カテゴリー「能・狂言」の25件の記事

2019年2月14日 (木)

観劇感想精選(290) シリーズ 舞台劇術としての伝統芸能vol.2 能楽「鷹姫」

2019年2月3日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後2時からロームシアター京都サウスホールで、シリーズ 舞台芸術としての伝統芸能vol.2 能楽「鷹姫」を観る。

イェーツが能に触発されて書いた舞踊劇「鷹の井戸」を横道萬里雄が新作能「鷹の泉」として改作・翻案したものを観世寿夫が新たに「鷹姫」としたもの。1967年に初演されている。

出演:片山九郎右衛門(鷹姫)、観世銕之丞(老人)、宝生欣哉(空賦麟)。岩:浅井文義、味方玄、浦田保親、吉浪壽晃、片山伸吾、分林道治、大江信行、深野貴彦、宮本茂樹、観世淳夫。
囃子方:竹市学(笛)、吉阪一郎(小鼓)、河村大(太鼓)、前川光範(太鼓)。
後見:林宗一郎。

空間設計は、dot architects(ドットアーキテクツ。家成俊勝&赤代武志)が手掛ける。


絶海の孤島が舞台である。その島には、鷹の泉と呼ばれる、飲めば永遠の命を得られるという霊水が湧き出ている。鷹の泉を守るのは鷹姫と呼ばれる謎の乙女だ。

島には、鷹の泉の霊水を求めて長年住み着いている老人がいる。鷹の泉はもう何十年を湧き出ておらず、いつ湧き出るのかも不明である。

島に一人の若者がやって来る。王の第三王子である空賦麟(くうふりん)である。空賦麟も霊水である鷹の泉を求めてきたのだが、老人に泉の由来を聞かされ、早く帰るように言われる。
その時、鷹が鳴く。老人は、泉を守る鷹姫の声だと空賦麟に告げる。やがて姿を現した高姫に空賦麟は戦いを挑むのであるが……。


「岩」と呼ばれる謡い達がずらりと並ぶ様は異様であり、異界での物語であることを印象づけられる。「岩」は元々は地謡が務めていたらしいのだが、装束と面をつけて「岩」として舞台上に現れるようになったようだ。物語の語り手であり、ある意味、島と鷹の泉の状況そのものともいうべき存在である。泉そのものを演じていることから主役とする見方もあるようだ。

赤い着物の鷹姫は居ながらにして高貴にして畏るべき存在であることが伝わってくる。空賦麟と対決した後、背後の坂を上って消えていく様は、霊的であり、鷹の泉の霊力は鷹姫の存在あってのことであることを告げる。泉は湧くには湧くのだが、鷹姫去った後では……、ということで悲しい結末が待っている。


老人を演じる観世銕之丞の威厳、鷹姫役の片山九郎右衛門の可憐さ、空賦麟役の宝生欣哉の凜々しさなど、配役は絶妙であり、能の幽玄な味わいが存分に発揮されている。
dot architecsのセットも効果的であった。


第2部としてディスカッションが設けられている。出演は、西野春雄(法政大学名誉教授・能楽研究所元所長)、観世銕之丞、片山九郎右衛門。

西野春雄は、「鷹姫」の初演を観ているそうで、当時、西野は22歳。それから50年以上が経ったことを紹介する。
能の存在をイェーツに紹介したのは、イェーツの秘書で詩人でもあったバウンズである。バウンズは、フェノロサの遺稿の翻訳を手掛けた人であり、それを通して能を知り、イェーツにも紹介することになった。イェーツは「能こそ私の理想とする演劇だ」と感激し、「鷹の井戸」を書いたそうである。


観世銕之丞は、dotarthitecsによるセットが、緩やかで短いが上り下りのあるものであり、稽古はしていたが、馴染むのに時間が掛かり、今日の本番でようやく間に合ったことを明かす。「鷹姫」の初演時にはまだ子どもであり、客席で観ていたそうだ。また、「鷹姫」に関しては何度も観てはいるが教わったことはないそうで、観た時の記憶を頼りに自己流で行ったものであることを語る。

片山九郎右衛門は、2年前の2017年が「鷹姫」初演50周年に当たるということで、周囲で話題になっており、自分もやってみたいということで今回の上演に漕ぎ着けたことを語った。また、dot architecsへの感謝も片山から述べられた。



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2019年2月 3日 (日)

観劇感想精選(287) 「春秋座 能と狂言」2019

2019年1月27日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から、京都芸術劇場春秋座で、「春秋座 能と狂言」を観る。今年で10年目を迎える、春秋座お馴染みの企画。

今年の演目は、狂言が「二人袴」、能が「自然居士(じねんこじ)」である。


上演の前に、片山九郎右衛門(観世流シテ方)、渡邊守章(演出家、東京大学名誉教授)、天野文雄(能楽研究、京都造形芸術大学舞台芸術研究センター所長)によるプレトークがある。
能「自然居士」の解説が主になる。自然居士は鎌倉時代に実在した禅僧で、南禅寺開山の大明国師の弟子に当たる。あえて破戒ともいえる芸能者まがいの言動を取る僧侶だったそうだ。演じるに当たっては、喝食(かつじき)の面という前髪の垂れた美少年の面が用いられるのだが、これは非僧非俗をも表しているそうだ。

能「自然居士」は、観阿弥の作。観阿弥の作品を「春秋座 能と狂言」で取り上げるのは初になるそうだ。「自然居士」は、足利義満の前に観阿弥によって演じられ、義満からの絶賛を受けたと伝わっている。
片山九郎右衛門は、父親からと観世静夫の二人から「自然居士」を教わっているのだが、それぞれが異なった自然居士像を持っていたために戸惑っていたという話をし、演じられる自然居士の年齢を16、7歳ではないかと述べる。若い僧侶の話なのである。
片山は、自然居士を室町時代の人だと思い込んでいたそうだが、実際は鎌倉時代の人物。ということで、破戒僧として知られた一休宗純の先輩格に当たる人だということを天野文雄が述べていた。

狂言の「二人袴」は、三段之舞としての上演。通常の狂言では鳴り物は入らないのだが、三段之舞と書かれている場合は、能楽が入る。ただ、三段之舞とした場合は、普通は上演時間が長くなるのだが、渡邊守章によると野村萬斎が工夫を行ったそうで、通常の狂言と同じぐらいの上演時間にまとめられているという。

ちなみに、野村万作は、今回は狂言ではなく能「自然居士」のアイとしての参加。渡邊守章によると、野村万作が能のアイをやるのは久しぶりなので、かなり張り切っていたそうである。


狂言「二人袴」三段之舞。出演:野村萬斎(シテ)、石田幸雄(アド)、高野和憲(小アド)、中村修一(小アド)。太鼓:亀井広忠、太鼓:前川光範、小鼓:大倉源次郎、笛:竹市学。

聟(中村修一)が、舅(石田幸雄)に挨拶に行くのだが、心細いので父親(野村萬斎)についてきて貰うという話である。この聟というのが世間知らずで、袴を履いたことがない。そこで、父親に袴を着けて貰うのだが、紐を胸の前で結ぼうとするなどとんちんかんである。そして履いたら履いたで上手く歩けない。結局、舅の家の前まで親についてきて貰った聟。そのため、親も舅に呼ばれるのだが、袴が一つしかないため、履き替えていく。そして遂には二人いっぺんに呼ばれたため、袴を二つに引き裂き、前掛けのようにして挨拶するという笑い話である。

見慣れた俳優だからということもあるのかも知れないが、野村萬斎は他の俳優に比べて才気というか、エネルギー量というか、とにかく違うものを発していることが感じられる。その正体はよくわからないのだが、彼が特別な存在だということだけはよくわかる。今の狂言界は野村萬斎なしには語れない。

「二人袴」に関しては、とにかく笑える作品なのだが、ラストは特にオチらしいオチはなく、普通に終わってしまう曲というところが惜しい。


能「自然居士」。出演は、観世銕之丞(シテ)、宝生欣哉(ワキ)、則久英志(ワキヅレ)、梅田晃煕(子方)、野村万作(アイ)。太鼓:亀井広忠、小鼓:大倉源次郎、笛:竹市学。地謡:観世淳夫、鵜澤光、分林道治、片山伸吾、味方玄、古橋正邦、片山九郎右衛門、河村博重。

東山雲居寺で説法をしている自然居士(観世銕之丞)の下に、少女(梅田晃煕)がやってくる。雲居寺門前の者(野村万作)が少女を見かけ、自然居士に少女から預かった文を渡す。少女は両親を弔うため、身を人商人に売り、布施を渡しに来たのだった。そこへ人商人(宝生欣哉)とその仲間(則久英志)がやって来て、少女を見つけて連れ去ってしまう。そこで自然居士は、説法を中断し、少女を連れ戻しに向かう。

自然居士は、少女を救うために様々な舞を行うのだが、仏法や仏道と能楽が重ね合わされており、大和国の地方芸能でしかなかった自身の能楽を義満が崇める禅に伍するまでに高めたいと願う観阿弥の心意気に感心させられる。

無料パンフレットには、「自然居士」の詞章の現代語訳が載っているのだが、今日は視覚中心に観たかったため、それに目を配ることはなし。セリフを聞き取るのは難しかったが、人商人と対峙する自然居士役の観世銕之丞が醸し出す静かな迫力を味わうことが出来た。



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2019年1月 4日 (金)

観劇感想精選(281) ロームシアター京都「能楽チャリティ公演 ~被災地再興、京都からの祈り」2017 第2部

2017年8月24日 ロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時から、ロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演 ~被災地再興、京都からの祈り」第2部を観る。今日の午前中に第1部公演があり、ソワレが第2部である。演目は異なる。

演目は、能「花月」(出演:大江広祐ほか)、能「雪」(出演:金剛永謹ほか)、狂言「梟」(出演:茂山茂ほか)、能「一角仙人」(出演:松野浩行、浦田親良、河村紀仁、梅田嘉宏ほか)。

外国人の観客も多いということで、豊嶋晃嗣(てしま・こうじ)が上演前に作品の解説を行い、それを通訳の女性が英訳した。


能「花月」。京都の清水寺(「せいすいじ」と読まれる)が舞台。筑紫国出身の僧侶が花月と呼ばれる少年芸人(見た目は少年に見えない)を見かけ、花月こそ自分の子であると僧侶が気づくという話である。


能「雪」。ストーリーのない能である。摂津国野田(現在の大阪市北区野田)が舞台。僧侶が正体不明の女性と出会い、女性の正体が雪の精だとわかり、雪の精が舞う。


狂言「梟」。弟が山に行って何かにとりつかれた状態になったため、兄は山伏に祈祷を求める。だが、最後はミイラ取りがミイラになるという狂言である。弟を島田洋海が、兄を茂山逸平が演じているのだが、それぞれ「ひろみ」、「いっぺい」と本名で呼ばれていた。

能「一角仙人」。ちょっとした大道具が用いられる。釣り鐘のようなものは洞窟、小さな牢屋のものは一角仙人の住まいである。一本の角を持っている一角仙人が龍神を洞窟に閉じ込めてしまい、日照りになる。そこで村の美女が一角仙人を訪ねてきて、仙人に酒を飲ませて神力を弱めようとする。「桂の葉に溜まった露を飲んでいるので酒はやらない」という仙人だったが美女の踊りを見て調子に乗り、酒をあおって結局は雨が降り始める。ラストは仙人と龍神二人が戦うことになるのだが、赤い髪の龍神は佇まいからして迫力に溢れていた。

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2018年12月26日 (水)

観劇感想精選(279) 野村萬斎主演&演出 「国盗人(くにぬすびと)」2009@兵庫県立芸術文化センター

2009年12月16日 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後7時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「国盗人(くにぬすびと)」を観る。シェイクスピアの「リチャード三世」を河合祥一郎が日本を舞台に翻案した、現代狂言ともいえる舞台。主演&演出:野村萬斎。出演は他に、白石加代子、山野史人、泉陽二、小田豊、大森博史、石田幸雄、若松力、中村美貴、じゅんじゅん等。

「国盗人」は2年前にやはり兵庫県立芸術文化センター中ホールで行われた初演版を観ている。その時は、今井朋彦が重要な役割を演じていたが、今回は今井が出演しないということもあって、テキストも大幅に書き換えての再演となった。
ヨーク家とランカスター家の戦いである薔薇戦争を背景にした「リチャード三世」を、白薔薇一族と赤薔薇一族との戦に置き換え、登場する主要な4人の女性を白石加代子が一人四役で演じ分ける。


白薔薇一族と赤薔薇一族との戦いが白薔薇一族の勝利に終わり、殺害された白薔薇一族の長の長男である一郎(山野史人)が王座に着く。しかし、三男の悪三郎(野村萬斎)は自身が王の座に就くことを密かに狙っていた。次兄の善二郎が入牢した機を狙って善二郎を暗殺し、長兄の一郎も心労によって崩御すると、次の王になるはずだった一郎の王子を退けて、悪三郎が戴冠する。更に悪三郎は自らの地位を盤石のものとするために一郎の王子を自ら殺害するなど悪事を重ねていく……。


初演の際にはあった笑いの部分が少し削られて、スッキリとした台本になっている。本がより整ったといえばいえるし、笑いが少なくなって物足りなくなったともいえる。
初演の時のインパクトが、こちら側の慣れにより薄まってしまったのも確かだ。
それでも現代狂言として「リチャード三世」を再現する試みとしては大変優れたものであることに違いはない。


主演の野村萬斎の演技は、劇の始まりこそ狂言の言い回し的なセリフが大仰に思われたが、劇が進むにつれてそれも気にならなくなり、生来の気品と、子供の頃から鍛え上げられた表現力で、魅力的な悪役である悪三郎を見事に演じきる。

萬斎による演出もスピード感があり、能の囃子方を使った音楽も効果的で、見応え十分であった。

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2018年11月19日 (月)

観劇感想精選(267) 「野村万作・野村萬斎狂言公演『舟渡聟』『小傘』」@びわ湖ホール

2018年11月10日 びわ湖ホール中ホールにて観劇

午後5時から、びわ湖ホール中ホールで「野村万作・野村萬斎狂言公演 『舟渡聟(ふなわたしむこ)』 『小傘(こがらかさ)』」夜の部を観る。

野村万作と萬斎の親子がびわ湖ホールで毎年行っている狂言公演。今回は萬斎の長男である野村裕基(ゆうき)が参加し、三世代揃い踏みとなる。


舞台の上に背面が松の木の能舞台が再現されている。午後5時を過ぎると野村萬斎が一人で登場し、初心者でもわかるようにとプレトークを行う。萬斎が「ありがたいことに。びわ湖ホールがオープンしてから毎年来させて頂いております。ひょっとして毎回来ているという方いらっしゃいますか?」と聞くと手を挙げる猛者がいた。


まず、能舞台の紹介を行った(「こちらが橋懸りというものでして、こちらがミニステージのようなもの。“Bridge and Mini Stage.”、英語で言っただけです何も変わりません」)後で「舟渡聟」の解説。大津が舞台の曲であり、他の狂言では「この辺りに住まいいたす者でござる」というのが一般的だが、この曲では「これは矢橋の浦に住まいいたす船乗りでござる」と具体的な自己紹介を行うのが特徴である。ちなみに萬斎は、「この8月には北京で、9月にはパリで『この辺りに住まいいたす者でござる』と言ってのけた」そうである。
その他に、「狂言で座っている人は無視していい」などの約束事を解説する。
舟の操縦についてだが、「エア」という言葉を萬斎は強調。午後1時からの昼の部の公演でプレトークを行っている間に、「エアでもエアプレインとエアボートは違う」と思いついたそうで、「ハイジャックはパイロットを揺するが、エアボートは船頭が率先して揺する」ことを述べていた。
京都を拠点にしている狂言大蔵流にも「舟渡聟」はあるのだが、展開が違い、シチュエーションの面白さには乗らないものになっているそうで、「『舟渡聟』は和泉流の方が面白い」という。

「小傘」は、博打に溺れて一文無しになった男がニセ僧侶になるという話である。「僧侶になれば食えるんじゃないか」という発想で安易に僧になり済ましたところ、折良く堂守を募集している人と出くわす。往事はインターネットも何もないので、街道に出て目に付いた人をスカウトするのが一般的である。運の要素が今よりも強い。
僧侶になり済ましたはいいが、経典は読めない。そこで、男は賭場で覚えた「傘の小唄」をいかにも経を読んでいるように唱えることでやり過ごそうとするのである。
「そんな無教養な人でも念仏は知っている」ということで、「なーもーだー」という念仏を萬斎が謡い、
萬斎 “Repeat after me.”
で観客が後を追うというワークショップのようなものを行う。萬斎は、「歌に自信がある人は一緒に謡って欲しい」と言ったが、本編では謡うよりも観ている方が楽しいという類いのものだったので、謡う人はほとんどいなかったように思う。


「舟渡聟」。聟を演じるのが野村裕基である。公文式のCMで親子共演も果たしているので、お馴染みの存在になりつつある。見るからに「才子」といった感じの萬斎とは違って優男風であるが、声は父親によく似ている。
まだ19歳ということもあって狂言方としては駆け出しですらなく、「舟渡聟」も初役だそうである。
潜在能力はともかくとして、現時点では演じるどころか役に振り回されている感じだが、持って生まれた品の良さが強く感じられ、今後が楽しみな存在である、というより萬斎の息子なのだから将来の狂言界を背負って立つのは当たり前という世の認識もあるだろう。プレッシャーも凄まじいだろうな。

船頭を演じるのは祖父の野村万作。やはり芸の深さが違う。


「小傘」。野村萬斎は、僧の小唄を思いっ切りユーモラスに謡う。普通はばれそうなのに、疑うということを知らない田舎者達の素直さと滑稽さも見物となる。
学生時代はバンドを組んでいたこともあるという野村萬斎。踊り念仏の場面でのリズム感の良さは、そうした経験が生きているのかも知れない。知らんけど。
ちなみに、ニセ僧侶が言うことには、「小傘こそ最高の仏具」だそうで、後光を表しているのだという。勿論、口から出任せである。


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2018年11月 1日 (木)

2346月日(4) 同志社女子大学公開講演会 ジェイ・ルービン 「夏目漱石と村上春樹 翻訳家の告白」

2018年10月23日 同志社女子大学今出川キャンパス純心館S013教室にて

同志社女子大学で開催されるジェイ・ルービンの公開講演会に参加する。アルティであった加藤健一事務所の公演を観た帰りに同志社女子大学の前を通ってたまたま見つけた講演である。同志社女子大学今出川キャンパスの中で最も新しいと思われる純真館で行われる。


「夏目漱石と村上春樹 翻訳家の告白」と題された講演。
ジェイ・ルービンは、村上春樹の小説の翻訳で知られる翻訳家・文学者である。ワシントンD.C.に生まれ、シカゴ大学大学院で文学博士号を取得。ワシントンD.C.ではなくワシントン州シアトルにあるワシントン大学の教授を経て、ハーバード大学教授。2008年に退官して、同大学名誉教授の称号を得ている。『ねじまき鳥クロニクル』の英語翻訳で野間文芸翻訳賞を受賞。村上春樹の『ノルウェイの森』、『1Q84』などの他に夏目漱石や芥川龍之介、謡曲の英訳なども手掛けている。また『村上春樹と私 日本文化に心奪われた理由』という本を上梓している。

ジェイ・ルービンは基本的に日本語で話す。

まず、京都の思い出。京都では、1995年から96年までと2000年から2001年までの2度、桂にある国際日本文化研究センター(日文研)に1年間滞在して研究を行ったことがあり、今回も京都を訪れて大変懐かしく思うと語る。

そして以前、伏見稲荷大社を訪れた時の話になる。伏見稲荷大社には何本もの寄進された鳥居があり、様々な人が勝手に祠を建てたりしている。ジェイ・ルービンはその中にとても古いと思われる祠を見つける。文字が最早見えなくなっており、「これは江戸時代以前に建てられたものに違いない」と思ったのだが、実はそれは昭和に入ってからのもので、夏目漱石の時代よりもはるかに新しいものであった。昭和といっても文字が見えないほど古びてしまうものが存在するのだが、更に古い時代に活躍した夏目漱石は「今でも新しい作家」である。

その後、早稲田大学のゲストハウスに泊まった話もする。早稲田大学のゲストハウスは夏目漱石の生誕地や邸宅が構えられたというゆかりの地である。
ルービンは、早稲田界隈で撮った写真をプロジェクター(投影機)を使っていくつか見せる。漱石山房記念館、夏目漱石生誕の地の碑、夏目漱石の銅像など。早稲田には今も夏目漱石が息づいている。

そこから村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を翻訳した時の話になる。夏目漱石のような物故者には翻訳に関して意見を聞くことは出来ないが、村上春樹は存命中であるため、いくらでもやり取り出来る。ただ、やり取りをしすぎてしまったという話になる。

ジェイ・ルービンは翻訳に関しては細かいところまで詰めるタイプであるため、村上春樹に質問し続けて、朝から晩までやり取りをすることになってしまい、共に疲労困憊になったそうである。
『ねじまき鳥クロニクル』は、「水」が重要なテーマになっているため、ネクタイの柄である「水玉の」を「polka-dot」にすべきか水を強調できる「water-drop pattern」にすべきか村上に問い、村上は「polka-dotがいい」と答えたそうである。

「塀」も『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』以来、重要な村上文学のモチーフなのだが、ジェイ・ルービンは「wallとすべきかfenceとすべきか」迷い、村上は「fence」をベターとした。

「幸江」という名前の女性が出てくるのだが、ルビが振られていない。そこでルービンは、「さちえ」と読むのか「よしえ」か、はたまた「ゆきえ」なのかを聞く。村上の答えは「ゆきえ」であった。

出てくる登場人物が掛けている眼鏡の縁の色が最初は茶色だったのが途中で黒に変わっている。これについては村上は「最初から黒にすべきだった」、つまり編集者も見つけることが出来なかったミスであったことがわかった。

ということで、村上春樹もルービンとの翻訳作業を終えて、「どうせ小説というのはいい加減なものだ」(やれやれ)と発言したそうで、村上春樹自身も翻訳を行うが、自身が書いたテキストが英訳される際に気にするのは英文として面白いかどうかであり、子細に点検するタイプではないようである。村上自身は自作の小説を読む返すこともほとんどないことが知られているが、読む直すと「欠点ばかり目につく」からであり、仮に間違いがあったとしても致命的でない限りは気にしないことにしているようである。
デビュー作である『風の歌を聴け』でも、日付の辻褄が合わなくなっていることが知られているが、村上春樹本人は後でそれに気づくも今に至るまで修正したことはない。確かに小説を読み進める上では大して問題にならない部分ではある。

ちなみに、ルービンは『ノルウェイの森』を英訳した際、村上に訳の間違いを指摘されたことがあるのだが、それは、「かわって」を「わかって」と誤読したために起こったものだそうである。村上はその時も、「『かわって』を漢字で『代わって』と書くべき所を平仮名で書いてしまったため」としており、ルービンは村上について「とても優しい人」という印象を抱いたそうである。


その後、ルービンが『アメリカひじき』を翻訳した野坂昭如の話になる。ルービンは銀座の店で野坂と待ち合わせをしていたのだが、いつまで経っても野坂がやって来ない。1時間ほど待ったところで、実はスタッフが店を間違えていたことに気づき、ルービンは野坂が待つ店へと移動する。
到着した時には野坂はすでに酔っ払っており、店にゴキブリが出たとかで、「人間はゴキブリ以上の存在だと思い込んで疑わない『傲岸さ』について延々と語った」そうである。


ルービンは、澤西祐典(さわにし・ゆうてん)という日本の若い作家を紹介する。優れた作家なのだが日本人はほとんど誰も知らないそうだ。


話は漱石に戻る。『三四郎』を英訳した時のことだが、ルービンは「漱石の頭の中をよりよく理解したい」ということで、漱石自身が書いた『文学論』を読んで研究を行ったという。「漱石は直角的ではなく細かな描写を好む」ことにルービンは気づいていたのだが、『文学論』で漱石は視覚や聴覚といった五感に関する記述を行っており、その細密な分析に感心している。
漱石は、ヴィルヘルム・ブントが書いた色彩に関する記述を挙げ、「白色は華美、緑色は静けき楽を想起し、赤色は勢力に通じるものなり」として、『三四郎』でも色彩理論を発展させている。
なんとなく、共感覚を連想させる手法であるが、夏目漱石が共感覚の持ち主なのかどうかは私は知らない。

その頃、ルービンは、『夏目漱石』を著したことで有名な文芸評論家・文学者の江藤淳を訪ねている。当時、江藤淳は東京工業大学の教授であり、江藤の研究室に招かれたルービンは江藤から「ここにある書籍は自由に使っていい」と言われたそうで、「本当に親切な人だ」という印象を受けたという。
江藤の不在時に、ルービンは「漱石の幽霊が現れるのでは?」という願いを抱きつつ研究室に籠もっていたことがあるそうだが、ついぞ幽霊は現れず、「自分は幽霊を見たことはないし、信じてもいないので」当然ではあると思いつつも、それは漱石が説いた「還元的感化」や、漱石が東京帝国大学の教員を辞して朝日新聞に小説専業の嘱託社員として入社したときの「妙境」に通ずるものがあるのではないかという答えを導く。村上春樹の小説では高確率で、能には常に異界のものが出現する。

最後は、世阿弥の謡曲「雲林院」を巡る話題。在原業平の幽霊が、自身が主人公のモデルとなった『伊勢物語』を本を持って現れるという筋書きに、ルービンは「還元的感化」と「妙境」を感じたという話である。


講義の後で質疑応答の時間となる。質問の優先順位はまず同志社女子大学の学生(普通の講義としても行われており、同女の学生は出席票やレポートを出す必要があるようだ)、次いで同志社大学など単位交換をしている他大学の学生、最後が一般人となるようである。

まず、ジェイ・ルービンの翻訳以外の文学先品があるかどうかという質問であるが、『日々の光(The Sun gods)』という戦中の日本を舞台にした小説を英語で書いており、日本語訳はルービン自身ではなく柴田が行ったそうだ。

2つめは、日本文学に興味を持ったきっかけについて。ルービンは、日本語を選んだのは「大きな間違いでした」と冗談を言う。英語を母国語とする者にとって日本語は最難関言語として知られ、とにかく難しい。大学時代にたまたま「日本文学入門」という講義を取り、先生が「原語で読むとますます面白い」と言ったため日本語に取り組むことになったのだが、「それが元々の間違いでした」

3つめは、村上春樹の小説がアメリカでどう受け止められているか、またノーベル文学賞に関して。
ノーブル文学賞に関してはイギリスの賭け屋が勝手にやっていることで、ノーベル文学賞委員の意向は全く不明である。ノミネートされているのかどうかすらわからない。ただ、「今の日本人でノーベル文学賞を受賞するとしたら村上春樹しかいない」のは事実である。ノーベル文学賞委員の不祥事で、ノーベル文学賞委員が解散。後継の賞は出来たが、これに関しては村上春樹自身がノミネートすら断っている。
アメリカのメディアで日本文学がどう取り上げられているかだが、文学以前に日本文化自体が話題になることがほとんどないそうで、村上春樹はその中で唯一の例外だが、それもノーベル文学賞絡みのことである。アメリカでは夏目漱石すらほとんど知られていないそうである。

4つめは、作者と読者の関係について。同女の英文科の学生の質問であるが、英語の小説を読もうとしても現時点では没頭出来ず、やはり日本語訳で読む方を好むのだが、原語による文章の差異についてはどう思うかというものである。
ルービンの場合、ドストエフスキーが好きだがロシア語を学んだことはないので、英訳で読むそうだ、「本当に理解出来ているのかわからない」というのが本音だそうである。
それと矛盾するが、ルービン自体は「文学は原語で読むべき」という考えを持っているそうだ。ただ、世界中で村上春樹は読まれているが、翻訳で読んだ全員が村上春樹について誤解しているかというとそういうことはないだろうとも思っており、伝わることは伝わるだろうとも考えているそうだ。

5つめ。深読みの可能性について。ハンガリーからの留学生からの質問である。
深読みしすぎて間違うことは往々にしておるが、物故者の場合、その深読みが合っているのかどうかを確認する術はない。「too much」になった場合はどう思うのか?
村上春樹は、「You think too much」という言葉をよく使うそうで、ルービンのように細部まで訳語を詰めなくても伝わることが伝われば良いという指向のようだ。
またルービンは学者だからこそやり過ぎると考えているようで、自戒としてもいるようである。

6つめは、「翻訳するに当たって重視しているものは」
第一に考えているのは。「正確さ」だそうである。「忠実に」行うのだが、日本語を英語にそのまま転換することは出来ないので、「英語の読者になるべく日本語の読者と同じ経験を与える」よう心がけているそうだ。

7つめは、「テキスト翻訳の際に解釈は許されるのか?」
日本語と英語は構造から何から全てが余りに違うというのが事実である。「Thank you」を日本語に訳すと「ありがとう」だが、「ありがとう」の元々の意味は「滅多にないこと」であり、「あなたに感謝します」の「Thank you」とはそもそも成り立ちが違う。「こんにちは」であるが、英語にそのまま置き換えると「Today is...」になる。そのまま言っても英語圏の人には何を言っているのかがわからない。そこで意味が一緒になるよう置き換える必要がある。ということは「解釈を入れないと翻訳出来ない」ということでもある。

私自身、中国語の翻訳家を目指したことがある。1990年代前半には、関東と北海道ローカルであったが、cx系の深夜番組である「アジアNビート」で中国、台湾、韓国のポップスが中心に紹介されていた。大学の第二外国語で中国語を選択していたこともあり、中華圏のポップスは良く聴いたのだが、ライナーノーツに記載されている日本語訳歌詞が間違いだらけなのがかなり気になった。なぜ間違いが生じてしまうのかというと、翻訳者は中国語には通じているものの文学的素養に欠けるため、何を言っているのか把握出来ないまま訳してしまっているのである。訳しているとは書いたが、内容把握出来ないまま日本語に置き換える作業を訳とは本当はいわない。訳とは言葉ではなく内容を置き換えるのである。


8つめは、7つめに関連した質問が白人男性からなされる。「内容転換はするのか?」
答えは勿論、「書き換えは許されていない」

原文のテキストが作者だとすると、翻訳者は演出家に相当する。演出家にも変な人が多いので、勝手に解釈して内容を改竄してしまう人はいるのだが、私に言わせればその時点でアウトであって、人前で表現する資格すらない。


9つめは、夏目漱石の『三四郎』に関するもので、知り合いの翻訳家が『三四郎』を英語に訳する際、わかりやすくするための言葉を足したらどうかと提案したら「No」と言われたそうである。
ルービンもやはり「わかりやすくしてはいけない」という考えのようである。
私自身も「読者を信頼すべき」と考えている。わかりやすくした場合は、原典ではなく私自身の文脈に誘い込むということになってしまうからだ。とはいえ、信頼したからといっていい結果が出るわけでもなく、逆になるケースがかなりあるのだが。

最後は同志社女子大学の教員からの感想で、村上春樹はスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を自身で日本語訳しているが、かなり解釈を入れており、村上自身が「これは村上春樹の『グレート・ギャツビー』だ」と断言していて、本当の『グレート・ギャツビー』を読みたいなら原文で読むことを薦めている。
ここでこの方は勘違いして、「自分は翻訳の際、解釈を入れているのに、自分のテキストを英訳する時はかなり細かく言葉を選ぶの意外」と言っていたが、村上春樹が細かいのではなく、ルービンが子細に聞く人なのである。先に出てきた通り、村上の考えは「どうせ小説というのはいい加減なものだ」である(やれやれ)。



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2018年1月18日 (木)

筒井筒

「筒井筒井筒にかけしまろが丈 過ぎにけらしな妹(いも)見ざるまに」(在原業平)

この歌は、現在の奈良県天理市の在原神社境内にある井戸(筒井筒)について詠まれたものと言われています。昔、当地には在原氏の屋敷がありました。

一組の男女の歌です。子供の頃、男女はいつも仲良く遊んでいました。そしてこの筒井筒で背比べをし、背の高さをこっそりと刻んでいたりもしました。

しかし、やがて思春期が訪れ、男女は互いを意識し始めてなかなか会わないようになってしまいます。

そうこうするうちに、結婚適齢期となった(といっても当時は十代半ばですが)女のもとに結婚話が舞い込みます。男女は今も相思相愛なのですが、横槍が入りそうになったわけですね。

男は女に筒井筒の歌を送ります。「昔は筒井筒の横に立って背の高さを測ったものでしが、あなたと会わないでいる間に、筒井筒の井桁よりも背が高くなってしまいました」

これに対して女は、「くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上ぐべき(あなたと比べてきた振り分けの髪も肩を過ぎる長さになりました。この髪をあなた以外の誰のために結い上げるべきでしょう)」と返し、二人は親の反対を振り切って結ばれることになりました。

 

これだけなら物語として特に珍しい展開にはならないのですが、この男というのが稀代のプレイボーイである在原業平であるため、当然、浮気に走ってしまうということになるのです。しかし、妻の夫思いの様子に気づいた男が浮気をやめるという展開が続きます(浮気をする業平に妻は「風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ 」と詠んで夫の身の上を心配した)。

 

さて、能の大成者として知られる世阿弥(観世元清)が、「筒井筒」を題材にした「井筒」という能の演目を作っています。世阿弥の自信作の一つです。

ここでは歌が、「筒井筒井筒にかけしまろが丈 生いにけらしな妹見ざるまに」に変わっています。「生い」は「老い」に掛かっています。

設定は、「筒井筒井筒にかけしまろが丈 過ぎにけらしな妹見ざるまに」という歌が詠まれてから100年ほど経った時代。亡き在原業平の邸宅の後は在原寺という寺院になっていたのですが、すっかり荒廃しています。夜、旅の僧が、筒井筒のところにやってきて、業平とその妻を弔います。

そこへ在原業平の妻である紀有常の女(むすめ)の幽霊が現れて、自身と業平との往時の逢瀬を語ります。「筒井筒井筒にかけしまろが丈 生いにけらしな妹見ざるまに」という恋の歌を思い出した女は、自身がもう老いてしまったことに気づき、浮き立つような恋を重ねた若い頃には戻れないのを嘆くのでした。

能「井筒」では、業平と紀常有の女のその後がどうなったのかについての直接的な説明はありません。幽霊になって出るくらいですから、何らかの妄念はあるのでしょうが、僧に回向を頼むという能のお決まりのパターンはありません。女はただ業平との在りし日を偲び、業平の格好をして舞うだけです。

あるいは、女と業平との最上の日々を、疑問の余地もなく愛し合っていた二人のことを伝えたかったのかも知れません。ただ正確な答えは用意されないまま、能は夢幻のうちに終わっていきます。

何年か前に、夜の筒井筒を訪れたことがあります。在原神社があるのは天理市の外れ。とても寂しいところでした。闇の中に浮かぶ筒井筒は不気味でもありましたが、同時に歴史の証人としての貫禄が備わっていました。

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2017年5月11日 (木)

観劇感想精選(211) フェスティバルシティ・オープン記念「祝祭大狂言会」2017

2017年4月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、フェスティバルシティ・オープン記念「祝祭大狂言会」2017を観る(「だいきょうげんかい」と打ったら、「大凶限界」と変換された。晴れの舞台だというのに変なIMEだ)。先日、フェスティバルタワー・ウエストが竣工したことを記念しての公演である。
「千鳥」、「奈須与一語(なすのよいちのかたり)」、「唐人相撲(とうじんずもう)」の三つの狂言の演目が上演される。

狂言上演前に、野村萬斎による解説がある。野村萬斎は自他共に認める雨男だが、今日の大阪は晴れである。
今日の舞台は一風変わっていて、左右両方に橋掛かりがある。野村萬斎は上手の橋掛かりから登場。野村萬斎はまず左右の橋掛かりのことを語る。

最初の演目である「千鳥」は狂言大蔵流の茂山千五郎家によって上演される。野村萬斎は、「『千鳥』は(野村萬斎のいる)和泉流にも大蔵流にもあるのですが、悔しいことに大蔵流の方が面白いんですね。くそー!」と悔しがる振りをして、「金がないのに酒を買ってこいと命令する。今で言うパワハラ」と解説を行う。
続いては、野村萬斎は一人で演じる「奈須与一語」の解説。萬斎は、「那須与一の人を教科書で習ったという人」、「知っている人」と聞く。そして、「源義経のことを判官と呼びます。プロレスラーじゃないですよ。この話がわかった人はある程度年の行った方だと思いますが」と続けて、屋島の戦いでの那須与一の活躍を説明する。八幡大菩薩が源氏の氏神であるということと、那須与一が那須出身だということで、那須の神様である湯泉大明神が信仰の対象であることを語る。一人で数人を演じ分けるのだが、「早替えをいたします。実基という少し年上の武将になります。脱いだりはしませんよ。仕草だけで変わったということにするのが狂言です。『そこにいるのは誰か?』『実基』が狂言。『そこにいるのは誰か?』『野村萬斎だ』では狂言にはなりません」
「唐人相撲」。大人数が登場する珍しい演目であるが、野村萬斎が上演した「唐人相撲」は以前、びわ湖ホール中ホールで観たことがある。「唐音という偽物の中国語を語るのですが、流派によっては本物の中国語を使う場合がある。なんの意味があるんでしょうか?(一応補足すると、大半の日本人は中国語を解さないため、語られているのが本物の中国語なのか偽物の中国語なのか判別出来ないので本物の中国語を使っても意味がない)」「京劇を意識した本格的なアクロバットを行う上演もあるそうです。だったら京劇を観た方が良い」とユーモアを込めて語る。
ちなみにまだ解説の時間なのに客席ですでに居眠りをしていた人がいたようで、野村萬斎にネタにされていた。


「千鳥」。先に書いたとおり、京都を拠点とする茂山千五郎家(狂言大蔵流)による上演である。出演:茂山千五郎(太郎冠者)、茂山茂(主人)、茂山千作(酒屋の亭主)。

太郎冠者が主人から酒屋に行って酒を買ってくるよう命令される。しかし、主人は酒屋につけを沢山貯めている上に太郎冠者に金を渡してくれない。それでも酒屋にやって来た太郎冠者はなんとか酒をせしめようとする。
「千鳥」というのは、尾張国にある津島神社の津島祭で行われる千鳥流しのことである。太郎冠者は酒樽を千鳥や山車に見立てて、かっさらおうとするのだが、酒屋の亭主に見つかってしまう。そこで、流鏑馬をすると言って……。

以前にも一度観たことがある「千鳥」。太郎冠者と酒屋の亭主の駆け引きが見物である。


野村萬斎独演による「奈須与一語」。一人語りであり、狂言でありながら笑いの要素はない。
上手側の橋掛かりから登場した野村萬斎は、地語り、源九郎判官義経、後藤兵衛実基、奈須与一(那須与一)を演じ分けるほか、平家方で扇を掲げる若い女も仕草で表現する。
フェスティバルホールは多目的ホールであるがクラシック音楽用の音響設計がなされているため、セリフを発するとビリビリと響いてしまうところがあるのだが(ミュージカル「レ・ミゼラブル」が上演される予定があるが、今のところストレートプレーの上演がほとんどなされていないのはおそらくそれが理由だと思われる)、野村萬斎は声が相当奥深いところから発せられるため、発音も明瞭で声に張りがある。
奈須与一が弓を構えて馬で駆ける場面を野村萬斎は立て膝で演じるのだが、本当に馬に乗っているかのように見える。野村萬斎はやはり凄い。
なお、「奈須与一語」はセリフが古文調でわかりにくいため、無料パンフレットには全てのセリフが載っている。


休憩を挟んで後半。まず、守家由訓(もりや・よしのり。大鼓)、中田弘美(大鼓)、成田達志(小鼓)、一噌隆之(いっそう・たかゆき。笛)による能楽囃子がある。

そして最後の演目である「唐人相撲」。出演は、野村萬斎、石田幸雄、野村万作ほか。総勢40人ほどによる大規模演目である。「唐人相撲」では二つある橋掛かりが効果的に用いられる。
ちなみに背後にあった松の木を描いた書き割りは上演中に上にはけ、玉座が現れる。その背後のスクリーンには入退場時の唐人達の影絵が投影される。
唐に滞在していた日本人相撲取り(野村萬斎)が、皇帝(野村万作)に帰国したい旨を告げる。そこで、皇帝は日本人相撲取りに最後の相撲を取るというに命じ、通辞(通訳。演じるのは石田幸雄)の行事により、日本人相撲取りと唐人達の対決が始まる。
唐人役の狂言方は、二人ずつ肩車をして日本人力士に挑んだり、組体操の人間ピラミッドを作ったりする。
出鱈目中国語が使われているのだが、「ワンスイ!(万歳!)」や、「イー、アー、サン、スー」などの基礎的な中国語は案外そのまま使われていたりする。古代から明治時代頃までの日本人の知識階級には実際に漢語が出来た人も多かったので(彼らは漢詩を詠んでいた。今でこそ日本における漢詩文化は廃れてしまっているが、長い間、漢詩は和歌や俳句などよりも上位に置かれた)、部分部分では漢語そのままの発音が用いられているのであろう。
野村萬斎はアクロバットには否定的であったが、とんぼを切ったりという初歩的なアクロバットは用いられている。全く用いないと、唐人役の人々の見せ場が皆無になってしまうので。
野村萬斎演じる日本人相撲取りは気合いや息だけで相手を飛ばしたりするという念力も用いる。リアリズムの芝居ではなく狂言なので何でもありということである。
子役も数名登場し、見せ場を作っていた。

華やかな狂言公演であった。

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2017年5月 6日 (土)

「京都文化力プロジェクト推進フォーラム」@ロームシアター京都サウスホール

2017年4月26日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後1時から、ロームシアター京都サウスホールで、「京都文化力プロジェクト推進フォーラム」を観る。ネットで申し込んで、葉書が届いた人が参加出来るというシステムになっている。
 
まず、茂山千五郎家による狂言「千鳥」が上演される。先日、フェスティバルホールでも茂山千五郎家によって上演されたばかりの演目であるが、演者が異なる。出演は、茂山千三郎、茂山逸平、鈴木実。背景なしでの上演である。
主人(鈴木実)が、金がないのに「お前、酒屋の主と顔見知りだからなんとかしろ」と太郎冠者(茂山千三郎)を酒屋に使いに出す。酒屋の主(茂山逸平)相手になんとか酒樽をものにしようと、酒樽を千鳥に見立てたり山鉾に見立てたりとあらゆる手を使い……。

終演後、茂山千三郎が司会のイワサキマキ(漢字は不明)に呼ばれて登場。イワサキの「なぜ『千鳥』を選ばれたんですか?」という問いに「なんででしょうね?」と答えるが、「この作品は京都が舞台で、京都から見た地方(尾張国津島神社)の姿が描かれているから」というようなことを語っていた。


続いて、主催者あいさつ。山田啓二京都府知事、門川大作京都市長、立石義雄京都商工会議所会頭の3人が挨拶を行った。


リレー対談「京都の文化力」。京都大学総長である山極壽一(やまぎわ・じゅいち)が進行役を担当して、大蔵流狂言師の茂山千三郎、料理研究家の杉本節子、京都国立博物館長である佐々木丞平の3人と、1対1でリレー形式で対談していく。

まず一人目の茂山千五郎と山極壽一の対談。山極壽一はゴリラ研究の専門家なのだが、狂言方の腰を落とした姿勢がゴリラを連想させると述べる。山極は、「西洋人は背筋を伸ばして胸を張ってという感じですが、日本人はお辞儀もこうやって(背をかがめて)しますし、なんかこう、縮まった感じ」と言う。茂山千三郎によると、西洋人相手に狂言のワークショップを行ったりもしているのだが、西洋人は足が長すぎて、日本人狂言方と同じような姿勢を取ることは「物理的に不可能」だそうである。実はチェコのプラハには白人のみによる狂言のプロ団体もあるそうだが、「腰が全体的に高い」そうである。茂山は、日本人は床に座り、部屋の中でも裸足になるということから、床の文化に着目しているという。
日本文化研究で知られるドナルド・キーンが1952年から2年ほど京都に滞在して狂言に入れ込み、「青い目の太郎冠者」と呼ばれたことなども話題として登場した。


二人目である杉本節子。四条室町にある重要文化財・杉本家住宅の出身である。町屋は軒が低いのだが、これは太陽の光が直接差さないようにということを山極が話して始まる。京都は夏暑く、冬寒いのだが、町屋は夏向けに特化した構造で、夏には涼しい風が家の中を抜けるようになっているそうである。京都の場合、夏は熱中症対策をしないと死に至るが、冬は寒くても凍死するほどではないということで、「冬は寒いけど我慢してくれ」ということなのだろう。北海道などの場合はこれとは真逆になる。
杉本家住宅の先代のご当主は、井上章一の『京都ぎらい』に登場するのだが、杉本節子の感覚だと、「京都」というと、「祇園祭で山鉾を出す山鉾町」というイメージだそうである。山極壽一は、「いろんな京都があっていい」と語った。


最後となる佐々木丞平。京都は人口約147万人であるが、首都のあった街としては人口が少ないという話から入る。ただ、これは悪いことではなくて丁度良いサイズだという風に話は進む。
自然も多くあり、山もあって車で30分も走ると山奥に着いてしまう。それでいて中心部は都会的である。そうした様々な要素が詰まっているのが京都というものなのだという。

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2017年3月10日 (金)

コンサートの記(279) ザ・カレッジ・オペラハウス 歌劇「鬼嫁恋首引」&「カーリュー・リヴァー」

2014年10月11日 ザ・カレッジオペラハウスにて

午後5時から、大阪府豊中市にあるザ・カレッジ・オペラハウスで、歌劇「鬼娘恋首引」と「カーリュー・リヴァー」を観る。

歌劇「鬼娘恋首引」は、鈴木英明の作曲により1980年に初演された比較的新しいオペラである。台本を書いたのは茂山千之丞であり、茂山は狂言「首引」を基にオペラのための本を書いている。上演時間約45分一幕物という短編である。

歌劇「カーリュー・リヴァー」はベンジャミン・ブリテン作曲のオペラ。能「隅田川」がベースとなっているということもあって日本でも知られている作品である。私がザ・カレッジ・オペラハウスまでやって来たのも「カーリュー・リヴァー」の実演を観たいという思いからだった。

ザ・カレッジ・オペラハウスは、大阪音楽大学のオペラハウスで、カレッジというのは大阪音楽大学の英語名が、Osaka College Of Musicであることに由来する。日本の大学の場合、単科大学であってもUniversityを名乗る場合が多いが、大阪音大は単科大学を意味するCollegeを使用している。

ザ・カレッジ・オペラハウスは専属のプロオーケストラ(ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団)と、専属のコーラスを持つ本格的な劇場であるが、キャパが狭いこと、オペラ公演数がそれほど多くないことに加え、京都造形芸術大学の京都芸術劇場もそうだが、日本では大学が持つ劇場はあくまで大学の施設として捉えられ、劇場として認められない傾向が強いため(京都芸術劇場の渡邊守章氏が語っていた)日本のオペラハウスにはカウントされていない。

ザ・カレッジ・オペラハウスは近年、ベンジャミン・ブリテンのオペラをたびたび取り上げており、2011年の歌劇「ねじの回転」(十束尚宏指揮、岩田達宗演出)では優れた出来を示していた。また、昨年の歌劇「ピーター・グライムズ」は私は高知に行っていたため観ることが出来なかったが高い評価を得ている。

大阪音楽大学とザ・カレッジ・オペラハウスがあるのは、豊中市の庄内という場所であるが、伊丹空港(大阪国際空港)が近いため、旅客機が低空飛行をしていて騒音も凄い。ただ流石というべきか、ザ・カレッジ・オペラハウスの中では旅客機の音は一切聞こえなかった。

 

歌劇「鬼娘恋首引」と歌劇「カーリュー・リヴァー」は、共に山下一史の指揮、井原広樹の演出で上演される。

「鬼娘恋首引」の出演は、川口りな(番茶姫役)、中川正崇(なかがわ・まさたか。伊呂波匂之助役)、田中勉(素天童子役)、木澤佐江子、福島紀子、柏原保典、木村孝夫(以上4人は地謠となる)

井原広樹の演出は、舞台の三方をスクリーンにし、そこに様々な映像を投影するのが特徴である。「鬼娘恋首引」では、狂言というよりも歌舞伎の手法を取り入れた演出法。少し型にはまった感じで、「折角、地謠が4人なのだから四天王にすればいいのに」と不満もあったが、映像の使い方は効果的。ラストでは、今(2014年)、京都国立博物館で公開が行われている「鳥獣戯画図」からの引用が用いられている。

ストーリーは、鬼の素天童子(すってんどうじ。田中勉)の支配する鬼面山に、京都一のモテ男である伊呂波匂之助(いろはにおうのすけ。中川正崇)が迷い込んだことに始まる。鬼は人を喰らうので、素天童子も伊呂波匂之助を喰おうとするが、娘の番茶姫(川口りな)がまだ人を食べたことがないのを思いだし、色男である伊呂波匂之助を食い初めとすれば目出度いということで、番茶姫を呼ぶ。ところが、番茶姫が伊呂波匂之助に惚れてしまい……、というものである。

伊呂波匂之助は、その名の通り、いろは歌に掛けた自己紹介のアリアを歌う。

伊呂波匂之助と番茶姫による腕相撲や、首引(首に縄を掛けて引っ張り合い、相手を寄り切ったり倒した方が勝ちとなる)の場面などはユーモラスだ。

怖ろしい鬼の素天童子が親バカというのもギャップで笑わせるところだと思われるのだが、田中勉演じる素天童子は隈取りをしているだけでさして怖ろしくは見えない。ここももう一工夫欲しかった。歌舞伎の手法を取り入れていたが、歌舞伎の場合、悪役はもっと身振り手振りのメリハリがくっきりしている。

歌手達はまずまずの歌唱を聴かせ、山下指揮のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団も上手かった。

鈴木英明の音楽は完全な調性音楽でわかりやすく、上演終了後に登場した鈴木は客席からの喝采を浴びた。

 

ブリテンの歌劇「カーリュー・リヴァー」。原作の能「隅田川」は、世阿弥(観世元清)の子である観世元雅の作である(その後、世阿弥と観世元雅の親子は足利将軍家から嫌われて流罪となり、世阿弥の血統は絶えてしまっている)。歌舞伎にもなっており、私も京都四條南座で坂田藤十郎と中村翫雀(現・中村鴈治郎)の親子共演による「隅田川」を観ている。
能「隅田川」はいかにも能らしく幽霊が出てくるが、歌舞伎版「隅田川」には幽霊は出てこない。ちなみに観世元雅は幽霊を登場させているが、父親である世阿弥は幽霊が出てくることに反対していたという。

ブリテンは、舞台をイギリスに置き換え、キリスト教の話として「隅田川」を脚色。狂女の役も男性歌手が担当する(これは狂言や歌舞伎に則っているともいえる)。

オーケストラの編成は室内楽規模であり、ヴィオラ(上野亮子)、フルート(江戸聖一郞)、パーカッション(安永早絵子)、オルガン(岡本佐紀子)、コントラバス(増田友男)、ホルン(伏見浩子)、ハープ(山根祐美)のみである。

井原広樹の演出は工夫を凝らしており、まず、歌手、演奏者、指揮者の山下一史を含めて全員が、客席後方から、客席通路を通って登場する。全員、黒いコートを纏い、歌手達はキリスト教のコラールを歌っていて、そのまま舞台に上がる。山下一史とザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団のメンバーはせり上がって客席とほぼ同じ高さにあるピットに入る。とても効果的な演出である。歌手達が通路を通ってくるのはそれほど珍しくないが、指揮者や演奏者まで歩いて来るのは余り例がない。ちなみに「カーリュー・リヴァー」はブリテンの指示によると指揮者なしでの上演が正式ではあるようだ。

シテである狂女を歌うのは西垣俊朗(にしがき・としろう)、ワキの渡し守には桝貴志、同じくワキの旅人に西村圭市、ストーリーテラーでもある修道院長には西尾岳史、少年の霊は榎並晴生(西宮少年合唱団)が演じ、少年の声は老田裕子が袖で歌う。その他の人物はザ・カレッジ・オペラハウス合唱団の団員である。一応、狂女役のアンダースタディとして角地正直が控えている。

井原は、「カーリュー・リヴァー」でも映像を多用しており、十字架がマストに変わったりする。

ザ・カレッジオペラハウス合唱団の団員はおどろおどろしい仕草をする。狂女よりも一般民衆の方が狂っているという解釈なのかも知れないが、これだと狂女の演技が生きないという結果になってしまう。

出だしでオルガンが奏でるのは笙を模した音だ。ブリテンは来日経験があり、NHK交響楽団を指揮したほか、ピーター・ピアーズの歌う歌曲のピアノ伴奏を務めたり(ピーター・ピアーズもベンジャミン・ブリテンも同性愛者であり、二人は恋人でもあった)、笙を買い求めたりもしている。そして、能「隅田川」を観て衝撃を受け、「カーリュー・リヴァー」の作曲を思いついたという。カーリューというのはダイシャクシギのことだという。在原業平がモデルである「伊勢物語」の主人公が隅田川まで来たときに、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥 我が思ふ人はありやなしやと」と詠んだ都鳥(別名:ゆりかもめ)がダイシャクシギに置き換えられている。

ただ筋書き自体は換骨奪胎がなされており、日本的な要素は余り残さず、イギリスの話として通るように仕上げている。

ただ、オペラとしての面白さはまた別として、能「隅田川」とオペラ「カーリュー・リヴァー」のどちらがより感銘深いかというと、断然、能「隅田川」である。やはり無常観ということに関しては日本人の方が優れた感受性を発揮しているように思う。「カーリュー・リヴァー」で描かれているのは、死生観であるが無常観までは達していない。両者は似ているが差は大きい。

ラストは、歌手、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の団員、山下一史らが黒いコートを纏い、客席通路を通って退場する。歌手達はコラールを歌う。やはり効果的な演出であった。

ブリテンの音楽は優れてはいるものの、彼のベストではないように思う。

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