神社(きふねじんじゃ。地名と社名が一致しないのは京都ではよくあることである)に七日に渡って丑の刻参りを行い、元夫と、夫を奪って後妻となった女に復讐を誓う若い女性の物語である。鉄輪を逆さに被り、鬼の形相となった女性が男を殺そうとし、それを安倍晴明が助けるという話で、能、謡曲など日本の伝統芸能の多くで取り上げられている話である。また、安倍晴明を主人公にした夢枕獏の小説『陰陽師』にも「鉄輪」の話は採用されており、野村萬斎主演で映画化された「陰陽師」では、夏川結衣が鉄輪の狂女を演じている。なので、自然と夏川結衣に似た女性の顔が頭に浮かんでしまった。

市川猿之助が朗読を行い、他の演奏家が入れ替わり立ち替わり演奏する。合奏する場面は少ないが、鼓を二人で打つときは邦楽のマナーとして絶対に相手と同時に音を出さない。阿吽の呼吸でずらすのである。

市川猿之助の朗読であるが実に上手い。声音の使い分け、心理描写などいうことなしである。大河ドラマ「風林火山」の頃はまだ下手だったが、今や押しも押されもせぬ名優へと成長した。

ラストは鬼と化した狂女の舞。予想以上の迫力は残念ながらなかったが、それでも納得のいく出来ではある。激しい場面でも動きは高雅さを失わない。若手歌舞伎俳優の中で、実力では猿之助がトップかも知れない。

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2015年8月13日 (木)

観劇感想精選(159) 復曲能「菅丞相」

2015年8月2日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から、京都芸術劇場春秋座で復曲能「菅丞相(かんしょうじょう)」を観る。菅原道真を主人公(シテ)とした能の復活上演。能の演目の中には埋もれてしまっているものも多く、時には豊臣秀吉や徳川綱吉といった能好きの為政者が復曲を行うこともあるのだが、大槻文藏と京都造形芸術大学舞台芸術センターでは、今なお埋もれている能の演目復曲に力を入れていく予定である。

まず京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長の天野文雄による解説がある。第13代天台座主の法性坊尊意は様々な呪術を行ったそうであり、溢れている鴨川の水を左右にわけ、真ん中を通って京に入ったというモーゼのような伝説を残しているという。
また、「菅丞相」は後に「雷神」という題で改作されており、そちらの方が内容がわかりやすいのでよく知られているという。

出演:大槻文藏、大槻裕一、喜多雅人、福王和幸、茂山茂(大蔵流狂言方)、福王茂十郎。

なお丞相は普通は「じょうしょう」と読むのだが、「じょうしょう」というのは発音しにくいので「しょうじょう」という読み方が昔からなされているそうである。

比叡山延暦寺の第13代天台座主、法性坊(福王茂十郎)が、菅原道真が藤原時平による筑紫国に流されて以降、帝の体調が優れたいというので、加持祈祷を行っている。法性坊と侍僧は比叡山の素晴らしさを自慢する。

そこに菅原道真の亡霊(大倉文藏)が現れる。菅原道真は法性坊の仏弟子である。道真は己の境遇を嘆く。そして法性坊に帝から参内の勅があっても断ってくれと頼む。しかし法性坊は「二度までなら断るが三度目は参内せざるを得ない」と答える。それを聞いた道真は怒り狂う。

道真や法性坊が舞台から去ると、アイの茂山茂が出てきて、菅原道真の人生と藤原時平の讒言、そしてこれまでの舞台のいきさつを語る。

法性坊が、参内することになる。ところが一行が白川に差し掛かったところで、一天にわかにかき曇り、白川と鴨川が溢れて進めない状況になってしまう。菅原道真が火雷神(大槻裕一)を連れて登場。火雷神は法性坊の乗った牛車を押し戻す。押し戻された場所は推定によると現在の北白川別当付近であるらしい。造形大学のすぐそばである。

法性坊は菅原道真に自分は道真の仏道の師であると諭し、道真を諫めると道真は一転して改心し、法性坊の牛車を内裏に渡す手伝いをし、その後天満天神となって今も日本を守るという、なんだか妙に素直な亡霊となってしまう。ラストにドラマがないのが、この曲が主要演目から落ちた理由かも知れない。もう一つ、「菅丞相」では、讒言を行った藤原時平の影が薄く、どちらかというと帝が悪役になっている。ということで明治から終戦に至るまでの日本ではタブーに触れるとされたのかも知れないというようなことをアフタートークで前京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長で、現在は同大学の客員教授である渡邊守章は語っていた。

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2015年7月 9日 (木)

観劇感想精選(155) 「敦 山月記・名人伝」(再演)

2006年9月22日 兵庫県立芸術文化センター中ホールにて観劇

午後2時から、阪急西宮北口駅南口にある兵庫県立芸術文化センター中ホールで、「敦 山月記・名人伝」を観る。中島敦の小説を、野村萬斎が舞台に仕立てた作品。野村萬斎が世田谷パブリックシアターの芸術監督就任後、初めて担当した演出作品である。初演は1年前の2005年9月。大好評を得たため、僅か1年後の再演となった。今回は世田谷パブリックシアターの他に、兵庫県立芸術文化センター中ホール、そして北九州芸術劇場中劇場の3箇所で上演される。

中島敦は私が大好きな作家の一人。明治大学文学部入学後、まず研究に取り組んだ作家でもある。ちくま文庫から出ている3巻組の全集を明大1年の時に、夢中になって読んだものだ。
というわけで、思い入れの強い作家であり、中島敦作品の舞台化ということで自然と私の目も厳しくなる。
が、野村萬斎は私の予想を遥かに上回る舞台作品を作った。

基本的に、中島敦の書いたテキストを地の文も含めて、全文を読み上げるというスタイルである。狂言界のプリンスである野村萬斎だけに、尺八と太鼓の生演奏を採り入れており、演劇と狂言の折衷形式の作品に仕上げた。

2階席での観劇。まず、舞台に中島敦の巨大な写真がつり下げられているのが見える。
舞台は中央が円形の回転舞台になっているのがわかる。奥の方が三日月状に高くなっている。回転舞台は漆黒だが、三日月状の部分は本当に三日月の表面のような色をしている。「盈虚(えいきょ)」という中島敦の小説のタイトルが浮かぶ。回転舞台の中央、やや奥よりに棺桶が横たえられ。その上に位牌が載っているのが見える。

野村萬斎のナレーションによる、中島敦の説明が始まり、劇がスタートする。使われる音楽はモーツァルトの「レクイエム」。野村萬斎が中島敦について良く勉強していることがここで明らかになる。中島敦というと、中国を舞台にした作品が多いことで知られ、今日演じられる「山月記」も「名人伝」も中国が舞台にした話だ。そのため、中島敦の小説を舞台化するなら、音楽は中国風のものが相応しいと考える演出家もいるかも知れない。しかし、中島敦は、クラシック音楽に造形の深い人であり、好きが高じて、管弦楽曲のスコアを独学で勉強してたちまちのうちに読みこなせるようになったという逸話を持つ。野村萬斎はそうした知識を得た上で、モーツァルトの音楽を選んだのだろう。これがいかに卓越したアイデアであるかは後に書くことにする。

「山月記」ではまず、野村萬斎が、中島敦のテキストを高度なレベルできちんと読めていることに驚かされる。登場人物の心理、そして中島敦の心理と、サブテキストが完璧に読めている。そんなの当たり前じゃないか、と思う向きもあるかと思うが、実は本がちゃんと読めている演出家は意外に少ない。完璧に読めている人は更に少ない。だが野村萬斎は完璧だった。

野村萬斎自身は中島敦を主に演じ、他に語り部や登場人物の一人を演じたりする。野村萬斎扮する中島敦が、棺桶の奥から立ち上がり、敦の生涯のテーマであった「自意識」について語る。照明は客席方向からは当てず、舞台横からのみ光が当てられているため、野村萬斎の後ろは闇だ。と、その闇の中、野村萬斎の真後ろから一人の男が上手に向かって飛び出す。何と中島敦だ。その直後、やはり一人の男が下手に向かって飛び出す。これも中島敦の格好をしている。結局、野村萬斎を含め、舞台上に四人の中島敦(野村萬斎、深田博治、高野和憲、月崎春夫。全員、野村万作の弟子である)が登場する。自意識の葛藤を描くためには、一人の人物の中にいる幾つもの自分を出すのが一番良いやり方だ。ここでまず感心してしまう。

「山月記」が語られ始める。主人公の李徴を演じるのは野村萬斎の実父にして師である野村万作。今年で74歳とは思えないほどの若々しい演技を見せる。

俊才の誉れも高き李徴。官吏として将来の成功は約束されたも同然だったが、生涯を官吏として終えることをよしとせず、詩人として100年後まで名を残そうという欲望を抱き、官を辞して、詩人としての生活を始める。が、なかなか認められず、結局再仕官することになる。しかし能力においては李徴より遥かに下だったかっての同僚が今は出世して上官となっている。己の才がわかりながら、それが認められない境遇に耐えられなくなった李徴は公務で出張に出ていたある夜、発狂し、宿を飛び出してそのまま帰ってこなかった。

中島敦のテキストを読んでいて感じるのは、「この人は正直な人だな」ということ。太宰治や三島由紀夫のようにテキスト上で演技をするということが全くと言っていいほどない。だから、読み解くのは比較的簡単である。李徴に敦が自分を重ねていることは誰にでもわかる。
しかし、野村萬斎の読みの深さは、「臆病な自尊心」という言葉で表される心理状態を完璧なまでに見抜き、その本質と変化をこれ以上は出来ないというほど巧みに舞台化して見せる。凄いとしか言いようがない。
なぜ李徴は才能は第一級でありながら、詩人としては一流になれないのか。野村萬斎は完全な答えを用意していた。
そして、虎が示すもの、李徴の語る矛盾した言葉が全て本心から出たものであることを萬斎は文学者も顔負けの読解力で見抜いていく。

そして、虎の嘆きの声を他の動物は威嚇としか捉えないという下り。虎の声は、愉悦感の裏に悲しみを湛えたモーツァルトの音楽を連想させる。モーツァルトは悲しみを正直に表さず、音の背後に託した。悲しみを悲しみと表現するベートーヴェンとはそこが違う。野村萬斎がモーツァルトの音楽を用いた理由がここでわかった。人を遠ざけて一人ひたすら思索に没頭するという李徴の姿勢に私はベートーヴェンの姿を連想したが、萬斎は李徴の心理からモーツァルトを起用した。そして、モーツァルトを選んだ方が遙かに効果的なのだ。私は姿勢を主に見たが、萬斎は心理状態に着目していた。これは敵わない。

「山月記」の上演が終了するやいなや、野村萬斎の才能に感動した私は、走って(比喩ではなく本当に走った)1階ロビーに行き、公演パンフレットを買い求める。

休憩を挟んで上演された「名人伝」も素晴らしい出来であった。ユーモラスで教訓的な話である原作であるが、野村萬斎はテキストを冷静に読み込み、抱腹絶倒のコメディーとして仕上げた。中島敦の作品に思い入れがありすぎても出来ないし、そこそこ好きでも余り興味がなくても出来ない。適度な思い入れがあるからこそ生み出すことの出来たアイデアだ。

「名人伝」では野村萬斎は主人公である紀昌を演じる。演技スタイルは小劇場で良く見られるものを採用。シンプルだが実に効果的なスタイルだ。小道具を多用せず、機織り機の動きなどは、萬斎を始めとする数人の俳優がマイムで表現する。

更に、「虱」、「雁」、「矢」などは漢字をそのまま用いたアニメーションで表現する。まるで天野天街のようだ。更に前半と同じ回転舞台がこの作品ではいよいよ回る。そしてその使い方は、野田秀樹が「研辰の討たれ」で用いたものとほぼ同様だ。野村萬斎が各人の舞台を目にして採り入れたのか、はたまた独自に似たアイデアを生み出したのか。いずれにしても並みの才能で出来ることではない。
紀昌の妻と、紀昌の師である飛衛は石田幸雄が一人二役で演じるのだが、飛衛の時は長いあごひげだったものが、紀昌の妻になる時は長髪になる。飛衛が紀昌の妻に一瞬にして化ける様を見て、観客は爆笑する。

ラストも教訓というよりブラックユーモアとして描いて見せた萬斎。これぞまさに「現代狂言」だ。見ているこちらはただただその才能に惚れるのみである。

最後に、再び現れた中島敦の写真に向かって、萬斎は「どうです。中島敦って凄い作家でしょう」という風に手で示す。
野村萬斎もまた凄い男である。

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2015年1月 7日 (水)

観劇感想精選(142) 「未来創伝」

2014年12月25日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後4時から京都芸術劇場春秋座で、クリスマス特別公演「未来創伝」を観る。篠笛奏者の藤舎貴生(とうしゃ・きしょう)の発案による、日本の伝統芸能の演者と現代劇の俳優やダンサーなどとのコラボレーション企画である。出演は春秋座の芸術監督でもある市川猿之助を始め、若村麻由美、尾上菊之丞、茂山逸平、藤舎貴生、桂米團治ほか。

春秋座は先代(三代目)の市川猿之助(現:二代目市川猿翁)のために建てられた劇場で、歌舞伎専門劇場ではないが、歌舞伎のあらゆる演目に対応出来る設計になっている。可動式の花道があるほか、廻り舞台、セリ、緞帳などを備えている。
セリが下りた場所、いわゆる奈落は、私も京都造形芸術大学の学生だった時に作業をしていたので、どういう場所なのかはよく知っている。ちなみに江戸時代に奈落で働いていたのは前科者などであり、前科者の印である刺青が入れられていたので日の当たる場所では雇って貰えず、裏方に徹することの出来る奈落などで仕事をしていたのだ。
劇場によっても奈落の様子は違うはずだが、春秋座の奈落はかなり殺風景である。

演目は、市川猿之助による素踊り「黒塚」~月の巻より~(作:木村富子、作曲:四世杵屋佐吉)、尾上菊之丞と茂山逸平による舞踏狂言「千鳥」(構成:茂山逸平、脚本:尾上菊之丞、作曲:藤舎貴生)、若村麻由美による語舞踊(一人語りと舞踊)「書く女」~建礼門院右京大夫~(作:今井豊茂、作曲:藤舎貴生、書・美術:千登勢、振付:尾上菊紫郎)、市川猿之助と8人のダンサーによる舞劇「八俣の大蛇(やまたのおろち)Ⅱ」(作詞:松本隆、作曲:藤舎貴生、美術:朝倉摂、振付:尾上菊之丞、ダンス振付:橘ちあ)

桂米團治は、前口上と司会、幕間の語りなどを務める。
桂米團治は落語家であるが、考えてみれば米團治の落語は聞いたことがない。以前、米團治の落語の会が春秋座であったため「行こうか」と思ったことがあるのだが、先約があって行けなかった。今日もちょっとした語りは行うが落語は披露しない。前回、米團治を見たのは、今では大丸心斎橋劇場となっている「そごう劇場」で行われた遊佐未森のライブのゲストとして招かれた時で、その時もピアノの弾き語りなどをしていたが落語はなかった。ポピュラー歌手のライブで落語のコーナーがあってもおかしいが。遊佐未森のライブで見たときは桂小米朝改め桂米團治(止め名である)となった直後で、米團治は「今の私があるのも、全て父親(桂米朝)のお陰です」と自虐ネタをやっていたが、今日も「『よねだんじ』と読めなくて『べいだんじ』と読まれたり、『お父さんが米朝だから、べいだんじでいいでしょ』などと言われたり、米團治を襲名したのを知らなくて小米朝と呼ばれたり。今日も楽屋で小米朝と呼ばれましたが」と自虐ネタは欠かさない。

影アナは第1部が市川猿之助、第2部が若村麻由美によるもの(録音したものが流れた)であったが、猿之助は「本日はお忙しいところをクリスマス特別公演『未来創伝』にお越し下さいまして誠にありがとうございます。こんな忙しい時期に見に来られるというのはよっぽど暇な方々だと思われますが」「携帯電話はマナーモードではなく、電源をお切り下さい。公演中に電話をする方はいらっしゃらないと思いますが通話も禁止です」「その他、飲食、喫煙などマナーの悪い方は芸術監督の権限により拉致監禁、きついお仕置きをいたします」などとユーモアに富んだ影アナを行った。若村麻由美の影アナも「芸術監督さんが、『遅れてきた客は立って見てろ』と怖いことを言っていますのでお早く席にお戻り下さい」と猿之助の調子を受け継いだものだった。

素踊り「黒塚」~月の巻より~。謡曲「黒塚(安達原)」が基で、能や歌舞伎の演目にもなっている「黒塚」が、今日行われるのは二世市川猿之助(当代猿之助の曾祖父。初世市川猿翁)が創出した舞踊劇。二世猿之助は海外に行った時に観たロシアバレエの技法を取り入れ、つま先で踊る振付を取り入れたという。
鬼女である岩手の踊りであるが、今日はメイクなども行わず、普通の着物で踊る「素踊り」で上演される。
米團治が「黒塚」のストーリーなどを説明をした後で、セリで下へと退場。その後、猿之助が登場し、「黒塚」の中の岩手が月の夜に出歩き、童心に戻る場面を踊る。細やかな舞の後で、ダイナミックな踊りが繰り広げられる。本人によると実は「運動音痴」だという当代猿之助であるが、そんなことは微塵も感じさせない鮮やかな踊りである。

舞踊狂言「千鳥」。この演目でも上演前に米團治がマイク片手に現れて、舞台転換の間に緞帳の前に立ってトークを行う。

狂言「千鳥」に日本舞踊の要素を取り入れたもの。舞は舞だけに徹して貰いたかったという気持ちもないではないが、それだと狂言にはならないので、尾上菊之丞も狂言を演じ、合間に舞うというスタイルを採る。
茂山逸平は能舞台にはないセリに乗って登場。尾上菊之丞も日舞の会場には余りない(先日観た大阪の御堂会館での日舞公演では臨時の花道を作っていたが)花道から現れる。

背後の松には溶暗中には電飾が点り、明るくなると様々な飾り付けがあって松の木ながらクリスマスツリーになっている(歌舞伎の松の木に飾りを付けて強引に「杉の木だ。クリスマスツリーだ」と言い張り、その後、「それはモミの木だ! 勘違いしてるぞ!」と突っ込みを入れられるというシーンのある東京サンシャインボーイズの公演『ショー・マスト・ゴー・オン』を思い出した)。

尾上菊之丞扮する太郎冠者は主から酒屋で酒を買ってくるよう命じられるのだが、この主というのが借金ばかりで、酒を買う金もない。酒屋へのツケも積もって酒を手に入れる当てもないのだが、来客だというので無理矢理太郎冠者を使わしたのである。
酒屋の主役の茂山逸平は「今日はクリスマスとてみんな賑やかにしているのに、何の因果か今日も働かねばならず」というセリフを足していた。

酒を手に入れるために、津島神社の尾張祭りの話をして、その隙に酒樽を盗み去ろうとする太郎冠者と、それを見とがめる酒屋の主の話。太郎冠者はまず、酒樽を千鳥に見立てて、千鳥を抱えるとして酒樽を奪おうとするが上手くいかない。そこで今度は神葭(みよし。山鉾のことだそうだ)流しの様子をして酒樽を見立て、神葭を伊勢の方向へ流すとして運び去ろうとするがやはり失敗。
そこで、流鏑馬の話をし、酒屋の主にも馬を演じるように仕向け、酒屋の主が疲れて後ろ向きに転がり落ちた隙に太郎冠者は酒樽を持ち去ることに成功する。

尾上流家元である尾上菊之丞の舞の上手さは今更書くまでもないが、茂山逸平も舞踊ことしないが、菊之丞と合わせての動きなどは見事である。

合間のトークで、「千鳥」で三味線が演奏されていたことについて桂米團治は、「三味線というのは安土桃山時代に入ってきた楽器でして、能が出来た室町時代にはなかった楽器なんですね。能で使われますのは、笛、鼓、太鼓とありますが掻き鳴らす楽器はなかったんです。だから狂言で三味線が鳴るというのは新しい試みなんですね」と説明を入れる。ただ、室町時代の由来を室町通としたのは良いが室町北小路(室町今出川)に足利尊氏が屋敷を構えたので室町時代と呼ばれるようになったと語っていたが、厳密にいうとこれは間違いである。足利尊氏が屋敷を構えたのは二条高倉であり、室町に屋敷(花の御所)を構えたのは足利第三代将軍にして太政大臣、そして日本国王の足利義満(室町殿)である。

若村麻由美による語舞踊「書く女」~建礼門院右京大夫~。そういえば樋口一葉を主人公にした永井愛の舞台のタイトルも「書く女」だった。どうでもいいが。
建礼門院というのはよく知られているように高倉院の室となり安徳院を産んだ平徳子のことであり、建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ)は徳子に仕えていた女性である。能書家・藤原伊行(ふじわらのこれゆき)と箏の名手・夕霧の間に産まれた建礼門院右京大夫は才女であり、治承・寿永の乱の有様を歌などに託して綴っている。

能書家の娘ということで、舞台上からは建礼門院右京大夫の和歌が千登勢の筆によって書かれた紙が4枚垂れている。若村麻由美は白い布を被り、後ろを向いた状態で「今や夢むかしやゆめとたどられていかに思へどうつつとぞなき」という建礼門院右京大夫の歌を読みつつ、客席の方に向き直る。
若村麻由美は坂東流の日本舞踊の名取であるが、米團治によると「(本職の方に比べると)全然踊れません」と語っていたそうだ。しかし艶と気品を合わせ持った見事な舞を披露する。本職の人から見ると違うのかも知れないが、私は踊りに関してはよく分からないので良い出来に思える。

「語り物」と呼ばれる一人芝居の形態。元々は若村麻由美の朗読公演のために編まれたものだが、今回は台本を手放して語られる。題材となっているのは、源平の戦いそのものではなく、絶世の美女といわれた小宰相の局(こざいしょうのつぼね)と、平通盛(たいらのみちもり。義経のライバルとされることの多い能登守教経の兄である)との恋である。

この作品ではセリが何度も使われ、文机が上がって来たかと思えば、セリが下りた状態の空間に若村麻由美が登場時に被っていた布を落とすなど、上がっている時も下がっている時も効果的に用いられる。

語りはベテランの域に達した舞台経験豊富な女優によるものなので万全である。ちょっとしたニュアンスの変化で心情の変化などを大きく変える様は鮮やかだ。「綺羅星の如く」を「きら、ほしのごとく」ではなく「きらぼしのごとく」と読んでしまったのはご愛敬だが。

紅一点として、今回の公演に見事な華を咲かせていた。

舞劇「八俣の大蛇Ⅱ」。素戔嗚尊(市川猿之助)の八俣の大蛇退治を8人のダンサー(穴井豪、乾直樹、金刺わたる、櫛田祥光、熊谷拓明、柴一平、鈴木明倫、宮内大樹)と共に描く舞踊劇である。太鼓が用いられ(太鼓演奏:田代誠)、迫力のある音楽が奏でられる。

猿之助は2階席後方から宙乗りで登場。花道に着地する。「狐忠信」とは逆の演出である。舞台にはリノリウムのカーペットが敷きつめられている。余談だが、京都芸術劇場のリノリウムカーペット(舞台用語では「リノ」。指原莉乃みたいである)は春秋座の奈落の他に、今では授業公演で用いられるだけになっている小劇場のstudio21にも常備されており、花道を含めた春秋座の舞台一杯に敷きつめられるだけの量は確保されている。

最近は舞台作品の作詞でも活躍している松本隆の筆による詞が語られる。マイクを用いての語りだったのだが、マイクを使った場合、かなり滑舌が良くないと何を言っているのかわからない状態になることが多く、今回も猿之助の語りが良く聞き取れない場面がいくつもあった。音楽が大音量なのでマイクを使ったのであるが、セリフを聞き取らせるという点では上手くいかなかったかも知れない。

一方で舞は見事。先代の猿之助はアクロバティックな技を取り入れて歌舞伎界に革命を起こしたが、甥に当たる当代の猿之助もその精神を受け継いでいる。衣装の早替えは見事であったし、草薙剣を用いての舞は迫力充分であった。竹光とはいえ、剣を使った踊りは危険なのであるが、猿之助も8人のダンサーも見事に舞った。

 

クリスマスということで、抽選会がある。席番のくじ引きで当たりが決まる。茂山逸平はサンタクロースの格好で登場したが、厳密に言うとサンタクロースそのものの衣装ではなく、とにかく大勢の狂言師が登場することで有名な演目「唐人相撲」の登場人物の衣装からサンタクロースに見えるものを抽出して出来上がった服装であるという。
先日、同じ条件によるくじ引きがフェスティバルホールで行われたが、キャパが違うとはいえ今日は客席が大人しく、茂山逸平から「静かですね」と言われる程だった。「未来創伝」は京都のみで行われる公演なので客席にいるのが京都人ばかりとは限らないが(昼の部では最も高価な「未来創伝賞」を当てたのは千葉県勝浦市から来た人だったという。千葉県人だからわかるが勝浦というのは東京に出るためには必ず通過する千葉駅に来るだけでもかなり時間の掛かる場所である)、京都人と大阪人の違いはやはりあるのかも知れない。

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