カテゴリー「ピアノ」の52件の記事

2019年10月18日 (金)

コンサートの記(598) 第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエル(フォルテピアノ:川口成彦)

2019年10月5日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後3時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタで第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエルを聴く。今年から足かけ3年に渡る企画の第1回である。ショパンが生きていた時代のプレイエル社製のフォルテピアノを使用してショパン作品を弾くという企画。ピアニストは、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位入賞者である川口成彦(なるひこ)が登場する。

川口成彦は、1989年盛岡市生まれ、横浜市育ちの若手ピアニスト。先に書いた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール2位のほか、ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門最高位、第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール優勝という華麗なキャリアを誇っている。東京藝術大学と同大学院修了。二十歳の頃からフォルテピアノに触れるようになり、古楽の本場であるオランダのアムステルダム音楽院古楽科修士課程に進んで古楽を本格的に研究するようになる。現在もアムステルダム在住。フォルテピアノを弾くことが多い様だが、勿論、モダンのピアノフォルテも演奏する。

 

当然ながらオール・ショパン・プログラムである。前半はショパンがジョルジュ・サンドとノアンで過ごした時期に書かれたものを並べ、ワルツ第12番、夜想曲第15番、バラード第3番、前奏曲嬰ハ短調、即興曲第2番、「舟歌」が弾かれる。後半は、ショパンがサンドとマヨルカ島に滞在していた時期を中心に書かれた24の前奏曲の演奏である。

楽器は1843年製のプレイエル マホガニーケース 製造番号No.10456(タカギクラヴィア所有)のフォルテピアノが使用される。フォルテピアノであるが、製作時期が比較的新しいため、モーツァルトやベートーヴェンの時代のフォルテピアノとは響きがやや異なる。近年、ヨーロッパのピアニストを中心に、モダンピアノフォルテを使いながらペダリングやタッチを工夫して古楽風の音色を出すことが流行っているが、その音色に近い。

 

川口はマイクを手にトークを挟みながらの演奏を行う。ショパンは二十歳近辺の頃に(ショパンは正確な生年がわからない人である)ポーランドを離れてウィーンに渡るのだが、タイミングが悪かったのかウィーンでは活躍することが出来ずにパリに移る。そしてパリで出会ったのがフランスのピアノメーカーであるプレイエルのピアノである。プレイエル社もショパンを全面的にサポートし、マヨルカ島にショパンが渡った時にはピアニーノという小型のアップライトピアノをショパンに送っており、ショパンはその楽器で作曲を行ったとされる。また完成した24の前奏曲はその縁でプレイエル社のカミーユ・プレイエルに献呈されている。ノアンのサンドの邸宅にもプレイエル社はピアノを送っており、ショパンが作曲と演奏を行った。
ベートーヴェンやリストは作曲を行う際に虚勢を張るようなところがあるが、ショパンは素直にピアノに向かって音楽を語る人であり、その点でシューベルトに似ていると川口は語る。

残された記録によると、ショパン自身は毎回のように即興を取り入れており、楽譜通りに演奏されたことはほとんどなかったそうだが、川口のピアノも緩急自在であり、たまにであるが音を足すこともある。

モダンのピアノで弾くと、ロマンティシズムが前面に出されることの多いショパンの音楽であるが、フォルテピアノで聴くとある種の親密さが増し、等身大で語りかける音楽へと傾いてくるのが感じられる。ショパンの時代はまだコンサートホールでなくサロンなどで演奏されるのが一般的であったが、その意味では川口が奏でるのはサロン的なショパンともいえるだろう。

夜想曲第15番は、今日弾くフォルテピアノが製作された1843年に作曲された作品だそうである。ショパンは33歳か34歳。青年期を過ぎて、これからが更に期待される年齢であるが、ショパンは生まれつき体が弱く、すでに結核も患っていて、6年後の1849年に若くして他界することになる。

 

メインである24の前奏曲は24の調を使って書かれた意欲作。バッハに倣っての作曲であり、今でもピアノ作品の最高峰の一つに数えられる。一方で、難度や作風、長さなどがバラバラであり、表現が難しい。第2番、第4番、第6番(元々はこの曲が「雨だれ」だったとされる)などは、私も弾いたことがある技巧的には平易な曲であるが、いずれも沈鬱な曲調を持ち、場合によっては不気味だったりする。川口はそうした要素は意識はしているが大袈裟にはならないよう心がけた演奏を行っているように思われた。大時代的なショパン像は巨大ホールが出現した19世紀後半から20世紀初頭に掛けて形作られたもので、ショパンが生きていた頃には目の前の少数の聴衆を相手にしているということもあって、いい意味で抑制された演奏が行われていたのだと思われる。
「太田胃散の曲」として知られる(?)第7番では速めのテンポを採用。CMサイズの演奏とは違った自由感を出していた。
24の前奏曲の中で最も有名なのは「雨だれ」というタイトルのついた第15番だと思われる。この曲も私が弾けるほど技術的には平易なのだが、かなりドラマティックに演奏されることが多い。ショパンの名手として知られたアルフレッド・コルトーなどは、寝た子をあやす母親の前に悪魔が現れて子どもを襲おうとするというおどろおどろしい内容の詩をこの曲につけているが、そうした物語的な演奏をする人はコルトーに限らず多い。ただ川口の場合はショパン本人の声を探ることに徹しているように聞こえる。オーケストラ音楽もそうだったが、ピアノも古楽的な解釈が進むことによって演奏スタイルが今後もどんどん変わっていきそうな気がする。

アンコールは2曲。まずはワルツ第9番「別れのワルツ」。この曲はサンドではなく、ライプツィッヒで出会って一目惚れした女性と別れるときに書かれたとされる曲である。甘口だったり感傷的に弾かれることも多いが、川口の「別れのワルツ」は比較的さっぱりしている。フォルテピアノの音色も大きく影響しているだろう。

2曲目は、歌曲として書かれた「春」ト短調を自らピアノ用に編曲したものが弾かれる。過ぎた春を回顧する趣の楽曲であるが、川口の弾くフォルテピアノからはノスタルジックな音色と音型とイメージが次々と溢れ出てきていた。

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2019年10月 6日 (日)

コンサートの記(595) 酒井茜&マルタ・アルゲリッチ ピアノ・デュオ・リサイタル名古屋公演2019

2019年9月27日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて

午後6時45分から、愛知県芸術劇場コンサートホールで、「酒井茜&マルタ・アルゲリッチ ピアノ・デュオ・リサイタル」を聴く。酒井茜とマルタ・アルゲリッチによるピアノ・デュオ・リサイタルツアーは今日が初日で、今後、オープンしたばかりの高崎芸術劇場大劇場とサントリーホールで公演を行う。

曲目は、モーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調、プロコフィエフ作曲/プレトニョフ編曲による2台のピアノのための組曲「シンデレラ」、ストラヴィンスキー本人による2台のピアノのためのバレエ音楽「春の祭典」

マルタ・アルゲリッチは現役最高の天才女性ピアニストとして知られる。アルゼンチンのブエノスアイレス出身。8歳で公開リサイタルを開いた神童であり、1957年にブゾーニ国際ピアノコンクールとジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝して「美貌の天才女性ピアニスト」として脚光を浴びる。1965年にはショパン国際ピアノコンクールで優勝。その後、ショパン国際ピアノコンクールの審査員にもなっているが、自らが「本当の天才」と推したイーヴォ・ポゴレリチが予選落ちしたことに激怒して審査員を降りたことでも有名になっている。シャルル・デュトワと夫妻であったこともあるが、共に来日する際に飛行機内で大喧嘩となり、アルゲリッチはそのまま日本に降り立たずに引き返してしまって離婚に至っている。デュトワとはその後仲直りしており、デュトワ指揮のNHK交響楽団とも共演。この時の模様は茂木大輔がエッセイでユーモラスに描いている。
1998年以降は別府アルゲリッチ音楽祭を主催し、日本でも特に親しまれているピアニストの一人となっている。
1980年代頃からピアノソロ作品をほとんど弾くことがなく、室内楽や協奏曲のソロに力を入れていることでも有名で、「ステージ上に一人だと寂しいから」と語ったこともあるが、無料パンフレットに記された片桐卓也のエッセイには、「だって、弾くべきソロ曲はもうみんな弾いてしまったから」と答えており、デュオや室内楽には弾くべき作品があるということでそちらに力を入れているとしている。

酒井茜は名古屋生まれのピアニスト。アルゲリッチとはたびたび共演しており、ピアノ・デュオ版の「春の祭典」は録音もしている。
母親はピアノ教師。桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学ピアノ専攻を経てベルギーに留学。ブリュッセル音楽院、ルーヴァン音楽院大学院に学んでいる。近年は、第一次世界大戦後のポーランド系作曲家の作品の発掘に力を入れているそうである。

 

モーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調。モーツァルト16歳時の作品である。
酒井茜のピアノはやや走り気味に感じられるが、低音を受け持つアルゲリッチがそれを柔らかく受け止めて、可憐なモーツァルトに仕上げる。

 

プロコフィエフの組曲「シンデレラ」。ミハイル・プレトニョフが2台のピアノのために編曲した版である。プロコフィエフの奇抜さと美しさを兼ね備えた音楽をプレトニョフはそのまま生かしており、酒井茜がピアノの弦を素手で何度も叩くという特殊奏法も用いられている。
プロコフィエフの音楽をアルゲリッチも変幻自在の音色で表現。曲調に合わせて時にまろやかに時に涼やかに時に鋭く音を奏でる。4本の手で奏でているとは思えないほどの多彩な表現が聴かれ、総体として鮮やかなファンタジーを紡ぎ上げた。

 

後半。ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。場所を交代し、酒井が第1ピアノ、アルゲリッチが第2ピアノを受け持つ。
初演時に一大スキャンダルを巻き起こしたことで知られる「春の祭典」。ストラヴィンスキーは管弦楽版と同時進行で2台のピアノのためのバージョンを作曲している。
音色のパレットはオーケストラ版の方が当然ながら豊富だが、それ以上に迫力が前面に出ているため、2台のピアノ版の方が色鮮やかに聞こえるという特徴がある。リリシズムの表出も2台のピアノ版の方が上だ。
第1ピアノの酒井の鮮烈さと第2ピアノのアルゲリッチが生む重厚さとリズム感の冴え、そして二人の相性の良さが際立ち、ピアノ・デュオの表現の幅が広がったかのような、華麗にして手作り感のある「春の祭典」が生まれた。

 

喝采を受けたアルゲリッチと酒井はステージを一周。ピアノの周りをぐるりと回る。スタンディングオベーションを行う聴衆も多く、アルゲリッチは、「まあまあ、こんなに喜んでいただけて」といった風に酒井と共に深々とお辞儀をした。

 

アンコールは、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」より“妖精の園”。ラヴェルらしい温かさと優しさと粋に溢れた曲であり、ラストの高音の煌めきは愛知県芸術劇場コンサートホールのステージから遙か上方に向かって際限なく伸びていった。

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2019年8月26日 (月)

坂本龍一 2種の「Batavia」

 

 

 

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2019年7月21日 (日)

コンサートの記(577) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団第26回いずみ定期演奏会

2015年2月26日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、日本センチュリー交響楽団第26回いずみ定期演奏会を聴く。今日の指揮者はセンチュリー響首席指揮者の飯森範親。

いずみホールは室内楽や器楽の演奏に向いた中規模ホール。日本センチュリー交響楽団も2管編成の中編成オーケストラということで、曲目もそれに相応しいものが選ばれる。
J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第3番、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(ピアノ独奏:萩原麻未)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲は、ヴァイオリン4人、ヴィオラ2人、チェロ3人、コントラバス1人、チェンバロ1人という編成での演奏。今日は女性奏者は全員、思い思いのドレスアップをしての登場である。京都市交響楽団の場合だと場所柄、着物姿の奏者もいたりするのだが、大阪だけに流石にそれはない。

飯森はノンタクトでの演奏。譜面台を置き、譜面をめくりながら指揮するが、スコアに目をやることはほとんどなく、奏者の方を向きながら譜面を繰ったりしていたので、全曲暗譜していて譜面を置いているのは形だけであることがわかる。
当然ながらピリオド・アプローチを意識しての演奏だったが、ビブラートは結構掛ける。いずみホールは中規模ホールにしては天井が高く、空間も広いので、徹底してノンビブラートにすると後ろの方の席では良く聞こえないということが起きるためだ。演奏の出来はまずまずである。飯森はどちからというとロマン派以降に強い指揮者なのでバッハが抜群の出来になるということはないと思われる。


萩原麻未をソリストに迎えてのモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。場面展開の間、飯森範親がマイクを片手に現れてトークで繋ぐ。萩原については、萩原がジュネーヴ国際コンクールで優勝するより前に広島交響楽団の演奏会で共演したことがあるという話をした。

萩原麻未は、1986年、広島市生まれの若手ピアニスト。2010年にジュネーヴ国際コンクール・ピアノ部門で日本人としては初となる第1位に輝き、注目を集めるようになった演奏家である。5歳でピアノを初めて数ヶ月後に広島県三原市のジュニアピアノコンクールで優勝、13歳の時に第27回パルマドール国際コンクール・ピアノ部門で史上最年少優勝という神童系ピアニストでもある。広島音楽高等学校を卒業後に渡仏、パリ国立音楽院卒業、同大学院修士課程修了。パリ地方音楽院室内楽科やザルツブルク・モーツァルティウム音楽院でも学んでいる。

昨年、藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団と共演したが、藤岡がプレトークで萩原のことをベタホメに次ぐベタホメで持ち上げすぎてしまったため、「うーん、期待したほどではなかったかな」という印象を受けた。アンコールで弾いたショパンの夜想曲第2番の第2拍と第3拍をアルペジオにするなど個性派であることはわかったが。

ただ今日は飯森範親が持ち上げすぎなかったということもあるかも知れないが、傑出したピアニストであることを示す演奏を展開する。

まず、ピアノの音色がウエットである。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番は、モーツァルトが書いたたった2曲の短調のピアノ協奏曲の内の1曲であり、萩原のピアノの音色はモーツァルトの悲しみを惻惻と伝えることに適している。スケールも大きい。ペダリングもまた個性的であり、優れたピアニズムの一因となっている。
第2楽章の典雅さも魅力的であり、第3楽章では速めに弾いたりするが、それはモーツァルトの切迫した心情を表現するのに適ったものである。

萩原は、基本的に猫背で顔を鍵盤に近づけて弾く。グレン・グールドのような弾き方である。日本では良しとされない弾き方であるが、海外で学んだ結果、今のスタイルに行き着いたのであろう。

飯森指揮のセンチュリー響であるが、先にも書いた通り、いずみホールはオーケストラを演奏するのに必ずしも向いたホールではない。萩原のピアノのスケールが大きく、良く聞こえたのに比べると、センチュリー響の伴奏はピリオド奏法を取り入れているということもあって音が小さく聞こえてしまうという難点があった。

萩原はアンコールとして、J・S・バッハ=グノーの「アヴェ・マリア」を弾く。バッハの「平均律クラーヴィア集第1巻より前奏曲」をグノーが伴奏に見立てて旋律を上乗せした作品である。雅やかで祈りに満ち、それでいて情熱的という不思議な世界が展開された。


メインであるベートーヴェンの交響曲第7番。飯森はこの曲だけ指揮棒を用い、譜面台なしの暗譜で指揮する。古典配置、ピリオド・アプローチによる演奏。飯森は指揮者としてはまだ若いだけに颯爽とした演奏が繰り広げられる。

第1楽章の終盤で、第1拍のみを強調したりする個性的な演奏であるが、おそらくベーレンライター版のスコアを持ちいて独自の解釈をしたのであろう。

第1楽章からアタッカで入った第2楽章は深みには欠けるがそれ以外は上出来である。

第3楽章、第4楽章は燃焼度の高い演奏となる。飯森は右手に持った指揮棒では拍を刻み、左手で表情を指示することが多いが、センチュリー響も飯森の指揮によく応え、集中力の高い演奏を行う。白熱した快演。
少しスポーティな感じはするが全体的には悪くない演奏である。ただ、コンサート全体を通して見ると萩原のピアノのほうが印象深い演奏会であった。

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2019年6月22日 (土)

コンサートの記(564) エリック・ル・サージュ ピアノ・リサイタル2019京都

2019年5月10日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後7時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタでエリック・ル・サージュのピアノ・リサイタルを聴く。

エリック・ル・サージュは、1964年生まれのフランスのピアニスト。エクサン・プロヴァンスに生まれ、パリ国立高等音楽院を17歳で卒業。その後、ロンドンに渡り、マリア・クルチオに師事。1985年のポルト国際ピアノコンクールと1989年のロベルト・シューマン国際ピアノコンクールで優勝し、1990年のリーズ国際ピアノコンクールでは3位に入賞している。
プーランクの室内楽全集のピアニストとして注目され、シューマンのピアノ曲と室内楽曲の全集、フォーレの室内楽作品全集にも参加している。

曲目は、シューマンの「子供の情景」、フォーレの夜想曲第6番、ドビュッシーの「子供の領分」、シューマンの「謝肉祭」
前半に子供時代を描いたピアノ曲として知られる2つの組曲が並ぶという意欲的なプログラムである。

 

シューマンの「子供の情景」は、1曲目の「見知らぬ国から」の3連音を崩し気味に弾くなど、即興性が強い。ドイツ人や日本人のピアニストだったら思い入れたっぷりに弾くであろう「トロイメライ」も速めのテンポで流すように歌う。文学性や物語性よりも響きを重視しているのもフランスのピアニストらしいところである。

シューマンのスペシャリストとしても知られるル・サージュだが、フォーレの夜想曲第6番における音の煌めきを聴くと、やはりフランス音楽の方が合っているということに気づく。なお、この曲だけは譜めくり人をつけて楽譜を見ながら演奏を行った。

 

ドビュッシーの「子供の領分」。ジャズの影響なども受けているドビュッシーであるが、ル・サージュの演奏を聴いているとそのことがよく分かる。全体的に洒脱で愛らしい演奏であり、フレンチジャズも演奏出来そうなリズム感の良さやもよく表れている。

 

ドビュッシーの「喜びの島」。色彩感豊かで、ワクワクが枠から溢れ出て来るような「喜びの島」である。

 

後半、メインであるシューマンの「謝肉祭」。スケールが大きく、透明感溢れる音色に支えられた端正な演奏をル・サージュは展開する。
今日は5列目の22番という、一般的な小ホールなら一番良い音がするはずの位置に座っていたのだが、アンサンブルホールムラタは内部が六角形という、珍しいというほどではないが近年は少なくなった設計であり、この曲の演奏中には反響した音が右後ろから聞こえてくるなどハウリングが起こっていた。だが演奏そのものは聴き応えがある。ラストの第20曲「ペリシテ人とたたかうダヴィッド同盟員」はノリノリの演奏となり、演奏終了後に盛んな拍手と「ブラボー!」がル・サージュを讃えた。

アンコール。まずシューマンの「ダヴィッド同盟」舞曲集より第14曲が演奏され、最後のドビュッシーの「映像」より「水の反映」が演奏される。
シューマンも優れた出来だったが、ドビュッシーの「水の反映」は描写力といい詩情といい最高クラスの逸品で、やはり聴衆を沸かせた。

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2019年5月18日 (土)

これまでに観た映画より(126) 「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」

2019年5月13日 京都シネマにて

京都シネマで「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」を観る。ブルース・スピーゲル監督作品。20世紀を代表するジャズピアニストの一人であったビル・エヴァンス(本名:ウィリアム・ジョン・エヴァンス)の生涯を、関係者と残されたビル・エバンス本人の証言で綴るドキュメンタリー映画である。

理知的な容姿と繊細にして美しいタッチ、抒情的かつ哲学的な作風が印象的なビル・エヴァンス。死から40年近くが経過した今でも最も人気のあるジャズピアニストの一人であり、ミニシアターとはいえ京都シネマのシアター2がほぼ満員となる。

初期は見るからにインテリ風の容貌であったビル・エヴァンスであるが、実際にサウスイーストルイジアナ大学でクラシック音楽を専攻しており、学歴のない黒人が多かった当時のジャズミュージシャンの中では異色であった。白人がジャズをやっているというだけで黒人からも白人からも白眼視されるという世代ではなかったが、それでもマイルス・デイヴィスのバンドに参加していた頃には、黒人用クラブで演奏を行うと、「白い野良猫が何の用だ?」などと暴言を浴びせられたそうである。

大学でクラシック音楽を学んだ白人ピアニストということで、「きちんとした」印象を抱かれがちなビル・エヴァンス。実際、マイルスのバンドに「エレガント」な要素を加えたのは彼なのであるが、その生涯は「史上最も緩慢な自殺」といわれており、麻薬に溺れ、音楽の中でしか生きられない人生であった。ヘロインを始めたのはマイルスのバンドに加わった1950年代半ばのこと。マイルスを始めとする一流のジャズミュージシャンに囲まれ、しかもエヴァンス以外は全員黒人というプレッシャーの中で、弾けない状態に陥った彼は、ストレスをやわらげるためにヘロイン注射を始め、最も酷いときには45分置きに注射をしないと気が済まないようになってしまう。あるいはもし音楽がなかったら、彼は20代で自殺していたかも知れない。

ビル・エヴァンスは、兄のハリーや内縁の妻であったエレインを自殺で喪っている。ビル・エヴァンス・トリオ最初のベーシストであったスコット・ラファロもトリオ結成直後に事故死するなど彼の周辺には常に悲劇がつきまとっている(もっともエレインの自殺の原因はビル・エヴァンスの浮気であり、エヴァンスはエレインに新しい相手のネネットを紹介し、エレノアはショックで地下鉄に飛び込んで自殺。その直後にエヴァンスはネネットと結婚しており、彼が見た目に反して「いかれたジャズメン」の一人であることがわかるのだが)。その陰は音楽にも表れており、後年の音楽の奥深さに影響しているのは間違いないと思われる。「自己との対話」など、若い頃から孤独と向き合ってきたビル・エヴァンスの音楽は、悲劇的な人生展開によってより内省的になっていく。それであるが故にビル・エヴァンスの音楽は孤独に優しい。

トニー・ベネットはビル・エヴァンスが電話で彼に語った言葉を人生訓としている。「美と真実だけを追究して他は忘れろ」。良い言葉だ。ただいかにも不器用だ。ビル・エヴァンスは人生を破綻させても全てを音楽に捧げた。ビル・エヴァンスの録音は今も聴くことが出来る。仮の肉体を纏ったものではない本当のビル・エヴァンスは今も生き続けていると言えるのだろう。

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2019年5月 3日 (金)

コンサートの記(553) 「ムジークフェストなら」2014 アルバート ロト ピアノリサイタル「再び天才の六月」

2014年6月6日 なら100年会館中ホールにて

奈良へ。
現在、奈良では「ムジークフェストなら」という音楽祭が行われている。

折角、近く(というほど近くはないが)で音楽祭をやっているのだから、いくつか聴きに行こうと思い(奈良のホールの音響を確かめたかったということもある)、今日はその一つである、アルバート・ロト(会場やチケット、曲目を記した用紙には、何故か「アルバート ロト」と中点なしの表記がなされている)のピアノリサイタルを聴くために奈良まで足を運んだのである。
会場は、なら100年会館中ホール。JR奈良駅前という一等地にあるが、洛北からだと、JR奈良駅に行くには面倒な乗り換えが多く、またいずれにせよ近鉄丹波橋で乗り換えるため、丹波橋から近鉄で近鉄奈良駅まで出て、歩いて、なら100年会館まで向かうことにする。

なら100年会館には初めて行くので、場所をチェック。奈良は京都と同じで、東西と南北にほぼ一直線に道が伸びているため、わかりやすい。
なら100年会館は、奈良市の市政100年を記念して1999年にオープンした比較的新しい文化芸術施設である。大、中、小の3つのホールがあり、外観は立派。中ホールはシューボックス形式で、内観はお洒落である。
全席自由であり、整理番号もないため、中ホール入り口には列が出来ていたが、「特に良い席で聴く必要はないや」と思い、そばにある休憩所でのんびりして、列になっている人がいなくなる頃を見計らって中ホールに入る。下手(しもて)、中央、上手(かみて)の3列で、左右に伸びる中央通路を挟んでステージに近い側の席と遠い席があるのだが、上手のステージに近い席が空いていたので、そこに座る。
ピアノコンサートの聴衆は4パターンに分かれる。「取り敢えず真ん中」派と、「ピアニストの手元が見えるので下手」派、「ピアニストの顔が見えて、音も良いので上手」派、「席にはこだわらない若しくは空いてる席に座る」派である。ピアノのコンサートに通い慣れている人は、下手派と上手派に分かれるようだが、私はどちらかというと下手派ではある。だが、今日は上手の席を選んだ。

午後7時から、「ムジークフェストなら アルバート・ロト ピアノリサイタル2014 再び天才の六月」を聴く。「天才の六月、再び」か「六月、再びの天才」の方がタイトルとして良いと思われるのだが、コンサートのタイトルに文句を言っても仕方がない。

アルバート・ロトは、1946年、ニューヨーク生まれのピアニスト。父はポーランド系、母はウクライナ人だという。ジュリアード音楽院で名教師のゴロニツキーに学ぶ。ホロヴィッツが「教えたい」と申し出るもこれを断っている。1965年のモントリオール国際コンクールと、1966年のブゾーニ国際コンクールのピアノ部門で優勝。1970年の初来日後、毎年のように来日しているそうだが、私は寡聞にして知らない。現在はマンハッタン音楽大学の教授も務めている。夫人は日本人で、雪の結晶を世界で初めて発見した中谷宇吉郎の三女だそうである。

名前を知らないピアニストだったので、ムジークフェストならがなければ生涯聴くことはなかった演奏家だと思われるが、ちょっとした巡り合わせで聴くことになった。プログラムに惹かれたということもある。
曲目は、J・S・バッハ作曲(ブゾーニ編曲)「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」より“シャコンヌ”、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番と第21番「ワルトシュタイン」、ショパンのバラード第3番「水の精」、ショパンの夜想曲第8番、ショパンのポロネーズ第6番「英雄」(「英雄」ポロネーズ)。
ロトは、黒いズボンとシャツ、白のジャケットで登場する。

バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」。ファジル・サイのピアノによる超名演を生で聴いたことのある曲である。ファジル・サイのようなピアニストを天才と呼ぶならロトは天才では全くないが(そもそも現役のピアニストで「天才」と呼べる人は私は10人ほどしか知らない)、時に骨太、時に柔らかで繊細な音でロトは「シャコンヌ」を紡ぎ出していく。
ファジル・サイは、大バッハとブゾーニ、ブゾーニに影響を与えたリストと、リストに影響を与えたベートーヴェンというあらゆる音楽家の要素が高い次元で統合された演奏を聴かせたが、ロトの弾く「シャコンヌ」は敢えて言うならベートーヴェン的である。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ、それも大曲が2曲も並ぶというプログラムから、ベートーヴェン弾きとしての誇りが窺われる。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番と第22番「ワルトシュタイン」はいずれも正攻法の演奏である。ロトは鍵盤を強打した後で手を跳ね上げるというパフォーマンスも見せる。
天才ではないが、正攻法の優れたベートーヴェン弾きというと、チリ出身のクラウディオ・アラウが思い浮かぶが、アラウはブゾーニの弟子である。

ショパンのバラード第3番では瑞々しい演奏を展開し、夜想曲第8番では叙情味たっぷりの愛らしい演奏を披露する。だが、「英雄」ポロネーズでは指がもつれ気味。歌い崩したり音を切る場所を変えたりするが、サンソン・フランソワや河村尚子のように効果的だからやっているのではなく、「こうした方が楽に弾けるから」という理由で行っているように聞こえた。

全プログラム終了後、ロトはマイクを片手に登場し、日本語で(奥さんが日本人なので日本語も流暢である)「今日は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番と第22番と弾くことが出来てとってもハッピーです。アンコールとして、第31番の第1楽章を演奏したいと思います」と語り、再び充実したベートーヴェンがホールに満ちた。

なら100年会館中ホールの音響であるが、前の方の席で(ここの席順は、1列2列という数字や、A列B列というアルファベット順ではなく、イロハ順である)ピアノの直接音がそのまま届いたため、ホール全体の音響はわからなかった。だが、素直な音のするホールだということはわかった。

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2019年4月29日 (月)

コンサートの記(551) ローム ミュージック フェスティバル 2019 「オーケストラコンサートⅡ 二大コンチェルトの饗宴~日下紗矢子・反田恭平 with 京都市交響楽団」&「リレーコンサートC 河村尚子ピアノ・リサイタル~偉大なるベートーヴェン~」

2019年4月21日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールおよびサウスホールにて

午後2時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ロームミュージックフェスティバル2019 オーケストラコンサートⅡ「二大コンチェルトの饗宴~日下紗矢子・反田恭平 with 京都市交響楽団」を聴く。ロームミュージックフェスティバル2019の2日目にして楽日のオーケストラ公演。指揮は、2016年に行われたロームミュージックフェスティバルのタクトも執っている阪哲朗。ナビゲーターをフリーアナウンサーの朝岡聡が務める。反田恭平人気もあって、チケットは完売である。

曲目は、まずオッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲が演奏され、次いでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番(原典阪)という二つのコンチェルトが登場する。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は「メンコン」の愛称で知られ、三大ヴァイオリン協奏曲の一つにも数えられる有名作だが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番は取り上げられる機会が極めて希少な作品である。第1番から第3番までを収めた「チャイコフスキー ピアノ協奏曲全集」はいくつかあって、私はヴィクトリア・ポストニコワが夫君であるゲンナジー・ロジェストヴェンスキーの指揮で録音したものを千葉にいた頃に聴いているが、それでも聴いたのは2回程度、京都に来てからは聴いておらず、曲も忘れている。ということで事実上、初めて接することになる。YouTubeにはいくつか演奏がアップされていると思われるが、敢えて聴かずに出掛ける。


指揮者の阪哲朗は京都市出身。京都市立芸術大学音楽学部で作曲を専攻し、卒業後にウィーン国立音楽大学で指揮をレオポルド・ハーガーらに師事。1995年に第44回ブザンソン指揮者コンクールで優勝して一躍脚光を浴びている。欧州では一貫してオペラ畑を歩き、アイゼナハ歌劇場音楽総監督、レーゲンスブルク歌劇場音楽総監督などを務めている。コンサート指揮者としては客演が主で、これまで特にこれといったポストには就いていなかったが、この4月に山形交響楽団の常任指揮者となっている。


今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏である。どうも第2ヴァイオリンは今日は全員女性のようで、ありそうでなかなかない光景となった。小谷口直子は降り番だったが、それ以外は首席奏者が前半後半ともに顔を揃える。


オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲。阪哲朗はかなり細かな指示を京響に送る。指揮の動きがかなり細やかだ。
阪哲朗は若い頃はスケールが小さいという難点があったが、最近は音楽が徐々にではあるが拡がりを増しているように思われる。ただ、これまで何人もの指揮者を目にしてきたが、指揮棒を動かしすぎる指揮者は得てしてスケールが小さいように感じられる。楽団の自発性を引き出しにくいということが影響しているのだろうか。


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの日下紗矢子は、現在、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の第1コンサートマスターと読売日本交響楽団の特別客演コンサートマスターを務めている。

朝岡聡による楽曲の紹介があり、第1楽章の美しさ、第2楽章の希望、第3楽章の「天使が跳ねるような」快活さが語られる。

一週間前のスイス・ロマンド管弦楽団の来日演奏会で辻彩奈のソロによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴いたばかりだが、日下のヴァイオリンは辻に比べて旋律を線として捉えることに成功しているように思われる。音色には艶があり、スケールが大きくて音の通りも良いが、ロームシアター京都メインホールは同じ永田音響設計が手がけた兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール同様、オーケストラよりもヴァイオリンの方が聞き取りやすいようである。
日下も京響も音色や曲調の変化の描き方に長けており、京都らしい雅やかな演奏となった。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番。まず朝岡聡が楽曲とソリストである反田恭平の紹介を行う。「今更申し上げるまでもないと思いますけれど」と前置きしての「今最も上り調子であるピアニスト」反田の紹介。高校在学中に第81回日本音楽コンクールで1位となり、チャイコフスキー記念モスクワ音楽院に首席で入学。現在はショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)で学んでいる。反田がTwitterやInstagramをやっているということで、このコンサートのために反田が書いた文章も朝岡は読み上げた。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番であるが、カデンツァがもの凄く、p(ピアノ)の指示が12個並ぶ。「pが弱く、ppがピアニシモ、pppがピアニシモシモ、12個だとなんと読むんでしょうか」。更にf(フォルテ)も9個並ぶことが紹介される。「このカデンツァを聴くだけでも来た甲斐がある」そうで、全曲を聴き終えたときには、「感動を通り越して衝撃。もしかしたら子孫末代に至るまでの語り草となる」というところで笑い声が起こったので、「いや、大袈裟じゃありません」と続けた。

その反田のピアノであるがとにかく巧い。巧すぎるといってもいいほどで、メカニカルな部分に関しては少なくとも実演に接したことのある日本人ピアニストの中では最高である。韓国人ピアニストのキム・ソヌクを京都市交響楽団の定期演奏会で初めて聴いた時も余りの巧さに驚いたのだが、それに匹敵するほどの超絶技巧の持ち主と見ていい。音にクッキリとした輪郭があり、いかなる時も音に淀みや歪みはなく、あるべき時にあるべき場所に音がはまっていく。シャープな感受性の持ち主であることも察せられ、まさに21世紀スタイルの日本人ピアニストの登場と書いても過言ではないほどだ。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番であるが、第1番とは違い、ニコライ・ルビンシテインから高く評価されている。初演もニコライがピアノを弾く予定だったのだが、それに至る前にニコライは逝去。初演はニコライの死の翌年にセルゲイ・タネーエフのピアノ、ニコライの兄であるアントン・ルビンシテインの指揮によってモスクワで行われ、大成功を収めた。ただ、その後、評価は落ちてしまったようである。
曲調や表情がコロコロと変わるため、作曲者の意図が今ひとつはっきりしないというのも理由の一つだと思われる。第2楽章でヴァイオリンとチェロのソロがピアノをそっちのけにして掛け合いを続けるというのもピアノ協奏曲としては奇妙である(第1楽章のカデンツァなどに超絶技巧が必要とされるため、ピアニストに休む時間を与えたと考えることも出来るように思う)。今日は泉原隆志とチェロの中西雅音(まさお)が情熱的なソロを奏でた。
反田の壮演に会場は沸きに沸き、スタンディングオベーションを行う人が多数。ポピュラー音楽のコンサート並みに盛り上がる。

最後に反田はピアノの蓋を閉じて、京響のメンバーの顔が見えるようにして拍手を送るというパフォーマンスを見せた。


次いで、午後5時30分から、サウスホールでリレーコンサートC「河村尚子ピアノ・リサイタル~偉大なるベートーヴェン~」を聴く。

曲目は、ピアノ・ソナタ第26番「告別」、ピアノ・ソナタ第27番、ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」

現在、連続してベートーヴェンのピアノ・ソナタの演奏に取り組んでいる河村尚子。CDのリリースも始まっている。

今日は最前列。選んだのではなく、コンピューターが勝手に割り振った席である。クラシックのコンサートでは最前列は演奏者に近いがその割に音が飛んでこないので敬遠されることが多く、余り期待していなかったのだが、かなり音が良い。上からピアノの音が降ってくるような音響である。サウスホールはステージが高めなので、ピアノの蓋に当たった音が直接最前列に降りてきたのだと思われる。

河村尚子の描くベートーヴェンであるが、やはり凄い。壮絶である。反田恭平が天に羽ばたくようなピアノを弾くなら、河村尚子は地上を駆け抜ける駅馬車のような重厚なピアノで勝負する。表現の幅が広く、優れたピアニストが再創造者であることを確認させられるような優れたベートーヴェンであった。

今日はアンコールがある。河村が昨日一昨日とNHK交響楽団との共演で矢代秋雄のピアノ協奏曲を弾いたということで、矢代秋雄が書いた4手のためのピアノ曲「夢の舟」を岡田博美が2手のために編曲したものを弾く。友人であった三善晃の作品にも通じる穏やかな抒情美を讃えた作品であった。
 

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2019年4月 3日 (水)

コンサートの記(540) ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル2013京都

2013年11月21日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、ジャン=マルク・ルイサダのピアノ・リサイタルを聴く。

ジャン=マルク・ルイサダは、チュニジア生まれのフランスのピアニスト。自在なピアノ演奏で知られ、特にショパンの演奏には定評がある。今回は、後半にショパンのワルツ12曲が演奏される。


前半は、フォーレの夜想曲第11番(急遽プログラムに追加)とシューベルトのピアノ・ソナタ第21番。後半は、モーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」に続き、ショパンのワルツ12曲が演奏される。前半、後半共に間を置かずに演奏する。つまり、前半はフォーレの夜想曲第11番とシューベルトのピアノ・ソナタ第21番で1曲、後半はモーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」とショパンのワルツ12曲で1曲という解釈のようだ。珍しい解釈である。

演奏されるショパンのワルツの順番は、第1番「華麗なる大円舞曲」、第3番「華麗なる円舞曲」、第4番「華麗なる円舞曲」、第12番、第13番、第14番、第9番「別れのワルツ」、第6番「子犬のワルツ」、第7番、第8番、第11番、第2番「華麗なる円舞曲」

ピアニストは暗譜して弾くのが慣例だが、ルイサダの場合は全曲譜面を見ながらの演奏。譜めくり人(日本人女性)同伴である。ただ、曲を憶えていないわけではなく、ショパンのワルツを弾くときは、「ワルツ集」の楽譜を使っていたが、ワルツ第11番から第2番まで戻る時、譜めくり人がページを繰るのに時間が掛かったため、まだページを戻している最中に弾き始めてしまったりもした。
最近では、指揮者も暗譜を否定して譜面を見ながら指揮する人が多くなったが、ピアニストも同傾向なのかも知れない。必ず譜面を見ながら演奏するピアニストとして有名な人に、ロシア出身で、日本人男性と結婚し、日本在住となったイリーナ・メジューエワがいる。

前半のフォーレとシューベルトでは、ルイサダはウェットで哀感のこもった音をピアノから引き出す。これはフォルテシモであっても、明るい旋律であっても変わることはない。「顔で笑って心で泣いて」という感じである。
フォーレもシューベルトも抒情的な作風であり、間を置かず演奏されても特に違和感はない。
フォーレは高雅であり、シューベルトは右手の若々しい歌と左手で弾かれる低音の不吉な感じの対比が鮮やかだ。


後半の第1曲として弾かれたモーツァルトの「グラスハーモニカのためのアダージョ」は初めて聴く曲だが、チャーミングな作品であり、ルイサダもそれに相応しいロココ風の演奏を展開する。
ショパンのワルツは、緩急、硬軟共に自在の演奏。まろやかな音が奏でられるが、譜面には記されていないはずの強弱を付けたり、リタルダンドにアッチェレランドと、次々に表情を変えていく。その他にも、左手を強く弾いてワルツのリズムを強調したり、「別れのワルツ」では敢えて縦の線を崩し、左手と右手のリズムを別個にすることで即興的な印象を与えるような工夫が施されていた。またこの曲では前半に聴かれた哀愁漂う音色がかなり色濃く出ていた。
極めて表現主義的なショパンであり、ルイサダでなくては弾くことの出来ない個性的な音楽が創造されていく。

アンコールは3曲。ショパンのマズルカ遺作Opus67-1と同Opus67-2。バッハの「フランス組曲」より第5番“サラバンド”である。
まずショパンのマズルカ遺作Op67-1を弾いたルイサダ。おそらく続けてOp67-2を弾く予定だったと思うのだが、ルイサダはいったん袖に引っ込んでしまい、残されてしまった譜めくり人の女性は「え? え? 私どうしたらいいの?」という風に戸惑っている様が聴衆の笑いを誘う。
アンコール2曲目のマズルカ遺作Op57-2を弾く前は、ピアノの譜面台に楽譜が沢山あるので、なかなか弾くべき曲が見つからない。ルイサダは、「ちょっと待って下さい」と日本語で言い、前列にいた聴衆が日本語を話したことに拍手を送る(私は3階席にいたが、ルイサダの言葉は聞こえた)。
3曲目の、J・S・バッハ、「フランス組曲」より第5番“サラバンド”であるが、やはり楽譜が見つからない。ルイサダは右手を上げて、「待って」という仕草をする。それでもまだ見つからないので、今度は手の平を上に上げて「どうなってるんでしょう?」と示して聴衆を笑わせる。

ショパンの2曲はクリアな、バッハの曲は聴いてすぐにバッハの作品だとわかる端正な演奏であった。


終演後にCD購入者限定のルイサダのサイン会がある。ルイサダは全員に「ありがとう」と日本語で言い、握手を求める。ピアニストは手が命なので、握手を求められると逆にヒヤヒヤする。CDの盤面の白く空いたスペースにサインを貰おうとしたのだが、ルイサダ氏はそれでは物足りないようで、盤面一杯に大きくサインを書く。勢い余って、プラスチックケースにもマジックインクが付いてしまうほど大きく書いてくれた。

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2019年3月25日 (月)

コンサートの記(535) 「児玉桃ピアノ・ファンタジーVol.3~子ども達の希望(ゆめ)創造コンサート~」京都

2013年10月24日 京都府立府民ホールALTI(アルティ)にて


午後7時から、京都府立府民ホールALTIで、「児玉桃ピアノ・ファンタジーVol.3~子ども達の希望(ゆめ)創造コンサート~」を聴く。姉妹ピアニストとして知られる児玉姉妹の妹、児玉桃が若い奏者と共に行うコンサート。「~子ども達の希望(ゆめ)創造コンサート~」というタイトルが付いているが、子ども向けの作品が演奏されるわけではなく、東日本大震災で被災した子ども達を思って書かれた現代曲が中心である。


曲目は、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第40番(ヴァイオリン独奏:山田晃子)、[2011・3・11 東日本大震災]の3部作である権代敦彦「カイロス ピアノのための Op.128-その時~突然未来を断たれた子ども達への哀歌~」(ピアノ独奏:児玉桃)、酒井健治「緑の青/青の緑~子ども達の心の復興~」(ピアノ独奏:児玉桃)、久留智之「ピアノ遊び歌 ピアノ連弾のための~子ども達の希望(ゆめ)創造~」(ピアノ連弾:児玉桃&芥田裕子)。クライスラーの「中国の太鼓」(ヴァイオリン独奏:山田晃子)、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ(ヴァイオリン独奏:山田晃子)。


作曲家、作品ともに有名なのはクライスラーの「中国の太鼓」ぐらい。モーツァルトやラヴェルは名前は有名だが、それぞれのヴァイオリン・ソナタはほとんど演奏されることはない。


ということで、児玉桃も、他の演奏者達も全員、譜面を見ながらの演奏であった(児玉桃には譜めくり人が付く)。


 


全席自由でチケット料金はわずか900円という信じられないほどの安値である。ただ、有名曲がほとんどプログラムに入っていないためか、児玉桃クラスのピアニストが1000円を切る値段でコンサートを行うというのに、小規模ホールのALTIでも満員にはならなかった。チケットには協賛として、京セラ、ジーエス・ユアサ、島津製作所、三洋化成工業、宝酒造、堀場製作所といった京都に本社を置く大企業が並び、後援には京都商工会議所がついている。そのためチケット料金を安く抑えることが出来たのであろう。


 


無料プログラムには、「日本にクラシック音楽が入ってきて100年以上、まだまだ一部の愛好家のもので一般への聴衆の広がりが進んでいません(引用者注:ママ)。最大の原因は外国に比べて入場料が数倍(時には10倍以上)と高いことです」とあるが、入場料が数倍と高いのは外来の有名オーケストラや海外歌劇場の引っ越し公演、一部の有名ソリストだけで、日本のオーケストラや日本人演奏家によるコンサートの料金はポピュラー音楽に比べると遙かに安い。しかもちゃんとステージから遠くなるごとにチケット料金は安くなっていき、ポピュラーのように、日本武道館でも全席同じチケット料金などというどんぶり勘定は行わない。


一般の日本人にクラシック音楽が浸透しないのは、単純にポピュラー音楽に比べると1曲が長く、また歌舞伎などと同様で、ある程度の教養がないと楽しむのは難しいからである。また現代音楽のように難解な曲が存在することも大きいだろう。そして歌詞がついていないため、内容を把握するには想像力を駆使する必要がある。ボーッとしていても何となく意味がわかる音楽ではないのである。


チケット料金の問題なら、児玉桃という世界で認められているピアニストが登場する今日のコンサートは満員御礼でなくてはいけないはずだが、ならない。曲目がポピュラーでないからである。


 


今日のALTIは、中央に低めのステージを置き、上手、下手ともに段々に高くなるという配置。演奏者は上手袖から出てくる。


 


モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第40番。私は聴くのは初めてである。


ヴァイオリンの山田晃子は、1986年、東京生まれの若手。父の仕事の都合で、ロンドンやパリで育ち、パリ市立音楽院を経てパリ国立音楽院に学ぶ。その後、ヨーロッパ各地のヴァイオリン・コンクールで優勝。いわゆるのコンクール荒しであった。2002年には権威あるロン・ティボー国際コンクール・ヴァイオリン部門で、大会史上最年少となる16歳で優勝。現在はパリを本拠地に活動している。


華麗な経歴を持つ山田のヴァイオリン。確かにメカニックは優秀であるが、線がやや細く、音色もモーツァルトを弾くには十分に美しいとはいえない。楽器自体がまだそれほど良いものを与えられていないといこともあるだろう。また余り演奏されない曲ということもあってか、内容への踏み込みも浅く、「もっと優雅に弾けるはずなのに」と思うところを軽く飛ばしてしまったり、単に楽譜をなぞっているだけになってしまう場面もあったりした。


児玉桃はクリアな音色で、雅やか且つ清々しいモーツァルトを奏でていただけに、山田は完全に引き立て役になってしまった感がある。もっとも、モーツァルトの時代のヴァイオリン・ソナタは今とは違い、「ヴァイオリン伴奏を伴うピアノ・ソナタ」として認識されていた。モーツァルトの場合は、ヴァイオリン・ソナタでピアノを弾くのはモーツァルト自身であることを想定して書かれているため、特にその傾向は強い。よって、ヴァイオリンが引き立て役でも別に構わないのだとも言える。今のようにヴァイオリンが主でピアノが伴奏という形に改めたのはベートーヴェンである。


続いて、[2011・3・11 東日本大震災]の3部作。権代の作品が2011年、酒井の作品が2012年、久留の作品が今年2013年に書かれたものである。


権代敦彦は、山口県生まれ、桐朋学園大学とドイツのフライブルク音楽大学に学び、現在は東京とパリを拠点に活動している作曲家であり、「児玉桃ピアノ・ファンタジーvol.3」は昨日は東京の紀尾井ホールで公演が行われたのだが、会場に権代が来ていて、スピーチを行って貰ったという。


 


一方、酒井健治は関西出身で、京都市立芸術大学に学び、パリ国立高等音楽院やジュネーヴ音楽院でも研鑽を積んだ若手作曲家。今日はALTIに駆けつけており、児玉に呼ばれてステージに上がり、作品解説も行った。


 


今年に入って書かれた「ピアノ遊び歌 ピアノ連弾のための」の作曲家である久留智之は、明治大学政治経済学部を卒業後に東京藝術大学に再入学し大学院作曲科修了後、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で作曲と指揮を専攻。更にローマ聖チェチーリア音楽院で作曲を修了しており、現在は広島大学大学院や愛知県立芸術大学で教鞭も執っている。


 


権代敦彦の「カイロス ピアノのための Op.128-その時~突然未来を断たれた子ども達への哀歌~」はいかにも現代音楽然とした作品であり、流れるような音型が特徴。パッセージは速く、児玉桃の高い技術が生きる。ピアノの最低音から最高音まで、使われる音域も幅広い。


 


酒井健治の「緑の青/青の緑」。酒井は前述したとおり、児玉に呼ばれてステージに上がり、楽曲解説を行う。全身黒ずくめである。


酒井は東日本大震災のための曲を作曲するにあたり、子ども達が書いたアンケートを参考にしたそうで、「東北の街が完全に復興するには数十年かかるかも知れないが、街が緑溢れる街並みになることを願いつつ」この曲を書いたという。


まず同じ音型がなども繰り返された後で音域が徐々に広がっていく。現代音楽であるため、メソッドが権代のものとよく似ており、2曲を比較して違いを論じなさいと言われても上手く書ける自信はない。


 


久留智之の「ピアノ遊び歌 ピアノ連弾のための」。第1曲「遊び歌」、第2曲「長持歌」、第3曲「祭りとからかい歌」の3曲からなる。児玉と芥田裕子は小型マイクをつけて登場。ピアノを弾くだけでなく、歌も唄うのである。ピアノは児玉が高音部を、芥田が低音部を受け持つ。


芥田裕子は今年16歳という本当に若いピアニスト。奈良県生まれ、昨年2012年の第4回グレンツェンピアノコンクール全国大会奨励賞を受賞している。


ピアノパートはフランス印象派、就中、ラヴェルの影響を強く感じる。一方の歌は日本の、それも東北地方のものが取られている。まず第1曲「遊び歌」。ピアノを弾きながら連想歌が唄われ、「幽霊は消える、消えるは電気、電気は光る、光るは禿げ頭」というように歌われ、ピアノを弾くだけでなく、手拍子なども入る。連想歌は二度唄われるが、二度とも「禿げ頭」で終わり、会場の笑いを誘う。


第2曲「長持歌」では、最初と最後に歌詞のない息の長い旋律が歌われる。「秋田長持歌」からの引用であるという。


第3曲「祭りとからかい歌」。祭りのリズムを用いた曲であり、ピアニストが立ち上がって鍵盤を一つ押すなど、視覚的効果も盛り込まれている。低音部を担当している芥田は立ち上がって身を乗り出し、高音部の鍵盤を押したりする。


芥田が「今泣いたカラスがチョイと笑った」と歌った後で、児玉と芥田はハイタッチをし、更に弾き進めていく。歌詞があるということもあり、前2曲に比べると分かりやすい曲であった。


 


クライスラーの「中国の太鼓」。今日、唯一の通俗名曲である。山田晃子のヴァイオリンはこの曲では比較的生き生きとしており、楽しめる。児玉桃の伴奏もノリが良い。


 


ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ。ラヴェルが書いたヴァイオリンとピアノのための音楽は「ツィガーヌ」が有名であり、ヴァイオリン・ソナタはラヴェル最後の室内楽曲でありながらその陰に隠れている格好になっていてほとんど演奏されることはない。


第1楽章はいかにもフランス的な洒脱な音楽であり、ラヴェルのエスプリ・クルトワが全開である。児玉桃の澄んだピアノはラヴェルを表現するにはうってつけ。山田晃子のヴァイオリンも和音の作り方などがノーブルである。


第2楽章は「ブルース」で、アメリカのブルースやジャズに影響を受けた曲であるが、同時にラヴェルが生まれたバスク地方(仏西の国境付近にある)の音楽を思わせるスパニッシュな響きも聴かれる。ピアノ、ヴァイオリンともに曲調をよくとらえている。


第3楽章は、更に南下してスペイン的であり、非常に情熱的な音楽をラヴェルは書いている。児玉のピアノを立体感に富み、扇情的でもある。それに応える山田のヴァイオリンも、もっと情熱を前面に出してもいいと思うのだが、余り感情を露わにするのを好まないタイプの奏者なのか、比較的クールに、情熱も抑制をもって表現された。


 


アンコールは、マスネの「タイスの瞑想曲」。ヴァイオリン、ピアノともに響きの美しい抒情的な演奏であった。

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